巧のパジャマの腕を入れてやってから、おやすみ、と言うと、都は先に自分の部屋に
戻った。
風呂上がりの湿った巧の感触が指に残っている。都の心はそこに釘付けになる。
親友の由美の前で堤防を決壊させ、感情のことごとくを吐き出した。それから踏み止
まれるようになったと思う。
巧に最も肉迫したと思った瞬間、巧がこぼした涙が、厳しかった。あれが都の今の罪
悪感の根幹をなしている。人の気持ちを蔑ろにするというのがどういうことかわかった
気がした。それから、踏み込めなくなった。
巧の目を普通に見られない。見たらまたすぐに捕らわれてしまうんじゃないかと思う
と、どうしてもつくった態度に終止してしまうのだった。
昔の自分はどうやって巧に接していたか懸命に思い出す。長い、諍いの記憶。辿るほ
どに過激さを増す、子供らしい手加減無しの暴力ばかりが思い出され、打ちのめされる。
そうやって巧にして来た事の罰なのだろうか。
だから、自分は弟に嫌われているのだろうか。
母がいなくなったときに分かち合ったいたわりを、自分はどこかになくしてしまった。
きっかけはささいなことだったと思う。でもよくは思い出せない。
あの時、目の前に由美がいた。
その時のことを都は穏やかすぎるくらい穏やかに思い出す事が出来た。
由美に何を言ったか、細かい事は覚えていない。初めから覚えているつもりがない。
都が言ったのはたったひとつの事実だけ。
『巧を愛しているの』
その時、目を開けていられなかった。
巧が見も知らぬ女の子と身体を交わしたことを知った時、自分の目の前で親友の環が
お仕着せたくちづけを巧が避けなかった時、押し倒して来た巧があくまで自分をからかっ
ているだけなのを知った時、病室で決定的に拒絶された時、そして都と環への想いの違
いを語られてしまった時──その時々に思った事をすべて、自分でもわけのわからない
言葉に変えて吐き出してしまった。
もう、自分の心臓の肉はえぐり取られようがない。針のように尖った空気が代わりに
流れ込んで来て、心を満たしている。
空虚だけど、穏やかだった。
もう命の残り時間を食いつぶしていくだけだと思う。『余生』と言ってもいいかもし
れない。
自分がいったいどれだけの涙を流しているのか、わからなかった。
自分より小さな由美が、由美の着ていた洒落た服が全て吸い取ってくれた。
そうだった。由美。
それから彼女の心の声に耳を傾けた。たぶん死に物狂いで優しい視線を送ってくれて
いる親友に、だけど応えてはやれない。
自分の前方を見るしかなかった。
前を見ていながら進めない、もどかしさにも少し慣れてきた。
それを風呂場での巧の世話を通して確認できた。
まず元通りに接していけるようになりたかったから、都はそういう今の自分をいたわっ
ている。
それなのに。
あのカレーだ。
殺人的な辛さもさることながら、何もなかったみたいに飄々としている巧を見ている
うち、ふつふつと怒りがこみ上げて来た。
風呂で相手をしているうち、背中をずる剥けにしてやろうかと思ったり、泡だらけの
ままガスを止めてやろうかと思ったりするが、ここでも踏み止まる。
それが、布団の中で悶々とするうち、ある種の覚悟に変わった。
(本当に、人の気も知らないで。見てなさいよ……)
そんな自分を都は、生まれて初めて頼もしいと思いはじめていた。
*
その日、弁当当番だった都は、やっぱり残った忌まわしいカレーで巧の分を満タンに
すると、さらにご飯用のケースにもカレーを流し込んでいっぱいにした。父の分は、ちゃ
んとカレーとライスで二つにしてまとめる。そこにこの時期には不似合いな携帯カイロ
を添えてハンカチで包んだ。一時間ほど前もって発熱させてやれば、これで昼には温か
