女性が立ち止まると固い靴音が消え、辺りが急に静まり返った。人気のない郊外だ。  
周囲は民家の石塀に囲まれ、植木の葉が時々風に鳴る。昨夜までの豪雨のせいか空気が重い。東京には珍しい土の地面の感触が、足の裏に悪くない。  
建ち並ぶ民家の中で、一つだけ大きな建物。大金持ちの屋敷にあるような立派な門は崩れかかっているように見える。木の割れ目から生えている蔦や草が、夜になったら妖怪になって襲ってきそうだ。  
看板が立っているが、何年前に書かれたか分からない行書体はごちゃごちゃしていてうまく読めない。定期的に磨かれているようではあるのだが……  
この門をくぐってしまって良いものかどうか、ここに来て大いに迷っている。  
自分は整体の診療所に来たはずなのだ。友人に聞いた住所ともらった地図を便りに歩いてきたが、どうも違う気がする。第一、ここが診療所であるという目印がない。  
友人の紹介とは言え、ここは考え直した方がよくないだろうか。  
しかし彼女に「建物が怖いから逃げて来ちゃった」とも言いづらいし、先方にも電話で予約してしまっている。  
頭を抱える。眼鏡がずれる。直す。溜め息。改めて、門を見上げる。  
「なんか、一度入ったら屈強な先生に無理やり入門させられて高額な月謝をカラダで払わされたりとか……」  
「そんなことはしませんよ?」  
「!」  
いつの間にか真後ろに、白衣姿の女性がくっついていた。がしっ、と手首を取られる。恐ろしい建物へ引きずられる。  
「驚きました? 驚きましたね? 可愛いっ! なんてキュートなハテナ顔! さあっ、その驚いた流れでレッツ診察!」  
「え、いや、あの」  
手が離される。息が上がる。今まで呼吸が止まっていたことに気付く。  
「? 小柳優実さんですよね? お電話いただいた」  
「え、あ、そうなんですけど」  
「じゃあ、なんで拒否するんですか? 私じゃ不満なんですか?」  
「……え?」  
「私が小柳さんの主治医? を務めさせていただきます、桜井明です。ドクターって呼んでもいいんですよ」  
「あ、それなら」  
緊張が和らぐ。とりあえず、屈強な先生ではないらしい。  
「でしょう? レッツ診察ー!」  
優実は連行されながら、少し思った。  
(もしかしたら私は今、騙されているのかもしれない)  
が、  
「診察診察ー、うぅーっ、Yes!」  
と盛り上がる明に水をさす勇気が出せず、結局ついていってしまうのであった。  
 
門の中に二つあった内、小さい方の建物に引きずり込まれた。手を引かれて歩いていたはずなのだが、何しろドクターは歩くのが速い。  
病院の診察室のような部屋で優実は、肩凝りと頭痛がひどく、疲れやすくなっていて腹具合まで良くない件について話し終えた。  
「……と。問診は以上ですが、逆に小柳さんから何か質問等ありますか?」  
「そこの凶器は何ですか?」  
「居合刀ですよー。私、本業は武道家なものですから。あちらの大きな建物は道場ですし」  
「はぁ、道理で手をしっかり握られる」  
「あははは、ラブですよ小柳さん。ビジネス的な面を抜きにしても、可愛らしい女の子は愛しますから」  
「可愛らしい事ないですよぉ」  
「そうですね。中の下って感じです」  
「え……」  
完全に予想外な言葉が飛んで来て、優実は固まってしまった。と、肩をばんばん叩かれる。全く邪気のない笑顔。顔全体が輝いた感じの、回りの人まで幸せにする笑顔だ。  
「嘘ですよぉ、ごめんなさいね? でも、小柳さんのそんな態度もチャーミングっ! どMっ!」  
「え、いや、わたしなんか……どえむ?」  
「じゃ、服脱いでベッドに寝てくださいな」  
「……え?」  
「え、て。整体するんですよね?」  
「あ、そっか」  
「全裸っ、全裸っ」  
「あの……」  
「あ、どうぞ気にせずー」  
優実は、途中で止めてくれないかなーとか思いつつ服を脱いでいく。上半身を脱ぎきったところで  
「あらぁ」  
目を輝かせる整体師  
「あ、すいません」  
とりあえず謝ってしまう。  
「いえいえー、きれいなお肌だなあと。乗り心地抜群ですねっ!」  
「のり……?」  
「さあさあ、下もっ! 一気にっ! 恥じらいながらっ!」  
スカートのホックがなかなか外れない。指が震えているのだ。焦ってもかちゃかちゃ鳴るばかりで、脱げない事が逆に恥ずかしい……  
「先生?」  
「何か?」  
「どうして全裸なんですか?」  
先ほどまで身を隠していた白衣は、ベッドの脇のカゴに丁寧に畳まれている。  
「男の人とかには、こんなサービスしませんよ?」  
「当たり前ですよっ!」  
「ねー、汚らわしい」  
「えと、脱げました……」  
 
