ある日、帰宅すると出迎えた麻由の表情がいつになく明るかった。
日中、何かいいことでもあったのかと思い、食事中に尋ねる。
すると、驚くべき答えが返ってきた。
「穂子さんが、ご懐妊されたのです」と。
麻由の一番の友達である、あの外見と中身の全く違う城内穂子さんが。
先日、体調が優れないからとお茶の予定をキャンセルしたとは聞いていたが……。
あのじゃじゃ馬も、ついに母親になるのか。
幼い頃から知っているだけに、他人のことなのに感慨深い。
しばらくは安静にするだろうから、穂子さんに麻由を取られることもなくなるだろう。
最近、麻由の中で薄くなっている僕の存在感を取り戻すチャンスだ。
しかし、僕の予想は半分しか当らなかった。
初めての妊娠で、穂子さんは情緒不安定になり、イライラと落ち着かないらしい。
そんな彼女が心配だからと、麻由は城内家へ伺うのをやめようとはしなかったのだ。
むしろ、穂子さんがこちらに来なくなった分、より悪いと言える。
面白くないが、本気で心配している麻由の心中を考えると、城内家へ行くなとも言えない。
太郎氏やその両親にもよろしくと頼み込まれてしまい、僕の期待は宙ぶらりんになってしまった。
こうなってしまっては、僕も心配していることを匂わせ、穂子さんに恩を売っておくしかない。
「今日は、どうだった?」
入浴後、麻由に肩を揉んでもらいながら問いかける。
「そうですね、当初よりだいぶ落ち着いていらっしゃいましたわ。
相変わらず『全く、あの駄目亭主のせいで…』と、ぶつぶつ仰っていましたけれど」
「ほう」
「でも、私がお手洗いから戻った時、穂子さんはとっても優しいお顔でお腹を撫でていらっしゃいましたの」
その時のことを思い出したのか、麻由が楽しそうに笑う。
「口では何と仰っていても、お腹のお子様のご成長を楽しみになさっているのがよく分かって。
以前は無かった、赤ちゃんのための編み物の本もお部屋に発見して、微笑ましくなりました」
なるほど、やはり穂子さんはつくづく素直ではないらしい。
そんな態度も、母親になれば変化するのだろうか。
あの人が母になった姿は、全く想像がつかないが。
「そんな穂子さんを見て、どう思った?」
相変わらずな人だね、と二人で笑い合いたくて尋ねる。
しかし、僕の思いに反し、彼女は一瞬で真っ赤になって顔を隠した。
予想外の反応に、僕の首が傾ぐ。
「──と、……です」
「えっ?」
「羨ましい、と思ったのです」
耳を澄ませて聞き取った声に、心臓が跳ねた。
麻由は、穂子さんをどう思うかと僕が聞いたのを、妊娠という事柄について尋ねたのだと思ったのだろう。
彼女の勘違いなのだが、その反応は僕にとって大いに満足いくものだった。
「羨ましい、か」
おうむ返しに呟き、その言葉の意味を噛みしめる。
何も言わず頷いた彼女の、耳までが赤く染まっているのが見て取れた。
麻由も、妊娠したいと思ってくれているのか。
にやける表情を懸命に整え、その肩に触れた。
結婚してからもうすぐ一年になる。
籍を入れた当初は、長く思い続けた人を妻にできた幸せばかりが頭にあり、その他のことは正直あまり考えていなかった。
子供についても、授かり物だからと、深くは考えなかったのだが。
麻由も新しい生活に慣れてきた頃だし、そろそろこのことを考えても良いのかもしれない。
何より、本人がその気になっているのだ。
「そうだね、僕もそろそろ子供が欲しくなってきた」
彼女をこっちに向かせ、顔を覗き込む。
また違う方を向かれてしまったが、構わず続けた。
「君に似た子なら、僕は目一杯可愛がってしまいそうで、しつけを忘れる予感がするが……」
「……私も、あなたに似た子なら、と思います」
あさっての方角を見たままだが、彼女の言葉は僕の胸を熱くさせた。
そして、僕たちの子供が欲しいと、かつてないほど強く思った。
