三鷹大佐は、極めて有能な軍人であると同時に、実に高潔な人物である。  
しかし彼がスーザンの救出作戦に賛同したのは、単に人道的な理由からだけではなかった。  
彼は、村上中佐たちの侵入を援護するとともに、来るべきバルゴ港攻撃作戦に向けての  
威力偵察を同時にやってのけてやろうと思っていた。  
 
 航空支援が確約された攻撃というのは意外に少ない。  
国連特別代表を経由しなければいけないから時間がかかるし、航空機がみんな出はらっていた  
というのも日常茶飯事である。  
戦闘機が確実に来援してくれるという、この珍しい状況を、三鷹大佐は存分に活用する  
つもりだった。  
 
*****  
 
 村上たちの状況説明には2時間を要した。“有志連合”の作戦立案は、実に詳細を  
極めていた。  
村上中佐は救難のスペシャリストであり、松島大尉は敵情を教えるとともに三鷹戦闘団  
との調整を担う。  
パリサー少佐は地上での作戦を立案し、ベルグ准将は老練な戦闘機乗りであるとともに  
最高指揮官を兼務する。  
かつてソヴィエトの空挺部隊将校だったクレトフも、彼らのプロフェッショナリズムには  
感銘を受けた。彼の最良のチームにも決して劣らないだろう。  
 
 そして、点検のときが来た。  
ノルウェー隊の格納庫では、F-16に兵装が搭載されていた。異例だが、空対空兵装も  
積み込まれた。  
デンマークやベルギーの隊員たちはそれを目にしたが、何も言わなかった。  
 
WEU統合飛行隊の指揮官であるスーザンは、彼らにとってもまた、指揮官なのである。  
彼らは、何も言わずにノルウェーの同僚たちの肩を叩き、無言のメッセージを伝えた。  
“奴らに思い知らせてやれ”!  
 
 整備小隊の平田中尉はいつもにも増して厳しく、沢田軍曹も額に汗して、万に一つも  
見落としが無いかを調べた。  
沢田一美 2等軍曹、旧姓は西田。78号機の機付長である。  
そして、救難員たちは、一人の新入りの教育をしていた。  
 
 クレトフは、スラヴ人としては平均的な背丈で、現役時代にはがっちりしていた体躯も、  
今では同年代の平均より少し体格が良いという程度でしかない。  
しかし、それでもやはり、日本隊が持っているヘルメットやフライト・スーツは、彼には  
まったく合わなかった。そのため、日の丸の入ったパッチが並ぶなかで、ひとりだけ、  
北極星印のパッチをつけたフライト・スーツを着るはめになっていた。  
 
*****  
 
 このとき、チーム・ナイフは、指定された回収地点まで到達していた。  
しかし、浅網たちの緊張はむしろ増しているのを、傍らのスーザンは感じ取っていた。  
 
 浅網は、彼らの置かれている状況が気に入らなかった。  
 救助のヘリコプターは、日本の特殊部隊が確保する回廊を通って飛来する。  
逆に言うと、この付近から離れると、ヘリコプターが敵のSAMに撃墜される恐れがある。  
従って、仮に敵の接近を察知しても、チーム・ナイフは動けない。  
動けない部隊は、本質的に脆弱な立場に置かれる。それを好む兵士などいない。  
 
 チーム・ナイフの隊員たちは、掛け値なしの精鋭だが、6人しかいない。  
スーザンを勘定にいれても、たった7人である。  
守りにまわったときには、質だけでなく量もとても重要になる。その量が、彼らには  
決定的に欠如していた。  
 
 もちろん、浅網は最善を尽くしていた。  
前回の待ち伏せ攻撃でかなりの量の弾薬を消費したが、その大部分はカラシニコフの弾  
だったので、容易に敵から補充することができるし、現に彼らはそうした。  
 指向性地雷はまだ5個あるし、ヘイボアには10発のグリネードが残っている。  
レシュカの軽機関銃は、前回の戦闘で80発近くを撃っていたが、それでもまだ100発入りの  
弾薬バッグが5つ残っている。  
 
