麻由と武の番外編を投下します。  
武が会社を継いで間もなくの、22歳頃の話です。武視点。  
 
 
「もしもの話」  
 
僕が大学を卒業するのと前後して、両親が相次いで亡くなった。  
屋敷は火が消えたように静まり返り、がらんと広くなったように感じる。  
年若い僕は、ビジネスの経験を積むこともないまま社長に就任し、なれない仕事に四苦八苦している。  
会社も屋敷も、先代の主である父の死と共に斜陽になると考えたのか、何人もが辞めていった。  
ライバル社の引き抜きに応じる者、退職金の出るうちにとそろばんを弾く者。  
女子社員やメイドの中には、結婚を少し早め、寿退職をした者もいる。  
メイド長である高根秀子は、今こそ坊ちゃまがしっかりなすって、動じない所をお見せになられませとハッパをかけてくれる。  
しかし、僕のような若造がいきなり社長業をやるのは辛い。  
今日も、取引先の社長に面会した折、心配するふりをしたきつい皮肉を言われてしまった。  
胸に刺さったとげが抜けないまま、屋敷へ帰りつく。  
使用人達は、いつものように丁寧な出迎えをしてくれるのだが…。  
心の奥底では、今後の見通しのことを考え、不安がっているのが分かる。  
皆を明るくする材料がないことに、いたたまれない気持ちになる。  
当主の地位も社長の地位も、僕などにはまだ無理だったのだ。  
早すぎる父の死が悔やまれ、皆に見えない所で血が滲むほど唇を噛みしめた。  
 
 
夕食の給仕は、珍しく麻由がやってくれた。  
僕のためにかいがいしく動いてくれるのを、久しぶりに近くで見る。  
しばらく、彼女とは肌を合わせていない。  
仕事のことで精一杯で、二人の時間を持つほどの余裕がなかったから。  
だが、今日は麻由に傍にいて欲しい。  
身も心も疲れている僕を、癒して欲しい。  
麻由が近付いた時、テーブルの下でそっと手を握り、目配せをする。  
彼女は何でもないふりで一旦離れ、食堂を出る瞬間に僕と目を合わせ、小さく頷いた。  
 
 
食事を終えて風呂に入り、パジャマに着替えて麻由を待った。  
中々やってこない彼女を待つのがつらくて、戸棚から酒を出し、ちびちびと飲んだ。  
窓際に立つと、ガラスにはこの世の終わりとばかりに情けない顔をした男が映っている。  
見るに堪えなくなって、ソファへ戻ってまたグラスに口を付けた。  
しばらくして、やっとドアをノックする音が耳に届いた。  
「まあ、お酒を飲んでいらっしゃったのですか?」  
近寄ってきた麻由は、僕の手からさり気なくグラスを奪い、何でもないふりでそそくさと片付けてしまう。  
舐める程度に飲んでいたつもりだが、いつの間にかかなりの量を飲んでいたことを知られたのか。  
「いいんだ、明日は休みだから」  
言い訳じみた返答をし、ソファに背を預ける。  
社長になって以降、ろくに休みも取らずに働いてきた。  
しかし、社の業績も株価も、父が存命の頃と比べて落ち込んだまま、上がる気配が無い。  
そのことに焦り、追い詰められている僕を見た社の者に、休日を取らなければいけませんと進言されたのだ。  
「お休みですか?それなら、明日の朝食は少し遅めにいたしましょうか」  
酒を片付けた彼女が戻ってきて言った。  
手招きをして、ソファの隣に座らせる。  
肩と肩が触れ合う温かい感触に、ほんの少しだけホッとした。  
 
「君は休みじゃないのかい?」  
問うと、彼女は少し迷って首を振った。  
「明日も、お勤めです」  
「そうか。ここのところ毎日働いているようだが、ちゃんと休みを貰っているのか?」  
「少々、入れ替わりがありまして…」  
「あ……」  
彼女の言葉に、冷水を浴びせられたような気分になった。  
入れ替わりといっても、辞めたメイドの欠員は補充できていない。  
その穴埋めのため、残ってくれた者達の休みが減ってしまったのに違いない。  
「大丈夫ですわ、私、若いですから」  
慌てたように彼女が早口で言う。  
力こぶを作ってみせ、こちらを向いて微笑みかけた。  
 
 
けなげなその仕草にも、僕の心は浮上しない。  
自分を取り巻く状況は、ますます悪化していくのではないだろうか、そうとしか思えないのだ。  
「…君は、いつまでここにいる?」  
「えっ?」  
僕の問いに、麻由がきょとんとした顔をする。  
「うちも会社も、僕自身も、沈みゆく船のようなものだ。  
いつまでもしがみついていては、逃げ遅れてしまう羽目になる」  
「まあ、何を仰います!」  
「君はまだ若いんだから、次の仕事もすぐ見つかるだろう。僕のことは心配しなくてもいいから」  
いじけた心は多弁になり、マイナス思考の言葉を次々にはじき出す。  
男らしくないことだが、今の僕には、明るくなれる材料など一つもない。  
 
