ピロロロロ…ピロロロロ…ピロロロロ…  
 ある夜、その電話は突然、俺のケータイの着信音であるシンプルな電子音をかき鳴らした。  
電話とは得てして突然かかってくるものだが、俺は今故郷を離れた地で私立探偵をやっている身だ。  
とはいっても別に何か悲惨でハードボイルドな身の上があるわけではなく、まぁ話せば少々長くなる  
経緯があってこんなとこで開業するはめになったんだが、特に重要ではないのでここでは省略する。  
 とにかく、だからご近所付き合いはあっても親類やケータイ番号を交換しているような親しい友人  
は近場にいない。  
仕事用の固定電話ならともかくプライベートのケータイでは、数年前に機種変更してから数えるほど  
しか通話していない。  
そんなわけで営業時間も終わった午後9時ごろ、一人自宅兼事務所で書類整理をしている最中だった  
俺は、たかが電話の着信ごときにひどく驚いてしまった。  
 まさか親に何かあったかと慌てて番号を確認するが、全く見覚えが無い数字の羅列。  
 
ピロロロロ…ピロロロロ…ピロロロロ…  
 
 無機質な着信音は鳴りつづける。そーか、かつて「キャッチ・デストロイア」の名を欲しいままに  
したこの俺に迷惑電話たぁいい度胸だ。「かんずめ男しゃく」並に笑い死にさせてやるぜ。  
俺はそんな軽い気持ちでにやりと笑うと、通話ボタンを押した。  
 
ピッ  
 
「はいもしもし。」  
「…もしもし…わたし、メリーさん…。」  
応答したのは、妙に幼い印象を受ける、電話越しのくせによく通る、  
 
少女の声。  
…一瞬、思考が真っ白になった。  
 
「…え、ちょっ!ちょい待て!ほんとに」  
「…今、駅前公園にいるの…。」  
聞きなれない、しかし妙に懐かしさを覚えるその少女の声は俺を完膚なきまでに無視し、  
 
ガチャン プッ ツー…ツー…ツー…  
 
自分の居場所だけを伝えると、一方的に切れた。  
 切れた後も、俺はケータイを耳に当てたまま、しばしボーゼンとしていた。  
 
あまりのことに呼吸の方法を忘れ、息が苦しい。  
ケータイを持つ手がわなわなと震え、液晶画面がぴたぴた顔に張り付く。  
口元がぴくっぴくっと痙攣するのが自分でもわかる。  
額が汗ばんできた。  
 
メリーさんが…『あの』メリーさんが俺のところに…?  
 
嘘、だろ? そんなこと…  
 
どっと心の奥底から、感情が溢れ出る。理性はあまりにも激しいその波を押さえきれず、  
次の瞬間、  
それは叫び声となって俺の口から。  
 
 
 
 
 
「いやっほおおおぉおおぉぉ!!!!」  
 
 
 
万感の思いをほとばしらせた。  
 
 
 
 
§\§  
 
 
 俺が『メリーさん』の怪談を初めて聞きかじったのは、小学生のころだ。  
 クラスメイトに怪談話の妙に上手いやつがいて、昼休みにはそいつの席の周りに  
皆して群がり、きゃーきゃーギャーギャー言いながらその語りを拝聴するのが  
一時期俺たちの組の習慣と化していた。  
そしてそいつのレパートリーにこの話は含まれていたのである。  
 
 覚えのない相手からの突然の電話。こちらの意思に関係ない訪問。  
構える暇もなく近づいてくる恐怖。そして一旦は安心した後に待つ、  
背筋の凍るような台詞…。  
 
 そいつの朗読力もあいまって、この話は純粋かつ多感な少年だった俺の心に  
深く深く彫りこまれてしまった。  
はっきり言ってその晩から暫く俺は、電話がかかってくるたびに首をすくめる、  
テレビの音量を上げすぎる、オマケつきお菓子のオマケを口に放り込む、  
スペシウム光線のポーズを左右間違えるなど、あからさまな挙動不審に陥った。  
当時うちでは電話番はなぜか俺の係だったので、真っ先に電話に出なければならなかったのだ。  
うちでメリーさんの餌食になるのは確実に俺。しかも電話は田舎の家特有の暗い廊下の途中に  
設置されてたもんだから、怖さも倍増だ。  
 しかし、だからといってきちんと電話に出なければ母親に怒られる。母の怒りは恐ろしい。  
具体的に言うと大魔神が腕を交差するとハニワ顔から三億円事件顔に変身するくらいに恐ろしい。  
俺は葛藤した。メリーさんは怖いが母親も恐い。どっちに転んでも待っているのは恐怖。  
母の恐怖は底は知れているものの確実に来る。メリーさんの恐怖は来るかどうかわからないが、  
来てしまったらどうなるか予想できない。究極の選択。  
 
 
 そんなとき、俺はふとあることに気がついた。母の恐怖は起こってしまえばどうにもならないが、  
ご機嫌を伺ったり自分の行動に気をつけていれば起こさずにすむ。メリーさんの恐怖だって、  
同じように何か予防策があるんじゃないか?と。  
 俺は必死になってメリーさんについて調べ始めた。それからの数週間は、  
いままで見向きもしなかった図書室を利用したり、件の怪談少年を始めクラスメイトや学校の先生、  
姉に友達のお兄さんお姉さん、  
近所のおばちゃん、さらにはお巡りさんや道行くおっさんなんかにまでこの怪談や幽霊、  
妖怪について相手が引くほどの情熱でもって聞きまわって情報を集め、ひたすらにメリーさん  
予防策・対抗策を頭の中で練っては崩し練っては崩し、の繰り返しだった(宿題そっちのけで  
やったんで結局母には怒られたんだが)。  
 今思えば、これが今の職業を目指すきっかけになったとも言える。この行為を通して俺は、  
物事に潜む真実を自らの手で調べ上げる面白さを知ったのである。探偵なんて覗き見趣味の下衆で  
アコギな商売、と思う奴らも多いとは思うが、血の滲むような調査とオーバーヒートするほどの  
思考の末に真実を掴み取った瞬間の喜びは、何物にも代えがたいものがあるのも事実なのだ。  
ま、滅多にないんだけどな。  
 
 そんな今の俺にとっての原点ともいえるメリーさんからの、あのころはいつのまにか心待ちに  
さえしていた存在からの電話がかかって来て、心踊らないわけがない。  
ようやく俺の考察を試すときがやってきたのだ。  
 
 ところでメリーさんだが、そうしてせっかく対策を練ったにもかかわらず、当時は結局待てど  
暮らせど俺の家に電話をかけてくることはなかった。俺が聞きまわった範囲でも実際にメリーさん  
からの電話を受けたことのある人間はいなかったし、結局怪談は怪談に過ぎなかったのか、とそのころは思い、  
小学校を卒業するころにはすっかりメリーさんのことは忘れ去っていた。ただ、  
その後もふとした瞬間にそのころの記憶が蘇ることがたまにあり、  
その度に俺の『メリーさん理論』は当時の最新の知識と思考でもって補強されてきた。  
今や対処法にとどまらず、メリーさんの起源からメリーさんのアイデンティティー、メリーさん  
の正体、メリーさんの哲学、メリーさんの支持政党、メリーさんの得意料理、メリーさんの  
夏休みの朝のラジオ体操の出席率まで、メリーさんのことなら何でもカバーした総合理論と  
化している。後半はもはや妄想だとかいうツッコミはナシだ。  
 ふふ、この俺の理論の前にメリーさんなど恐るるに足らず。かかってこいやぁ!  
 
