「計画」  
 
麻由が心に築いた壁を壊せないまま、何日も無駄に過ごした。  
結婚の承諾が得られるようないい案が浮かばず、僕は沈んだままだ。  
彼女との関係は今まで誰にも秘密にしてきたから、相談しようにも適した相手が思い浮かばない。  
前メイド長の秀子さんにも何となく相談するのは憚られ、あの美しい庭のある家にも足を向けられずにいた。  
大学時代の友人には、僕のように企業の跡取りになる者が何人もいる。  
しかし、彼らの大部分は取引先や名家の令嬢と結婚したり、婚約をする者ばかりで。  
職場や合コンなどで知り合った一般の女性と付き合っている者も少数いたが、彼らの誰も、その相手をいずれ妻にとは考えていないようだった。  
彼らに相談しても、令嬢を妻にしてそのメイドを愛人にすればよいとでもアドバイスされるに決まっている。  
世の中は日々進歩しているが、いわゆる上流階級と呼ばれる人々はまだまだ保守的だ。  
社会的に相応でない女性との恋愛は、堕落や女の罠だと見なされ、忌み嫌われている。  
実際に、そういう恋愛に溺れ、元いた地位を追われる人の話も無いわけではない。  
上流階級の人々にとっては、持てる富や名誉を失うことが最大のタブーだから、それを防ぐために同程度の家から妻を迎えて家の安定をはかるのだが…。  
麻由もそう言って勧めたが、僕はどうしてもそんな気にはなれなかった。  
僕のことを思うがゆえに、自分の心を押し殺して世間の道を説く彼女。  
皮肉なことに、その姿を見ればますます、妻にするなら麻由しかいないと再確認する結果になるのだ。  
拒絶されればされるほど気持ちが高まるなんて、もしかして僕はマゾヒストなのかと思ったこともある。  
 
 
正直、あれから仕事には身が入らない。  
社長の椅子に座っている以上はそうも言っていられないので、表面上はきちんとしているが…。  
今日も商談をまとめる為に他社へ赴いた。  
社で一人きりで仕事をしているとまた落ち込むから、たまの外出だと気分を切り替え、役目を果たした。  
無事に商談が終わり、エレベーターへと向かう。  
そこの社長秘書見習い(社長の娘らしい)が一緒について来て、ボタン操作をしてくれた。  
チンと音がして扉が閉まり、下降が始まる。  
ふと、僕の鼻がひくりと動いた。  
何だか、妙に甘ったるい匂いがする。  
エレベーター内にお菓子でも落ちているのかと見渡したが、そうではないようだ。  
狭い密室内を見渡して原因を探し、匂いの源が秘書見習い嬢の香水であることに気付いた。  
来た時は正規の秘書が案内してくれたから、この匂いに触れることがなかったのだ。  
逃げ場のない場所に匂いが充満するのは正直言ってつらい。  
いよいよ辛くなってきたところで、ようやくエレベーターが1階に到着する。  
密室から解放され、ホッとした気分で外へ出て車に乗り込んだ。  
 
 
車内で、先程の商談の資料を取り出し、少しだけ秘書と話した。  
詳しくは社に戻ってからだが、移動の時間も効率的に使いたい。  
「綺麗な方でしたが、香水が少しきつ過ぎましたね」  
会話が一段落したところで、僕の秘書が先程の女性のことを指して小さく呟いた。  
「そうだな」  
先方の社長は、娘の香水について意見しないのだろうか?  
毎日身近で接しているのだから、気付かぬはずはないのだが。  
身内に甘いタイプかもしれない、もしそうならこれからの取引についても注意が必要だ。  
「これでは、帰宅してから妻に疑われてしまいます」  
「どうして?」  
「浮気でもしているんじゃないかと問い詰められます」  
苦笑する彼を見て、僕も小さく笑う。  
なるほど、普段と違う香りを微かにでも身にまとって帰れば不審に思われるだろう。  
女性の勘というのは、男性である僕達には想像もつかないほど鋭いらしいから。  
 
その時、ふとした考えが頭を過ぎった。  
僕が香水の匂いを身にまとって帰れば、麻由はどう思うだろう。  
男性用トワレもつけたことのない僕が、こういう残り香を服に染み込ませて屋敷に戻ったら…。  
他の女性と外で会ってきたと思うのだろうか。  
それとも、やり手の女社長と商談でもしたと考えるのだろうか。  
 
 
友人の小守が、麻由に結婚を前提とした交際を申し込んだと知った時、僕はみっともないほど嫉妬してしまった。  
今までにないくらい腹を立て、君を絶対に離さないと彼女に激しく詰め寄った。  
その後に彼女の自室に押し掛け、無体な振る舞いに及んだことは思い出したくもないが…。  
僕が麻由以外の女性と付き合っているという風に信じ込ませ、立場を替えてあの時と同じ状況を作り出したなら。  
麻由も、僕のことを好きなら同じように嫉妬してくれるかもしれない。  
慎み深く囲った心から本音が溢れ出して、他の女性に僕を取られたくないと思い、結婚に同意してくれるかも知れない。  
秘書に話しかけられぬように目を閉じて眠ったふりをしながら、頭の中で必死に考える。  
あまりにも危険すぎる賭けだと思う。  
悪くすれば、僕がどこぞの令嬢とうまくいったと思い込み、麻由は自ら身を引くかもしれない。  
彼女が自分の本心を押さえ切り、あくまでも使用人としての良識を崩さなければおそらくそうなるだろう。  
よしんば彼女が僕と一緒になりたいと言ってくれても、そう言わせるに至った僕の企みがばれてしまったとしたら。  
姑息な手段を使って騙すような真似をしたと幻滅されるかも知れない。  
しかし、今の僕達のこの状況を打破するには、余程の大きいショックがないと事態は動かない。  
どうしようと右往左往するだけよりも、一つ、この策に賭けてみようと僕は決意した。  
 
 
買いたいものがあるから、帰社の途中にデパートへ寄ってくれと運転手に告げた。  
ついてくると言う秘書を押しとどめ、女性達でにぎわう化粧品売場へ一人向かった。  
周囲をぐるりと見渡し、とあるブースにあたりを付けてから歩を進める。  
フランスの田舎から取り寄せたとかいう惹句で、近年とみに知名度を上げている銘柄のブースだ。  
壁際にフレグランスコーナーを見つけ、近寄って手に取ってみる。  
ためつすがめつ数種の香水瓶をぐるぐると動かしていると、店員が声を掛けてきた。  
猫なで声で接客されるのは好きではないが、こういう不案内な場では逆に有難い。  
セールストークに乗った振りをして、陳列された品物を横目で見ながら検討する。  
心を惹かれたのは、その店員が一押しだという桜色の瓶に入ったトワレだった。  
香りを試すための細長い紙に一吹きされたものを鼻先に近付けられ、これならと頷く。  
甘すぎず、きつくもない優しい香りで、先程の秘書嬢のつけていた強めの香水とは違っていた。  
小道具とはいえ自分でつけるものだから、あまりに変な匂いのするものは選びたくない。  
何となくプレゼント包装を頼み、自分で使わないことをアピールする。  
店員にそんなことをしても、どうなるわけでもないのだが。  
買ったものをそそくさとカバンに仕舞い、急いで車へと戻る。  
社へ帰り、書類にまた向き合う前にその包みを開いた。  
美しく整えられた包装を剥がし、香水瓶を出す。  
さっきはあまり良く見なかったが、こうするとなかなか可愛らしいものだ。  
これを普通にプレゼントすれば、きっと麻由は喜ぶだろう。  
甘く優しいこの香りを身にまとった彼女は、きっと途方も無く魅力的に違いない。  
そう思ったところでまた気分が暗くなった。  
自分はこれから、愛する人を騙そうとしているのだ。  
ショック療法的な物とはいえ、やはり良心が痛んでしまう。  
嘘は良くないと、真面目な自分が柄にもなく顔を出す。  
こういう駆け引きめいたものにはとんと疎く、こちらが何をすれば相手はどう思うかということがよく分からない。  
どうか、思うとおりになってくれますように。  
祈るような気持ちで目を閉じた。  
 
