俺は軍人なんだぞ。外交官もどきのことをやらせるならもっと給料よこせ!
というのが、三鷹戦闘団副長である橘中佐の偽らざる心情であった。
(うう、早く戦闘団本部に帰りたい!)
UNQPMFにおいて、各国派遣団の指揮官たちは、月に2回の定例会合を持っていた。
それらは、冒頭部分だけが各国のメディアに公開され、残りは非公開となるので、
記者たちは、てっきりその隠された部分で重要な討議がなされているものと思って、
そこをすっぱぬこうと必死になっていた。
それは決して間違いではない。
しかし、UNQPMFの方針を決める本当の舞台は、各国派遣団の幕僚たちが週に1回
開く会合であり、とくに、高級幕僚の会合であった。
高級幕僚のいない三鷹戦闘団においては、副長の橘中佐がこれに出席することになる。
というわけで、橘中佐は、一介の陸軍中佐でありながら、日本の国益を代表しなければ
ならないという重責を負わされていた。
日本陸軍は、ここ50年ほど国内に引きこもっていたおかげで、市ヶ谷の先輩も頼りに
できない。霞ヶ関からの支援はほぼ皆無、おまけに、橘はこの面子の中でもっとも
若僧ときている。
橘が頼れるものがあるとすれば、それは三鷹戦闘団があげている成果だった。
オランダ大隊が降伏したのち、三鷹戦闘団は、わずか1個連隊でありながら、広大な
北西方面戦区を一手に担うはめになっていた。
他の戦区には、それぞれ倍ちかい部隊が配置されていることを考えると、相当に不利な
条件である。
兵力の少なさやQ島の情勢を考えると、三鷹大佐は、通常の軍事的手段を取るわけには
いかなかった。
彼が頼ったのは、彼らに対する幻想と、彼自身の外交力だった。
中川大橋の戦闘など、テレビに華々しく報じられるニュースの裏で、日本人連中は、実に
地味で、人目につかない努力を続けていたのである。
この辺のことはあまり報じられていないし、読者も興味を持たなそうなので割愛する。
詳しく知りたい方は、三鷹戦闘団で大隊長をつとめていた嵐少佐が、帰国後に著した
“Conventional Forces in Low-Intensity Conflict: The 3rd Infantry in Firebase Shkin”
を一読されることをお勧めする。
一言で言うと、説得から買収、恫喝にいたるまで、ありとあらゆる手段を用いた根回し
が効を奏して、三鷹大佐の試みは、かろうじて成功しつつあった。
倍以上の兵力を持つ各隊が苦戦するなか、三鷹戦闘団は今のところ、最小限の犠牲で、
順調に任務を遂行していた。
橘中佐も、前のように新参者の後ろめたさを感じることもなく、胸を張って、この連絡会議に
出席できるようになっていた。
「…以上だ。何か追加事項は?」
レアード准将(仏陸軍)が、各国の幕僚たちに言った。
誰も発言しなさそうだと思って、橘中佐は書類をまとめはじめた。
そのとき、ゴダード大佐(英陸軍)が発言を求めた。ゴダードはロビンソン准将の幕僚長
である。
「昨日撃墜された、北部方面航空団のパーカー中佐についてですが、生存しているという
情報があります。生命に別状なく、ヴェガ町北方の墜落現場付近に拘禁されているとの
ことです」
幕僚たちがざわめいた。レアード准将が眼鏡を押し上げた。
「ほう。その話は、どのようなルートで入手したのですか?」
「我々の部隊が、民事作戦を展開中に入手しました。彼女をとらえた部隊の民兵からの
直接情報です。我々は、極めて信頼できると評価しています」
「なるほど――なぜパーカー中佐がやられたのかが不思議でしたが、これで分かりました
ね。
彼女はヴェガ町の上空に迷い込み、その防空網に引っかかったんでしょう。
あの近辺にはガントレットがあります。あいつは油断できない相手です」
アメリカ空軍のマイケルソン大佐が頷いた。
ゴダードが密かに狙っていたとおり、橘中佐が食いついてきた。
「我々の偵察隊が、ヴェガ町の南方20キロにいることは先ほどご報告したとおりですが、
現在、既にヴェガ町に向けて移動を開始しています。さらに足を伸ばして北方を捜索する
ことは可能です。
しかし、まずは広報ですね」
「そうです。不確定情報の段階でも、とにかく公表しなければなりません」
「どうも興奮しすぎておられるようだな」とレアードが割って入った。
「不確実な情報を流して、無駄な希望を持たせることが、どれほど遺族を傷つけるか、お分かりか?」
「しかし、彼女が生きていると我々が知っていることを奴らに知らせなければ――」
「消極的すぎます!」
橘が言いかけたのをさえぎり、デンマーク空軍のオルセン大佐が怒鳴った。
「彼女が撃墜されたとき、捜索を打ち切らせたこともそうです!