 まあ、さっきの一回だけではイタズラの可能性もあるが、プライベート用のケータイに  
少女からイタ電がかかってくる心当たりはあまりない。例えば友人ですでに娘持ちのやつも  
いるにはいるが、まだハイハイも満足に出来ない年であそこまで流暢にしゃべれるわけがない。  
かわいがってる甥がクラスメイトあたりとつるんでやってるという線もあるが、  
あいつら姉家族は両親と田舎暮らしでこのあたりにやってきたことはない。  
イタズラならすぐにボロを出すだろう。  
どっちにしろ、次の電話が来ればはっきりと…  
 
ピロロロロ…ピロロロロ…  
 
お、来た来た。    ピッ  
 
「ほいほい。」  
「…もしもし…わたし、メリーさん…今、ラーメン屋台の前にいるの…」  
「!…ほほう。ところで」  
ガチャン プッ ツー…ツー…ツー…  
 
 あら、切れちゃった。つれないねえ。こちとら10ウン年待ち続けた身だってのに。  
しかしこれでハッキリした。間違いなく本物だ。  
 駅前公園からここまでのルート上にあるラーメンの屋台といったら、大通りを外れた脇道  
(この辺りの地区への知る人ぞ知る近道だ。街灯も少なく車がすれ違えない程度の幅だが、  
ほぼまっすぐここまで来れる。)を下って約100mの所にある、古い住宅地の共同駐車場  
という恐ろしく辺鄙な場所で18:00〜22:00ごろにやってる「花咲亭」しかない。  
営業許可ちゃんと取ってんのかな、あそこ?  
 スープの味が控えめに言っても独特で、開けっ広げに言えば味がするようなしないような  
何とも前衛的な風味と、薔薇やらハイビスカスをブレンドしたというまたなんとも  
形容しがたい香りのスープを昔から変えないこの店の店主は以前、どーもそのせいで  
大通りから追放されたらしい。花屋の大旦那である店主ゲンさん(57)いわく、  
「俺が悪いんじゃねェ、時代が俺に追いついてねェんだ!」そうだが、いや、  
それはむしろ周回遅れというのでは…。  
それでも辞める気配がないということは、ちょくちょく客が来ているということなのだから、  
いやまったく人間の嗜好ってわけわからん。  
 まあそれはともかく、この事務所への地元の人間しか知り得ない近道やドマイナーな  
屋台を知っている以上、電話の主が人間なら、彼女はこのあたりに土地勘のある地元の  
少女ということになる。ここら辺の地理によっぽど精通してない限り、  
あんな道を使おうなどとは思いもよらないだろう。  
しかし前述の通り、俺のケータイ番号にかけてくる可能性のあるこの年頃の地元の少女  
になど、まるで心当たりがない。つまり、こんな芸当のできる人間は存在しないはずなのだ。  
 
そう、人間なら。  
 
 さて、ここらでひとつ、俺のメリーさんに関する考察を一部回想してみよう。  
今までに考えたのを全て思い出し検討する時間はちょっとなさそうだが、  
「メリーさんの正体」と「その対処法」についての部分は、大まかにいうとこうだ。  
 
 そもそもメリーさんの正体とは何なのか。そしてなぜこんなことをするのか。  
巷に流れるメリーさんの都市伝説には、大きく分けて三つのタイプがある。  
それぞれについて考察してみよう。  
一つ目は人形型。捨てられた人形が、持ち主(というか捨て主)に対して〜というやつだ。  
俺は、このタイプが元祖・メリーさんなのではないかと考えている。メリーさんの都市伝説  
が噂され始めた時期は詳しくは不明だが、恐らく1970年代、  
それこそ「友達の友達」の知り合いの家まで電話網が普及したころであろうことは想像に  
難くない。当時の日本は高度経済成長真っ只中。ゴミの廃棄量は加速度的に増加し、  
当然捨てられる人形だって百体やそこらではすまなかっただろう。  
その中から元持ち主へ復讐を企てるやつが出ても全く不思議はない。  
 
 しかし、ただ単に捨てたはずの人形いつのまにか家に帰ってきました、  
じゃあ使い古された凡庸な怪談と変わらず復讐には足りない、と考えたやつがいたのでは  
なかろうか。せいぜい数年人間に使われただけの人形では、たとえ怨念による補正が  
プラスされても、せいぜいしゃべったり自力で歩くことができる程度。遠距離の  
テレパシーで元持ち主を脅かすなんて芸当はこれまではできなかった。  
しかし媒介するものがあれば?当時普及した電話網は全国どこへでもどこからでも  
つながっている通信用インフラ。これに思念を媒介させれば、弱いテレパス能力でも  
遠方と意思疎通が可能なのではないか。  
 すなわちメリーさんとは、現代消費社会と情報化によって引き起こされた悲劇…  
というには少々大ゲサかもだが、そう考えると辻褄が合う気がしないでもないではないか。  
実際、少々俺たちより上の世代の人間に『自分がはじめて聞いたメリーさんの話』の内容を  
聞くと、多くは人形のメリーさんの話を挙げる。いや、あくまでも俺調べだが。  
 
 実際、電話を使う、という脅迫方法は中々に効果的といわざるを得ない。  
手紙や電報と違って、瞬間的にダイレクトに意思を伝えられ、しかも姿が見えないという  
電話の特徴と、どこからでも思念を送れるという霊的能力。2つが合わさることで、  
その効果は二倍以上にふくれあがっている。しかも文明の利器の代表格である  
電話が前時代的な人外に利用される、といった異様さまでもプラスされる。玄関や自分の  
背後など、ありえない所からかかってくる電話。夜中の部屋に響く幼女の声。  
切っても切っても次々かかってくるコール音。俺は例の怪談少年や  
稲川順二みたく上手くは語れないが、メリーさんの恐怖の根源はそんなところに  
あるんじゃなかろうか。まあ、ケータイ電話の登場で、最初の『ありえないところから』  
ってのは現代ではそうでもなくなってしまったが。  
 そしてこの方法の注目すべき特徴は、軽いテレパス能力と数メートル単位の  
テレポート能力があれば誰でも可能というお手軽さにある。真似しようと思えば、  
ちょっとした人外には誰でもできそうなのだ。  
 
そろそろ次に移ろう。  
 
 二つ目は幽霊型。メリーさんは幽霊である、とするタイプだ。この場合、  
彼女は殺人や交通事故の被害者で、その犯人または見殺しにした人間に恨みを晴らしに  
やってくる。幽霊タン…じゃない幽霊譚の典型で、三つのタイプの中で一番わかりやすい。  
 幽霊は、恨みを晴らし成仏するため行動するものである。  
有名なメリーさんの都市伝説を再現してやることで、より効果的に相手をビビらせる  
ことができる、とふんでいるのである。つまり、彼女はメリーさんの模倣犯なのだ。  
 
 さて、以上の二つは、正体や原因こそ違え、誰か特定の人間に恨みを晴らすために  
行動しているという点で共通している。つまり、『メリーさん』の恨みを買わないよう、  
強く正しく逞しく、清く貧しく美しく、  
ついでにNHKに受信料払って国民健康保険払って生きていれば、  
恐れることは何もないのである。ノンフィアー・ノンペイン。  
もしそーゆーことに心当たりがあるなら、自業自得とあきらめてくれ。  
え、メリーさんが間違い電話してきたら?…うーん、ま、そういうこともあるさ!  
 
 しかし。  
 
 問題は三つ目の型のメリーさんだ。彼女の正体は…不明。いやほんと一切不明。  
取り付く島もなしに、不明。体験者たる「友達の友達」の家に何の前触れもなく  
メリーさんからの電話がかかってくるところから話は始まるのだ。  
メリーなんて外人の知り合いはいたかしら、とアルツの入り口を心配してるうちに  
外人ならぬ人外メリーさんに背後を取られることになる。  
 この場合、前者2つとは違いメリーさんの行動律はまるで読めない。  
誰でもメリーさんの餌食になりうる。次は自分かもしれない。このタイプには、  
そんな恐怖がつきまとう。  
そのせいか、現在、普通「メリーさん」の話といえばこの第三型を指す。  
 
 
ピロロロロ…ピロロ ピッ  
「へーい。」  
「…もしもし…わたし、メリーさん…今、タバコ屋さんの角にいるの…。」  
「気ィつけろよ〜。」  
ガチャン プッ ツー…ツー…ツー…  
 
 あの近道を抜けたとこか。しかしヤケに時間かかったな。  
子供の足でも10分かからんはずだが…。  
まさか食ったのか?食ってたのかあのラーメンを!?  
 まあいいか。とっ捕まえた暁には、ぜひ感想を聞きたいもんだ。  
 俺はそもそも捨てる人形を持っていない。強いて言えば子供のころに  
遊んでたゼットンのソフビが実家にまだあるはずだが、たぶん  
捨てられてはないと思う。てか勝手に捨ててたら俺の方が実家に化けて出るぞ。  
一緒に呪おうなゼットンよ。…今度実家に帰ったらこっちに持って帰るか。  
恨みを買うほど親しい女の知り合いに至ってはこっちから欲しいくらいだコンチクショウ。  
 そんなわけで、今俺のもとに迫り来ているメリーさんはこの第三型で間違いなかろう。  
 それでは行動律や理由が読めない以上、この第三型メリーさんには何の対処のしようもない  
ということだろうか。  
 おそらくはこのメリーさんも先の第二型メリーさんと同様、第一型(オリジナル)  
の模倣犯だろう。そしていつのまにか背後に現れる以上、彼女もまた人外であることは  
間違いない。ただし目的がハッキリしないため、そこは想像してみるしかない  
(第一、二型のメリーさんが成仏しきれずにさまよっている場合も考えられるが、  
ここでは割愛する)。通常の場合、知らない相手から電話がかかってくるのはどういった  
ケースだろうか。  
 
