「べっくしょいっ!」  
 我ながらど派手なくしゃみだ。  
 俺は身体を起こすと、枕元においたティッシュ箱から無造作にティッシュを取り、  
思い切り鼻をかんだ。ちょっとグロい鼻水の色に顔をしかめながら、丸めてゴミ箱へ投げ入れる。  
 見事にゴミ箱にゴール。ナイスシュート、俺。  
 枕代わりのアイスノンの位置を直し、再びそこに寝そべる。  
 ひんやりとした感触が、熱に浮かされた頭に心地いい。  
 心地いいんだが……。  
「……何やってんだろうなぁ、俺」  
 ――昨日の晩、待ち合わせの時間になっても、歌乃は来なかった。  
 連絡を取ろうにも、その時になって初めてお互いの携帯番号を教えあっていない  
という事に気づく有様で――帰ってきてからこっち、ちょくちょく顔を合わせていたから、  
強いて電話とかで連絡を取る必要が無かったからだ――仕方なく、時間になっても  
来ない歌乃を、俺はひたすらに待った。  
 今になって思えば、歌乃の家の方に電話をかけてみれば良かっただけだったのかもしれないが、  
その時の俺にその考えはなかった。"アイツが俺を待たせる"という異常事態が、  
俺から冷静さを奪っていたのかもしれない。  
 アイツは、昔から約束だけは守る奴だった。待ち合わせの時間に遅れた事も無いし、  
むしろ俺の方が遅れて謝るというのが、俺達のいつものパターンだった。  
 だから、俺は待った。日付が変わっても、人通りが途絶えても、イルミネーションが消えても。  
 結果、歌乃は……いつまで経っても来なかった。  
「げほっ! ごほっ! ……うー、喉痛いな……」  
 そして、寒空の下、待ちぼうけていた俺は……ものの見事に風邪をひいてしまったというわけだ。  
 親父とお袋には「何か調子が悪くなってきたんで帰ってきた」とだけ説明しておいた。  
変に詮索されたくなかったからな。  
「……あー」  
 熱に浮かされた頭で、ぼんやりと考えるのは歌乃の事。  
 なんで昨日に限って、待ち合わせをすっぽかすなんて事をしたんだろう?  
 今朝になってから何度か歌乃の家に電話してみたが、留守のようで誰も出ない。  
 歌乃の家は、両親共家を空けている事が多いから、歌乃がいなければ電話はまず繋がらない。  
「……何か、あったのかな」  
 思い浮かぶのは、事件や事故などの不安な原因ばかり。  
「うー……げほっ、げほっ!」  
 悪い想像はどんどん広がっていく。  
 ……自動車で事故……歩いていたら轢かれたり……いや、家に強盗……。  
 もしも。  
 もしも、だ。  
 もしも、もう、アイツが……この世にいなかったとしたら。  
 そんな想像すらも、俺の熱にやられた脳味噌は始めてしまう。  
 もう、二度とアイツに会えないのだとしたら。  
   