いいですか、我々は決して仲間を見捨てはしないのです! 彼女が生きている一片の可能性だけで――」
「その一片の可能性に賭けて、さらに犠牲を増やそうというのか!?
いいか、そもそも、彼女はヴェガ町の周囲50キロに近づけという命令すら受けていなかった!
彼女は勝手に飛び込んで、勝手に死んだ! なぜその身勝手の代償を我々が払わなければならないのか!」
これは言い過ぎた。空軍の世界に古くから伝わる盟約に、真っ向から喧嘩を売っている。
北部方面航空団の幕僚連中は例外なく、血相を変えて立ち上がった。
彼らはみな、スーザンの戦友である。
オルセン大佐は完全に逆上した。副官の若い大尉などは拳銃を抜きかねない表情で、
警備の憲兵が銃に手を掛けかけたほどだった。
マイケルソン大佐をはじめとするアメリカ人たちも、机を叩いて立ち上がり、オルセンに
加勢した。これに対し、総司令部の幕僚たちも総立ちになって応戦した。
その怒鳴りあいを聞きながら、一人座って橘中佐は考えを巡らせていた。
レアード准将は消極的すぎる。どうも妙だった。下手をすると、パーカー中佐は切り捨て
られるかもしれない。
橘も三鷹大佐も、それを見過ごせるような人間ではなかった。特殊作戦群のチームは、
あと2日でちょうど…
そのとき、イギリス軍の幕僚からメモが回ってきた。
「お招きいただきありがとうございます、大佐。ここは確か、あなた方のお子さんたちの
行きつけだとか」
「はい。邪魔が入ることをご心配いただく必要はありません」
橘中佐は、2つ隣のテーブルに座る、かわいらしいブルネット娘もそちらの者なのか、と
聞こうと思って、やめた。
いま彼らがいるイタリアン・レストランは、イギリス大使館員が要員との会合に使った
り、何やらSASの隊員が出入りしたりしていて、日本の現地情報隊の隊員が招かれた
こともある。
橘に随行している猪木伍長がささやいてきたところによると、彼がフォート・ブラッグで
顔見知りになった奴も、その辺にいるようであった。
「まだ昼食には早いですが、ここのペスカトーレは絶品なんですよ」
と微笑んでから、ゴダード大佐は真顔になった。
「お引き留めしてすみません。ただ、重要な話がありますので」
「パーカー中佐のことですね?」
「ええ。皆さんのお力をお借りする必要があると思うのです。我々は独断で、彼女を奪還
するつもりでいます」
ファンの回る音が妙に大きく聞こえた。
「率直にお話しましょう。
我々はいま、ヴェガ町の北東10キロの地点に、海兵隊の偵察チームを入れています。
コード・ネームはチーム・ナイフ。
そちらからお借りしたワタル・サデ中尉が指揮をとっています。
彼らがこの朝、彼女を捕らえた民兵部隊と直接に接触したのです。
連中は、ブロンドの女性パイロットを捕らえ、その捕虜がデネブ渓谷に幽閉されていると
言っています。
我々はその情報を確認するよう命じました。そしてつい先ほど、直接に視認したという
報告が入ったのです」
橘はひそかに微笑んだ。
席について間もなく、ウェイターがメニューに紛れて何かをゴダードに渡したのを、橘は
見逃していなかった。
「その偵察チームは、オランダ大隊に所属していた人たちですね?」
「流石ですな――そう、オランダ大隊に配属されていました。
オランダ隊の消滅とともに、我々の指揮下に戻ったのです」
「あるときから突然、オランダ大隊からの情報資料の質が向上したのです。それに――」
それ以上は言わなかったが、ゴダードも当然承知していた。
「そちらの偵察チームはどうなのです?」
「我々は、特殊作戦群のロードランナーを入れています。
ただ、ヴェガ町にもっとも近いチームでも南方15キロほどですから、移動に少々時間が
必要です。間に合わないかもしれません」
「お願いがあります――そちらの空軍の村上中佐と連絡をとりたいのです。
我々のリンクス・ヘリコプターでは、この任務には航続距離も生残性も不足です。
あなた方の空軍部隊が持つブラック・ホークが必要なのです」
橘はじっとゴダードを見つめた。
「それは構いませんが――なぜそこまでするのです?