正直にそう告げようと口を開いた瞬間、ふと小さな邪念が生まれて思考に入り込む。
隙を見ては彼女をからかおうという、僕の悪い癖がまた出てしまった。
「セックスの時、女の人が積極的になると妊娠しやすいそうだね」
口をついて出たのは、なんら根拠のない作り話。
よくもまあ、こんなことが言えるものだと我ながら呆れる。
「エストロゲノムとかいう女性ホルモンの一種が分泌されて、卵巣や子宮に働きかけるらしい」
どこかで聞きかじった文章を思い出すような、もっともらしい口調で嘘の言葉を続ける。
「エスロト…ゲルム?」
「エストロゲノム、だ」
そんなホルモンはおろか、物質すらこの地球上には存在しないのに。
彼女は僕の言葉をあっさりと信じたようだった。
「私が積極的になれば、赤ちゃんができやすいと…」
深く頷き、麻由が黙って考え込んだ。
夫としては、自分に下心を抱く者の話をたやすく信用するなんてと、たしなめるべき所なのに。
それよりも彼女がひっかかってくれたことに、面白がる気持ちのほうが勝ってしまった。
「あなた。ちょっと待っていて下さい」
顔を上げてきっぱりとした口調で言い置いて、麻由が浴室へ消えた。
そして立ち始めた水音に、彼女が身体を洗っていることを知る。
待っていてとは、どういうことだろう。
もしかして、これは期待してもいいのだろうか。
恋人時代から、夜の営みはいつも僕から誘って、こちらのペースに持ち込んでしまうのが恒例になっている。
「イヤ」「駄目」「待って」とじたばたする麻由を、自分からねだるほど蕩けさせ、攻略するのが僕の至上の楽しみだから。
しかし、今日は何だかいつもと違う雰囲気だ。
あの恥ずかしがり屋の麻由が、一度も身体に触れていないうちからセックスへの意欲を見せている。
そんなに、僕の子が欲しいと思ってくれているのだろうか。
待つことしばし、微かに音を立てて開いた浴室のドアから、バスローブを着た麻由が姿を見せる。
意思が表れているような力強い足取りでこちらまで来た彼女に、僕は手を取られ寝室へといざなわれた。
口を真一文字に引き結ぶその表情には、凛々しさすら感じられる。
彼女のかもし出す雰囲気に飲み込まれ、僕は早々とシーツに背を預けた。
「今夜は、何もなさらないで下さいね?」
そう言い渡され、僕は両手を取られ枕の下に挟み込まれてしまった。
お手上げのポーズで固まった僕を見て、彼女がこれで良しとばかりに頷く。
そして、彼女の顔が近付いて唇が重なった。
「ん……っく……」
舌が絡み合う音と感触に、頭の奥が痺れたようになってくる。
麻由から深いキスを仕掛けられるなど、今まであっただろうか。
思い出そうとするが、彼女の舌に思考が絡め取られて頭が働かない。
しばらくの後、僕は考えるのを諦め、与えられるキスに酔った。
彼女の手が僕のパジャマにかかるのを、どこか遠くで感じながら。
「はぁっ……」
しばしの後、チュッという音を残して麻由が唇を離した。
名残を惜しむように頬にもう一度キスをされてから、着ている物を脱がされる。
素肌が外気に触れ、小さく身震いした。
冷えた身体を温めてくれるかのように、彼女が僕の身体に何度もキスを落とす。
一心になっている妻を抱き締めたいと手を伸ばしかけ、慌てて枕の下に戻した。
今日は導かれるまま、彼女のペースで事を運ぶ方が良さそうだ。
ここで僕が手を出せば、いつものように自分のペースに引きずり込んでしまうことになる。
軽いキスが何度与えられただろうか。
いつの間にかベッドの足元へと移動していた麻由が、僕の下着に手を掛ける。
一切何も求めないうちから、こうされるのは非常に珍しいこと。
やはり今日はいつもと違うと思う間もあればこそ、脱がされた下着が脇に置かれる。
そして下腹部に彼女の指が這い、くすぐったさと共にちりちりとした焦燥感が生まれた。
「麻由…」
呟いた声に込めたものを読み取ったのか、彼女が僕の中心にそっと手を触れ、扱き上げた。