社長室を出る前に香水瓶の蓋を取り、つけてから帰ることにする。  
一度にどれくらいつければ良いものか分からないので、添付の説明書を読んで調べた。  
手首や足首などに少量つければ良いとあるので、その通りにする。  
手順を終え、瓶を箱に戻して机の引き出しに仕舞う。  
何だか後ろめたくて、箱を書類の下にもぐり込ませ、隠すようにしてから引き出しを閉じた。  
 
 
帰りの車の中ではそわそわして気分が落ち着かなかった。  
この企みはうまくいくだろうか。  
香水の香りが消えていないかと、何度も手首を顔に近づけ、匂いをかいでみる。  
そうして確認している間に車が屋敷へ戻り、ドアが開けられた。  
出迎える使用人達の間をまっすぐ歩き、奥で待つメイド長の麻由の所へと向かう。  
そしらぬ振りをしながら左手でカバンを差し出し、彼女の反応を見た。  
いつもより低い位置で僕からカバンを受け取った麻由が、一瞬静止したのが見て取れた。  
香水をつけた手首が動いたことで、立った香りを感じ取ったのだろうか。  
彼女が気付いたかどうか不安になり、足を早めて部屋に戻ってからもう一度手首を鼻に近付けた。  
鼻が慣れたのか、あまり香りが立っていないような気がする。  
果たして麻由は気付いてくれたのだろうか。  
 
 
それからも、不自然にならない程度に、数日間隔で香水をつけてから屋敷へと戻った。  
つける日とつけない日、それぞれの麻由の反応を気取られぬように観察する。  
そうすることを繰り返すうち、香水の匂いのする日は、彼女がカバンに手を掛け受け取る時に一瞬だけ間があることに気付いた。  
僕の纏う香りの違いには気付いているらしい。  
しかし、これだけでは足りないような気がする。  
僕が他の女と付き合っていると誤解してもらうにはどうすればよいだろう。  
その架空の女と仕事が終ってから会っているとすれば、映画や食事に行くのだろうから自ずと帰りが遅くなるはずだ。  
それならば、あの香水の香りをまとって、いつもより遅く屋敷に戻れば良い。  
単純にそう思い至った僕は、わざと会社に居残って時間をやり過ごし、数時間を潰してから帰る日を作った。  
カレンダーを睨み、香水をつける日・遅く帰る日の計画を立てている姿などとても人に見せられない。  
仕事の時よりよほど熱心で、必死だろうから。  
スケジュールをこなすようにその計画通りに動き、また幾日かが過ぎた。  
香水をつけて遅く帰宅した日は、大抵は執事の山村とメイド長の麻由だけが僕を出迎える。  
他の使用人達に隠れない分、車を降りたときから麻由の様子がはっきりと見て取れるのだ。  
俯き加減になって元気のない様子で僕を出迎える彼女を見ると、申し訳ない気持ちで一杯になる。  
目的のためとはいえ、他の女と通じて麻由を軽んじているように見せかけることに良心も痛んだ。  
 
 
自分の心が折れてしまいそうになるのを、何度も寸前で押しとどめた。  
ここで自分に負けては元も子もない。  
今この計画を中止して、結果的に麻由を手に入れられない方がダメージが大きいのは明白だぞと自分を叱咤して。  
決意を新たにしたところで、僕はもう一つ考えを思いついた。  
架空の女の存在を信じ込ませるために、麻由をしばらく抱かないことに決めたのだ。  
二十歳の頃にお互いの初めてを与えあったとき以来、僕達は人目を忍んで逢瀬を重ねてきた。  
彼女がメイド長になってからは、以前よりも仕事を上がる時間が遅くなり、僕の部屋へと訪ねてきやすくなった。  
これをぴたりと途絶えさせれば……。  
僕が麻由を誘わなくなったのは、他の女と深い仲になったからなのだと誤解してくれるだろう。  
幸い、香水をつけるようになった頃と前後して夜の逢瀬は途絶えている。  
このまま持続させれば、さらに信憑性は上がるに違いない。  
 
 
そしてまた、僕は「屋敷に戻らず外泊する日」を設定することを思いついた。  
どんなに忙しくても必ず麻由の待つ屋敷に戻っていた自分が外泊するとなると、きっと不審に思われるだろう。  
しかし、仕事が立て込んで会社に泊まったと思われたのでは甲斐がない。  
「今日は戻らない」と彼女に宛てて電話をかけようかとも考えたが、一対一で騙し通せるほど僕は役者ではない。  
考えた末に、運転手だけを屋敷へ帰すことを思いついた。  
いつも行動を共にする運転手を一人で帰らせれば、麻由は、「武様は他人に知られたくないどこかへ行った」のだと思うだろう。  
香水のこともあるから、きっと、他の女の所に泊まっているのだと誤解してくれるに違いない。  
とはいえ、本当に他所へ行くあてなどは無い。  
もっともらしい理由をつけて運転手を帰らせた後も、会社に残って仕事をしているだけだ。  
夕食は近くのコンビニエンス・ストアで買い求め、簡単に済ませる。  
一人きりの静かな部屋で、ビニール袋や弁当のパッケージをガサガサいわせながらとる食事は物悲しい。  
食事を終えてまた仕事に戻り、時間が来てソファで眠る時はもっと侘しかった。  
大き目のソファとはいえ、大の男が横になるにはやはり狭苦しい。  
屋敷のベッドで、麻由を抱き締めながら幸福に満たされ眠った最後は一体いつだっただろう。  
詮無いことを考えながら、半分だけ寝返りを打って目を閉じるのだ。  
 