 
 結局、俺のクリスマスは熱と悪夢にうなされて終わった。  
 ……それどころか、ようやく熱がある程度下がり、外を出歩けるようになった時には、  
もう2007年が終わりを迎えようとしていた。  
 だがまあ、そんな事は問題じゃない。  
 問題なのは、その間ずっと、歌乃から何の連絡も無い事だった。  
うちに様子を見に来るどころか、電話の一つもよこさない。  
当然ながら、こちらからかけた電話にも、全く応答が無い。  
「ちょっと、ヒロ。まだ熱あるんでしょう? 大丈夫なの?」  
 まだ軽く熱と頭痛と吐き気と眩暈がしたが、何とか歩けるようになった俺は、  
歌乃の家に行ってみることにした。  
 日はもう傾き始めていて、一歩外に出ると、ダウンジャケットの下にも感じる程の冷たさが俺を包む。  
「心配すんなって。五分かからねえんだからさ」  
「もう……歌乃ちゃんの顔見るか、親御さんに会うかしたら早く帰ってくるんだよ?」  
「オッケー」  
「具合悪くなったらうちに電話するんだよ?」  
「了解了解」  
 お袋は心配そうにしていたが、俺は自分の事よりも、アイツの事ばかりが気になって、  
軽く感じる熱も頭痛も吐き気も眩暈も、気にならなかった。気にする余裕がなかった。  
 あの夜、考えてしまった最悪の想像。  
 それを打ち消す事ができないまま眠りに落ちた俺は、その最悪の想像を夢に見た。  
具体的な内容は何故かあまり覚えていなかったが、目覚めた時の最悪な気分と、  
頬に残っていた涙の跡が、その夢がどういう夢だったかを、俺に教えてくれていた。  
「……さぶ」  
 まもなく新しい年を迎えようとしている街の空気は、ひたすらに冷たい。  
 思いっきり厚着をしてきたはずなのに、寒さがしみこむように肌に突き刺さる。  
 腕を組むようにして背中を丸め、俺は足を速めた。  
 その冷たさによるものではない、そして熱によるものでもない寒気を、必死に振り払おうとするかのように。  
「えっと、確かこっちだったよな」  
 数年振りに向かう、歌乃の家。  
 あの頃から、アイツはいつもあの大きな家で、半ば一人暮らしのような生活をしていた。  
 たまに友達が来る事もあったようだが、学校からやや距離のある歌乃の家には、  
本当にごく稀にしか、友達がやってくる事はなかった。だから、アイツは……家に帰ると、いつも一人だった。  
 俺が夜、自分の家を抜け出して遊びに行ってやると、凄く喜んでくれた……ように、思う。  
まあ、最後は俺がイジワルをして、むくれたアイツに追い出されるというのがお決まりのパターンだったりしたんだが、  
翌日になるとアイツは何事もなかったかのようにケロっと笑っていて……。  
 ……本当に、何があったんだ?  
 心臓が早鐘のように鳴り響く、その音が聞こえるようだった。  
 不安ばかりが募っていく。その募った不安を振り払う為に、俺はとうとう走り出した。  
「……はぁ……はぁ……」  
 頭がグラグラする。道が、まるで船の上に走っているかのように波打って見える。  
まだ完全に風邪が抜けきっていない俺の足は、いつものスピードを出せない。  
 次第に、目の前がボーっとしてきて、グラグラしていた頭はズキズキし始める。  
 それでも、俺は走らずにはいられなかった。  
 ほとんど歩くのと変わらないようなスピードで、それでも俺は走った。  
 歌乃。  
 歌乃。  
 歌乃に――  
 歌乃に――――  
 歌乃に――――――会いたい!  
 あの日自覚した俺の気持ちは、もうこれ以上無い程にはっきりと、俺の中に根付いていた。  
 もう会えないなんて、そんな事があってたまるか!  
 約束すっぽかして、俺に合わせる顔が無いって、家で塞ぎこんでるに決まってる!  
 そんな事で――そんな事で俺が怒らないって事を、怒ってないって事を、直接会って  
しっかり伝えてやるっ!!  
 
