0. 序章  
 
 突然の暴力を前に、彼女の心はほとんど麻痺していた。しかし猛烈な異物感と痛みが、彼女に現実を否応なく  
突きつけてくる。彼女の体にのしかかる男は、荒い息を吐きながら、乱暴に腰をうちつけてくる。  
そのたびに、臓腑を抉られるような痛みが走った。実際に抉られていると言ってよいのだろう。  
 彼女はこの小学校の教師だった。買ったばかりの英語の辞書を取りにきただけ――それが間違いだった。  
LDF――L族防衛軍、あらゆる意味で嘘っぱちの名前――の民兵たちが学校に入り込んで、酒を呷っている  
のに出くわしてしまったのである。  
ただでさえ自制心の薄い連中である。酒が入っていると手のつけようがない。  
抵抗は無意味だった。彼女のワンピースはずたずたに引き裂かれて床に散らばっている。  
 彼女の喉に一物を押し込み、頭を掴んで無理やりに前後させていた男が呻き、精液を喉の奥に放出した。  
その感触に彼女は嘔吐しそうになったが、男は頭を掴んで離さず、それを飲み下させた。  
それとほぼ同時に、彼女の腰をわしづかみにして乱暴に抽送していた男も、精液を彼女の胎内に注ぎ込んだ。  
気管に入った精液に噎せつつ、彼女が叫んだのは、ただ純粋に絶望のゆえだった。  
「助けて! 誰か!」  
「誰があんたを助けてくれるっていうんだい、先生? 腰抜けのオランダ人どもか、日本人どもか?」  
カラシニコフを抱えた男が嘲るように言った。  
 
 
 次の瞬間、男の頭から血しぶきが飛んだ。次の言葉を発そうと口を開いた姿勢のままで倒れこんだ。  
カラシニコフをもったもう一人の男が後を追うように倒れた。  
3人目の男がきりきり舞いをして倒れたとき、ようやく男たちは事態に気づいた。  
開け放しの戸口に、黒尽くめの人影が膝立ちしていた。  
彼女がそれに気づいた瞬間、彼女に向かってマスをかいていた男が呻いたかと思うと、その頭が爆発した。  
血が混じった脳漿が彼女の顔に降った。  
「野郎!」  
彼女の腰にしがみついていた男が自分の銃に飛びつくのと同時に、野次馬の2人は慌てて銃を構えようとした。  
無意味だった。戸口の人影が発砲すると同時に、窓に亡霊のような影が現れ、たて続けに撃った。  
彼女の口から一物を引き抜いた男の視線は、戸口と窓の人影の間で揺れ動いた。  
「莫迦なマネはよせ」  
と戸口の男が警告した。  
皮肉にも、その言葉がきっかけとなった。  
男の口が大きく開き、絶叫する形になった。  
その瞬間、男は二方向から同時に銃撃されて倒れた。一声も発せずじまいだった。  
銃声がなかったために、死体が床を打つ音がひときわ大きく響いた。  
 
「クリア!」  
「クリア!」  
窓と戸口の兵士が素早く周囲を確認し、銃口を天井に向けた。  
「メディック、敵、3名射殺!」  
「ポイント、敵4名射殺。女性1名を確保。全ての敵性目標を排除した。室内は安全」  
 
 それはもちろん、民兵でもなければ軍の兵士でもなかった。  
警官でも治安部隊でもなかったし、国連の兵士とも――たぶん、違う。  
警告なしの発砲、容赦なく迅速な動き。断固として正確な殺害。  
殺戮の全てが無言でなされたことが、いっそう不気味だった。  
静寂のうちに室内に充満する硝煙だけが、銃が使われたことを告げていた。  
彼女は無意識のうちに、震える手で胸を覆った。  
窓の兵士が窓枠を乗り越えて、彼女のほうに歩いてきた。  
「大丈夫?」  
なんと、その兵士は女だった。女性兵士は、銃を太腿のホルスターに収めて、無言のままで彼女を抱きしめた。  
戸口から新しい男が現れた。  
「軍曹、出発の準備だ。長居はできない。  
彼女は――」  
「はい。我々は遅すぎました」  
シャルロット・ゴドウィン2等軍曹は体を離して、答えた。その目に光るものがあるのに、浅網中尉は気づいた。  
「そうか――彼女の世話をしてくれ。我々は周縁を警戒する。終わったら呼んでくれ」  
「はい、LT。3分ください」  
うなずいて、浅網中尉は出て行った。  
「さあ、しっかりして。あなたはもう大丈夫よ。連中は私たちが始末したからね」  
ゴドウィン軍曹は、彼女を身奇麗にしてやってから、壁に掛けられていた誰かのコートをとって、かけてやった。そして、無反応な彼女の頬を張った。  
「しっかりしなさい。泣くのは家に帰ってからにしなさい。奴らの仲間が来ないうちに、家に帰るの」  
そして、立ち上がった。  
「メディックよりシックス。準備完了」  
さっきLTと呼ばれていた男が入ってきた。  
「こんばんは、マーム。ひどい夜でしたね。もっと早く来られなくて申し訳ありません」  
「あ…あなたは――三鷹大佐の兵隊さんですか?」  
「いえ。我々は女王陛下の兵士です。これ以上は申し上げられません」  
 