 
そうして2ヶ月ほどが過ぎた。  
これほど長く麻由とベッドを共にしないのは初めてだ。  
遠く離れて住んでいるのなら諦めもできようが、同じ敷地内に起居しているのだから始末が悪い。  
朝の見送りと晩の出迎えで彼女の傍に近付くと、その身体に触れたくてたまらなくなる。  
屋敷にいる時は、彼女の姿が見えると自然に目が追ってしまい、見えなくなるまで視線を逸らすことができない。  
見詰めるだけなんて、まるで中高生の時に片思いしていた頃のようだと思った。  
当時は麻由も学生だったから、門を入ると僕の住む母屋ではなく、彼女の父と暮らしていた使用人棟の部屋へ一直線に帰っていた。  
だから姿を見ることは稀にしかなく、一回一回がとても貴重なものだった。  
中学時代はセーラー服、高校時代はブレザーを着ていた彼女の姿は今も胸に焼き付いている。  
それはとても可愛くて、彼女と机を並べられたらと夢想し、それができる彼女の同級生をひどく羨んだ。  
彼女が高校を卒業してから、メイドとしてこの屋敷に仕えてくれると知ったときの嬉しさは今でも鮮明に覚えている。  
あれほど胸が高鳴ったのは、間違いなくそれまでの人生で一番のことだったからだ。  
 
 
彼女が結婚を承諾してくれれば、あの時よりもっと大きな喜びが得られるだろう。  
身体の関係を持ってもう長いが、やはり名実共に僕だけのものになってくれるのはきっと格別のはずだ。  
そう思うと、是が非でも手に入れねばならないと新しい闘志がふつふつと湧いてきた。  
その勢いを借り、今後どうするかの計画を立てる。  
僕が別の女性と親しくなったという疑念を抱かせるのには成功しているはずだ。  
それを火種としてさらに彼女の不安を煽り、いっきに爆発させる必要がある。  
耐えて我慢してきたことを全て口にさせなければならない。  
その起爆剤になるものは何か。  
もっと大きな不安と恐怖を与えること、これが一番いいと考えた。  
いよいよ、僕の中の理性が激しく異を唱える。  
好きな女性をこれ以上騙すなど男として最低だ、恥知らずなことはやめろ。  
そして、心の中の弱い部分が急に発言権を増す。  
こんなことをして麻由に愛想を尽かされたらどうするんだ、取り返しのつかないことになるぞ。  
二つがタッグを組んで、僕を前後左右から小突き回した。  
良くも悪くも、これが最後の手段だ。  
吉と出れば彼女を獲得できるが、凶と出れば完全に彼女を失ってしまうことになる。  
しかし、もう後には引けない。  
自分が意思を持ってやったことなのだから、どちらに転んでも結果を正面から受け止めねばならない。  
 
 
計画を行動に移す日を決め、それまではまた数日間隔で香水をつけたり遅く帰ったりと変わらずに過ごした。  
そしていよいよその当日、朝の目覚めは妙に良かった。  
今日が自分の人生における最良の日になるか、それとも最悪の日になるか。  
気分が妙に高揚し、そわそわとしたまま日中を過ごし、また残業をする。  
帰り際に一計を案じて小細工をしてから、随分と中身の減った香水瓶を取り出し、少し多めに付けてから会社を後にした。  
屋敷に到着したのは夜11時を過ぎていた。  
出迎えた麻由に右手でカバンを渡す。  
これは、僕達二人だけの秘密の合図だ。  
右手で渡す時は、今晩僕の部屋へ来てくれという誘いのサイン。  
久しぶりのことだったから、少しぎこちなくなった。  
「食事は済ませてきた。すぐ部屋へ行くよ」  
心中の不安を押さえ込むように少し大きな声で言い、僕は自室へと入った。  
大きく深呼吸をして、これからどう行動するかを頭の中で考える。  
酒を小道具に使うことを思いつき、酒瓶とグラスを取ってテーブルに置いた。  
普段飲まないウイスキーを僕が飲んでいれば、彼女は訝しく思い、心にわだかまりが生じるだろう。  
いつもと違う僕の姿を印象付け、それに不安を感じるように持っていきたい。  
麻由が僕のスーツについた香水の香りをはっきりと感じるように、上着を脱いでネクタイと共にソファの背に掛ける。  
こうしておけば、彼女はこれらをクローゼットに仕舞う時、その香りに気付くに違いない。  
ワイシャツのボタンも二つだけ外し、前を寛げた。  
そしてウイスキーをグラスに注いだところでドアをノックする音がし、麻由が来たことに気付く。  
部屋に入るように言い、景気付けにグラスの中の酒を一口飲んだ。  
 
 
こちらへやって来た麻由は、僕がさっき脱いだ上着とネクタイを持ち、背後にあるクロゼットの方へと向かった。  
すぐに気付いてくれるあたりが、彼女のメイドとしての資質を表していると思う。  
上着に染み込んだ香水の匂いに気付いただろうか。  
彼女が衣類用ブラシで上着を払っている物音に耳を澄ませた。  
振り返ってその姿を見てみたいが、今そうするわけにはいかない。  
心を落ち着けるために、意味もなくグラスを揺すり、中の酒が動くのを見つめた。  
クロゼットの扉が閉まる音がし、彼女が近付いてくる。  
少し離れて足音が止まり、僕が次に用を申し付けるのを待っているようだ。  
ソファに座らせようと思い、麻由をこちらへと呼んだ。  
彼女がそれに従い僕の横へ来て、腰を下ろす。  
こうやって並んで座るのも、随分久しぶりのことのように思える。  
そう思うと緊張してしまい、またウイスキーを一口飲んだ。  
勢いよく流し込んでむせ返りそうになり、それを堪えるべくまたグラスに口を付けてごまかした。  
そのまましばらく沈黙が続いた。  
次の行動に移るタイミングをはかり余裕のない僕の傍らで、座っていた麻由が腰を浮かせたのが見えた。  
「どこに行くんだ?」  
「あの…お水か氷を持って参ります」  
酒を割らずに飲んでいる僕を見て、気を利かせてくれたのか。  
有難いことだが、今彼女に逃げられるわけにはいかない。  
「必要ない。いいからお座り」  
強い口調で申しつけ、また彼女をソファへと戻した。  
 
 
今だと思い、不要になったグラスをテーブルへ置く。  
ここからは、小道具など一切無しで、自分一人の力だけで麻由を口説き落とさねばならない。  
覚悟を決め、僕は彼女の方へと向いた。  
「今日は、久しぶりに…」  
抱き寄せて耳元で囁くと、麻由は全身を硬直させた。  
次の瞬間、ドンと肩を押されて僕達二人の間に距離ができる。  
女の力だから弱いはずなのに、手の当った部分から痛みのようなものがじわじわと身体に広がった。  
「他の方に触れられたお手で…私に触れないで下さいませ」  
震える声で彼女が言った。  
「今日は、お帰りの前に誰かと会っていらしたのでしょう?」  
「…」  
 
沈黙を肯定と取ったらしく、麻由はさらに悲痛な声を上げた。  
「それで、満足できなかったのでございますか?だから、麻由でも抱いておこうかとお考えなのでしょう?」  
いいや、僕はそんな恥知らずなことなど絶対にしない。  
そう言いたかったが、彼女に誤解を与えて混乱させるという目的があったのを思い出す。  
済まない、もう少しだけ架空の女性の存在を信じておくれ。  
心の中で謝りながら、僕は一世一代の芝居の幕を開けた。  
 