望んだことが叶えられ、大きく息をついて快感に集中する。
もっと大胆に触れて欲しい、優しく愛してももらいたい。
相反する二つの欲望がむくむくと高まり、思考を支配した。
「あ…」
温かく濡れた刺激に、背が大きく震えた。
彼女が僕の中心を口の中に納め、舌で愛撫を始めたのだ。
愛しい女に触れられていると思うだけで、僕のそれはみるみる固くなり、痛いほどに疼きだした。
しっかりと握りこみ、麻由が丹念に舌を這わせる。
時々動きを止めるのは、僕を焦らしているつもりなのだろうか。
そんな稚拙な駆け引きにも、自分が煽られてしまうのが分かる。
腰を浮かして愛撫をねだると、彼女は僕の腿に手を置いて、望むように深く咥え込んでくれた。
鈴口をねっとりと舐められるたび、喉の奥まで深く吸いつき締めつけられるたび。
脳天にまでぴりぴりとした刺激が走り、僕は寸前まで高ぶらされていった。
このまま、口だけでイかされてしまうのかもしれない。
そんな予感が胸に生まれ、期待となって全身に広がる。
しかし、追い詰められて今にも精を吐き出しそうになっている僕の中心から、麻由がふいに口を離してしまった。
「え…」
まさか、ここでお預けを?
そんなのあんまりだと抗議しようとしたところで、己の普段の行状を思い出す。
もう少しで達しそうになっている彼女を、何度同じ手で焦らしただろう。
その借りを今、一気に返されてしまうのだろうか。
抑えきれない快感への欲求が頭の中で渦巻き、僕は祈るような気持ちで彼女を見た。
この期に及んで焦らされるなど、まっぴらだ。
かくなる上は、一思いに組み敷いて、そしていつものように…。
僕が身を起こす一瞬前、麻由が先んじて上に乗りかかってきた。
自分が後れを取ったことに、舌打ちするほど悔しくなる。
完全に乗っかられてしまっては、身体の位置を入れ替えるのは難しい。
何より、いつもは自分がやっていることなのに、余裕のある表情で見下ろされると心に焦りが生まれる。
麻由に主導権を渡しただけで、こんなに心許ない気分になるなんて。
「あなた…」
姿勢を落とした麻由が、僕の胸に甘えるように頬擦りをする。
そのしぐさに、焦りで波立った心中が嘘のようにスッと凪いでいった。
愛する妻にこうされて、気をよくしない男がいるものだろうか。
瞬時に機嫌を直した僕は、枕の下に置いたままだった手を出し、麻由を腕の中に閉じこめた。
下半身の疼きは止まないが、まずは彼女を抱き締めたい。
背を何度も撫で、柔らかな頬が胸に当る感触を堪能する。
しかし、二人の身体を隔てるバスローブがどうにも邪魔だ。
脱がせてしまおうとそれを握ったところで、あべこべに彼女に手を掴まれてしまった。
「だめです」
顔を上げた麻由が、僕を見下ろしながらきっぱりと言う。
それに気おされ、僕は大人しく手を下ろしてしまった。
下ろした両手は、麻由によって再び枕の下に押し込まれた。
いつもは自分勝手に事を進める僕が、されるがままになっているのが愉快なのか、彼女が会心の笑みを浮かべる。
普段とは全く別人のようなその妖艶さに、恐れにも似た感情が僕の心に湧きあがった。
ごくりと生唾を飲む間抜けな夫の前で、彼女がバスローブに手を掛け、するりと脱ぎ去る。
現れた白く美しい肌に、僕は驚嘆してぽかんと口を開けるしかなかった。
見慣れているはずなのに、どうしてこんなに魅力的に映るのだろう。
「んっ」
固まったように動きを止めた僕の、中心が再び握りこまれる。
何度か扱いた後、麻由はその上に腰を落とそうと位置を合わせてきた。
「……」
しかし、触れるか触れないかの所で、彼女がはたと動きを止めて後ろにずり下がる。
困ったように眉根を寄せ、握っている物を見、考え込むようなそぶりを見せた。
「麻由?」
一気に身を沈めてくると思ったのに、土壇場で恥ずかしくでもなったのか……?
