巧は本当に、負けると思っていなかった。  
(迂闊だ……気付かなかった、うう、伏線ありまくりだったのに)  
 でも環が一生と言う言葉を安易に使ったのではないこともわかった。すこしほっとす  
る。気持ちは深いところに引き付けられたままだった。  
 どうしても気になる。  
 なぜあんな約束をしたのか。負けた時の事は言わなかったし、振る舞いからは環の意  
思がわからない。でも、と巧は思う。  
(聞かれたらはっきり答えられるけど。うん、自分で言いたいな)  
 勢いだけで環を二階の自分の部屋に引っ張り込んだ巧は、扉を閉じながら奇妙な感慨  
にとらわれていた。  
(言って変えてしまおう。姉ちゃんのことも)  
「環さん」  
「はい」  
 呼ばれたから応えるシンプルな反応が、不純物のなさを感じさせる。環の顔は熱く潤っ  
た感じで、おかげで巧は迷わなかった。巧にとってはチャンスだった。  
 
「どんなに姉ちゃんに迫られても環さんとしかしない。好きな人としかしない。姉ちゃ  
んは大切な人だけど、それは家族だから、俺に出来る事は全部やります。姉ちゃんを普  
通に幸せになるようにしてやりたい。そのためにも環さんと本気で付き合いたい。だか  
ら、環さんだけによっかからせて……」  
 恥も何もかも棄てた、いや、むしろ恥ずかしい言葉だけを並べる。後でどれだけ後悔  
することやら、と思いながら。たぶんそこまでしなければ自分は環の身体に立ち入る事  
は出来なかった。そう思えたので、巧はほっとして、閉じた扉にもたれたまま環を引き  
寄せ、なめらかな首筋に唇を這わせた。  
 チュッと軽い音がして、それが環にいろんなことを伝える。  
   
 それが最初の直接的な愛撫だった。  
 環は心がすでにイッてしまっているのを知る。たったそれだけの刺激が、爆発的に全  
身に拡がっていって環の身体を震わせた。  
(巧くん、巧くん)  
 思うだけで切ない。  
 何も考えられなくなる前に目の前の恋人に語りかける。言葉にするのを忘れていた、  
返事。  
「さっきのペナルティよ……時間を忘れて」  
 巧が訝しげに時計を見やる。環は熱に潤んだ眼で巧の表情を追った。意味を理解した  
巧が優しく微笑んでくれた気がして、安心して身体の力を抜いた。  
 
「ととっ、環さん、これきびしー」  
 巧がそれを支え、息を荒げながらベッドへ引きずっていく。たぶん、二人は体重もさ  
して違わない。それを片手で運ぶのは相当大変だろうと思う。途中巧が本棚に寄り道し  
て取り出したものを見て、おかしくなる。ハードカバーそっくりにデザインされたオモ  
チャの(子供出版とでも書いてありそうな)怪しい小物入れだったから。  
 やっと、ベッドに降ろされた。  
 環は巧に報いるように、両手で巧の髪をかき乱しながら強く短くくちづけると、巧を  
脱がせた。病室で着せてやったままのシャツとズボン、靴下。巧がなんとか遅れないよ  
うに環を脱がせようとするのを熱く見上げ、体重を逃がして手伝ってやる。でも間に合  
うはずがなく手こずってじれるのを、裸の胸を撫でながら鎮めた。下着だけの巧の身体  
は熱を帯びて、環の眼に、病室で見た時とは別人のように艶かしく映った。  
 ブラウスのボタンを外されながら、スカートのジッパーを下ろされながら、環は唇と  
指を巧の上体へ狂おしく這わせる。これも今までの自分には出来なかった事だ。得られ  
る喜びがかつてないことが嬉しい。  
 そうして、二人とも下着だけになった。  
 二人の身体の間に熱い息が渦を巻き、それさえ肌に刺激となって刺さっていく。感覚  
が呼び覚まされていく。  
「いい?」  
 巧が環の胸に震える手を置いて、聞く。一も二もない。  
「うん」  
 
 環が上体を捻るのに合わせて、巧の左手がぎこちなくブラジャーを両肩から抜いていっ  
た。敏感になった胸を薄く擦られ、環は最初の声を出した。  
「ぁ……」  
 微かだったが、巧が瞬時に反応して、十分赤い顔をさらに赤くするのがわかる。愛し  
い反応。自分の恥ずかしさは抑え、微笑んでみせる。あなたはどんなことをしてもいい  
んだっていう拙い告白を、そうやってする。  
 環の予想に反して巧は環の胸にそのまま触れなかった。  
 疑問に思う前に巧の左手は環の腰骨に触れる。触れた場所から、全体が震える。巧が  
『苦戦』する前に、環は手を貸した。  
   
 環は周りがうらやむほどには、自分の身体に思い入れがなかった。  
 直接触って、心から愛し合わせてくれる相手がいないなら、見られるだけなら、結局  
絵に描いた餅だ。  
 目の前の年下の恋人の切ない声を聞くのは、ひたすら嬉しかった。  
「環さんごめん。ちょっとでもなんかしたら俺、出る。絶対出る。死ぬほど出る」  
「あは、そんな言い方しないでよ」  
 環の手で下着を抜き取られた巧の股間のものは透明に濡れ、華奢な体つきに不似合い  
な凶々しい装いで、まっすぐ環の顔の方を向いていた。  
 環の心臓が跳ねた。  
 
