薄暮の中、沢田哲哉は教室に忘れ物を取りに戻っていた。野球部の練習が終わっ  
たばかりでユニフォーム姿のままだったが、別段、気にも留めていない。汗臭かろ  
うが埃にまみれていようが、後は帰宅するばかりなので関係ないし、それ以上に  
忘れ物の方が気にかかる。そうして教室の前まで来ると、何やら人の気配がしたの  
で、哲哉はちょっと面食らった。  
 
(誰だろう。男子なら良いが)  
高校生ともなると、女子には汚い身なりを見られたくないという見栄もある。はたして  
誰だろうかと覗いてみると、教室の隅に逆光の中に浮かぶ何者かの姿を発見した。  
(あれ・・・?女・・・だけど・・・どうして、裸?)  
目を凝らすとそれは素っ裸の女性である事が分かる。少し立ち位置をずらして逆光  
を避けると、いよいよ肉感的な裸体が浮かび上がった。女性はこの組の荒井奈々子  
という生徒で、勿論、哲哉も面識はある。  
 
(荒井だ。あいつ、何やってるんだ?)  
奈々子は素っ裸になり、ある机の角に陰部を擦りつけている所だった。その席は学内  
一の色男、安岡真二の座っている場所である。  
「あッ、あッ・・・安岡くん・・・」  
奈々子は息も絶え絶えに、安岡の名を呟いた。そして腰を振り、机の角で刺激を求め  
続けている。  
(オナニーしてるんだ)  
察する所、奈々子は人目をしのんで、好きな安岡の事を思いながら、自慰をしている  
のであろう。  
 
机の角を好きな相手の性器に見立て、自らを慰める。そういう気持ちは哲哉にも分か  
らない訳ではない。だがそのやり様がちょっと異常ではないだろうか。ここは学内だし、  
まして素っ裸になって──考えれば考えるほど、奈々子に対し何か怒りのような物が  
浮んでくる。いや、実を言えばそれは自分に対する言い訳であった。本心を吐露すれ  
ば、悩ましい奈々子の裸体を目にした為、哲哉には悪戯心が芽生えている。今、出て  
行って彼女を罵れば、弱味につけこむ事が出来るのでは──そんな思いが募るのだ。  
 
「おい」  
気がつけば哲哉は足を教室の中に踏み入れていた。奈々子はそれに気づくと、  
胸を両腕で隠しながら、怯えた眼差しを見せた。  
「見たぜ。お前、オナニーしてたな」  
「さ、沢田くん・・・」  
まだ童女のようなあどけない奈々子の顔は真っ青になり、体は小刻みに震えて  
いる。  
 
伸びやかな手足はやたらと細く、野球で鍛えた哲哉にしてみれば、自分とはま  
ったく別の生き物のように見えた。彼女の足元には散らばった衣服が落ちており、  
特に白いパンティが哲哉の野性に火をつけた。もう、彼の理性には期待できそう  
に無い。  
「お願い!この事は誰にも言わないで!」  
いきなり奈々子は手を合わせ、膝を折って哀願した。こんな事を口外されては、  
もう学校へは通えない。それを悟って、奈々子は目に涙を浮かべている。  
 
そんな彼女の姿に哲哉は自分が絶対的な、有利な立場にあると錯覚した。本来、  
級友がこういう行為に走った心情を汲むべきなのに、哲哉はそれを逆手に取り、  
奈々子を己の欲望のはけ口にしたくなったのだ。安岡の人気に対する嫉妬心も少  
し混じっているのかもしれないが、どのみち、何もしなくてもこの関係はぎくしゃく  
するに違いない。哲哉は自分勝手な理屈をこね、跪く奈々子の前へ仁王立ちと  
なった。  
 
「黙ってて欲しかったら、俺の言う事をきけ」  
「沢田くん・・・」  
奈々子も哲哉の心のうちを察したのか、目を潤ませて怯えるばかり。そして、哲哉  
はついにズボンのジッパーを下ろし始めた。  
「いやだ、沢田くん、やめてよ」  
「大人しくしろ」  
立ち上がろうとした奈々子の両肩を押さえ、哲哉は押さえ込みにかかった。少女  
の肌は汗ばんでいるのに滑らかで、小ぶりな乳房の先は先ほどの自慰による興  
奮のせいか、硬く尖っている。  
 
