せっかくだからクリスマスの日にしない? と琴子が言ったので、何がせっかくだか判らないけど一週間お預けにされた。
今まで散々待ったからね、別に一週間ぐらいどうってことないけどね、大人だしね、なんて言いつつ、琴子の夢子ちゃん的に発想に苦笑いしかできなかった。
ま、そのくらい付き合ってあげるけどね。
約束のローストチキンは、実は作るより切り分ける方に苦労をしたけど、琴子は子供みたいにはしゃいで喜んでくれた。
いつもみたいに脈絡もなく会話をしながら、時々思い出したように赤ワインの味のするキスをして。
僕らはやっぱり、今まで恋人じゃなかったのが不思議なぐらい同じタイミングでキスがしたくなった。
これって何かのワナ? と疑いたくなるような甘酸っぱい幸せを、ここぞとばかりに思いっきり楽しんでいる。
ブッシュ・ド・ノエルを食べ終えて、チョコレートの味のするキスの途中で、ついに我慢が出来なくなって琴子の腕を引いた。
誘われるままに、琴子が立ち上がって僕のももの上に横座りになり、首に琴子の両腕が回った。
「……重くない?」
小声で問われて、僕はそっと左右に首を振って目を閉じた。
くちびるが落ちてくる。
ふわりと重なった柔らかなそれに、僕は夢中になる。
ぺろりと舌先で舐めると、琴子の身体が僕の上でぴくんと揺れた。
その小さな反応が嬉しくなって、ぐいと強引に舌を差し入れる。
ちろちろと舌先で琴子の舌先をくすぐって、舌の裏も舐め上げて、湿った音を立てながら深く深く口付ける。
ときどき濡れた声を漏らす琴子が愛しくなって、僕は背中に手を回してぎゅっとその身体を抱きしめた。
重ねたくちびるの端が嬉しそうに歪む。
触れるときと同じ速度でゆっくりと離れて琴子は、僕の肩に腕を預けたままくすぐったく笑った。
「ね、要。『僕のこと好き?』って聞いて?」
柔らかな笑顔で問われて、僕は少し間をおいて口を開く。
「僕は琴子が好きだよ」
にっこり笑って、琴子を見据えた。
こういうのは勢いで言ったほうが勝ちだ。
当の琴子はそのアーモンド型の瞳を見開いて、二三度瞬きを繰り返した後、恥ずかしそうに首をすくめて小声でずるい、と呟いた。
「……ずるいのはどっち?」
「…………そうだね、ごめんなさい。あのね、要、あのね、」
「うん」
「私、要のことすき。すごく好き。考えれば考えるほど、すきなの。どうして今まで気がつかなかったのかな」
「なんでだろうね」
同時に小さく笑いあって、そっと触れるだけのキスをする。
「…………要……しよ?」
吐息混じりに、琴子が囁く。
うっすらと細めた目が色っぽい。少し乱れた呼吸も、掠れた声も。抱きしめた熱い身体も。
琴子がこんなにも色気を持っているなんて、僕は知らなかった。
うん、と答えながら僕は、自分の身体が内側からどんどん熱くなっていく、と思った。
服の裾から熱くなった手のひらを差し入れたら、琴子が身を捩った。
「……場所、変えよ?」
ああそうか。
こんなとこで始めても、後が困るか。
「客間?」
「ううん、要の部屋がいい。だめ?」
「いいよ」
そろりと僕の上から琴子が降りて、もう一度だけキスをすると僕らは手をつないで階段を上った。
常夜灯のみに照らされる薄暗い僕の部屋が、琴子の気配で見慣れたはずの色を変える。
ベッドに腰掛けた琴子が、くすくすと小さく笑った。
「なに?」
「ん、要の匂いがするなあって」
「…………におう?」
「違うよ。なんか、安心するの。懐かしいかんじ」
ふぅん、そんなもんかな。
琴子の隣に腰を下ろして、そっと手を重ねる。
「そういえば、ここに入るの久しぶり。十年ぶりぐらい?」
「そうだっけ?」
「うん。なんか、雰囲気変わっちゃったね」