 
爪が食い込むほど強く握り締めていた僕の手を、麻由の手がそっと包み込んだ。  
「武様。私、次の仕事だなんて考えたこともありません。  
私に、遠野家を出て、どこへ行けと仰るのですか?」  
「…」  
「私の居場所も、職場も、ここですもの。ここしかありませんもの」  
ね?と小さく首を傾げ、微笑んで言ってくれる彼女の姿に、心臓がトクンと跳ねた。  
「…済まない、妙なことを言ってしまった」  
「いえ、お気になさらないで下さいませ」  
「うん」  
「武様、大層お疲れになっているのではありません?だから、そのように仰ったのでしょう」  
「ああ、そうだね」  
彼女の前では格好をつけがちな僕が、いじけるような姿は今まで見せなかったように思う。  
「私、今日は添い寝して差し上げますから、寝室へ参られませ。  
早いですが、お休みになられては」  
「…うん」  
大人しく頷き、連れ立って寝室へ向かう。  
麻由が掛け布団をまくり上げてくれ、僕は横になり、手を伸ばして彼女を求めた。  
隣に横になった麻由が、僕を優しく抱きこみ、ゆっくりと背中を叩いてくれる。  
彼女の香りを一杯に吸い込み、柔らかな胸に頬擦りをした。  
小さな子供をあやすように扱われるのが、妙に心地良かった。  
 
 
しかし、頭の中のもやもやは、すぐに解消するわけではない。  
不安、疲労、プレッシャーなどが複雑に絡み合い、外套膜のように自分の身体を覆っているのを感じる。  
呼吸をすると、口の中にまでべっとりと膜が張ってくるようで、また気分が傾いていった。  
「…もし、僕がこのまま会社を立て直せなくても、君はうちを辞めないかい?」  
恐る恐る口を開き、上目遣いに尋ねる。  
口では取り繕った言葉が言えるかもしれないが、とっさの時に出る所作はごまかしがきかない。  
息を詰め、彼女の反応を待つ。  
視線を逸らしたり、目が泳いだりすれば、それが麻由の本心だ。  
 
「辞めませんわ。私はずっと遠野家にお仕えします」  
「…本当かい?」  
「ええ。例え最後の一人になっても、自分から辞めるなどとは申しません」  
麻由が僕の目をまっすぐに見て言う。  
信じてもいいのだろうか。  
彼女の忠誠心に疑いを持つわけではないが、環境が変われば人の心も変わるものだ。  
「会社がますます傾いて、家屋敷を手放すことになっても?」  
「ええ、よそへ引っ越すことになっても、ついて参ります」  
「ボロアパートでも、かい?」  
「はい」  
当然だという顔で麻由が頷く。  
「こことは百八十度違う場所だよ?」  
「それは、そうですが…。  
環境が変わることで、新しいお仕事のアイデアが生まれて、ビジネスに生かせるかもしれませんもの」  
「四畳半一間でも?」  
「狭いのなら、お掃除もお部屋の手入れも行き届きますわ」  
にっこりと彼女が笑う。  
不安や迷いの一切ない表情に目をみはった。  
確かに、麻由なら古く汚いアパートであっても、ピカピカに磨き上げて快適にしてくれるだろう。  
精一杯働いてくれ、僕が少しでも心地良く過ごせるように取り計らってくれるに違いない。  
もし、四畳半一間のアパート暮らしになったとしたら。  
頭の中にその光景を思い描き、イメージを広げた。  
屋敷のコックや他のメイド達は連れて行けないから、当然二人きりだ。  
普段は幾人かのメイドが持ち回りで僕の世話をするが、四畳半では麻由一人だけ。  
僕に関する全てに彼女が手を触れ、パーティーなどの雑多な用に振り回されることなく、ただ僕のことだけを考えてくれる。  
四畳半に二人暮らすのは狭いから、布団も一つしか敷けなくて、毎晩一緒に眠るのだろう。  
冷暖房費にも事欠くだろうから、冬はぴったり密着して過ごして、夏は窓を開け放し、蚊帳を吊って寝るのだろうか。  
水の節約をするため、風呂も一緒に入るのかもしれない。  
風呂無しアパートなら、銭湯通いか。  
一人で夜道を歩かせるのは心配だから、一緒に行って、昔流行った歌のように出口で待ち合わせをしよう。  
髪が冷たくなるまで待たせるようなことはせず、僕が先に風呂から上がろう。  
 
 
「…武様?」  
名を呼ばれ、我に返る。  
麻由が心配そうに僕を見詰めていた。  
「あ、ああ」  
埒もない想像に耽っていたとは、きまりが悪い。  
慌てた内心を誤魔化すかのように、麻由の髪を撫でた。  
「四畳半がお嫌なのなら、私も外へ出てお金を稼ぎますから、もう少し広いアパートに住みましょう」  
「えっ?」  
「私、メイド長に散々鍛えられましたから、他のお屋敷でもお勤めをこなせると思いますし」  
どうやら彼女は、今さっき僕が黙っていたのは、四畳半に暮らすのが不満だったからだと思っているらしい。  
彼女と二人きりで暮らすことを想像して、鼻の下を伸ばしていたとは気付かれていないようだ。  
「他家に仕えるとしても、武様のお世話が手薄にならないよう頑張りますから」  
ですから安心して下さいませ、と彼女が笑ってみせる。  
どこまでも気立ての良い子だと思う。  
落魄(らくはく)した主人など、もはや主人でも何でもないと思うのが普通だろうに。  
麻由なら、他家で働くとなっても、そこの者達にすぐ受け入れてもらえるだろう。  
皆に好かれ、愛されて容易に新天地に溶け込むに違いない。  
 
