幼馴染のままの関係を脱出すべく私からした告白に、なんとも言えない表情をしつつも彼女は首を縦に振った。
やや焦った面はあるものの昼に告白した後放課後に私は彼女にデートの約束を取り付けた。
あまり感情を顔に出さない彼女は無言で首を縦に振り、私とは違う方向へと岐路に着いた。
携帯なんて便利な物をもっているわけでもなく。彼女の電話番号にさえ掛ける勇気もない私は、
焦燥と浮かれで気付かなかった彼女の確固たる了承を得ていないことに気づき、心の底から不安になっていた。
待ち合わせ場所と時刻を言った後に首を、軽く揺れるように振っただけなのだ。
その首振りも見間違いだったかもしれない。もしかしたその後に何か言ったかも知れない。
私は風呂上がりの後すぐにベッドに飛び込み布団を抱きしめながら激しく身悶えた。
そうして寝ぐせだらけになって朝日を迎え、頭横に置いていた目ざましの時刻を見て目を見開く。
もし過去に戻れるとしたら昨日デートに約束を取り付けようとした私をぶん殴り、袋詰めにして海へと流してやりたい。
何故に一日も冷却時間を置かずに次の日に約束を取り付けてしまったのか、そんなその時の自分にしかわからない疑問を頭の中で延々と繰り返し私は身支度を整え家を飛び出した。
夏の暑い日差しも焦る私にとっては毛ほどの気にもされず、拗ねた顔で流れる雲に身を隠してしまった。
空の機嫌も悪くなって着始めた頃に私は待ち合わせ場所のバス亭へとついた。
その時には彼女も着いていて、白いワンピースに麦わら帽子というさっきまで天気ならさぞ似合っていた格好をした井出達自分が着くのを待っていた。
昨日の約束は自分の思いすごしでは無かったことに安著した私は、時間より遅れてきてしまったことを彼女に詫びると両手を前でブンブンと振られる。
「……早起きだから」
――彼女が早起きだと遅れてきた自分は謝らなくていいのか?
などと頭に疑問符を浮かべる私を前髪がかかった目で見て彼女は酷く困惑した様子を見せた後、腕に掛けた鞄の中に弁当があることを告げてそのまま首を下に向けて黙り込んでしまった。
かける言葉が見つからず二人して屋根つきのバス亭から容赦なく降り注ぐ雨をを見つめ、私は傘を持ってきてないことに気づく。
彼女にそのことを告げすぐに取りに帰ろうとしたが、袖を掴まれて私は両足を落ち着かせて後ろを振り向く。
そこには精一杯という言葉を体現したように首を大きく左右に振る彼女があり、訳を聞くと折りたたみ傘を持ってきているとのことで私は動かなくていいとうことらしい。
遅刻に忘れ物と男の面目丸つぶれな私は自分の不甲斐無さに気分を沈めた。
特に会話もなく日に両手で数えるほどしかないバスが着き、バスの一番後ろの横に四人が並んで座れる場所へと二人で腰かけた。
バス内はお婆ちゃんやお爺ちゃん数人と子供が一人、自分の町は田舎だしこんなものだろうなと私は思った。
山々を背景に変わり行く田んぼを眺め、流石にそればかりで首が疲れた私は恥ずかしながら反対側へとおずおずと首を向ける。
ゆっくりと視界に入った彼女は落ち着かない様子で目を右下へと向けて、椅子の上で指を躍らせていた。
彼女のそんな行動も分からないほど朴念仁でもない私は、彼女の小さな手の甲に自分の手を重ねた。
案外ひんやりとした手を覆った途端、彼女は痙攣したようにビクリと跳ね上がりこちらを見つめてきた。
私としてはクールで物静かな態度でかっこつけたかったが、現実では思うようにいかず彼女の潤んだ瞳に見つめられ私は口を開いた。
「嫌だった?」
「……そんなこと、ない。……昨日言えなかったけど、私も明人君のこと昔から好きだったから」
一気に私の頬は熱くなり、確実に自分は今赤面したのだと確信した。
