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 次の朝、巧はおそらく今までで一番恥ずかしい思いをすることになった。  
 床に直接広げたシュラフの中は、確かに意外と寝心地が良かったが、あまりにすっき  
りした寝覚めに不思議な気分だった。なぜか妙に中が狭い。  
 腕の中で、背中を巧に押しつけて小さな寝息を立てているのは都だった。  
(ま……いっか)  
 巧はいつからか驚かなくなり、こうやって姉が来てくれるたびにくすぐったいものを  
感じるようになった。慎重に荷重を調節して自分の頭を動かし、姉の髪の毛の中へうず  
め、甘酸っぱい香りをかぐ。その綺麗な黒髪は腕の中一杯に広がっていて、丁寧にかき  
上げる巧の右手をさらさらと流れていく。  
 都の枕代わりになっている左手には微かに痺れを感じるが、そのままにして右手で姉  
の身体を包むように抱え込む。背中を軽く曲げて身体を密着させると、まさにジャスト  
フィットする。  
 奇妙な感じだ。  
 環とは、逆に向かい合わせで絡まるように抱き合った方がフィットする。そういうと  
ころも二人は全く違っている。本当に面白いように違う。  
 笑い方や話し方、歩き方、手の繋ぎ方。髪型も服装も体つきも、触れたときの感触も、  
抱いているときの反応も。形式的な立場さえ全く違う。それなのにどちらも巧にとって  
は唯一無二の宝物のように感じられる。  
(これを例えるなら……)  
 そうこうするうちに、身体の前面に触れるパジャマ越しの姉の身体に刺激され、頭が  
くらくらして来ていた。もとより朝の生理現象で巧のものは都のお尻に張りついている  
のだ。  
 巧が身体を寄せたことで少し窮屈になったのか、都は少しだけ息のリズムを乱し、お  
そらく無意識に右手で巧の左手を握り込んだ。  
(お尻にくっついてるの、なーんだ?)  
 巧は、心の中で馬鹿な語りかけをしながら、密着しているお尻を腰でつつき、姉がち  
ゃんと眠っているのを確かめると、そろそろと手を胸に持っていった。横向きになった  
身体の前面でたわんだ二つの胸肉を掌の上に乗せて泳がせてみる。  
 改めていうまでもなく、理想的な弾力を伴って、柔らかい。股間を直撃する刺激を巧  
は心地好いものに感じた。  
 都の意識がないと思うと、性欲以上に悪戯心が沸き起こってくる。  
 起こさないように柔らかく柔らかく手を這わせ、ひたすら質感を楽しむ。手の中で自  
在に形を変え、どちらかと言えば華奢で硬さのない巧の手を緩く押し返してくる。  
 姉の反応がないので調子に乗り、胸の中心にある蕾に挑戦しようとした時、巧は気付  
いた。  
 いつのまにか三分の一ほど開いた引き戸から、ミネラルウォーターのミニボトルを咥  
えた環が見ていたのだ。口元はボトルで隠れていたが、目は完全に笑っていた。  
 そして問題は、環が都を見ていたことだった。  
 この時環は薄目を開けていた都と目が合ってしまって、巧が都と環の両方に気付いて  
いないので吹き出しそうになっていたのだ。  
 巧が気付いた瞬間、環はひっくり返って、それでも声を出さずに部屋の中に転がると、  
戸を閉めてから向こう側で声を出して笑いだした。  
「み、み、み……」  
 巧は一瞬で、とてつもなく恥ずかしくなって顔を真っ赤にしていた。もちろん環が笑  
った理由にも完全に気付いていた。  
 手を引っ込めて上から姉をそろそろと覗き込むと、  
「おはよ」  
 天使のような微笑みを浮かべた都が精一杯首を捻って巧にくちづけた。その捻れた首  
筋の輪郭がとても艶かしかったが、巧にはそんなものを見ている余裕はなかった。  
(見られた……)  
 幸いトイレを覗かれる程の恥ずかしさではないことがわかって一安心だったが、恥ず  
かしいのには別の理由もある。姉に悪戯しているところを恋人に見られてしまったのだ。  
 