 
いや、少し待て。  
使用人同士ならまだしも、出稼ぎ先の主人に気に入られてしまう可能性が大いにある。  
本人は無自覚のようだが、麻由はなかなかの美人だし、体つきも悪くない。  
それに気立ても申し分ないとすれば、早晩、新しい主人に女として好かれてしまうのは目に見えている。  
一人になった時を狙われ、卑劣な主人に手込めにされて…。  
 
「駄目だ!!」  
叫ぶように言った言葉に、麻由が飛び上がるほどに驚き、目をしばたたく。  
「どうなさったのですか?」  
尋ねられ、また妄想に耽っていたことに気付く。  
一人の世界に入った挙句、いきなり耳元で怒鳴っては麻由も困るだろう。  
「大声を出して済まなかった。びっくりしたかい?」  
「…いえ」  
「気持ちは嬉しいが、他家に出稼ぎに行くなんて絶対に駄目だよ」  
「えっ?」  
「麻由の主人は、僕一人だ。君が他の人をご主人様と呼ぶなんて、断じて許せない」  
「…はい」  
「新しい主人に惚れられてしまったらどうするんだい?麻由は僕のものなのに、無理矢理迫られてしまったとしたら」  
「そんな、ご心配頂かなくても。惚れられるだなんて」  
「いいや、あり得る。だいたい、麻由は自覚がなさすぎるんだ」  
自分の口調が、責め立てるようなものになっているのを感じる。  
「自覚と仰いますと?」  
「男の使用人や、出入りの八百屋なんかと、たまに親しく話しているだろう?」  
「話しかけて下さるのを、無視するのは失礼ですから…」  
「その優しいのがいけないんだ。相手が調子に乗る」  
優しくて心根が美しいのは、彼女の大きな美点だ。  
しかし、それが男を引き寄せることになっているのだから、始末が悪い。  
「出稼ぎ先の主人は、立場を利用して君に迫るかもしれない」  
「そんなもの、お断り申し上げますわ」  
「僕のことは断らなかったじゃないか」  
「それは、想いを寄せていた方だったからです…」  
目を逸らし、あさっての方を向いた麻由が小さな声で言う。  
だから、そんな可愛い反応を男の前でするのがいけないというのに。  
「君は押しに弱い。熱烈に口説かれたら、ふらっとなってしまわないか?」  
「そんな!私にも節度はあります、そう易々と心が揺れるなんてことはありません」  
心外だとばかりに彼女が抗議してくる。  
「お慕いしている方のもとにいるのに、どうして好きでもない人に身を任せられましょう」  
ぷりぷりと怒っている姿が可愛くて、思わず頬が緩んだ。  
僕のことが好きだから、僕にだけ抱かれたいと言っているのと同じだと気付いているのだろうか。  
有頂天になった僕は、けしからぬ考えを起こした。  
 
 
「これでも、新しい主人にはなびかないと言えるかい?」  
「え…キャッ!」  
麻由の身体を引き寄せ、着衣の上から胸を撫で回す。  
柔らかな膨らみは、今日も心地良く僕の掌を悦ばせた。  
瞬時に真っ赤になった彼女が、いやいやをするように身を捩る。  
「それで、抵抗しているつもりかい?」  
「え…」  
「その程度では、主人は手を触れるのをやめないだろう。むしろ煽られて、ますますやる気になりそうだ」  
…今の僕がそうであるように。  
動きを止めた麻由の背後に手を遣り、エプロンの結び目をほどく。  
だらりとなったそれを引き抜いて、ベッドの下へ放った。  
「あ…んっ!」  
唇を奪い、舌をこじ入れて思うままにキスを楽しむ。  
麻由は僕のパジャマを握り締め、震えながらそれに応えた。  
口づけを味わいながら、その背をゆっくりと撫でる。  
煽るように何度も手を動かすと、彼女の身体からは次第に力が抜けていった。  
チュッと音を立てて唇を離し、鼻が触れ合うほどの距離で目を合わせる。  
頬をばら色に染め、こちらをじっと見詰めてくる瞳に、抑え難い欲望が湧き上がった。  
 
からかうつもりで仕掛けたキスに、こちらの方が本気になってしまった。  
背を撫でていた手でワンピースのファスナーを外し、手探りで引き下ろす。  
桜色をしたレースの下着が目に飛び込んできて、さらに僕を煽った。  
体勢を変え、彼女を組み敷いて見下ろす。  
また胸を撫で回し、露になった鎖骨の辺りに口づけた。  
「あ…はぁ…ん…」  
下着の上から乳首を探り当て、指先で柔らかく刺激してやる。  
そこへ触れるたび、麻由はぴくぴくと背を震わせ、色っぽい溜息をついた。  
「ひゃあっ…ああ…」  
乳首を摘み上げると、一際大きな声を上げる。  
もう片方の胸も触ってやると、彼女の声に更に艶が出て、甘さも増した。  
こんなに敏感な身体をしているのに、他の男になびかないとはよく言えたものだ。  
もっとも、彼女をこんな風にしたのは僕自身なのだが。  
 
