「あははー」  
 こたつはひとをだめにしますね、はい。  
 テレビを見て笑いながら、俺はそんな事を思う。  
「サンドウィッチマン面白いなー」  
 俺はコタツの中で某漫才一番グランプリを見ながら、のんびりしていた。  
 時々ミカンを食べたり、お茶を飲んだりしながら、ひたすらにのんびりしていた。  
 無論、ミカンは籠に盛られ、お茶は急須とポットがこたつの上に完備されている。  
「ぶー」  
 視界の端に、アイツが頬を膨らませているのが見えるような気がするが、気にしない事にする。  
「ヒロ、あんた歌乃ちゃん来てるのに、何ぐーたらしてんのよ。遊んであげなさーい」  
 台所から聞こえるお袋の声も気にしない事にする。今日の晩飯がカレーなのは、もう知ってるしな。  
「……おい、ヒロ」  
 背中から聞こえた親父の声も……親父の声?  
「てめえ……歌乃ちゃん無視して某漫才一番グランプリたぁ、いい度胸だな?」  
「……お、親父殿、いつの間にお帰りに?」  
「ついさっきだよ、さっき。それより、ヒロ」  
「はいっ!?」  
 思わずコタツから飛び出し、背後に仁王立ちする親父に正対する。  
 アレほど俺を捕らえて離さなかったコタツの魔力は、親父の言霊に打ち消され、  
最早欠片もそこには存在していなかった。  
「覚悟は……できてるか?」  
 親父の背後に、何か揺らめくものが見える……ような気がした。  
「で、できてませんっ!」  
「問答無用っ!」  
「うぎゃー!?」  
 
 
 
「あはは、おっきなタンコブだねー」  
「誰のせいだよ、誰の……」  
「ヒロ君の?」  
「……ああそうですよ。どうせ俺のせいさ」  
 親父の鉄拳制裁を喰らい、コタツから引き出された俺は、何故か歌乃と二人で  
夜の街を歩いていた。  
 何故かも何も、親父に家を追い出され、歌乃と一緒にどこか行って来いと言われたからなんだが。  
 まあ、帰ってきてから、たまに来る友達と遊ぶくらいで、後は家でぐーたらするばっかりだった  
わけだし、よく今まで親父もお袋も見逃してくれてたもんだと思うが。  
「おじさん、相変わらずきついねー」  
「お前には甘いからな、親父は」  
「そんな事ないって」  
 そう言って、歌乃は笑う。  
「ったく、たまに実家に帰ってきたと思ったらこれだ……」  
「たまにだから、おじさんもスキンシップ取りたいんじゃない?」  
「親父の場合、スキンシップで鉄拳が飛んでくるからな……DVで訴えてやる」  
「じゃあ、私、弁護側証人として出廷するね」  
「ちくしょう、お前も敵か……」  
 言葉を交わしながら、俺達は歩く。  
 気づけば、俺は歩幅を歌乃に合わせていた。  
 あの頃の俺達には必要のなかった気遣いを、しかも無意識にしている自分に気づき、  
何となく俺は照れくさくなった。  
「で、どこ行きたかったんだ?」  
「え?」  
 頬が少し赤くなっているのを悟られないようにそっぽを向きながら、俺は尋ねた。  
 