自分だけ着ているのが申し訳ないような気になって、いつの間にか生まれたままの姿になっていた。  
「……わんだほー」  
「や、そんな見ないでくださいっ」  
「いーやっ、じろじろ見ます。うー、この脚線美っ! 更にお尻のライン! こんなにいやらしい肉体は、写真にしたいくらいですねっ!」  
「それはちょっと……」  
「ちなみに男の人はいちいち脱がせません」  
「えっ、じゃあ私も」  
「こらーっ!」  
まだ温かい下着にかけようとした手がつかまえられる。そのままからだがふっと浮き上がり、ベッドに仰向けにされる。  
「武道家で良かったっ!」  
「いや、それは……」  
「わたし、実力で奪った方が燃えるんです!」  
「奪う……?」  
「まあまあ、脚を伸ばしなさい」  
「……はい」  
伸ばす。変態が足下に正座する。足首を、爪先が外を向くように倒す。  
「体の反射を見てるんですよー。右の反射が弱いと主に呼吸器、左の反射が弱いと消化器が弱いんです」  
「はあ」  
腿に乗り、腰の辺りを両側から軽く押される。自分の肌が、先生の下半身に吸い付く。  
(乾いてる……)  
優実はおかしな考えを、唇を噛んで打ち消す。湿っていてどうする。初対面の人を変質者に決め付けるのか。いけない頭だ。  
「人間の体は、気をつけて生活しないとどんどんバランス悪くなっていくんですよー。骨盤も背骨も首の骨も斜めになって、いろんなとこに負担が掛かります」  
「はい」  
今度は腰に乗り、首の付け根をまさぐってくる。仰向けに寝ている優実の正面には、切り揃えられた直毛がある。あの奥には、自分と同じのが開いているんだ……  
優実は舌を軽く噛み、自分を戒めた。  
「肩凝りや腰痛はもちろん、バランスが悪いと風邪を引きやすくなり、偏頭痛も引き起こします」  
「はい」  
左の膝が曲げられた。そのまま胴にくっつけられる。そしてその左脚が臍に向けて押し込まれる。  
「私たち整体師は、そのバランスを矯正するのです」  
そうすると先生のところからは優実の秘密の部分が丸見えに  
「痛い痛い痛い! 先生無理ドクター! ドクタアーっ!」  
押し込んだ後は水平な円を描くようにして元の位置に戻る。そしてまた臍に向かって  
「ひぎゃーっ! 先生痛い痛いほんとに! 許して! 痛いって!」  
「可愛いっ! 小柳さんはわたしだけのオンリーワンですねっ!」  
「ふぅ…………あーっ、痛いー! てっ、手加減してくださいせめて! わーっ!」  
 