 
麻由が乱れる姿を見て、更に何か仕掛けてやりたくなった。  
胸を苛む手を休ませず、さらに刺激を与えながら口を開いた。  
「ね、君はこんなに快感に弱いんだ、拒否し通せるはずがない」  
「ん…あんっ!ん…そんなこと…っ…」  
彼女は否定しようと口を開くが、言葉はすぐさま喘ぎに取って代わる。  
それでも必死に抗弁しようとするのが面白くて、もっと困らせたい気になった。  
「新しい主人に『私と寝れば、遠野武の会社に便宜を図ってやろう』と言われたら、どうする?」  
「!」  
僕の言葉に、彼女は大きく目を見開き、凍ったように動かなくなった。  
「…麻由?」  
彼女のその反応に、僕の方も驚いてしまう。  
『武様以外の男性になど抱かれません!』と、むきになって言ってくれると思ったのに。  
予想外のことに、こちらも次にかける言葉を選べず、場を沈黙が支配した。  
 
 
「…本当に、便宜を図って下さるという確信が持てるのなら…」  
重い雰囲気を破り、彼女が口を開いた。  
「えっ?」  
「私がその人の思うようになることで、会社のためになって、武様もそれを望まれるのなら…。  
私は、身を任せるかもしれません」  
ギュッと目を閉じ、顔をそむけた彼女の言葉の意味が、僕の胸にズシリと響く。  
他の男に抱かれることになっても構わないというのか。  
麻由が別の男に身体を撫で回され、快感に喘ぐのを僕が望むなら…と。  
冗談じゃない。  
麻由は僕だけのものだ、こうやって触れていいのは僕一人だ。  
何かと引き換えに彼女を差し出すなんて、とんでもない。  
もしそんな交換条件を出されたら、僕はその相手を生かしておく自信が無い。  
 
 
「…済まない」  
軽い気持ちであったにせよ、己が言ってしまったことの馬鹿さ加減にあきれ果てた。  
自分で自分に愛想が尽きる思いになった。  
胸がムカムカして気分が悪いが、今は自分に腹を立てるよりも、謝る方が先決だ。  
「妙なことを言って、悪かった」  
麻由の手を取り、自分の頬にぴしゃりと当て、平手打ちをする。  
悪気があったわけではないが、僕は彼女を侮辱したも同然。  
普通の恋人同士なら、物をぶつけられたり、ヒステリーを起こされたりしても文句は言えない。  
麻由は優しいし、自分はメイドだからと慎み深く接してくれているから、怒り出さないだけだ。  
「駄目です」  
麻由が僕の手を振り解き、枕の下に潜り込ませる。  
 
「悪いのは僕だ、これくらいで済むなら軽い方だよ」  
「それでも、いけません。武様をぶつなんてことは絶対に」  
左右に首を振りながら彼女が言う。  
「さっき言ったことは、取り消させておくれ。  
もしこの先、屋敷を追われるようなことになっても、麻由をよそで働かせたりはしない」  
「本当ですか?」  
「ああ。麻由はうちのメイドなんだから、いつでも僕のことを考えていてくれなければ駄目だ。  
他家に奉公したりすれば、僕の割合が減るじゃないか」  
「それは、両立できるように頑張りま…」  
「だめだ、許さない。麻由がご主人様として接するのは僕だけじゃないと嫌だ」  
わがままを言う子供のように、眉根を寄せて駄々をこねる。  
己の言った言葉に振り回される滑稽さを感じるが、それでもこれだけは主張しておきたい。  
「もしボロアパート暮らしになっても、取引先やコネが欲しくなっても、そんなことと麻由を引き換えにはしない。  
君に他の男の手が触れると考えただけで、僕は気が狂いそうになってしまう」  
「そんな…」  
「本当だよ。麻由も、他の女の人が僕と一緒に…なんて、嫌だろう?」  
「イヤです、そんなこと!」  
麻由がハッとしたように大きな声で言い、かぶりを振る。  
「ね、僕も同じ気持ちなんだ。  
変なことを言って悪かった、もう二度と言わないと約束する」  
「はい」  
麻由が神妙な顔で頷き、枕の下から腕を出して僕に抱きついてきた。  
「…他の方に触れられるなんて、本当は、絶対にイヤなのです。  
私も、できもしないことを申し上げて、済みませんでした」  
「どうして君が謝るんだ?もともとの原因を作ったのは僕だよ」  
「でも、私も『他家に仕える』と申しましたから…」  
尚も彼女が言葉を重ね、申し訳なさそうにする。  
僕の失言と、自分の言ったことを同等のものと見なし、両成敗にしてくれているのか。  
どこまでも優しいその気遣いが、心に染みた。  
 