「十年も経ったら変わるよ。一回出てったし。琴子の部屋も変わった?」
「うーん、あんまり変わってないと思うよ。今度来る?」
ちら、とこちらを見上げたその目にどきんとした。
うん今度ねと適当に相槌を打ちながら、僕は琴子にキスをする。
軽く触れると琴子が身を離して、僕の頬を両手で包み込んだ。
そのまま僕の眼鏡を攫って枕元に丁寧に置くと、片足をベッドに上げて身を寄せてくる。
両手を伸ばした仕草だけで、抱きしめてと誘われて、僕は琴子の背中に両手を回した。
琴子も、両の腕を僕の首に回して身体を密着させてくる。
柔らかな乳房の感触ががダイレクトに自分の胸に伝わり、僕はまた思春期のようにどきどきする。
「…………やばい」
「どうしたの?」
「すごく、緊張をしています。琴子は平気そうだね」
「…………平気じゃないよ、ばか。あのね、さっきからキスするたびに、いけないことしてるみたいな気がしてる」
「いけないこと?」
「そう。昔、お母さんたちに内緒で、国道越えたすべり台の公園までよく行ったじゃない? あのときみたいな」
「ああ、なるほどね。うん、ちょっと判るかも」
「あのときと一緒なの。駄目な気がするのに、どきどきして、もっと、って思う。もっと、触って……」
全部言い切る前に、琴子がくちびるを寄せてきた。
もう何度目か判らない、背徳の味のするキスを交わしながら、僕はついに琴子の肌に直に触れる。
その動作は緊張のせいでとてもぎこちなく、まるで初めてのときみたいで急に恥ずかしくなる。
初めてついでに、琴子の昔の彼氏の顔を何人か思い出してしまって、慌てて打ち消した。
過去のことは言ってもしょうがない。お互い様だ。
出来たら知らなければよかったとは思うが、取り返しはつかない。
救いは最近の彼氏の顔を知らないことか。
見苦しいな、僕。
背中をそっと撫で上げる。
ぴく、と琴子が震えた。
するすると洋服を脱がせて、下着の上から軽くその胸を触れると、予想以上の大きさにちょっと驚いて僕は思わず手を止めて琴子を覗き込んだ。
「…………琴子って」
「な、なに?」
「着やせするんだね。知らなかった。案外大きい」
「か、要のばかっ。恥ずかしいから言わないで」
「恥ずかしいの?」
「恥ずかしいよ。男の先生に『ご立派ですね』って言われるし、男子に見られるし、女子に揉まれるし。だから出来るだけ胸が目立たない服着てるの」
学校とはなんと恐ろしいセクハラが横行する場所なんだろう。
男子が見るのは仕方ないし女子が揉むのもただのスキンシップだと予想しよう。
一番初めのは非常によくないんじゃないか?
眉根を寄せてしかめっ面を浮かべる僕を気遣うように、琴子が慌てて首を軽く振る。
「あ、でも、もっと大きくて悩んでる子はたくさんいるから。下着も、ちゃんとサイズあるし。
困るほどじゃないんだけど、やっぱりね、突然触っていい? とか言われるとびっくりするし、もう少し、小さいほうが良かったかな」
「……………………そんな話の後になんなんだけど、触っていい?」
何か他に言うべきことはたくさんあるような気もするが、ちょっと余裕がなくなってきた。
僕はもうずっと、琴子に触れたくて仕方なかったのだ。
琴子を好きだと自覚してからおおよそ十ヵ月。ずっと望んできたことが、こうして現実になっている。
夢見心地な今を早く現実にしたくて、余裕がないとは自覚しながらも僕は思わず琴子にお伺いを立ててしまった。
「……う、ん……触って」
消え入りそうな声で、顔を俯けながら琴子が言う。
指に軽く力を入れると、琴子の胸はなんともいえない弾力で僕の指を押し返す。
大きさも、僕の手を広げたら片方がすっぽりとちょうどよく収まって、へんな話だけど僕のためにそこにあるような気さえしてきた。