「駄目、駄目だったら!」  
「言う事を聞け、この」  
すったもんだしているうちに、逃げようとして這いずる奈々子の上に覆い被さる形  
となった哲哉は目を血走らせ、覚悟しろと迫る。しかし、奈々子も負けじと抗い、  
二人は床に塗ったワックスにまみれていた。  
 
「絶対に嫌!」  
「少しだけ、なあ、頼むよ」  
「だって、私、安岡くんの事が・・・」  
弱みを握られたとはいえ、奈々子だってそう易々と操を奪われてはかなわない。背  
後から圧し掛かられても、手足をばたつかせ、あらん限りの力で身を守ろうとする。  
実際の話、哲哉には悪戯心はあっても、女を殴ったり蹴ったりする気は無く、また  
そんな度胸もなかったので、これには参った。そして、何とか妥協点を見出そうとし  
て、口走ったのがこんな言葉である。  
 
「セックスさせてくれってんじゃないよ。手、手でしてくれないか」  
「手?」  
「そう、手。お前がさっき、自分でやったみたいに、お前の手で擦って貰いたいんだ」  
奈々子の抗いが止まり、教室内はしんと静まり返った。彼女自身も、落とし所として  
良い線だと踏んだのだろうか、少し考えてから、  
「手でしたら、黙っててくれるのね?」  
「ああ」  
「無理にエッチしようとしない?」  
「勿論」  
「じゃあ・・・してあげる」  
奈々子は座ったまま、哲哉に立ち上がるように言った。どうせここで逃げても裸だ  
し、弱みは握られたままなので、彼女も哲哉に対し、何か質札のような物が欲しか  
った。  
 
「じゃあ、頼むよ」  
ジッパーを下ろした所から、哲哉はいきり立つ男根を取り出した。まだなまくらだ  
が育ち具合は上々で、これが今後、女泣かせの名刀になるかは本人の努力次  
第である。  
「わッ・・・なに、これ」  
おそらく初めて勃起した男根を見るのであろう、奈々子は目を丸くした。  
 
「なにこれって、チンチンだよ」  
「こんなの、見た事無い」  
「とにかく触ってくれ、頼むよ」  
哲哉が急かすので、奈々子は恐る恐る指を絡めてみた。  
「あ、熱い。どうして?」  
「血が流れ込んでるからだろ」  
「いやあ・・・血管が浮き出て、不気味だわ。それに脈打ってる」  
 
絡めた人差し指がドクドクと血流を捉え、奈々子は不思議な気持ちだった。これ  
まで、異性のそれを見た事がないので、この発見は驚きとしか言い様が無い。  
「擦ってくれよ。なあ」  
「こう?こんな感じ?」  
奈々子は棒を振るように男根を擦った。ぐっと開いた肉傘の部分を絞った時、哲哉  
の腰が反射的に引けたので、奈々子は手を止めて尋ねてみる。  
 
「ゴメン、痛かった?」  
「い、いや・・・そこは敏感なんだ。もうちょっと、優しくしてくれ」  
「分かった」  
あらためて男根を擦ると、哲哉の反応で何をどうすれば良いのか漠然とではあ  
るが、分かってきた。余裕の出てきた奈々子は、初めて触れる異性の象徴を間  
近に捉えながら、興味深げに観察し始めている。今の自分の立場を考えると少  
しのん気とは思ったが、元々、好奇心が旺盛な方である。奈々子は次第に、哲  
哉がうめいたり眉をしかめる仕草が面白くなってきた。  
 
「ああ・・・うう」  
「気持ち良いの?沢田くん」  
「う、うん」  
変な状態である。完全に関係が逆転している感じだった。今の今まで弱味を握ら  
れていた自分が、何故か主導権を取っている。奈々子はそのうち、握っている男  
根に愛嬌すら感じてきた。  
 
(男なんてちょろいかも)  
良く見れば男根というやつは滑稽で、食べ物のようにも見えるし、出来そこないの  
野卑た急須の如き造形でもある。触感は柔らかいようで硬い。性の知識に乏しい  
奈々子の目には先入観がないせいか、テラテラと光る先端部分が妙に美味そう  
な肉感に映った。  
「ねえ、沢田くん。これって、舐めても平気?」  
ちょっと、悪戯っぽく奈々子は聞いた。言葉には少し媚を含んでいるような雰囲気  
を匂わせている。  
 