いカレーが食べられるのだ。
予想通りというか、起きて来てすぐ、父の透は巧のカレーを絶讃し、作り方を都に聞
いていきた。呆れて物が言えない。それはともかく、はるかと自分の分にすぐとりかか
る。下準備もしてあるので、こちらもすぐに出来上がる。巧はまだ起きてこない。そこ
へ、上からはるかの悲鳴が聞こえて来た。
「お姉ちゃん助けてよ〜。お兄ちゃん起きてくれないー」
「もう……」
制服の上にかけていたエプロンを外して椅子にかけると、都はすたすたと階段を上がっ
ていく。
「朝ご飯食べる時間なくなっちゃうよう?」
「うー、俺の代わりに食べといてくれ。後で返せよ?」
「わけのわからないこと言わないで、もう〜、信じらんないよ〜」
はるかが懸命に巧を引っ張り出そうとしているのが見えた。都は、
「私がやるから、はるかも朝ご飯すませなさい」
「う、うん、お姉ちゃん」
寝ぼけた巧の問題発言で真っ赤になったはるかが、逃げるように下へ駆け降りていく
と、都は巧の部屋のドアを後ろ手に閉めた。
巧がそれに勘づいたのか、薄目を開けて都の方を窺う。
「巧」
「な、なによ」
「これからは私が起こすわ。すぐ起きなかったら、襲うからね」
巧が跳ね起きた。
「こ、こらっ、なんでドア閉めてんだっ」
「見られたらまずいでしょ?」
目の前で巧がすっかり目を覚まして固まっている。
それで都は、少し気が晴れた。こんなことで自分の気がすむのなら、安いものだ。
*
冗談じゃない。
さっきの失言を都に言わなくてよかったとは思うが、関係なく姉の方から来ている。
「起きたから、襲わないでくれ」
思わずそんな間抜けな事を言っていた。
あっさり姉はドアを開けて、降りていってしまった。
巧も急いで着がえ、後を追う。
ダイニングテーブルの上にはすでに出来上がったお弁当と朝食が並んでいる。
バターを塗ったトーストの上にベーコンエッグを全部のせてまっぷたつに潰し、例に
よって紅茶で流し込んだ。
「お兄ちゃん行儀悪い〜」
「これが正しい食べ方なんだぞ」
「そんなわけないじゃんっ、お兄ちゃんの大嘘つき!」
そんないつもの巧とはるかを横目に都が一人でさっさと出ていく。
「あ、お姉ちゃん早いよっ」
はるかと並んで急いで用意する。掴もうとした弁当がはるかのものだと気付き、笑い
そうになった。隣にあった普段使わない密封型の方を取る。もしはるかにまちがって持っ
ていかせたら、大変なことになるだろう。二度と巧のご飯をつくってくれなくなるかも
しれない。
巧は、都の表情がすごく気になった。昨日よりさらに様子がおかしい。なんだか、雰
囲気が環っぽいし、さっきの発言もちょっと問題ありだ。
試しに明日寝坊してみようかと思い、慌ててかき消す。
(しゃれにならん)
はるかと別れ、二人で歩きながら身じろぎする。当然シャツは適当に着ているので、
あちこち不具合があった。着心地がどうにも落ち着かない。
「やっぱり朝も私がやってあげる」
そう言って都が首に手をかけて来た。少し考えて、
「そこの公園で直してあげる」
とさっさと歩きはじめた。巧は、いかんともしがたくそれについていく。
公園にある障害者用にスペースを広く取ったトイレで、巧はシャツを着直させられた。
あまり時間もないので、さすがにてきぱきと都はこなす。とくに危惧するような事は何
もなく、通学ルートに戻る。
(やっぱりおかしい)
巧は首を傾げながら、校門をくぐった。
そして、昼休みに弁当を広げて頭を抱えた。
「……」
「おおっ、巧すげえなそれ! メシが見えねえじゃん」
「メシは入ってない……」
蓋をとったとたんに教室中にそのエスニックな香が広まり、大注目を浴びる。
「まちがっておかず用二つ持ってきたんじゃないの?」
