ひとしきり、泣き崩れやっと落ち着いた頃を見計らい、進藤医師は佐賀に合図を送る。佐賀は  
頷いて裸のすず那をベッドの上に横たわらせる。  
「ふあ……」  
 涙に濡れた顔のまま、すず那は恐怖に身を縮める。しかし、先ほど自分に向けて放った冷た  
い言葉も、お仕置きだといってうち下ろしたその手も嘘のように優しい扱いだ。  
(あぁ……いや……は、はずかしい……)  
 まっすぐ身体を伸ばし天井をじっと見つめる。すると津村師長がすず那に近づき、その両足を  
軽々と持ち上げ、腰の下に冷たいゴムの感触がするものを置いた。  
「さ、まずはおむつカバーよ」  
 進藤も佐賀も他の学生たちも、すず那の足下にじっと立ってその様子を眺めている。再度両足  
が持ち上げられ、全てさらけだされた状態のまま、今度は乾いたかさりという感触が腰の下に触  
れる。  
「そうして、これが紙おむつね。この病院のは特別厚手なので、おしっこをしっかり吸い取ってくれ  
ると思うけど、さっきも言ったとおりサンプルを逃がすのは絶対あってはいけないことなので、念の  
ためにカバーもしますよ」  
 そこまで言って津村師長は、おもむろにすず那の両足を左右に押し広げた。  
「ひゃああ」  
 思わず叫んで、顔を両手で覆う。それはそうだろう。こんな格好を人目にさらしたのはまだ物心も  
つくまえの話だった筈なのだから。  
 
「はい、あてるからじっとしてね」  
 股間がごわごわした、無機質の感触に覆われていく。手際よく横のテープでとめ、またぐりのた  
るみとギャザーのよれを直す。  
「さすがねー」  
 進藤医師が感心したように呟くと、津村師長は誇らしげに微笑む。  
「当然です。先生がまだすず那ちゃんと同じ年頃の時分から、私はこの仕事をしてきたんですか  
らね。もっとも、先生は今のすず那ちゃんみたいに、おしめをする必要もなく勉強に勤しんでらし  
たでしょうけれど」  
(あぁ……ひど、……私だって好きでこんな……)  
 すず那は、ぐっと反抗的な目で津村師長を見つめる。しかしそんなすず那の視線を捕らえるの  
は師長ではなく、佐賀の目だった。  
(やっぱり……この人……怖い……ずっと……すず那のこと……見てる)  
 いつの間にか『私』からとっくに卒業していた筈の『すず那』という自分で自分を呼ぶ呼び方に  
切り替わっている。それだけ、すず那にとって、この日一日はストレスとプレッシャーに苛まれた  
一日だったのだ。とはいえ、まだそれが全部終わった保証などどこにもないのだが……。  
「はい、できました。いかがですか?」  
 満足げな津村師長の言葉。  
「あらあら、ずいぶん大きな赤ちゃんになってしまったわね」  
 進藤医師の言葉に、部屋の中を失笑が走る。すず那は慌てて起きあがり、まじまじと自分の姿  
を見た。  
 ふっくらと覆われた腰から下。股間もお尻ももこもこと丸く、例えばこれが紙ではなく布のおしめ  
だと言われても、きっと信じる人がいただろう。  
(……あぁ……。嫌……すず那は……赤ちゃんなんかじゃないわ……もう……高校生……)  
 恥ずかしさに涙を一杯に浮かべるすず那に、追い打ちをかけるように、予備であるらしい複数枚  
のおむつカバーを津村師長が見せる。  
 
