「求婚」  
 
そのメールを受け取ったのは、お盆も明けた8月下旬のことだった。  
 『9月のお前の誕生日、祝いに行くよ。  
  ちょっと早いが15日の祭日に。何か先約はあるか?』  
大学時代からの友人、小守洋一が送って寄越したメール。  
絵文字や顔文字を使わない、真面目な文面にあいつらしさが出ている。  
小守とは、卒業してしばらくは交流がなくなったが、今年になってまた会うようになった。  
あいつが南米の支社から日本へ戻ってきて、うちの近くに住みだしたからだ。  
社長なんぞをしていると、誕生日を祝ってくれる人間はなかなかいない。  
ひいきのクラブなどがあれば、きっと店総出で祝ってくれるのだろうが。  
パーティー用の三角帽を被せられ、ホステス達がずらりと並び、クラッカーでも鳴らされて。  
あいにく、そういう店には付き合いでしか行かないから機会に恵まれない。  
身内や友人との交流が少ない自分を、祝ってくれる人間はこいつくらいだろうか。  
屋敷では一応、コックがケーキを焼いてくれるだろうが…。  
 『予定は入れないよ。楽しみにしている』  
小守にならい、短く返信する。  
ようやく普及し始めた携帯電話を持つようになってから、しばらく経つ。  
必要に迫られて持つようになったのだが、まだメールには慣れない。  
通常、仕事がらみの用件は秘書を通されるから、直接僕に当てて電話が来ることは無い。  
何らかの理由で秘書と離れている時、通話に使う程度だから上達しないのだ。  
友人と密に連絡を取り合う女子学生のようには中々いかない。  
 
 
数分の後、またメール着信があった。  
 『プレゼントも持って行ってやるからな!  
  ところで麻由さんはその日は休みか?』  
届いた文面を読んで、頭に疑問符が浮かぶ。  
なぜ、あいつが麻由のことを気にするんだろう。  
一緒に祝ってやってくれと頼むつもりなのだろうか。  
その必要は無い、麻由は毎年僕の誕生日にはプレゼントをくれる。  
15日は祭日だが、こういう日はむしろ若いメイドに休みを取らせ、自分は働くだろう。  
 『麻由は休みではないはずだ。確認してみないと断言はできないが』  
また数分後、返信が来る。  
あいつは、ちゃんと真面目に仕事をしているのか?  
同じタイミングで返信ができる僕が言うことではないが。  
 『そうか、分かった。  
  前に言ったことの返事を貰わなければいけないからな。  
  もし休みなら、また教えてくれ。じゃあな』  
返事とは、一体何のことだろう。  
僕に分からないことを二人が話しているのは、正直言って面白くは無いが…。  
不機嫌になりかけた自分に気付き、慌てて気持ちを立て直す。  
包容力のある男になろうと先日決めたばかりじゃないか。  
こんな些細なことで気分を害していては、到底その道は遠い。  
自分に活を入れ直し、携帯電話を仕舞って書類に向き直った。  
 
夜になって屋敷へと戻り、使用人達の出迎えを受ける。  
麻由に右手でカバンを渡し、目配せをした。  
これは、「今晩、部屋で待っている」という僕達だけの秘密の合図だ。  
彼女がメイド長になり、僕のカバンを受け取る役目を負ってから二人で相談して決めた。  
それ以前には、屋敷ですれ違った時などにこっそりと囁くという形をとっていたので、効率が悪かった。  
運良く出くわしても他の使用人がいたり、彼女の持ち場に待ち伏せても空振りだったり。  
誘おうにも誘えず、空しく一人寝をした夜は数え切れない。  
この合図を考え付いて、本当に良かったと思う。  
右手でカバンを渡すと、彼女は一瞬固まった後、恥ずかしげに下を向く。  
そのいじらしい仕草を見られるのも、これを考え付いたからこそだ。  
 
 
部屋へ呼んでも、いつも麻由を抱くわけではない。  
ただ話をしたり、軽く触れ合うだけで終る夜もある。  
仕事が立て込んで疲れていたりすると、彼女に癒されたいという思いが頭をもたげてくる。  
メイドとしてではなく、恋人として接して欲しくなるのだ。  
麻由の笑顔を思い出し、だらしなくニヤニヤしていると、ドアを控えめにノックする音が聞こえた。  
来たようだ。  
表情を取り繕い、彼女を迎え入れる。  
腰を下ろすように勧め、向かい側のソファに座った彼女を見詰めた。  
そのまま、他愛も無い話をする。  
3人のメイドが遅い盆休みを同時に取り、明日から旅行に行くことだとか。  
庭師の肩に毛虫が止まっていて、傍を通ったコックの見習いが悲鳴を上げたこととか。  
楽しそうに話す彼女の姿は、見ているだけで心がほんのりと温かくなる。  
 
 
昼間、小守から届いたメールのことをふと思い出した。  
「日中、小守からメールが届いたんだ。  
僕の誕生日には、祝いに来てくれると書いてあった」  
「まあ、それは宜しゅうございました」  
話が一段落した所で話題を変えると、麻由が微笑んだ。  
「15日が祭日だから、その日に来ると言っていた。  
3連休の末日だが、麻由はこの日は休みかい?」  
「いいえ、私は普段通りに」  
「そうか。他のメイドに休ませるのかい?」  
「ええ。若い子は、あれこれと予定もあるでしょうから」  
「君も、どこか旅行にでもいけばいいのに」  
「そんなわけには参りません。邸内が手薄になるのですから、私が頑張らないと」  
きっぱりと言うその姿は、メイド長としての責任感に溢れている。  
僕の為に毎日頑張っていてくれると思うと、余計に彼女が愛しくなった。  
 
