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「このまま帰っちゃう?」  
 巧が、この後環が帰るまでの予定を尋ねたとき、振り返った都はすでに平静に戻って  
いた。それでもやはり以前より表情が柔らかい。  
「お買い物したい」  
 最寄り駅の高架下をくぐりながら、都が信号の向こうのスーパーの看板を指差した。  
「食材?」  
「それとキッチンタオルと、洗濯のネット」  
「あ、俺、コロコイーノの新譜欲しい」  
「自分で買いなさい」  
 都が、巧がわがままを言うのを待っていたかのように、ジロッと睨む。それに、もち  
ろんそんなものはスーパーには売っていない。  
「今月苦しいんだよなー。食費削ったらはるかがまた暴れるし」  
 それを聞いて、都はしばし黙り込んだ。  
 巧は交通費を使って来ている。往復でCDが買えてしまう距離。それに気付いた巧は  
慌てて、余計なフォローをした。  
「コンドーム買っちゃったからな、コンドーム! コンビニでコンドーム」  
 ガツン、と鈍い音と同時に巧は飛び上がった。  
 都が向うずねを蹴り上げたのだ。「いでで! こら……、なにその硬いつま先」  
 よたよたとガードレールを頼り、すねを撫でながら巧は都を追いかける。  
 デパ地下風のスーパーマーケットのエスカレータを下りながら、都は巧を見ることが  
できない。街の中でスイッチが入りそうになった自分に驚き、無意識のうちに弟から身  
体を遠ざけた。  
 慣れなければいけない刺激。都は少しずつではあったが、対処法を身につけていた。  
「ちゃんと食べないとだめ。それにはるかのことももっと考えてあげて」と、生活のた  
めに思考を割いた。  
 
「てことは、散財したらご飯抜きってこと?」  
 環は前日よりは元気に帰ってきていた。そこで巧は、環の質問に答えて、待鳥家の家  
計の仕組みについて説明している。  
 
 家では、家族全員の食費と、姉弟妹の小遣いが三人それぞれに一元化されている。つ  
まり十日分の食費プラスお小遣いを毎月もらって、それを回すのである。お小遣いの部  
分で、年の差の分、多少色が付いている。  
 毎日交替する食事当番がメニューを決めて、買い物も自分でする。うまいことやりく  
りして食費が節約できれば、自由に使えるお小遣いが増えるのだ。その代わり、その節  
約の仕方によっては他の者から苦情が出ることは必至。ちゃんと栄養のバランスや過不  
足も考えなければならない。巧は最初のうちまったく要領がわからなくて、安上がりな  
100円ショップの冷凍食品やレトルトで原価を稼いで、あとの二人のヒンシュクを買  
っていた。  
「しょうがないときは親父に申し立てて、臨時予算が下りることもあり」  
「巧は臨時予算ばっかりじゃない」  
 冷ややかな都の隣で、環が感心しながら夜食をほおばっている。  
「なんか面白いやり方だね、ソレ。そういうのも教育なのかな」  
 両親が健在な家庭ではそういう事はない。環は独立した暮らしを始めた今だからこそ、  
巧たちの苦労とそういう生活ならではの楽しさも想像できるのだろう。巧は、昼間のこ  
とを考えつつも、新しく参画した環の、生活面での存在感を意識した。  
「つーか、あれでよかったの? 姉ちゃんいたからどうかと思ったけど」  
「都は私の親友、巧くんが私の彼氏、だから。間違ったことは言ってないでしょ?」  
「重大なことが抜けてるけど」  
 巧の突っ込みに都がそっぽを向く。  
「それ言っちゃおしまいでしょ。――厨房の人とあのウェイター君だったんだけど」  
 さらっと環がまた聞き捨てならないことを言ったので、巧は口の中のニラたまを吹き  
出した。「二人??」  
 あまりの行儀の悪さに都がピコピコハンマーを食らわす。巧が問い直すと、  
「えへへ、二人」  
「つーか……ウェイターって、あれでしょ? 全然そんな感じは」  
「しなかったでしょ?」  
 環は真面目な顔でゆっくり言葉を使った。「食い下がるもんだから、結婚の約束して  
るって言っちゃったけど。……まずかったかな?」  
 
