綺麗にイカされた後の身体が、本当にすっきりしていることが、環を酔わせていた。  
 不思議なくらい、バスケットに集中できる。  
 試合場の応援組の女子に混じった男子の制服。しかも右腕を吊った痛々しい恋人の、目  
立ち過ぎる姿が、おかしいくらい頼もしく見えた。  
 運命なんて、と思うけど、信じてみたくなる。  
 夢じゃないかと思い、今夜もそばにいてくれるだろうかと胸を熱くした。  
   
「ほんと本番に強いよね、環ちゃんは」  
 由美が持ってきたうちわでぱたぱた扇いでくれている。そして、  
「身体のキレもすっごくいい感じ〜」  
 そんなことを言っている。  
 どうしても顔が赤くなってしまう。  
「先輩、ドリンクちゃんと飲んでください、これも選手の仕事ですからっ」  
 そんな律儀な後輩の押し付けるボトルを受け取りながら、巧の姿を探す。  
 観客席の少し離れたところに、両側を女子に挟まれた巧を見つけた。  
(…………なに、あれ)  
 環は笑ってひっくり返りそうになった。  
 巧の右に都。そして左に補欠の一年の吉田麻理が座っているのだ。  
 
 話をしているのか、していないのか、三人ともあらぬ方向を見ていて、意識だけはしあ  
っているようだった。  
 由美が時々それを見ている。  
   
「先輩すごく調子いいよね。どうしてだと思う?」  
 吉田麻理がいきなりそんなことを聞くので、巧は逃げ出したくなった。  
「俺に聞いてどうすんの」  
「待鳥くんは知ってると思うから」  
「そうなの」  
 この強気な娘の考えていることはまったくわからない。普通に何かを聞かれても別のこ  
とを質されている気がしてしまう。  
「白々しいのね。待鳥くんはあの時言ったこと覚えてる?」  
「なにをよ」  
「身体でも同じ事ができるけど、したいかって。私を誘ったのよ?」  
 かんべんしてくれと思う。  
「誘ってません」  
「私、男の人とそういうことしたことないの」  
「誘ってない」  
「まあ、私たちの年だと、したことなくてもそんなに変なことじゃないよね。したいとは  
思わなかったし。でもね」  
 
「誘ってねえ」  
 隣には姉がいるのだ。  
「待鳥くんから先輩の匂いがするよ。だから……」  
「俺は惚れた女としかしません」  
 巧が強く言ったので、そこで麻理は黙り込んだ。と思ったら、都が口を開いた。  
「今日は帰ってくるの?」  
 弟に向かって、いったいどういう聞き方だ。こんな場所で、声の調子が媚びを含んでい  
る。『家庭を顧みずに仕事にのめり込み、毎日会社に泊まり込んでいる夫』じゃないのだ。  
 これは、吉田麻理にはどう伝わっているのだろう。  
(もうイヤ……神様仏様)  
 祈りでも通じたのだろうか、その時、  
「はーい、もらって帰るよん」  
 いつのまにか後ろに回り込んでいた環が、巧の脇に両手を入れて、「よいしょ」と引っ  
張り上げるジェスチャーをしてみせた。  
「せ、先輩」  
 麻理が慌てて立ち上がってかしこまり、真摯な視線を環に向けた。  
 そして都がすがるような目をして見る。環が気付いて、巧に無言で振ってきた。巧に任  
せるという信頼と、もうひとつ願望の眼差し。巧は環と同じ気持ちだ。  
(そりゃあ環さんがはっきり言ったらむちゃくちゃカドがたつよな)  
 巧は環に引き起こされながら、都の目にあえて言った。  
 
「もう一日、環さんのとこに泊まるからね」  
 麻理が、このもう一人の先輩はどういう人だろうと伺う気配があったが、巧はそのまま  
背を向けて環とそこから離れた。後は由美に任せる。明日の日曜もまた試合なので、簡単  
な打ち合わせだけで今日は解散である。  
   