「そういえば、君に何かの返事を貰わなければいけないと小守がメールに書いていた。約束事でもしたのかい?」  
「え…」  
何気なく問うた僕の言葉に、麻由の表情が凍り付いた。  
一瞬にして顔が青ざめ、そのまま微動だにしなくなる。  
どうしたんだ?  
尋常ではないその様子に心が騒いだ。  
「麻由?」  
身を乗り出し、膝の上に行儀良く置かれていた彼女の手に触れた。  
落ち着かせるようにゆっくり握ると、彼女はハッと我に返った。  
握られた自分の手を見て、僕の顔を見て、また視線を逸らせる。  
こんなに動揺させるようなことを言っただろうか…?  
「何か、まずいことを言ってしまったかい?」  
おそるおそる、探りを入れてみる。  
「い、いえ…」  
震える唇から小さく返答があった。  
否定するにしても、あまりに弱々しい声だ。  
「小守が、君に何か言ったのか?」  
もしそうなら、友人といえど看過できない。  
麻由を困らせるのは、僕だけの特権なのに。  
 
 
「そんなにうろたえている理由を教えてくれ」  
いてもたってもいられなくなって、尋ねる。  
「え…」  
彼女が眉根を寄せ、苦しげに黙り込んだ。  
「何かあったのなら、僕が力になるから」  
促すと、彼女は一層泣きそうな表情になった。  
僕では役に立たないようなことなのだろうか?  
『不安を持ったまま誰かと話すと、相手にその不安が伝わるものでございます』  
先日、前メイド長の秀子さんに言われた言葉を思い出し、必死で心を落ち着かせる。  
僕が不安になってしまっては、ますます麻由を混乱させる羽目になるから。  
 
 
手を握り締めたまま、彼女が口を開くのを待つ。  
重苦しい空気が立ちこめ、息が詰まった。  
長い沈黙の後、麻由はギュッと目をつぶり、決心したように口を開いた。  
「…小守様に『結婚を前提に付き合ってくれませんか』と言われたのです」  
伏し目がちに彼女が言った言葉に、耳を疑った。  
あいつが、そんなことを?  
予想だにしていなかった内容に僕は驚き、呆然となった。  
 
 
「で、君は何と答えたんだ?」  
焦燥感に駆られながら尋ねる。  
悪い予感が黒雲のように広がり、息を詰めて返答を待った。  
「その時には、きちんとお返事ができなくて…。  
『私の一存では決めかねるので、ご主人様に相談してみます』と申し上げました」  
「どうして、きちんと断らなかったんだ?」  
僕は語気を強めて彼女に詰め寄った。  
「君と僕は恋人同士なんだから、小守の話は即座に断るべきじゃないか!」  
きっぱりとした態度を取らなかった彼女に、苛立ちが湧いた。  
僕の存在を軽視しているとしか思えない。  
もしかして、麻由は僕ではなく、小守に惹かれつつあるのか?  
頭に浮かんだ嫌な想像を払いのけようと、大きくかぶりを振った。  
彼女が他の男に心惹かれるなど、あってはならないことだ。  
僕に対する裏切りだと言ってもいい。  
麻由と小守を二人きりにするんじゃなかった。  
こんなことになると分かっていたら、小守の相手は執事の山村にでも頼んだのに。  
いや、僕と麻由の関係を小守に打ち明けていれば、あいつもこんな申し出はしなかっただろう。  
自分の失策に、頭を壁に打ち付けたい気分になった。  
 
「麻由は僕の妻になるんだ、小守と付き合うなんて絶対に認めない」  
どろどろとした不気味な感情に身体を侵されながら、僕はきっぱりと言った。  
彼女がそれを聞いて、息を飲んだのを感じる。  
驚くようなことではないはずだ。  
来るべき時が来たら僕がプロポーズすると、考えたことは無いのだろうか。  
将来を共にしたいと思っていたのは、僕一人だったのでもいうのか。  
「言いにくいなら、小守には僕から断っておく。  
君が僕の大切な人だと明かせば、あいつも諦めてくれるだろう」  
言いながら、果たしてそうだろうかと口に出さずに考える。  
麻由は魅力的な女だ、小守でなくとも、惹かれる男がいるのに無理は無い。  
むしろ、今までこういう問題が起こらなかったことが奇跡的だったと言える。  
「君は僕のものだ、伴侶になるんだ。分かったね?」  
言葉に力がこもり過ぎたことに気付き、しまったと唇を噛む。  
これではまるで脅迫だ。  
思い描いていた、麻由の記憶に一生残せるようなプロポーズとは到底言えない。  
彼女が気に入るような、ロマンチックな状況とはかけ離れている。  
下を向いていた麻由が少しだけ顔を上げた。  
どうか、良い答えが返ってくるように。  
形の良いその唇が動くのを、祈るような気持ちで見詰めた。  
 