 その一、勧誘。家庭教師とか保険とか。しかしメリーさんは特に何か要求してくるわけ  
じゃない。せいぜい玄関開けさせるくらいか。  
 その二、犯罪。例えばサギ。オレオレ。しかし人外が口座持ってるのか?  
または他人の家を襲って金を奪う。仮に人外が社会生活してるんだったら、  
人間以上に大変だろう。ならそんな危ない橋は渡らないんじゃないか。  
第一、相手の背後に来られるなら、わざわざ電話しないでこっそり奪えばいいではないか。  
 その三、イタズラ。…これはあるかもしれない。人外って結構イタズラ好きだし。  
メリーさんの話の特徴といえば、電話を使うこと。この新しいツールによる怪談を  
知って、イタズラ好きなヤツらが飛びつかないわけがない。  
実際に自分たちでメリーさんを演じて人間をビビらせてやろうと画策するのは案外自然な  
ことなんじゃないか。  
 イタズラということは、命を奪う気はヤツらにはあまり無いということになる。  
イタズラついでに魂とかを喰らうとかいうこともあるかもしれんが、  
それだってあくまでもツマミ食いであって、本気ではない。  
こちらが抵抗すれば被害を防げる可能性はある、はずだ。  
 しかし正体がわからないのでは、やはりメリーさんそのものに対処するのは難しいだろう。  
それに仮にメリーさんの正体がわかりやすい弱点を持つわかりやすい妖怪、例えば吸血鬼や  
鬼ならニンニクに十字架、豆などで弱点を突けるが、「ひょうすべ」みたいなマイナーで  
弱点がはっきりしないやつだったら正体が判明したところで無意味だ。  
電話聞いただけで一般人と吸血鬼とひょうすべを聞き分けられるやつがいるとは思えんが。  
 それならばメリーさんそのものではなく、その攻撃から身を守ることを考えればいい。  
ここで重要なのは、彼女はいかなる攻撃をしかけてくるのか、ということ。  
さっきも言ったように、メリーさんは別に被害者を殺すわけではないのだろう。  
現に話が伝わってるということは、被害者が生きている証拠だ。  
しかしメリーさんの話は必ず、被害者の背後から彼女の電話がかかってくる…という  
場面で終わっている。  
その後のことは杳として知れない。ここから推測するに、  
被害者はこの後にあったことを覚えていない、  
あるいは思い出したくないんじゃないだろうか。  
後者の場合はこの話そのものを話さず忘れようとするだろうから、やはりこの話の直後  
にメリーさんの攻撃を受けて記憶を飛ばされた、と見るべきだろう。  
 記憶を飛ばすような攻撃というと、相手を気絶させるか、霊的な力でマインドコントロール、  
記憶操作、あるいは単に眠らせる、といったところか。うん、ようやく具体的になってきた。  
 
 
ピロロロ ピッ  
「やっほー。」  
「…もしもし…わたし、メリーさん…今、石段の下にいるの…。」  
「…そうか。ガンバ」  
ガチャン プッ ツー…ツー…ツー…  
 
 うーむ、せっかくのエールも無視ですかそうですか。あの個人的に『ハートブレーカー』  
の称号を与えた百数十段ほどの急な石段は、下からこの事務所のある高台の地区へ  
昇るためのものだ。感覚的にはむしろ「登る」方だな。今は傾斜の緩い車道も通って  
いるが、直線距離ではこちらのほうが断然短く、下るときには俺もよく利用する。  
しかしわざわざ登るようなやつは、元気の有り余ってる小学生以外はこの辺にも皆無だ。  
意外ににチャレンジャーだな、メリーさん。応援してるぞ。ファイト!  
登りきればもうここまで100mもないぞ!  
メリーさん、ダメだ、疲労に呑み込まれたらダメだ!君のウワサが、俺を今まで支えてくれた!  
…君の怖さが俺を怖気づけてくれた!石段は乗り越えられる!  
メリーさん…諦めるなぁあーっっ!!!  
 
 と、無駄に熱くなって見てるだけじゃ始まらない。この説が正しいって言える勇気があればいいんだ。  
話を戻すと、物理的な力で失神を狙うメリーさんが相手の場合は、単純に全身、特に腹や頭部、  
首なんかを防具で固めておけば問題なかろう。まあこっちも動きづらいので、返り討ちは難しい  
だろうが。  
 しかし霊的な力で攻撃されてきた場合は、魔方陣とか呪文とか護符とか、こっちもそういう  
霊的なもので防御する必要がありそうだが、現実問題としてマニアか退魔師でもないかぎり  
そういうものをとっさに使えるとは思えない。というかそんなのが普通に使える一般家庭は怖すぎる。  
つまりその場合、前もって準備していない限り手の施しようがないのである。  
 だが、実は俺は今までの電話から、少なくとも今かけてきているメリーさんは霊的能力で  
ナニヤラする可能性は低いと見ている。なぜなら  
 
ピロロロロ…ピロロロロ…  
 
って早っ!    ピッ  
 
「ほいほい。」  
「…もしもし…わたし、メリーさん…今、アパートの前にいるの…。」  
…なんとまあ、前の電話から2分とたってないよ。アパートってのは石段を登って  
こちら側にある学生寮だろう。あそこは4軒隣だし、次はもう玄関かな。  
 
ガチャン プッ ツー…ツー…ツー…  
 
とか考えてるうちに切りやがった。  
 しっかし、たったこれだけであの石段を息ひとつ切らさず登りきるとは。  
まさに人間業じゃない。車で車道をすっ飛ばせばできないこともなかろうが、  
この距離なら確実に走行音でわかるだろう。  
 でもそんな驚異的身体能力があるなら、今までだってもっと怒涛の勢いで迫って  
有無を言わさずビビらせればいいはず。スピード感はメリーさんの恐怖の重大な要素だ。  
怨恨にしろイタズラにしろそうしない理由はない。  
となるとやっぱり霊的パゥワーで石段をショートカットしたのか。  
さすがにあの石段はメリーさんにもキツかったと見えるな。  
ありゃ、『霊的能力でナニヤラする可能性は低い』って見積もりがはやくも  
前提から崩れ去っちゃったよ。うーむ、ちょっと不安になってきた。  
 まあどっちにしろ、俺は自分にできることをするまでだ。一部否定されたとはいえ  
考察の大筋は違ってはいないだろう。  
もはや考察のし直しをしている時間はないし。俺はいそいそと準備にとりかかった…。  
 
 
…準備そのものは数分とかからず終わった。若干の不安は残るが、致し方ない。  
外れたら、ま、正にメリーさんに翻弄された人生、てとこかな。  
 
 
ピロロロロ… ピッ  
「もしもし。」  
「…もしもし…わたし、メリーさん…今、事務所の前にいるの…。」  
「…いいかげんにしろぉっ!」  
ピッ  
 
うんうん、やっぱりここはこの台詞がお約束だよな。事件発生→ゴルゴムの仕業だ!  
がないと感じ出ないのとおんなじだ。  
 さて、事務所の戸のカギはまだ閉めていない。開けてくれ、という催促のある  
タイプのメリーさんでも勝手に入ってくるだろう。次が勝負だ。  
絶対とっつかまえて正体解明だ。失敗するわけにはいかん。  
命が危ないからじゃない、次にいつチャンスが来るかわかったもんじゃないから、な。  
 机から離れ、左右後ろに十分な空間を確保しつつ仁王立ちになり、時を待つ。  
 
……  
 
 
ピロロロロ…  
 
来た。  
いよいよ俺の考察力が試される時。  
 
     ピロロロロ…  
 
念のため後ろを振り返ったが、背後にあるのは見慣れた事務机だけだった。  
 
          ピロロロロ…  
 
きっちりスリーコール待ってから、落ち着いて通話ボタンを押す。  
 
ピッ  
 
「…はい。」  
「…もしもし…わたし、メリーさん……。」  
「…」  
「…今…」  
「…」  
ごくり。  
 
「…あなたの後ろにいるのぉ!」  
 
直後、側頭部に衝撃。  
 
 
 
§\§  
 
 
 
 人間の年寄りは頭が硬い。昔からのやりかたにこだわり、新しいのは毛嫌いするヤツが  
多いのは万国共通だ。  
 思考能力がある以上、人外も同じじゃなかろうか。いくらイタズラ好きといっても、  
電話を使うなんてナウい方法は若い人外だからこそ思いつくイタズラ、という気がする。  
メリーさんが大抵は幼女または少女の姿なのもうなずけるというもんだ。  
 人外の中でも特に妖怪変化、ツクモガミの類は、「物」から生まれる。  
典型的なのは唐傘や提灯オバケなんかだ。前述の第一型(オリジナル)のメリーさんも  
その一種と考えられるな。若い人外ということは生まれてから間もない人外、  
つまり依り代となる「物」が最近できた人外、ということになる。  
 