「無くさないように、名前のワッペンを縫いつけておいたわ。洗濯しても他の患者さんと間違える心  
配はないから、安心してね」  
 丁度、お尻の後側にあたる部分に『奉仕特待生 桐生すず那』と大きく縫い取りされたワッペン  
が、しっかりと張り付いている。  
「うぅ……」  
 言葉もなく絶句しているすず那に、進藤医師がまた、微笑みながらすず那の耳元に囁いた。  
「折角、時間を割いてして頂いたのに、お礼をしないの?高校生なのに、おかしいわね?」  
 困ったように周囲を見渡すけれど……勿論誰も助け船を出したりはしない。  
「……ありがとうございました」  
「あら、それだけ?」  
「それだけ……って」  
「何に、どうしてもらって、ありがたいのか、ちゃんと言わないと伝わらないわよ?」  
 びく……。小さく震え手を握りしめたすず那は、声を詰まらせながら津村師長に例を言う。  
「……すず那の……おむつカバーに……その……名前のワッペンをつけてくださって……ありが  
とうございました」  
「いえいえ、どういたしまして」  
 師長はにっこりと笑う。本当に満足そうだ。  
「いい子ね」  
 進藤医師はそう言ってすず那の頭を軽く優しくなでる。こんな状況でなければ、きっと舞い上が  
ってしまっただろう。  
(……どうか……してるわ。ここは……みんな……どうかしてる……)  
 違和感を覚え、しかしそれはどの程度、信憑性のあることなのか断言もできず……すず那は呆  
然と彼らを見回してしまう。  
 
 
「さて、おむつは解決したわね。じゃあもう一個の作業をしたら、今日はおしまいよ」  
 小型の録音レコーダーと、何か紙のたばを進藤医師が学生から受け取る。  
「あの……」  
「このマイクに向けて、ここに書いてある言葉を言って頂戴」  
 要求されたことは理解できるが、そこにどんな罠が仕込んであるのかわからず、すず那はしば  
しマイクを見つめる。急かすように押しつけられた紙の束を開き、マイクに向かって最初の言葉を  
発した。  
「おむつが……ぬれ、ぬれて……いま……」  
「はい、だめ、やりなおし。もっと大きな声で淀みなく。そうじゃないと使えないわ」  
 そこには延々排泄に関する言葉が書き連ねられている。  
「本当に……これ、全部……すず那が……読まなきゃ駄目……ですか?」  
 恐る恐る尋ねると、何を言うのかといった表情が、いくつもすず那のことを見つめる。  
「当たり前でしょう。あなたに使うんだから。ほら、もう一度最初から」  
 無情に突き付けられるマイク。蒼白な顔で、すず那は言葉を口にし始める。  
「おむつが濡れています」  
「おむつが汚れています」  
「おしっこが出ています」  
「うんちが出ています」  
「おしめを替えてください。おしっこが限界です」  
「おしめを替えてください。うんちで一杯です」  
 延々と、このような言葉を、大勢の目の前で淀みなくはきはきと録音させられて、すず那はどん  
どん恥ずかしさを募らせていく。  
 先ほどまで行われていたものとはまた、まったく別の「羞恥」。すず那を苛む言葉の陵辱は続く。  
 
(くら……くらする……いや……こんな汚い……言葉ばかり……)  
(でも、ちゃんと言わないと……もっと……何度も……それは嫌……だぁ……)  
 心の中で葛藤しつつ、すず那は必死に文字の連なりを読む。出来るだけ冷静に、それはただの  
記号なのだと自分に言い聞かせながら。  
「おねしょをしています。おねしょをしています。おしめをとりかえてください」  
 最後の台詞を言い終えた頃には、ぐったりと疲れ切ったすず那が居た。  
「はい、お疲れさま。これで全部ね」  
 進藤医師は満足そうだ。さっきから満足そうに微笑んでいる顔しか見ていない。  
「……先生」  
「なにかしら?」  
「……それは、何に使うんですか?」  
「そのうちわかるわ。とりあえず今日はここまでよ。奉仕特待生すず那ちゃん、お疲れさま」  
 進藤医師がそう宣言すると、横から佐賀が進藤を遮る。  
「先生、これを忘れています」  
「あら、そうだったわね。すず那ちゃん、お首を、んー、ってしてくれる?」  
 言われた通りに首がよく見えるようにする。と何か柔らかい布のようなものが首に触れ、うなじの  
あたりで、かちっと音がする。  
「これはね、奉仕特待生である証し。こちらが指示する時以外、必ずつけていないと駄目よ?……  
といっても、鍵がかかってるから、自分じゃはずせないんだけどね」  
 手で触ると、確かに鍵穴のようなものが手にふれる。布地は一定の伸縮性に富み、手の平一つ  
分は軽く入るがそれ以上伸ばそうとするとびくともしない。何か特別な素材で出来ているようだ。布  
地の丁度中心に薄い銀色のプレートがついている。そこには小さく何か文字が刻んであるが、す  
ず那の位置からはよく見えない。  
 