下を向いた彼女の表情が見えず、もどかしくなった。
ややあって、麻由の両手がそろそろと動いた。
胸と、秘所。
そこにたどり着いた手が、ゆっくりとうごめき始める。
「……ん……っあ……」
彼女の口から漏れた声に、どきりとする。
目の前で妻にそうされるなど、夫の沽券に関わるはずなのに。
僕はただ、彼女の行為を阿呆のように口を開けて見ているしかなかった。
「ああ……んっ…あ…」
麻由が快感に集中するかのように目を閉じる。
細い指がその秘所をなぞり、胸を揉み、乳首を摘んで刺激している。
「あなた……あ…やっ……」
切ない声で呼ばれ、下半身に疼きが生まれる。
今、彼女は頭の中で僕の愛撫を想像しているのだろうか。
現実の僕は、妻が己の身体を慰めるのをただ見ているだけだというのに。
「ああ……はぁ…ん……」
大きく息をついた麻由が手を止めた。
潤んだ目が見開かれ、まっすぐに視線が合わされる。
そこに熱と欲望の色があるのを認め、また僕の心臓が大きく跳ねた。
「下さいませね、あなた……」
彼女はそう言って、さっきと同じに僕の中心を掴み、一気に身を沈めてきた。
熱くぬかるんだ粘膜が、それを貪欲にくわえ込んでいく。
今日一番の鮮烈な刺激に、まぶたの裏で大きな火花が散ったようになった。
ああ、そうか。
自慰をしているように見えたのは、僕と繋がるための潤いをもたらす為であったのか。
柔らかい粘膜に中心を揉み絞られながら、ようやく理解する。
いつもは、僕が彼女を責め立て、思うさま舐めるなどしてから一つになる。
しかし、今日はまだ胸にすら触れていない。
麻由の身体の準備ができていなかったのは自然なこと。
そんなもの、触って、舐めてと一言ねだりさえすれば、いくらでも聞き入れてやるのに。
主導権を握り、僕をリードするのに一心になる余り、頼めなかったのに違いない。
僕のでたらめな嘘を信じ、子を身ごもりたいが為に。
そこまで強く思ってくれていることに、甘酸っぱい感情が胸に生まれる。
愛する女に子を望まれるなど、男冥利に尽きることだ。
これを上回る幸せなど、果たしてこの世にあるのだろうか。
泣きたいほどの幸福が身体を満たし、僕は瞑目した。
繋がった部分から粘りのある水音が絶え間なく立ち、性感が高まる。
彼女の積極的な腰の動きに、僕はあっけなく追い詰められてしまった。
もともと、イく直前まで口で愛撫されていたのだ、我慢できるはずもなかった。
「あ……麻由……っ!」
存分に繋がりを堪能できないまま、僕一人だけが達してしまう。
若く未熟な頃に戻ったようで、羞恥と己に対する不甲斐なさが心を覆った。
妻より先に、それも自分だけがイってしまうなどとは。
男のプライドが、真ん中からぼきりと折れる音が聞こえた気がした。
情けない、非常に情けない。
「はっ……ん……」
少し髪を乱した彼女が、動きを止めて息をつく。
その顔をまともに見ることができず、僕はシーツに視線を落とした。
情けない男だと、幻滅されやしないか不安になりながら。
「あなた?」
麻由が不思議そうに呼び、顔を覗き込んできた。
無視することはできなくて、僕はのろのろと視線を上へ遣って目を合わした。
「これで、良いのでしょうか……?」
「えっ?」
自信なさそうに発せられた、彼女の問いかけを聞きなおす。
「頑張ったつもりなのですけれど……」
頬を染める彼女が、恥ずかしげに言葉を続ける。
すっかりいつもの様子に戻っているようだ。
「あ、ああ。そうだね、いいんじゃないかな」
「ええ……」
その瞳や言葉の中に、こちらを責めるような色が無いことにホッとする。
しかし、彼女の煮え切らない様子に、僕の頭には疑問符が浮かんだ。
シャワーの時から今しがたまで、麻由は終始積極的だった。