「…………んん、要、……ふ」
琴子にねだられるままにキスをして、僕はそっとそのふくらみを覆う下着を取り外す。
紐を腕に滑らせて抜き取ると、肩を押してベッドに琴子を押し倒した。
そのほっそりとした身体を、ぼんやりとする視界で懸命に見つめる。
僕の視線に気がつくと琴子は、恥ずかしそうに両腕で自分の胸を覆った。
「……なに?」
「琴子の裸見るのって、二十年ぶりぐらいかなーと思って」
「え、いつだっけ?」
「小二ぐらい? 夏休みにウチのおじいちゃんち行ったとき、みんなで風呂入ったじゃん」
「………………そうだっけ……やだお願い、忘れて」
「えー」
「恥ずかしい……」
「ちゃんと成長してるから、大丈夫……」
首の付け根を舐めると、琴子が鼻にかかった甘い声を漏らす。
もっと聞きたくて、くちびるだけでそっと首筋を撫でたり、舌をべろんと這わせたり、歯を立てたり吸い付いたり、耳に息を吹きかけたり。
思いつく限りの方法で琴子に触れる。
僕が何かするたびに、聞いたことのない高い声が琴子の口から漏れていた。
「あ、あっ……まって、要も脱いで。恥ずかしいじゃない」
「はいはい」
取り合えず自分も衣服をすべて脱ぎ落してから再び琴子に肌を重ねる。
暖房を入れているとはいえ、若干の肌寒さを残す室内に素肌をさらされていた琴子の肌は少し泡立っていた。
額を撫でて、見つめ合って、同時に瞳を閉じて、吸い寄せられるようにキスを交わしながら、指先は頬を伝って首筋を通り、両の膨らみへと落とす。
琴子の胸は、今までに触れたどんなものよりも柔らかくて気持ちがよかった。
こんな素晴らしいものが近くにあったのに、今まで知らなかったなんて全くもったいない。
ずっと触れていたい、と思ったのは一瞬のことで、すぐに他の刺激が欲しくなり、片方の手のひらを滑らせた。
きゅっと理想的にくびれた腰を撫でて、布地の上からそっと触れる。
琴子が、声にならない吐息を漏らした。
柔らかいそこを慎重に撫で上げる。
「あっ」
一層高い声をあげて琴子は身を固くした。
その反応に気をよくした僕は、くすぐるように指の先でそこを何度も往復させる。
「んん…、ん、あっ……や…………要っ、あ!」
すっかりと余裕を失ったその声に、僕まで引きずられるように余裕をなくして、しっとりと湿り気を帯び始めた下着の内側に手を差し入れる。
「あんっ」
彼女自身から溢れた水分のぬめりを借りて、そっと襞の間に指を滑らせた。
形を確かめるように、何度もそこをなぞる。
琴子からどんどんと染みだしてくる愛液が、指に絡んでぐちゃぐちゃと卑猥な音を室内に響かせた。
「あ、ああっ……」
だめ、や、と何度も短く言いながら、琴子が首を激しく左右に振っている。
僕の二の腕を掴んだ指先に、どんどんと力が籠っていく。
血の気が止まりそうに痛くなってきたところで、僕は愛撫の手を止めて、琴子の顔を覗き込んだ。
「……大丈夫?」
僕が低く問いかけると、琴子は驚いたようにきつく閉じていた両目を開いて、何度か瞬かせた後に恥ずかしそうに瞼を伏せて視線を反らした。
「え…あ、……うん、大丈…夫だから、えっと…………。もっと…して」
潤んだ瞳で懇願をされて、僕の胸はいっそうに高鳴った。
「ん」
自身が一回り肥大して興奮を抑えるのにやっとな僕は、そう短く答えるのが精一杯だった。
余裕のなさを誤魔化すために、顔を背けたために露わになった首筋にくちびるを落とした。
「あっ」
同時に、指先にぐっと力を込めて琴子の中に人差し指を侵入させる。
そこは驚くほどの熱と湿度を持っていて、僕を誘い込んでいるようだった。
くい、とその指を折り曲げてかき混ぜると、琴子がまた薄く喘ぐ。
下着の中で動き回る不自由さに限界を感じて、そっと最後の一枚を脱がしにかかった。