「それは、あなたの名前を書いてあるのよ。あと奉仕特待生っていう身分もね」  
(……首輪だわ)  
 とっさに、すず那は昔自分の家で飼っていた犬のことを思い出す。大きな犬なので必ず鑑札を  
つけて散歩に連れ出していたのだが、これはまるでその鑑札にそっくりであった。  
(……奉仕特待生という名前の病院に属する動物なんだね……すず那は……)  
 自嘲的にちょっと思う。当たらずといえど遠からずのその感想。しかし生き物というのは所属す  
る場所によって様々な扱いを受けるのだ……ということに、すず那が思い至ったのはもっとあとに  
なってからだったが……。  
「学校では制服の上下を着用してもいいけれど、病院内は空調が効いているから、こちらが用意  
した上着だけになさいね。衣類はすべてこちらの倉庫で預かっておきます。ここに残せるのは学  
習用具と趣味のものだけ。いいわね?」  
 手渡された上着は、丁度おむつの名前部分がよく見えるようになっていて、すず那の羞恥心を  
これでもかと煽る作りになっていた。  
 上着を着た途端、ぶるっと小さく震えて、すず那はベッドを飛び降りる。それから自分の状態に  
思い至り、その場で小さく足踏みをしたりしゃがみ込んだり、両手でおむつの股間をぎゅっと押さ  
えたりしてみる。  
「……何してるんだい?」  
 佐賀が、面白そうにすず那に尋ねる。他の人々はすず那の行動に呆気にとられた顔をする。  
「あ、あの……と、トイレ……いえあの……」  
「おしめをしてるんだから、そこに出しなさい」  
「いえ……あの……その……だって……あぁ……」  
(どうしようどうしよう……おしっこしたい、おしっこ……でも私、どうやって出していたっけ?)  
 
 おむつでの排尿なんていうかっての違うことを要求され、すず那は落ち着きなく、うろうろじたばた  
動き回る。  
「やれやれ……」  
 佐賀はそう呟くと、目で進藤医師の許可を求め、進藤医師が頷くのを確認してからすず那をひょ  
いっと抱き上げて、膝の上に乗せる。  
「うあ……や……はな、はなして……トイレ……トイレに……」  
「だから、おしめに出しなさい。お漏らししたって、おしめがちゃんと受け止めてくれるから心配いら  
ないんだよ?」  
「でもでも……」  
 溜息をつくと、佐賀はすず那のおむつに覆われた下腹部を、優しくしかししっかりと力をいれて押  
した。  
「あぁ……あああああ、いや……ぃゃ……」  
 最後の方は消え入りそうな声を出して、すず那は思わず佐賀の首にしがみつく。  
「まったく……世話のかかる、駄目な子供だ」  
 ぼそりと耳元に囁くと、放心しているすず那をベッドに再度横たわらせ、津村師長に小さく会釈す  
る。  
 津村師長は心得たもので、さっさとすず那のおむつを開け、カバーが汚れていないのを確認する  
と手早く新しいおむつを敷き、すず那の股間を綺麗に拭いて相変わらずの手際のよさで、すず那の  
下半身をおむつにくるんでしまった。  
「さあ、それじゃあね、すず那ちゃん、夕食までは少し休んでいなさい」  
 タオルケットをかけ、すず那の汚れたおむつを片手に津村師長が告げると、みな揃ってぞろぞろ  
と部屋を後にする。  
 当然、疲れ切っていたすず那が夕食に起こされるまで熟睡してしまったのは言うまでもない。  
 

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