自画自賛してもいいくらいの出来なのに、なぜこんなにおどおどとしているのだろう。
「……あなた」
「何だい?」
言葉を探すようなそぶりをしている彼女を見ながら、続きを促す。
「あの、笑わないで、聞いてくださいませね……」
「うん」
「あなたの精を頂くことはできたのですけれど……」
「けれど?」
「これでは、不満なのです……」
ますます真っ赤になった彼女が、両手で顔を覆い隠した。
「不満とは、どういう意味だ?」
今度は、麻由が恥ずかしがる番なのだろうか。
よく回らない頭を働かせようとしながら、僕は問いかけた。
「いつもみたいに、もっと、あなたに触れて頂きたくて……」
表情を見せないまま呟かれた言葉に、彼女の中に入ったままの僕自身に一瞬にして熱が戻ってきた。
先程の折れたプライドの下から、二倍の太さの新しいそれが生え替わってきたように思われる。
つくづく、麻由には驚嘆してしまう。
僕を自信喪失させたすぐ後で、こんな風に可愛いことを言って復活させてくれるのだから。
「触れていたじゃないか。君は自分の手で、気持ち良くなっていただろう?」
「っ!」
立ち直った僕の言葉に、彼女の背が大きく震え、中心がまたキュッと締めつけられた。
「ずいぶん大胆に触っていたように思うが。あれだけじゃ、満足できないのかい?」
問うと、麻由はいやいやをするように身を捩り、僕にギュッと抱きついてきた。
「あんなもの、忘れて下さいませ。満足なんてできるわけ……」
「忘れろと言われても、ね。僕に見せ付けるように触っていたじゃないか」
「ですから、仕方なくて」
さっきの、恐れすら感じられるほど色っぽかった麻由は、どこへ行ってしまったのだろう。
涙目で必死に反論しようとする姿は、想いが通じ合った頃と同じくらいに初々しく、可愛らしく感じられた。
「そんなに、僕の子が欲しかったんだね?」
耳元に唇を寄せ尋ねると、彼女は素直に首を縦に振った。
「私が積極的になれば、できやすいと仰ったでしょう?」
聞こえた小さな声に苦笑する。
あの与太話を、まだ信じてくれているのか。
嘘であることを告げるのが何となくもったいなくなって、僕は彼女の言葉に頷いて応えた。
「ああ、言ったね」
「ですから、今日のあなたには受身になって頂いて、全部私が……と思いましたのに」
「うん」
「終ってみると、なんだか物足りなくて、その……」
もじもじとするその姿は、僕の心を十分に満足させた。
「じゃあ、もう一回するかい?」
「!」
彼女が顔を覆っていた手を思わず下ろし、目を丸くして僕を見つめる。
「今度は、麻由が満足できるようにするから」
固さを取り戻しつつある自分の中心で、何度か緩く中を突き上げる。
彼女はあっと悲鳴を上げ、僕に抱きつく力を強めた。
「僕だけイかされるなんて、不公平だからね」
頬にキスして囁き、僕は起き上がって身体の位置を入れ替えた。
組み敷いた愛しい身体に手を這わせる。
わきの下のくぼみ、細い腰、内股と、弱い場所を集中的に撫でると彼女の息が乱れた。
今日初めて、僕の愛撫に反応をしてくれているのだ。
それに口の端が上がるのを抑えられないまま、さらにと肌に手を滑らせた。
「あ……んん……」
豊かな胸を揉み上げると、色っぽい声が上がる。
もっと聞きたくて、僕はその白い膨らみの中心にむしゃぶりついた。
「んっ!あ……あんっ、やっ……」
舌先で乳首を弄ると、あっという間に固く立ち上がった。
その感触を楽しむように口の中で転がし、何度も吸い上げて甘い声を誘い出す。
彼女が喘ぐたび、同期するように中が締まって僕の中心にも快感が走った。
いつもながら、こうなるたびに愉快な気分になる。
彼女を気持ち良くすればこちらも気持ち良くなれる、快感を与えあうとはこういうことだと実感できるから。
もう片方の乳首は指で挟んで、くりくりと弄ってやる。