「そんなわけねーっての。姉ちゃんの仕業だ……」
「なにおまえ、あのお姉さん怒らしたんか。そりゃしかたないな、おまえが悪い」
都が怒ると何故即自分のせいなのか。もちろん言い返せないが。
「誰かご飯分けて……」
情けない声に応える男子はいない。
「ダイエットしてるから」とかそういって勧めてくれる、もともと少量の女子のものを
奪うわけにはいかないのだが、
「あっはははっ、あたしが恵んでやろう」
そう仕返しのごとく残間清美が、ぼちゃんとカレーの海に落としたのを、ありがたく
いただく。
(ていうか、ぼちゃんと落とされたものをどうやって返すんだ)
巧がスプーンを入れるのを、さっとその清美が奪って、カレーを一匙自分の口に入れ
た。
「このくらいいいでしょ?」
そう悪戯っぽく笑った顔が一瞬にして固まった。
「か……」
「おまえな、そういうのは確認してから──」
「辛い!!!!」
大声を上げて、清美がバタバタ教室を飛び出していった。
「お茶ならおまえ持ってるじゃん」
いなくなった机につぶやく。
逆に、それで男子が寄って来た。
「なに、スゲー辛いの?」
「おお、これで昨日はるか泣かしちった」
「おまえ、あんなかわいい妹泣かすなよ〜」
そう言いながら一人が、一匙すくった。
「おおっ、これいいじゃん!」
「まじで? じゃ、俺も」
そのうち、お礼と称してライスが少量ずつ提供され、やっとなんとか『昼ご飯』になっ
ていく。
「あんたら〜」
戻って来た清美が肩をいからせて、
「あたしが舐めたスプーン〜」
「なんだよ、待鳥のだろ? それとも、待鳥に舐めて欲しかったのか」
そう言ってべろべろ舐めている。
「〜〜〜っ!!」
昼ご飯の最中に暴れるわけにはいかないのが気の毒だが、そんな清美を見ていると、
どうしても都の事を思い出してしまう。
部活に出る前のひとときに、巧は人目を避けて環とくちづけを交わした。
しばらくそれだけが触れ合える時間だ。
「次はいつ〜」と言い出せない自分が少し嬉しかった。だんだんと実感が増してきてい
る。自分は本当に、あの魅力的な三年生とつきあっているのだ。しかもセックスをして、
求めあって、女の喜びというやつを与えたのだ。自分が。そういう自負が育ち、都との
誠実な対話に向けて後押ししてくれる。
サッカー部も女子バスケット部も次の週末に地区予選の緒戦がある。
巧は出来る範囲でマネージャーの雑務を手伝い、たびたび抜け出しては環の様子を見
に行っていた。
健康的な汗を流す部員達の中で、中心になって動く環のユニフォーム姿は、巧にはた
まらなく艶かしかった。
失うなんて考えられない。必ず、ずっとそばにいるのだ。その執着が強くなっている
のは、環を抱きたいという欲求が止まらないからだという自覚があった。今もあのユニ
フォームのままで汗だくの身体を抱きしめたくて、胸を疼かせている。
そして堂々と環を求められるように、都を正す。環の活き活きと集中したプレイぶり
に誓ってから、体育館を離れた。
グラウンドのベンチでは、都が文庫本をめくっていた。
巧はそのベンチの少し離れた位置に腰を下ろし、
「ウチの部長的には別に帰ってもいいみたいだから、もう帰ろうか?」
環といっしょだと身体が切なすぎるので、そうしたかった。
都は普通にうなずいて、本をしまった。
巧も部室から革鞄を取って来て、二人で学校を後にする。
最初の諍いの記憶。
巧は、静かに歩き続ける都を目で追いながら、それを思い出した。
昔、巧はコーヒー牛乳が好きでそればかり飲んでいた時期があった。あれは砂糖のか
たまりのようなものだから、当然のように虫歯になった。仕事の父に代わり都がつきあっ
てくれて、それでなんとか通い続けたのを覚えている。その頃に一度、コーヒー牛乳を