 
「そうだと言ったら、どうするんだ?」  
だからどうした、とでも言うような平然とした口調で言い返す。  
「僕の精力が強いのは、麻由も知っているだろう?  
ああ、確かに満足できなかった、だからこうしている」  
絶句した彼女に、さらに追い打ちをかける。  
腕を引いてもう一度彼女を胸に抱き止め、僕の身体に用意した誤解の種に気付くように図った。  
会社を出る前にこっそりと肩口につけた、赤いキスマーク。  
自分にこんなものをつけるのは気が咎めたが、計画のためだと思い込み、首を曲げて吸い付いた偽物だ。  
胸の中から顔を上げた麻由が、その辺りを見たまま絶句している。  
罠にかかってくれた喜びと申し訳なさがない交ぜになり、形容しがたい感情が心を覆った。  
 
 
「いやです、離してくださいませ!」  
我に返った彼女が胸の中でめちゃくちゃに暴れ、僕を突き放した。  
初めて見るその姿に、あっけにとられてしまう。  
彼女の頬が涙で濡れているのを目で捉え、少し遅れて胸が痛んだ。  
「どうして逃げるんだ?」  
もうやめろと制止する理性を振り払い、さらに演技を続けた。  
「僕を振ったのは麻由じゃないか。こうなることが、結局は君の望みだったんだろう?」  
「彼女が僕の妻になったら、夜は君と三人で楽しめるかも知れないね」  
言葉を重ね、架空の女性が僕達二人の間に割り込んできたことを強調する。  
「武様にふさわしい令嬢を選び、奥様となさいませ」と言った麻由に、それが現実になると思わせるために。  
本当に僕のことを好いていてくれるなら、別の女性の存在など認めないと言ってくれるはずだ。  
小守との一件で、麻由が他の男とどうにかなるなんて考えただけで耐えられないと僕が思ったように。  
これでも、彼女が僕との結婚を拒絶すれば。  
今度こそ諦めて、彼女を自由にしてやろう。  
できるかも分からないその考えの前で、僕は息を詰めて麻由の言葉を待った。  
 
 
「いや!他の方のものになどならないで下さいませ!」  
悲鳴のような声で麻由が叫んだ。  
「武様は私のものです、他の方に取られるなんていや…」  
涙を溢れさせた彼女が、むせ返りそうになりながらも必死に訴えかける。  
その言葉に、僕は心の中で快哉を叫んだ。  
やった、ついに麻由は本心を言ってくれた。  
胸が熱くなり、僕の目からも涙がこぼれそうになった。  
「その言葉が聞きたかった」  
自分の声でないような声が口から漏れ出で、小さく響いた。  
麻由が、主人としてではなく、一人の男として僕を愛してくれていることが表れているような先程の言葉に胸が一杯になる。  
万感の思いというのは、まさにこのことを言うのだろう。  
 
 
しゃがみ込み手で顔を覆った麻由は、嗚咽を漏らし続けている。  
溢れ出した感情が制御できないのか、哀れなほどに泣きじゃくるばかりのその様子を見て、僕は我に返った。  
愛しい人のこんな姿を前にして、暢気に喜んでいる場合ではない。  
必要な演技は終ったのだ。  
心の中でパンと一つ手を打って、架空の女性と浮気男の面影をまとめて追い出す。  
ここからは、元の遠野武に戻って、全力で麻由に謝らなければならない。  
回りくどいプロポーズの為に、彼女を深く傷付けて泣かせてしまったのだから。  
 
 
「ああ、僕は麻由だけのものだ。ひどいことを言って済まなかった」  
落ち着かせるようにゆっくりと言って、彼女の肩を引き寄せる。  
怖がらせないように優しく触れ、愛しい人を抱き締めた。  
「こんなに泣かせてしまって、済まない」  
彼女の頬に口づけ、溢れている涙を何度も拭った。  
 
 
胸の中から僕を見詰める彼女に、今までのことが全て芝居であったことを話した。  
あの香水瓶も見せて説明しようと思い、カバンを取りに行こうとするが彼女に抱きつかれたまま動けない。  
数秒のことなのに、今離れたら一生元通りにはなれないとばかりに強くしがみ付かれる。  
仕方なく、二人でくっ付いたままカバンを取りに行き、また戻ってくる。  
彼女をソファに座らせ、あの桜色の瓶を出して見せた。  
一向に手を出そうとしないのを見て、僕が自分で瓶のふたを取り、彼女の鼻先へと持っていく。  
その香りをかいだ途端、麻由はギュッと目をつぶり胸を押さえた。  
やはり、この香りが彼女にとって相当にショックなものであったことは確かなようだ。  
何もかもが自分の計画通りになったわけだが、今彼女のこの反応を見るととても喜ぶどころではなかった。  
安心させるために、できるだけ優しく彼女に触れる。  
全てを話そうと覚悟を決め、僕は口を開いた。  
他の女性と付き合い始めたように見せかけ、彼女が嫉妬してくれるように仕向けたこと。  
そのためにこの香水を使い、また遅く帰ったり会社に泊まったりと小細工を弄したこと。  
説明の言葉を並べるうち、どんどんと気分が落ち込んでいくのが分かった。  
この計画を思いついた時は、画期的だと我ながら満更でもなかったのだ。  
しかし、うまくいきすぎた分、今度はこの計画後のことが一気に心配になってきた。  
麻由に与えたショックは予想以上に大きく、これで嫌われてしまっても不思議ではないくらいだったから。  
「別の方に、心を移されたのかと思って…」  
涙の名残のある声で麻由が言ったその言葉を聞き、慌てて否定する。  
僕の気持ちは、最初から今まで全く変わっていないから。  
肩口についたキスマークについても問い詰められ、自分でやったと正直に白状した。  
念のために背中につけた爪跡についても、ついでに種明かしをする。  
二つを見比べ、彼女が納得したように少し落ち着いた顔をしたのに安心した。  
 
 
さっき僕が言った「僕は麻由のものだ」という言葉の真偽については、一転しておずおずと尋ねられた。  
その通りなんだから、もっと強く尋ねてくれても良かったのだが。  
しかしこれは、今まで言葉にして彼女に言ってやらなかった僕の責任でもあるから仕方がないのか。  
「僕が君のものになったのは、多分、初めて庭で会った時からかも知れない」  
彼女が信じてくれるようにと願いを込め、そう話した。  
もうずっと昔のことのように思えるが、言葉にした瞬間、初めて会った時のことが脳裏によみがえってきた。  
僕の父の運転手をしていた麻由の父親に連れられ、彼女が初めてこの屋敷に足を踏み入れた日のことだ。  
父親の背中に隠れるようにしてはいたが、彼女のその可愛らしさは僕の心を瞬時に奪った。  
実際に身体を重ねたのはもっと後のことだが、初対面のあの時、もう僕は彼女のものになっていたのだろうと思う。  
改めて告白するのはとても恥ずかしくて、身の置き場がないような心地になった。  
 