「ああ、フェラチオって言って、女がこれをしゃぶる行為があるぜ」  
「汚くないかな」  
「綺麗とは言い難いが、病気になるようなもんではないらしい」  
「じゃあ、舐めても平気ね」  
奈々子は恐る恐る、唇をつけてみた。粘り気のある液体が妙な塩味と、青臭さを  
鼻腔まで運んでくる。しかし、嫌悪感を誘うような事は無い。  
 
「・・・しゃぶるのよね」  
奈々子は一瞬、考えてから、えいやと男根を唇で包んだ。その途端、  
「うッ!」  
哲哉の玉袋はキュッと持ち上がり、男根からは子種を射出し始めた。  
「あ、ああ・・・荒井、ゴメン!精子出ちゃった!」  
情けなく詫びる哲哉に対し、奈々子は冷静沈着そのもの。ある程度、予測してい  
たのか、激しく放たれる子種をそのまま飲み干していった。  
 
「ふーッ」  
唇から男根を離した時、奈々子は大きく深呼吸をしてから、  
「・・・飲んじゃった」  
と言って、笑ってみせた。  
「良く飲めたな」  
「だって、体を精子まみれにする訳にもいかないし」  
粘る口元を指でさっと清めてから、奈々子は立ち上がった。  
 
「これで、オナニーしてた事、黙っててくれるよね」  
「ああ」  
「じゃあ、私、帰るね」  
衣服を身につける奈々子の後姿を、哲哉は黙って見ていた。このまま、押し倒して  
無理強いする事は可能かもしれないが、流石にそこまでは出来そうにない。それ  
どころか、半ば脅して手淫と口淫にまで及んだ自分の卑劣さを悔やむ気持ちにな  
っていた。  
 
「荒井」  
「なあに?」  
「安岡の事、好きなのか」  
「まあね」  
すっかり制服を着た奈々子の姿を、哲哉は眩く思った。そして、  
「そうか」  
と、肩を落として呟いたのである。後に残ったのは心を重くさせる罪悪感と、安岡の  
机に付着した、奈々子の淫液のみであった。  
 
それからしばらくして、哲哉は奈々子が安岡に告白し、見事、玉砕したと風の噂に  
聞いた。安岡にはすでに決まった彼女がいて、付き合っているという。だが、教室  
内で見る奈々子は特に落ち込む風でもないし、安岡の態度も普段と変わりない。  
哲哉にはそれが不思議だった。  
 
 
ある日、哲哉は部活を終えてから何と無しに感じる寂しさに耐えかね、あの日の  
よすがを求めて教室へ行ってみた。ちょうどあの時と同じ薄暮で、残照の中をしょ  
ぼくれながら歩いて行くと、教室にまたもや誰かの気配を感じたのである。  
(誰かな)  
そっと中を覗くと、哲哉は自分の席の辺りで、逆光に浮ぶ女性の姿を見た。  
 
「あーん・・・」  
それは荒井奈々子で、この前と同じく素っ裸。そして、哲哉の机の角に陰部を  
押し付けているのである。  
「荒井」  
哲哉がすぐさま教室に入ると、奈々子は振り向きざまにふっと笑った。  
「あの時の事が、忘れられなくなっちゃって・・・」  
「俺が来る事、分かってたのか?」  
「窓からスロープを上がってくるのが見えたから、ここに来るんじゃないかと思っ  
て。まあ、賭けだったね」  
 
奈々子は机の上に座り、両手を大きく広げた。小ぶりな乳房の先端は硬く尖り、  
誰かの愛撫を待ち望んでいるかに見えた。  
「お前、安岡に告白したんだろう?」  
「ふられたよ、あっさりと」  
「それで、今度は俺に鞍替えか」  
「嫌なの?」  
「とんでもない」  
 
哲哉は大きく開かれた奈々子の胸元に誘われていき、そして二人は抱き合った。  
「順序があべこべになったけど・・・」  
奈々子の言葉が途切れると、逆光の中、二人の唇が重なった。そしてしっかり  
と握られた手と共に、いつまでも離れなかったのである。  
 
おすまい〜ん  
 

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