思いっきりひっくり返し、都が気に入っていた白いうさぎのぬいぐるみを汚してしまっ
たのだ。汚したと言うよりはもう、水浸しになった。その時の都は、怒れなくて困って
いる、という感じだったと思う。
その夜に帰って来た父が、都に気を遣って『じゃあこの子もお風呂にいれてあげよう』
と言い、なのになぜか洗濯機で二人で楽しそうに洗っていたのを、巧はこっそり眺めて
いた。その時に、都は「お風呂なら、お湯であったかくしてあげないと」なんてかわい
いことを言っていた。そして、洗面器にいっぱいにしたお湯を運んで来た都はお約束通
りにつまづいて、見事にそのお湯を巧の上にぶちまけたのだった。
『ぬいぐるみが風呂なんか入るもんか、お姉ちゃんの馬ー鹿』
巧は、自分が言ったセリフはこれしか覚えていない。代わりに、たまたまそこに片付
け忘れていたブーメランがあったのを良く覚えていた。
歩きながら、傷跡に触れる。
(これが第一号だったんだな……)
巧の額をえぐったあのブーメランは、あの後父によってこっそり捨てられてしまった。
裏のシールに血の跡が残ってしまったからだと思う。
(そう言や、あの頃はまだ姉ちゃんに『お』がついてた)
あれをきっかけに、巧がからかって、都がそれに怒って暴力をふるうというスタイル
が定着した。『お』がついていると確かに相手に対する親しみが先に出てしまって、効
果的に姉を怒らせられなかったかもしれない。
都が巧の手の動きに気付いた。
「それ、もしかしてまだ痛いの?」
さすがに、これだけは都は心配する。もちろん大昔の傷跡で、なんともない。都もはっ
きりと覚えているのだろう。だから、今までこれでからかったことはなかった。
「全然。なんかたまに触ると落ち着いたりして」
軽率な発言だったろうか? と都を見る。
大丈夫のようだ。
「今日は晩飯姉ちゃんだったよね」
「材料はあるから、直帰でいいわ」
「中華なら四川風でよろしく」
暗に辛いものを要求する巧を都は睨んで、
「こんどあんなの作ったらひっくり返すわよ」
「はーい……」
ほとぼりが覚めるまで、しばらくは辛いものが食べられないと思うと少し寂しい。
夕食が終わって、はるかが「宿題、宿題」と唱えながら二階に上がった後で、巧は都
に風呂のことを切り出してみた。
「一人で入ってみるよ。だいぶコツがわかってきたし、あと一ヶ月はこのままだしさ」
「そう、でも困ったことがあったら呼んでね?」
そんな、普通の姉弟のような会話をして、巧は部屋に戻った。
音楽を聞いたりマンガを読んだり、しょうがなく教科書を開いてぱらぱらめくってみ
たりして、普通に過ごしながら、はるか達が風呂に入ったり歯を磨いたり、といった物
音を聞いている。
環に会いたい。いや、会うだけなら十分間に合っている。
(あー、つらいなー)
股間に手がいってしまいそうだ。外で身体を動かして発散しようにも、まだ走るのも
辛い。せめてリフティングできるくらいになれば。
静かになったので、見計らって風呂の準備を始めた。防水もぬかりなく、自分だけで
こなせるようになった。さらにテープを巻いて、ギプスの上にボディブラシを固定する。
「完璧」
トラブルもなく、衣服の着替えもなんとかこなしていく。
やはり、できないことができるようになると、同じ湯に浸かっていても余裕が違って
いた。人の手を借りないで自分でなんでも出来るというそれだけの事で、今まで以上に
ほっとする。なんとも不思議な気分だ。
風呂から上がり、リビングには誰にもいないので、もう寝ようと明かりを落とした。
部屋の電気も、点けないでそのまま布団に転がり込もうと、して、ぎょっとした。
都が寝ている。
(俺の……部屋?)