 
段々と表情が明るくなってきたのを見計らい、話を本題に戻す。  
今回の計画のことではなく、僕達の結婚のことだ。  
さっき「武様は私のものです」と叫んだのは本心なのだろうと問い詰めると、素直に認めてくれた。  
頑なに自分の心を押し隠していた二ヶ月ほど前の彼女からすると、まるで嘘のようだ。  
しかし、認めはしたものの、彼女の口調は重い。  
ここまでやっと漕ぎ付けたんだから、僕との将来についてもっと真剣に考えてもらいたい。  
結婚できない理由を説明してくれるように言って、僕は彼女の言葉を待った。  
 
 
戸惑いがちに並べられたその言葉は、やはり僕と彼女の立場の違いについてだった。  
主人とメイドが結婚するのは釣り合いが取れないというわけだ。  
つらそうにそう告げる彼女の顔を見ていると胸が痛んだ。  
話を辛抱強く聞き、合間にこちらからも思ったことを言う。  
今までは僕が一方的に求婚するだけだったが、今日は彼女の話を聞いてやりたい。  
そのうち、麻由が抱えている別の不安が段々と明らかになってきた。  
彼女は、自分が「遠野家の奥方」として不適格であることが知られると、僕に失望されると恐れていたのだ。  
そんなことで彼女への気持ちが変わってしまうわけなどないのに。  
どうやら、僕の気持ちは何割かしか彼女に伝わっていないらしい。  
言葉はともかく、態度には表しているつもりだったが、足りなかったのだろうか。  
ダンスも社交もできなくても全く構わないが、そう言うとまた彼女が気に病むといけない。  
しばらく考え、専門の講師を雇って学べばよいと提案した。  
一流の人間に習って身に付ければ、それが彼女の自信になると考えたのだ。  
僕の妻になる自信が無いというのであれば、自信のつくような策を取れば良い。  
今は不安でも、僕の隣に立つことがやがて当たり前だと思えるようになるだろうから。  
彼女との結婚が、我が社のイメージダウンになると信じていることにも気付き、それも否定する。  
一時的な影響はあるかも知れないが、そんなものは時間が解決してくれる。  
父の死により僕が若くして会社を継いだとき、潮が引くように多くの者が一斉に離れて行ったことがある。  
沈む船から逃げるようにして去った人間達も、僕と社員達が社を立て直し、盛り立てているのを見て戻ってきた。  
あの頃は僕も若かったから、そうされたことは仕方がなかったと思う。  
だが、僕はもう結婚相手について外野にとやかく言われる筋合いはない。  
あの時に社を傾けなかったことで周囲の信用を得ただろうから、今回は心配ないと思いたい。  
 
 
もう一度、あらためて麻由にプロポーズをした。  
彼女は自分を劣ったものと考えているようだが、とんでもないことだ。  
僕のことを真剣に考えてくれ、愛してくれる人は彼女しかいない。  
「僕が君にふさわしい男になれるように傍で励ましてほしいんだ」  
男気のある言葉ではないように思えるが、これが僕の本心だ。  
「俺について来い」というような力強い言い方ができないことに歯噛みする。  
いずれはそう言えるよう、頼り甲斐のある男になりたいものだ。  
先程彼女が取り乱した時の話を持ち出し、僕も全く同じ気持ちだということを強調する。  
麻由にも、僕以外の男を夫にするなどという選択肢など無いと思って欲しい。  
「お互い、相手にこんなに執着しているんだ。いっそ、離れられないように結び付けたほうがいいと思うんだ」  
「…そうですね」  
「もう一度聞く。僕と一生を共にしてくれるね?」  
「はい。私を、武様の奥様にして下さいませ」  
返ってきた言葉は、僕がずっと待っていたものだった。  
やっと、彼女を妻にできるのだ。  
口説き落とせたという達成感と喜びが一気に胸に満ち溢れ、僕は目を閉じてしばし呆然と立ち尽くした。  
 
 
「武様?」  
動かない僕を見て心配になったのか、彼女がそっと声を掛けてきた。  
目を開くと、こちらを覗き込むその顔が至近距離にあった。  
「麻由っ!」  
我に返るが早いか、僕は彼女を引き寄せて抱き締めた。  
腕に力を込めても、逃げることも無く大人しく抱かれてくれている。  
僕の背中に彼女が腕を回し、頬擦りをして身をもたせ掛けてきた。  
「今言ったことは本当だね?嘘なら許さないよ」  
あまりに嬉しくて現実味が無く思え、そう口にした。  
嘘ではないと言ってくれ、今までのことを謝られる。  
もうそれはいいんだ、現にこうやって麻由は僕の腕の中にいる。  
柔らかいその身体を抱き締め直し、彼女の香りを胸一杯に吸い込んだ。  
 
矢も盾もたまらず、彼女を寝室へと運び込んだ。  
気持ちが通じ合った途端にそうなるのかと理性がまた文句をつけるが、もうこれ以上一秒だって待てない。  
ずっと我慢していたのだ、彼女が求婚に応じてくれた以上はもういいだろう。  
さっさと麻由のワンピースとブリムを奪い、下着も取り去ってしまう。  
何もかもを脱がせ、一糸まとわぬ姿になった彼女を正面から見詰めた。  
久しぶりだから恥ずかしいのか、頬を染めて俯き加減になっているのが可愛い。  
そのまま僕の服を脱がせるように頼み、生まれたままの姿にされたところで二人ともベッドに倒れこんだ。  
体中触れていないところが無いくらいに抱き合いながら、彼女の唇を何度も角度を変えて奪う。  
口づけるたびにさらに欲しくなり、夢中になって僕達はキスを続けた。  
彼女が苦しがって時折声を上げるが、息を整えさせたところでまた唇を奪う。  
それでも、彼女を欲する気持ちがどんどんと高まって身体が熱くなった。  
 
 
ようやく一息つき、唇を離してまた見詰め合った。  
まだキスし足りない気分だったので、今度は彼女の胸元に唇を寄せた。  
しっとりと柔らかく、唇を離すのが惜しいと思えるようなこの肌。  
計画のためとはいえ、これに長いこと触れていなかったのには大損をした気分だ。  
自分の肩にキスマークを付けた時のことが不意に思い出され、頭をかきむしりたくなった。  
あの感触は思い出したくも無い、なにより馬鹿らしく、恥ずかしい。  
麻由がキスマークを付けても構わないと言ってくれたので、お言葉に甘えさせてもらった。  
ワンピースの襟では隠せない首筋に吸い付き、赤い痕を残す。  
白い肌にくっきりと残ったそれに、僕は非常に満足した。  
今までは秘密の関係だったから、この痕を付けるのであれば外から見えない場所にして欲しいと言われていた。  
しかし、これからは堂々とどこにでも付けられるのだ。  
一つでは足りない気分だったので、少し下にもう一度吸い付き、二個目の痕を残した。  
それでもやっぱり足りなかったので、鎖骨の辺りから胸元へと順々に下りるように吸い付いていった。  
胸の膨らみにたどり着き、乳首を口に含んで愛撫する。  
「あっ…ん…あぁん…はっ…ぅん…あ…」  
舌で刺激するたび、彼女が甘い声を上げて身を捩った。  
背に回った彼女の腕に力が入り、もっと舐めて欲しいというように僕の身体を引き寄せる。  
求められることが嬉しくて、僕はますます気分を良くして彼女の胸を可愛がった。  
いつもなら焦らすところだが、今日はとてもそんな余裕は無い。  
もっともっと彼女の身体に触れ、快感に喘ぐさまを見たいのだ。  
「んっ…あ…きゃあ!」  
吸っていない方の乳首を指先で弾いてやると、彼女が高い声を上げて身をくねらせた。  
そのまま指で挟み、捏ねるようにさすってやると、また息が荒くなったのが分かった。  
 