数十分後か数秒後かはよく分からないが、優実は悲鳴を押し殺す作業に疲れきっていた。  
脚が解放される。  
「はあっ、はあっ……お、終わりですか?」  
「ここは終わりですが、もう少し骨盤を調整しておきますね」  
「えっ……まだ、痛いことするんですか?」  
「いやいや、今度は痛いことないですよー。むしろ……ふふっ」  
いけない気配に慌てて足を閉じようとするが、武道家の素早さにはかなわない。あっさり股を割られてしまう。大事な所に鼻息がかかる。  
「何を」  
「小柳さんったら、整体されてただけなのに、ぬれぬれっ! 痛いのがお好きなんでしょうこのメス犬っ!」  
「そんなこと……」  
「ありますっ! じゃあこのあふれんばかりの蜜はなんですかっ!」  
優実の入口が足の人差し指でぴちゅ、と鳴らされる。体が一瞬硬直する。  
「つまり、小柳さんは最初から期待していたんですよっ!」  
「あんな風にされたら、誰だって考えちゃう……」  
足を体の中心に押し込まれていると、下半身が内側でほぐされて、変に温まってしまった。  
「そんな時っ! 私はお仕置をするのです!」  
桜井は立上がり、ベッドの下からタオルを取り出す。柔らかい布が下腹部にかけられる。  
「……見ないんですか?」  
「あーっ! とうとう我慢し切れなくて誘いましたねっ? こぉの淫乱っ!」  
「先生が、見たいんじゃないかなって」  
「何をっ?」  
優実は、頬が熱くなるのを感じた。いつの間にか、先生に命令されたくなっている。彼女の望む自分を作りたくなっている。こんなことを言わされるのは恥ずかしいが、その恥ずかしさが気持ちいい。  
「わたしの、いやらしい……ところっ」  
「あら、お気遣いありがとうございます。でも、そんなところ直接触るのは嫌です。はしたない患者さんは、こうして踏むんですよー」  
タオル越しに足の裏が押し当てられる。親指の付け根が、測ったように優実の神経が体中で一番密集している粒を捕らえる。  
「じゃあ、いきますよー」  
「えっ、この体勢から何を……」  
「えいっ」  
「あっ」  
足の指が大切な芯をゆるく包み込み、優しくふるふると転がす。  
「あぅ……んっ」  
「電気あんまですよー。あんまと整体は全然違ったものですが……子供の頃やったことありません?」  
 
やられたことしかない。兄と喧嘩すると最後にはいつもぐりぐりされて、言うことを聞かされていた。特に喧嘩していなくても機会を見て散々股間を震わされたものだ。  
生まれて初めての絶頂は、こたつの中で兄の足に迎えさせられた。こたつの向かい側から足先でまさぐってきて、一緒にくつろいでいた父に恥ずかしくて我慢していた。  
その父がトイレに立った瞬間、文句を言う暇も与えられずに物凄い振動で「初めて」を味わわされた。イッた後も父が戻るまで容赦なく続けられた。  
兄はその後父に呼ばれて、それ以来電気あんまはしてもらえなくなった。  
 
「小柳さんっ、うっとりしてますねっ! ああ、何てドリーミィ!」  
「あっ、それいじっちゃ……」  
ごわごわしたタオル地が足の指でこすりつけられる。大切な男の人のための宝石がもてあそばれる。  
「気持ちいいでしょう? 女の人は、ここを濡らしていじったら大概おとなしくなりますねっ」  
「先生ぇ」  
「緊張しなくていいんですよ。痛いことはしませんからっ!」  
足の裏全体で秘部を上下にさすられる。ゆっくり、丁寧に。足の裏と優実がタオルの両面から張り付いて、毛羽立った布地が熱くなった柔肉をこする。  
「小柳さんは、他の人にここをいじらせた経験は?」  
「初めてですぅ」  
「自分では?」  
「あの、ゆ、指だけです」  
「嘘」  
決め付けられて、足が止まる。  
 
「あ……はっ」  
頭が少しだけ冷え、桜井の顔を見直す。怒っているようだ。  
「小柳さん。私は、あなたに対して何もかも正直に話しています。えっちなことも恥ずかしいことも、あなたを愛しく思う気持ちも。かなり勇気がいることなんですよ。あなたはその信頼を裏切りますか?」  
「え、あの……脱水中の洗濯機に抱き付いたり、マッサージ機を当てたり……」  
「変態」  
「せ、先生が言えって言ったんですよぉ」  
「褒め言葉ですっ! 」  
「あぁあーっ! 」  
足首が思い切り引き寄せられ、股間に食い込んだ足の裏が強烈に震える。  
「ほぉらほらっ、頭の中までバイブレーションっ!」  
「あっ、せんせ、すごいぃぃ!」  
寝かされている自分と、座っている女。喘がされる自分を完全に見下している。  
「あはははっ、あーっはっはっはっ!」  
「あっあっあっ」  
「いい声ですよぉ、もっともっとっ!」  
「んっ、あーっ! あぁーっ!」  
「タオルがもうびしゃびしゃですよっ! これ、わたしの宝物にしますっ!」  
「ああっ、らめえ」  
「まだ抵抗するんですかっ? じゃあ、こうだーっ!」  
足の裏が一瞬離れ、踵が食い込んで来る。踏みつぶされそうな衝撃が気持ち良すぎる。  
「今、「もうイッちゃう!」って思ったでしょう?」  
「……」  
揺れる視界の中に女の顔らしいものを捕らえ、うなずく。  
「はしたないっ! わたしがいいって言うまで我慢しなさいっ!」  
「ふぇっ」  
漏れた声と一緒にはじけてしまいそうになるが、もう一歩のところで押さえる。意識を外にやって、気持ち良くならないように。  
「ふぅ、う……?」  
足が止まる。これで終わりなんだろうか? 我慢して、お腹の中にもやもやが充満したまま解放されてしまうのだろうか。  
 