 とても珍しい、環の上目使いを巧は見た。巧の表情を見てあっと言う間に元に戻って  
しまったが、巧は下半身がたまらなくなる。環の肩を引き寄せて、ぎこちなく軽く、唇  
を頬に触れさせた。  
 環がそれに応えようとすると、都がさらっと話に割り込んできて、牽制した。  
「環は考えなしに誰とでも仲よくしすぎ」  
 環はそれを聞いてとても楽しそうに肩をすくめ、今度は都の腕の中に入り込んだ。  
「あと一日、明日働いたら終わりだから、そしたら巧くん返してもらうからねー?」  
 異常接近に都はがたがたと音を立てて椅子を引いて逃げる。  
「そ、そんなの」  
 関係ない、という言葉を口の中で潰し、都は巧の方を見る。うっかり見てしまったと  
いう感じだった。巧もその熱っぽい姉の顔をまともに見てしまった。  
 都は、初めて巧と環の前で、欲情して上気した表情を晒していた。  
 
 §  
 
 巧は環を見た。  
 朝のことを思い出す。今、環の眼の中の火はどうなっているのか。それに興味があっ  
た。それを知るためになら、巧が捕らわれている羞恥心を捨てる事など、小さな事だと  
思える。  
 巧の心理的抵抗ひいては羞恥心は、『天の邪鬼な小心者』の上に立脚している。いつ  
かは慣れなければいけないことだ。環と目を合わせたまま姉の手を引き寄せた。  
「巧、やだ――」  
 言葉だけの抵抗を見せて、都は巧の懐に身を預けた。中途半端な荷重移動で足をよろ  
めかせると、すぐに巧は都の身体全部を自分の膝に乗せて、後ろから大きく抱き締めた。  
 都が声もなく吐息で喘ぎ、目の前の環に訴える。  
「ごめんね……」  
「環さんは動かないで」  
 巧が、都の後に言葉をかぶせた。環の表情が微かに動いて、そして、その視線に媚び  
るような色が浮かんだ。  
 
 それを、巧ははっきりと見た。巧の一言はまちがいなく環にも火をつけた。それを確  
信しながら、姉の胸元をゆっくり下から撫で上げていく。都は片手でテーブルを掴みな  
がらもう一方で巧の手首を捉え、一度大きく全身を震わせると、巧を力の限り制した。  
「ごめん、環、ごめん!」  
 だが、都がそうやって環の視線に注意を奪われたことが、巧に効率的に事を運ばせる  
ことにもなった。巧が交差させた両手で都の両胸の膨らみを、裾野から激しく握り込ん  
だ瞬間に、鮮烈な快感が都の全身を襲う。暴力的に首を後ろにひねったところを待って  
いたように、巧は唇とその内側の舌を一度に奪った。都の両手が、テーブルや巧の足や  
手の上を激しく行き交い、さらに彼女の肢体は弟の身体の上で悩ましくうねり、それで  
も逃がしきれない快感にただ震えて耐えていた。  
 
 ほんの数分の間に快楽の頂点まで駆け上がったその美しい姿を、環は戦慄をもって見  
守っていた。巧の言葉に縛られ、動くことができない。  
 巧の両手は都のブラウスをスカートから引っ張り出し、そのまま裾の下から肌の上へ  
と潜り込んでいた。巧の肘が持ち上がって、そのシャツから覗く腕の筋肉が動き、その  
度、都の口から熱い息と声が漏れる。機械的な仕組みでもあるかのような、規則的な反  
応がかえって悩ましかった。  
 その間にも口づけは濃密になっていた。  
 ふたつの唇は密着して離れず、舌を吸いあいながら絡ませ続けている。熱い息を隙間  
から洩らして、二人は絶え間なく求めあっている。  
 環の身体の奥から興奮が噴き上がった。  
 手も足も動かさず触れず、視覚情報だけで、だが間違いなく身体の性感は持ち上がっ  
ていた。下着に滲んだ染みは薄布の堤防をすぐに越え、さらに硬いジーンズの鎧から染  
み出し始めていた。  
 恐ろしいまで欲情。目の前の二人の姿態が、環を捉えて離さない。  
 環は、テーブルの向こうの二人の下半身が見えないことに焦れて、露骨にも立ち上が  
ってしまっていた。  
 
