(どうせやるならとことん楽しまなけりゃ嘘だよな)  
 という今更な結論から、巧は今回の企てをした。  
 はるかがいつ帰って来てもおかしくないことを考え、一旦自室に戻ることを姉に伝え  
た。普段着に着がえておこうと、クローゼットから一番融通の効きそうなルーズパンツ  
を選び、足を通していて、振り返ると姉が自分のベッドに座っているのに気付き、一瞬  
ギョッとした。  
 骨を折られたときのことを思い出す。  
 あれが始まりだったのだ。  
 巧の巧らしさも、姉の姉らしさも、あそこには凝縮されていた。  
 巧の反応に満足したのか、都は、  
「下でお茶にする?」  
 と微笑んで、ひとりで階段を降りていった。  
 巧が、今から長い時間を始めると決めたのは、そこに至るまでの日常の手順というも  
のをこの短時間で復元してみたいと思ったからだ。  
 手を繋ぐタイミングをはかったり、どうやってキスを迫ろうかと悩んだり、キスの時  
に胸に触ってもいいものかどうか顔色を伺ったり、そういうものがとことん欠落してい  
るのだ。  
 
 環の時にはそれでも別によかった。それは、巧が環に求めているものと今姉に求めて  
いるものが、まったく違っているからだと思う。  
 着がえるとすぐに後を追うようにリビングに降りていって、ちょっかいを出した。  
 巧のクラスの都ファンは、口を揃えて『あの足にほお擦りしてみたい』と言う。それ  
には今や巧も同感だ。  
 袖をまくって、台所でティーポットを扱う姉の後ろ姿を見つめる。バスケットで鍛え  
て引き締まった感じの環とはまったく違った、華奢で繊細な手足の動きがたまらなく巧  
の下心を刺激する。  
(ごめんね、環さん)  
 今だけは環のことを頭から消して、姉のすべてを知りつくしたいと願う。  
 後ろから姉に抱きつき、肩の上から両手を回して、服の上から姉の両胸をそっと押さ  
えた。  
「……んっ……」  
 とっさにティーポットをがちゃっと下ろし、無事を確認しながら、後ろ手に巧の腰に  
触れてくる。それを制した。  
「姉ちゃんからは手を出したらだめ」  
 これが最初の『命令』だった。  
 そういう約束があるわけではないが、姉はそのすべてに従うだろうと、巧は確信して  
いた。姉は、巧のものになる準備をこうやって始めるのだ。  
 かすかに震えながら手を前に戻し、都はティーポットを気にしている。  
 
 紅茶の葉とお湯が入ったあとを巧が狙ったので、都はそれに縛られたまま巧のするこ  
とに任せていた。  
 不満と期待が入り交じったような変な顔をして、都はカップとソーサーを食器棚から  
取り出し、巧はそれについていって、姉の身体を服の上から触っていく。  
 リビングの入り口は、多少寒いが開けっ放しにしておいた。はるかが玄関の鍵を開け  
ればすぐにわかる。代わりにオイルヒーターをつけ、その正面のソファに姉と並んで座っ  
た。もう当たり前のように姉は上体を巧にもたせかけてくるが、巧は手を出さず、くっ  
ついた肩の温もりだけを受け止めた。  
 姉がじれているのがわかったが、今からそれでは困る、と、  
「姉ちゃん、あと何時間あるか知ってる?」  
 巧がもじもじしている姉の手をぽんと叩くと、都は、怨めしそうに巧を見ながら、そ  
れでも嬉しそうに、すぐに顔を赤らめる。その姿は巧と触れあうどんな出来事でもあま  
すことなく受け止めようと努めているように見える。  
 どうか、我慢して欲しい。そう思う。  
 明日になれば絶対にそのぶん返してやれるのだから。そう言い聞かせ、巧もまた高ぶっ  
た心臓の音をなんとか抑えた。環の時と違い、他人に知られることの重みがはてしない  
この関係に、失敗は許されない。巧は命懸けで、ぎりぎり戻れる場所に自分を置き続け  
ている。巧自身が明日得る快楽のためにも、今を緊張感の中で費やしていきたい。  
「がんばってね」  
 ちょっと変だが、そんな言葉をかけて、巧は求め過ぎないように姉を求め、受け入れ  
過ぎないように姉を受け入れた。姉もまたぎりぎりのところで察して、巧を求め続けて  
いた。  
 