我々と同じく、あなた方にとっても、彼女は外国人です。
そのために、なぜそこまでの危険を冒すのですか?」
「ノルウェー空軍軍人であるということと、スーザン・パーカー当人であるということ
で、我々は彼女に二重に借りがあります。
かつてソヴィエト軍が直接我が国を攻撃しはじめたとき、ノルウェー空軍の飛行隊が増援
してくれなければ、スコットランド北部は壊滅していたでしょう。
また、我々がアンドヤ島を攻略したとき、彼女が敵の指揮官と交渉してくれなければ、
おそらく我々の損害はもっと大きくなっていたでしょう――いずれは我々が勝っていたに
は違いありませんが」
第三次大戦の末期、イギリス軍は、ノルウェー軍と共同で、ソヴィエト軍に占領された
島の奪還作戦を行なった。この島には捕虜になったスーザンが勾留されていて、ソヴィエ
ト軍守備隊の次席指揮官がクレトフだった。
事態が最終局面に至ったとき、彼女は脱走し、文字通りクレトフに銃をつきつけて降伏を
迫ったのだった。彼女が叙勲されるに至ったのは、その辺の功績もあったらしい。
「ここで、我々が彼女を取り戻す機会をみすみす逃せば、人々は我々をどう見るでしょうか?
我々はしばしば狡猾と批難される、そのことは承知しています。
しかし、我々は恩知らずと批難されることには慣れていないのです」
「そう胸を張って言える人々は、とても恵まれていると思いますよ」
と橘中佐は嘆息した。
日本は当初、三鷹戦闘団とともに支援戦闘機の一隊を派遣するつもりでいた。しかし
与党は野党と取引きし、三鷹戦闘団に戦車と自走砲を持たせるかわり、戦闘機の海外派遣
を取りやめた。
今になってみれば、賢明な判断だった――予定されていたような軽武装では、三鷹戦闘団
はとうの昔に全滅していただろう。
そして日本は、戦闘機部隊にかわり、救難部隊としてヘリコプターと捜索機を2機ずつ
派遣することにしたのだった。
最高のヘリコプター・パイロットである本郷少佐がそれに含まれるのは、まったく当然の
ことである。
そして、優れたU-125Aパイロットであるとともに、最高の救難指揮官である村上中佐が
それを指揮するのも、まったく当然のことである。
しかし、ここにひとつ問題があった。
すなわち、日本の救難ヘリコプターは、とびきりホットな環境での作戦を想定しては
いなかったのだ。
日本では、地形や気象の条件がただでさえ厳しいうえに、だだっぴろい海まであるので、
防弾装備やら地形追随レーダーなどといった、戦争しないかぎりは無用の長物である代物
を削りたくなるのも、無理はない。
しかしこっちでは、まさにそういった代物が必要なのだ。
あまり知られていないことだが、戦闘中に失われた航空機の乗員を探し出し、救出する
作戦――いわゆる戦闘捜索救難(CSAR)は、ありとあらゆる任務のなかでも最も過酷
な部類に属する。
航空機を撃墜すれば、敵は当然、パイロットを捕まえようと急行し、救助部隊と鉢合わ
せすることになる。おまけにヘリコプターはなべて鈍重で脆弱と来ている。危険な任務に
ならざるを得なかった。
日本の険しい山々や急変する天候、広大な海洋に代わり、今や彼らの敵は、武装して
彼らを狙ってくる敵である。
もちろん、本郷少佐をはじめとする乗員たちの技術と努力で、装備の不足はある程度
埋めることができる。
しかし結局、それは完全とはなりえない。
今日の山田伍長の負傷も、その破綻の一端である。
山田伍長は救難員としてはもっとも新入りで、若いだけに少々無鉄砲なところがあった。
ただ、今回の負傷はそれとは関係ない。
撃墜されたフランス軍のパイロットを収容・離脱する際にドアガンを操作していて、
被弾したのである。
日本を出る前に、機体の主要部には装甲が施されていた。残念ながら、山田伍長の
腹部に命中した弾は、装甲を施せなかった部分を貫通していた。
幸い、生死にかかわる怪我ではなかったが、二週間は戦線から離脱せざるを得ないだろう。
この事件は、日本の救難隊員たちに少なからぬ衝撃を与えた。