「環さん、さっき姉ちゃんが変だって思わなかった?」  
「思ったわよ。だいたい想像つくけど」  
「後で話すから」  
 巧が言うと、環は控えめに微笑んで巧の肩を叩いた。  
「由美があのコのことはしっかり見てるから、大丈夫よ」  
「それ、よくわからないな、俺」  
 試合のご褒美に、環が巧にねだったカップアイスを二人で行儀悪く食べながら、駅前の  
小道を肩をつつきあわせて歩いていく。  
 環が気持ちよさそうに目を閉じて、吹いてきた風に短い髪を揺らしている。巧は、それ  
を本当にまぶしそうに眺める。  
 こうして引っ付いて歩いていると、贅沢な話だけど、少し離れたところから形のいいお  
尻やすらっと引き締まった脚を眺めたりできないのがちょっと不満だ。自分を見ている環  
を違う角度から見てみたい。  
「巧くん、お風呂ってどうしてるの?」  
「涙ぐましい努力をしてます、ハイ」  
 
「都……?」  
「え、いや、もう、ひとりでできるようになりましたが」  
 巧が弁解するように言うと、環はトイレに行けるようになった子供みたい、と笑って、  
「ごめん、笑い事じゃないんだっけ」  
「笑い事じゃありません」  
 そんな話をしていたので、外岡家で二人でシャワーを浴びることにした。  
 明るいうちから、風呂場で裸になった相手を見ていると、お互いに真っ赤になっている  
のがおかしかった。実際恥ずかしいのだが、とても変な感じだ。相手に触れているとその  
まま変になってしまいそうなので、巧は環に背中をお願いして、自分で前を洗った。  
「やっぱりへんてこだよね」  
 環にギプスをつつかれる。  
「借金みたいなもんですねー。治ったらまず、それまでの分この右手をかわいがってあげ  
てくださいね」  
「ふふっ、そういうことなら大丈夫」  
 その後は、自然とやはり抱き合ってしまった。お互いの首筋を距離がマイナスになるよ  
うに絡ませて抱きしめあう。  
「このままここでシたら超疲れそうよね」  
 おどけて、環が巧を引っ張った。心を読まれているみたいだ。  
 跳ねるように脱衣所に逃げる環の、裸のお尻はたまらない曲線を描いている。それを見  
て巧は、絶対今日はバックからヤるんだと決めた。  
 
 *  
   
 巧のいなかった昨日の夜、都は風呂から上がるとすぐ、巧の部屋へ行って巧のベッドで  
眠った。唯一巧に近付くことができる場所。  
 だが起きても巧はいなかった。恋人のところにいるのだから当然だ。  
 自分は留守番をする姉にすぎない。  
 巧に今夜も帰らないと言われて、周りが見えなくなった。由美に後ろから抱きしめられ  
ているうちに少し気持ちが落ち着いたが、痛みはむしろ激しくなっていた。  
 環の応援から帰宅し、まっすぐに巧の部屋へ行く。はるかは今日は、友人達と日帰りで  
遊びに行っている。ひとりだ。  
 TVラックの前に座り、そういえば巧はよくこれでサッカーのビデオを見ていたな、と  
思ってTVをつけ、テープを回してみた。アダルトビデオが入っていたので、怒りのあま  
りテープを叩き壊して中身を引きずり出した。  
 カーテンをきちんと閉めて自分の部屋に戻る。  
 もう巧が寝ているときにあの部屋に侵入することはできないだろう。  
 起きている時に訪れて、ベッドに並んで腰掛けて話をしたりできれば、それだけでもい  
い。そのくらいは、なければ自分は保たないと思って、深く沈み込んだ。  
 気持ちを逃がす方法はないから、  
(戻ってきたら絶対に襲ってやる)  
 
 都はもう、迷うことなくそう決めて、その時を思い描いた。  
 すると、不思議と気持ちが楽になった。だから思うのだ、絶対成功すると。  
   
 *  
   
 環はうつぶせで、両手で枕を抱えてそこに顔を埋めている。巧がその背中に密着してい  
る。  
 ぴっちりと閉じた環の両脚を巧の脚が挟み込んでいる。その状態で、繋がっている。  
 強烈な締め付けと密着感が、巧のものをただれさせていた。  
 ぎちぎちと滑っていくしかない。暴れようとする環を完全に拘束したまま思う存分出し  
入れをしているのだ。環は右腕だけを自由に使って、シーツをかきむしった。  
 くぐもった声がかすれていって、環の狂態を音以外の世界で堪能した。  
「巧くん、……これは、あ、駄目よ、私、明日、試合……んああっ!!」  
 環が荒れ狂う快楽に耐えているのが肌で感じられた。だけど、巧は止められない。一回  
目の自分が環をイカせるのだ。  
 後ろから組み敷いて、『犯している』ような微妙な気分と、そのあまりの密接な姿勢に  
環の体型を感じ、お尻の柔らかさを感じ、泣きそうになった。  
 刺激が強すぎて、巧は逆にイケない。  
 力を緩めると、繋がったまま身体を横倒しにした。その摩擦で、枕から離れた環の口か  
ら大きな声が出ていた。  
 