 §  
 
 巧は何がなんだかわからないままに環を挑発し、暴走していた。そうさせたのは、突  
然欲情した姉だ。甘い毒を含んだその吐息を吸って、そうして巧は、ちっぽけなプライ  
ドからしばし解放された。  
 禁を破って立ち上がった環に気持ちを見せようと、悪戯っぽい行動に出る。姉にも反  
応してもらうために。  
 片手をさりげなく下へ逃がすと、室内用のルーズパンツは簡単に巧の腰からずれた。  
都が本能的に腰を浮かせて協力したので、少しためらった。姉は、何をしたのかわかっ  
ているのだろうか。  
 扇情的な絵だけを追及することで、巧はおそらく初めて環への攻撃衝動をあらわにし  
た。ダイレクトに環の脳裏に刻みつけたいと思ったのだ。そして、露出したモノを、姉  
のスカートの中でそびえ立たせた。形がはっきりわかるよう、布地をかせぐために姉の  
両脚を一度広げさせてから若干閉じる。  
 立ち上がった姿勢のまま、環が両手をテーブルにつき、熱い息を吐いた。  
 巧にもその環の情動は伝わっている。都が股間の悪戯に気付き、お尻を強く巧の腹に  
押しつけたので、巧のものはまるで都から生えているかのように、しっかりとスカート  
を持ち上げていた。それは環の視界にはっきり映し出されているはずだった。  
 環の眼が怪しく揺らいだ。  
 環は、薄く笑いながらゆっくりテーブルを回り込んで、二人の目の前に立った。  
 巧は引き寄せられるように視線を落とし、それを見た。環のジーンズの股間が濃厚に  
変色し、ジッパーの真下から粘ったものが雫になろうとしていた。  
(ボディロック、一体どこでつけはずししてるんだろう)  
 そんなトボケたことを考えていないと、目も逸らせなかった。  
 今この自分達は傍目にいったいどんなふうに見えるのか。  
 環の顔はすでに真っ赤になっていた。  
 だが、巧にはわかる。環の顔の紅潮は、羞恥に全く拠らないのだ。  
 巧は気持ちを持っていかれるのを意識した。結局勝てないじゃないか。心の中で苦笑  
して、そんなときにとびっきりの仕返しを思いついた。  
「明日の夜、楽しみにしてるから。だから、今夜は環さん、一人でもしちゃだめだよ。  
……今から両手で何もしないこと」  
「……それはちょっと辛い」  
 
 平気な声で抗議する環に、巧も負けるわけにはいかない。  
「だめ、勝手に動いたから。服は俺が脱がせてあげる」  
「脱がせて……」  
 環はさらに巧に近づいた。都とは目と鼻の先だった。片足を二人の両脚の間に入れ、  
濡れた股間が都のスカートをずり上げて、太股の上へ――  
「姉ちゃん、部屋で待ってて」  
 巧が姉に対する愛撫をやめて促したが、環はまだ止まらなかった。止める暇がなかっ  
た。環は、都のスカートをまくり上げて頭をスカートの中へ入れると、両手で椅子ごと  
二人の腰を抱え込んだ。逃げられない。  
「やっ、……環!」  
 声を出したのは都だった。環の上唇が、都の秘裂の上の蕾を、下着の上から擦ってい  
たのだ。だが、よりきつく身体を硬直させていたのは巧だった。同時に環の舌は、巧の  
ものを、それも一番弱いくびれたところをぐるりと舐めあげていた。  
 巧は素股に近い状態で、最高に張り詰めたものを都と擦り合わせていたから、それだ  
けでもう保たなかった。強烈な快感に引き込まれて、放出していた。  
 環の口腔の、とろけるような熱いぬかるみの中へ。環が口を薄く開いて受け止めたの  
で、同時に都の下着と蕾の辺りを少しぬめらせた。と思うと、環は唇を引き絞り、巧の  
ものを締めつけて勢いよく身体を引くと、立ち上がって巧から届かないところまで下が  
っていた。  
「都ごめんね〜。この後ちゃんと巧くんのお仕置き受けるから」  
 口の中の精液を感じさせる、粘りつく言葉を残して、環はトイレへと逃走した。  
 