するりとウェストに手を差し入れると、僕の動きを察知した琴子が腰を軽く浮かせて助力をしてくれる。
細く引き締まった両足から薄っぺらい下着を引き抜く。かかとに引っ掛かったそれをちらりと片目で確認をしたら、色はワインレッドだった。
「……クリスマスカラー?」
胸の内で呟いたつもりが、しっかりと声に出ていたようで。
真っ赤に染まっていた顔をさらに首まで赤くした琴子が、ばか、と小さくつぶやいた。
ごめんと口先だけで謝って、キスをする。
もしかしなくても、僕のための用意かな。
琴子自身が、僕にとっての最高のクリスマスプレゼントだ。
うきうきしつつ舌を深く絡ませながら、膝を開かせてその間に陣取った。
白い太ももと撫でて、身を起して膝に手のひらを乗せる。
その手に力を込め、ぐいとさらに大きく割り開く。案外簡単に露わになったそこへ鼻先を近づけた。
「あ……やだっ」
僕の次の行動を察知した琴子が、今更なのに足に力を込めて膝を合わそうとするが、それより早く僕は皮を被った陰茎に舌を這わせる。
「ああっ」
琴子の全身がびくんと痙攣をした。
舌先にダイレクトに伝わる女性の味に興奮をして、僕はまるで獣のようにぺろぺろとせわしなく舐め上げる。
「んっ、んん……あ! や、まって……!」
琴子の手が伸びてきて僕の頭頂を髪の毛ごと掴んだ。
僕は頓着せずに、愛液の滴る花心に吸いついて、ついでに手持無沙汰になっていた指先を内部に埋め込んでしまう。
「あ! やっ……やだ…ぁ」
そこはさっきよりも一層激しい熱に満ちていた。
早くここに自身を突き立てたい。
そんな欲望に捕らわれた僕は、まるでやっと食事にありついた犬のように意地汚く琴子を舐めまわし、指の抽送を繰り返す。
後から後から溢れてくる粘液を拭うように舐め取った。
奥まで差し込んだ指を、ぐいと折り曲げて内壁を探るように撫でる。
「ぁ……ふ、んっ…ああ!」
僕の行動一つ一つに、琴子が身を震わせて反応をくれる。
どんどんと楽しくなってきた僕は、調子に乗って指の動きを激しくする。
「……っ、や! やだ…やだやだ、要っ! まってやだ……! いやっ!」
顔をしかめてしまうほど強く髪を引っ張られて、僕は思わず小さく悲鳴を上げる。
はっと我に返ったように指先の力を緩めた琴子が、逃げるように腰を引きながら、ごめん、と小さく言った。
「ん……琴子、いや?」
「……」
「気持ち、よくない? やめる?」
どろどろに濡れた口元をぬぐいながら、半身を起して琴子を見つめる。
しばらくの硬直状態ののち、ぼんやりとした視界にもはっきりと判るほど激しく琴子が首を左右に振った。
「……違う、の。ごめんなさい。……あの……」
「どうしたの?」
「…………き、気持ちよすぎて、訳が判んない……」
整わないままの熱っぽい息でそう言われて、僕の理性は完全に焼き切れそうになってしまった。
それでもなんとか衝動をこらえて、琴子に微笑みを返す。
「よかった…………続き、してもいい?」
言ってしまってから、いちいちお伺いを立てる己に少し情けなくなった。
昔からそうなのだ。優柔不断で、周りの意見に流されやすく、強きものに従え、的な僕の性格を、琴子はひとくくりに「優しい」と表現してくれるが、要するにただのヘタレなのだ。
子どものころは、三つ年上で自己中な兄貴、末っ子気質で我がままなイオ、行動的な琴子と連れだって遊ぶにはこのヘタレ具合がいいように作用していたという自負はあるが、社会人になった今、時折邪魔なものでもある。
今だって、そうだ。
もう自分を抑えるのも割と限界なのに、それを無理やり覆い隠して琴子に判断を委ねている。
我慢をしてほしくない、無理強いをしたくない、と言えば聞こえがいいが、ただ、嫌われたくないだけなのだ。