「はぁ……っ! はぁ……っ! ごほっ……く……はぁ……っ!」  
 叫びの代わりに、吐息を吐き出し、吸い込み、時には咳き込み、俺は走り――そして、辿り着いた。  
「……つい……た」  
 俺の目には、陽炎の如く揺れているように写る、土壁の日本家屋。  
 その二階が、歌乃の部屋だ。俺は、その部屋を見た。  
「……点いてる、な……」  
 いつも、アイツは一人であの部屋にいた。一人で、小さな卓上スタンドを灯して。  
 そして、それは今日も同じ。  
 そして、俺が下からアイツの名前を呼ぶと、アイツは窓から顔を出して、ニコっと笑って――  
「……すぅ」  
 俺は大きく息を吸い込むと……叫んだ。  
「歌乃っっ!!!!」  
 叫んで、俺は、アイツが顔を出すのを待った。  
 だが……アイツは、アイツの部屋の窓は、開かない。  
「……っ!」  
 それどころか、それまで灯っていた小さな卓上スタンドの明かりが、消えた。  
 つまり……歌乃は、間違いなく部屋にいる。  
 やっぱり、俺との約束をすっぽかして、合わせる顔が無いと塞ぎ込んでた、って所なんだろうな。  
「ったく……アイツは……」  
 俺は文字通り頭を抱えながら、何気なく玄関の扉に手をかけた。  
 当然、そこには鍵がかかっているから、何とかして歌乃に降りてきてもらい、鍵を――  
「ぬぉ!?」  
 ――扉は、ガラガラと音をたてて、あっけなく開いた。  
 ……無用心というか何というか……。  
 だが、これはむしろ好都合。  
「……歌乃、入るぞっ!」  
 俺は声をかけると、家の中へと足を踏み入れた。  
 入ってすぐの階段を昇り、右に曲がる。まっすぐ歩いて、突き当りを左。  
 その先にある部屋が、歌乃の部屋だ。場所は変わっていない。ひらがなで「かの」と  
書かれた可愛らしいネームプレートがぶら下げてある所も。  
「歌乃、いるのか?」  
 声をかけても返事は無い。  
「いるなら、返事してくれないか?」  
 やはり、返事は無い。  
 だが、気配はする。それに……何か、聞こえる。  
「……歌乃?」  
 これは……泣いてる、のか?  
 しゃくりあげるような声が、微かに聞こえる。  
「………………」  
 俺はドアノブに手をかけると、ゆっくりと捻った。やはり、鍵はかかっていない。  
「……入るぞ」  
「駄目っ!」  
 初めて返ってきた応えを無視し、俺は扉を開いた。  
「歌乃」  
「だめ……だめだよぉ……」  
 そこに、歌乃はいた。  
 ベッドの上で、小さく震える背中を俺に向けている姿が、月明かりに照らし出された。  
「……怒ってないから、さ」  
「……な、なんで……?」  
 歌乃は、泣いていた。  
 泣きながら、振り向いた。  
 目は真っ赤に腫れ、頬には涙の跡が残り、髪もボサボサだ。  
 だが、間違いなく、歌乃だ。  
「ヒロ君……だってぇ、わたし……わたし、やくそくして……なのにぃ」  
 目を擦りながら、しゃくり上げながら、歌乃は何とか言葉を継ぐ。  
「……とにかく、俺は怒ってない。だから……あー、その、なんだ……泣くなよ」  
「…………う」  
 
「へ?」  
「うわぁあああああああん!!」  
 歌乃の瞳から、珠のような涙がボロボロと零れ落ちる。  
 な、なんでさらに泣くんだ……? 俺なんか変な事言ったか!?  
「だから泣くなって!」  
「らってぇ、らってぇ……ヒロくん、ひっく……ヒロくん、やさしくて……うぇえええん!」  
 子供のように泣きじゃくる歌乃を前に、俺はオロオロとする事しかできない。  
 あー、もう、面倒だっ!  
「きゃっ!?」  
 俺は勢いに任せて、歌乃を抱きしめた。  
「ほら、泣き止め……な?」  
「う、あ、え、あ、お、うー?」  
 びっくりしたのか、歌乃は言葉にならない言葉を発しながら、顔を白黒させている。  
しばらく、俺はそのままの体制で、泣き止まない子にをそうするように、歌乃の頭を  
撫でてやった。  
「……落ち着いたか?」  
「………………う、うん」  
一先ず、泣き止ませるという目的は達成したようだ。  
「じゃあ……話してくれ。なんで約束守れなかったのかと、なんで今まで連絡もよこさず  
 部屋の中で塞ぎこんでたのか。……理由、あんだろ?」  
「………………言わなきゃ、駄目?」  
「駄目。怒ってはいないけどな……心配したんだぞ?」  
「う……そ、そうだよね。……ごめん、ヒロ君」  
「聞かせて、くれるよな?」  
「……う、うぅ」  
 ……なんでそこで赤くなるんだ?  
「言う……言うけど、その前に、その……ああっ、ちょっと待って!」  
 歌乃はそう言うと、涙の跡を袖で拭い、乱れていた髪を整え、俺と真正面から向き合う  
ように、ベッドの上に正座した。  
「……理由を話す前に、ヒロ君に聞いて欲しい事があります」  
「おう、なんでも聞くぞ」  
「……………………すぅ」  
 大きく、大きく、これ以上無い程に大きく息を吸い込み、歌乃は叫ぶように――  
というか、叫んだ。  
「私っ、ヒロ君の事が好きですっ!」  
 