 
「私は、武様の妻にはなれません」  
彼女の言葉を聞いて、感情が急激に乱れた。  
「どうしてだ!」  
僕は叫ぶように問い詰め、彼女の肩を掴んだ。  
「僕が君の事をどんなに思っているか、知っているはずだろう?」  
「それは…」  
「僕より小守の方が好きなのか?だから、ちゃんと断らなかったのか?」  
がくがくと彼女の身体を揺さぶりながら、言い募った。  
麻由とずっと一緒にいるために、僕は今まで頑張ってきたのに。  
当の本人にこのように言われ、ショックを抑えることができなかった。  
彼女が安心して将来を託せるような、懐の深い頼れる男になると決めたはずなのに。  
今の僕は、不安に押し潰されてパニックに陥った情けない男だ。  
「いいえ、そういうわけではありません。  
ただ、小守様にそう言われたことが、現実と向き合うきっかけになっただけでございます」  
「現実?」  
「はい」  
麻由が僕の目を見て、深く頷いた。  
「私は、ただのメイドでございます。  
そのような者が、武様と結婚するなどとは身の程知らずも甚だしいことでございます。  
あなた様には、遠野家と釣り合う名家のご息女こそがふさわしいのです」  
諭すような彼女の言葉に、身体から力が抜けた。  
抑制の効いた言葉を並べる麻由と、みっともないほど取り乱した自分。  
二人の距離の遠さに、僕は言葉を失くしてしまった。  
「あの時にすぐお返事できなくて、小守様には申し訳ないことを致しました。  
仰ったことについては、お断り申し上げるつもりでございます。  
しかし、だからと言って、期待なさっても困ります」  
僕達二人の未来など無いと、彼女はそう言っているのだろうか。  
喉の奥がからからに乾き、声が出なかった。  
「武様、私に執着なさるのは、そろそろお止めになって下さい。  
一時の感情に流されず、ご自分の立場をよくお考えになって、妻にする方を決められませ」  
彼女の手が僕の手に触れ、そっと肩から退けられる。  
はっきりと拒絶されたことに、頭が真っ白になった。  
「今日は、これで失礼致します」  
深く頭を下げて、彼女が部屋を出るのを呆然と見送った。  
情けないことに、この時の僕はどうすることもできなかった。  
 
瞬く間に数日が過ぎていった。  
麻由に拒絶されたショックから、僕は未だに立ち直れていない。  
彼女の姿を見付けると、辛くて目を逸らしてしまう。  
帰宅時に渡していたカバンも、自分で部屋へ運ぶようになってしまった。  
心が折れるとは、こういうことを言うのだろうか。  
彼女に言葉を掛けたいのに、何を言っていいのか分からない。  
言ったとして、また拒絶されたらと思うと恐怖感が心を支配する。  
彼女を視界に入れずにいることで、何とか平静を保っていた。  
自分がこんなに情けない男だったとは思わなかった。  
自己嫌悪にも苛まれ、鬱々としながら時間が流れた。  
 
 
今のままではいけない。  
ここで挫けては、麻由と過ごした年月が全て無駄になってしまう。  
何とか、説得する良い手立ては無いものだろうか。  
焦りと不安で一杯の頭を振り、必死に考える。  
拒絶されても、僕の気持ちが変わらないことを繰り返し伝えれば、分かって貰えるだろうか。  
これくらいしか、今の僕にはできそうもない。  
縮み上がる心を奮い立たせ、行動に移すことを決めた。  
 
 
夜更けに、僕は部屋を抜け出して目指す場所へ向かった。  
階段を降り、渡り廊下を通って母屋から離れた使用人棟へと。  
棟一階の最奥の部屋、そこがメイド長である麻由の自室だ。  
音を立てないようにドアノブを回し、そっと部屋へ入る。  
電気は消えていて、窓からの薄明かりの中に彼女がベッドに横たわっているのが見えた。  
傍まで行き、眠っている麻由の顔に見入る。  
夢でも見ているのか、表情が時々微妙に変わっていた。  
 
 
魅力的なその唇に触れたくて、そっと彼女の上に覆いかぶさった。  
恥じらいを込めた声でいつも僕の名を呼ぶ、この唇。  
僕だけが味わうことを許されているもの。  
小守ならずとも、他の男に渡すことなど絶対にできない。  
顔を近づけ、そっと唇を重ねた。  
「ん…」  
気配に気付いたのか、麻由が身じろいだ。  
ぴくりと震えた瞼がゆっくりと持ち上がる。  
僕の顔を見たらどんな反応をするか知りたくて、少しだけ彼女との間の距離を広げた。  
 
 
「!」  
僕に焦点を合わせると、麻由は大きく目を見開き、硬直した。  
そして、上掛けを抱えたまま壁際に後ずさりをする。  
小刻みに震えるその姿に、こっちの方が驚いた。  
まさか、僕だと分からないのだろうか。  
「麻由?」  
落ち着かせるために名前を呼んでみる。  
泥棒か何かだと誤解されてもつまらない。  
「え…武様?」  
「ああ、僕だ」  
答えると、彼女はホッとしたように身体の力を抜いた。  
が、枕元の照明をつけると、すぐにまた力を入れ直し、こちらをキッと睨み付けた。  
 
