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 都が買っていたスキンまでがユニオンジャックだったので、さすがに巧は突っ伏して  
しまった。だが、そこから巧はヤったのだった。  
 全国大会で優勝したってこんなに嬉しいことはない。人生の半分は勝った。どこに出  
しても恥ずかしくない程舞い上がった巧はさらに、都のベッドで思う存分続きを楽しん  
で、なんとか自分がダウンする前に都をダウンさせることにも成功した。  
 消費数が少ない場合クレーム必至なのでがんばってスキン使用に努めた巧だったが、  
半泣きでのたうちまわっていた姉に突然反撃される。一回口で吸い取られてしまい、痛  
恨の一敗を喫した。ただし、その時都が不満顔で「量が少ない」と言ったせいで巧はも  
う一回復活。これによって残り個数が、環11・予備12(未開封)・都8となる。  
 『極楽』とおでこにマジックで書きたくなるような安らかな顔で眠る姉の顔をしばら  
く眺め、巧はしばし考える。  
(自分で買ったやつは隠してしまおう。うん)と内側に挟んでシュラフを丸めると、厳  
重に括って部屋の隅においやる。  
(後で捨てよう)  
 都の部屋をそっと抜け出すと、『起きたらすぐ起こして』とメモを書いて巧は環のベ  
ッドにもぐり込んだ。  
(姉ちゃんの体力では朝起きてはこれまい。悪いけど、環さんと話したい)  
 その願い事はかろうじて神様の聞くところとなって、巧は朝の時間を環と結構ゆっく  
り過ごすことができた。  
「んー、いいい寝起きでした。ありがと」  
 こそばゆい笑顔で起こしてくれた環は、言葉通りすっきりした顔をしている。  
 毎朝そんな挨拶をされても困るが、とりあえず誇らしい。  
 対する巧は少し身体が重い。  
 珍しくというより初めて朝食をつくってくれるという環の目を盗んでシュラフを広げ  
ると、未開封のアレがどこにも見あたらない。  
 まさかと思いながら環と都の分を見に行くと、どちらも異常に箱が膨らんでいる。つ  
まみ食いをした子供がほっぺたを膨らませたまま「知らないよ?」と言っているような  
光景だ。  
(いくらなんでも不自然だろ、これは)  
 だが元に戻せば角が立つ気がする。  
(ひでー。……はるか、お兄ちゃんは東京で殉職します)  
 巧は腹いせ気味に調理中の環を襲った。  
「あははっ。あっ、……あん! ん……ん」  
 悪戯を見つかって笑ってから悩ましく声をひそめ、環はすぐに巧に応えた。  
 可愛らしいエプロンをわざわざつけてくれている環を、せっかくだから脱がさずにベ  
ッドに連れ込む。下半身だけを太陽の光の下に晒した環は、見ているだけで鼻血の出そ  
うな位エロチックで、元バスケ部の長くしなやかな脚を惜しみなく巧の下半身に絡ませ  
てくる。たっぷり休息を取った元気な環は、積極的に腰を使った。  
 巧は、耐え難いものが背中を這い上がってくるまで環の情熱にまかせっきりだったが、  
我慢できずに立場をひっくり返した。(昨日いったい何時までヤッてたんだっけ?)と  
一瞬心配になるほど巧も回復している。『セックスダイエット』などという馬鹿なコピ  
ーを思い出した。それ以前にやせる必要なんてあっただろうか。後が少しだけ怖い。  
   
 残数が環15・都14になったところで二人で朝食にした。  
 巧は真剣に食べる。  
(ちゃんと食べないと死んでしまう……)  
 巧がサッカー部のしごきに一番感謝しているのは今かもしれなかった。足腰の強さに  
はそれほど不安を感じない。  
(今のところは……)  
 ホウレンソウとベーコンのいため物、卵とじ。それとライ麦パンを二枚。ちょっと考  
えて、もう一枚。環も結構食べるのですっかり二人で食べ尽くした。  
 それからオレンジピコーをゆっくりと一杯。  
「都の食べる分がないなあ」  
 環が苦笑いすると、  
「大丈夫、昼まで起きられないようにしたから」  
「そうなのかぁ……えっへっへ、目が覚めたら覗こうと思ってたのに」  
 環はいやらしい笑い方をして、巧ににじり寄る。  
「いや……それはやめてください」  
 