 
「ボロアパート云々などと、弱気になっている場合ではないね。  
僕はもっと頑張って、会社を立て直す。麻由や屋敷の皆に苦労をかけたくはない」  
「はい」  
「今すぐには無理だが、何としても叶えてみせる。  
僕も男だ、このままずるずると株価も業績も下げるなんて、意地でも阻止してみせるよ」  
「はい、微力ですが、私もお支えできるように頑張ります」  
ようやく、麻由が微笑んでくれた。  
この人に苦しい思いをさせないために、もう一度気力を奮い立たせて仕事に打ち込もう。  
泣き言や悪い想像は、もう終わりにしなければならない。  
「麻由は微力なんかじゃないよ、僕にとってはとても大きな存在だ」  
正面から目を見て言うと、彼女はまた頬を染めた。  
「そんな、買いかぶりすぎですわ」  
「いいや、そうじゃない。僕はさっきまで最低の気分だったのに、今は何だかやる気が湧いてきているんだ。  
麻由のお陰じゃないとすれば、何のお陰だと思う?」  
「さ、さあ…」  
彼女は困ったように目を泳がせるが、その頬はほころんでいる。  
「麻由がずっと僕のことだけ考えていられるように、頑張るからね。  
だから、これからもずっと僕の傍についていて欲しい」  
「はい。ずっとお傍にお仕えします」  
きっぱりと言ってくれたその唇に、感謝と祈りを込めて口づけた。  
舌を絡め、彼女とのキスを十二分に堪能してから身体を起こす。  
さっきは中途半端に触れただけだから、まだまだ不満だ。  
こちらを物言いたげに見詰めてくる瞳を見ながら、彼女のまとっている物を全て脱がせる。  
自分のパジャマと下着も取り去り、隠す物のなくなった身体を重ね合わせた。  
「ん…」  
麻由の胸を揉み上げると、柔らかく弾んで僕の手の中で形を変えた。  
この身体を、彼女自身を、他の男に好きなようにされるなど絶対に嫌だ。  
麻由は僕だけのものなんだから。  
 
いつもより丹念に愛撫を施し、耐え切れずに漏らされる喘ぎを聞く。  
もっともっと気持ち良くさせて、他家に仕えるなんていう発想が二度と浮かばないほど僕に夢中にさせたい。  
「やっ…ん…あぁ…」  
乳首を吸い上げ、舌で転がすとまた声に艶が生まれた。  
時折、口を離して焦らしてやると、彼女は喉の奥でクッと不満そうに呻く。  
愛撫を求めてくれているのが嬉しくて、お預けは早々にやめ、彼女が望むようにまた胸に唇を寄せてやる。  
細い指が僕の腕を握り締め、少し震えているのを感じる。  
声を我慢せず、もっと聞かせてくれる方が嬉しいのに。  
「あ…ひゃあっ!」  
乳首を甘噛みして、麻由の悲鳴を誘い出す。  
背をのけぞらせて高い声を上げてくれたことに、僕は更に煽られた。  
 
 
胸を苛んでいた指を、彼女の脚の間へと移動させる。  
茂みを通り抜け、柔らかい場所に触れると、溢れ出した蜜が指先に絡みついた。  
溝に沿ってなぞり上げたり、指を浅く突き入れたりと、思うままにそこを弄ぶ。  
湿った音が次第に高くなり、頭の奥が痺れたように疼いた。  
「あぁ…ん…あんっ…」  
麻由の腰が僕の指の動きに合わせて揺れる。  
クリトリスへの刺激が欲しくなって、僕の指が触れるのを待ちきれないのに違いない。  
「ん!…あ…やぁ…」  
愛撫を待ち侘び、ぷくりと勃ち上がりかけているそれに一瞬だけ触れ、すぐに指を離す。  
びくりと跳ねた身体は、物欲しそうに捩られた。  
「武、様っ…ん…もっと…」  
求める声が上がり、天にも昇る心地になった。  
「もっと、何だい?」  
「ん……もっと、触って…下さいませ…」  
胸に残した僕の手を握り締め、麻由が消え入りそうな声で言う。  
羞恥と欲望の狭間で、その瞳が潤んでいた。  
 
 
「ここを、触って欲しい?」  
「あんっ!」  
クリトリスをまたつつくと、甘い声が上がる。  
「ね、ここで合っているのかい?」  
「んっ…あ…はぁ…」  
彼女がゆっくりと頷く。  
「じゃあ、自分で気持ち良いように動いてみなさい」  
「え…」  
秘所を潤している蜜を指に絡め直し、クリトリスに軽く触れる。  
「手を、こうしておいてあげるから」  
「私が、自分で…?」  
「そうだ。僕に触られてるだけじゃなくて、自分から求める君が見たい」  
「……」  
麻由がキュッと唇を噛み締める。  
「どうしても、ですか…?」  
「うん」  
縋るような目で見上げてくるが、ほだされてはいけない。  
何としても、積極的な麻由が見たいから。  
 