 やけくそで姉の身体の向きを変えさせると、その頭を抱え込んで唇を合わせ直す。  
 それからすぐにシュラフを引きはがすと、反射的に洗面所に向かい、思い直して環の  
部屋に乗り込むと、姉と同じようにかぶさってキスをした。  
 環は何事もなかったかのように受け入れ、熱く巧に応える。ひとしきり貪りあうと、  
姉がシュラフから這い出してキッチンへ歩く音を聞き、ゆっくり離れた。  
 
「畜生〜、いつか仕返ししてやる……」  
 巧は笑いながら環の胸を掴んだ。  
「あん……えへへ、ごめんね。都に見つかっちゃったから、巧くんにも見つかってみま  
した」  
 屈託のない笑顔だった。巧はさっきのことよりも自分の了見の狭さに恥じ入りたくな  
った。すべてが、もうこの女性の中には織り込まれているのだ。  
 姉は? 自分を信じるならば、二人の、さっきの口づけに込められた思いはそれぞれ  
本物だったと思える。  
 顔を洗いながら巧は、東京に来てからの自分の事を少し考えた。  
「環さん、愛してる」  
「姉ちゃん大好き」  
 なぜかはわからないが、自然とそういう言い方になる。それが二人の違いだ。  
 初めてちゃんと三人揃ってとった朝食で巧は、知らないリズムで動く二人をじっと眺  
めていた。一カ月暮らしてきて、二人ともすでに、生活に合った自然な行動を行えてい  
るように見える。巧の胸は少しだけざわざわとする。  
 色惚けしたままで地元に帰るのはとても怖い。そういう意味で、昨日自制を試みて全  
うしたことにほんの少しほっとする。それが姉の力に拠るものだったにしてもだ。  
 昨日、巧の知らない都に、巧は会った。  
 性急さと硬さが薄れ、優しさが満ちている。その微笑みは心に刺さった。  
 もちろん巧は知っている。それを姉にもたらしたのは巧だ。それでも、振り向かせて  
おいて遠ざかる姉に、ぶつけてしまいたい思いが膨らんだ。今日は昨日のように大人し  
くできないだろうと巧は思っていた。  
 後片づけをしている時に、環が巧に声をかけた。  
「巧くん、今日時間ある? おごるからさ、後で店に食べに来てくれるかな。んー、巧  
くん一人で来てくれた方が話が早いけど、別に都と一緒でもいいよ」  
「話が早い?」  
 巧は都を見る。その顔が平静なところを見ると事情は知っているようだ。  
「もしかしてまた、ありがちな話?」  
「ありがちな話」  
 
 環は肩をすくめて薄く笑った。まだ一カ月なのにもうこれである。次から次へと問題  
が尽きない。  
 普通環ほど身長のある女性はあまりもてない。そして、同性にもてる女性も一般的に  
はもてない。他にも男を尻込みさせる要素がてんこもりだったり。そういう意味でも環  
は破格だった。  
「仲間? お客?」  
「仲間」  
「うわー……ご苦労さまです」  
 巧がオーバーアクション気味に環を労うと、環はそれに苦笑した。泡で濡れた手で、  
腕だけ使って器用に巧を抱き寄せ、おでこをぶつける。  
「協力してよね、彼氏さん」  
「もちろん。普段通りでいいなら」  
 巧はうまいリアクションを思いつけず、ただにっこり笑った。  
「まあ、それがベストだよねー……」  
 巧がちらっと見ると、都はただ黙って聞いている。  
 それから、環が洗い物をする間、都は掃除機をかけていた。それが終わると風呂場と  
トイレ。どうやら巧は手伝ってはいけないらしかった。巧は行儀悪く床に転がって二人  
を下から見上げていた。  
「なんで二人ともズボンなのよ」  
「踏むわよ」  
「ズボンでいいです」  
 カーゴパンツ姿で風呂掃除を済ませた都が、それでもスカートに着替えて出てきたの  
を見て、巧は嬉しくなった。それから、都はそのままお湯を沸かしてお茶のセットを並  
べている。あらかた仕事を片づけたところで、環が巧の隣に腰を下ろした。  
「巧くん」  
「なんでしょう?」  
「巧くんって、すごいエッチだよね」  
「あのね……、…………ごめんなさい」  
 最後はちょっと小さい声であやまった。  
「ううん、そうじゃなくてさ。スイッチ入ってるのか切れてるのか、すごくわかりやす  
いの、だから人よりエッチに見える」  
 
