「一人寝」
「留守中、宜しく頼む」
「行ってらっしゃいませ」
朝、会社へ向かわれるご主人様を、執事を筆頭に使用人一同でお見送りするのが当家の習いでございます。
私が遠野家にご奉公するずっと以前からの決まりだと、先代のメイド長に伺ったことがあります。
しかし、ここ数日はその慣例が行われておりません。
一週間前、遠野家の主であられる武(たける)様は社用で外国へと旅立たれました。
現地法人の視察、関係各所への訪問、その他もろもろの予定が詰まった二週間の出張だということです。
数日間の出張は年に何度かありましたが、二週間というのは武様が社長になられてから初めてでした。
そんなに長い間お会いできないのは、私が遠野家に仕えて以来初めてです。
寂しいですが、お仕事とあらば致し方ございません。
自分の感情を抑えるべく、スーツケースを取り出して手ずから武様の旅支度を致しました。
武様もしばしの別れを惜しんでくださり、出発までの一ヶ月はいつもより多く私を召されました。
出発前日も求められたのですが、あいにく私は月のものの最中で、応じることができませんでした。
残念だがその代わりに、と濃厚な口づけを何度も受け、私は立っていられなくなり、ずるずると座り込んでしまいました。
その体勢のまま成り行きで「ご奉仕」をすることになり……。
達された武様は私の胸元をはだけられ、吸いついて赤い痕を付けて「僕がいない間のお守りに」と仰いました。
その夜は一緒のベッドでぴったりとくっ付いて眠りました。
主が不在のお屋敷は、いつもより少々気が抜けた雰囲気でございます。
メイド長としては、いつも通りの空気にするべく厳しく当らねばなりませんが、私も何となくその気になれないでおりました。
日中、仕事をしている時にも気がつくと「武様がお帰りになるまであと何日…」と、そればかり考えてしまうのです。
ご出発の当日から数えているのですから、話になりません。
一日一日、日が暮れていくのをじりじりとただ待つ有様でございました。
待ちわびた夜が来て、一日の仕事を終え自室へと引き上げます。
メイド長の職務を拝命してから、私はご奉公に上がった当初の使用人部屋とは別に部屋を賜りました。
同じ使用人棟内ですが、先代のメイド長から受け継いだ広めの一室です。
ベッドに横になり、カレンダーを見てため息をつきました。
武様がお帰りになるまであと一週間。
長くて長くて、お目にかかった頃にはお婆ちゃんになっていそうです。
布団を被り、目を閉じて武様のことを考えます。
ご出発の前夜には、私の体調のせいで軽い触れ合いに止まりましたから。
以前、私はいつでも武様のお求めに応じられるよう、経口避妊薬を服用しようかと考えたことがありました。
それを相談しますと、「毎日薬を飲むなんてさせられない。副作用もあるだろう」と反対されてしまいましたが…。
こんなことなら、飲んでおくんだったと思いました。
今頃は、武様は一体何をしていらっしゃるでしょうか。
時差がありますので、日本が夜の時にはあちらは昼間になりますかしら。
あちらで、異国の美人と懇ろになられたりはしないでしょうか。
旅先では、人は開放的になるといいますから。
仮にもお仕事での洋行ですから、そんな浮ついたことはなさらないと思いますが…。
離れていると不安ばかりが募り、気持ちがざわつきます。
これでは駄目。もっと楽しいことを考えないといけません。
武様がお帰りになったら何をしようかなど、そういう建設的なことを。
お屋敷を空けられていた武様が戻られると、私は明るい部屋で一糸まとわぬ姿にされて体を検分されます。
他の方と関係を持つなどありえませんし、恥ずかしいからと拒んでも結局は強行されてしまうのです。