 
そのままの姿勢で待っていると、麻由が諦めたように目を閉じた。  
腰が少し浮き、僕の指に押し付けられる。  
充血して固くなったクリトリスの感触が指に伝わり、彼女が感じていることを告げた。  
「ん…んっ…あん…」  
溜息のような声が彼女の口から絶え間なく漏れ続ける。  
腰の動きが段々と大胆になってきたのに伴い、声も高くなった。  
 
「はんっ…あ…うっ…」  
伸びてきた麻由の手が、僕の手を押さえつける。  
グッと力を入れて握り込まれ、僕の指は彼女の秘所にさらに押し付けられる格好になった。  
いつもは恥ずかしがり屋の麻由が、今日は自分から腰を揺らし、快感を求めている。  
まだまだうぶだとばかり思っていたのに、いざとなったら大胆なものだ。  
もっと快楽の味を覚えさせれば、更に積極的に求めてくれるだろうか。  
クリトリスへの刺激だけではなく、挿入をせがむ麻由が見てみたい。  
 
 
「はっ…あん…ん……やんっ!」  
僕は姿勢を低くして、上を向いてふるふると震えている彼女の胸に吸い付く。  
両の頂を交互に舐めてやると、麻由は白い喉をむき出しにし、悲鳴を上げた。  
弱い所を二箇所同時に刺激されているのだから、堪らないのだろう。  
もっと追い詰めるべく、色づいた部分に舌先で触れ、ぴんと立ち上がるくらいに可愛がった。  
「あん…は…いやぁ…あ…武様…」  
彼女の声が途切れ途切れに聞こえる。  
その脚は、僕の指を挟んだまま、もじもじと擦り合わされている。  
指を動かしてやると、背筋がびくりと跳ねた。  
「あぁ…あ…」  
麻由が、もう耐え切れないとばかりに切ない声を上げる。  
「武様、お願いです…」  
涙の浮かぶ瞳が僕を捉え、訴えるように見詰めてくる。  
「欲しい?」  
即座に頷いた彼女が、ぼくの頬に触れてくる。  
「下さいませ」  
彼女の手に誘われるまま、唇が重なった。  
挿入をねだられたのは初めてで、ひどく気分が良かった。  
 
 
キスの余韻にぼうっとしている彼女の手に、ゴムを握らせる。  
「欲しいのなら、今日は君が準備しなさい」  
「え…」  
「扱い方は、教えただろう?」  
普段なら、できませんと断られるところだが、今日の彼女は違っていた。  
素直に身体を起こし、封を切って手順どおりに僕のものに触れ、準備をしてくれる。  
よくできたねと褒めた後、座り込んだ裸身を抱き寄せた。  
あぐらをかいた膝の上に座らせ、華奢な腰に手を掛ける。  
「さあ、おいで。僕も待ちきれないんだ」  
痛いくらいに固くなった自分のものを擦りつけ、せかしてやる。  
誘いに乗り、麻由は僕に抱きついて、切羽詰った表情で身を沈めてきた。  
 
 
「あ…ん…っは…う…」  
目を閉じ、夢見心地で麻由が動く。  
腰を上下させるだけの動きは単調で、少々物足りない。  
好きな女が求めてくれる興奮はあるが、僕とて、もっと深く強烈な快感が欲しいのだ。  
「麻由、君の一番敏感な場所を、ぼくに擦り付けるみたいにして動いてご覧」  
僕の指示に、彼女が素直に動きを変える。  
抱きつく力を強め、腹をぶつけるようにして僕との距離を近付けた。  
「あぁんっ…はぁ…」  
クリトリスへの刺激が走ったのか、声がまた甘くなった。  
秘所の締め付けも強くなり、僕の口から押し殺した呻きが漏れる。  
「あんっ…あ…あ…武様…」  
彼女の腕が僕の首に巻きつき、二人の身体が更に密着する。  
間で押しつぶされた彼女の胸の柔らかさ、勃ち上がった乳首の硬さ。  
それを自分の胸で感じ取り、全身に震えが走った。  
 
麻由の腰がぐいぐいと押し付けられ、その力にこちらの身体がせり負けてしまう。  
かくてはならじと、こちらも腰を使い、彼女の身体を押し返した。  
「はっ…あ…やっ…ん…」  
耳元で響く甘い声に、脳髄が蕩けそうになる。  
先程まで心に巣食っていた不安や恐怖は、いつの間にか消えていた。  
 
 
「麻由…っ…」  
呼び掛けに顔を上げた恋人の唇を吸い上げ、舌を絡める。  
好きな女と身体を繋ぐことができる幸福を思った。  
「ああっ…は…あ!ん…武様、武様っ…」  
堪えきれないといった様子で、麻由が悲鳴を上げる。  
抱きつく手の力がまた強くなり、爪を立てられる痛みが背を走った。  
「だめ…あっ!あ…っは…」  
限界を訴える愛しい人を抱え直し、僕は最後の瞬間へ向かって動きを速めた。  
「たける、さ……んんっ…あ…イく…やあぁぁんっ!」  
「麻由、麻由っ!」  
互いの名を呼び合いながら、僕たちはほぼ同時に絶頂を迎えた。  
ぜいぜいと荒い息を整え、彼女の背をゆっくりとさすってやる。  
麻由は、僕の肩口に埋めていた顔を上げ、嬉しそうに笑って唇を重ねてきた。  
 