 つまり、彼らの火力は、兵力のわりには強力なものだった。  
だが、十分に強力だろうか?  
不足があるなら、それは地の利で補うしかない。隊員たちは地形を十分に吟味し、作戦を  
練った。  
スーザンは  
(“あたしの”F-16も来るんだし、そこまで心配しなくてもいいんじゃない?)  
と思ったが、浅網は、日本の陸軍/海兵隊の通弊として、航空支援をほとんど信用して  
いなかった。  
何しろ、第3次大戦のときには、航空自衛隊(当時)と米空軍の連合部隊がサハリン南部  
の制空権を奪うのに3日もかかって、その間に、上陸部隊はさんざんな目にあわされた  
ものである。そのなかには浅網の先輩たちもいた。  
 
 エステベス曹長とニコルズ軍曹は、再び斥候の任務に戻っていた。  
彼らは、チームの前方防御線からさらに2キロほど前進し、慎重に周囲を探りつつ、  
ゆるやかな弧を描くように進んでいた。  
 彼らが回収地点に戻ろうとしていたとき、ニコルズの頭が回った。  
しばらく耳をすましてから、彼はエステベスのほうを見た。  
二人のプロは、不愉快な考えを無言のうちに確認し、頷いた。  
「シックス、こちらライフル。引き返し地点にいます。下のほうに動きを発見。  
500メートルほど下です。ここで待って、確かめます」  
『了解。気をつけろよ』  
「了解」  
 
 2人の救難員とクレトフが乗り込むと、白拍子軍曹がスライドドアを閉めた。  
本郷少佐と内田中尉は手早く飛行前点検を済ませた。  
ブラック・ホークのエンジン音が高まり、ローターがゆっくりと回りはじめた。  
 
 U-125、17号機のコクピットでは、村上中佐が理性を働かせて操縦桿を広沢少佐に譲り、  
後方に引っ込んだ。  
 
 ひとつ、問題があった。  
日本空軍の救難部隊が戦闘捜索救難を行なうときは、AWACSや地上基地からの支援を  
受けることになっている。  
しかし今回の任務ではAWACSは連れてきていない。三鷹戦闘団の高射特科部隊との  
交信ルートは確保されているものの、彼らには彼らの戦場がある。  
 そこで、救難機材のいくつかを降ろしたスペースに、村上中佐とパリサー少佐、  
ノルウェー空軍のパウルゼン少佐が座って、地図や通信機、情報端末と向き合うことに  
なった。今回の作戦では、ここが前線指揮所となる。  
 
『〈ビーグル〉より〈スターベース〉、降着地点付近に敵の動きあり。距離は1マイル半、  
接近中。我々は交戦を準備する』  
 浅網からの連絡を受けて、パリサーと村上は協議した。しかし、その結果を伝えるよりも  
早く、三鷹戦闘団の作戦指令所にいる松島大尉から連絡が入った。司令部の有線回線は  
UNQPMFの保安部に盗聴されている危険があったため、事前に決めてあった符牒を  
使っていた。  
『〈メイジャイ〉より〈オリンパス〉、本日マンドリンを弾いた。音色は上々。  
会場は確保した。演奏会への来訪を待つ』  
 
村上中佐はヘッドセットを調整し、デジタル暗号化された無線通信を通じて、みんなに言った。  
 
「〈スターベース〉より各ユニット、対空陣地は無力化された。晴海偵察中隊も作戦行動を  
開始した。  
作戦は“ゴー”だ。  
なお、〈ビーグル〉より、敵の接近を探知したとの由。  
着陸地点において交戦が予想される。〈クロー〉、先行せよ」  
『了解』  
ベルグ准将が手を振ると、整備員たちがさっと敬礼した。  
ターボ・ファン・エンジンの甲高い音が轟音に変わり、戦闘機はゆっくりと列線から出はじめた。  
 
『〈クロー〉中隊よりタワー、発進する。滑走路を使うぞ!』  
「待て、発進の許可は出ていないぞ!」  
フランス人の管制官がマイクを握り締めて、腰を浮かせた。  
「やめろ」  
そのとき、背後から声がした。  
振り返ると、WEU統合飛行隊のデンマーク人とベルギー人の空軍士官が立っていた。  
「おまえたちの配置はここではないだろう! 警備兵、こいつらを追い出せ!」  
沈黙が答えだった。いや、日本の管制官が、飛び立ったばかりの米軍の輸送機に指示を送っている  
声だけが聞こえていた。  
「警備兵!」  
彼はもう一度叫んだ。  
誰一人として、その声に応えたものはいなかった。デンマーク人が一歩踏み出した。  
「彼らに手を出すな。彼らを行かせてやれ。彼らは、我々の仲間を助けに行くのだ」  
イギリス人の管制官が通信を引きついだ。  
「タワーより〈クロー〉中隊、離陸を許可する。  
滑走路は05。風は方位20度から28ノット。最大風速、50ノット以下。  
幸運を祈る」  
と付け加えた。  
『感謝する。離陸許可、滑走路05。  
〈クロー〉中隊、出撃!』  
ベルグ准将は賢明にも、対地攻撃装備の第2エレメントに先陣を譲った。  
爆弾を満載した2機のF-16が、轟然と滑走路を走った。  
 
