ヤバいな、と浅網は思った。
スーザンを伴っていることで移動速度が落ち、彼らはかつてよりも脆弱になっている。
そして今や、敵は本気になって山をかきわけはじめている。
交戦は避けられそうもなかった。
しかし、ニンジャ・ヒルで全滅したかつての“チーム・ナイフ”とは違い、彼らには、かなり大きな裁量権が与えられている。おまけに、命令はずっと単純だし、浅網は命令違反の常習者――とまでは言わないが、まあ、わりと自由な発想をする人間である。
そして、彼らは決して孤立してはいなかった。
救援が来ることを確信していたし、彼らと連携して動く地上部隊もいる。
それゆえ、浅網には、黙って戦闘を甘受する気など、さらさらなかった。
こちらには腕利きが6人いて、スーザンも銃が撃てるくらいには回復している。
立っているものは空軍中佐でも使え、だ。
そう思って、浅網はこっそり笑った。
もちろん彼女を戦闘に投入することは、警護対象を不必要な危険にさらすことになる以上、本当は褒められたことではない。
ただ、彼らは、そこまで贅沢を言っていられるような状況でもなかった。
それに、彼女を外すなどと言い出せば、たぶん本人が黙っていないだろう。
彼らには機関銃が1丁、消音銃が4丁、狙撃銃が1丁、指向性破片地雷が6個ある。
奴らを死地に誘いこんでやれ。
手早く、徹底的に殺す。
最初の5秒で10人が死ぬだろう。続く5秒で、おそらく同数が後に続くことになる。
そうなれば、残る敵は一目散に逃げ去って、震えながら自分のズボンのなかでちびることになるだろう。
ヘイボアとエステベスを呼び、浅網は地図を検討した。
浅網が指差した一点を見て、二人が頷き、同意がなされた。
*****
「シックス、こちらポイント。推定勢力は増強された小隊規模。
まっすぐそちらへ向かっています」
『了解。安全なあいだ留まり、それから移動せよ。1キロかそこら、彼らにペースをあわせて動いてみてくれ。敵をできるだけ多くこちらの仕掛けの中へ入れたい』
「了解」
このド素人どもめ、とニコルズは思った。
3、4人ずつまとまって行動しているが、確固たる任務分けは無いらしい。
どうせ顔見知り同士で固まっているのだろう。
「移動するぞ」
エステベス曹長が肩を叩き、二人は急いで斜面を登った。
彼らは、できるかぎりすばやく動きつつも、観測しやすい地点を次々に選んでは、敵の様子を浅網に連絡していった。
彼らの前方では、チーム・ナイフの隊員たちがそれぞれ場所を選び、準備をした。
スーザンまでもが、鹵獲品のライフルを肩に当てて、戦闘体勢を取っていた。
浅網は賢明にも、彼女を一人前の兵士であるかのように扱うなどということはせず、軽機関銃を扱うレシュカ伍長の補助に回していた。
レシュカ伍長は、10歳近く年上の中佐を弾薬手に迎えることになって、すこし戸惑ったが、スーザンのほうは、その役割をすんなりと受け入れた。
スーザンの本業は戦闘機乗りであって、陸戦畑ではない。
その銃の扱いは、見よう見まねのような感じで、まださすがに浅網たちのレベルには達していなかった、が、しかし、そこらのL族民兵よりは、よっぽど板についていた。
昔々の基礎教練がよみがえってきたのもある。
だがそれはむしろ、戦争が終わってから、しばしばクレトフと行った、狩りのおかげだろう。
彼はかつて優れた空挺隊員であり、今でも銃の扱いについては、とても良いコーチだった。
その彼に教えを受けた、彼女は良いハンターだった。特に、空を飛ぶものについては。
その思い出を海兵隊員たちに語るとき、彼女の口元には微笑みがあった。
平和だったころの思い出、夫の感触…
しかし今、レシュカの横でタイプ56のストックを肩に当てて、照準越しに周囲を警戒する彼女の顔からは、一切の思念が排されて、まるで老兵のように引き締まっていた。そしてその青灰色の目は、銃の鉄灰色にも似た、危険な色をたたえていた。
辱められたことへのショックの段階は既に過ぎ、彼女は今や復讐に燃える獣だった。
その汚辱は、敵の血によってのみ贖われる。
彼女は殺しを切望していた。
そしてそれこそが、浅網が彼女を補助に回した、第2の理由であった。
兵士は常に冷酷でなければならない。少なくとも、そう努力しなければならない。
戦闘はたいてい混沌として、やっているほうにも何が何やらさっぱり分からないが、とにかくヘマの少ないほうが、勝って次の朝日を拝めることになる。
そして頭に血の上っている男――もちろん女も――は、ヘマをやらかしかねない。
だが、年下の女性兵士を援護しなければいけないとなれば、自分の復讐に夢中になっているわけにもいかない。