「ここで何をしていらっしゃるのです?お部屋にお戻りになられませ」  
冷たくそう言われてしまい、息を飲んだ。  
恋人が夜中に忍んできているのに、何という言い草だろう。  
「何って、麻由に会いに来たんじゃないか」  
弁解がましく口にするが、前に一度夜這いをした時に「もうしないから」と約束をしたのを思い出した。  
それをあっさりと破ってしまった僕の方に非がある。  
しかし。  
「今日はカバンを右手でお渡しにならなかったではありませんか。  
それに、もう使用人棟にはいらっしゃらないと約束して下さったでしょう?」  
彼女が並べる正論に反発する気持ちが湧き上がって。  
僕はベッドへ腰掛け、僅かに麻由を見下ろす形をとった。  
「気が変わったんだ。それに、君は僕の妻になるんだから、こうして会いに来ることに問題があるとは思えない」  
「ですから、それは…」  
麻由が唇を噛み、下を向く。  
「一度断られたくらいで諦めたりはしないよ。君は僕の妻になるんだ」  
思いが伝わればいいと思いながら、力を込めて言い切る。  
いい加減に観念して、はいと答えて欲しいものだ。  
 
 
「そのお話は…先日、お断りしたではありませんか…」  
蚊の鳴くような小さい声で彼女が言った。  
あくまで拒否しようとするその姿勢に、落ち着かせようとしていた心がまた騒ぎ出す。  
「どうして?僕以外に好きな男などいないんだろう?」  
「それは、そうですが…」  
「僕だって、麻由の他に好きな女はいない。君だってそれを分かっているはずだろう?」  
「ですが、私は…」  
「それなのに、別の人と結婚しろなどと言うことがどれだけ残酷なことか、分からないのか?」  
好きな女にそう言われることが、どれほど心を傷つけるか。  
麻由にはそれを知る義務がある。  
 
 
尚も煮え切らない返事をする彼女を、少し懲らしめるために。  
「口で言っても分からないなら、身体に教えるまでだ」  
「いやっ!」  
上掛けを捲り上げて麻由の上に乗りかかり、その身体をギュッと押さえつけた。  
暴れて僕の手を振り解こうとするその態度に、苛立ちが募る。  
「僕がどれだけ麻由のことを好きか、思い知らせてやろう」  
手の力を強くし、視線を合わせて言い放つ。  
ハッとして身体を固くした彼女の首筋に顔を埋め、強く吸い付いた。  
「っ…お止め下さいませ…」  
いつもならここで麻由は僕に抱き付き、されるがままになる。  
しかし、今日は必死に僕の肩を押し返そうとする。  
何が違うというんだ?  
結婚の二文字が、それほど彼女には負担なのだろうか。  
萎えかけた心を奮い起こし、位置を変えて何度も彼女の肌に吸い付く。  
それと同期して、パジャマの上から麻由の身体を撫で上げた。  
そのうちに、突っ張っていた彼女の腕から力が抜け、がくりとベッドに落ちる。  
すかさずパジャマのボタンを外し、前を寛げた。  
「んんっ…」  
肌が外気に触れて我に返ったのか、また抵抗が始まった。  
 
ブラジャーのホックを外し、その胸に顔を埋めた。  
乳首を口に含み、転がすように舐め上げる。  
「あっ!あぁ…」  
途端に麻由の体が跳ね、甘い声が上がる。  
もう一方の乳首を指先で引っかくと、ますます声は高くなった。  
「他のメイド達に聞こえるよ?」  
「っ!」  
耳元で囁くと、彼女は身体を固くした。  
慌てて手を口に当て、声を出すまいとする姿が愛しい。  
その行動に協力することなく、さらに彼女の胸に触れる。  
我慢しきれずに漏れる嬌声は、普通よりさらに色っぽい。  
それを聞くために、いつもより丹念に愛撫を施した。  
「あ…っん…っ…きゃあ!……ぁ…んっ…はぁん…あん…」  
声が次第に蕩けたものになり、聞いている僕も気分が良くなる。  
しかし、まだまだ足りない。  
もっともっと乱れさせて、僕を求める姿が見たいのだ。  
 
 
麻由が何度もせわしなく身を捩る。  
上半身にだけ触れられ、疼く身体を持て余しているのか。  
彼女の腿が震えながら擦り合わされるのが伝わってくる。  
狙って僕の股間を押し付けてやると、ビクリとその身体を跳ねさせた。  
「欲しい?」  
尋ねると、必死に首を振られてしまう。  
そんな赤い顔で否定しても、説得力なんて無いのに。  
 
 
胸を弄っていた指を、小刻みに震える脚の間を目指してゆっくりと移動させた。  
「ああ…」  
へその上に差し掛かった所で、麻由が安堵したように溜息をつく。  
そこに触れるのを待ち望んでいたようで、もう抵抗はしなかった。  
下着をめくり、茂みを通り過ぎて目的の場所にたどり着く。  
体温の高いそこは、熱く濡れて僕の指を歓迎した。  
上下に何度も擦り上げ、羞恥を煽る。  
溢れた蜜が絡み付いて、彼女が高まっていることを教えてくれた。  
「…凄いね、びしょびしょだ」  
胸から唇を離し、驚いた声色を使って耳元で囁く。  
こうなっていることは分かっていたが、さらに恥ずかしがらせるために。  
案の定、麻由はさらに赤くなった顔でいやいやをするように身を捩った。  
指先に力を入れて、襞の中へと入り込む。  
「あ…」  
彼女が息を飲み、ぴたりと抵抗をやめた。  
これほど正直な体をしているのに、逃げようとするなんて。  
 