「ち、ちくしょう……」  
 巧の完敗だった。またしても環に先手を取られ、それでも動きを禁じ、負けっぱなし  
で終わらないために、速攻で追いかける。  
「絶対絶対、すぐ復活するからな!」  
 言葉は都に向けられていた。都は汚れた下着を抜いてから、考えて、スカートをはい  
たまま部屋へ向かった。顔は緩んでいる。  
 
 §  
 
 濁った変な鼻歌を聞かされながら、巧は環についてトイレに入っていた。  
 振り返った環は、上気した顔のまましばらく口をもごもごさせていたが、ごくんと飲  
み込んで、にっこりと笑った。  
「ごめんね」  
 巧には邪悪な笑いにしか見えない。  
 巧は後ろに下がって、目の前でトイレの扉を閉じた。  
 水音がして環が出てくると、その場へ環を封じ、服を脱がせ始めた。  
「動かないで」  
 巧の言葉に、今度は環は逆らわなかった。巧は緊張する。迂濶なところに触らないよ  
うに、慎重に上から順に脱がせていく。全部こうやって脱がせるのは初めてだった。  
 動くなと言ったのでじっとしている、環の服を脱がせるのは、難しかった。にやにや  
しながら、環は布が引っかかるたび甘い声を出し、巧を慌てさせた。  
 環がその目の覚めるような肢体をすべて巧の前に晒したときには、巧はもうそのまぶ  
しい肉体を見ることができなくなっていた。  
 内腿を伝う透明な液体が、次々にあふれて、ふくらはぎからくるぶしへ、そして最後  
にはビニールタイルの床に届いたのである。  
 身体の中心からも、直接床へぽとりと落ちる音がした。  
「どうしてこんなに感じるのかわからないの」  
 環の声は震えていた。  
 巧が覗き込むと、環は今度ははっきり羞恥によって顔を赤くし、目で訴えた。  
「巧くん……」  
 これは逆転のチャンスだ。巧は巧の明日のため、未来のために子供みたいに心を踊ら  
せる。  
 脱衣所から持ってきたタオルで環の足を軽くぬぐうと、それだけで環は身体を震わせ  
た。手を取って環の部屋へそのまま導く。  
 ベッドサイドに環を立たせ、巧がベッドメイクをした。  
「環さん」  
 
 巧が促すと素直に環はベッドに横たわった。裸のまま、時々身体を小さく震わせ、潤  
んだ目で巧を見上げた。容赦なく、巧は環に布団をかぶせた。裸なので、一枚追加して  
やる。最後に呪文のように言葉のおさらいをする。これはさっきされたことへのお返し  
である。先に電気を落とした。  
「明日まで、一人でするのも禁止です」  
 環の抗議の視線は、今は心地好かった。姉のところへ。それが環に対するご褒美のよ  
うなものだ。  
「俺が姉ちゃんと、あの人とどんなふうにするかちょっとだけ教えてあげる」  
 そう言って、巧は扉を開けたままで都の部屋へ移った。  
 
 巧には、環が巧の言葉を守るという確信があった。  
 これまでもそうだった。相手の目の前では平気で逆のことをしてくるくせに、影でこ  
そこそするようなことは絶対にしないのだ。  
 気がはやる。早く姉の方へ。  
 できる限り音を立てて姉を抱く。環を精神的に犯す興奮が巧を包んだ。  
 
 

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