*****  
 
 もはや、敵の意図は明白だった。  
奴らは、この丘を目指しているのだ。しかも、ここに敵対勢力がいることを予期しているらしい。  
 
 浅網には知る由もなかったが、それはアロンソ大尉の推理だった。  
彼はいくつかの間違いを犯していたが、とにかく、彼らはヘリコプターで回収されるに違いないという、  
重要な点を的中させていた。そしてそれさえ分かれば、回収地点はある程度絞られてくる。  
 
 U-125が飛び立って、戦術通信機での交信が可能になった。  
浅網にはそれがありがたかった。この緊迫した状況で、二つの通信機を使い分けている余裕はない。  
 
「〈ビーグル〉より〈スターベース〉。敵はLZの南より接近中。1マイルほどのところに  
迫っている。兵力はほぼ中隊相当。  
回避不能と判断。我々はこれより交戦する」  
『了解。8分でF-16が2機行く。他にも救援が行く予定だが、彼らが先につくだろう。  
我々は既に全機が離陸した。持ちこたえろ、ビーグル』  
「了解」  
彼はチャンネルを切り替えて、言った。  
「みんな、8分で航空支援が来るぞ」  
『ありがたいですな』  
とニコルズが言った。  
 
 今や、全隊員が敵を目視していた。  
スーザンにとって、それは慣れない種類の緊張だった。  
チーム・ナイフでもっとも先任の士官で、エステベス曹長の次に年長だという矜持がなければ、  
彼女は考えなしに撃ちはじめていたかもしれない。  
彼女は、敵を前にして、復讐心のあまり、ほとんど舌なめずりせんばかりだった。  
しかし、その戦意を一言で萎ませる通信が入った。  
 
『〈ポイント〉より〈シックス〉、敵は少年兵です。繰り返します、敵は子供です』  
 
 SBSの隊員たちは、その意味を知っていた。  
少年たちは幼く、死の意味を理解していない。死んだ人間が二度と戻ってこないことの意味や、  
自分が死んで、家族や友人に会えなくなることの意味など、分かってはいない。  
それゆえに、彼らは何物をも恐れず、死ぬまで突撃してくる。  
 一片の情けも許されない。  
逡巡した瞬間、彼らは小澤軍曹の後を追うことになるだろう。  
SBSの隊員たちは、それを完全に理解していたし、オランダのレンジャー隊員もそうだった。  
 
 だが、スーザンは違った。  
彼女はこの事態について覚悟ができていなかった。  
もちろん、〈リアルタイム〉がSBUの動員を伝えてきたとき、浅網は少年兵を相手取る可能性に  
ついてスーザンに教えてあったし、彼女もそれを理解したつもりでいた。  
しかし、彼らを照準にとらえ、今にも殺そうという瞬間にそれを知り、彼女は動揺した。  
 
(アシストよりシックス、ほんとうに攻撃するのか?)  
と、彼女はほとんど送信するところだった。  
しかし、傍らのレシュカ伍長を見て、スーザンはそうするのをやめた。  
彼女は身じろぎせずに機関銃を構えていた。その顔には悲壮な中にも決然とした表情が浮かび、  
それが言葉よりも雄弁に語っていた。  
こいつは戦争なのだ。  
そして、彼らは敵なのだ。  
 
 手順は、前回の待ち伏せと基本的に変わらなかった。  
選抜射手のエステベスが敵の指揮官を狙撃し、指揮系統を絶ったうえで、一斉射撃で敵を一気に  
圧倒する。  
ただ、今回は敵の数が多すぎた。そのために、細部には多少の違いが出る。  
 
 本来、同じ手順を踏襲することは危険なことだ。  
それはこちらの行動を予想する根拠を与えるし、戦場で行動を読まれたならば、もう死んだも  
同然である。  
 しかし、浅網には選択の余地がほとんどなかった。  
彼らの至上命題はスーザンを守ることであって、敵を打撃することではない。そして、自由な  
戦術行動を取るには、彼らは少なすぎた。  
 
