次の日は、都は日直にあたっていた。
今日はもう練習に出てしまっただろうかと巧のことを考えながら、足早に教室を出る。
少し遅くなったけれど、弟たちの笑い声は教室から響いていた。
普段あまり見せない微笑が浮かんでしまう。
そのとき教室が大きな盛り上がりを見せ、いつもより明らかに大勢のはやしたてる声
が響いた。都はとっさに歩みを止めて耳をそばだてる。
「じゃあおまえ、あのまま最後まで行っちまったのかよ!」
よく聞く巧の友達の声だ。
「まじで? 金持ってなかったんじゃねえの?」
「ちくしょう、こいつ連れて歩くのもうやめるか」
「あんなかわいいコをヤリ逃げかよ! 信じらんねえこいつ」
それはいわゆる男子のくだらない体験談のようだった。
(今日はハズレ)
そのまま通りすぎることにして、再び都が歩き出そうとしたとき、巧の声が聞こえた。
「しょうがねーじゃん、連絡先も何も教えてくれねーんだもん」
足が止まる。
心臓も止まったような気がした。
「何にしても」また違う男子の声が続いて、「これで巧も我らオトナの仲間入り! ビ
バ桐高ナンパ倶楽部!!」
「んな部活ねえっつの」
「とりあえず詳しく話してもらわんとなぁ!」
そんなものを聞くわけにはいかない。
都は来た道を走って戻り、教室の自分の席にたどり着くと、力なく座りこんだ。
(? ……あれって、そういう話? それに私、なんでこんなに慌ててるの……)
一瞬止まったような気がした心臓が、今は激しく打ちつづけている。
(そんなに鳴らないで、痛いから……)
落ち着くのに、かなりの時間が必要になった。
再び生徒会室に向かう気にはなれた。
グラウンドの運動部の声がかすかに風に乗って聞こえてくる。
本当は自分も知りたい事、いつかはしたい事。
小さい頃からよく知っている巧が、自分の知らないどこかの女の子と関係を持った。
それを聞いて興奮しているだけなのだ。
刺激の強いゴシップも、そのうち慣れて平気になる。それまで我慢すればいい。でも
何を我慢すればいいんだろうか?
一年の教室はもぬけの殻になっていた。
扉が開きっぱなしになっているのを、律儀に閉めておく。
勢いに任せてどこかに流れていったのだろう、都は少し拍子抜けしながらも、ほっと
して廊下を歩きはじめる。