以前、書斎の本が落ちて鎖骨の辺りにぶつかり、赤いあざができた時は、帰宅した武様に問い詰められました。
胸元をはだけたまま寝室から書斎へ連行され、実況見分さながらに説明をする羽目になりました。
検分が終わり、ご納得されると、武様は自分の服を脱がせるよう私に申し付けられます。
ガウンとパジャマ、下着をお脱がせし、二人とも生まれたままの姿になったところでベッドに倒れ込むのです。
武様が優しい口づけをくださり、それが段々と深くなって……。
三ヶ月前の土曜の夜のことを思い出し、私は布団をかぶって頬を染めました。
あの時は、出張からお戻りになった武様に、普段より輪をかけて丹念に一晩中何度も愛されましたから。
外が白み始めてやっと開放され、私は節々の痛みを堪えて起き上がり、身支度を整えて仕事を始めました。
「ご主人様はお疲れのようだから起こさないように」と皆に申しつけ、その日は眠気を堪えながら過ごしたのです。
最初はそうでもなかったのですが、ベッドを共にするごとに武様は私を焦らされるようになりました。
愛撫を受け、身体が蕩けそうになったところで急にお預けをされてしまうのです。
そして口の端に笑みを浮かべながら、「どうして欲しい?」と尋ねられるのです。
毎度のことながら、お願いするのが悔しくって、言うもんかと唇を噛み締めても結局は無駄になり。
最後は、涙を浮かべて哀願する羽目になるのでございます。
普通の恋人同士なら、こちらからもお預けを仕返すとか、しばらく口を利かないといった反撃ができることと思います。
ですが、武様と私は主従の関係でございますから、そういったことができないのです。
メイド長たるもの、ご主人様のお言いつけを無視するなどあってはなりません。
それに、以前に「僕の求めた時に麻由が拒否するのは許さない」と申し渡され、承諾した事情もございます。
この二つを利用されている気もするのですが、何せ、私からの下克上の道は閉ざされているのでございます。
武様がお戻りになったら、どんな風に可愛がってくださるでしょうか。
また焦らされ、私が困り果てるのを楽しげに見つめられてしまうのは必定でしょうが…。
それが判明するのにはあと一週間も待たなければなりません。
私は横になったまま手を持ち上げ、そっと身体の線をなぞりました。
お戻りになったらまた大変…と思いつつも、心の中では実の所、期待しているのです。
この手が自分のものでなく、武様の大きくしなやかなお手だったなら。
私はどれだけ高められ、うっとりとなることでしょう。
服の上からでは飽き足らず、私はそっとパジャマの裾から手を入れ、肌に触れました。
「あっ…」
その冷たさに身体が跳ね、思わず声が出てしまいました。
手が温まるのを待ち、ゆっくりと動きを再開させます。
お腹、ウエストの辺り、みぞおちと順になぞってゆきます。
なかなか肝心な所に触れてくださらない武様の手の動きを無意識に真似ていることに、我ながら苦笑いたしました。
思い切って下着の上から胸に触れ、掴みました。
そのまま揉み上げ、しぼり出すように先へと指を這わせます。
「んっ…あ…」
胸の頂に触れた瞬間、堪えきれずに声が漏れました。
電気が走ったように快感が生まれ、背筋が反ります。
指先で頂を擦り、何度も刺激します。
『反対側も可愛がらなければね』
耳元でそう囁かれ、甘い期待に震えたことを思い出してしまい、もう片方の胸にも触れました。
『ほら、すっかり固くなって僕を誘っている』
立ち上がった胸の頂を指が掠めると、武様のお声が頭の中に響きました。
「やっ…武様…んっ」
『もっと触って欲しいかい?麻由』
「…はい」
武様の指が胸の上で私をからかうように動き、頂を弄ばれるようにうごめくのが目に見えるようです。
もどかしい。下着を取って、直接触れて欲しいのに。