 
柔らかい口づけを堪能し、身体の繋がりを解いた。  
引き抜く時、彼女の唇から漏れた切ない声を聞き、またその気になりかけてしまう。  
もう一度求めようと欲望が頭をもたげるが、麻由は明日も仕事だ。  
労わってやらねばと思い、名残惜しくもう一度口づけて、二人で浴室へと向かった。  
自分でやりますからと拒む彼女の身体を洗ってやり、自分の身体も洗う。  
肌から石鹸の泡が流れ落ちる時、先程まで身体を覆っていた外套膜も一緒に流れて行ったように思えた。  
心はもうすっかり凪いで、穏やかになっている。  
久しぶりの晴れやかな気分に、僕は深呼吸した。  
ベッドへ戻り、麻由を抱き締めて横になる。  
先程はあんなに積極的に僕を求めた彼女が、目が合うだけで頬を染めた。  
 
 
形の良い彼女の唇が開き、言葉を紡いだ。  
「あの…武様?」  
「ん?」  
「頑張って下さるのは嬉しいのですが…、無理はなさらないで下さいね?」  
麻由が念を押すようにゆっくりと言った。  
「そこは、君やメイド長が気をつけてくれるだろう?」  
「ええ、それは勿論ですが」  
「なら、いいじゃないか」  
「はあ…」  
彼女が歯切れの悪い返事をする。  
「どうした?」  
「私は、このお屋敷でなくとも、武様のいらっしゃる所ならどこへでもついて参ります。  
でも、その前にお身体を壊されてしまってはと、心配なのです」  
「確かにそうだが、麻由を他の屋敷へ出稼ぎに行かせるわけにはいかないし。その為には頑張らなければ」  
「でも、身体を壊されては元も子もありません。  
私がよそで働くことがお嫌なら、どこへも奉公へ行かず、ずっとアパートにおりますから」  
「そうか?」  
「ええ。大家さんにお庭をお借りして、そこで野菜でも育てます」  
「農業をやるって言うのかい?あれはあれで大変だというよ」  
「いえ、大々的にやろうとまでは思っておりません。  
アパートなら、一日の仕事も今までより楽になりますから、二人で食べる分くらいならば」  
「なるほど」  
「自給自足すれば、家計も助かりますし、おかずを一品増やすことも可能ですから」  
「ほう。そうなると、麻由はメイドというよりは主婦だね」  
僕が言うと、彼女は赤らんだ顔をそむけた。  
その反応に、自分が口にした言葉の意味に気付き、同じように僕の頬にも血が昇るのを感じた。  
 
「でも、君に野菜の栽培なんかできるのかい?」  
動揺を隠すため、わざとおどけた声色で言う。  
「手の掛かる野菜は無理ですが、初心者向けのものなら大丈夫だと思います。  
トマトや春菊なら、初心者でも育てやすいと聞いたことがありますから」  
「春菊?」  
僕の眉が動いたのを彼女が見て、しまったという顔になる。  
食べ物に文句を言うことは良くないが、僕は春菊が苦手なのだ。  
「この際、武様の好き嫌いを直して頂くのに丁度いいですわ。  
食べるものが他に無いとすれば、選り好みもされなくなるでしょう」  
にっこり笑って麻由が言う。  
確かに、彼女が心を込めて作った野菜なら、文句など言わずに全て美味しく頂くだろうが…。  
得意そうな顔をしている彼女を見るのは、少し面白くない。  
常に自分が優位に立たなければ気が済まないのは、主人だという自負ゆえか、つまらないプライドなのか。  
「君が仕事の合間に野菜作りまでしてくれるなら、僕も休みの日には手伝うよ」  
「いえ、武様はお仕事のことだけを考えて下されば…」  
「そんなわけにはいかない、食物は生活の基本だからね。  
君が栽培する物に負けないよう、僕は庭の片隅でブロッコリーでも育てよう」  
「えっ…」  
実は、彼女はブロッコリーが苦手なのだ。  
息を飲んだその顔を見て、形勢逆転したことに子供っぽい笑いがこみ上げた。  
「ブロッコリーは困ります、私、苦手で…」  
「贅沢は敵だよ、観念しなさい」  
「うっ…」  
恨めしそうにこちらを見ているつもりだろうが、僕にしてみれば可愛いだけの表情だ。  
いっそ、アパート暮らしと野菜栽培が現実のものになっても楽しいかもしれない。  
しかし、庭仕事をするとなると、彼女の色白の肌が日焼けしてしまう。  
健康的になっていいのかもしれないが、細腕で重い物を運んだり、土を掘り返したりするのも大変そうだ。  
 