後送される山田伍長を乗せた救急車を見送り、乗員たちは蒸し暑い飛行場に立ち尽くした。
やがて、誰が言うともなく、冷房の生ぬるい風を求めて待機室に引き揚げたが、その
足取りは重かった。
「俺たちは、何のためにここにいるんでしょうか」
と内田少尉が呟いた。
「俺たちは人助けをするために来たはずなのに、その相手から撃たれるなんて――
我々がここにいることに意味はあるんでしょうか」
「国連PMFが撤退すれば、この国は破滅するしかない。
我々にできることは二つ。
彼らを助けるか、大虐殺をNHKで眺めるかだ」
田中大尉がたしなめた。
本郷少佐は田中よりも思慮のある態度をとった。
彼の言葉に感想を漏らすかわりに、彼らに原則を思い出させた。
「要救助者がいるかぎり、我々は踏みとどまる。それでよかろう」
本郷はそう言って、鉛色の空を見つめた。
“That others may live”――「他者を生かすために」。
それが彼らのモットーである。
そして、イギリス人とノルウェー人の話を聞く村上中佐が念頭に置くのも、その
言葉だった。
日本空軍Q島派遣団はこれまで、常に「善意の第三者」で居続けた。
派遣部隊の各国同士がいがみあい、さらにそれらが国連ともしばしば対立する複雑な環境
を、村上中佐は、朴訥でお人よしで真面目な日本人という仮面によって切り抜けてきた。
しかし、ゴダード大佐とベルグ准将が持ち込んできた話は、その仮面を脱ぎ捨てることを
要求しているのだった。
「パーカー中佐を奪還する、絶好のチャンスであることは分かります。
しかしなぜ、国連に隠して作戦を行なうのですか?」
「第一に、彼らに通知すれば介入を招き、行動が致命的に遅れてしまう危険があります。
彼らが消極的なのはご存知の通りです。
第二に、彼女が撃墜された原因が問題です。パーカー中佐は、命令から逸脱してベガ町の
偵察を行い、撃墜されました。そんな人間を救うために、彼らが必死になるとは思えませ
ん」
「パーカー中佐はなぜ、そのようなことをしたのでしょうか?」
「彼女は、独自の筋で難民の移送先を調べていました。おそらく、何らかの手段でベガ町
にたどりついたのだと思います。彼女は非常に正義感が強いもので」
准将は、十年来の愛弟子をかばって言った。
「ときおり、やりすぎるのです」
「それについてはよく聞いていますよ」
ゴダード大佐が含み笑いをした。
「アメリカのイーグル・ドライバーと大乱闘をやらかしたそうですな」
「彼らは、我々の派遣団全体を侮辱したのです。
彼女はよく自制しました。部下は抑えましたし、相手で障害が残ったものはいないはずです」
彼女は一人で大立ち回りをやらかしたあげく、相手の指揮官とサシで飲んでうやむやに
してしまったのだった。
村上中佐はむしろ、米軍のパイロットに喧嘩を吹っかけたというほうに共感を覚えたよう
だった――何か個人的体験があるのかもしれない。
「なるほど――承知しました。パーカー中佐は我々にとっても戦友ですし、浅網は同胞です。
全面的に協力しましょう」
村上中佐の言葉を聞いて、イギリス人たちはほっと安堵の息をついた。
村上龍之介空軍中佐は本郷少佐たちの上官で、UNQPMF航空部隊の救難隊 北部分
遣隊の指揮官であると同時に、日本空軍のQ島派遣団の指揮官でもある。
三鷹大佐は既に、救出作戦に関してイギリス隊の全ての行動を是認するというメッセージ
を伝え、連絡官として松島大尉を送っていた。
松島大尉は三鷹戦闘団の情報幕僚で、くだんの地域の情勢にとてもよく通じていた。また
、日本隊が入れている斥候部隊からの情報を知ることができた。
そして、三鷹大佐と村上中佐の了承を取り付けたということは、日本人を完全に味方に
つけたということだった。
日本人を味方につけたことで、問題のひとつが解決した。
つまり、兵力の問題である。
チーム・ナイフは、きわめて高度に訓練され、また重武装した2人のオランダ人が加わっ