その証拠に、琴子が首をゆるく左右に振っただけでひどく動揺をして、自身が萎えてしまいそうになった。
「…………いや?」
動揺を抑えながら問いかければ、琴子がまた左右に首を振る。
意味が判らなくて、僕は首を傾けた。
両肘をベッドについて軽く身を起こした琴子が、まなじりに涙を浮かべてこちらを見やる。
「もう…………来て」
一旦首をもたげかけた自身が、再びその張りを取り戻す。なんて判りやすいんだろう。
ぞくりと這い上がってきた悪寒にも似た快感を、ぎゅっと下腹部に力を込めてやり過ごしたのちに、僕は小さくうん、と言った。
そのまま覆いかぶさってしまってから、未だ避妊具を装着していないことに気がついた。
とりあえずキスで誤魔化して、手をのばして枕もとに置いたそれに手を伸ばす。
あたかも最初から「それを取り出すつもりでしたよ、ついでにキスしましたよ」的な偽装工作のつもりだ。
何のために一週間待ったのか、その根本を僕は忘れていませんよ、的な。
そんな行為に意味があるかどうか判らない。たぶん、徒労だ。
だけど、僕は琴子に失望をされたくないのだ。
琴子は無条件で僕のことを信頼してくれている。絶対に、裏切ることはできない。
こんな切羽詰まった状況でも見栄を張らずにいられないのだ。
身を起して素早く取り出したそれを装着して、再び肌とくちびるを重ねる。
先端で秘部をつつくと、僕の身体の下で琴子が逃げるように身をよじらせているのが判った。
その様子が、まるで焦れて僕を欲しがっているようで――さすがに理性の限界を迎えた僕は、少々強引に腰を押しつける。
「んっ!」
琴子が薄く喘ぐ。構わずに僕は、自身を埋め込むべく力を加えていく。
ゴムについたゼリーと、琴子自身から溢れる蜜の力を借りて、僕はぬるんとした彼女の内部に着々と身を沈めていった。
半ばまで到達したところで、いったん動きを止めて琴子の様子を窺う。
眉根をきつく寄せてはいるが、首をのけぞらせて漏らす声からは、辛そうなそぶりは見受けられない。
僕は安心をして、快楽を貪る作業に戻る。
大人になっていてよかったな、とふと思った。
もしこれが、たとえば高校生同士で、お互いが初めての相手で、右も左も判らない自分だったらもっと琴子は苦しんでいたはずだ。
それはそれで、微笑ましい思い出になるのかも知れないけど、僕は琴子に苦痛を与えたくはないし、余裕がなくて浅ましい姿を見られたくもない。
琴子の言葉を信じるならば、――27の僕は、ちゃんと琴子を気持ちよくさせられる。
本能のままにがっついたりしないし、きちんと避妊もして、言い方はおかしいけれど、品行方正で実に見本的なセックスができる。
僕たちの関係は、完璧だ。
最奥までたどり着いたとき、僕はそう確信をする。
まるでパズルのピースのように、僕たちが重ねた身体はぴったりと一致していた。
身体を重ねるってことがこんなにも気持ちいいなんて、知らなかった。
その本質に初めて触れたような気がした。
たぶん。僕は、ずっと琴子が欲しかったのだ。もしかしたら、物ごころつくよりずっと前から、琴子だけが欲しかったのだ。
「……ん、あ、かな…め……あ、あん!」
びくびくと受け入れた口を収縮させながら、喘ぐ合間に僕の名前を呼ぶ琴子を、愛している、と強く思った。
「……琴子」
「要……っ、や、もっと……」
「琴子、好きだよ」
「っ、うん……。好き……す、き…なの……! やっ、んっ!」
「愛してる。琴子」
「あ、あっ…ああ!」
律動を激しくする。
何か言おうと開いた彼女の口からは、もう意味のある言葉は漏れてこない。
ただ僕の動きに合わせて、時折首を左右に振りながら切羽詰まった喘ぎ声を洩らすのみ。