 
思う存分、麻由の胸に触れて堪能する。  
久しぶりだからか、以前より一層敏感に反応してくれる。  
彼女は何度も高い声を上げ、身を捩り、さらに僕を引き寄せもっとと言うようにせがむ。  
白い肌もピンク色に染まり、その高まりを示していた。  
そのうち、彼女がもじもじと膝頭を擦り合せていることに気付く。  
胸への愛撫だけではもう物足りないのだろうか。  
足首をつかんで脚を開かせてみたが、彼女の手が大事な部分を隠してしまった。  
さすがに恥ずかしいのだろうが、これでは甲斐が無い。  
「隠さないで。じっくり見せておくれ?」  
促す言葉に従い、彼女がゆっくりと手をどけた。  
濡れそぼった秘所が眼前に晒され、しばし見入ってしまう。  
こんなにも熱く潤って、僕と繋がることを欲している彼女のこの部分。  
もう、二度と触れられないかと思っていた。  
せわしなくその場所を指で押し開き、舌を伸ばして触れる。  
「あっ!」  
溢れる蜜を舐め取った瞬間、彼女が待ち侘びたように大きく反応した。  
大きく腰が跳ね、僕の舌から逃げるようにベッドの上へずり上がられる。  
そうはさせじと、手に力を入れてさらに脚を開かせ、また顔を近付けた。  
「ひあっ…ああ!」  
クリトリスを舐め上げると、麻由は悲鳴のように高い声をあげた。  
 
弱い場所を愛撫され、抑えが効かなくなったのだろう。  
「ん…もっと…あん…」  
すぐに舌を離して焦らしてやると、彼女はまたねだるような声を上げた。  
求めてくれたのが嬉しくて、僕はお預けを早々にやめ、また彼女の敏感な部分に触れた。  
「あ…んっ…はぁ…ああ…あっ…」  
熱に浮かされたように喘ぐその声に、彼女がもうすぐ達しそうになっていることを知る。  
シーツを握っている麻由の手を上から包み込み、絶頂を迎えさせるべく刺激を強くした。  
「や…あぁ…ん…あ…あああっ!」  
背中を一際大きく震わせて彼女が達し、大きく息をついた。  
 
 
「可愛かったよ、麻由」  
口元を拭って僕が言った言葉に、彼女は一瞬で真っ赤になった。  
「そ、そんな…」  
本当のことを言っただけなのに、途端に慌てて挙動不審になっている。  
「嘘じゃないさ。ほら」  
包み込んでいた彼女の手を取り、自分のものに触れさせた。  
彼女の痴態を見て固くなったそれを握らせ、ゆっくりと上下に動かす。  
次第に、麻由は自分から手を動かし始めた。  
その刺激に僕のものはさらに熱さと固さを増した。  
もう待てない、一刻も早く彼女の中に入りたい。  
再び彼女の秘所に指で触れ、慣らすために中をゆっくりとかき回す。  
潤った粘膜が指先に絡みつき、早く来いとばかりに僕を誘った。  
「…早く、下さいませ…」  
麻由が小さくそう呟き、顔を覆った。  
恥ずかしさより欲望が先に来るほど、僕のことを求めてくれているのか。  
可愛らしいその仕草に今すぐに言うことを聞いてやりたくなるが、すんでの所で思いとどまる。  
「その手をどければ、言うことを聞こう」  
もっともっと、僕のことを欲しいという気持を高まらせたい。  
手を出さずに見詰めていると、彼女はゆっくりと手をどけてこちらに視線を合わせてきた。  
「欲しいんだね?」  
「…はい」  
彼女が頷いたのに満足し、その身体を起こしてやり体勢を入れ替える。  
「さ、おいで」  
あぐらをかいた僕の膝の上に座らせて誘うと、彼女はすぐに言うとおりに身体を沈めてきた。  
「ああ…あ…」  
ゆっくりと僕のものを体内に飲み込みながら、彼女が深く息を吐く。  
熱くぬめっているそこは予想通りに気持ちが良くて、僕も同様に大きくため息をついた。  
「入れただけなのに、すごく気持ちがいいよ」  
正直な感想を漏らすと、彼女も同意してくれた。  
「今死んでもいいくらいに幸せ」と言われ、苦笑してしまう。  
まだ僕は達してもいないのに、このままでは死ねたものではない。  
それに、やっと長年の思いが叶ったところなのだから。  
からかうように緩く突き上げてやると、麻由は目を細めて声を上げた。  
「今死ぬわけにはいかないだろう?」  
「は、はい…」  
僕の肩に頬をつけ、彼女が言った返事は僕をひどく満足させた。  
 
 
「麻由のいいように動いてみなさい」  
しばらくは自由にさせてやろうと思い、そう言った。  
座位は彼女が最も望む体位だというのは分かっている。  
恥ずかしがり屋のくせに妙な所で大胆な彼女は、この体位で愛し合うときはそれなりに頑張ってくれるのだ。  
結婚を拒否された後遺症がまだ残っているのか、今は少しでも多く麻由が僕とのセックスで快感に耽る姿が見たい。  
僕の言葉に従い、彼女がゆっくりと腰を動かし始める。  
段々と身体を反らせ、快感を求めて一心に頑張っている姿を見て気分が良くなった。  
しかし、目の前にある豊かな胸を見ると触れずにはいられないのが男というものだ。  
 
「あっ!」  
誘うように揺れているその乳首にしゃぶりき、さっきのように舌で愛撫する。  
彼女が身体を震わせたのに合わせ、中がキュッと締まった。  
二箇所を同時に責め立てられるのは羞恥心が煽られるようで、反応も一気に切羽詰ったものになる。  
「ああ…んっ!あ…やぁ…あんっ…」  
喘ぐ声もその締め付けも段々と鮮やかなものになり、彼女の昂ぶりを告げた。  
「ほら、麻由。腰がおろそかになっているよ?」  
一旦唇を胸から離してそう言うと、彼女はハッとした表情になった。  
胸を責める刺激で中が締まるだけでも十分に気持ちが良いのだが。  
「休まないで。ちゃんと動くんだ」  
彼女の腰に添えていた手を尻へと移動させ、揉み上げてせかしてやった。  
「いや…そんな…っ…」  
「動かないと、このままだよ?」  
真っ赤な顔でいやいやをするように身を捩る麻由の胸にまた吸い付き、さらに愛撫する。  
いちいち満足のいく反応をしてくれる彼女がとても愛しくて、つい調子に乗ってしまった。  
最初のプロポーズ以後、こうやって思うままに彼女を翻弄するようなセックスができなくなっていたから。  
久しぶりのことに胸が高揚して、やりたいことを全部やってやるとばかりに僕の心は高まっていた。  
 