 
「心配しなくてもいい。社の命運は今日明日にどうにかなるというわけではないんだ。  
これからさらに頑張るから、V字回復は望めなくとも、緩やかに元の状態まで戻してみせるよ」  
僕の言葉に、麻由がホッとした表情になった。  
その髪に手を触れて撫でてやると、安心したような笑みを見せる。  
「やはり、アパートに引っ越すわけにはいかないね。ああいう建物は壁が薄いそうだから、夜に困ることになる」  
「どうしてです?お隣の話し声ですか?」  
「いいや。麻由の声が大きいから、隣から苦情が来るだろう」  
「私の声?」  
「僕に抱かれる時の、ね」  
「…っ!」  
耳元で戯れに囁いてやると、彼女は身体を反転させ、掛け布団に顔を隠した。  
「麻由の悩ましい声を、知らない人に聞かせることはできないからね」  
布団を摘み上げ、更に言葉を重ねてやる。  
潜り込んだ彼女がぷるぷると震えているのが布団越しに見えて、笑いがこみ上げた。  
これだから、からかわずにはいられない。  
僕の言動に一喜一憂して、可愛い反応をしてくれるだけで心が和む。  
社の運命がどうなるかは分からないが、やれるだけのことはやってみよう。  
麻由は勿論のこと、他の使用人達、社員達の生活を守る義務が僕にはある。  
途方もない重荷だが、今のこの暮らしを手放すことはできない。  
 
 
「さあ、もう寝よう。明かりを消すよ?」  
ベッドサイドの照明をオフにし、天井を向く。  
僕が寝る体勢になったのが分かったのか、麻由はごそごそと音を立て、布団から顔を出した。  
「あの…武様?」  
「ん?」  
暗闇の中に、ぽつりと聞こえた声に耳を傾ける。  
「今はお苦しいでしょうが、半年後、一年も経った頃にはきっと状況は良くなっておりますわ。  
私、信じておりますもの。武様は優秀な方ですから」  
 
穏やかな声で言ってくれるのを聞いていると、本当にそうなると思えるから不思議だ。  
全く、彼女には参る。あんなに落ち込んでいた僕を、たった数時間で立ち直らせてしまうのだから。  
辛い時に励ましてくれる人がいるのはありがたい。  
一人で戦っていては、きっと潰れてしまっていただろう。  
布団の中で、彼女の手を取ってギュッと握り締めた。  
 
 
安心したところで、ようやく睡魔がやってきて、僕のまぶたを下ろしにかかる。  
今日は久しぶりにゆっくり眠れそうだ。  
「ところで、麻由」  
「はい」  
「僕が仕事にかまけて君に触れていない間、寂しかったかい?」  
「え…」  
暗闇の中、麻由はまた頬に血を昇らせているのだろう。  
明かりを消すのが早かったのが悔やまれる。  
「寂しく…は…ありませんでしたわ。武様は…お仕事で頑張っていらっしゃったのですし」  
「そうかい?」  
「ええ。私一人がわがままを言うわけには参りませんもの」  
寂しいから二人の時間を持ちたいと伝えるのは、わがままでも何でもないのに。  
僕のことを考えて、我慢してくれていたのだろうか。  
「抱いて欲しいって、一度でも思ってくれたことはあった?」  
「……少し」  
「そうだろうね、君は意外に、僕と愛し合うことが好きみたいだから」  
「すっ、好きだなんて、そんな…」  
「おや、嫌いだとでも言うのかい?」  
「ううっ…」  
唇を噛み、恨めしげな目をしている彼女の顔が見えるようだ。  
また愉快さがこみ上げ、僕は天井を見ながら笑いをかみ殺した。  
 
 
「これから、寂しくなったら遠慮せずに言っていいんだよ。  
言葉にするのが恥ずかしいなら、夜、僕のベッドで下着姿になって待っていてくれてもいい」  
「よ、余計に恥ずかしくなるではありませんかっ!」  
麻由が声のボリュームを上げて言い返す。  
「そうかなあ。嬉しいよ、僕は」  
「だめです。そんなはしたないことは、断じてできません」  
「セクシーな下着姿で誘ってくれたら、抱きたくなって、生きる気力が湧きそうだと言っても?」  
「むうっ…」  
麻由が呻き、また黙り込む。  
全く、こんなに可愛い麻由を、他の男の好きなようにされるわけにはいかない。  
「お元気になって下さるのなら、嬉しいのですけれど…」  
ようやく口を開いた彼女の方を向き、温かい身体を抱き締めた。  
この人を守るためなら、何でもしよう。弱音はもう二度とはかない。  
「僕の元気がないなあと思ったら、一度試しておくれ」  
「…わざと気落ちしたふりを装われて、私を陥れようとなさるのではありません?」  
「ばれてしまったか」  
顔が近くなり、闇の中でおぼろげに見えた麻由は頬を膨らませている。  
空いた手で柔らかい頬をつつき、中の空気を抜いてやった。  
「冗談はこれくらいにしておこう。さ、もうお休み」  
「はい。お休みなさいませ」  
「ああ」  
もぞりと動いて僕の胸元に擦り寄り、彼女が目を閉じたのを感じる。  
狭いアパートで二人きりで暮らすのも魅力的ではあるが、現実逃避をしている場合ではない。  
麻由を始めとする使用人達、僕を信じて残ってくれている社員達のためにももう一度頑張ろう。  
胸の中で寝息を立てはじめた愛しい人を抱き締め直し、僕も目を閉じた。  
 
──終──  
 
旅行の話より、番外編を先に投下しました。  
 

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