 間近のそれは、銃口だ。身体の内側全部が濡れていく気がする。でも今は恋人の切な  
い想いを受けてしまいたい。環はしなやかに身体を折り曲げて、それを口に含んだ。恋  
人の言葉通りにたちまちそれは激しく震え、環は自分の髪が強くまさぐられるのを感じ  
た。愛しい反応。暴れる肉棒から吐き出される粘液は、喉よりも舌や歯茎を打ち、五度  
で鎮まった。奇妙な味のする精液は口腔を満たしていて、行き場を失っていた。  
 唇の縁で太さを確かめ、眼を閉じて口元に集中する。巧が腰を引くのに合わせてきつ  
く口を閉じ、全身で呑む。  
   
 二人とも、(ギプス以外)もう何もつけていなかった。  
 環がせがむので、巧は振り返って迷う間もなく先へ進めてくる。こういう時にも意思  
は通じている。さすがに片手で上になるのが厳しい巧は、環に促されておとなしく環の  
隣に横になった。右手を上にする。  
 たちまち環は引き寄せられ、首、胸と吸われて悶えた。指や唇だけでなく刷り込むよ  
うに擦りつけてくる頬や鼻も、肌を快感で灼いた。  
「あ、は……あ、あ、は……」  
 とめどなく嬌声が口をついて出てしまう。テクニックも何もない素朴で強い愛撫に、  
心が打ちのめされていた。ひたすら求められている。まやかしはどこにもない。痺れる  
ものが背筋を何度も走り、そのたび太腿を擦りあわせて堪えた。そこはぬるぬると滑っ  
ている。  
「た、巧くん……もう……もう駄目……このままじゃ駄目」  
 
 環は我慢できないで腰を、巧の肉棒のあるところへ押し付けていった。  
「環さんっ」  
 呼吸の切れ目に辛うじて呼んでくる声に、精液で濡れたままの唇で瞼をついばみ、手  
で直に巧のものを包み込んだ。環と同じようにぬかるんだそれに手のひらを犯されてい  
く。興奮が胸を打った。  
 堪らない。そういうものが巧にも伝わっていたのだろう。だから巧は再び切ない声で  
吐露した。  
「環さん……、やっぱだめ。どうにもできない」  
「ちょうだい」  
 すぐに応えた。再び身体を大きく折り曲げ、今度は深く口腔にくわえ込んだ。舌で雁  
首の周りを激しく撫で付けていくと、来た。  
「く……う」  
 快感とも苦痛ともつかない巧の呻きが心を打つ。巧の心情を思うと、止まらないのが  
環に出来る最高の愛情表現だと信じて、熱く喉を打ちつけるものに耐える。置き去りに  
なっている自分のためにも、性急に次を求める。  
 自分だからこれほどまでに果ててくれているのだと思って、とても嬉しかった。だか  
ら、彼が自分の身体で本当に満たされてくれるまでは終わらないのだ。  
   
「リセット。ね、来て」  
 これを気遣いだと感じないでほしい。できるだけ熱く巧を抱き締める。口の中でまた  
大きくなりはじめたものをすぐ放し、そうした。一瞬アソコに肉棒が触れて、巧が反応  
するが、環は確信した。今から巧と結ばれる。  
 
 巧が微笑んだのを見て、その左手に小さな包みを握らせた。  
 そのまま手を握りあわせて、きつくくちづけした。  
 さっきの名残を巧がまるで気にしないのに戸惑うが、それもやはり嬉しい。雑念は巧  
のどこにもなく、愛情とそれを繋ぐ肉体だけがある感じだ。環もそこに心を委ねる。  
 ほんのわずかな時間で準備は整い、環は巧の前に脚を開いていった。  
 男も女も、線の細さと肌の艶かしさを同じように見せていたが、男はやっぱり力強い  
形を見せ、女はただただ柔らかく男を待っている。そんな絵を感じた。  
 巧の息が潜められ、動きが消えるのを感じ、環は視線を合わせる。  
 巧が言った。  
「俺、すごい嬉しいです。環さんに会えたのも、こうやってひとつになったりできるの  
も」  
 このときばかりは無理をして、巧は上から環に被さった。環が手で誘導してくれてい  
るのを知ってそれにはあえて甘え、せめてそこに意地を込めようとしていた。  
 胸が熱くなる。  
「環さんをいただきます」  
「来て……」  
 環がそう促した次の瞬間には、巧の肉棒が環を押し拡げていた。  
「あ、ああっ! ……っ」  
 息苦しいまでの入り口の圧迫感だけでなく、ずりずりと突き入ってくる質量は、環の  
予想を超えて性感を押し上げて来た。  
 