しかも、コイツはかけてきた電話を自分から切るとき、「ガチャン」という  
「受話器を置く」音を毎回立てていた。つまりコイツは思念波を電話線に媒介させて  
いるのではなく、かといって手軽にケータイを使うでもなく、  
第三のある方法で電話してきていたのだ。こんなことをするワケは、  
テレパス能力が極端に弱いからか、あるいは―――  
    ・・・・  
「―――こういう電話そのものが依り代か、ってとこだよな、『メリーさん』?」  
 目の前に悔しそうにしりもちを付いたままの姿勢で座り込む少女に話しかける。  
人間なら14、5歳といったところの雰囲気だ。細身の体にバスかタクシーの  
運転手のような長袖の黒いズボンと制服にワイシャツ、ネクタイを着こみ、  
同じような黒い帽子が乗っかったおかっぱ風の黒髪を生やした頭部前面では、  
大人の階段をのぼりつつある色白の愛らしい顔が、居心地の悪そうな表情を  
浮かべていた。  
 幼めの声から幼女を想像していた俺にとっては正直意外だ。  
一般にメリーさんのイメージは西洋風の幼女だが、それはあくまで第一型の  
人形メリーさんから来たイメージなのだろう。目の前の『メリーさん』が純和風な髪に  
顔立ちなのは、彼女が、いや彼女の依り代が日本生まれだからか。  
 
「ねぇ、それ返してよ!あたしのなんだから!」  
メリーさん(仮名)がわめいて、手を突き出してくる。  
「おーっと下手に動くなよ。こいつに万一のことがあったらどーなるか、  
一番よくわかってんのはお前だよな?」  
 俺はぽんぽんと小脇にかかえた彼女の依り代を軽くたたきながら言ってやった。  
それだけでぐ、とメリーさん(仮名)は押し黙り、しばらく伸ばした手を  
見つめたあと、悔しそうにひっこめた。  
 
 その依り代とは、肩掛け紐の付いた弁当箱3、4個分はあろうかという  
箱の上に、ボタンが並んだ受話器が据え付けられた装置――ショルダーホン。  
自動車電話サービスの一環として1985年9月に当時民営化された  
ばかりのNTTが発売した、国産第一号の持ち運び可能な移動式電話。  
いわばケータイ電話のご先祖様、というわけだ。  
 
その名の通り肩から下げて使う本体は、重さ実に3kg。  
とてもじゃないが持ち運ぶ気にはなれんね。  
「…今、なーんか失礼なこと考えなかった?」  
「うんにゃ、ぜーんぜん。」  
事実じゃん。  
「…絶対考えてたぁ〜っ」  
お、イジケとる。  
「いきなり背後から頭にこんな鈍器ぶつけてくるような人外に失礼なんて  
言われたかぁないね。ヘルメット被ってなかったらタンコブじゃすまなかったぞ。」  
「うっ…」  
あ、ぎくっ、て擬音が聞こえてきそうなリアクションでまた黙った。  
 この失礼娘は、電話の直後に俺の左側頭部をショルダーホンをぶん回して  
殴りつけてきたのである。  
 相手の正体が予想できればこっちのもの。年齢の若い人外は、  
まだそれほどの霊力は持ち合わせていないはず。  
となると物理的攻撃に訴えてくる可能性が高い。ショルダーホンの人外なら、  
最も簡単で効果的な物理攻撃は  
依り代であるショルダーホンそのものによる撲殺しかありえない。  
そこで俺は衝撃に備えあらかじめバイク用のヘルメットを被っておいたのだ。  
ヘルメット以外は特に防具は身に着けていなかった。  
後ろから物を振り回して気絶狙いで殴る以上、横っ腹よりは頭を狙ってくるに  
違いないと踏んだのだ。そのおかげで身軽でいられ、衝撃から立ち直ってから  
素早く彼女から武器兼本体を奪い取ることができた。  
 何だか前提からしてあやふやな綱渡り理論だが、メリーさん自体があやふやな  
存在なんだからそこらへんはしょうがない。結果オーライだ。  
自分の本体で殴っていいんか、とは思うが、彼女にとっては体の一部、  
手で殴るのと同じ感覚なのだろう。  
「それにしても随分と原始的な方法だな。こんなメリーさん聞いたことない。」  
「…ほっといてよ!あたしだってわざわざあんな変なの被って電話する  
変わりもんは初めてよ!!」  
もはや泣き出す寸前だ。よっぽど悔しいんだろうなぁ。ひひひ、満足満足。  
 
「で?あたしを捕まえてどうするつもりッ!?けーさつに突き出すんなら  
無駄だと思うわよ!」  
半分自暴自棄。見掛けによらず案外ナマイキだなこいつ。電話口では  
一人称『わたし』なのに。  
それでも妙な動きを見せようとはせずにしりもち座りの姿勢を保っているのは、  
やっぱり自分の本体に万一のことがあってはならないからだろう。  
「いやなに、別に叙霊しようとか現代史博物館に売り飛ばそうとか  
そんな気はないよ。昔っからメリーさんってのには興味があってな。  
せっかく来てくれたんだしこの機会にちょいっとおしゃべりでも、  
と思ってさ。」  
彼女に目線を合わせるように俺も床に座り込みつつ、言う。これは本当だ。  
「…しゃべったら返してくれる?」  
「逃げないんなら。」  
「…ふーん。」  
左上に視線を寄せつつ思案顔。  
「ま、いいか。あたしも別に忙しいわけじゃないし。」  
案外簡単に折れてくれた。  
 
「ところで何て呼べばいい?」  
「えーと………別に神様として名前があるわけでもないし、そのまんまメリーでいいよ。」  
 
 メリー(さっそく呼び捨てで使わせてもらう)との会話で、色々とわかった。  
まず彼女の正体だが、やはりショルダーホンのツクモガミとか精霊とか妖精とか呼ばれる、  
アニミズム的な類のものらしい。ただ、特定のショルダーホンではなく、  
この世に存在するショルダーホン全てを司るものであり、正確にはツクモガミとかとは  
区別されるという。何だか微妙に勢力弱そうだな。あんまりはっきりしないんで、  
ここでは『精』と呼ぶことにしよう。そのショルダーホンの精であるところのメリーは、  
あんまり人々がショルダーホンを使ってくれないもんだから仕事がなくて退屈で、  
契約者の勧誘がてらメリーさんのイタズラをやっていたそうだ。そりゃ重いもんなぁ、  
と言ったらにらまれた。それにしても想像その一も当たってたとは。  
電話業界じゃ昔は威張ってた公衆電話の精も最近ではすっかり落ち目で、  
よく一緒になって電話ボックスで愚痴言い合ったりしてクダをまいてるそうな。  
「お互いに世知辛い世の中よねぇ」とは彼女の言。いくつだお前。  
あ、85年生まれだからもう20ウン歳か。俺とそう変わらんな。外見も口調もまだ子供だけど。  
 最初の方こそ警戒してたものの、こっちが特に何もするわけではないとわかると案外  
フレンドリーにしゃべってくれている。もうお互い気を張る必要もなさそうなので、  
俺はショルダーホンを彼女に返すことにした。  
 
 俺のケータイににかけてきたのは、ただ単に適当に押した番号が偶然俺のケータイ番号に  
該当していたかららしい。  
「いっつもそうしてターゲット決めてるのか?」  
「うん。時々は広告とかタウンページも見るけどね。」  
自分の本体たるショルダーホンを返却されて安心したのか、人間と面と向かって  
会話するのが新鮮なのか、今の彼女ははっきり楽しそうな顔をしている。  
「それってさ、東京から北海道とかにかかったらどうするんだよ?何百メートルかごとに  
一晩中かけ続けられたらさすがに誰だって電話線引っこ抜くぞ。」  
「ふふん、そこんとこは大丈夫。やろうと思えば一瞬でつくから。」  
「は?」  
「実はねぇ、あたし、どんなに離れてても電話かけた相手のうしろに瞬間移動できるのよねぇ。」  
ちょっと得意そうに、えっへんと胸を張る。外見相応に控えめなサイズだ。  
「…それ、ショルダーホンと関係なかねぇ?」  
「それがさぁ、メリーさんやってたらいつのまにかできるようになっちゃった。」  
あっけらかんと言ってのける。  
「……」  
「相手が電話出たらさ、電話線とか基地局とか通して、何っかこう、相手の場所が頭に  
ビビビってくんのよね、あたし電話だし。その力で電話相手の場所探すの繰り返してたら、  
いつのまにか、ね」  
 うむ、俺の考察、やっぱ危なっかしかったな。もしこいつが瞬間移動能力でなく  
念力殺人能力に開眼してたら、今ごろ俺はあの世で頭に三角巾つけてじいちゃんばあちゃんと  
思い出話に花を咲かせてただろう。  
それにしてもお前はともかく電話の頭ってどこだよ。  
「まあけっこうお腹減るからあんま頻繁には使えないけどね〜。」  
「…待てよ。それって応用したら背後にいく途中の場所にも行けんのか?」  
「お、するどいっ。あの階段登るのキツそうだったから今回もやってみたんだ。」  
だから妙に早かったんだな。  
「で、なんで一気にうしろに行かないかというと…」  
「その方が相手がビビるから、だろ?」  
「あっ、もー、先に言わないでよ〜」  
ほっぺたをぷぅ、と膨らませた。まだ幼さの残る顔に妙に似合ってて、あんまり微笑ましい  
もんだからついつい笑ってしまうと、彼女もつられて噴き出した。しばしお互いくすくす、  
にやにやと笑い合う。なんかいいな、こういうの。  
最初のぶーたれ顔に比べれば大分打ち解けてきたかな。  
「まあなあ、迷惑電話くらいならイタズラでまだすむけどな、ショルダーホンで殴るのは  
ちっとやりすぎなんじゃないか。頭ってのは急所の塊みたいなもんだ。  
あんなもん当たり所が悪かったらヘタすると死んでもおかしくないぞ。」  
あれはちと危険だ。ちょっと空気も和んだことだし、ここらでやんわりクギを  
さしておこうと思って言ったら、  
「えぅ…そうなの?」  
 笑い顔から一転、メリーは顔に驚いたような色を浮かべる。  
「ん?ああ。大概は大丈夫だとは思うけどな。」  
「そっか…。人間って案外もろいんだねぇ。そうかー。ちょっとビックリさせる  
つもりだったんだけどな〜。」  
 