すると麻由は一層大きな声を上げ、僕の頭をかき抱いた。
言葉にせずとも、もっと気持ち良くしてくれとねだっているのが分かる。
応えてやるため、僕は指を口に含んで濡らし、彼女の乳首を摘み上げた。
「ひゃうっ!あ……ああん……」
高い悲鳴と共に、また彼女の中がギュッと収縮する。
自分の口から出かけた呻きを、僕はすんでの所で飲み込んだ。
このままでは、また僕が先にイってしまいそうだ。
一旦繋がりを解こうと腰を引くと、麻由は慌てて僕に両脚を絡めてきた。
「いや……抜かないで……」
彼女の腰がぐいと押し付けられ、距離が戻される。
再び繋がりが深くなり、潤んだ粘膜が離すまいとでもいうように絡みついた。
さっきの積極的な態度の名残なのか、ずいぶん大胆な言葉を言うものだ。
長い付き合いだが、こう言われたのは初めてのはず。
抜かないで、とせがまれては叶えてやるしかない。
どうにか我慢しようと心に決め、僕はまた彼女の胸に顔を埋めた。
喘ぐ彼女に締め付けられ、僕のものが再び熱く滾ってくる。
今度こそ、同時に絶頂を迎えたい。
脚を大きく開かせると、次の行動を予感したのか麻由が息を飲んだ。
顔を近づけ、鼻がくっつくほどの距離で目を合わせる。
彼女がコクリと頷いたのを合図に、僕はゆっくりと動き始めた。
自分が先にイってしまわぬように注意しながら、彼女の気持ち良い場所を探り当てる。
そこに執拗に擦り付けると、堪えきれないといった様子で彼女が身を捩った。
はっ、はっと短い呼吸が聞こえる。
快感を逃がそうとしているのか、僕の背に回された腕に力が入った。
ここで持ちこたえられては、こちらが負けてしまう。
繋がっている場所に指を伸ばし、襞に隠れたクリトリスを探り当てる。
触れたそれを指の腹で押しつぶすようにして、加減を変えて刺激した。
「ああっ!や……んっ……いやぁ……」
麻由が切羽詰った叫び声を上げる。
背に爪を立てられる痛みに耐えながら、指を動かした。
弱い場所に触れられ、快感を逃がせなくなった彼女の身体が大きく何度も跳ねる。
そろそろ限界のようだ。
更に深く身体を沈め、最後の瞬間を迎えるべく腰を動かした。
「あ、だめ……はぁん……んっ!」
麻由が全身を震わせ、恍惚とした声で喘ぐ。
達する直前で動きを止めて焦らしてやることなど、もうできなかった。
彼女の中に精を放ちたいという気持ちだけで、それ以外のことは全く頭から消えてしまっていたから。
「あ……あなたっ……もう……イっ……あああんっ!」
麻由が大声で叫び、絶頂を迎えたのと同時に僕も達した。
僕が出した物を一滴残らず飲み干すように、彼女の秘所が何度も収縮する。
余韻に震えて緩く腰を使いながら、それが奥へと届くように僕は動いた。
最初は冗談のつもりだったが、これは本当に妊娠させてしまうかもしれない。
しばらくの後、僕に強くしがみついていた彼女の力が緩められる。
僕は身体を離し、後始末をしてその隣に寝転んだ。
胸に擦り寄る愛しい人をギュッと抱き締め、大きく息をついた。
「頑張ったね、偉いよ」
自然に口をついて出た言葉に、腕の中の彼女がピクリと反応する。
思い出して、今更恥ずかしがっているのだろうか。
「おかげで、本当に子供が出来たかもしれないね」
この期に及んで妻をからかうなど、雰囲気ぶち壊しだと思うのに。
赤くなった麻由を見るとからかわずにはいられない、己の幼稚さに僕は心の中で苦笑した。
「本当に、できたでしょうか……」
胸に顔を押しつけたまま、彼女がくぐもった声を上げる。
「超能力者じゃないから、断言はできないが。
君がとっても子供を欲しがっているのが分かったから、今日は駄目でも近いうちにきっと叶うさ」
「ええ……」
顔を上げ、嬉しそうな声で麻由が返事をする。