 
期待を煽るように、入り口の周りをなぞる。  
ますます蜜が溢れて、淫靡な水音を立てた。  
柔らかい肉が指に絡まるのに、僕の心も高まる。  
早く、ここに自分のものを埋め込みたい。  
身体を繋げ、彼女が僕のことしか考えられないようにしてやりたい。  
「ん…あ…やぁ…っ…」  
緩い刺激が物足りないのか、切ない声が途切れ途切れに聞こえる。  
「あ…あぁ!」  
クリトリスに触れると、麻由が一際高い声を上げた。  
身体を大きくくねらせ、悶える姿にますます煽られる。  
もっと彼女を高まらせ、ギリギリまで追い詰めねばならない。  
「あん…ん…はぁん…あ…やぁ…」  
緩急をつけて刺激を与え、甘く喘ぐ声を堪能した。  
麻由は僕だけのものだ、他の誰に渡してもなるものか。  
 
「あぁ…武様…」  
情欲に濡れた目で、彼女がこちらをじっと見詰める。  
言葉にするのは恥ずかしいから、視線で訴えているのだ。  
後戻りできない所まで彼女の官能を呼び覚ませたことに対し、達成感めいたものが心に生まれる。  
それは体中を駆け巡り、彼女の中に入るのを待っている僕のものを熱く滾らせた。  
すぐさま服を脱ぎ、彼女を貫きたいと喚く本能を無理矢理抑えつける。  
まだだ、もう少しの我慢だ。  
欲望と理性が綱引きをしている狭間に立ちながら、僕は口を開いた。  
 
 
「僕の妻になるというなら、イかせてやってもいい」  
「そんな…っ…」  
縋るような目で見られ、生まれた動揺を必死に覆い隠す。  
こうすることが本心なのではない。  
彼女が快感に飲み込まれ、絶頂に震える姿を見ることこそが僕の本当の望みだ。  
だが、ここでそうしては何にもならない。  
真の目的の為には、今、自分の欲望に左右されるわけにはいかない。  
「一言『はい』と言いさえすれば、麻由の望む通りにしてやろう。どうだ?」  
感情を込めない声色を使い、言葉で追い詰める。  
さあ、答えてみろ。  
 
 
重なっていた身体を離し、脇にあった椅子に腰掛ける。  
余裕のある振りをしたくて、そこから彼女を見下ろした。  
横たわったままの麻由がギュッと目を瞑ると、涙の粒が光ったのが見えた。  
火照った彼女の身体は、僕と繋がることを求めているはずだ。  
何年も掛けて、彼女の身体には快楽の味を仕込んでいる、きっとお預けに耐え切れずに折れてくれるに違いない。  
そうしたら、焦らしたことを謝ってから、十分に満足するまで彼女を悦ばせよう。  
僕は期待を込めて、ベッドの上の彼女を見詰めた。  
 
 
ゆっくりと寝返りをうち、麻由が壁の方を向いた。  
僕の場所からは背中だけしか見えなくなってしまい、もどかしい。  
ねだる言葉を探しているのだろうか?  
表情が見えなくなって、焦りのようなものが胸に去来した。  
「っ…」  
シンとした部屋に不意に響く、息を飲む小さな音。  
自分のものかと思ったが、違う。  
「あ…んっ…」  
押し殺した小さな声が、麻由の口から発せられているのだ。  
まさか…。  
椅子から立ち上がり、壁際へ回って彼女を正面から見る。  
麻由は、自分で秘所に指を這わせ、身体を慰めていた。  
 
 
絶頂の寸前でお預けをされて、我慢できなかったのだろうか。  
普段なら僕の前でこんなことは絶対にしないのに。  
頬を染め、ギュッと目を閉じたまま快楽に耽る姿が煽情的で。  
僕は阿呆のように口を開けたまま、しばらくそれを見詰めていた。  
「や…あぁ…ん…」  
上掛け越しに彼女の手が動き、それに合わせて小さな喘ぎが生まれる。  
二人の時間がとれない時は、、彼女はこうやって自分を慰めているのだろうか。  
こうするのは、きっと今日が初めてではないのだろう。  
自分でする時もこのように色っぽいとは、麻由は本当に罪な女だと思う。  
 
「ん…あ…武様…ぁ…」  
夢うつつの中で、麻由が僕の名を呼んだ。  
熱を帯びたその声に、我に返る。  
麻由の自慰を鑑賞している場合ではない。  
彼女の快感が、僕を通してでないなど認められないことだ。  
たとえ本人の指であっても、それを許すことはできない。  
ベッドへ手を伸ばし、上掛けを剥ぎ取る。  
「キャッ!」  
麻由が慌てて胸元に残ったそれを抱き締めるが、僕は更に力を込めて引き抜いた。  
ベッドの下へと投げ落とし、露になった麻由の身体を改めて見る。  
はだけたパジャマから覗く素肌は紅潮していて、目が釘付けになった。  
僕は再びベッドに上がり、麻由の身体を組み敷いた。  
 