「どっか行きたくて、俺んち来たんだろ?」  
「え、いや……そういうわけでもなかったんだけどね」  
 横目で見ると、何故か歌乃も明後日の方向を向いているようだった。  
 何故かはわからないが。  
「じゃあなんで膨れてたんだ?」  
「だって、ずっとテレビ見てるから」  
「……遊んで欲しかったって事か?」  
「え、あ、うぅ……まぁ、そうに違いは無いけどぉ……」  
 ふむ……こういう時期だから、女友達も彼氏と遊ぶ方に忙しいんだろうか。  
 別にそんな事を恥ずかしがらなくてもいいのにな。俺と歌乃の仲なんだし。  
 ……まあ、どっちかというと、彼女がいない上に、あわよくば幼馴染と……なんて事を  
ぼんやり考えている俺の方が恥ずかしいかもしれないし、どうでもいいか。  
「だったら、家でオセロでもすれば良かったな。コタツの中で」  
「ホントにヒロ君コタツ好きだよねぇ」  
「お前も嫌いじゃないだろ?」  
「そりゃそうだけど……ちょっと、今は嫌いかな」  
「なんだそりゃ」  
「秘密ですよー、だ」  
「よくわからん奴め」  
 笑いながら舌を出す歌乃に、俺は苦笑を返した。  
 軽口を叩き合いながら、何となく俺の足は中心街の方へと向いていた。  
「せっかくだから、イルミネーション見に行こうぜ」  
「え? あのクリスマスツリーの奴?」  
「そうそう。特に行く所があるわけじゃないし、何となく行くにゃ適当だろう」  
「うんっ!」  
 何故か嬉しそうな笑顔を浮かべ、頷く歌乃。  
 なんで嬉しそうなのかはさっぱりわからんが、やっぱりコイツの笑顔は……反則だ。  
普通にしてても美人なのに、笑顔になると、その破壊力が倍増しやがる。  
 ふぅ……女の気持ちってのはコイツに限らずよくわからんが、やっぱり綺麗なものを見たい  
と言うのは、女性全般に共通した考えなんだろうかな……などと、俺はどうでもいい事を  
考えて、少しだけ動悸が弾んだ心臓を落ち着けようとする。  
 そんな俺の苦労を知ってか知らずか、歌乃は目的地である中心街へ向け、勢いよく歩き始めた。  
 丁度、その速さは俺が普通に歩く速度。何となくその事実に苦笑しながら、俺は歌乃に歩みを合わせた。  
 ――しかし――  
 腕を組むでもなく、手を繋ぐでもなく、かと言って距離を置いているわけでもない  
俺達の姿は、一体周囲からはどう見えてるんだろうか。  
 兄妹という程には似ていないから……やっぱり、恋人とかに、見えたりするんだろうか。  
 ……だとしたら……だとしたら、歌乃はその事を……  
「……どう、思うんだろうな?」  
「ん? 何?」  
 おっと。知らず、思考が口から漏れていたらしい。あぶねぇなおい。  
「なんでもねーよ。それより、もうそろそろ見えるぞ」  
 
 とめどない思考を重ねている内に、いつの間にか俺達は目的地に辿り着いていた。  
「あ、ホントだ……」  
 ビルとビルの陰から、少しずつ、光り輝く一本のもみの木が姿を現していく。  
「ふわぁぁ……すごいっ! すごいよっ、ヒロ君っ!」  
 やがて、それは完全に俺達の前に姿を現した。  
 この街のイルミネーションは、この木を軸として、中心街全体に広がっている。  
 象徴となるこの木は、ちょっとした観光名所になるくらい、規模がでかく、手も込んでいる。  
 大きさもさることながら、光の色も虹に比するくらいに鮮やかだ。さらにその色とりどりの  
光が遷移する事で、まるで枝が風に波打っているかのような躍動感を演出している。  
 その光の使い方を含めた全体のデザインも、けばけばしさを欠片も感じさせない上品なもので、  
老若男女誰が見ても一様に「綺麗だ」と思うだろう。  
 実際、老若男女問わず、多くの人が足を止め、その光の聖樹を見上げていた。  
 かくいう俺も、例に漏れず、その美しさに見惚れていたわけだが。  
「すごいよ、ヒロ君! 見て見て!」  
「確かにすげえな……って、お前見た事なかったのか?」  
 このイルミネーションが灯されるようになったのは、三年ほど前からと聞いていた。  
だから、俺は見た事がなかったんだが……歌乃も見た事が無いというのは意外だった。  
「うん。……あ、え……う、うん。えっと、その……何となく、ね。何となくだよ?」  
 その言葉に応じようと、隣にたたずむ幼馴染の顔を見るまでは。  
 何となくって何だよ。  
 苦笑しながらそう言おうとした口は、動かなくなった。  
 光の聖樹に目を輝かせている歌乃の姿が目に入った途端に。  
「なんか、生きてるみたいだよね……」  
「………………」  
 感動に少しだけ潤んだ瞳。  
 俺は、しっかりとこの光景を焼き付けようと、いつもより大きく見開かれた彼女の瞳に、  
まるで自分が吸い込まれていきそうな錯覚を覚えていた。  
 いや、錯覚じゃないんだろう、これは。  
 俺は……俺の気持ちは、今この瞬間、間違いなく歌乃に吸い込まれた。  
 脳裏を、あの頃のアイツの姿が走る。その姿が、今の歌乃の姿に重なる。  
 ぼんやりとしていた想いが、実体を持って俺の中で固まった。  
「すっごい綺麗だよねー……」  
「……お前の方が、もっと綺麗だと思うけどな」  
 ありきたりで陳腐な、ともすればくさいとすら言われる言葉が、思わず俺の口をつく。  
「えっ!? ……いや、いやだなぁ、またお世辞言っちゃってさー」  
「……歌乃」  
「あ、あはは……ちょ、えっ、えっ、ぇえっ!?」  
 俺は、歌乃の両肩に手を置き、真正面から彼女の瞳を見つめた。  
「………………だ、だめだよ……こんな所で……」  
 そう言って歌乃は、軽くみじろぎするが、積極的に拒否しようとする様子は無い。  
 だから俺は――段々と顔を歌乃のそれに近づけて行き――  
 