 
「………………へ?」  
「……うわ、百年の恋も冷めそうな間抜け面だぁ……」  
「え、いや、だって……え、ああ?」  
「はぁ……ま、いいけどね。いきなりこんな事言われたら、誰だって驚くだろうし」  
 それが告白であるという事にすら、俺はすぐには気づけなかった。  
そして、気づいた瞬間、頭が真っ白になった。  
思考が止まり、歌乃の言葉が脳内をエンドレスでリピートのヘビーローテーションな  
JFKを来期先発陣が岡田監督目指せワールドカップはBby歌乃。  
ああ、最早何がなにやら。  
「……もう言っちゃったから、後にはひけないし、全部言うけど……あの日はね」  
歌乃は少しだけ俯きながら、あの日……クリスマスイブの夜に、何故自分が  
行けなかったのかを語り始めた。  
「本当は、あの日、言うつもりだったの。前の日……その、ヒロ君が、あんな冗談言う  
 からさ……もう、これは思い切って告白して、駄目なら駄目で諦めようって思って、  
そんで約束したんだけど……なんか、怖くなってきちゃって、さ」  
「歌乃……」  
「……断られたら、もう仲のいい幼馴染でもいられないんだ、って。家に帰ってから、  
 それに気づいちゃって……もう、それが、凄い……凄く、怖くて……行けなくて……。  
電話も、できなくて……かかってきた電話もとれなくて……家にも、行けなくて……  
どうしよう、どうしようって、ずっと一人で考えてて……何もできないまま、部屋に閉  
 じこもってて……自分勝手だよね……弱虫だよね……こんな私なんか……ヒロ君も、  
 きっと……私の事なんか、もう嫌いに」  
 