 
「僕の前でそんなことをするとは、いい度胸だ」  
彼女の両腕を掴んで押さえつけ、耳元で囁く。  
「それとも、ああして僕を誘ったのか?」  
麻由がそんなことのできる女ではないことは、僕が一番知っている。  
しかし、この時はわざとそう言って責め立てた。  
涙を浮かべる彼女の脚の間を膝頭で圧迫してやれば、掠れた悲鳴を上げてその身をくねらせる。  
自分の指ではイけなかったらしい。  
「そんなに、僕の妻になることが嫌なのか?」  
「あ……」  
言う言葉が見つからないのか、彼女は表情を歪ませた。  
あんなことを僕が見ている前でするなんて。  
彼女にすれば切羽詰った挙句のことだろうが、僕にしてみれば挑発以外の何物でもない。  
あなたとなど結婚しなくても良いのだからと、口に出して言っているようなものだ。  
 
 
掛け時計が深夜12時を指し、微かな電子音に僕の注意が少し逸れる。  
その隙を突いて、彼女が枕元にずり上がり、逃げ出す素振りを見せた。  
僕から逃げおおせるとでも思っているのだろうか?  
諦めの悪い麻由の行動が癇に障り、動くためにと浮かせた彼女の腰を掬い上げた。  
「きゃあっ!」  
四つん這いにさせ、中途半端な位置で止まっていたパジャマと下着を引き下ろす。  
腰を高く上げさせて固定し、麻由の秘所に舌を這わせた。  
「ああっ!あ…」  
悲鳴を上げたその声が、半ばで途切れる。  
それでいい。  
自分で触るより、僕に愛撫されて声を上げるのが彼女にはふさわしい。  
 
 
充血して固くなったクリトリスに吸い付くと、彼女がまた悲鳴を上げた。  
ここに触れると、彼女はひとたまりもなくなってしまう。  
ますます蜜が溢れてきて、彼女が感じていることを僕に告げた。  
思い通りになったことに、凶暴な喜びが胸に生まれる。  
間髪を入れず、そのまま背後から一気に貫いた。  
「きゃあっ!あ…」  
逃れようとする腰を抱え、引き寄せる。  
激しく突き上げ、彼女の中を蹂躙した。  
「いや…ぁ…痛い…」  
震えながら涙声で言う哀れな姿を見下ろす。  
あれだけ潤んでいても、中を慣らさぬまま貫かれるのは痛かったのか。  
無理矢理入り込んだそこはきつく、いつもとは違っていた。  
普段はここも十分に愛撫して、彼女の準備が整ってから身体を繋げている。  
挿入しても、しばらくはゆっくりと動いて彼女の負担にならぬように心がけている。  
しかし、今日の僕にそんな余裕は無かった。  
シーツに爪を立て、辛さを我慢している麻由を背後から突き上げながら見詰める。  
申し訳なさが心に生まれるが、もうこうなれば途中でやめるわけにはいかない。  
 
麻由とベッドを共にして「痛い」と言われるのは初めてだ。  
二十歳のとき、互いの初体験の折にさえ彼女は言わなかった。  
事後、シーツには純潔の印が刻み込まれていたから、麻由がそれまで男を知らなかったことに間違いはない。  
しかし、彼女は僕を気遣ってか、痛いとは一言も口にしなかった。  
僕の余裕がないという点では、あの時も今も変わらないのに。  
彼女にこの言葉を口にさせるのは、今日の何なのか。  
結婚を断られても諦めの悪い僕が、痛々しいということなのだろうか。  
そうかも知れない。  
初体験の時は、酷く緊張していながらも、僕は彼女を必死で気遣っていた。  
なのに、今の僕は彼女を手放さないために、自分の感情だけで行為に及んでいる。  
痛々しいどころか、嫌われても仕方が無いことをしているのだ。  
 
 
激しい感情で煮えたぎっていた頭に、少しずつ冷静さが戻ってきた。  
動くのをぴたりと止め、わが身を振り返る。  
自分が何をしているかに気付き、恐ろしさがこみ上げた。  
心臓が苦しくなり、僕は慌てて彼女を解放した。  
ベッドに仰向けに横たえ、顔を覗き込む。  
涙に濡れた目と乱れた髪を見て、さらに僕は動揺した。  
「麻由、麻由?」  
いたたまれなくなり、彼女の名を呼ぶ。  
ぼうっとしていたその目が僕を捉え、視線が合った。  
自責の念が一気にこみ上げ、僕は情けないほど取り乱してしまった。  
 
 
「悪かった。謝るから、何でもするから僕のことを嫌いにならないでくれ」  
身も世もなく懇願しながら、僕は彼女にしがみ付いた。  
この人に嫌われてしまったら、僕は…。  
「嫌わないでくれ、頼む」  
目頭が熱くなったかと思うと、至近距離にある彼女の肌に雫が落ちるのが見えた。  
ぽたぽたと白い肌を濡らすそれに、自分が泣いていることを知る。  
人前で泣くのなど、何年振りのことだろう。  
男は滅多なことで泣くのではないと、幼少の頃から教えられてきた。  
それを忠実に守り、僕は今まで生きてきた。  
泣きそうになっても、グッと堪えることには慣れている。  
だが、一旦溢れてしまったこの涙を止める術を僕は知らない。  
 
