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 脱衣所のガラス越し、裸の白い背中と長い黒髪が見えた瞬間巧の胸は熱くなった。  
 いつのまにか巧の心をかき乱すようになった都。  
 自分がいることに、すでに姉は気付いているだろう。この10分ほどの時間に何を考  
え、感じていたのだろうか。その懐に入れてもらうために、問わなければならない。  
「姉ちゃん、入っていい?」  
 返事がないので、とりあえずYESだ。巧は着直したばかりの服を無造作に脱いでい  
く。その時に巧は奇妙な、新鮮な緊張感を感じていた。  
 それは一瞬だけ過去の自分達に戻ったような懐かしさだった。  
 そして、入っていけば姉は暴れて、自分は叩き出されるんじゃないかというナンセン  
スな期待。全く現実味がなかった。姉は拒まない。巧が本当に望んでいることを要求す  
る限り、都は巧を無条件に受け入れるのだから。  
 興味本意で、傍目にも美しく成長していく姉の裸を見てみたいと思っていたのはつい  
この間のことだ。姉が、どんな胸やお尻をしているのか。そこにあったのは単純で罪の  
ないスケベ心だけだった。  
 それを思うときに感じる限りない切なさは、喪失感ではなかったか。  
 姉が姉であったもうひとつの未来は永遠に失われ、その頃の、元の姉には二度と会え  
ない。巧の思い込みが作った幻影だったとはいえ、それを失った事が姉に対する恋心の  
きっかけでもあったのだと思う。  
 どこからが越えてはいけない境界だったのか、今も巧はわからないでいる。  
(姉ちゃんが望んでいるからだ)  
 それは決して免罪符にはならない。けれど、現実に巧の背中を押してしまったのは、  
そのたったひとつの事実だ。  
 今思っても決して悪い気分ではなかった。  
 環と都双方に対して感じるうしろめたさはまだ消えないけれど、それも幻想に過ぎな  
いことを巧はすでに知っていた。いつかは消える幻に振り回されることはない。  
 そして初めて同じ日に二人を抱く。これに興奮しない巧ではない。  
 その高揚感が巧の中の葛藤に最後のケリをつけつつあり、それに気付いたとき巧は思  
い至る。最後に人を救うのは欲望なんじゃないのだろうか。  
 たぶんそうなのだ。  
 感情の行き着く所が姉の身体であってもなんの問題もない。  
 だから胸の高鳴りが止まらない。  
 アコーディオンドアをゆっくりと開く巧に背を向けたまま、都の上気した肌は誘って  
いる。逆らう理由はない。お湯を浴びるより先に後ろから姉の首に両手を回し、髪の下、  
うなじに唇をもぐり込ませる。  
「あっ……」  
 都が身体をすくませて悩ましく声で応えると、それだけで巧は痺れていた。  
 飾って気を遣った言葉を聞くよりも、その声が嬉しい。これは自分だけのものだ。  
 巧がバスタブに足をかけると、都はすぐに身体を起こして胸を合わせて抱き締めてく  
る。二人でバランスを崩してもつれ合っているだけで絶え間ない肌の感触が快感になっ  
てかけ巡った。きつく抱き合って唇が唇に触れた時には、巧も深い湯の中に身体を沈め  
ていた。  
   
 §  
   
 一方の都は、巧が散々悩んでいるのが馬鹿に見えるくらいに穏やかな10分間を楽し  
んでいた。状況的に、待っていれば必ず巧は来てくれると信じて疑わない。  
 髪や身体を洗うのに今ほど目的意識を持ってやることなんて前は考えもしなかったし、  
今そうしていることが夢のようだった。  
 巧が入ってくると、いきなり身体のスイッチを強にしたような熱情が胸を焼いた。  
 巧が直接的に求めてきたことで、都もすぐに堆積していた想いを燃やし始める。  
 唇よりも舌が欲しい。唾液や汗で文字通り混ざり合う。  
(環の匂いがする)  
 鼻をくすぐられ、一瞬だけ意識してすぐにしまい込んだ。  
 そして都はついさっきまで環を抱いていた巧の身体を、迷うことなく受け入れていく。  
狂おしく引き寄せて自分の身体と擦りあわせるだけでいいのだ。内側から噴き上がった  
熱は瞬く間に全身を震わせる。抑えきれない震えをもてあまし、もどかしさが都に大胆  
な身体の動きをさせていた。  
 