「…は?」  
「いやさ、どうせけーやくせまるんならインパクトあったほうがいいと  
思ったんだけど…。どーりでみんなけーやく前に気ぃ失っちゃうわけだ。」  
うんうん、と納得顔でうなずくメリー。  
「おい、ちょっと待て。殴ってたワケってそのためだけなのか?」  
「え、そうだけど?あたしチビだし、何かビックリさせないと舐められるじゃない。」  
「…今までずーーーーっと気づかなかったのか?」  
「だって人間と向き合ってしゃべったことないんだもん。なんかみんな疲れてるのかな―  
って思ってて。」  
こいつ…何ちゅう視野塞狭な…。というか、インパクトあれば別に殴るんじゃ  
なくてもよかったんか。  
「…せめてこれからは足払いくらいにしときなさい。」  
「はーい。」  
何か疲れた。そんな気まぐれで行動してたなんて。俺の考察が当たったのは結局マグレ  
みたいなもんじゃないか。長年それなりに真面目に考えてきた俺の立場は?  
このメリーがこの世で唯一のメリーさんってわけではないだろう。  
しかし探偵としてこういうのは自信をなくす。はぁ〜あ。  
 ため息をついたら顔面に跳ね返ってきて、頭の違和感に気づいた。そういや  
メリーとの話しに夢中でヘルメット脱ぐの忘れてた。ずぽっとヘルメットを取る。  
メリーは「あ、やっと気づいた」てなかんじの顔でおもしろそう。  
うう、何か少し恥ずかしい。  
 そういや、直前までメリーと通話してたケータイはどうしたっけ。  
ヘルメット越しなんで随分やりにくかった。殴られた後手にしていた覚えはない。  
考えつつ俺の床の上を目で探して気づいた。  
 床の上にあおむけに転がった俺のケータイは、上半分が真っ二つに折れ、  
液晶画面が粉々に割れた無残なムクロをさらしていた。  
かのレアカード「さかれたムルチ」のごとく。  
おそらくメリーがショルダーホンで殴ったときに直撃したのだろう。  
そういえば、めしょばきっ、とイヤな音がした覚えがある。あちゃー。  
「あ…ご、ゴメン!!」  
メリーも今気がついたらしく、とっさに謝っている。さすがに器物損壊まで  
働く気はなかったらしい。  
ペコペコ頭を下げてくるメリーを、俺は宥めすかし、とりなした。  
わざとじゃないんなら別に怒りはしないさ。  
 
 
§\§  
 
 
 とりあえず床の片付けを手伝わせた。液晶画面の破片に気をつければどうということは  
なく、運転手服の上ご丁寧に手袋(さすがにドライバーズグローブじゃなかった)まで  
してるメリーにその辺は任せた。派手に壊れたのは画面だけだし、  
こういう場合は量販店まで持ってけば復旧できるのかな。  
と明日の予定について思案していると、  
「…ねぇ。」  
尖った破片をとりあえずワレモノ用の缶にしまい終えたメリーが、上目遣いに  
おずおずと切り出してきた。  
こうして立って並んでみると、彼女の背丈は俺の胸くらいまでしかない。あんまし  
大男とは言い難い俺の体型を考えると、けっこう小柄なほうなんだな。  
そんな風なことを考えてる沈黙を肯定ととったのか、彼女は続きを話す。  
「じゃあさ、あたし使ってみない?」  
まだ少々すまなさそうな、しかしその実期待に満ちたキラキラ(野望に満ちたギラギラ?)  
した目で。  
「は?『じゃあさ』?」  
「だーからぁ、ケータイ壊しちゃったし、お詫びも兼ねて変わりにあたしを使うのは  
どうかな、って」  
 なーるほど、あつかましくも後釜におさまろうというわけか。ちゃっかりしてるな。  
まあヒトを背後から殴って連続傷害事件起こされるより健全だし、話だけでも…  
「いきなり使えと言われてもな。具体的な料金プランを聞こうか。」  
「けーやく料とか基本料はサービスしとくわ。電話代のほうは6秒10円…」  
ダイヤルQ2エロサイトかお前は。  
「…のところを、なななーんと!キャンペーン中につき途中で通話が切れたらタダ!」  
俺の顔色を見てとっさにプランを変更してきたが、それも正直微妙だ。通話が終わったら  
わざと地下通路にでも入ればタダパケできそうだが、そんなもんがそう都合よくあるはずもない。  
 俺が怒る前の大魔神のような気の抜けた顔のままでメリーを見ていると、  
「…あー、もうっ!わかったわよ。じゃあ出血特大大大っサービスで電話代全額タダでどう!?  
あたしが肩代わりしとくからっ」  
おお、かなり頑張ったな。しかしそれはいいかもしれないな。電話代ほかが一切無料。  
つまり完全にタダで電話。  
 
すごい。メールは一応PCでも事足りるし、重量を我慢すればかなり魅力的…  
「…ん?待て。料金はまぁいい。肝心の電話本体のスペックはどうなんだ?」  
「え?えーと…待ち受け時間が8時間、くらいかな?通話はがんばれば40分は……」  
「使えねぇっ!」  
朝に電源入れたら午後4時には切れる計算だ。おちおち遠出もできん。  
「しょ、しょーがないじゃん初期型なんだから!」  
「やっぱこの話は無かったことに…」  
くるりと背を向けてみる。慌ててさささっと前に回りこむメリー。  
あまりの必死さにこみ上げる笑いをこちらも必死にこらえる。  
「そ、そそんなこと言わずにさぁ、ね?ほら、持ち運んでれば筋トレになるし…  
振り回して武器にできるし…」  
「その付加価値は正直苦しいぞ。」  
「えーと…あ、あとあたし車の運転もちょっとならできるよっ!」  
「いや俺バイクだし。」  
通話以上にあんま使わないけどな。あといくらそんな格好してても、その外見じゃ犯罪だ。  
「じゃあ…うーんと…家事手伝い、とか…」  
「どうでもいいが、だんだん電話から離れてる気がするのは気のせいか?」  
もはや電話でなくとも、働ければいいらしい。目的がすり替わってるぞー。  
イタズラしてるよりは生産的でいいけどね。  
「むぅ〜〜〜……」  
 もうアイデアも尽きたのか、頭を抱えて口を一文字に結んでうなるメリー。  
さあどう出る?このくらい説得できなきゃ世の中渡っていけんぞ?  
 そのまま旧型移動体電話の精はしばらく故障したCPU冷却ファンみたいな音を  
喉から発生させていたが、急に顔を上げ、  
「…よし!」  
と気合をいれるやいなや、肩から下げた自分の本体から受話器を取り上げると、  
おもむろに番号をプッシュしはじめた。  
数字をひとつひとつ確認するような押し方からすると、相手は決まってるらしい。  
逃げる気か?と思った瞬間。  
 