たとは言っても、結局はわずか6人の軽歩兵にすぎない。
現在パーカー中佐を拘束している敵部隊は中隊規模、150人はいて、標準的な民兵部隊の
編制をとっている。
キャンプには簡単な防御施設があり、数丁の機関銃に迫撃砲が1門はある。
いくら英国SBSといっても、6人では手には余る相手だ。
そこで、日本隊の出番となる。
オランダ隊の消滅とともに、バルゴ港地区は三鷹戦闘団の作戦区域に編入された。
これを受けて――じつはその前から――日本の斥候隊がいくつか、バルゴ港地区に潜入
していた。
そして三鷹大佐は、そのなかでもっとも近い“チーム・オーメン”を、救出作戦に投入
することを許可したのである。
チーム・オーメンは、特殊作戦群から選抜された、8人の特殊部隊員からなる
強襲偵察隊で、後方破壊・撹乱を狙っていたことから、かなりの重武装であった。
好都合なことに、チーム・オーメンの指揮官は曹長なので、作戦の指揮はチーム・
ナイフの浅網中尉がとることになる。浅網は日本人だが、今はイギリス軍に派遣されて
いるので、指揮権はイギリス側にある。
しかし浅網の忠誠心が最終的にどちらに向いているかは、言うまでもない。
日本隊とイギリス隊の双方が満足できる、なかなか見事な折衷案といえよう。
「チーム・オーメンは現在、ヴェガ町の南方16キロにあって北上中です。到着は29日深夜になるでしょう」
「たったこれだけの距離を移動するのに、30時間もかかるのですか?」
「バルゴ港地区には、多数の民兵部隊が出現しつつあります。その陣地を迂回しなければならないのです」
焦燥を露わにするリタア空軍少佐に、松島大尉が申し訳なさそうに言った。
誰の頭にもあるのが、スーザンの性別による明白な危険だった。
L族民兵は、品行方正さで有名になったわけではないし、彼女を前に、自制心を保って
いられる保証はどこにもなかった。
何しろ、世界に知られたソヴィエトの空挺隊員をたらしこんだくらいである。
その後5年以上が過ぎたが、彼女は相変わらずだった。
「チーム・ナイフが追跡し、監視しています。私は既に、浅網中尉に対して、必要に
応じてただちに強硬手段に出ることを許可しました。敵のふるまい次第では、チーム・
オーメンとの合流以前に行動に踏み切ることもありえます。
その場合の支援は大丈夫でしょうか?」
「我々の飛行中隊の即応配置は今週いっぱい続く。いつ出撃しても問題はない」
とベルグ准将が答えた。
「救難隊は常に即応態勢にあります。通常任務は米軍に肩代わりしてもらうことができ
ます。
問題ありません」
と村上中佐。
「我々は目下、北西部海岸−中西部盆地間の隘路に出現した敵の大部隊と激戦中です。
中川ラインでも敵の攻勢が開始されました。申し訳ありませんが、戦闘団主力は皆さんを
支援することは出来ません」
と松島大尉が言った。
この前日深夜、三鷹戦闘団の後方連絡線上に、敵部隊が出現した。
敵は歩兵の大軍を山中の徒歩行軍によって投入してきたのである。
これによって、三鷹戦闘団は退路を断たれて包囲され、中西部盆地のどまんなかに孤立
することになった。
とはいえ、日本陸軍の誇る最精鋭の機甲部隊を、三倍程度の兵力差で殲滅できると考えた
としたら、それはよほどの自信と言える。オランダ大隊を降し、そのうぬぼれは頂点に
達していた。
「ただ、敵は相当の部隊を迂回機動に投入したと見られます。ジェミニ丘陵地区での活動
は低調です」
「つまり、君たちと相対する敵が活発に活動している間は、敵の背後への注意が薄れるわ
けだ」
「そうです。敵は軽装備の歩兵部隊ですから、奇襲効果を失えば、その攻撃力は急速に低
下するでしょう。ここ数日が山だと、我々は判断しています」
ベルグ准将が提案し、ゴダード大佐、村上中佐、松島大尉がともに賛意を示し、決定は
下された。
ベルグ准将はもうひとり、この知らせをまっさきに伝えなければいけない男のことを忘れ
ていなかった。
彼はジープを自ら運転し、クレトフが投宿するホテルに向かった。