インターホンが鳴ってドアを開けると、隣に住む3つ年下の夏帆が立っていた。
短いスカートとダウンコートに、長い髪を頭の横でちょんちょんと結んで、元気一杯、何故かボトルとチャッカマンを持ってポーズを取っている。
「行くよっ、あっちゃん!」
「行くって夏帆、どこに?」
「駅前のおっきなツリーのとこ!」
「夏帆、それ、チャッカマン?」
「そう、チャッカリマン」
「・・・・・・で、その左手のペットボトルは何?」
「ごま油」
「何する気だ?」
「もやすの、ツリーを! 夏帆てっぺんまでとどかないから、あっちゃんに手伝ってほしいの!」
「何のために?」
「本で読んだの。火事が起きたら愛しいウンメイの人に会えるんだって。ツリーがノロシになって、ウンメイの人があたしを見つけてくれるんだよ!」
「あほかっ」
思わずゲンコツで殴ってしまった。もちろん手加減はしたけど。
夏帆はチャッカマンを手に握ったまま頭を撫でると、涙目でこっちを睨みつける。
「いったー、あっちゃんなにすんのよっ」
「運命の人より先に警察につかまるだろ・・・放火犯になりたいんかお前は」
っていうかあのツリーは生木だからごま油とチャッカマン程度では萌えないと思うけど。
夏帆は涙目の目をさらに潤ませて、だって、と小声で呟いた。
「ん?」
「みんなラブラブ仲良し幸せそうで、羨ましいんだもんっ。あたしもプレゼント交換とかしたい!」
「毎年俺と交換してるじゃん」
「あ、そっか。忘れてた」
「忘れんな」
「えーと、あとぉ、ラブラブでツリー見たい!」
ラブラブでツリーね。最近の中学生はマセてるねぇ。そういうのが流行ってるのか?
「俺が一緒に行ってやるよ」
「あっちゃんほんと?」
夏帆のお守りは俺の仕事だもんな。おばさんからもこのアホな娘をくれぐれもよろしくって頼まれてるし。
「ああ。でも火はつけないからな」
「じゃあ手、つないでくれる?」
「う、うん」
「腕くんでもいい?」
「・・・いいぜ」
「ほんと?ほんとに?うそじゃない?うそじゃない?ねえねえ!」
「だーっまとわりつくなっ、うそじゃない、うそじゃない!」
「ラブラブ?ラブラブ?」
「あーラブラブブラブラだぜっ!」
「あっちゃん大好きっ!」
面倒になって叫んだら、夏帆は納得をしたようで、両手を目一杯上げてばんざーいのポーズを取った。その拍子に左手のごま油がボトルの中でぽちゃんと揺れた。
こいつ、ラブラブの意味判ってんのかね。
「はいはい。駅前のツリーの前に、うちのツリー飾るの手伝えよな。うちのかーさん待ってるんだから」
「手伝うっ。あっちゃんちのツリーも大好きっ」
「ほい、じゃあ入れ。寒いだろ」
「あーい、おっじゃましまーす!おばさーん、夏帆来たよー!」
玄関で靴をぽぽいと脱ぎ捨てる夏帆はまだまだお子様だ。
手を繋いだってきっとぶんぶん振り回すし、腕をくんだって俺にぶら下がるだけだろう。
再来年ぐらいには本物のラブラブになれますように、とサンタにお願いしたらかなえてくれるだろうかと、夏帆の靴を揃えてやりながら、ふと考えた。