 
嗚咽を堪えきれない僕の頬に、麻由の手がそっと触れた。  
顔を上げさせられ、彼女の瞳に僕が映ったことを感じる。  
みっともなく泣いているこの姿を見て、幻滅されるのではないだろうか。  
「え…」  
涙でぼやける視界の中で、麻由が微笑んだ。  
そのままゆっくりと首を振って、胸元に引き寄せられる。  
僕の身体に彼女の腕が回り、抱き締められた。  
そして、落ち着かせようとするかのように背を撫でてくれた。  
「ご安心くださいませ、私は武様を嫌いになどなりません」  
耳元で聞こえる彼女の声に、心が凪いでいくのが分かった。  
 
 
僕がしたことを許してくれるのだろうか。  
申し訳なさと共に、深い感謝の念が心を満たした。  
大人の男を目指すなど、聞いて呆れる。  
僕なんかより麻由のほうが、よほど器が大きくて懐が深い。  
一介のメイドだと麻由は自分を卑下しているが、とんでもないことだ。  
それに比べ、社長だ当主だと持ち上げられている僕の、なんと愚かで惨めなことだろう。  
 
彼女の胸に抱かれたまま、嗚咽が止まるまで動かなかった。  
何分間そのままだったのか、自分でも分からない。  
ようやく気持ちが落ち着き、僕は身体を起こした。  
泣き止んだのを分かってもらうため、微笑んで見せた。  
うまく笑えたかどうか分からないが、彼女が僕の顔を見て微笑みを返してくれる。  
けなげなその表情に胸を突き動かされ、僕は彼女に口づけた。  
 
 
「ん…あ…」  
じっくりと味わってから、名残惜しくその唇を解放する。  
彼女の頬に赤みが戻っていたことに、少し安心した。  
恥ずかしそうに少しだけ視線を逸らす姿に、また目が奪われる。  
意気消沈して、萎えていた自分のものが元気を取り戻すのが分かった。  
彼女が喜んだり、恥ずかしがったりする姿を見ることで、僕は簡単にこうなってしまう。  
惚れているからとはいえ、あまりに現金なことだと思った。  
 
 
さっきあんな風にしてしまったから、またすぐに身体を繋げるのはためらわれる。  
嫌がられたらすぐやめる気持ちで、そっと麻由の肌に手を滑らせた。  
少しでも拒否されたら、ベッドの柵に自分の頭を打ちつけてでも身体を離そう。  
大きく残る後悔の中で、僕はそう決意した。  
先程のことを罪滅ぼしするように彼女の肌に触れ、官能が高まるようにと願う。  
こんなことで帳消しになるとは思わないが、少しでも快感を与え、彼女が感じたであろう苦痛を相殺したい。  
手と口を動かしながら、彼女の息遣いに耳を澄ませる。  
「ぁ…はっ…ん…」  
上目遣いにそっと顔を窺うと、麻由は目を閉じ、短い溜息のような呼吸を繰り返している。  
つらそうには見えず、ホッとした。  
もう少し続けてみようと思い、彼女の胸に触れる。  
「あ…あぁ…」  
乳首を口に含み、舌で愛撫した。  
刺激で固くなったそれの、僕の舌を押し返すような弾力に、夢中になって吸い付いた。  
征服欲に駆られ自分勝手に彼女を追い詰めた、先程とは違うことを分かってもらいたくて。  
両の掌を彼女のそれと重ね、指を絡めて握り締めた。  
振り解かれることはなく、彼女もキュッと握り返してくれる。  
その温かさにまた涙が零れそうになった。  
「んっ…あ…あん…ぅん…」  
反対側の胸にも同じように舌を這わせると、新しい刺激に彼女が声を上げる。  
手がふさがっているので、同時には触れられない。  
その分、丹念に愛撫を施した。  
 
 
「あぁ…武様…」  
熱に浮かされた声で、麻由が僕の名を呼んだ。  
それに応じて顔を上げると、彼女が物言いたげな目でこちらを見詰めてくる。  
「……」  
シーツの上で握り合っていた手を、下方へと移動させられた。  
そのまま、彼女の腹の上に持ち上げられる。  
手の繋がりを解かれ、僕の掌がそこへ押し付けられた。  
「…大丈夫なのか?」  
求められて喜ぶべきところを、不安になって確認する。  
麻由がコクリと頷いたのを見て、僕は覚悟を決めた。  
 
彼女の中に、ゆっくりと指を挿入した。  
先程いきなり責め立ててしまったので、同じ失敗はできない。  
中を広げるように、指をぐるりと回して反応を見る。  
痛そうにしていないのを見て、安堵した。  
しばらくそのまま慣らした後、指を一本増やす。  
同じように時間を掛けて動かし、負担を減らすようにと心を配る。  
まるで、初めて身体を重ねた時のようだ。  
あの時の麻由は、指を入れるだけでも唇を噛みしめていた。  
当時を思い出し、懐かしさが胸をよぎった。  
 