そして、思い出したように言った。  
「ところで最近、難民たちの強制移送が活発になっているようですね。どこに送られているか、何かご存知で  
はありませんか?」  
「あの――いえ。ただ、ベガ町に大きな収容所があると聞いたことがあります」  
「ふむ。それはどのくらい確かでしょうね?」  
「私の同期生が、ベガ町から車で20分の村にいるんです。彼女とおととい電話で話したときに聞きました」  
「分かりました――どうもありがとう。  
本当はお家までお送りしたいところですが、ここで失礼させていただきます。我々にも任務がありますので。  
あなたも早くここを離れてください。こいつらの死体が見つかれば、厄介なことになります」  
そして彼らは姿を消した。室内にころがる7つの死体さえなければ、悪夢としか思えないような迅速さだった。  
 
 そこから4キロほど離れた山中まで来て、浅網中尉はようやく隊を止めた。  
「全ての徴候が、ベガ町を示している…」  
そう呟いて、彼は無線機のマイクを口元に持っていった。  
思ったとおり、交信の相手は、彼の話が気に入らなかった。  
『ビーグル、君は気がふれたのか!?  
敵との接触を避けろ、繰り返す、避けろと命じたはずだぞ!』  
「奴らは民間人の女性をレイプしている真っ最中だったのだ。何もしないわけにもいかんだろう。  
我々は奴らを殲滅した。他の敵には気づかれていない。  
もし気づかれても、取り逃がしたオランダ兵の仕業だと思われるだろう。  
我々は既に5マイル動いた。  
奴らが気づくころには、さらに遠くにいるだろう」  
浅網が続けて偵察の成果を報告するあいだに、〈ドグハウス〉は、どうにか自制した。  
 
『まあいい――済んだことを言ってもはじまらないからな。  
ただし、カウボーイ気取りはもうごめんだぞ!』  
〈ドグハウス〉はそこで深呼吸をして、気持ちを落ち着かせようとした。  
『ところで、悪い知らせがある。  
 今朝、オランダ大隊が正式に降伏した。保護されていた難民は、全員が過激派に引き渡された模様だ』  
これで、バルゴ港方面に展開した国連の部隊は全滅したことになる。  
救援に急行する三鷹大佐の日本隊は、はるか100キロの彼方。  
浅網たちチーム・ナイフは、敵のどまんなかにとりのこされたのだ。  
 
 そこから200キロほど離れた首都シリウス市に、イギリス軍の現地指揮所はあった。その奥まった一角を  
占めるのが、コールサイン〈ドグハウス〉――イギリス軍がこの島に送り込んだ、特殊作戦分遣隊の司令部で  
あった。  
 
 その司令室で、パリサー少佐は感情を抑えようとしていた。  
「日本人は、冷静沈着で、感情に流されない、とかほざいたのはどこのどいつだ!?」  
先月の少佐本人である。  
「奴らは、非戦闘員の女性をレイプしていたのです。見過ごすわけにはいかないでしょう。  
私でも自制できたか怪しいところです」  
「とくにゴドウィン軍曹がいる以上はそうでしょう。女性を実戦部隊に配置することで、この種の弊害が生じる  
ことは予測されていました」  
「まったく、なぜ別のパトロール隊を送らなかったのだ」  
陸軍将校のぼやきに、海兵隊の士官が反論した。  
「チーム・ナイフの作戦地域では、日本隊との連携も必要になってきます。我々の手持ちに日本人がいる以上、  
彼を指揮官とすることに反対すべき理由はありません――合理的とすら言えます。  
また、平和創造のような任務では、女性隊員にしかできないこともあります」  
「この件については討議済みだ」  
とパリサー少佐が終止符を打った。  
「浅網中尉は十分な成果を上げている。彼のような人材を送ってくれた日本海兵隊に感謝しようではないか。  
よし、問題は難民たちの行方だ。  
チーム・ナイフの偵察は、ベガ町に最終的な移送先があると言っている」  
「通信諜報も、それを裏付けています。ここ数週間、ベガ町周辺での交信が活発化しています。  
37ミリ機関砲が設置された徴候すらあるのです」  
「37ミリ高射砲を装備しているとなると、少なく見積もっても大隊クラスですね」  
「ベガ町のオランダ小隊が降伏して一週間たっている。いま配備を増強するのは、明らかに異常だな」  
パリサー少佐は腕を組んだ。  
「ジェミニ丘陵周辺での航空活動は、国連PMF司令部によって厳しく規制されています。  
衛星を使うこともできますが、そうすると、我々の本来の警備区域の偵察に支障が出る恐れがあります」  
「よし。チーム・ナイフをベガ町に移動させよう」  
 その30分後には、“チーム・ナイフ”の4名の海兵隊員は、荷物をまとめてベガ町へと移動を開始  
した。明日の昼ごろには到着できるだろう――敵と遭遇しなければ、の話である。  
 
 
 

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