 逃げ出したくなるような恥ずかしさを感じながらも、都は股間を巧のおなかの上に擦  
りつけていく。恥ずかしさは無心で巧の唇を貪っていると忘れることができた。より強  
く擦りつけたくて、両足を回して巧の胴をくい締める。激しい刺激が下半身を巡り、水  
音をたてて何度も身体をくねらせる。  
 そうする一方で巧の両手が背中を這い回り、お尻を強く揉みあげられながらその動き  
に酔う。愛する者の欲望を知る幸福と、受け入れる幸福。  
 巧の首に巻きつけた手を肩・背中と滑らせ、感触の固さに気付いた。  
 三月に最後に抱かれた時よりも、巧の身体に筋肉がついている気がして、都はダイレ  
クトな連想に身悶えた。すでにたまらない感覚に満たされた身体を、さらに埋め尽くさ  
れたいと願う。  
 貪る唇の動きを緩めて目を開けると、変化に気付いた巧も薄く目を開き、邪魔なとこ  
ろに張りついた髪を除きながら(どうしたの?)とついばんでくる。  
 都は泣きそうになって、胸と股間を巧に押しつける。  
 かつてない高ぶりを感じていた。時間を置いたことでこうまで刺激に敏感になってい  
る今なら、巧の気にしている最後の欲求を満たしてあげられるかもしれないと思う。  
   
 都は、ほとんどイッたことがない。  
 元々あまり抱かれていない。家族で暮らしていたのだから、そう簡単には二人きりに  
なれなかった。貴重な機会はことごとく無駄なく活用してきたが、そんなことはあまり  
多くはなかった。  
 触れ合っているだけでも100%幸福な都にはどうでもいいことだったが、巧が気に  
しているようなので逆に気になって、表情に出してしまうようなミスも犯していた。  
 初めの頃の熱病のようなあれはなんだったのか。  
 安定したその後と何が違っていたのだろうか。  
 都にはひとつ気付いたことがあった。  
 自分達の関係は巧の優しさの上に成り立っている。巧がそれを逆に捉えているのでは  
ないかという事。極端に言ってしまえば二人も抱ける男の義務として、行為の最中自分  
より相手の事を考えすぎているのではないだろうか。  
 都はそれが少し寂しい。自分も巧の事を考えているから、巧には好き勝手に振舞って  
欲しいのだ。『交歓』と言うぐらいだから、相手をないがしろにしていいわけではない。  
だが都は巧の、弟の剥き出しの欲望を浴びたかったのだ。  
 そして今、それを伝える決心をした。  
 言葉の選び方の拙さにはいつも情けない思いをしてきたが、言ってしまおうと――  
「何が怖いの? どうしてもっと好き放題に犯してくれないの?」  
 言った瞬間に頭が真っ白になる。  
 のぼせかけの顔がさらに熱くなった気がして、朦朧としてくる。  
「私、魅力足りないの?」  
 言葉を繋いでおそるおそる巧の顔を覗き込む。巧の目が、試合のときのように熱を帯  
びる。手ごたえは大きかった。  
「ほんとにしたい事ばっかり、いっぱいして欲しいの。巧に……勝手に気持ちよくなっ  
て欲しいの。そういう巧が見たいの。私――」  
 繋げば繋ぐほど、崩れていく。思い出したように切なさが突き上げてきて、邪魔をす  
る。だけど最後に、都は言いたかったことを見つけたのだった。  
「私、完全に巧のものになりたいの……」  
   