 その声もかすれている。  
 やっと空気にさらされた環の胸を、やわやわと揉んでいると、  
「こんなの……どこで覚えてきたの? ちょっと」  
「今日環さんとひっついてて発見したのっ」  
 そう、やたら嬉しそうに言ってしまった。だから照れ隠しに、環のクリトリスのあたり  
を刺激してやると、環は身体を震わせながらも、その二の腕を捕えて少し強く噛み付いて  
きた。  
「いででっ!! 環さん?!」  
 見事に歯形の残った腕に、ふーふー息を吹き掛けながら、  
「昨日の分、後ろにつけてあげるね」  
 これは仕返し。環の綺麗な肩甲骨と背骨のラインの間の小さな空間に唇を押し付け、愛  
情を込めて吸い上げる。  
「やだっ、見えないとこ」  
 環が暴れるので抜け落ちそうになって、慌てて巧は環の腰をつかまえた。もう一度深く  
肉棒が環に潜り込んだ。  
「や、う、ああんっ!! もう、やっ」  
 不満げな声が気になって、後ろから覗き込む。耳たぶは真っ赤だ。恥ずかしがっている  
と思って嬉しくなった。  
「環さん、さっきイッた?」  
 こく、と苦労して頷いているのをたまらなくなって抱き寄せた。  
 
「俺、やっと勝てた。じゃあ、今の分」  
 余韻に震えている環の中から、振り切るように抜き出すと、その瞬間だけ果てしなく狭  
くなって身体が痺れた。  
 すっかり赤みが消えて元通りの胸元に、きつく『最新版』を刻印する。  
「巧くんがまだイッてない」  
 環が膨れて抗議してきた。  
「こっちでイキました」  
 自分の胸をツンと触れると、環は「キザ、ヘン」とめちゃくちゃおかしそうに笑った。  
 それに、これは嘘だ。環の中で弾けたいに決まっている。  
「でも実際、環さんにやっと仕返しできた感じ」  
「どうしてそんなことにこだわるの?」  
「女の子にはたぶんワカリマセン」  
「そうらしいけどっ」  
 環は、納得のいっていない顔で反撃に出た。  
「私だって女だっ!」  
 そのまま巧は押し倒された。  
「こら、明日試合っ」  
 巧の抗議は空しいし、必要もない。後が怖くないと言えば嘘にはなるが、逆らわなかっ  
た。  
   
 *  
   
 とはいうものの、  
「それで負けて、環ちゃん下級生に刺されても知らないからねっ」  
「もう負けちゃったんだから、しかたないでしょ?」  
 頭を掻きながらなぜか由美に許しを乞うている。  
 由美が本気で怒っているようなのが、環はたまらない。  
「そのせいで負けたんじゃないってば。アイツら今年は優勝するわよ」  
 べーっ、と引き上げる敵チームの方に向かってやってから、下級生より先に都に刺され  
るかも、と思った。昨日の夜ヤリまくりましたとは誰の前でも絶対言えない。  
「で、巧くんはなんで来ないの?」  
「全然起きないから、置いてきちゃった……」  
「信じらんない」  
 幸い試合後で、上気した顔で赤くなってもわからないのが救いだ。  
 汗をタオルで拭ってしまうと、  
「都ちゃんがかわいそう」  
「んー、そりゃ、どうだろ」  
「なにが、どういうこと?」  
 今日の由美は怖い。  
「わかった、わかったって。ちゃんと気を遣ってるから、だから、いいでしょ?」  
 