僕の方もどんどんと意識が白く濁り、身体の内側から燃えるように熱くなり、理性を打ち負かした本能が肉体を支配する。
ああ、もうすぐだ。
あの一点に向かって小刻みに抽送を繰り返す。
「や、………なめ、ああん! ふ、あっ」
「…………琴子、もう…いい?」
「ん、んんっ……あ、うん…………やあっ!」
息を弾ませながら必死に琴子が頷いてくれたから、僕は安心して登頂に向かって腰を揺らす。
もしダメだって言われても、どうにも出来ない状態なんだから聞かなきゃよかったな。
そんな風に思ったのは、薄いゴムの中に溜まっていた精液をすべて吐き出し終えたあとだった。
琴子の肩に顔を埋めて、息を整える。僕の耳元にも荒い彼女の吐息が心地よく届いて、僕の幸福感をさらに満ち足りたものにしてくれる。
「琴子」
けだるげにこちらを見上げた琴子の、アーモンド型の瞳が熱っぽく潤んでいる。
やっぱり好きだ。琴子が好きだ。
口に出す代わりに繋がったまま深い深いキスをして、僕はその気持ちを伝えたのだった。
簡単に後始末を終えて、裸のままぴったりとくっつきながら、僕らはまた取りとめもなく話し始める。
結婚して四国へ嫁いだ同級生が、みかんを大量に送ってくれたこと。
琴子の昔の教え子が、漫画家デビューした。
川上さんの結婚が決まったような気がする。確証はない。なんていっても筋金入りの秘密主義だから。
先日の忘年会での、学年主任の失態。
琴子はもうすぐ冬休み。今年は海外に行かないから、一緒に初詣に行く約束。きっとイオがついてくる。
今日だって来たがったけどダメといって断った(僕のほうにメールが着たけど「今回は遠慮してほしい」と返信したらそれ以来音沙汰がない)。
父さんと母さんはこっちに帰ってこないから、ついでにカウントダウンも一緒。
仕事納めの日は納会で遅くなること。
昔のクリスマスの思い出。ある年のイブの夜中に、琴子がトイレに起きたら階段を上ってきていたおじさんの手にプレゼントがあったこと。
「そこでサンタから預かった」なんていう苦しい言い訳を、ずっと信じていたこと。この件はイオと僕の兄貴から散々「サンタなんていない」とからかわれて悲しかったこと。
僕の家のほうは、サンタのために枕元に缶ビールを置いておく習慣があったのだけど、今思えば単に父さんが飲みたかっただけなのかな――――。
「あ」
そこまで話して、唐突に思い出す。
ちょっと待ってて、と声をかけて、布団から抜け出した。床に転がっていた下着を身に着けて、部屋の明かりを点ける。
「……なに?」
「ん」
机の上の小さな紙袋の持ち手を掴んで、ベッドに舞い戻る。
何事かと身体を掛け布団で隠しながら起き上がった琴子の目の前に、はい、とそれを差し出した。琴子のアーモンド型の瞳が、真ん丸く形を変えた。
「プレゼント。もらって」
「わ、うれしい。ありがと、あけてもいい?」
「もちろん」
琴子が紙袋から小箱を取り出して、ふふ、と幸せそうに笑う。
青い外箱に巻きついた白いリボンをするすると琴子が解いていく。箱を開けると、中からは磨りガラスのケースが出てくる。
その中には、紛れもなく僕が選んだ銀色のネックレスが収まっていた。
「わあ……可愛い」
「ベタで申し訳ないけど」
「そんなことないよ。すごく嬉しい」
中身を確認した琴子が、指先で細い鎖をつまんで取り出した。
金具を取り外そうとして、ふと、左手がふさがっていると気がついたようだ。
ちょっと迷うようなそぶりを見せたあと、ネックレスを僕のほうに差し出して照れくさそうに、つけて、と言った。
「いいよ」
僕が頷いてそれを受け取ると、琴子が白い背中をこちらに向ける。