 都がトイレに立ったのを境に、巧は冷蔵庫を物色しはじめた。今夜の夕食は巧の担当  
だ。食事中を含め、はるかがいる間はしばしの『別れ』となる。急いで戻ってきた姉は、  
ソファに巧の姿がないのを見るや、まっすぐにそこに来て、冷蔵庫の前にしゃがみ込ん  
だ巧に、背中をくっつけてしゃがんできた。  
 近付いて、離れて、だんだんと壁を取り払っていく恋人同士を演じる。近付き過ぎて  
はいけない微妙な時間だからこそ、そういうときにできるやり方を選んでいくのだ。  
   
 巧が無難なメニューを選択し、都が手伝ううちに、はるかが帰ってきた。  
 ペタペタとスリッパを鳴らしながら、  
「あー、いい匂いだ〜。お兄ちゃんにしては甘そうな料理?」  
「おお、今日はメロンパンの佃煮だ」  
「ええっ!?」  
 バタバタやってきて鍋を覗き込み、それから真っ赤になって暴れるはるかは、ダッフ  
ルコートにウールのスカートのいでたちで、ホコリがたってたまらないので、追い払う。  
「お兄ちゃんの大嘘つき!」  
「おまえは、たまには他のこと言ってみろ」  
 はるかが買い物袋を抱えてバタバタ階段を上がっていくのを聞きながら、巧は姉の頬  
に唇をつけた。あと数分だけ、安全だ。ぎりぎり待って、もう一度だけ唇を寄せると、  
都が正面を向いてもっと熱いキスを求めてくるので、  
 
「それは今は無理だって」  
 巧はくるっと姉を後ろに向かせ、緩く流れる髪の中にくちづけた。  
「巧い……」  
 切なそうに姉が言うのを肩を叩いて押し止めた。  
 立場がとことん逆だ。ヤることしか頭にない男におあずけを食らわすはずの女が、自  
分からしなだれかかったのではラブコメは成り立たないのだ。  
 巧は、とりあえず行動を少しセーブしようと思い直す。  
   
 §  
   
 茹で鳥とキュウリのピーナッツクリームソース和えをご機嫌で食べるはるかを横目に、  
巧は都を観察し続けた。  
 感情を押し殺したぶん静かすぎる姉に、はるかが、  
「お姉ちゃんどっか調子悪い?」  
 と心配そうに覗き込んだときにも、  
「ううん」  
 と首を振るだけで伏し目がちなのを見て、巧は少し罪悪感を覚えた。  
 だが、姉にとってはその気遣いはむしろ心外だろうと思い、普段通りを心掛けてみる。  
 
 そして、  
「デザートはこれだ」  
 と、前もって本当につくっておいたメロンパンの佃煮をテーブルに出した。はるかが  
凄い顔をして、  
「誰が食べるの?」  
「はるか」  
「絶・対・に……いやっ!!」  
「じゃあしょうがないから明日の弁当のおかずにしろ」  
「なんで私が食べることに決まってるのよ?」  
「一弥に『早起きしてつくったの』って出したら喜んで食ってくれるぞ」  
「あ……あいつの話しないで。二度としないでよねっ!」  
「なんだ、喧嘩でもしてるのか?」  
 巧がなにげなく聞いた言葉に、変な顔をして赤くなり、それからむっとした顔になっ  
て、  
「お兄ちゃんになんか、一生関係ありませんっ!!!」  
 がちゃがちゃと乱暴に食器を片づけると、はるかはリビングのソファにたたんであっ  
た巧の洗濯物をぐしゃぐしゃにした。そのままいつになく苛立った顔で部屋に戻ってし  
まったのを見て、ちょっと様子が変かも、と思いつつもこれはしばらく出てこないと考  
え、ちょいちょい、と姉を誘った。  
 食べ終わっていないにも関わらず、姉はふらふらとやってくる。  
 