 巧が動いた。  
 急に強く抱き寄せられ、都は巧の肩の上で息をついた。巧の入れた力は弱まらず、完  
全に抱きすくめられる。姿勢が変化したことで、お尻の間を擦って張りついた熱い物が  
あった。  
(あ……)  
 記憶の中の巧の物は生々しい感触へと取って変わり、突き上げるような力強い圧迫感  
に、身体の内側がひどく濡れていくのを感じる。  
(環の中に入ってた……)  
 ぼんやりとそんなことを思いながら都はそこに手を伸ばしていた。限りなく熱く硬い  
ものがお尻の谷間にちょうどすっぽりはさまっていて、微かに脈打っているのが感触で  
わかった。  
「姉……ちゃん」  
 喘ぐような巧の声に我を忘れそうになる。背中を反らせてもっと下から触れようとす  
ると、腰が前にぬるりと滑って都は後ろに倒れそうになった。それを巧が引き戻す。そ  
んな時だった。割れ目に沿って導かれるように、巧のそれが角度よく都の膣口を捉え、  
都の体重を力にして時ならぬ挿入をしてしまったのだ。  
 突然の強い快感に息がつまり声が出ないまま都は、押し開かれていく甘美な感覚と懸  
命に戦い、耐えて、かろうじて結合から逃れた。その時の思いと行動は巧も同じだった  
に違いない。  
 一瞬の事だったが、『あってはならない事』から少しでも遠ざからなければならなか  
った。都には用意がある。  
「外のカゴにあるから、巧、お願い……」  
 その時理性が残っていたことに後でどれほどほっとすることだろう。  
 それでも熱に浮かされたままの二人は、欲望の海の中にいた。外のカゴと聞いて巧が  
微妙な表情をするのに都は少しだけ首をかしげ、がさがさと音を立てた巧がすぐに戻っ  
てくるまで、頭を空にして待つ。  
 前振りもなにも要らなかった。  
 ゴムの皮膜に覆われていても巧のものはなんら魅力を失わない。  
「後ろ」  
 巧の言葉に敏感に反応し、向きを変える途中からもう巧に腰を抱えられていた。  
 暴力的ではない、安定させる力強さで固定されていく。  
 胸元を支えられてから背中を押され、都はバスタブに上半身を委せる。とその瞬間に  
は腰を引き寄せられ、同時に確実な動きで巧のものが押し入ってくるのを全身で感じた。  
 それは、まさに広げるという感じで押し広げてきた。  
 苦痛を感じる一歩手前の見事なまでの充実感。自分の内側に隙間がなくなってしまう。  
 そして深かった。  
 そんな刺激も、まだ都に快楽と呼べるほどの快楽をもたらしていない。  
 それでも都はその入っている感触を味わうのがとても好きなのだ。巧が入ってきて、  
動いて気持ちよくなってくれるのがとても不思議で、愛しい。それが変わってしまうの  
なら少し惜しいという気もしたが、手に入れたい物の大きさと比べられるものではなか  
った。それに、なにかおかしい感じが身体の奥にあった。  
 やっぱりなにか、違う気がする。  
 胸騒ぎのような奇妙な動悸を覚え、さらに微かではあるけれど奥のほうで重く響くも  
のがある。少し怖いものの、もう巧に任せてしまった。  
「姉ちゃん……気持ちよすぎるから、いくよ」  
「うん……」  
 覆い被さってくる巧を背中で熱く受け止めた。脇から入れた手で丁寧に胸を揉まれて、  
期待通りの感覚にすぐにたまらなくなる。うなじをゆるく吸われ、そのまま上体を持ち  
上げられた。  
 つながったまま立ち上がり巧に任せていると、壁に押しつけられ、巧の身体とで挟ま  
れて息をついた。さすがに奥までつながった形で立って動くのは息苦しいかもしれない。  
 都の奥の奥までぴったり収まったそれがゆっくりと動き始めていた。  
「え……ん……んっ……あ……?」  
 いつもの気持ちよさと明らかに違う熱い感覚が染み出してきていた。  
 巧のものは滞りなく一番奥から入り口まで確実に往復を続けている。貫かれている場  
所が、むず痒いようなもどかしさに襲われ、やがていつもの感覚となって、別の感覚だ  
ったものと混ざり始める。  
 都は戸惑った。背中を責められてイッた時や、肉芽を舌で責められた時とまるで違う  
のに大きな波のようなものが近づいていた。  
 恐れと期待が相半ばして、巧の出入りに対する反応を不安定なものにしていた。  
 どうしようもなく呼吸が乱れる。  
「巧……、いいの、すごくいいの」  
 思いもかけないことを口走ってしまう。  
「続けて、もっと、このまま――」  
 それから後は言葉にならなかった。ハアハアと吐く息だけが壁に吸い込まれ、巧に突  
き上げられる度、じんじんと衝撃がそこに響くようになっていく。  
 こんなことがあるのかと思ったその時、意識がふわりと揺らいだ。足が滑って身体が  
傾く。巧が異変に気付き、慌ててマットの上に横にしてくれるのをかろうじて知覚して  
いた。  
「姉ちゃん! 大丈夫、姉ちゃん……?」  
 事情の解らない巧にはどうすることもできないはずだった。両手に抱え込むようにし  
ながら身体のそこかしこに気を遣ってくれているのがわかり、本当にその得難さに心の  
奥が痛む。  
 でも本当はもう少しだったんだよと優しく弟を見上げる。  
 あまりに急な感覚だったために、軽い貧血のような状態になったのかもしれない。と  
にかく大丈夫だと巧に伝えて、  
「すごくね、…………近くまでいったの」  
「近く? 何の話?」  
 疑問を口にしてから巧は気付いたようだった。  
「そっか」  
 優しく微笑む巧の唇が近づいてきた所で、自分から首を上げてそれを吸った。両手で  
愛しい弟の身体を引き寄せながら、促していく。巧のものがそびえ立ったままなのに気  
付く。  
「今すぐ続けて?」  
「平気なの?」  
「……お願い、口を塞いで……」  
 勃ったままの巧のものを少しだけ咎めたい都だったが、『大事件』を前にして、それ  
は本当に些細な問題だと思った。  
 巧がまた雄々しくも突き入ってくるのを感じながら、都は確信した。今度は正面から  
都を抱く巧が奥底に到達して突き上げきったとき、都の両脚は大きく跳ね上げられて身  
体はきつく折り曲げられていた。それでも、都の身体を覆っているのはめくるめくよう  
な深い快楽の渦の、その始まりだった。  
   