小さな部品に若干の苦労をさせられ(実はそんなに器用じゃないのだ)やっと口を開き、一本になった繊細な鎖を琴子の首に回す。
ひやりとした金属が肌に触れた琴子が、くすぐったそうに肩をすくめた。
なんかこういうのドラマで見たな。
まさか体験することになるとは、思わなかった。
ものすごく照れくさいんですけど。
っていうか琴子のうなじ綺麗だな。こんなところをまじまじと見るのは初めてだ。
またカンの口を開くのに苦労をさせられつつ、そんなことをぼんやり考えていたら琴子がポツリと呟いた。
「…………ちょっと、びっくりした」
「なにが?」
「ううん、なんでもないの。ね、できた?」
「できたよ」
「ありがと。どう? 似合う?」
くるりと琴子が振り向いた。
真っ白な素肌に、銀色のチェーンが光っている。残念ながらぼんやりとした視界ではそれ以上確認できない。
「うーん。眼鏡ないから、見えない」
「あ、そっか」
琴子の首元に顔を近づける。
え、と驚いた声を上げた彼女の白い喉もとに、息がかかるほどの距離で光るネックレスを確認した。
涙型のモチーフの中で揺れる、ささやかなサイズのダイヤモンドのネックレス。
見た瞬間に、琴子に似合うのはこれかな、と予感したんだ。
女性の店員さんに、クリスマスらしくハートはいかがですかとかピンクダイヤが人気です、とか色々詰め寄られたけど、琴子は昔からそういう、「可愛らしい」ものが余り好きじゃなかったし、僕自身がピンクのハートを贈ることに抵抗があったというのもある。
セールストークに一切惑わされない僕を、ちょっと不審な目で見た店員さんに言い訳をした。
――ちゃんと似合うって判ってますから。
その人は、あら、と返事をしながら苦笑いをしていた。
「うん、似合うよ」
「…………なんか、間違ってる。これしか見てないじゃない」
「大丈夫だって」
言うが早いか、モチーフのすぐ隣に口付けた。
「あ……要……っ」
琴子の身体が強張る。
鎖骨の近くの薄い肉をあまく噛んで、少しきつく吸い上げる。
「んん……っ、だ…だめ……」
びくびくと身を震わせて上半身をのけぞらせた琴子が、僕の肩に手を置いて引き離そうとする。
一度大人しく引き剥がされてから、僕はすらりとくびれた腰に手を回して、再び熱を持ち始めた身体を抱き寄せた。
ちゅ、と軽く音を立てたキスをして、鼻先がぶつかる距離で琴子の顔を覗き込む。
「……気に入ってくれた?」
「うん……大事にする」
「よかった」
吸い寄せられるようにくちびるを重ねる。
いい加減、くちびるがひりひりしてきた。今日一日で、一年分のキスをしたような気がする。
それでも琴子とのキスはふわふわと気持ちよく、飽きるなんてことはまったくなかった。
身体の間に挟まった邪魔な布団を引き抜いて、素肌同士をぴったりと重ねる。
腕の中の琴子が、恥ずかしそうに身じろぎをして僕のくちびるからするりと逃げた。
「待って……私もあるの、プレゼント」
「そうなの?」
「うん。でも下に置いてきちゃった。取ってきたいから、着るもの貸してくれない?」
「いいよ、ちょっと待って」
「ついでにね、下、片付けちゃわない?」
「そうだね、そうしようか」
「うん。そのあとね、シャワーも貸して欲しいの。全部終わったら、その……あの……
――――もう一回、しよ?」
一度だけではぜんぜん足りてなくて、もっと、何度でも何度でも彼女が欲しいと思っていたのはどうやら僕だけじゃないようだ。
魅力的なお誘いに、今すぐにその二回戦に突入したくなる欲望を押さえつけながら僕は、そうだね、ともう一度返事をして身体を離す。
クローゼットを開けて服を探しながら、冗談半分、本気半分で「一緒にお風呂に入る?」と聞いたら、ばか、とまた可愛く罵られて、僕はますます幸せな気分になったのだった。