それを彼女は承知していたし、彼女が承知していることを彼は承知していた。
*****
イギータ少尉は、少尉などと名乗ってはいるが、正規の軍事訓練を受けたことなど一度もなかった。
それどころか、学校教育すらまともには受けていなかった。
もっとも、それは彼の罪とはいいがたい。
彼には、政治的な理念も大してあるわけではなかった。少尉になったのは、単にこのあたりでちょっと大きな畑を持っていたからに過ぎない。
この騒動についても、S族が持っている色々なものをちょうだいできるから賛成という程度で、確固とした信念があるわけでもなかった。
それでも、今回の任務については、全小隊員が奮い立っていた。
白人首には一人当たり米ドルで50ドルの賞金がかかっている上に、そのうちの一人は女だという。
それを自由にできるわけだから、奮い立たないわけがなかった。
自動小銃を手にして、彼らは、自分たちが無敵の戦士になったような幻想に身をゆだねていた。金髪女というのは、そんな自分たちにかっこうの獲物に思えた。
多くの男がプレイメイトやそれに類するものを読んだことがあり、豊満なブロンドを夢想して、今から、ああしてやろうだの、こうしてやろうだのと、妄想をたぎらせていた。
――実物を見たら、たぶん相当数がちょっとした失望を味わっただろう。
ただもちろん、実物を拝むには、彼らのうちの相当数が、その生命を代償として支払う必要があった。
そしてそんな状態だから、2人の海兵隊員が、彼らの進路をひそかに横切り、後ろに回りこんでいることになど、気づくはずもなかった。
最初の徴候は、先を進んでいたマルランダ軍曹のチームが消えたことだった。
ある面から言えば、当然の結末だった。
英国SBSは、生きた人々をうっかり背後に残すことで有名になったわけではない。
そしてチーム・ナイフには、2正面で交戦できるほどの人数はいない。
そんなわけで、マルランダ軍曹と3人の兵士は消えることになった。
一瞬のことだった。
その数秒前まで、4人の民兵は、下卑た冗談を大声で言い交わしながら、中国製の自動小銃をスリングで肩からさげて歩いていた。
先をすすむ3人が、薮をまわりこんだところで、ヘイボア軍曹が後尾のマルランダに躍りかかり、背後から腰にコンバット・ナイフを突き立てた。
マルランダは突然の激痛に痙攣し、声も出せずに銃を取り落とした。
それと同時に、浅網とゴドウィンが消音銃でバースト射を放った。
3人のうち、2人がまずやられた。
浅網の2射目は少し狙いが悪く、3人目の脇腹を貫通するだけに終わって、その男は体をよじりながら、銃を振り上げようとした。
しかし、浅網が3射目を放つよりも早く、ゴドウィンがフルオートで10発叩き込み、その男は声もなく倒れた。
ヘイボアが消音拳銃でマルランダに止めをさして、終わった。
しかし、予兆ともいえるこの惨劇は、イギータ少尉たちには知られずに終わった。
彼らはもともと、チーム間の連絡があまりない。
無線機は、中隊の指揮系統のものが一つあるだけで、小隊内で使う戦術無線機など無いし、その重要性も分かっていなかった。
チーム・ナイフの隊員たちは、各人が1個の戦術無線機を携行しているし、浅網は衛星通信機も持っている。これは大きなアドバンテージとなった。
『トリガーをライフルへ』
浅網中尉が短く言った。
エステベス曹長は適当な倒木を見つけて、ドラグノフ・ライフルのフォア・ストックを乗せた。
そしてすばやく伏射姿勢をとって、うまく大地の安定性を引き出すことができる姿勢を見つけた。
スコープを目に当てて、目標を探した。
曇天のもとで分厚い樹冠の下という頼りない明かりでも、人影はまぎれもなかった。
彼は1人の指揮官を見分けた。
300メートル離れていては、声は聞こえないが、大げさなゼスチュアでそうと分かる。
*****
イギータ少尉は、他の男たちと変わらず、その顔も知らぬ白人女を夢想していた。
将校である以上、彼が最初に味見することができるだろう。
S族の混血女などではなく、正真正銘のブロンドである。
その女の服を引き裂き、目に走るおびえの色を楽しみつつ、むなしく暴れ、叫ぶのを押さえ込んで、白い脚を割ってむりやり押し込んでやる。
白い肌に、幾条もの赤いみみず腫れを刻み込み、穴という穴を犯しつくし、何度も陵辱を重ね、目の光を失い、よだれをたらしながら言葉にならないうわごとをもらし、彼の殴打のたびに、熱い悲鳴と涙で隷属を誓うようになるまで――
そこまで考えを進めたところで、一切の思念が奪い去られた。