「ならねえって」  
 俺は、歌乃の自分を責める言葉を遮った。  
なんだよ。  
こんな簡単な話だったなんて。  
「嫌いになんかならん。だいたい、勝手に人の感情まで決め付けてくれるなよ。それこそ  
 自分勝手の極みじゃないか?」  
「う……ご、ごめん」  
「いや、違う……そうじゃなくてだな……俺もお前に言う事があるんだ」  
「……?」  
「……この前『冗談だ』って言ったろ? なんか、そのせいで色々お前を悩ませちまった  
 みたいだけど……あれが『冗談だ』っていうのが、ホントは『冗談』なんだ」  
「………………???」  
 ……遠まわしだと、さっぱり伝わらないらしい。  
 まあ、俺もはっきり言われるまで、さっぱり気づかなかったんだし……同じか。  
「……つまりだなぁ……俺も、その、な……好きなんだよ、お前の事が」  
「………………」  
 あ、ポカーンとしてる。  
俺も似たような顔をしてたんだとしたら、そりゃ確かに間抜け面だ。  
「だから、本当はあの時……本気だったんだ。冗談なんかじゃなくて。お前から連絡が  
 来ない間、お前に何かあったんじゃないかって……お前がいなくなったらどうしよう、  
 って……そんな事ばっかり考えてた」  
「え、いや、だって、それって………………」  
「驚くべき事に、俺達は両想いという事になるらしい」  
「……私が、ヒロ君を、好き」  
「うん」  
「……ヒロ君が、私を、好き?」  
「うん」  
 唖然としたまま固まっていた歌乃の表情が、次第に崩れていく。  
驚きから、喜びへと。  
「……………………う」  
 そして――  
「うぇぇぇええええええええええええん!」  
 ――歌乃の両の目から、再び溢れ出る、涙。  
「……泣くなよ、歌乃」  
「らってぇ……ホッとして……うれしくてぇ! なによー! もぉ、バカぁ!」  
「俺だって、イブの日に会ったら言うつもりだったんだぞ?」  
「そんなのしらないもんバカぁ! いままれ一人でうじうじしてた私もバカだけどぉ!」  
 言葉とは、そして両の瞳から溢れるものとは裏腹に、歌乃の顔には笑顔が浮かんでいた。  
「もう、バカぁ! ヒロ君のバカぁ! けど……けど、大好きっ! わぁぁぁぁんっ!」  
「……いつから?」  
「ずっとぉ! ずっとだよぉ! なのに……なのに、ずっと気づいてくれなくてぇ!  
 でも、やっと……やっと……うわぁぁぁあああああん!」  
「そっか……気づいてやれなくて、ごめんな」  
 ずっと……ずっとか。最初から、ずっと歌乃は俺の事を想ってくれてたのか。  
「歌乃……」  
 嬉しさが溢れて涙になっている、そんな、幸せそうな泣き笑い。  
それだけ、歌乃が俺の事を想っていてくれたんだと、くれているんだと思うと――  
「ひゃっ!?」  
 知らず、笑顔で泣きじゃくる歌乃を、俺は抱きしめていた。  
 服の上からでもわかる、女の子らしい柔らかい身体が俺の腕の中に収まる。  
さっき泣き止ませる為に抱きしめた時には感じなかった、歌乃の『女』を妙に意識して  
しまい、俺は自分の鼓動が次第に高鳴っていくのを聞いたような気がした。  
 鼓動の導くがまま、俺は口を開く。  
「『冗談』の続き……しても、いいか?」  
 驚きが、歌乃の涙を止める。残ったのは、笑顔。  
「……いいよ。ヒロ君なら、いいよ」  
 穏やかな笑みと、涙の跡はそのままに、歌乃は瞳を閉じた。  
「歌乃……」  
 
 俺は、歌乃の両肩に手を置き――ゆっくりと顔を歌乃のそれに近づけて――  
――あれ?  
 歌乃の顔が、歪む。  
あれれ?  
 
なんで  
 
            めのまえ、が  
 
      まっしろ  
 
 
                      に?  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
まあ、率直に言って、歌乃と口付けを交わそうとした、その瞬間――俺はぶっ倒れた。  
 次に俺が目を覚ました時、そこは歌乃の部屋でもなければ、俺の家でもなかった。  
病院のベッドの上。横を見れば、心配そうに俺を覗き込む歌乃の顔があった。  
倒れた俺は、歌乃が呼んだ救急車で運ばれ、念の為2日程入院する事になった。  
 ……まあ、治りきったわけでもないのに全力疾走してれば、そりゃ風邪もぶり返すわな。  
歌乃を抱きしめた時に感じた鼓動も、半分くらいは風邪による動悸だったのかもしれない。  
 ちなみに、気を失っている間に年は明けたらしい。なんつう正月だ。体調自体は、  
点滴したりでもうほとんど快調に近いんだがなー。  
「もとはと言えば、私がヒロ君との約束守らなかったから、ヒロ君風邪ひいちゃった  
 わけだし、あの日も無理して私の所に来てくれたんだしね?」  
「……いや、まあ……すまんな、歌乃」  
「それは言わない約束だよおとっつぁん」  
「誰がおとっつぁんやねん」  
 そう言って笑う歌乃は、もうすっかり元の明るさを取り戻したようだった。  
「しかし……クリスマスも正月も、こうやってベッドの上か……」  
「クリスマスとは違うでしょ?」  
「……だな」  
 そうだ。クリスマスの時とは違う。  
不安に駆られて悪夢を見る事は、もう無い。横に……コイツがいてくれるから。  
「それに……なんだかんだで、二人きりでいられるしねー」  
「……恥ずかしい事言うなよ」  
「……えへへ」  
「俺が治ったら、二人で買い物行こうな」  
「買い物?」  
「ああ……一週間くらい遅くなったけど、クリスマスプレゼント。何が欲しいか  
 わからなかったから、イブに一緒に行こうと思ってたんだ」  
 