「あーそれはどーゆー……、いや、男がみんなやらしいのはそう思うけど、それでも俺  
ちょっとエロすぎかなって思ったり」  
「そんなことないんだな。たしかに淡白な奴もいるみたいだけど、世の中いろんな奴が  
いるわけよ」  
 そこまで話して、環は大きく息をついた。  
「というか、そこが大事なとこじゃなくてさ、巧くんは貴重だなって話」  
 巧は少し溜めをつくってから聞く。  
「さっきのって、やばい話?」  
「うーん……別にやばくない」  
「すぐに連絡してくれたら、その、いつでも来たのに、俺」  
「うれしいけど、そういうのはだめ」  
 環は本当に影のない笑いを巧に見せた。嬉しそうというより、楽しそうな笑いだ。  
「他人の裏表につきあわされるってのは本当に疲れるんだわ。うん、ほんとに。私の話、  
実感こもってると思わない? 巧くんとこうやってると、そういうの、何もかもなかっ  
たことにできる」  
 そっと巧の身体にもたれかかり、腕を巧の背中に這わせながら抱き締めた。  
「というわけでよろしく」  
「なんか気分乗らないなあ……」  
 一応もう引き受けた話だが、それはそれ、半分照れ隠しのようにニヤニヤしてためら  
ってみせると、環はノッて両手をあわせ、身体をくねらせる。  
「そこをなんとか!」  
 結局は巧の今日の予定はそれに決まった。  
 気がつくと、いつのまにか都が真面目な顔で正面に座っていて、巧は少しぎょっとし  
た。  
 
 §  
 
 そのイベント自体は思いの外簡単に片づいた。  
 巧と都は、比較的客の少ないブランチタイムに、お茶を飲みに『ガルテンサンク』を  
訪れた。  
 
 ファミリーレストラン特有の『一階が駐車場で店は全部二階』の階段を上って、自動  
ドアを抜けると、地元の女子高生風のリトルグラマーなウェイトレスが出迎える。  
「いらっしゃいませ〜! お二人様ですか? ご案内いたしますので少々お待――」  
 ノリノリの黄色い声が途中でブツ切れたと思うとそのウェイトレスは、巧と都の顔を  
交互に見て、それから目を点にして、大げさにのけぞって変な声を出した。  
「うわ、浮気???」  
 いきなりなんの話か。巧と都はそろって目を剥いた。  
「うちのクラスにもいたな、こういうの。つーか、なに言ってんだこいつは」  
 巧はその少女を押しのけると、きょろきょろと他の店員を探す。  
「あっ、あの、私がご案内、いたしますので〜、その〜、二股ですか?」  
 巧は頭を抱えた。すぐに事情は飲み込めたが、かきまわされずに済むのか、はなはだ  
不安だ。  
「とりあえず、外岡さんを呼んでいただけると嬉しいんですが?」  
「ひゃ! わかりました、今すぐ! ……ひゃ〜」  
 目を白黒させながらその少女が厨房の方へ抜けるのを見送りながら、巧は都をちょい  
ちょいと呼んで耳打ちした。  
「今日は環さんのために来たんだからな」  
「わかってるわよ」  
 都が睨むので、巧はさっさと目を逸らす。店内は時間帯の割にそれなりに盛況で、家  
族連れもいれば高校生や老夫婦のような客も見受けられた。結構広い店だ。  
「環さん、全員に俺の写真見せてそうで怖い……」  
「別に問題ないじゃない」  
「不満は、ない」  
 巧が少女が消えた方へ視線を向けるとすぐ、思ったとおり笑いをこらえながら環が出  
てきた。  
「おっかしー! 裏まで聞こえた、もう、あいつ最高でしょ?」  
 環は他人事のように言うが、巧はあまり笑えない。  
「さ、お仕事――禁煙席の方、ご案内いたします」  
「おお、ウェイトレスだ……」  
 巧が、環の流れるようなマニュアル動作に感心しながらついていく。都は少し遅れて  
それに続く。  
 