185グレインのフルメタル・ジャケット弾が、秒速2000フィートあまりの速度で、彼の額のほぼ中央に命中した。
人体は、その莫大なエネルギーを吸収しきれるほど丈夫ではなく、彼が何を感知するよりも早く、後頭部がほとんど瞬時にして粉砕されて、赤い霧のようになって飛び散った。
周囲の兵士たちは唖然として立ち尽くした。
頭を半分失った死体が地を打った。
まるで、ジャングルに住む悪魔が、突然にして少尉を貪り食ったかのようだった。
兵士たちが困惑して目を見合わせたとき、通信兵の胸が炸裂し、剥き出しになった大動脈から奔流のように血がほとばしった。
RPGの射手が、ようやく、何がおきているかを把握して、警告の叫びをあげようと口を開いた瞬間、彼の横にいた弾薬手が背中を撃たれた。
背負っていたロケット弾のコンテナが爆発し、大地に巨大な穴をうがって、4人が一気に死んだ。
この爆発音で、周囲を進んでいた連中が振り返り、前方にひそむ未知の脅威に背中を向けかけた。
次の瞬間、海兵隊が火蓋を切った。
最初の1秒で3人が死に、次の2秒で4人がやられて、先頭のグループは一発も撃てないままに全滅した。
次のグループでは既に3人が倒れ、生き残った男たちは狼狽し、悪態をわめきながらも、腹ばいになって銃を構え、応射しようとした。
その瞬間、前方からの射撃がやんだ。
「撃ったのは誰だ? 撃ったのは誰だ? どうなっているんだ?」
誰かが叫ぶのが聞こえた。彼らと同じ訛りの英語だった。
誰が誰に撃っているのかを見極めようと、民兵たちは混乱しつつ身を起こした。
銃声がカラシニコフのものだけだったことが、混乱をさらに助長した。
浅網たちのAKMは、民兵たちのタイプ56と、事実上同一なのである。近づいて初めて見分けられる程度のもので、銃声では違いは分からない。
彼らが50メートルまで近づいたところで、チーム・ナイフは全力射撃を開始した。
たちまち、薄暗いジャングルのなかに、曳光弾の白くまばゆい線と、円筒形の発砲炎が飛び交った。
海兵隊とオランダ人は、全員が適切な遮蔽物の背後に陣取って、それぞれが責任を持つ射撃範囲を割り振られていた。
一方の民兵たちは、適切な指揮官もなく、ただ固まって走りながら銃を撃っているに過ぎなかった。
彼らは既に指揮を失っていたのに、そのことに気づかなかった。
彼らはやみくもに突っ走り、いたずらに犠牲を増やしたあげく、チーム・ナイフの射撃に直面して、自然と勢いが鈍った。
その瞬間、レシュカの軽機関銃が隊列を掃射し、さらに浅網が指向性地雷を炸裂させた。
地雷に収められた1ポンド半のプラスティック爆薬が爆発し、700個のボール・ベアリングが、隠れようもない男たちを暴風のように襲った。
地雷から20メートル以内にいた者は即死し、それ以外の大部分も負傷した。
この苛烈な攻撃は、寄せ集めの民兵にとって、もはや耐えられるものではなかった。
誰が言うともなく、彼らは背を向けて逃げ始めた。軍曹たちがまっさきに逃げ、新兵がそれを追った。
その背中に向かって、銃弾が容赦なく浴びせられた。
エステベスはSVDを構え、速射しはじめた。
隣を走る男たちが、次々に声もなく倒れて動かなくなっていくのを見て、生き残った民兵はさらに半狂乱になった。
エステベスはさらに3人をしとめてから、射撃位置を離れた。
そのころには、チーム・ナイフの各隊員も、前もって決めておいたとおり、それぞれの射撃位置から離れて、援護しあいつつ離脱していた。
*****
「敵が出た!?」
アロンソ大尉は、がばっと立ち上がり、地図をわしづかみにした。
「座標はどこだ、座標は!」
軍曹がプロットした地図を見て、アロンソは目をむいた。
「バカヤロー、半径が10キロもあるじゃないか!」
「そうは申しましても、何しろ生存者の証言があやふやで…」
「圧倒的な火力で攻撃され、ほとんど瞬時に壊乱したようです。
小隊員43名中、現在までに掌握できたのはわずか8名、残りは戦死か脱走と見られます」
「まったくあてにならんな」
コルテス大佐がぼやいた。
「なにぶん、カテゴリCの臨時召集部隊ですから」
「小隊規模の部隊を瞬時に壊乱させる火力…おそらく中隊規模だな。
まさか、日本隊の先鋒がもう進出してきたのか?」
「それはないと思います。ミタカ大佐の部隊は、マーズ山系で激戦中で、我々の方面で攻撃作戦を展開している余裕はないはずです」
「しかし、ハルミ偵察中隊の行方が掴めていないとの報告があります。
ハルミなら、やりかねません」
晴海大尉の偵察中隊は三鷹大佐の懐刀と称され、これまで、幾度となくLDFを痛い目にあわせてきた。