 都は本当に起きてこなかった。  
 昼食の買い物を二人でして戻るとテーブルに一人、待っていた。  
「おなかすいた」  
 巧を見るなり、それだけ言って頬を膨らませている。とてつもなくかわいい。じっと  
見ているとだんだん顔を赤くしていくあたりとか。しつこく眺めていると、そのうちコ  
ルクボードのソーサーを投げつけられた。陶器を投げなくなっただけ随分巧は助かって  
いる。  
 環が買ってきたものをテーブルに並べてシンクを向くと、その隙に巧は都の唇を奪っ  
た。  
「おはよ」とにっこり笑いかけると、都は夢みたいな顔をしたかと思えば『おはよう』  
も『おかえり』も言わずに食べ物を要求した自分に気付き、また巧に八つ当たり攻撃。  
「ホコリが立つよ、お子様たち」  
 環が茶化すと、やっと静かになる。  
 思えば実家のときははるかがいて、どちらかといえば都陣営だった。この三人だと形  
勢は圧倒的に不利だ。都にしてみれば、馬鹿者が二人に増えたようなものだろう。  
 巧は、姉のために用意した秘密アイテムをカバンから取り出し、「プレゼント」と言  
って都に渡し、居候の挨拶に代えた。もちろん贈答用のラッピングを店でやってもらっ  
たものだ。  
「叩きたいときは大人の対応でそれ使ってください」  
 包みを開けて無言でしばらく見ている。  
 それから都は巧のろくでもない説明が終わらないうちに、手に入れたばかりのピコピ  
コハンマーで巧を連打した。ちょっとタイミングが悪かったかと思った瞬間にハンマー  
の柄が巧の顎にヒットする。都の目が狂犬のようだ。  
「ぐあ……、そういう使い方しちゃいけないって、お店のおじさんが……」  
 バランスを崩して椅子ごと後ろにひっくり返った巧に都が追い打ちをかける。  
 台所にピコピコという間の抜けた音がひっきりなしに響く。つまりその後はちゃんと  
正しい使い方をしている。  
「あっはっはっはっ…………!」  
 環は巧を助けようともせずに腹を抱えていた。この場合それが正しいバランスだ。  
 そして、巧が都を鎮めるために何を始めるかも環は察しているだろう。  
 にやにや笑いながら部屋へ追い払う仕草をしている。  
 しかし覗かれてはたまらない。巧はそういうのがかなり苦手だった。トイレでお尻を  
拭いているのを見られるのと、どっちが恥ずかしいだろうか。  
   
 §  
   
 三人での生活。  
 実の所巧の連休中の最大の目的は、その可能性を知ることだった。遠くない未来のシ  
ミュレーション。  
「そうだ、巧くん。こっちにいる間に一回髪切らせてね?」  
 環がそう言い残してアルバイトに出掛けていく。  
 『ガルテンサンク』というファミリーレストランが駅の反対側にあった。かき入れ時  
ということもあって、環はメインスタッフ扱いでシフトを組まれているらしい。なんと  
か連休後半の休みをもぎ取った代わりに、前半はほとんどフルタイム。  
 美容学校の方も普段は高校のときと変わらないくらい忙しいという話だから、休日に  
もカッティングの練習をしようという環の姿勢に、怠け者の巧は言葉がない。  
(散髪代が浮いた……ちゃんと切ってくれるかちょっぴり心配だけど)  
「姉ちゃん、どっか連れてってよ」  
 巧は最低限有意義な時間を過ごしたくて、姉をお出かけに誘う。  
 連休中レポートを一つ片づけるだけでいい都は、最適な案内役だった。まず巧が絶対  
行くと言い張ったのは、定番の目黒の寄生虫館と大手町の将門の首塚。  
「絶対嫌」  
「姉ちゃんに任すと普通のショッピングになるじゃん」  
「目黒はともかくあそこは絶対やばいんだから」  
 すでに大学で要らない知識を吸収しているらしい都は最後まで首を縦に振らず、妥協  
案として無難な名物街へ繰り出すことになった。  
 巧のお目当てはレストランなどで店頭に置いてある、蝋でできたあれだ。  
「くだらないことにお金使わないで」  
 都の視線が冷たい。  
「それはそうと、姉ちゃんなんかサークル入ってる?」  
「うん」  
「どんなの?」  
「秘密」  
「テニスサークルとか広告研究会とか、そういうんじゃないよね?」  
 巧も十分に要らない大学知識を持っている。  
 もちろんそれだけ、手の届かない場所にいる姉を心配しているのだ。  
「後で教えてあげる」  
 そう言って笑った都の涼しそうな顔は、とても印象に残るものだった。今まで見たこ  
とのない大人びた優しい笑顔。それをもたらしたのは?  
 巧はしばし、この一カ月のぽっかり穴の開いたような生活に引き戻される。しかしそ  
れも、珍しい地下鉄での移動や異常なまでの人間の海に驚かされているうちに意識の底  
に沈んでいく。  
   