「この格好は、どう? 巧くん」  
「あのね、俺はコスプレマニアじゃない……」  
 反応の悪い巧に、環は一瞬だけ膨れてみせ、片足を座った巧の方へ進めた。  
「でも視線がこっちだけど」  
 ミニスカートの下の生足は太股をしっかり露出させている。170弱の長身に併せ、  
店内で目立つこと甚だしい。限りなく視線が飛び交っている。『ありがちな話』は仲間  
だけですむのだろうか。巧は気が気ではなかった。  
 その巧の心の動きを、環の目の奥が読んでいた。そして一つの行動に走らせていた。  
 
「巧くん、手」  
「手? こっち?」  
「てのひら上に向けて?」  
「はい……」  
 思わず丁寧語になった巧が、まるで環に向かってなにか要求しているような、そのポ  
ーズを取らされて頭を悩ませていると。  
 突然環が、そのまま前に進んだのだ。巧の座るシートの足にヒールのつま先が当たる、  
硬い音を聞きながら巧は、ぎょっとして環を見上げた。環はその視線を受ける前にさっ  
と身を引き、メニューボードをテーブルに並べた。  
 水を運んでくるさっきの奇天烈ウェイトレスと入れ替わるように身体を翻すと、「お  
決まりになりましたら、お申しつけください」とさっさと引き上げてしまった。会話を  
する余裕もなにもない。しかも環は振り返ることなく厨房へ消えた。  
 巧にも言葉を並べる余裕は初めからなかった。  
 それは一秒もなかった。その瞬間に知りたいことは全部わかってしまったのだ。  
 都の方を見ながら、巧は変な汗が出てくるのを感じた。  
「あのー、つかぬことをお伺いしますが」  
「なに?」  
 都はこの日は淡いピンクのブラウスを着ていた。胸元に金色のアクセサリを光らせな  
がら、緩く微笑んで巧を見ている。それを綺麗だと思って、巧はあわてて意識を本題に  
戻して、姉に押しつけた。  
 
「あのほら、アレは姉ちゃん、どうしてる?」  
「?」  
「ボディロック。今着けてたりしないよね」  
「あれはタンスの中。環のは私のプレゼント」  
「…………はい?」  
 ゴン、と音を立てて巧はテーブルに突っ伏した。  
 さっき一瞬指の腹で受けた感触は、間違いなくそれだったのだ。下着の下の人工的な  
手触り。傍目にもはっきりと、巧の手は環のミニスカートの中に入り――  
「なんてこった」  
「公平でしょ」  
「いや……、そうじゃないでしょ……、そういうことなんだけどさ、筋が違うでしょ、  
ていうかさ」  
「なに言ってるのか全然わからない」  
 うつ伏せたままもごもご言っているので、都が巧の言葉に珍しく突っ込んだ。  
 巧はなかなか起き上がれなかった。この二人の頭の中はどうなってるのか。  
「ぜってー環さん裏で大笑いしてるよ」  
 その一言でやっと、むっくりと上体を起こすと、そこでは都が手招きで呼び寄せた中  
背のウェイターがオーダーボードを構えていた。  
 都がてきぱきとオーダーを済ませてしまったので、それに救われるように巧はメニュ  
ーに飛びつき、最初に視界に入った鉄火丼を頼んでしまった。  
「と、アイスレモンティー」  
 思い出して速攻でお茶を追加するとこれもちぐはぐになり、また頭を抱えた。  
「だめだ、今日は俺もう、ダメ。降参」  
「ごめんね」  
 都が諭すように謝るのだが、全然すまなそうには見えなかった。  
「いじめだよな、コレ」  
「お茶しに来たのにどうして鉄火丼なの?」  
 この姉の反応もどうなのだ。  
 いや、確かに楽しいのだ。中学時代に経験した女の子からのアプローチや反応は、巧  
にとって全く物足りなかった。家での都やはるかとのやり取りが何よりの刺激だった。  
 