 髪を撫でていると姉はすぐにうっとりした表情になり、吐息で空気を甘く変える。  
「姉ちゃん、風呂いっしょに入ろ。ほら、食べちゃって」  
 と促すと、  
「そんな……その、大丈夫?」  
 様々な感情の入り交じった目をして、都は目の前の巧に吸い寄せられてくる。  
 本当にもう、都は巧の思うがままだった。  
   
 巧がお湯を張っている間姉に、はるかに風呂をどうするか尋ねさせてみたら、ふて寝  
をしてそのまま気持ちよさそうに寝ていると聞き、小細工の必要もないから今すぐに入  
ろうと姉を引っ張った。  
 まだギプスをつけていたときに、巧は身体をさらしているが、いわゆる『毛が生えて』  
以降なかった、そして全然意味の変わってしまった、いっしょの入浴だ。新鮮な感動を  
得ながら、お互い服を脱ぐのは恥ずかしくて相手に見せられず、順番に入ってからいっ  
しょにバスタブに身体を沈めていた。  
 ひとつだけ決めておく。  
 どちらかが風呂場を出るまで、都は口をきかないこと。  
 とっさにアドリブが利くのはやっぱり巧だ。  
 夏以来、本当に久しぶりにじかに身体をくっつけあって、お湯の中という違った環境  
もあって、それだけで震えそうになる。  
 もちろん、股間のものはその存在を姉にしっかりと教えているだろう。姉の息が荒い  
のも、巧の心臓が割れそうに鳴り響いているのも、お湯にのぼせているからではない。  
 
 とても明日までもたない。  
 しゃべってはいけない姉がバスタブから出て巧を誘うのを、一部始終を見つめていた  
巧は、姉の身体のラインのあまりに扇情的な動きにギブアップ寸前になる。そして、目  
の前でひざまずいた姉のしていることに、巧は頭がついていかなかった。  
 いや、何も考えるな、と巧の半身をなす欲望に押し流された。  
 姉の柔らかく熱く潤んだ唇と舌によって、巧の限界まで膨張した肉棒は絡め取られて  
いた。見下ろせば、いつもは毅然と結ばれて切れるような装いを見せている姉の唇が、  
巧の醜い欲望の形に拡げられてきつく吸い込もうとしている。  
 姉は、限界に瀕した巧に気付き、二人のせっかくの約束をダメにしない、とっておき  
の行動に出たのだ。  
 およそありえないことが起こり、それに歓喜するように巧の下半身は悲鳴をあげ、献  
身的にえらをなぞりあげた姉の舌の動きによって、巧はたちまち耐えがたいまでに腰を  
引きつらせることになった。  
「は、離……!!」  
 巧が一瞬の判断で姉を引き剥がそうとした結果、激しく吹き上げたものが姉の顔から  
肩にかけてまき散らされ、巧は『汚す』という言葉に捕らわれそうになった。  
 違う、これは自分の欲望にとっては充足であり、ならばそれは姉を喜ばせることがで  
きる。肯定して嬉しさを姉に伝えなければいけない。  
「姉ちゃん……エロくて、気持ちよくて……最高。もっと、見せて」  
 剥き出し過ぎる言葉だが、それでいいはずだ。  
 
 すでに上気してしまった姉の顔に浮かぶ表情は判別しにくい。だけど間違いなく、姉  
は喜んでくれている。  
 ためらうことなく射精したばかりの巧のものに口を再び被せ、都は先端に残る白いも  
のを吸っていた。  
 とてつもない。  
 姉の目には今なにが映っているのだろう。  
 快感に酔う自分のだらしない顔なのか、それとももうすぐ自分の中に入ることになる  
もの、だろうか。姉は力一杯に巧の腰を抱きかかえ、奥の奥まで飲み込もうとするかの  
ように、顔を巧の股間に押しつけていた。  
 筆舌に尽くししがたい喜びと罪悪感が巧の心の中に溢れた。  
 自分はどんな権利があって、大切な人にこんなことをさせているのか?  
 それこそが人生の目的とでも言いそうなぐらい献身的なくちづけ。  
 巧はそのまま両手で姉の頭を抱え、泣きそうになっていた。  
 姉の動かす舌の動きが、姉の心の動きそのものに思えて、それに懸命に心を傾けた。  
 それはいわば、かつてなく鮮明で赤裸々な、姉の告白だった。  
   