「……なんちゃって」  
 ――踏みとどまった。  
「………………へ?」  
 歌乃は、きょとんとした顔もやっぱり可愛いな。  
 そんな事を思いながら、俺は慌てて口を開く。  
「ちょっと、その、だな……雰囲気にあてられたというか……冗談だよ」  
「………………」  
 流石に、冗談で流すには無理がある展開だったか……? 半ば本気だったしな。  
 だけど……流されて、そういう事はしたくなかった。相手が、昔から一緒にいた  
幼馴染(かの)だからこそ。だから、踏みとどまった。  
「………………」  
「ちょっと性質(たち)が悪かったか……すまん」  
「そ、そうだよね……冗談、だよ、ね……」  
「歌乃……怒ってるか?」  
「んー? 私は全然気にしてないよ?」  
「そ、そうか? なら良かったけど」  
 それはそれで微妙に寂しいものがあるが、まあ怒らせてしまったりしてないなら、  
ギリギリセーフ……か?  
「……じゃあ、今日は私、もう帰るね」  
 歌乃は、俺に背を向けながらそう言った。……やっぱり怒ってんのかな?  
「ん? もういいのか?」  
「うん、今日の所は。けど、一つお願いしてもいい?」  
「なんだ? さっきのお詫びに何でも聞くぞ」  
「明日も……明日も、ここ、一緒に来てくれる?」  
「ああ、構わないけど」  
「……良かった。じゃあ、明日、夜九時頃に、ここで待ち合わせって事でいいかな?」  
「……ああ」  
 歌乃の家に迎えに行くでもなく、俺の家に来るでもなく、ここで待ち合わせというのが  
少し気になったが、俺は背を向けたままの歌乃に頷きを返した。  
「……ん。じゃあ、おやすみ」  
「あ、ああ……送っていかなくて、平気か?」  
「大丈夫だよ。ちょっと、一人で歩きたい気分だし」  
 やっぱり怒ってるんじゃないか?  
「わかった。気をつけて帰れよ」  
 その俺の言葉に、歌乃は背を向けたまま手をひらひらさせて応え、雑踏の中に消えていく。  
「……明日、か」  
 いつの間にか、日付は変わっていた。だから、明日は、今日だ。  
 そして今日は――クリスマスイヴ。  
「やっぱ、プレゼント用意した方がいいよな……」  
 俺は、どうやら怒らせてしまったらしい幼馴染の機嫌を直す方法を考えながら、  
自分も帰路へとついた。機嫌を直した上で、今度はちゃんと……いや、  
それはもうちょっと間を空けた方が……いやしかし……………………。  
「お」  
 頬に冷たさを感じ、俺は頭上を見上げた。  
 雪だ。  
 聖夜は、どうやら白に彩られるらしい。  
 再開した俺達は、一体、これからどうなるのか――。  
 雪は、その白い明かりで道を照らしてくれるのだろうか。  
 それとも、道を覆い隠して迷わせるのだろうか。  
「……降って来た、か」  
 雪が、降り始めた。  
 俺と、歌乃の行く先を照らすように。  
 俺と、歌乃の行く先を隠すように。  
 ――雪が、降り始めた――  
 

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