「晩ご飯、ここで食べていかない?」  
 帰り道都が巧を誘った先は、大学のキャンパス内にある地下のラウンジだった。  
「おお……安い」  
 キャンパスの目抜き通りを半ばまで歩いて二人は、休日にも関わらず目に付く学生達  
に混じっていく。少し目立っているだろうか。  
「お、待鳥さん。ヤッホー」  
 いかにも都会的な初夏のファッションに身を包んだショートカットの女の子が都に声  
をかける。ラクロスかなにかの道具を肩にかけていた。  
「それって彼氏? 年下でしょ」  
 それってなんだと思いつつ、巧は肯定の意味も込めて「こんにちわー」と明るく挨拶  
した。都が少しだけ驚いた顔をしたが、それはすぐに微笑みに変わる。「またね」と離  
れてから、  
「あれは学科の友達」  
「今のはサークルの人」  
「……誰だっけ」  
 何人も声をかけられて、巧に対する説明はさまざまでも都は楽しそうだった。  
 
「意外とうまいし、量も多いし」  
 巧が合格点をつけていると、都はバッグから携帯を出してカメラを巧に向けた。都お  
気に入りのメタリックブラックの携帯は意外にも姉に似合っている。  
「?」  
「うちのサークルって部室がないからこの辺でいつも集まってるの。そこに座ってる巧  
を撮っとこうと思って」  
「ふーん……」  
 校門を出ると、駅はすぐ目の前にある。  
「便利なもんだな」  
 環の夜食をつくるのにスーパーに寄って部屋に戻ると、早くもすることがなくなった。  
 
   
 §  
   
 都がレポートに取り組んでいる間、巧は疲れて帰ってくる環のために考えてきた料理  
をつくっていた。  
 だが出来上がったものは、中華ドレッシングで炒めたエノキとか焼き肉のタレでつけ  
焼きした油揚げとか――ほとんど安物の酒のつまみのようだ。  
(しょうがないので無難にキムチチャーハン)  
 静かに夜が更けていく。夫の帰りを待つ妻のように台所で持て余していると、いつの  
まにか都が背後にいてつまみ食いをした。  
「あっ」  
「塩分の濃いものは没収」  
「ああっ……」  
 結局チャーハン以外全部取り上げられ、巧はまた退屈した。シュラフを広げて床に転  
がる。今は変な気分になりたくないのだ。  
「姉ちゃんはバイトしてないんだっけ?」  
「データ入力やってるけど……連休はお休みなの」  
「へー」  
 巧はごろごろと転がりながら視界の中で都をくるくる回す。  
 妹のはるかも父も帰って来ないこの『家』の解放感が少し怖い。だから無難なやり取  
りに終始している。  
「はるかから電話来ないなー……」  
「ちゃんと昨日の夜来たわよ」とちょっと咎めるような口調の都。  
「――なんて?」  
「『お兄ちゃんの馬鹿』」  
「なんて貧困なボキャブラリーだ」  
 台詞だけでなくおそらく口調もどんな顔をして喚いているかもカラーコピーのように  
同じに違いなかった。  
 都が神妙な顔で、「はるか、変わらない?」と微妙な聞き方をしたので、巧はむっく  
り起き上がって都の対面の椅子に座った。  
「寝袋から出て座ればいいでしょ……」  
「ちょっと寂しそうだけど、大丈夫。姉ちゃんがいないぶんも相手してやってるから」  
 都が考えるように手元を見る。  
「今日だってたぶん遊園地だし、もててるみたいだしな」  
「そういえばお父さんが、夏休みのアタマに旅行するって言ってるよね」  
「んー」  
 父がすると言ったらそうなることは決定している。特に文句もない。  
 と、気楽な話題に変わった時、ようやく環が帰ってきた。  
「たらいま……」  
 昨日よりさらに元気のない声だ。  
「余分な体力ナッシング……」  
 都の出したミネラルウォーターを一口飲み、お出迎えをした巧の肩をぽんぽんと叩く  
と、そのままの姿でベッドまでたどり着いて倒れた。  
 そのまま、寝てしまった。  
   
「うーん……キムチチャーハン」  
「相当忙しいのね」  
 
 不思議と二人とも淡々として、顔を見合わせる。今日は遊んでいた都にも、多少申し  
訳ない気分があるのだろう。なんとなく昼間の空気を引っ張ったまま時間を過ごしてい  
た。  
 環を楽な格好にさせて布団をかける。  
 三人分しっかりつくったチャーハンを分けてうち一つにラップを掛け、珍しくその手  
の夜食に「私も食べる」とつきあう都と、巧はいっしょに食べた。  
 といっても都は一口食べた瞬間に「要らない」と言って水だけ飲んで、それからわざ  
わざハンマーを取りに行って巧を叩いたのだが。  
(そんなに辛いかなあ?)  
 巧はもちろん完食した。  
 その夜、『念のため』持ってきてジョークだけに使うはずだったシュラフが本来の役  
割を果たすことになる。意外とそういうのも好きな巧だった。  
 昼以降の健全な展開に感謝しつつ、そのまま眠りについていた。  
 
 

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