そんな俺の言葉に、歌乃は意外にも首を横に振った。  
「……いらないよ」  
 嬉しそうに、照れくさそうに、笑いながら、歌乃は俺を見つめている。  
「……なんで?」  
「……だって、もう……一番欲しい物は、ここにあるから」  
「そっか」  
 釣られて笑みを浮かべながら、俺も歌乃を見つめた。  
「俺もだよ、歌乃。……最高のクリスマスプレゼントが、ここに、ある」  
 きっと俺も、嬉しそうに、照れくさそうに、笑みを浮かべているのだろう。  
今日、この瞬間、俺達は二人とも最高のクリスマスプレゼントを貰ったわけだ。  
「……けど、風邪治ったら、したい事は……あるよ?」  
「そっか……俺もだ」  
 皆まで言わずとも、それが何かはわかっている。  
俺も、歌乃も。  
「実は……ちょっとだけ、今でもいいかなぁ、とか思ってたりして……」  
「……風邪、うつるぞ」  
「うつったら……ヒロ君のは治るでしょ?」  
「今度は、俺が看病する番か?」  
 言葉を一つ一つ紡ぐ度に、少しずつ近くなる俺と歌乃の距離。  
ベッドの上に上がり、膝を立てた歌乃の肩に手を置き、俺は歌乃の目を見た。  
その丸くて大きな瞳が、瞼に少しずつ隠されていく。  
それを確認すると、俺は――段々と顔を歌乃のそれに近づけて――  
「佐野さん、検温ですよー!」  
 ――瞬時に開く、俺と歌乃の距離。  
だが、真っ赤になった俺達の顔と、何故かベッドの上に正座している歌乃を見れば、  
俺たちが何をしようとしていたかは一目瞭然だろう。  
「おや、お邪魔でしたか? けど、そういう事はちゃんと治ってからにしてくださいねー」  
 看護師さんはニヤニヤ笑いながら体温計を俺に手渡すと、  
「じゃ、計り終ったらコールしてくださいねー」  
 そう言って、何故か颯爽と帰っていった。  
「………………」  
「………………」  
「……そ、そうだよね! ちゃんとヒロ君が治ってからにしよう、うんっ!」  
「だな。焦らなくても、いいよな」  
「そうだよ! これから、時間はいっぱいあるんだし。……ずっと、ずっと好きだったん  
 だから、これからずっとずっと……幸せにしてくれなきゃ、嫌だよ?」  
「……ああ、わかってる。約束するさ」  
「……嬉しい。私も、ヒロ君に幸せになってもらえるように頑張るね」  
「お互い、幸せになろうな……って、冷静になってみると、なんつう会話してんだ俺らは」  
「ちょ……今更照れないでよ……こっちまで恥ずかしくなるじゃない……」  
「はは、わりぃわりぃ……お」  
「あ」  
 その時、俺達は二人同時に気付いた。  
「……雪、降ってきた、ね」  
「……雪、降ってきた、な」  
 雪が、降り始めた事に。  
俺と、歌乃の、本当の始まりを告げるように。  
俺と、歌乃の、これからを見守るように。  
「あ、そうだ言うの忘れてた」  
「何?」  
「あけましておめでとう。そんで……メリー、クリスマス」  
 今日言わなくてはいけない言葉と、あの日会えず、言えなかった言葉。  
その二つが、俺達の幸せを物語っていた。  
そりゃ幸せさ。なんせ、正月とクリスマスが、最高のプレゼントと一緒にやってきたんだから。  
「うん……あけまして、メリークリスマス!」  
                                                   〜終わり〜  
 
 
 

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