「〈ビーグル〉より〈スターベース〉」  
『あと5分だ』  
と村上は辛抱強く答えた。  
「敵は3個梯隊に分かれてこちらに向かっている。先頭の敵との距離はほぼ400メートル。  
後ろ2つはおそらく900メートルほど。F-16にはこちらを攻撃するよう伝えてくれ。  
先頭の敵は我々が処理する。我々はまもなく交戦を開始する」  
『了解。武運を祈る』  
村上は、最後だけ日本語でつけくわえた。  
「よーし…」  
久しぶりの日本語に心を動かされ、浅網は独り言をもらした。  
 
 ニコルズとエステベスは、チームの防衛線の最左翼に位置していた。  
中央ではヘイボアと浅網が、そして、右翼では、レシュカとスーザン、ゴドウィンが射撃の  
準備を完了していた。  
 エステベスのライフル・スコープには、敵の指揮官と思しき男の姿が捉えられていた。  
少年兵を相手取るとき、敵の指揮系統を攻撃することはいっそう重要となる。  
大人の指揮官を失うと、少年兵たちは統制を失い、その一撃で部隊が瓦解することもありうる。  
 
『あと3分』  
浅網中尉が全員に伝えた。  
エステベスは答えなかった。既に射撃の決定権はエステベスに移っている。  
彼が息を半ばまで吐き、ゆっくりと引き金を絞ると、引き金と撃鉄の連結が解除される感触が  
伝わり、そして、適切なタイミングで撃鉄が解放され、雷管を発火させた。  
 
 発砲の反動で微かにぶれた視野を戻すと、敵の指揮官は頭から血を噴き出して倒れつつあり、  
その一方、周囲の通信兵や重火器チームはまだ何が起きているか分かっていなかった。  
エステベスの2発目は副官の胸を破裂させ、逃げ出そうと背を向けた通信兵を狙った3発目は、  
通信機を破壊しつつ貫通して、通信兵に出血性ショックによる死をもたらした。  
 しかしさすがにSBUは立ちなおりが早く、既にほとんどが地面に伏せるか、適切な遮蔽の  
後ろに飛び込んでおり、熟練の数人はなかば銃を構えつつあった。  
撃ちかえしてきそうな気配を見て取るや、ナイフの全隊員が火蓋を切った。  
 
 レーザー・ビームのように曳光弾が次々に突き刺さり、反応が遅かった敵はばたばたと  
薙ぎ倒された。  
しかし、友人たちが死につつあることにも動じず、遮蔽の影から少年たちは撃ち返し  
はじめた。  
そのとき、チーム・ナイフの通信網に、ひとつの符牒が繰り返された。  
『ズールー、ズールー、ズールー!』  
 
 
 2機のF-16戦闘機は、今や彼らの頭上に向かって降下しつつあった。  
浅網たちと敵の位置は、GPSによって完全に把握していた。  
樹冠のためにジェットの轟音はほとんど彼らの耳に届かず、少年兵たちにとって、攻撃の  
予兆はなかった。  
 
 ほぼ500ポンドの重量を持つGBU-38/B誘導爆弾が2発、先導機の翼を離れた。  
それらは、一発当たりで砲弾15発以上もの威力があり、日本国内で間違って実弾を使ったら、  
演習場内の施設が壊滅しかねない代物である。  
そしてそれらには、GPSによる誘導キットが取り付けられ、パリサーが計算した座標に  
向けて、正確に爆弾を導いていた。  
 
 後方で連続したすさまじい爆発と地鳴りに、敵は一瞬狼狽した。  
そして浅網たちはそれを見逃さず、動揺する少年・少女たちを、指向性地雷と軽機関銃の掃射が  
襲った。  
 
『まもなく匍匐飛行に入る』  
本郷少佐が機内回線で伝え、日本の救難員とクレトフは、座席に座ってシートベルトを  
確認した。  
アフガニスタンでの作戦を経験しているクレトフは、次に来るものを知っていた。  
山地を越えるや、ヘリコプターはすとーんと降下し、さらに機体を傾けて、地肌を  
なめるように飛んだ。52号機がそれに続いた。  
 