いつもそれをなかなか言い出せず、悶々とする羽目になるのです。
「…ん、あ…もっと……」
『もっと、何だい?』
「んっっ…」
私は背を浮かしてブラジャーのホックを外し、上に持ち上げました。
そして、武様のお手に見立てた自分の手を、反対側の手で胸に押し付けます。
「あぁ…」
『直接触ると、ここの固さがよく分かるね』
指が頂を何度も弾き、そのたびに身体が小さく跳ねます。
『ちょっと解そうかな?』
想像の中の武様はにっこりと笑われて、胸を口に含み、宥めるように優しく舐められるのです。
……さすがにそれは再現できません。
手の平で円を描くように胸の先を擦り、違った刺激を与えました。
「あっ!やぁ…」
指先で触れるのとは違う感触に、切ない声が出ました。
想像の中の武様は、掌全体で胸を包み、しばらく休まされます。
痛いほど立ち上がっていた胸の頂が固さを失い、ほんのりとした温かさにホッとします。
落ち着いたのを見計らい、また胸を交互に舐め上げられ、先を指で弾いて反応を楽しまれました。
「…あっ…んんっ…くすぐったい…」
『くすぐったいだけなのか?』
「いえ…」
『正直に言いなさい、麻由』
「や…んぅ…あぁ…ん…」
『言わないと、こうだよ?』
「ああ!」
想像の中の武様の指が、胸の先を大きく弾きました。
痛いほどの鋭い快感に、大きな声が出てしまい、慌てて唇を噛みます。
ここは武様のお部屋ではなく、使用人棟の自室。
だからいい加減にしなければ…と思いつつも、私はこの行為を止めることはできないようです。
横になったものの、眠気は一向に訪れず、それどころかますます内側から燻るような欲が湧いてくるのです。
『…ひどくして済まないね。ほら、麻由はこれが好きだろう?』
「あっ!」
武様が舐めてくださる時を思い出し、どうしても濡れた刺激が欲しくなりました。
自分の指を舐め、唾液で湿らせてからそっと胸に這わせました。
親指と中指で胸の頂を摘まみ、濡れた人差し指でそっと撫でます。
『好きだろう?』
「あ…はい…っ……」
目を閉じていると、本当に武様に胸を責められているような気分になりました。
「…あ、武様っ…」
胸に顔を埋められている、想像の中の武様のお体に空いた腕を回しました。
当たり前ですが、今ここにいらっしゃらないので、腕は空振りし、胸を弄んでいる方の手にぶつかります。
胸元の空虚さに耐え切れず、私は掛け布団の端を引っ張り、腕に抱き締めました。
これは、武様のお顔。私は、今それに抱きついて求めている。
そう強く思い込もうとして、ギュッと目を閉じました。
「武様…あっ…だめ…」
『駄目、は麻由の場合、いいと言ってるのと同じなんだよ?』
ベッドを共にするたび、武様が私に仰る言葉が頭に蘇りました。
「だって…あっ!」
『ほら、拒んでいるというのなら、なぜこの手は僕を突き放そうとはせず、抱え込んでいるんだ?』
「それは…」
『ああ、麻由はただ恥ずかしがっているだけなんだ。僕には分かっている』
笑みを浮かべてそう仰って、武様は尚も私を責められるのです。
「ああ…ぁ…んっ…はんっ!」
『いい声だね。蕩けそうなほどいい声だ』
「ん…んんっ…」
指がもたらす快感と、想像の中の武様が発される言葉に、自分がどんどん高まってゆくのが分かりました。
胸への刺激だけでは満足できなくなり、私は空いた手をそろそろと下へ伸ばしました。
パジャマの下を通り、下着の隙間から秘所へと指が届きます。
『っ…熱いね』
そこに触れられるたび、最初に武様が仰る言葉。
自分で触れてみても、明らかに他の部分より熱く、敏感になっているのが分かります。
『麻由、ほら、もうこんなに濡れているよ?』
「んっ…っ」
溢れた蜜を指に絡め、周囲に塗り広げるように動かされる武様の指。