 §  
   
 巧は、姉の身体の意外な柔らかさに初めて気付いていた。  
 深く膣内を抉りながらその両脚を肩に担いで、そのまま唇を吸って舌と唾液を貪る。  
その姿勢は結合した巧のものにも強い刺激を与えていた。きつく締め上げてくる肉壁の  
絶妙なうねりが出し入れのたびに変化し、何ともいえない快感を与えてくる。  
「んっ……ふっ、んっ、ふっ……」  
 姿勢のきつさから、巧の突き上げのたびに都の口から息が抜ける。それでも巧は腰の  
運動と舌を休めない。  
 巧も気付いていた。  
 姉の感じ方は本当に違っていた。ならばもっとその時にふさわしい格好にしてやりた  
いと、巧は肩から脚を下ろし、自分の腰に絡めてやった。待っていたかのように、楽に  
なった都の両手は巻きついてくる。  
 都が口を合わせていられなくなって首を振り乱し、激しい息を吐き始めると、巧はも  
う本物だと悟った。  
 一突きごとにあごを上げ、熱い吐息を吐いている。  
 上体をかみ合わせると、形のよいままに柔らかくたわむ乳房の感触。  
 鳴くような喘ぎ声がバスルームに反響する。  
 そしてやがて都のものは激しく収縮し、巧を追い上げていく。  
 やってきた瞬間は、都の方が先だった。  
「あ、あ、あ、あ、ああ、あ、ああああ、あ……」  
 小刻みに震えるように声を上げているうちに、「だ、だめ、だめっ! 巧っ、だめ、  
あ! んあ、あっ、だめっ! ……だめ、ああああああっ!!」  
 これ以上なくぎゅっと巧を締め上げると、両手両脚をそのままの姿勢で硬直させ、強  
く、強く巧の身体を抑え込んだ。都は身体中をかけ巡る本物の絶頂に跳ね上げられ、そ  
のまま声も出せずに快楽の渦の中心に沈んでいく。  
 その締め上げが巧にも最後をもたらした。姉のかつてない痴態に刺激され、その身体  
からも素晴らしい感触を与えられ、巧は突き上げ抜いた。そのまま激しく吹き上げてい  
った。  
   
 姉の身体から受ける刺激で少しずつ波を引かせながら余韻を楽しんでいく。  
 都もまたゆっくりと身体をくねらせている。どんな感覚を味わっているのかは伺い知  
れない。  
「巧……」  
 かろうじて語りかけてくる都から抜き取った後で、隣で横になってから応える。  
「姉ちゃん、今なに考えてる」  
「巧のひとでなし」  
 姉は泣いていた。子供の頃のように、声を洩らしながら。美しい肉体の内側で姉が何  
を思って泣くのか、巧には聞くことができない。  
(ひとでなし、か)  
 腕の中で小さく肩を丸め、震えている都。衝動的にその姿を掻き抱き、巧はさまざま  
な感慨で胸をいっぱいにした。  
「なんでよ?」とかろうじて応える。  
 何も答えず、都は巧の胸に擦りつけるように顔を隠した。  
「……ずっとこんなふうになっちゃうの?」  
「そんなに違った?」  
 巧が悪戯っぽく聞くその手のことには、当然ながら都は「知らない」とへそを曲げる。  
それに対し、「いや、そんなはずは」と巧は懲りない。  
「巧」  
「ごめん、無理には聞かないから」  
 咎められたように聞こえて巧が謝ってみると、都は意外な要求を出した。  
「巧……私、やっぱり布団でしたい」  
 それは今すぐという事なのかと問うと、ちょっと考えてから「うん」と笑う。  
(余計なこと言っちゃった)  
 巧はため息をつきながら姉の身体を起こしてやる。そうしてそれが少しも余計なこと  
ではないのを自身の反応で示してしまうのだ。  
   
 

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