なにもこんな所で、と思いつつも私の心は歓喜に震え、頭の中では神輿を担いだ筋骨隆々な男達が私のことを祝いに祝ってくれた。
前方では年甲斐もなくニヤついた老人達がこちらチラチラと見つめ、お爺さんに至っては口笛を鳴らしていた。彼女もやっと状況を理解したのか、二人ともども赤面した。
重ねた手が絡み合い最終的に恋人繋ぎへと落ち着いたところでバスは自分達の目的地に着き、
どこで降りるかもわからない老人達の好奇な視線を浴びつつ大勢の乗り込んでくる人達と入れ替わりにバスから私達は退場した。
流石に都会なだけあって、人通りは私達の町とは比べモノにならないほど凄いもので一度逸れたらもう二度と会えないんじゃないか
と思えるほどだった。実際自分は子供の頃に一度それを体験している。
都会へと踏み込んだことの無い彼女は不安からか恋人繋ぎを解除して一転、腕を絡めてきた。
彼女の控え目な胸が腕に当たるたびに何か色々と限界を突破しそうになる自分を必死で抑えて目的地へと向かった。
目的地は都内の百貨店の最上階にある映画館で、女っ気の無い私を心配してか義妹がくれたチケットを有効に使うことにした。
バスから降りたときには雨が降っており地下道を通ることで難を逃れたがそこから出て来た時には雨はすっかり晴れ上がっていた。
少々残念な気もするが、相合傘は動きづらいだけと友人が言っていた気がする。それでも腕は絡められたままで、童貞の私にとってはそれだけで十分お釣りが返ってくるものだ。
百貨店内に入ると彼女の服装の印象もかなり変わってくる。麦わら帽子は外して手に持ってマシになっては居るが、この都会の町中人並みだと田舎上がりのオノボリさんに見えてしまう。
そのある意味目立つ服装に注目を感じたのか心なしか私に回された彼女の腕の力が強くなる。ある意味こちらとしては嬉しいような嬉しくないような。
映画館内で規格外に高い飲み物とポップコーンを買い席に着く。最初は空いていたが後からワラワラと人が入り始め映画が始まる頃には空き席は一つも無くなっていた。
映画の内容は私が読んだ本にもよくあった悲愛物で、本でさえ見るたびに涙していた私にとって映像になったそれは私を号泣させるのに十分なものだった。
「明人君の泣き顔見れてよかった」
映画が終わって感想を尋ねてみると、彼女は涙目になった瞳で私に対する感想を何の恥ずかしげもなくそう言った。
子供の頃は二人して本屋の彼女の家で本を読み漁り、見事なまで双方無言のまま門限まで本を読むと別れの挨拶だけして家に帰っていた。
今思えば不健康な上に不思議な関係極まりない。
一通り百貨店内を回り彼女に栞をプレゼントした後、屋上のビーチパラソルが刺さった机で彼女の弁当を広げることにした。
屋上に上がった時には天気は晴れ晴れとしすぎパラソルで遮ってそれでも光が透過して机を淡く照らす。
弁当の中身はサンドイッチで、このまま店に出しても大丈夫そうなほど出来だ。
その感想を帰りのバスで言うと君しか買わないでしょ、と嬉し恥ずかしそうな顔で返してきた。表情の変化が乏しい彼女の珍しい顔だ。
ハムスターのように少しづつ齧る彼女とは対照的に一つ三口で食べきる私にとっては物足りなさを感じさせたが、
腹八分目が体にいいとどこかで聞いたような気がしたのでそういうことにした。
デートコースかは微妙だが、幼い頃からの私達共通の趣味であるため帰りには本屋に寄った。
田舎の彼女の店とは品揃えも格段に違い、無表情な彼女の顔も僅かながら興奮してるような変化が見られた。
多分他人が見てもわからないが、そこは長い付き合いの私だからこそだろう。
胸いっぱいに本を抱えた彼女と乗り込んだ帰りのバスは流石田舎行きのバスだけあって中はスッカラカンだった。