羞恥を煽るようにゆっくりと動かされるさまを再現しようと、またギュッと目を瞑りました。
指を浅く突き入れ、すぐに引き抜きます。
微かな水音を立てて何度も繰り返すうち、頭の中がぼうっとなってゆきました。
それでは足りない。もっと、もっと存在感のあるものを感じたい。
そう思わせるため、これは武様が私によくなさる行為のうちの一つなのです。
『物足りなそうな顔をしているね』
「…ぁ…はぁ…」
『これでは不満かい?ここが、ヒクヒクしているが…』
「んっ!」
少し深く突き入れた指に、腰が跳ねました。
熱くぬめり、指とは違うものを待ちわびている秘所に意識が集中します。
私が望むものを下さる武様は、今ここにはいらっしゃらない。
それが急に悲しくなり、こんなにはしたない行為をしながらも胸が痛みました。
「…武様っ…あぁ…」
『欲しいかい、麻由?』
「んっ…欲しい、です…」
いつもは、なかなか言えませんのに。
今は自然に口をついて言葉が出てきました。
まるで、いつも武様が私を焦らされる時と同じように、想像の中の武様に追い詰められているのです。
『でも、まだここを可愛がっていないからね』
「あぁんっ!」
武様のお声が頭に浮かび、それに操られるように私は敏感な突起に触れました。
「あ…やぁ…だめ…ですっ」
『駄目、は聞かないと言ったはずだよ?』
指に力が入り、刺激が強くなりました。
「んっ…そんな…」
『今やめたら困るだろう?』
「っは…あぁ…」
指が突起の周りを円を描くように撫で、腰が浮き上がります。
『ほら、ここもそう言っている』
「きゃっ!」
蜜で濡れた指でぺたぺたと突起を叩く動きに、高い声を上げてしまいます。
切ない疼きが下半身を支配し、頭の中が沸き立つようになっていきました。
突起が痺れたようになり、もっともっとと求めています。
腰が無意識に動き、指に秘所を押し付ける格好になってしまいます。
「あぁ…くっ…ん…」
『どうだい?』
「武様…」
『イきたいなら、イかせてあげてもいいんだが…』
意地悪な武様のお言葉に、普段ならムッとしますのに。
「っあ…イかせて、下さいませ…」
私は、想像の中の武様のお顔を見上げ、懇願しました。
いつもと全く同じこの状況。
せめて今だけでも違う風に想像すれば良さそうなものなのにと、自分に突っ込みを入れました。
『じゃあ、いくよ…』
武様のお声がそう告げ、指が動きを激しくしていきます。
「あっあっ…んんっ!あんっ!」
身体は解放を求めて一直線に駆け上っていきます。
「やぁ…だめ!あぁん!あん!ああ…」
目の前が真っ白になり、私は達してしまいました。
息を整え、そっと秘所から指を外して溜息をつきました。
いつもなら、この後に武様が入ってこられ、身体を揺さぶられてまた快感に喘ぐところです。
ですが、今は離れ離れ。
自分の手で再現できるのは、ここまでです。
もどかしいですが、これ以上はどうしようもありません。
起き上がり、後始末をして下着を着替え、また横になりました。
身体はまだ快感を諦め切っていませんが、一度達したので少しは落ち着きました。
横になり、今度こそと目を閉じました。
早く一週間が過ぎればいいのに。
武様がお戻りになったら、いっぱい可愛がって頂こう。
そう思い、お帰りを待とうと決めました。
二週間も離れるのですから、武様はその夜は、焦らさずにいて下さるでしょうか。
それとも、私がまた願わざるを得ないような状況にされてしまうでしょうか。
ですが、それでもいいような気がしました。
とにかく無事に帰られて、お顔が見られれば。
明日起きたら、すぐカレンダーに今日の分の×印をつけよう。
そう決めて、私は力を抜き、眠りに落ちていきました。
──終わり──