僕の子を産みたいと、こんなにも強く思ってくれる人がいることに胸が熱くなった。
「いつ出来てもいいように、名前を考えておきなさい」
髪を撫でて言ってやると、麻由はクスクスと笑った。
「男の子なら、パパのお名前から一文字頂きましょうか」
そう提案されるのに嬉しくなるが、はたと気付く。
「一文字って、僕の名は一字しかないから、どうだろう……」
『武』の字を与えるのは、自分のコピーとして扱うようで良くないのではないか。
やはり父親としては、「俺を越えていけ」という気概を持って名付けに当るべきだと思う。
まだ親でもないのに、少々気が早いが。
「『武』の文字を受け継がなくても、少しは共通点のある名前がいいですわ。
漢字一文字で、三つの音の響きのあるもの。リョウとか、トオルとか」
「なるほど、そうだね。
女の子だったら、麻由のどっちかの字をあげればいい。きっと君に似たいい子に育つだろう」
「まあ」
彼女がまた僕の胸に顔を押しつけた。
「可愛くて優しい子になりそうだ。父親としては、心配で目が離せなくなりそうだが」
多分、僕は親馬鹿になるだろう。
まだ産まれてもいない子のことを考えただけで、こんなに胸を躍らせているのだから。
「あなたに似た男の子なら、私、将来恋人ができたら嫉妬してしまうかもしれません」
少し考え込むように彼女が言った。
「それは、僕も同じだろうさ。でも、子供にばかりかまけて、僕のことをないがしろにしないでくれよ?」
「まあ!あなたをないがしろにするなんてこと、絶対にありませんわ」
心外だとでも言うように、彼女が頬を膨らませた。
少女のようなその仕草に苦笑する。
「君が子供にかまけたら、お返しに僕は仕事にかまけるようにするからね?」
「望むところですわ。どちらが先に降参するか、勝負いたしましょう」
そんな勝ち目のない戦いなど、挑む気など実はさらさら無いのだが。
きっとすぐにこちらの負けは確定だろう、僕が麻由に放っておかれて平静でいられるわけがない。
「さあ、もうお休み」
いつまでも話していたいが、そろそろ眠らねばならない。
ベッドサイドの明かりを消し、布団を掛け直した。
「麻由」
「はい?」
「子供が出来たら、城内家にはしばらく行かないんだよ。屋敷で大人しくしていなさい」
「えっ」
「妊娠初期は、安静にしておくのが正しかったはずだからね」
「そうですが、穂子さんが……」
「あっちはあっちで、太郎さんがうまくやるさ」
「ええ……」
穂子さんの妊娠で事態は変わらなかったが、麻由が妊娠すれば女同士の付き合いも落ち着くだろう。
夫の横暴だとしても、やはり妻たる人には僕のことを何よりも優先し、考えていて欲しい。
「念のため、あなたも赤ちゃんの名前を考えておいて下さいませね?」
「分かった。君も気に入ってくれるような名前を考えておこう」
そう約束し、抱き合ったまま僕達は眠りに落ちていった。
そして数ヵ月後、麻由の妊娠が判明した。
知らされた僕は彼女の手を取って大はしゃぎし、何の騒ぎかと執事が駆けつけるほどに舞い上がった。
僕達の子供が、彼女の腹に宿っている。
立派な父親になるため、精進せねばと固く心に誓った。
しかし、その決意はしばらくしか続かないことになる。
安定期に入った穂子さんが、屋敷をしょっちゅう訪ねてくるようになったからだ。
二人の妊婦が編み物などしている風景は微笑ましいのだが、その仲の良さにみっともなく嫉妬をしてしまって。
穂子さんと鉢合わせすると、ついつい挑発するようなことを言ってしまい、後で麻由に叱られる羽目になる。
子供が産まれても、ベビー服の買出しだの何だのと、麻由は穂子さんと行動を共にするだろう。
この上は早めに二人目の算段をするしかないと、僕は妊娠中の妻を見ながら心の中で次のことを考えるのだった。
──続く──