あたしはまどろみの中を漂っている……
ここはどこだろう? 何だかいい気持ち……
これは……誰かに優しく抱かれているの?
目を開けて見てみたい……ここがどこなのか
目を開けて見てみたい……誰に抱かれているのか……
だけど……目を開けたら何かが壊れるようで……怖い
00:50――
「そろそろ起きないか?……アイリーン」
誰かがあたしの名前を呼んでいる。頭も軽く撫でられているみたい……心地いい。
あたしはずっと眠っていたかったけど誰かの手があたしのほっぺたを軽く横に引っ張ったりつねったりして安眠を邪魔する……ずっとまどろんでいたいのに。
嫌々ながらもそっと目を開けてみる。見慣れない四畳半ぐらいの白い部屋、白いベットに寝てるあたし、そして……見知らぬイエロー男があたしの視界に飛び込んでくる。
「お、起きたか! どうした? 大丈夫かアイリーン! よかった……目を覚まさないのかと思ったよ……本当によかった」
男の人が顔を近づけ、あたしの瞳を覗き込む。男の人の瞳には涙がうっすらと浮かび、それにあたしの姿が映りこんでいた。
「アイリーン……大丈夫か? 熱でもあるのか?」
あたしの名前を呼ぶ男の人には顔も服装にも見覚えはなかった。だけどあたしの額に手をつけ、泣き笑いをしている。あたしを知ってるの?
アイリーン……名前だけはわかる。それがあたしの名前。だけどそれ以外は頭の中に濃い霧がかかっているようでまるで思い出せない。
寝ぼけてて思い出せないというのとは違う感覚……
あっ……あのぉ〜 あなたは誰なんですか? それにこの場所は……
あたしは頭をどうにか回転させ、どう考えても見覚えのない男の人に疑問をぶつけてみる。
男の人はあたしの問いに驚いたのか、目をパチクリさせ口を開けている。あたしの方が驚きたいのに……
「おいおい。どうした? アイリーン? 兄貴の顔を忘れちゃったのか? 熱やっぱりあるんじゃないか?」
男の人はあたしの額につけた手を離し、今度はおでこをあたしの額につけてくる。
この人は今確かに……兄と言う言葉を?……なんだか不安な気持ちになる。どうしてだろう?
あたしはとりあえず男のおでこを払いのけ、ゆっくりとベットから起き上がる。出口を探そうと思いながら。
だけど奇妙な事にこの部屋には出入り口といえるものが存在していなかった。天井、壁、床、全てが白く、余計なものはまったく何もない。
この部屋に存在するのはあたし、白いベット、そして兄と名乗る男の人だけしかなかった。
「お、おい? 本当にどうしたんだよ? アイリーン! 俺がわからないのか?」
男の人は強く狼狽してあたしの両肩を持ち揺する。あたしは出口が見当たらない部屋にあっけに取られ、男の力強い腕を振り払う力もなく、頭と肩をを揺らされながらなんとか言葉を搾り出す。
い……いたいです……あの? さっき兄って言いましたよね?……あたしは……それに…出・・
男の人はあたしの声で揺するのをやめ、落胆? いいえ、寂しそうな顔をしている。そしてゆっくり息を吐いた後、あたしに話し掛けてきた。
「……よく聞け? アイリーン。 俺はお前の兄貴、リュードだ。 かわいそうに……やはり記憶の混乱があるのか……」
リュードと名乗った男の人はあたしの兄だと言う。だけどあたしにはまったく見覚えがない、この奇妙な部屋も、この人も……
あ、あの? と言うことは……あたしはあなたの妹なんですか?……よくわかりませんけど……
「ああっ! そうだよ? お前は俺リュードの妹アイリーンだ。落ち着けよ? お前はかなり記憶の障害が残ってるみたいだな?」
リュードは胸を張りながらあたしを妹だと言う……それに気になる言葉を続けて言った。
記憶……障害ってなんですか? それにここは……
リュードは出来の悪い子供を諭すような優しい口調でゆっくりとあたしに話す。手はあたしの頭に乗せて軽く撫でながら。
「いいかい? ここは電脳空間Qチャンネルと”外”の世界の狭間に漂う空間、プロバイダー空間の一室だ……
わかるか? 意味が。お前は電子の渦に巻き込まれ、プロバイダー空間に漂っていた所を偶然俺が見つけサルベージしたんだ。
プロバイダー空間になぜお前がいたのかは解らない。だがそのお前の記憶の混乱は長時間プロバイダー空間にいた事による事象だと思う」
わからないと即答しそうになる気持ちをグッと抑え、あたしはリュードが言った言葉の意味を考えてみる。
電脳……Qチャンネル……電子……
あたしは頭の奥がチリチリしてくるのを感じた。あたしは知っている? この言葉の意味を?
あたしが長考してるのが心配になったのかリュードが慌てて言葉をかけてきた。
「大丈夫か? もう少し……寝てた方がいいな。ほら? ベットに入りな?」
リュードはあたしの手を握り、ベットへと押し戻す……その繋がれた手を見てようやくあたしは何者なのか思い出す。
リュードとは違う、あたしの褐色肌が引き金となって。
まって!……少しだけ思い出した……わ
あたしは……電脳空間Qチャンネルに違法な手段で接続する奴隷売買オークションの商品……褐色の肌を持つアイリーン
褐色肌の奴隷は忌み嫌われ永遠に売れない奴隷……他の奴隷が売れるための……かませの犬な奴隷……
だけど!!……そんなあたしにも奇跡が起きた。あたしを購入したいという人が現れ……ダメ……これ以上は思い出せない……
頭が割れるように痛い……あたしはリュードの手をほどき、ベットに倒れこむ。
「だ、大丈夫か? アイリーン! ……ゆっくり、休みな? アイリーン。ここには誰もお前を傷つけるものはいない……よ」
リュードはシーツをあたしの肩口までかけ、ゆっくりそして…優しく微笑みながら顔を近づけてくる……
あたしとは違うイエローな肌のリュードが……あたしの褐色の肌と重なり合う――
んんっ?……なんか……これってなんていうんだっ…け?