プルルルルルルル… プルルルルルルル… プルルルルルルル…   
 
背後の事務机の上の固定電話からの呼び出し音が、部屋に響いた。  
目の前ではメリーがニヤニヤしながら受話器を耳にあてている。  
…番号はたぶん事務所の看板のを覚えてたんだろうが、何のつもりだ?  
使ってくれない腹いせに今度は腹でも殴る気か?さっき反省してたし  
もう頭はやらんだろう。そういうことするような恥知らずな子じゃないと思う。  
じゃあさっき言ってた足払いか。どっちにしろ、これは彼女からの挑戦だ。  
受けない手はない。  
 イマイチ意図を掴みかねるまま、メリーから目を離さないよう後じさりしながら  
机に近づき、受話器に手をかける。メリーを見たまま体を机に対し直角にもっていき、  
わざと後ろの空間を確保。挑戦を受ける、という合図だ。大丈夫、いくら人外  
とはいえ相手は子供の背丈。その上、手の内もわかってるんだ。  
避けられないほうがどうにかしている。そう自分に言い聞かせ、  
背後に全神経を集中しつつ、受話器を取った。  
 
ガチャッ  
「はい。」  
「…もしもし…わたし、メ  
 
 
視界からメリーが消えた。  
 
「どうゎっ!?」  
 
 突如、体のバランスが崩れた。いや体調が悪くなったのではなく、  
物理的に体の支えが外れたのだ。  
足を払われた、と頭が認識したときには、すでに俺の背中は床と激しすぎる  
感動のご対面を果たしていた。  
あまりの感激に一瞬呼吸困難におちいり、咳き込んで思わず目をつむる。  
まさか裏をかいてお約束台詞の途中で仕掛けてくるとは。  
俺のマニア心理を利用しやがってぇ〜。  
 
のしっ  
 
 次の瞬間、腹の上に何かが馬乗りしてきて、思わずむせた。  
こんな平日の営業時間外の夜中にまだ開けっぱなしの入り口から依頼人が来たのでなければ、  
乗っかってるのはメリー以外にありえん。  
身長にしては少々重たい。さすがはショルダーホン。  
「…何の、つもりだ…」  
 まだ背中が感動の余韻覚めやらぬせいで、苦しいしゃべりになってしまう。  
目もつむったままだが、これは単になんとなくいやな予感がするからである。  
 
「何って、いまどき貴重な契約者候補取り逃がすわけにいかないじゃん。だからぁ…」  
目蓋ごしにも、メリーがにやぁっと笑ったのがわかる。  
「…ろーらくしちゃおうと思って♪」  
活字でなくとも明らかに語尾に音符かハートマークのついたセリフ。予感的中。  
命の危険は幾分か減ったが、怖がってつぶっててももう意味ない。覚悟を決め、  
恐る恐る目を見開く。  
 
 一瞬、いきなり光を浴びたせいで目がハレーションを起こしたのかと思った。  
視界の先にあったのは、  
そのくらい眩しい、メリーの一糸まとわぬ色白の裸身。  
 
「…っていつのまに全裸!?」  
 俺が足払いくらってからのしかかられるまで2秒もなかったぞ?  
メリーは答える替わり、得意げにくいくいっと親指で数メートル先の自分の元いた位置を  
指し示す。そこには、彼女が来ていた運転手服が、折り重なるようにして脱ぎ捨てられていた。  
まるで着ていた中身の人間だけが消滅したかのように。  
「…なるほど。体『だけ』瞬間移動させたのか。」  
「奥の手は残しておくもんでしょ?」  
ウインク。顔半分全部動いててあんま上手じゃない。第一その純和風な顔じゃあんまり  
似合わんと思うぞ。  
 
「あのなあ、お前が裸でのっかってるくらいで大の大人がどうにかなるとでも…」  
そう言って俺はメリーをひょいと抱えて起き上が…れなかった。なぜか今の今まで気が  
つかなかったのだが、俺の両足はいつのまにやら足首をぐるぐる巻きにされていたのだ。  
それもショルダーホンのコードと肩掛け紐で。恐らくショルダーホンをぶん回して  
足払いをし、その勢いで巻きつけたのだろう。たったそれだけの拘束なのに、  
麻縄できつく縛られたみたいに全く足が動かせない。  
腕のほうも、倒れたときに思わず投げ出して机の淵にぶら下がっていた固定電話の  
受話器のコードで、これまたバンザイの格好で手首からぐるぐる巻きだ。  
こちらもとても動かせそうな状況ではない。だからなぜこれだけで?  
「だってあたし電話なんだもーん。」  
「いやそのセリフで全て許されんのか!?」  
くそ、これも含めて奥の手、というわけか。というか思考を読むな。  
「許されるも何も、こーなったら手段は選ばないわ。  
あたし無しじゃ生きられない体にしてやるんだからふふふふふふ……」  
アヤシイ目を向けてくる。ヤバイ。超ノリノリだよコノ人。さっきから思ってたんだが、  
コイツ思い込みが意外に激しい上に周りが見えてない。まあノリがいいのは嫌いじゃないし、  
単純で扱いやすそうなのはいいんだが、思いつきはもう少し熟考してくれたまえよ。  
せめて見た目相応のおしとやかさがあればなあ。  
 なんて暢気に構えてる場合じゃない。このままでは俺の貞操がまずい。  
慌てて体をよじってメリーを振り落としにかかってみるが、手足が満足に動かせない  
今の状況では、腹筋あたりが無駄に疲れるだけだった。  
「抵抗しても無駄よん。さーて、始めましょっか。口じゃそんなふうにツッコんでても、  
コッチはもう限界みたいだしー」  
 俺のほうを向いたまま後ろに手をまわし、服越しに俺の股間を指先でつつつっと撫でるメリー。  
ところでそのニヤケ面は妖艶な微笑のつもりか?俺が抵抗やめたのはそれが無駄だとあきらめた  
からであって、別にお前に欲情したワケじゃないやい。  
 …と、強がってはみるものの、うう、しかしああ言われて否定できないのが悲しい。  
確かにメリーの指摘どおり、俺の息子は既にかなり窮屈な状態で、今にもズボンを内側から  
突き破らんとしているのだ。しみ一つない白磁のような肌。  
小ぶりだが、桜色の先端がさりげなく自己主張したしっかり存在感のあるお椀型の双丘。  
あまりくびれはないが柔らかでなめらかなお腹のまん中では、おへその窪みがいいアクセントを放っている。  
そして俺の腹にまたがってかき開かれた健康的な両足の間に除く、薄めの、茂みと…  
そういったモノを目の前に置かれて、ヘンな気を起こさないほうがどうにかしてる。  
ムリして冷静ぶって意識しないようにしてんだよ。俺だって健康な青年男子なんだ悪いかチクショウ。  
 とか心中誰ともなしに毒づいてるうちに、いつのまにやらメリーは後ろ向きに跨りなおし、  
ズボンのチャックをカチャカチャいじっている。…悔しいが背中のラインも綺麗だった。  
そして一気にチャックが下ろされ、待ってましたとばかりに飛び出る我が愚息。  
お父さんはそんなふうに教育した覚えはないぞ。いやむしろここは正常に機能してること  
を誉めるべきなのか?  
 
「じゃ、早速…あむ」  
いきなりメリーが愚息を口に含む。あ。あったかい、と思った次の瞬間、  
 
びびっくぅ!!「ひぅぁあっ!?」  
 
と背筋に電流が走った、ような感覚に教われ、メリーを乗せたまま背中が跳ねた。  
同時に素っ頓狂な声が口から漏れる。メリーの舌がいきなり敏感な部分に触れたらしい。  
それに気を良くしたか、メリーはソコを集中的に舌でねぶりはじめた。  
一舐めごとに ビクッ ビクッ と同じ感覚が背骨を突き抜け、  
その度に俺の口からは情けない声が上がる。思いのほか小さな両手は軸にそえられ、息子を優しく撫でまわす。  
嗚呼、自分でもそんなとこ感じるなんて知らなかったぞ。もうお婿にいけない…。  
 メリーはそれに飽きると、今度はらせん状に舌を巻きつけては戻しを繰り返したり、  
口ごと上下させながら吸ってみたり、と口技を様々に思いつくままにやってるとしか思えない出鱈目な  
順番で繰り出してきた。動きが変わるたびに俺が「くぁっ!」「んんぁあ!?!」  
とひときわ大きなあえぎ声を漏らしたのは言うまでもない。…仕方ないだろ、  
こういうの免疫ないんだ。ああ恥ずかしいったらありゃしない。女々しいとか言わないでくれ。  
思考は一見冷静そうでも、本当はわざとこういうこと考えてないと意識が飛びそうなだけなんだ。  
「お、おいっ、やめふはぁっ!」  
無駄だと諦めてたはずの抵抗が思わず口から漏れかけるが、メリーの舌による急所上の急所への一撃で  
それさえも封じられる。絶対わざとやってるな…  
 じゅぷ、じゅぷっ、と股間から粘着質のような、吸い付くような音がリズミカルに聞こえる。  
この位置では表情が見えないが、いったいどんな顔して…あ、いかん意識したらもうええとそれにしても  
何でこんなに手馴れてるんだこの外見で。意外と経験豊富なのか。えーと電話だけに口頭には自信ありってか。  
えーとそれからああつまり…駄目だ。意識をそら、す思考のネタがも、うない。  
や、ばい、だめだ、目の前のメリーの、小さ、い、尻のことと、か考えてち、ゃ、  
意し、  
 