そこへ姉が招待してきた二人の魔女もまた、巧の「快楽」のあり方に深く食い込んでい  
たのだ。  
 巧は窓の外の人や車の流れを眺めながら、久しぶりに心の古傷に触れた。  
 巧が、姉が頼んだピーチティーと同じスピードで、丼とレモンティーを片づけている  
と、都の携帯がテーブルの上で震えた。  
 都がメールを確認すると、そこで巧はご飯をかき込んでいた箸を止められた。  
「蹴らなくても言えばいいじゃん……」  
「ちょっと触りたかったの」  
 都は靴を脱いでいた。足で巧の脛をなぞっていたのだ。環の影響を受けているらしい。  
もう反応する元気はなかった。  
「任務完了だって」  
「そうなの? あれま」  
 巧は残りを平らげると、店員たちの様子を伺った。厨房の方へ目を向けると、二人を  
見ていたらしい頭が五つほどいっぺんに引っ込んだ。  
「ありえねー……。で、もう帰っていいのかなあ」  
 姉に懇願するように訴えると、  
「まだお茶終わってない」  
 都の返事は現実的だった。確かに家で飲めば原価10円以下の飲み物だ。  
「失礼いたしま〜す」  
 さっきの奇天烈ウェイトレスはまた別の、今度は利発そうな細身のウェイトレスが、  
軽快な動きで二人の水を補充して行った。その時しっかり巧の顔を確認していくのがわ  
かった。  
「こちらお下げしてよろしいですか〜?」  
 にこやかに、注文を取った時のウェイターが空になった食器を片づけていく。こっち  
はさっき見たから確認しないらしい。今フロアに出ているのは四人のようだ。  
 都がお茶を飲み終わって口を押さえているのを見ているうち、巧は限界に達した。  
「出る」  
「あ、うん」  
 都が立ち上がって普通に伝票を取り上げてすたすたとレジへ歩き始める。  
 巧はその後ろ脚の白く細いラインを目でなぞった。  
 
(ちくしょう……、あとでああしてこうして)  
 やっぱりすぐに思考がそっちへ流れていく。姉を追いかけながら店員の姿を探すと、  
環が両手に湯気の上がった料理を運びながらにっこりと笑った。そういう帰り方は少し  
残念だったが、口パクしながらあとでね、と巧は手を振った。  
 目ざとくレジカウンターに飛んできたのは、奇天烈ちゃんだった。  
 勘定をしているのは都なのに、彼女は巧ばかり見ていて、「ありがとうございました  
〜」のあとに「がんばってくださいね!」と一声。力コブシをつくっていた。  
 最後までその調子だったので、巧は外へ出たとたん無意識のうちに深呼吸をしていた。  
(なにも起こらなくてよかった……)  
「あー、シャバの空気って感じ」  
「巧、ありがとう」  
 そう言うと、都は顔を隠すようにさっさと前を歩いていく。その労いの言葉は、巧の  
耳の中に心地好く響いた。今の恥ずかしがった姉は今までの姉だ。  
 一度だけ振り返って、姉の後を追った。今日環はいったい巧を人に見せたかったのか、  
巧に自分を見せたかったのか。  
 店から完全に見えなくなってから、都が巧の腕をそっと取る。  
 
 

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