 匍匐飛行とはいっても、アメリカのペイヴ・ローのような精密な機械はなく、完全に  
パイロットの職人技頼りとなるので、地上からわずか数フィートという具合にはいかない。  
しかし、本郷少佐は凄腕のパイロットであり、田中大尉はその直伝の弟子だった。  
彼らはできるだけ低く、できるだけ速く飛んでいた。彼らが遅れれば遅れるほど、浅網たちの  
危険は増すのだ。  
 
 従って、彼らはさしあたって、乗客たちの乗り心地を頓着してはいなかった。  
クレトフは、アフガニスタンでの飛行よりは、ドイツ旅行のときにスーザンと乗った  
ジェット・コースターを思い出し、二度とあんな乗り物のための列に並ばないことを誓った。  
そしてその思いは、妻への思いを呼び起こした。  
生きて共に帰る、絶対に。  
彼はそう決意し、バブル・キャノピーから見える緑の叢林を睨んだ。その光景が再び  
大きく揺れた。  
ブラック・ホークは機体を逆方向に傾けて、旋回に入った。  
『あと5分だ』  
と副操縦士の内田中尉が言った。  
『キャビン、戦闘準備』  
 
*****  
 
 浅網たちはうまくやっていた。  
しかし、事態は必ずしも思い通りには進んでいなかった。  
少年兵たちは覚醒剤の投与を受けており、恐怖心が異様に希薄だった。  
隣の友人が撃ち倒されても、まったく臆さない。腹から腸が見えているのに、喚声とともに  
突っ込んでくる。  
それは、熟練の特殊部隊員にすら、寒気をおぼえさせるものだった。  
心理的な効果はほとんど期待できず、彼らを阻止できる唯一の手段は物理的に行動停止に  
陥らせることだけだった。  
 
 スーザンはそれをかみしめながら、木の陰から飛び出した人影に照準を合わせた。  
カラシニコフが短く唸って、その13才の少年の腹を引き裂き、3発が骨盤を粉砕するとともに  
腹部大動脈を引き裂いて、息の根を止めた。  
 
 レシュカ伍長の機関銃は最初、ただのライフルに見せかけて、短い連射を放つだけに  
とどめられていた。今やその余裕はなく、間近にせまった敵に向けて長く火を噴いた。  
軽いM-16とMINIMIの銃声に、もっと重々しいAKの銃声、そして今まさに死につつある  
少年たちの絶叫があたりに充満した。  
 
「走れ!」  
浅網が叫ぶのが聞こえた。  
再び、隊員たちはペアで後退した。  
右翼では、スーザンとレシュカが先に後退し、ゴドウィンが援護した。  
彼女が所定の場所まで下がると、2人が走りはじめた。  
続いて中央で浅網とヘイボアが同様に交互に後退しはじめた。  
いつものように、ニコルスとエステベスが最後に離れた。  
 
 その後方では、既に無人になった前方防御線を、少年兵たちが包囲しつつあった。  
隊員たちの耳に、すっかり頭にきた少年たちの猥雑なののしり声が届いた。  
しかし、彼らの動きは、浅網が願ったよりも速く、航空支援を使っている余裕はなかった。  
既にこちらに向かって動きはじめている。  
 
 浅網たちは木立のすぐ内側に位置し、小規模な土砂崩れか何かで木立の開けた場所に  
臨んでいた。格好の射界である。  
 敵は損害にほとんど気づかず、怒りに駆られて、攻め寄せてきた。  
その攻撃は統制がとれていなかったが、とにかく速かった。それは、今のナイフにとって  
もっとも恐れるべき事態だった。  
樹木線から多数の銃火が〈ナイフ〉に向かって伸びた。  
敵は、樹木の遮蔽がなくなったことにほとんど頓着せず、そのままの勢いで突撃してきた。  
 
 彼らをある程度走らせたところで、ヘイボア軍曹が40ミリグリネードを発砲し、黄燐弾が  
隊列のどまんなかで炸裂した。  
強烈な白光が閃き、燃える黄燐が、炎の尾を曳きながらシャワーのようにふりそそいだ。  
爆発の近くにいて、即死した連中は、まだ幸運だった。  
即死を免れたものの、全身が炎に包まれた少年が銃を取り落とし、絶叫しながら数歩よろめき、  
地面に倒れてのたうった。近くにいた連中があわてて後ずさった。煙が立ち込めるなかで  
あちこちで黄燐が燃えていた。  
ニコルズとゴドウィンが指向性地雷を爆発させ、ヘイボアがさらに黄燐弾を発射して、  
破壊と死はさらに広がった。  
 