 §  
   
 後から入り、バスタブの中の弟の身体の上に身を沈め、背中全体で弟の存在を感じな  
がら、都はアレをしよう、と心を躍らせていた。  
 
 風呂に誘われたときに、真っ先に男性の生理に思いをめぐらせ、そうすることを決め  
ていた。  
 それはとても不思議な感覚だった。  
 違う場所に入っているものと、違うものを中に入れている口。  
 より心に近い場所で男の欲望を肯定することだと、都はその行為に直感していた。  
 だから、巧が戸惑うことは承知の上で、我がままを通した。  
(ごめんね、巧)  
 その行為をはじめてするという喜びに勝てなかった。  
 そして夢中で巧をイカせた。文句無しに震えが来る。  
 巧のものをすぐに口でとらえなおし、  
(もちろん巧自身が好きだけど、これも好き)  
 と気持ちをこめてみたもののどうしていいのかよくわからず、とにかく歯を立てない  
ようにだけ気をつけて、懸命に舌を使って撫でるようにしていた。  
 なにかできている手ごたえはなくても、わかってほしかった。  
 巧のためならどんなことでもできるのだということを。  
 口の中のそれは、目にしたときともお尻で受け止めたときとも印象が違っていて、で  
もだんだん同じなんだと思えるようになってきた。これをお尻に入れたのだと思うと激  
しく羞恥心が湧くものの、すぐにすべてを受け入れることができた。  
 ありとあらゆる方法でその形を覚えたいと思う。  
 巧に「もういいから」と促されて口を離しても、その感触に口の中はしびれていた。  
 
 さっき顔や身体に跳ねた巧の精液をお湯と指で優しく拭われて、そのまま陶然となっ  
て巧に体重をあずけた。  
 巧が尻餅をつくように受け止めてくれるので、冷たいタイルに触れることなく都は全  
身を緩ませて弟の身体に酔いしれる。  
 身体を交えただけだった今までと違い、愛情が先行している実感がある。  
 言葉を禁じられたことでかえって饒舌だった。  
 今奪って欲しくなる。  
 だけど時間は限られていて、声を出さずにいられる自信もない。  
 巧があえて都の弱い部分に触れようとしないのも、そのせいなのだろう。我慢してい  
る弟と同じ気持ちでいられるように、願う。  
 あと半日近い時間。待ち遠しく焦がれる、これも祭りなんだと思う。  
   
 §  
   
 姉の手は巧の身体の表面を探るようにさまよい、時間切れを教えるように離れていっ  
た。巧も少し気になり始めていた。  
 はるかが起き出しているなら、それに見つかるわけにはいかない。  
 入ったときと同じく、巧が先に出た。考えて見れば、脱衣所の衣服が非常によくない。  
取り繕ってから、姉に合図して洗面所を出た。  
 ギョッとする。  
 
 
 台所ではるかがミルクをコップに注いでいるところだった。  
 振り向いた目はさっき夕食の時に見た同じ色をしている。やっぱり学校でなにかあっ  
たのか、または休日のお出かけでなにかあったのか。心なしか苛立ちの色が強くなって  
いる気がする。  
 そう、さっきもいやな予感はしていたのだ。  
 巧を待っていたのは、さらなる無理難題の大本命だった。  
「お兄ちゃん……」  
 はるかは赤い目で、切羽詰まったセリフを巧に押しつけた。  
「私は、お兄ちゃんが好きみたい。お兄ちゃんの巧さんが、大好きなの」  
 はるかに告白された。はるかはいとも簡単に壁を越えてきた。  
(ちょっと待て!!!!)  
 よりによってこんなときに、もちろん、聞いてしまった言葉は待ってくれない。  
 すでに廊下の先で姉が出てくる気配がある。  
 危険。デンジャー。  
「はるか……あのな」  
 声を出して、はるかがいることを姉に知らせる。ドアの向こうで都が見守っている中、  
巧はこれを乗り切らなければいけない。同時に、ここまでこんなにいろんなことがあっ  
たんだから、最後もやっぱりこうでなくっちゃ、とも思う。  
 ちょっとは成長した自分を、自分に見せてやりたい。  
 

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