 
麻由の腕が、僕の背に回った。  
「もう、大丈夫ですから…」  
小さな声で呟いて、また恥ずかしげに頬を染める。  
「本当に?」  
「はい…」  
また不安が去来するが、彼女の求めには今度こそ応えなければならない。  
「本当に済まなかった。  
つらくなったら、途中でもそう言っておくれ」  
言い置いてから、彼女の身体に重なり、僕達は一つになった。  
「あ…あぁ……」  
大きく息を吐き、彼女が身体の力を抜いた。  
額に掛かる髪を払ってやり、表情を窺う。  
一々確認しなければ、またひどいことをしてしまいそうで、自分に自信がもてない。  
麻由の腕に力が入り、さらに引き寄せられる。  
それを合図に、僕は腰を動かし始めた。  
 
 
「ん…はっ…あ…んっ…ん…」  
彼女が浅く呼吸しているのが聞こえる。  
空いている手で彼女の脚を持ち上げ、繋がりを深くした。  
「んんっ…あぁ…あん…」  
その声が甘さを帯び、僕の耳に届いた。  
脚を固定し、彼女の弱い所に当てるように自身を動かす。  
自分の快感もさることながら、まずは彼女を気持ちよくさせてやりたい。  
「あ!…やぁ…んっ…ああん!」  
声が高くなり、さらに甘さが増した。  
それが嬉しくて、同じ場所を重点的に責める。  
喘ぎ声が上がるたび、中が締まって僕のものにも快感が走る。  
彼女の快感を第一に…と考えていたが、僕もあまり持ちそうにない。  
「あ…きゃぁ!」  
握り続けていた手を少し緩め、指先で彼女の掌を引っかく。  
ここも、麻由の弱い場所だ。  
性感帯なのかどうかは分からないが、こうすると彼女の感じる声が上がるので、時々指先で触れることがある。  
「やぁ…あ…ん…あん…」  
彼女の手がギュッと握り込まれ、僕の手の動きが止められた。  
「ん…ぁ…武様、もう…もう…っ…」  
切羽詰った声を上げ、彼女が懇願するような目で僕を見た。  
「そうか、分かった」  
それに応え、さらに動きを速める。  
「あ…あ!駄目、もう…イっ…ああんっ!」  
身体をガクガクと震わせ、彼女が達した。  
それでもなお収縮を繰り返す彼女の中を、更に突き上げる。  
済まない、もう少しだけ付き合ってくれ。  
内壁に擦り付けるように動かし、自分の快感を求める。  
絡みついてくるそれに、僕のものも遂に音を上げた。  
「くぅっ…あ…麻由、麻由っ!」  
一際強く彼女の手を握り締め、絶頂を迎える。  
全てを吐き出し、彼女の上に倒れ込んだ。  
 
そのまま、しばらく動けなかった。  
ようやく人心地がつき、半分眠りかけている彼女を風呂場へ運んでその身を清めた。  
替えの下着が置いてある場所が分からなかったので、タオルで拭ってからまたベッドに横たえ、上掛けを戻す。  
規則的な呼吸を繰り返す彼女を見下ろし、後悔の念がこみ上げてきた。  
今日のことで、僕はおのれの至らなさ、馬鹿さ加減を思い知った。  
この人を妻にすることが、今の僕には果たして可能なのだろうか。  
釣り合わないのは麻由ではなく、むしろ僕の方だ。  
しかし、どうしても彼女を妻にしたい。  
やはり、僕にはこの人しかいないのだと再確認することになった。  
 
 
翌朝、邸内の者が起き出す前に麻由の部屋を後にする。  
いつもは彼女が先に起きて僕の部屋を出るのだが、今日は逆だ。  
着衣を整えてベッドへ向き直り、まだ眠りの中にいる彼女を見詰めた。  
改めて、昨日した事に対して申し訳なさがこみ上げてくる。  
後ろ髪を引かれる思いで、僕は彼女の部屋を後にした。  
 
 
頑なな彼女の決意を切り崩す手立てが見つからないまま、また毎日が過ぎていった。  
求めに応じてはくれるのだから、僕のことを嫌いになっていないことは分かる。  
しかし、だからと言って結婚の話を持ち出すと、途端に悲しい顔をされる。  
どうすれば、色よい返事を貰えるのだろう。  
一ヵ月後の誕生日が来ても、僕の気持ちは晴れなかった。  
9月15日には、小守と麻由が並んでいるのを見て、また僕は落ち込んだ。  
情けなくも、その夜に僕は彼女を部屋へ呼んだ。  
小守にあの答えを言ったのかと尋ねると、彼女は首を縦に振った。  
「申し訳なかったのですが、お断り申し上げました」と。  
彼女の言葉に、不謹慎な喜びが僕の中に生まれた。  
これで、麻由を取られることはないと、小守の気持ちを思いやる前にそう考えてしまったのだ。  
自分の小ささを思い知り、また情けなくなった。  
友人の失恋を喜ぶなど、人間として最低だ。  
麻由の言葉に落胆したに違いないのに、何でもない風で僕を祝ってくれた小守に合わせる顔が無い。  
彼より自分の方が劣っていることも、確認する結果になってしまった。  
こんなことでは、いつまで経っても麻由に追いつけない。  
いっそ、諦めてしまった方がいいのだろうか。  
彼女の言葉を聞き入れてやるのが、本当の愛情なのだろうか。  
頭の中で本心と理性が入り混じり、心が千々に乱れた。  
 
──続く──  
 
 

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