 由美の髪をくしゃくしゃといじりながら、昨日巧からコトの最中に聞いた話を思い出し  
た。  
(都らしいなあ)と久しぶりに思った。他人事だったらどんなに笑える話か。  
 巧は環に「絶対諦めさせるから」と言って、言えたことに安心したみたいにそのままば  
ったり眠り込んでしまった。その寝顔の晴れやかなことと言ったら、なかった。体力は限  
界まで使ったようだったが。  
 そして環は、本当に全力を出し切って戦ったのだ。  
 雑念は全て巧が吸い取ってくれていた。完全にプレイに集中して、それでもどうにもで  
きない壁があったというだけのこと。ひとりになってからたぶん、わんわん泣き出してし  
まうだろう。巧には見られたくない。腫れてしまってとても見られない顔になるに違いな  
い。  
(巧くん、やっぱり起きられなかったかぁ)  
 都ははるかと、はるかの友達らしい女の子達といっしょだった。  
(わー、あのコ達もモテそうだな。カワイイなあ、中学生って)  
 そんな風に気を紛らわせながら、バッグに思い出深いシューズやリストバンドをしまっ  
ていく。  
 巧はまだウチだろうか。午前中だけで試合は終わりだが、ちょっと会い辛い。きっと結  
果を聞いて気にするだろうから。  
 
 *  
   
 巧が会場のどこにもいない。  
 都は懸命にその姿を探したが、はるか達と一緒に行動していてはあまり目立った動きは  
出来ない。  
 試合が終わっても、巧は現れなかった。巧と引き離されるような恐怖を覚え、一目でも  
見たいと願う。由美にも環にも聞けなかった。  
 はるかにことづてをして、誰にも黙って抜け出した。  
 環の家に行ってみようとさえ思ったが、結局家に戻ってきてしまった。  
 玄関に巧の靴があった。  
 バタバタと駆け上がってみると、リビングにいた。  
 巧がぎょっとした顔で手に持っていた紙袋をそっと後ろに隠すのを気にも止めず、手の  
届く距離まで近付いて行ったものの、そこから足が動かない。だから代わりに、  
「どうして応援行かなかったの?」  
 と聞く。  
「起きれなかったから、なんか照れくさくって。それに、家にいたら電話かかってくるか  
もしんないし」  
「かかってこないと思うわよ。あのコ、負けた後はひとりで泣きたいはずだから」  
「そっか、負けたのか」  
 はるかは友人達とそのままショッピングに出かけていった。  
 ふたりだ。  
   
「今日はもう出掛けない?」  
「うーん……」  
 都の問いかけに唸ったきり、巧は自分の部屋に戻ってしまった。  
 たぶん、なにか企んでいると巧に思われた。気が焦る。追って行って、ノックして、  
「シャワー浴びるから、いてよね」  
 今から本当にシャワーを浴びる。このセリフは会心の出来だと、ふと思う。  
「わかった」  
 巧の返事をドア越しに聞いてから、そのまま準備も何もせずに下に降りて風呂場に入っ  
た。勢いを増そうと、激しくシャワーをかぶり、力の限り身体を綺麗にしたら、もう止ま  
らなかった。ゆっくり湯加減など出来なかったから体中、皮膚が真っ赤になっている。の  
ぼせそうだ。引き戸を思いきり引っ張る。  
 そのまま脱衣所を素通りして、びちゃびちゃと廊下を水浸しにしながら階段を昇った。  
 
 巧の部屋まで一直線。  
 突入した。  
「待った! いや、わかったから、待ってくれ!」  
 さっきの数倍ぎょっとした顔で、巧が後ずさった。  
 なにがわかったのかは知らないが、逃げる隙は与えない。  
 ドアを開けてすぐ退路を押さえ、ベッドに引っ張り込む。普段ならともかく片手の弟に  
遅れはとらない。  
 
「俺が昨日まで何してたか、知っててやってんの?」  
 都は気付く。それはその場逃れをする時の言い方だ。拒絶する時はそうじゃないのだ。  
 隙があるわよ、と。  
「恋人の応援に寝坊するような人は、犯してやるんだからっ」  
 巧が一瞬諦めたような目をしたのを見た。  
 願いが叶えられるのだろうか。  
 たとえ月を貫通しようと衰えないくらい強いこの願いが。  
   
 *  
   
 ちくしょう、と姉に顔を見られないように体を入れ替え、巧は都の上になった。  
 押さえつけ、動けなくしてやると、姉の方から積極的に大人しくなった。  
(かわいそうだと思うけど、しょうがないよ)  
 巧は自分に言い聞かせるように、ずぶぬれの姉の、裸の腰を持ち上げた。  
 目の眩むような光景に気持ちを持っていかれそうになる。が、あと少しの我慢なのだ。  
本当にあと一瞬、そして、カチャンと音がしてそれはハマった。  
 やりきれない思いで、巧は呆然とする姉を見下ろした。  
 

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