三鷹戦闘団本隊に先駆けて進出し、また撤退に際しては殿をつとめた。
完全に三鷹大佐の裏をかいたはずの攻撃を、わずか1個中隊で粉砕したこともあった。
それゆえに、晴海中隊は、ほとんど悪鬼羅刹のごとく恐れられていた。
コルテス大佐が、戦車将校として、もっとも警戒する相手であった。
「やむを得ない。SBUを投入する」
「しかし大佐、SBUは!」
「我々には、カテゴリBの部隊は1個中隊しかないのだ。そしてそいつはジェミニ丘陵
から動かせない。通常のカテゴリC部隊では、イギータ小隊の二の舞だ。
SBUなら、まだマシだろう」
SBU、浅網中尉の原隊である日本海兵隊の特殊部隊と同名だが、まったく関係ない。
スモール・ボーイズ・ユニット、平均年齢13才の少年兵部隊である。
少年ゆえの純粋な残酷さと狂信的な攻撃で知られており、大人たちや、より年上の少年兵の部隊に対する督戦隊として用いられることもある。
子どもだからといって、油断してはならない。
三鷹戦闘団の最初の犠牲者が、少年兵の手によるものだったということは、日本人に大きな衝撃を与えた。
小澤軍曹は稚内に7歳の息子を残してQ島に派遣されてきており、おそらくそのせいで、突然飛び出してきた少年を撃つことができなかった。そしてその6才の少年は、古いアメリカ製のカービンを持っていた。
分隊員たちは連射を浴びせてその少年をずたずたにしてから、小澤の亡骸を抱えて泣いた。
6才で戦場に出たなら、13才になれば、日本陸軍でいえば、既に3任期に達する立派なヴェテランになる。2日間の速成教育だけで部隊編制をおこなっている、カテゴリCの民兵に比べれば、よほど恐るべき相手といえる。
*****
「チーム・ナイフは、もっとも近かった追撃部隊に対して待ち伏せをしかけて、ほぼ全滅させました。当座の危険は去ったと言ってよいでしょう。
ただ、これで敵に手がかりを与えてしまいました。
網は狭まりつつあります。一刻の猶予もなりません」
「SBUが投入される動きがあります。敵は本気です」
「聞いての通りだ。各位、準備は万端か?」
「晴海偵察中隊は攻撃位置に配置されています。チーム・オーメンも目標に到達し、攻撃準備を完了しました。奴らの命は我らが手中にあり、です」
「UH-60、U-125、ともに整備は万全です。平田中尉が太鼓判を押しています」
「整備は完了、兵装の搭載も完了しております。第1エレメントは制空任務、第2、第3エレメントは阻止攻撃任務です」
「よし。
諸君、作戦は予定通りに決行する。
ミスタ・リッター、私が第1エレメントの指揮を執る。君はウィングマンにつけ」
「望むところであります」
「よろしい」
そして、准将はノルウェー人たちを見回した。
「みんな、我々のお姫様を助けに行くぞ!」
「違いますよ、閣下」
とリッター少佐が微笑した。
「ミス・パーカーは“お姫様”ではありません。我々の指揮官です」
「そうだな、少佐。失礼した」
と謝って、ベルグ准将は、心の中で喜んだ。
「パーカー中佐は、よい部下を持ちましたな」
村上中佐が、ベルグの心を読んだように言った。
ベルグは、10年来の乾分を誇るような笑みを浮かべて、そして村上に向かって詫びるような表情を浮かべた。
本来、日本人たちはまったく無関係だったのだ。命を賭けて彼らがこの件に関わって、得られるものは何もない。国際問題になって、彼らの将来を危険にさらしかねない。
しかし、村上中佐は、ベルグに何も言わせなかった。
「パーカー中佐は我々の戦友です。そして、彼女は夫のある身でもあります。彼女を家に帰してやらなければなりません。
“These things we do, that others may live”ですよ。
我らは航空救難団、行いをなすのが我らが務めです」
かつて、合衆国空軍救難隊を創った男は、救難隊員の信条をこう記した。そしてそれは、村上たちの金科玉条でもあった。
It is my duty as a Pararescueman to save life and to aid the injured.
I will be prepared at all times to perform my assigned duties quickly and efficiently, placing these duties before personal desires and comforts.
These things I do, "That Others May Live"!