優実は抗議しようと思ったが、自分が何を言いたいのか分からない。  
「あら、小柳さん。腰がもぞもぞしていますよ」  
「えっ……だって、急にやめるから…………」  
足首が動く。指の腹がそこにくっつき、優実の粘膜をソフトタッチで犯す。  
「もっとしてほしいんですか? どうなるまで? そのキュートなマウスでいっちゃいなさいよ」  
「そ、それは……」  
言いよどむ間にも足指はタオルの上をはい回り、優実の体の熱を保つ。  
自分の秘園を蹂躙している、甲の薄い綺麗な足。きゅっと引き締まった足首に、芸術的なラインを描く脚線。筋肉質で少し固そうな太腿。そしてその根元で濡れ光る、黒い縮れ毛……  
「そんなにじっと見ても、動きは変わりませんよ」  
意地悪く笑う口元は、心から楽しそうだった。喋るたびに口の中で動く舌がいやらしい。  
「ほぉらほぉら、どうしたの? どうしてほしいの?」  
「わたし」  
優実の大切な粒がほんの少し強く擦られると、優実の喉から欲望が押し出される。  
「先生の足で真っ白になりたい、です」  
押し当てられた足は体の外でいじめてきているのに、優実の大事な穴が足の指をしゃぶろうと涎を垂らしてきゅうきゅう窄まる。  
「小柳さん、人にここいじっても  
 
「あんっ、あっ、あぁっ、ああー!」  
自分の下半身が立てるぶちゅぶちゅという淫やらしい音が余計に興奮を促す。足が完全に伸ばされて、体が宙に浮いた感じになる。  
「せっ、先生、わぁし、らめっ、あっあっあっ」  
「いいですよ、遠慮せず快楽に身を任せてください!」  
「あっ、んー!」  
優実は、足首を起点に体中を支配されながら果てた。  
 
「どうです? 体の調子はっ」  
「あぁ……何か軽いかもしれません」  
一息ついてお茶を出されながら、優実は上の空で答えた。体はまだベッドから起き上がれないが。  
「小柳さんの場合は、バランスが崩れた上に性的に欲求不満で体が固くなっていたのですっ!」  
「はぁ……」  
自称整体師は、額に汗を浮かべながらも生き生きと話している。  
笑顔を眺めていると、吸い込まれそうだ。  
「あの……」  
「なんでしょうっ!」  
顔が目の前に来る。あんなにいやらしいことをして来たのに、何故か完全に無垢な表情だ。  
「あの、先生が嫌じゃなかったら……キスを」  
生暖かく湿ったもので口がふさがれた。先生の顔が近すぎてよく分からない。目を閉じた。下唇が挟まれ、吸われる。体温と、柔らかさを感じる。ほのかに緑茶の味がする。  
「優実さん」  
下の名前で呼ばれた。  
「私にも、してください」  
あっ、とついばみ返そうとするが、桜井の顔はもうそこにはない。何故かベッドの上で両脚を開いて座っている。  
「してくださいって、そっちですか?」  
「いいじゃないですかっ! 優実さんのせいでムラムラしたんだからっ! あ、電気あんま苦手なら指でも舌でも何でもいいから発散させろ!」  
「うわ……」  
「もう抑えが利かないんです! 早くしないと、そこの居合刀で斬りま、すっ?」  
「わぁ、ぐちょぐちょ」  
白衣の中に脚を差し込んだ優実がつぶやく。まだ服は着ていない。  
「がんがんいきます」  
「もちろん、レッツカモンあぁーっ!」  
 
そして二人とも動けなくなるまで、性戯の応酬は続いた。  
 
「あ、あの、それで次回の予約は……」  
「この淫乱っ!」  
「いや、あの、整体の……」  
「そんなこと言いながら正直、エッチなこともしたいなぁって期待してるんでしょうっ!」  
「……はい」  
「うふふふ。次回は明日の……」  
「明日っ?」  
 
終  
 

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