 そのとき、浅網が無線を通じて命じた。  
「後退、ただちに後退!」  
しかし、彼はあまりにも当然のことをした。  
〈ナイフ〉の隊員たちが、それぞれの場所から離れだすと、敵の自動火器の反射的な掃射を受けた。  
隊員たちは、後退を隠すために発煙弾を使ったが、その火花は敵に目標を与えることにもなった。  
 
 スーザンたちの組では、まずゴドウィンの援護下にスーザンとレシュカが後退し、続いて、  
レシュカが軽機関銃を据えるのを待って、ゴドウィンが走りだした。  
その途中で、  
『〈メディック〉、被弾。戦闘可能』  
と聞こえてきた。後退してきたゴドウィンの腕は赤黒く染まっていた。  
「ちょっと、大丈夫!?」  
「これくらい傷のうちに入りませんよ――畜生、あの野郎、ザマあみろ、ぶっ殺してやったぜ」  
などと毒づきながら、彼女は手早く応急処置を済ませた。  
『〈シックス〉より〈ナイフ〉各員、あと5分でヘリが来る。あと5分持ちこたえろ!』  
それを聞きながら、ゴドウィンは再びAKを構えて、短く連射した。  
 
*****  
 
 そのころ、〈リアルタイム〉の寺田大尉たちにも動きがあった。  
とはいっても、彼らは攻撃的な活動をするわけにはいかなかった。  
チーム・オーメンやチーム・フィーチャーが、特殊作戦群から選抜された隊員による強襲  
偵察チームであったのに対し、〈リアルタイム〉は、現地情報隊による純粋な偵察チーム  
である。  
武器といえば、消音装置つきの機関拳銃と小型拳銃、あとは、錆び付いたモデル58が  
1丁。これは商売上、強盗よけとして、目に付くところにおいておかないと、逆に怪しま  
れるから置いているという程度のものである。  
彼らが使い慣れた89式小銃には及ぶべくもない。  
 
 実は、彼らはこれまでに1度、暗殺作戦に手を染めたことがある。  
三鷹戦闘団が中西部盆地で一進一退の攻防を続けているとき、もっとも危険な時期。  
相手はLDFの大隊長クラス、中国製の消音拳銃による至近距離からの射撃であった。  
もちろん足がつくことはなく、このために、LDFのカテゴリBの連隊の移動が一週間  
遅れ、おまけに内部犯を疑った彼らは、割とまともな参謀少佐を粛清したというおまけ  
までついてきた。  
 
 しかし、三鷹大佐は、スーザンを救うという程度の任務で、彼らを危険にさらす気は  
なかった。そのため、寺田たちは彼らの本分、情報収集に専念していた。  
その民家の目立たない窓からは、さらに目立たない棒を組み合わせた細工のようなものが  
空を睨んでいた。  
しかし、それは実はUHF帯の電波を使って、低高度の衛星を介して三鷹戦闘団本部の  
通信所に通じているのである。  
そして、松島大尉を介して、その情報は村上中佐のもとに届けられていた。  
 
 店先の山本曹長は、バルゴ空港のほうから響いてくるジェット・エンジンの轟音を  
聞いて、かすかに頭を動かして視野の隅に機影を捉えた。  
それと同時に、車から箱をおろしていた飯田少尉は、さりげなく機数を数えていた。  
 
*****  
 
「〈リアルタイム〉より空襲の警報。フィッシュベッド4機、バルゴ空港を3分前に離陸!」  
村上中佐が青ざめた。  
「三鷹DC(防空司令所)より連絡、敵機を探知。間もなくデータ来ます!」  
パウルゼン少佐が端末を操作しながら言った。  
「〈ナイフ〉はなお交戦中だ。〈クロー〉第2エレメントを離すわけにはいかない!」  
パリサーが主張した。パウルゼンはうなずき、画面を見て言った。  
「来ました! 〈クロー〉第1エレメントを回します」  
「よし。承認する」  
村上が言った。  
「了解。  
〈スターベース〉より〈クロー・ワン〉、敵機!  
方位2−5−4、距離40マイル前後、高度おそらくエンジェル20。  
任意に交戦を許可する。兵器使用自由。  
〈ヘリオス〉隊に寄せ付けるな。叩き落せ! 以上」  
『了解』  
 
 

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