キ…ス? キスっていうんだっけ? こんなことされたことないなぁ……いつも誰かに体中舐めまわされてた記憶はあるけど……
誰だっけ? 嫌だったなぁ……だけど唇と唇が重なり合う…これは嫌じゃない……
あぁ……リュードの息がくすぐったい……なんか安心する……
いきなりの兄の登場とか白い部屋の不安とか記憶の混乱とかがなくなっていくみたい……
でもまって? こんな偶然ってありえるの? 漂っていたあたしを助けたのが兄と名乗るリュード……
肌の色が違う兄妹……んん? リュードの舌があたしの……頭痛が消えてく……きも…ち…いい
……もう……何も考えられない……よ
快楽に身をまかせちゃっても……いいかなぁ?
電子の波を浮遊し移動する奴隷売買オークションシップ”アルーア”。
その中枢を司るメインコンピュータの電子レーダーが目的の反応を示していた。
ピピッ……ピピ……「>>51……ツヅキ…マッテ…」
「支配者様。アイリーンを発見致しました…いかが致しましょう?」
メインコンピュータの操作を唯一許された黒色女奴隷ケイが黒衣のローブ姿の男に俯きながら尋ねる。
他の奴隷達も俯きながら黒衣のローブ男の言葉を待つ。足に架せられた鎖を鳴らさないように気を使いながら。
支配者と呼ばれた男は顔を全て覆い尽くすようなフードを被り支配者の証、黄金の椅子に座っていた。
アルーアの10m四方、操縦スペースすべての物が時が止まったように静止する。
噂では、フードの中には暗黒が広がっていて支配者の顔を見た者はその暗黒に吸い込まれると奴隷達の間では恐れられていた。
だからこそ、奴隷達は支配者の顔を直視できず、黒衣の動きだけを見て支配者の沈黙の意図を探ろうとしていた。
だが、身動き一つしない支配者に一人のイエロー女奴隷が痺れを切らたのか言葉をかける。
「支配者様? あ、あの? 見つかったようですけど……アイリーンっていう人が」
突然の発言。すべての奴隷達はイエロー女奴隷に注目する。
バカな女……ただの奴隷の分際で支配者様に意見するなんて……
ああ……あのイエローは新参者だから……
どこからともなく他の奴隷達のささやき声が聞こえる……
イエロー女奴隷はどういう事なのか訳も解らずただオロオロし、足枷の鎖もジャラジャラと鳴り響かせてしまっていた。
おもむろに支配者は椅子から立ち上がり、イエロー女奴隷の側へと歩き出す。
「あ、あのぅ? なにか……私、悪い事……」
イエロー女奴隷と支配者の距離がなくなり対峙した格好になる。他の奴隷達はそれを直視できず、俯きながら震えていた。
「い、いやぁ――――っ!!!」
切り裂くようなイエロー女奴隷の悲鳴。奴隷達はその声に驚き俯いた顔をあげる。
しかしイエロー女奴隷はまるで最初からいなかったかのように消えうせていた。
「……だいぶ時間がかかったな? ケイよ。で、電子座標軸はどうなっとる?」
何事もなかったかのような口調で支配者に尋ねられたケイは慌てて今の出来事を無視して、極めて冷静に言葉を返した。
「はい。やはり電脳空間Qチャンネルではなく別の掲示板空間にほど近いスレッド空間にコンピュータのレーダーは座標を合わせています。
ですが、なぜかアイリーンがいる場所はプロバイダー空間に偽装されています。スレッド空間なのに。」
支配者は軽く頷き、すぐさま全ての奴隷達に命令する。
「まあいい。よしっ……オークションシップ”アルーア”! その空間に直ちに移動、そして強制接続。急げ!」
他の奴隷達も支配者の命令にイエロー女奴隷のことなど忘れ、急いでアルーア発進の準備に取り掛かった――
黒色女奴隷レイは何故支配者がここまで只の褐色奴隷に入れ込むのか理解できなかった。
褐色肌の奴隷……忌み嫌われる褐色の奴隷アイリーン……入札手続ミスで電子渦に巻き込まれた奴隷
普通なら死んでいるはずだけど奴隷の証、脳に埋め込まれたチップがレーダーに反応して生きている事を表しているわ
生きてる事はすごいと思うけど取り立てて注目するほどの価値はないと…何か秘密があるのかしら? 私が知らない秘密が……
ケイはチラリと支配者の方を見るが支配者の思惑など一介の奴隷には解る筈もなかった。
軽く頭を振り、ケイはメインコンピュータにアクセスする。そしてコンピュータに電子ワープの命令を打ち込んだ。
イモウト ダイスキ スレッド……WARP
しかし、ここまで打ち込んだ後なぜかケイは最後のYES NOに躊躇する。
……このまま、打ち込んでもいいのかしら? YESと……