 特別大きいというわけではない。  
 とにかく今までの相手と違うのは、心がイケるということに尽きた。本当に欲しかっ  
た巧の心と身体を取り込んで、また与えている充実感が環を押し上げた。  
 キャンセル不能の爆発的な渦に呑まれ、気が遠くなりかける。  
 やはり今までの相手に『本当』はなく、自分は巧という相手を探し当てた。  
 それは真実だったと思う。  
   
 肉棒が奥底に突き当たり、環を痺れさせた。  
「すごい……直じゃないのに、めちゃ……くちゃ、気持ちイイ、です」  
 腕の負担に耐えかねた巧の身体が落ちて来る。両手で強く抱きとめる。巧の表情は泣  
き笑いに見えた。巧の体内を駆け巡っているものが伝わってくる気がする。  
「よかった。うれしい」  
 環は素直にそれを喜んで、「動いていいよ」と密かにねだった。  
 エクスタシーの経験はまだ浅い。だが、この年下の恋人なら、すぐにでも狂わされて  
しまいそうだと思う。  
 そう、狂わされたい。この二人きりの部屋には雑音は入らない。  
「残念ながらそんなに持たないデス」  
 巧の言葉から震えが消えているのがわかった。だから、  
「それでいいじゃない。いっそ箱がカラになるまでしよう?」  
 
 笑顔でそう言った。  
 さっき時間を捨てたのだ、答えはいつでもいい。  
「俺、絶対環さんイカせる」  
 強い意志をもって言い放ったのを環は身体の奥で聞いた。環もそれを待っている。  
 巧は繋がったまま身体を横にし、なんとか保っていた。  
 膣内のものが心もち膨らんだように感じ、背中を少し反らせた。  
 そしてそれが動き出した。  
 擦りあげられる刺激がぐんぐん際どくなってきて、イクと思って身体を強張らせた時、  
快感はそこを通り抜けていった。  
 未知の感覚だった。イッているはずの快感なのに、その上に昇っていく。そういうこ  
とだったのかと、環は興奮を深めた。  
「あっ、あっ、あっ、あっ、ああっ、あああっ!」  
 拙く単調なはずの巧の肉棒の動きなのに、とめどなく濡れて快感が上がっていく。  
 だが、巧が訴えてくる。  
「環さん、ごめん」  
 打ち付けてくる腰が重く大きく動いて、突き上げて来て止まった。  
「い……んん、ああ……くっっ!」  
 巧は全身を震わせている。  
 その瞬間、環はぎりぎりのところまでせり上がって来たのを感じ、声を引きつらせて  
いた。すぐそこまで来た。やはり、この男の子が教えてくれるのだ。言葉を探しながら  
懸命に恥ずかしさに耐え、巧に伝えた。  
 
 若いというのはいいことだ、と冗談みたいに心の中で笑う。  
 止まらない巧の欲望が今の環にとっては愛情そのものだった。二つ目の包みが開かれ  
る。  
   
 瞬間、恥じらいもプライドも、なにもかも、環の中から弾け飛んだ。  
 本当に来た。  
(なにもかも、巧くんに捧げても惜しくない)  
 後で巧にそう言うかもしれないくらいに。  
 挿入されて、押し拡げられていく最中にもう始まった。肉棒の動きに焦りやがむしゃ  
らなところが薄れ、多少余裕を持ったストロークが環の中を満たした。圧迫感は相変わ  
らずだ。時々角度や動きが変わり、巧自身が環の中を楽しんでいる様子がある。感触を  
調べられているようなその感じが激しい羞恥心になって環の心を乱れさせた。  
(調べないでっ!)  
 間違っても口に出せない思いは、身体の動きになって巧の肉棒を締め付けていく。締  
めた、というのが自分でわかった。そして同時に自分も巧の肉棒を調べているのだと。  
「環……さん、さい……最高」  
 言葉で評価されてしまうと、もう止めどがなかった。  
「巧くん、んっ! のも、最高……よ」  
 仕返しのつもりで言ったが、仕返しになっていない気もした。  
「あっ、ああ、あ、あああっ、いや、なに、だめっ!」  
 
 そこから来た。  
 マグマのように、絶対に冷めない圧倒的な熱を送り込まれている。源泉となる巧の肉  
棒の動きも、反応したように激しさを増した。  
「巧くん、あたし、ねえ! イクよ、もう!」  
 巧に伝えてやりたかったので、伝えた。  
 肉棒が喜ぶように大きさを増した。  
「俺、俺、も」  
(そうか、来るんだ、巧くんが)  
 魂の震える音がして、同時に身体中を駆け巡っていた嵐が一つにまとまって身体の中  
心を突き抜けていく。  
「あ、ああっ、うあ、あ、あ! イ、イクッッ!」  
 巧の身体のどこが怪我だったっけと、思う余裕もなく、きつく巧を抱きしめ、荒れ狂  
う波に呑み込まれた。  
「う……う、あっ、く……ッ!」  
「ああああっ、あ、あ、あ…………ッッッ!!」  
 声が出せない、搾り出せない状態になるまで叫んでいた。巧が果てるのもわかった。  
 絶頂と同時に形容しがたい幸福な気持ちも沸き上がって来て、環は頬に涙が伝うのを  
感じた。  
 
 

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