 
麻由がまた腰を動かし始めたのに合わせ、手を戻して身体を支えてやる。  
「あ…あん…武様っ…ん…っは…」  
名を呼ばれただけなのに、それすら嬉しくなって彼女の中を突き上げた。  
二人で動くことによって発する湿った音が大きくなり、お互いに快感を与えあった。  
「ん…ぁあ…気持ちいい…んっ…」  
うわ言のように喘ぐその声が心地良く耳に届き、彼女の身体を支える腕に力がこもった。  
何度か強く突き上げると、恍惚とした声が上がってさらに煽られる。  
「麻由…麻由っ…」  
彼女が乱れるさまを堪能していたはずが、いつの間にか僕も夢中になって腰を動かし、快感を求めていた。  
しがみ付く力を一層強くした彼女が顔を近づけ、キスをくれた。  
舌を絡めあい、全てを吸い尽くそうとでもいうように求め合う。  
もう一切の余裕が消え、僕は体を倒して麻由を組み敷いて激しく責め立てた。  
彼女と共に絶頂を迎え、その中に全てを吐き出したい。  
ただそれだけを思い、他には何も考えられなくなった。  
「やぁ…あ!武様…っ…もう……イっ…あんっ!」  
切れ切れに彼女が訴え、涙を湛えた目でこちらを見上げる。  
「ん…そうか…」  
一緒に達するべく、さらに腰を動かした。  
僕ももう寸前まで昇りつめているのだ、これ以上はあまりもたない。  
「ああ…んっ…はっあ…あ…あああぁんっ!」  
頭の中が白く弾けたようになり、強烈な快感の中で僕は絶頂を迎えて彼女の中に放った。  
それを感じ取った瞬間、麻由もまた僕に強くしがみ付き、身体を震わせて達した。  
頬に触れるだけのキスをし、身体を絡ませあったままベッドに身体を預ける。  
横向きで抱き合い、僕達は荒い息をしばらく整えることができなかった。  
 
 
ようやく呼吸が落ち着き、二人の視線が絡んだ。  
どちらからともなく顔を近づけ、またキスをする。  
唇を離し、先程愛し合った余韻にどこかぼうっとした表情の麻由を満足げに見遣った。  
「武様…」  
ふと呟かれた自分の名前が、言いようの無いほど心地良く耳に響いた。  
「イく時、爪跡を付けてくれたね」  
胸がじんと熱くなったことに照れくさくなり、言わなくてもいいことを言ってしまう。  
起き上がって必死に頭を下げ、彼女が許しを乞うのに申し訳なくなった。  
僕が自分で付けた爪跡を消してくれたのだから構わないと慌ててフォローをする。  
「もう二度と、あんなことはしたくない。  
僕の背に爪跡を付けてもいいのは麻由だけだ、いいね」  
本当にそうであってくれればいいと願いながら言った言葉に、彼女も頷いてくれた。  
 
改めて、彼女を手に入れた幸福を噛み締める。  
今日は久しぶりにゆっくりと眠れそうだ。  
「さ、もうお休み」  
「はい、お休みなさいませ」  
「お休み、麻由」  
彼女を抱き締め直し、僕は目を閉じた。  
今日は今までの人生で一番良い日になった。  
最初のプロポーズの日から先程までの辛かった日々がもう遠い昔のように思える。  
もう少し時が経てば、最初のプロポーズの苦い思い出が消えて、今日のことだけ思い出すのだろうか。  
ふわふわと心地良い幸福感に浸りながら、僕は眠りに落ちていった。  
 
 
 
隣にあるはずの温もりが無いことに気付き、翌朝目覚めた。  
昨夜の余韻がまだ少しだけ残っている今、彼女が隣にいないことに一抹の寂しさを覚える。  
だが、もうすぐ麻由とは共に眠り、共に目覚めることになるのだ。  
その日が早く来ればいいと思いながら、起き出して朝の入浴を済ませる。  
身支度を整えて部屋を後にする時、テーブルに置いたままの香水瓶が目に入った。  
何ともいえない感情が胸に湧き、立ったまましばしそれを見詰める。  
これをどうするかは、麻由に決めさせようと思う。  
処分するのも取っておくのも、彼女の自由だ。  
 
 
食堂に入る前、控えていた執事の山村を呼ぶ。  
朝の挨拶もそこそこに、麻由と結婚することを告げた。  
反対すれば言い争いも辞さない覚悟で山村の返答を待つ。  
「左様でございますか」  
だが、いつも通り、この男は眉一つ動かさず冷静沈着に答えた。  
「反対しないのか?」  
「ええ。むしろ、やっとこうなったのかという思いでございますから」  
何だって?  
「やっと、とは…」  
「言葉の通りの意味です」  
「もしかして、僕と麻由のことを知って…」  
「はい」  
涼しい顔で答えられ、逆にこちらが動揺する羽目になった。  
「…いつから知っていたんだ?」  
「お聞きになりたいのですか?」  
「いや…」  
真実を知るのが恐ろしく、話そうとする山村を制止した。  
麻由とベッドを共にする時、羞恥心を煽るため「屋敷の皆に知れたらどうする?」と言ったことが何度もある。  
勿論それは「知れるようなことがあれば」という意味であって「知っていたら」ということではなかった。  
…僕の言葉に身を縮め、頬を染めていたあの時の麻由の気持ちが、今なら分かるような気がする。  
「名家のご子息は、とかく、素行が悪くなられがちなものでございます。  
品行方正を貫いていらっしゃるとなれば、誰か、特定の方を大事になさっていることは自明でございましょう」  
「う…」  
「邸内での全てを把握するのが、執事の務めでございますから。では」  
一礼し、山村が去るのをあっけにとられて見送った。  
さすがは、代々うちの家に仕える血筋の男だ。  
待てよ、さっき山村は「子息」と言った。「当主」と言わなかったということは…。  
いつから知られていたのか、想像するだけで背筋が寒くなる。  
ばれていたことを麻由には黙っておこう。  
きっと、パニックになるに違いないから。  
 
 
早めに帰宅して、夕食が終わった後に屋敷の皆を集めた。  
山村だけでなく、他の使用人達にも知らせておこうと思ったからだ。  
麻由は、これからメイド長ではなく僕の婚約者として屋敷に住むことになる。  
皆がそれをわきまえて恭しく接すれば、彼女もそれにふさわしい振る舞いを身につけるようになるだろう。  
食卓のいつもの場所に腰を下ろし、隣に麻由を座らせる。  
着替えをしてくるよう言ったので、彼女はいつものメイドの衣装ではなく私服だ。  
山村が目配せをしたのを合図に、僕は口を開いた。  
「皆に知らせておくことがある。僕と麻由は結婚することに決めた」  
一気にそう言い、皆を見渡した。  
麻由が身を縮めたのが横目に見えたので、安心させるためにテーブルの下で手を握った。  
 
 
しばらくの沈黙の後、キャアという歓声が唐突に聞こえた。  
それを合図に同じような声が次々に上がる。  
食堂内が一気にざわつき、賑やかになった。  
騒いでいるのは主にメイド達だ。  
庭師やコック達は、後ろで腕組みをしてしきりに頷いている。  
 