き、、が、も、、、、、  
、、、  
「……うあぁああぁあぁぁああああぁーーーっ!!!!?」  
 
…やっちまった。メリーの口内に、俺は勢い良く精を叩きつけてしまっていた。  
「んうんっ!?むうん…ぐむぷっ、むごくっ」  
どくっどくっと放出が続く。  
メリーは突然のことに多少驚いたようだが、落ち着き払って俺の精を全て口で受け止める。  
全て出終わるとようやく口から息子を解放し、口の中身はごくっと飲み込んでしまった。  
「んむ、こくん…ぷはっ、…ふふ、意外と持ったねぇ。そんな顔して意外に経験アリ?」  
「…それはこっちの台詞だろうが……意識をそらすのは…得意技なんだよ…」  
一旦俺の上から降りて、ぐったりとする俺の顔を除きこみつつ、メリーはいたずらっぽく言ってくる。  
俺は見ただけでそんな風だとわかっちまう顔してるのか…自分じゃ結構それなりだと思っとったんだが  
なあ…。  
 
 それにしても、自分でしたとき以上に疲れる。こっちは両手足拘束でマグロ状態だってのに。  
「えー、それでは続いて〜…」  
 まだこっちは息も治まってないのに、ノリのよすぎるメリーは再び向かい合わせに跨りなおすと、  
手をついて腰をあげ、自分の秘所をいつのまにやら俺本人より早く回復した息子にあてがい…  
「い、いやちょと待て…まだ息が…」  
「『おかけになった電話番号は、現在使われておりません。』」  
自然と俺の顔をを覗き込む姿勢になっているメリーは、あの聞くと妙にがっかりする声のモノマネ。  
聞く耳なしですかい。  
「だいたいさー、さっきから嫌がる理由なんてないんじゃない?こーんなカワイイ娘が自分から  
してくれるんだよ?」  
「そんな無体な…確かに見様によっては美味しい状況だけどな、俺はその…初めてはな、  
愛し合う人とアレだ、こうもっと静かにゆっくりと、だな…」  
「へぇ…乙女チック〜〜♪」  
「乙女チック言うなぁぁ!」  
ああ、すっかり立場が逆転してる…  
「…初めて、かぁ…」  
「ん?」  
「な、何でもない!さっさといくよっ!!」  
言うや否やあてがった腰をメリーは一気に沈めた。  
ずぬっ  
「え、や、そうじゃなくてうあ、あ、うおぁあぅあ!?」  
「ん…くうっ!…んあああぁぁっ!!!」  
 
 
さて、こっからの行為は全て回想バージョン、つまり後から解説をいれたものだ。  
これ以上俺の思考を生で書いてても見苦しいだけだからな。  
 
せまい。  
第一印象はその一言だった。まるで息子の先が全方位から押しつぶされるような感覚、  
と言えばいいだろうか。  
そのままずぶっ、ずぬぬっ、と息子は少しづつ俺の目の前でメリーに飲み込まれていき、  
暖かさを感じる面積、押しつぶされる、いや締め付けられ、擦れ合う快感が増してくる。  
しかも、さっきと違ってこの位置からは、メリーとの行為が丸見えなのだ。  
ハッキリ言ってさっきの行為とは興奮がまるで違う。  
いつもより俺の息子も成長しているようだ。  
「ううっ…いっ…キツ、い……」  
そのせいかさすがにメリーも苦悶の表情を浮かべているが、それでもやめる気はないらしく、  
尚も体重をかけ続ける。ずぢっ、ずっ、っと彼女のあまり濡れていない膣内に、ゆっくり  
俺の息子が収まっていく。  
そしてこつん、と中でつかえる感触。どうやら奥まで入ったらしい。  
 
「ふぅっ…」  
しかし、メリーはそこでため息をつくと、顔をうつむけ、そのまま動きを止めてしまった。  
俺は狼狽した。自分のモノが入っていくところをじっくり見せ付けられた後でこれは、  
はっきり言って生殺しだ。  
両手が動かせないのがもどかしい。動かせていたら、俺は我を忘れて彼女の腰を掴んでピストン運動を  
強制していたに違いない。  
「なぁっ、…どうした、んだ?」  
「…え?あ、いやちょっと疲れちゃって…」  
慌てたような笑顔で手をぶんぶん振りながら答えるメリー。あからさまに怪しい。  
…そういえばコイツは、自分を使ってもらうために俺を「ろーらく」しようとこんなことを  
やっているんだったな。そうか、ということはこれは焦らしプレイか。俺が続きを懇願するまで  
やってやんない、ってわけですか。ふっ、これまた稚拙な。この俺がこんな見え見えの手に  
引っかかると思ってんのか!?  
 
「頼むお願いだプリーズ続きしてくれ正直我慢できん助けてお願い神様仏様めりー肩掛電話守大明神様ぁ!」  
 
 …見事に引っかかった。てへ。繰り返すが、この部分は回想だ。実際の時の俺はそこまで冷静な  
思考力はとっくに遥か300万光年の彼方だった。それにもう失われし貞操は返ってはこない。  
もう楽しまなきゃソンだ。我ながら切り替えは早いほうだと思う。意志薄弱とも言う。  
「う、あ、ウン…ソコまで言うんなら…ちょっと待ってね…。」  
何か無理難題をふっかけてきたりさらなる焦らしをかけてくるのがこういうときの定番だが、  
俺に乞われたメリーは意外にもあっさりと了解してくれた。…?  
「よっ…んむむ…」  
さっきとは逆にずず、と息子がメリーの中から脱出を図る。しかし脱出成功直前に  
再び体重をかけられメリーの体内にずちゅんと勢い良く逆戻りをはたした。  
「おうっ!」  
「んああっ!」  
俺とメリーの嬌声が同時に上がる。そのまま息子を膣内から解放しては捕縛、  
を幾度も繰り返しているうちに、次第にメリーの中は水気を帯び、それに従い  
動きはスムーズになってゆく。  
「はあっ…はぁっ…どう?んぁあっ、…気持ちいいっ…?」  
「うっ……はあ…ああ、…こい、つは…くあっ!」  
 はっきり顔を上気させ、荒い息遣いのメリー。  
 もはや初期の緩慢な動きとは比べるべくもない勢いでずちゅっ、ずちゅんっと目の前で  
水音を立てる結合部。まるでそこから快楽の波が、電波のように目に見えない波が俺の全身を  
包み込んで波打っているかのようだ。流石は電話。  
 その快感に操られ、俺もいつのまにか自ら腰を突き上げていた。手足が使えないので  
反動がつけづらく、突くたび普段使わない筋肉がメリーと同じぐらい悲鳴をあげている。  
しかしもはや自分の意思ではどうにもならない。  
勝手に腰は突きあがってしまう。早くも俺はメリーに篭絡されてしまったのか?  
 
なんてのは後付けの考えで、そのとき俺はメリーからさらに快楽を得る事意外は何も  
考えることができない状態だった。  
「んあああぁあぁっ…・はぁああ!…いいっ…いいよぉ!!それいいいぃ!」  
「くぅう…ぐっ…、も、もうっ、…俺ぇっ!…」  
童貞の悲しさ、もう限界だ。  
「あはぁ…いいよっ…思いっきしきてっ……!!」  
そういうメリーもかなり切羽詰まった表情だ。もしかすると…  
「く・・い、行くぞぉおおおお!」  
メリーが腰を落とすときを狙い、こちらも最後の抵抗とばかり突き入れる。  
瞬間、俺の息子は爆ぜ、メリーの胎内と俺の思考を白濁させた。  
「ううううぅぅっ…・!」  
「ん…いっ、いいいあああぁあああああああああぁ〜〜〜っっ!!」  
そしてメリーもまた。内壁をきゅうううっとしぼらせ、天井に向かい雄叫びをあげた。  
 
余韻に浸る間もなく、どっとさっき以上の疲労感に襲われる。  
はぁはぁと呼吸が苦しい。最中には夢中で自分でもまるで気がつかなかった。  
行為中は快楽に覆い隠されていたのだろうか。今になってやっと自覚した。セックスって  
こんなスゴイもんだったのか。このためならなんだってしたい気分になれる。  
篭絡ってのも馬鹿にできん手段だな、  
なんて今更のように考えている俺は、ストレートかつせせこましい侵略作戦に  
少々毒されすぎなのかもしれない。  
メリーは達したときの姿勢そのままに、ゆっくりと顔を天井から正面に戻してきていた。  
呆然とした表情のメリーは小刻みに震えているようだ。  
こいつもさすがに疲れたか。そう思った矢先。  
 