それは間違いない。
(どういう嫌がらせだ……)
本当に寝ているようだ。トイレに行って、間違って──都に限ってそんな寝ぼけた事
はしない。とにかくめくった布団を元に戻してやる。
しょうがないので、姉の部屋に行った。姉のベッドに予備の布団を乗せて、そこで寝
る事にする。
「きゃー!」
はるかのけたたましい叫び声を聞いて、巧はぱっちりと目を覚ました。自分が姉の部
屋にいることに一瞬驚き、それから気をとりなおして廊下に出る。
「あれっ? お兄ちゃん、どうなってるの?」
「なにがよ」
まだ巧の頭はそれほどはっきりしていない。
巧の部屋から飛び出して来たはるかが、布団を抱えた巧と部屋の中を交互に見て、
「お、お姉ちゃん、おはよう」
と、巧の部屋から出て来た都に言った。
「お、おどかさないでよっ、一緒に……ふたりで寝てるのかと思った」
「ちょっとした冗談だ」
「ちょっとした冗談よ」
都は巧の言葉をそのまま使い、自分の部屋に戻って着がえはじめた。
「ううーーっ」
二人にからかわれたと思って、はるかは、
「お姉ちゃんのばかー! お兄ちゃんの超ばか〜!!」
手に持っていたタオルを投げつけて、バタバタ駆け降りていく。
「あのな、姉ちゃんが寝ぼけて俺の……聞いてねえ」
くらくらしながら、巧は起きてしまっていることもあり、しかたなく自分も準備を始
める。
次の日はもっとひどいことになった。
都とはるかの部屋には女の子ということで、鍵がついている。普段あまり使わないみ
たいだが、(確認なんてするわけにはいかないし)この夜、都はあろうことかこの鍵を
使い、なおかつ巧のベッドを、下着姿で占領した。
「調子に乗ってると襲っちゃうよ」論法が逆手に取られているので、手も足も出ない。
反対に、都にはまだ「寝ぼけていた」という言い訳がきく。タチが悪い。
(お、俺は、テロには屈伏しないぞ……)
巧は客間に行って毛布を確保すると、リビングに降りてゲームマシンを取り出した。
本当にやると身体が持たないので、これを徹夜でやっていたことにして、ソファで寝
る。これが意外に寝心地が良かった。
次の朝には、巧は父にそういうときは俺の布団で寝ろ、と勧められた。でも、さすが
にそれは出来ない。自分達は父が働いているから暮らしていけるのだ。テロには自力で
立ち向かう、と父に言うと、楽しそうで羨ましいな、と笑われた。
(楽しそうって……)
姉は涼しい顔をしている。
さらに次の日。
まだはるかも起きている早い時間に風呂に入った。はるかが手伝いたがったが、もう
自分でもできるからと、防水処理だけ手伝ってもらった。
都と二人でリビングでテレビを見ているので、その間に入り、さっさと部屋に戻った。
都が動く気配はない。はるかがいては確かに無理だ。
やっと落ち着いて、ゆっくりと夜を過ごした。
巧は今日、サッカー部の部室に死蔵されていた、フォーメーションプレイのビデオを
持ち帰った。
普段は別の目的で使っているが、そういうものの為にという名目で父に譲り受けて来
てもらったデッキや小型テレビがある。
プロの映像を見る場合、異常なテクニックやスーパープレイは見てもあまり参考にな
らないのだが、こういう地味な連係を扱ったものは、学生サッカーにも直接応用が効き、
実戦的──らしい。
「噛めば噛むほど味が出る──あれ?」
映っていたのは、しょっぱなからカンフーキック。どれだけ見ても、唾吐きに頭突き、
肘打ち、後ろからの足払い。
「なによこれ……なんでこんなもの置いとくんだ」
とは思ったものの、結構面白い。周りの選手の対応とか反応が、ラフプレイに対する
対処法としてやっぱり手慣れているのだ。
(怪我しないように転ぶ方法とか、やられたふりのうまいやり方とか)
巧は、都に対してどうやって対抗するか考えていたから面白いのかもしれなかった。
ベッドに横になって、画面を眺めているうちに目の前の問題に頭が切り替わって行っ
て、明日からどうしよう、そんなことばかり考えながら眠りに引き込まれていく。
目覚めがとても爽やかな朝だった。
ここのところ落ち着いて眠れなかった分、気持ちにも影響しそうなくらい、身体の軽
さを感じる。目につくところに置いてある目覚ましもまだ鳴っていない。
その時に気付いた。
腕の中に、下着の姉がいる。