 
山村が咳払いをし、騒ぎが治まった。  
しかし後列のメイド達は尚もひそひそと何事か囁きあっている。  
「やっと」「ついに」「メイド長が根負けした」など、そういう言葉が断片的に聞こえてきた。  
屋敷中が知っていたのかと、唖然とする。  
知られないように上手く立ち回っていたつもりだったのは、僕達二人だけだということか。  
こうなると、秀子さんに知られていなかったことが奇跡のようだ。  
いや、もしかして知っていても知らない振りをしてくれていただけなのか…?  
俯いた麻由は、耳まで赤くさせて全身をぷるぷると震わせている。  
その姿がとんでもなく愛らしく、思わず抱き締めて口づけたくなったが、堪えた。  
そんなことをしたら、皆の前で何をするのかと怒られ、当主としての威厳が保てなくなる。  
いや、今この時点では威厳など望むべくもないのだが…。  
 
 
再び山村が咳払いをし、場を静める。  
内心の動揺を抑え、僕は皆に申し渡した。  
麻由はこれから僕の妻になるのであるから、そのようにわきまえて接すること。  
新しいメイド長は、山村の口から発表する。その者の言うことをよく聞き、従うこと。  
それだけを言って、僕は麻由と共に席を立ち、自室に戻った。  
山村が話の後を引き継ぎ、今後について細かい指示を出しているのが後ろで聞こえる。  
万事、彼が上手くやってくれるだろう。  
 
 
自室のソファに麻由を座らせる。  
放心したようにもたれ掛かる彼女は、さっきのことで相当疲れたようだ。  
しばらくそっとしてやりたいが、そうもいかない。  
今のうちに、あれこれと言っておかなければならないことがある。  
「それで、麻由。いつから母屋に来られる?」  
「…は?」  
「は、じゃなくて。君は僕の妻になるんだから、もう使用人棟にいる必要は無いだろう?  
二人で寝起きするんだから、ここじゃなく、両親が使っていた主寝室に移ってもいい」  
あちらにはベッドが二つあったような気もするが、運び出してしまえば済むことだ。  
「いえ、あの…」  
「何だい?」  
「まだ、婚約も済ませていないのですし、一緒のお部屋というのは、ちょっと…」  
言いにくそうにしている彼女を見つめる。  
「結婚前の男女が一つ屋根の下にいるというのも…。  
できれば、私は一旦実家に戻り、婚約期間中はあちらで過ごしたいと…」  
「駄目だ!」  
話を強引にさえぎり、大きな声で言った。  
実家へ帰らせるなど、とんでもない。  
 
「父親のことが心配なら、屋敷へ呼んで一緒に住めばいい。  
彼も昔はこっちに居たんだから、知らぬ土地でもないはずだ」  
「…」  
「とにかく、屋敷を出るのは許さないよ。  
立ち居振る舞いや、ダンスのレッスンもするんだ、お茶や生け花も興味があるならやればいい。  
ここならそれに適する場所も道具もある。着物も、母の物があるからそれを使えばいい」  
「でも、それは奥様の…」  
尚も言い返そうとする麻由の肩に手を置き、正面から見つめた。  
「奥様じゃない。『お義母様』だ」  
「あっ…」  
「分かったかい?」  
「はい…」  
恥ずかしそうに頷くその様子を見て、彼女を手に入れたという幸福感を噛みしめた。  
 
 
婚約という煩わしい制度など省略して、今すぐ麻由を妻にしたい。  
だが、僕が恋に浮かれて後先考えず結婚したのではないということを周囲に知らしめなければならない。  
主人を騙してさっさと妻の座に収まったと、麻由が後ろ指を指されないためにも。  
面倒だが、今後の為には必要な期間なのだろう。  
それなら、さっさと結納を済ませ、今後の日取りを決めなければならない。  
必要なものの手配を山村に命じなければ。  
指輪は、二人で買いに行くのだからいい。頼むのは店の選定くらいだろうか。  
いや、店は麻由に選ばせてやるのが男としては正しいのだろうか。  
 
 
「武様?」  
急に考え込んだ僕を訝しげに見つめ、麻由が名を呼んでくる。  
ああ、これもだ。  
「麻由、その呼び名も変えなければね」  
「えっ?」  
「『武様』はもういい。そうだな、今後は『あなた』とでも」  
火がついたかの如く、僕の言葉に一瞬で麻由は真っ赤になった。  
「あな、あ…」  
「『旦那様』はやめておくれよ。それだと、屋敷の皆と同じになってしまうからね。  
様はいらないんだ、これからは主従ではなく、夫婦になるんだからね」  
「はい」  
「ほら、言ってご覧」  
「あ…」  
彼女の口から呼んでもらいたくて、促してみる。  
婚約もまだなのに「あなた」は変かもしれないが、構うものか。  
なかなか言ってくれないのに焦れ、僕は子供にするように一言ずつ区切って手本を見せた。  
「あ、な、た」  
「………あなた」  
「そう、そうだ」  
消え入りそうに小さい声ではあったが、麻由は確かに「あなた」と呼んだ。  
嬉しくて嬉しくて、僕は小躍りした。  
「皆の前では『武様』でいい。  
ただ、二人きりの時は『あなた』と呼ぶんだ」  
今までは、「武様」と呼ばれるのは二人きりの時だけで、普段は彼女も皆と同じく僕を「ご主人様」と呼んでいた。  
これからは、麻由だけが口に出来る僕の呼び名を新しく設定する必要がある。  
彼女がここの女主人だということを知らしめる為だ。  
さすがに皆の前で「あなた」は早すぎるだろう。要らぬ反感を買わぬとも限らないから、そこまでは望まない。  
なに、晴れて結婚したら誰憚ることなく何度でも呼ばせてやる。  
 
「いいね?」  
「はい…」  
「もし間違えたら、お仕置きをするからね、覚えておきなさい」  
「お仕置き?」  
「そう。分かるだろう?」  
肩を抱き、声をひそめて囁く。  
身体を固くする麻由を、満足げに見遣った。  
 
 
「さ、さあ…」  
わざとらしく目を逸らし、麻由がとぼける。  
「分からないのかい?」  
首筋に口づけ、跡を残すように強く吸い付いた。  
「キャッ!」  
「分からないのなら、しょうがないなあ」  
見える所に跡を付けると、屋敷の皆にばれてしまう。  
そう言われていたから今までここにはあまり触れなかったが、これからは堂々と跡が付けられる。  
「んっ、武様…お止めくださ……」  
「ほら、早速だ」  
「あっ」  
彼女がしまったと息を飲む。  
こうも簡単に引っ掛かってくれるなんて、彼女は最高だ。  
「じゃあ、一回目のお仕置きといこうか」  
「えっ…何をなさいます!」  
麻由を抱き上げ、ベッドへと運ぶ。  
抱かれている間も、麻由はまた何度も「武様」と呼ぶだろう。  
その回数を覚えておかなければと考えながら、じたばたと暴れる彼女をそっとベッドに下ろした。  
 
 
──終わり──  
 

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