「す…」  
メリーの顔がとたんに生気を取り戻し、  
 
「…すっっっっごぉ〜〜いっ!!」  
 
いやむしろ、さっきよりも生き生きとした表情で、感嘆の叫びをあげた。  
「……は?」  
「まさかこんなスゴイなんて!ねぇ、もっとやろ!?」  
「…え、いやだから、俺はもう」  
「『おかけになった電話番号は、現在使われておりませ〜ん。』」  
「無視っ!?…あ、やめろ、そそそんなこれ以上はあああアッー!」  
 
 
§\§  
 
 
ここから後は思い出すのも疲れる。  
「…あのな、確かに男ってのは基本的にはこういうこと好きだし、  
されると嬉しいもんだよ、でもな…」  
 数分かけて呼吸を整え、コードによる拘束はすでに解けているのに立たない足腰を何とか  
起こし、今は再び運転手服を着て床に座りこんでいるメリーに膝を突き合わせて正座する。  
「や り す ぎ だ 。」  
ゲッソリした顔してんだろうなあ、俺。あのあとメリーは、俺の制止を完全に無視し  
何度となく俺の上で跳ね続けた。  
しかもイク度に俺は異常な疲労感に襲われるのに、メリーの方はなぜかかえって元気に  
なっていくのだからたまらない。俺は全然動いてないのに疲労困憊で息も絶え絶え、  
メリーはあんなに動いたのに元気ハツラツというものすごい理不尽状態。  
結局都合11、2回はイかされてしまった。最後のほうはもう呼吸ができずに窒息寸前で、  
イった瞬間、俺の魂は昇天しかけた。いやホント喩えでも何でもなく、  
ほわーっと肉体から精神体が起き上がって頭に三角巾を装着しにとりかかっていた。  
メリーが慌てて足の拘束をほどいてショルダーホンで精神体の腹をぶん殴って  
体に戻してなかったら、今ごろあの世のお花畑でじいちゃんばあちゃんとオバQ音頭で  
盆踊り大会の真っ最中だったろう。  
「ごめんない……」  
さっきまでの積極的すぎる彼女はどこへやら、しゅんとしおれている。  
「精気があんまり凄かったから…つい、調子に乗っちゃって…」  
「精気?」  
「…あたしみたいなヒトたちでもさ、動けば精力を消耗するから食べ物とかから  
補給するもんなの。でもいつでも食べ物にありつけるわけじゃないし、あたしみたいな  
依り代が取られるとヤバイのは下手に盗みとかして  
捕まっちゃったらよくないじゃない。だからさ、人間の精気を直接吸い取る  
こともあるんだ。最初やったみたいに。ああやるとあなたの精気を吸い取っちゃうの。」  
ははぁ、性交を通じて、か。道理で疲れるわけだ。  
「なるほど。てことは今までは気絶させた被害者から…」  
「うん、どうしてもひもじい時は、ね。あと気づかれないように冷蔵庫あさったり  
サイフからお札を2、3枚…」  
「うわせけぇ!」  
むぅ、想像その二もあながち間違いじゃなかったか。その倫理観はどうなんだ一体。  
「仕方ないじゃない。この格好じゃおちおちバイトもできないし。人間社会で食べて  
いくのも大変なのよ。」  
ちょっと疲れたような顔でふう、とため息。  
「…人外も結構苦労してんだなぁ。やけに手馴れてるわけだ。」  
俺が納得しかけると、メリーが少し慌てた様子で何か言いかける。  
「あ、え、ええと…それは…」  
「ん?」  
 
「…勘違いしないでね。その、口では何度もしたことある、けどさ。あっちのほうは…  
は、初めて……だったん…だから…」  
 
言ってるうちに恥ずかしくなってきたらしく、顔を真っ赤に染めてメリーは  
うつむいてしまった。  
「え!?あれで?」  
あの絶倫でか?そんな馬鹿な……待て、そういえば確かに思い当たる節はあることはある。  
始めの挿入時、こいつは奥まで入った後、しばらく動きを止めていた。俺は焦らしてるのかと  
思ったが、本当は痛みを耐えていたのか。やけにあっさり了解したし。  
確かにそう考えると辻褄は合う。人外に処女膜があるのかどうかは知らないが、無くとも  
あんなに濡れてない秘所に初めての挿入はきつかろう。口では今までいわば食事のために  
やってきたのだから、それで濡れないのも当然か。  
「…何ていうかさ、こっちはあたしを使ってくれる人と最初に、とか、何となく思ってて…  
やったことなくって。その…けっこう…気持ちよかったし……口でするときよりずーっと  
吸収効率いいなんて…知らなくって…あんな、に…」  
 伏し目がちにメリーは続けた。時々詰まるのは、初めてであそこまで乱れてしまったこと  
への羞恥のせいもあるのだろう。しかしそれ以上に、しゃべっているうちに  
落ち込みムードに入っていた、というのが大きい。体はエネルギーで満たされているはず  
なのに、口調には元気がなくなっていく。そらそうだ。  
篭絡、要するにエッチなことして気に入られようとしてた相手をリアル昇天させかけたんだ。  
せっかく使ってくれるかもしれないチャンスを、自分で台無しにしてしまったのである。  
「あたし……電話は中途半端っ…だし、…重たいし…悔しいんだよっ!…  
…ケータイはみんな使ってくれるのにっ!あたしのことは誰も彼も!そりゃ…もう古い型だから  
しょうがないっ…け、どっ、…」  
 呟きに嗚咽が混じる。まずいな。心の堤防が決壊しかかって自分を卑下し始めている。  
思い込みの激しい気性だ。一度壊れたらどうなるかわかったもんじゃない。  
 
しょうがないな。  
「…なぁんだ。お前もヒトのこと言えないじゃないか。」  
「…え?」  
「『乙女チック〜〜♪』。」  
「は?」  
最初、何でそう言われたかわからなかったらしい。  
「…え、いや、その、それは、あ、こ、こ、言葉のアヤで〜!!…」  
『初めて』に対する言及だと理解した途端、また顔に羞恥の割合が増え、両手をバタバタ  
させながら慌てている。  
「うあ、っだ、大体ね〜、一応女の子のあたしはこういうこと言ってもいいの!男だったら  
キモチワルイだけでしょーが!」  
がーっと八重歯剥き出しの怒ったような顔で追撃をかけてくる。  
「…うん、それでいい。元気になったみたいだな。」  
「え…」  
 
固まるメリー。一発で戻っちまうとは、やっぱ単純だ。  
 女の子が落ち込んでたら元気付けなくっちゃな。男として。  
 顔を覗きこみ、眼の端の涙をぬぐってやる。  
「ある人のおばあちゃんによるとな、『人生とはゴールを目指す遠い道、重い荷物は捨て、  
手ぶらで歩いたほうが楽しい』そうだ。初めてなら仕方ないさ。ずっと悔やんでちゃ  
始まんないし、つまんないだろ?次から気をつければイイんだよ。」  
帽子をとってくしゃっと頭を撫でる。  
「で、でも…できるかな…」  
「できるよ。さっきだってちゃんと足払いに変えてたじゃないか。お前なら変えられるよ」  
メリーさんに関する考察には自信のある俺が言うんだ。安心していい。昇天しかけの  
ときはまあ仕方ない。理由があるなら怒る理由はこっちにはないよ。  
「…あれ?え、次、って…」  
はっ、とした顔。気づいたようだ。  
「ま、気持ちよかったのは事実さ。それに人手の一人もほしいと思ってたところだったんだ。  
今日もとっちらかった資料を一人で整理中だったしな。電話としちゃあ正直イマイチだが、  
助手、ってことなら考えないでもない。どうだ?」  
 それにな、探偵になるきっかけを作ってくれた『メリーさん』と一緒に仕事するのも  
悪かぁないだろ?  
「い、いいの?あたし…」  
うなずいてやる。  
「三食充電付き。こちらとしちゃあ大歓迎だ。」  
ぱぁっと顔を明るくするメリー。  
「…うん!…それじゃ、よろしくお願いします!!」  
満面の笑みを浮かべると、ぺこっと頭を下げた。顔の横にかかった黒髪が、ふわっと揺れた。  
 
 そして。  
 
 
そのまま、やおら傍らのショルダーホンの受話器を取り、番号をプッシュするメリー。  
あや、また?  
 
 
プルルルルルルル… プルルルルルルル… プルルルルルルル…  
 
固定電話が鳴る。  
目の前のメリーは、満面の、幸せそうな笑みのままだ。  
怪訝に思いつつ、肉体的に重い腰を上げて電話に出る。  
 
 
ガチャッ  
「…はい?」  
 
 
 
「…もしもし…あたし、メリーさん……………。今、あなたの後ろにいるの。」  
 
 
ぎゅっ、と腰のあたりに、何かが抱きついてきた。  
 
 
 

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