娘の由香と一緒に眠った翌日、久しぶりに彼女を麻由に会わせた。 
その場に同席した者の話では、由香はドアが開くやいなや一目散に麻由に駆け寄り、飛びついたらしい。 
庭師に切ってもらった花を褒められると、自分が育てたように得意になったというのが微笑ましい。 
幸せそうに笑いながら、お母様お母様と麻由にまとわりつくその姿は、とても可愛らしかったと聞いた。 
そして部屋を去りぎわ、はしゃいで乱れた髪を麻由に結い直してもらったのが、とてもお気に召したらしく。 
風呂に入るとき、「今日は髪をほどきたくないから、洗っちゃイヤ」と言って、メイドを手こずらせたらしい。 
その晩に寝室に来た由香に、「また結ってもらえるように、私がお母様に頼んでおこう」と言うと、彼女はまた極上の笑顔を見せ、 
お父様ありがとうと抱きついてきた。 
 
 
その後、一日に一度は麻由のそばへ行き共に過ごしたことで、由香の情緒不安定はなりを潜めた。 
大好きな母親に優しく構ってもらい、自分は愛されていると実感できたからなのか、護に嫉妬することはなくなった。 
同じ部屋で過ごすことで赤ん坊の仕草が面白くなったのか、今ではベビーベッドの上を日がな一日見ているくらいだ。 
そうするうち、彼女にも段々と姉の自覚が備わってきたらしい。 
由香は護のおむつ交換や沐浴を手伝いたがるようになり、泣かれると懸命にあやして泣き止ませようとするようにもなった。 
私が帰宅し、護を抱こうと部屋へ行くと「手を洗わなければ、赤ちゃんに触っちゃいけないのよ!」と由香に怒られ、袖を掴んで 
洗面所へ連行されたこともある。 
丹念に手を洗い、拭いたのを見て初めて護に近付く許可が下りたのだ。 
弟ができて、あの子も一つ成長したのかと思うと、とても嬉しくなる。 
 
 
 
庭の一角にクローバーが茂るようになった頃、由香は毎日のようにそこへくり出し、四葉を探すようになった。 
「女の子が土遊びをなさるものではありません」と使用人達にたしなめられても、「どうしても5本見つけるの!」と譲らずに。 
自分の分だけではなく、両親と兄と弟にも行き渡るように探してくれているのだ。 
その甲斐あってようやく5本目の四葉を見つけたときは、はしゃぐ声が屋敷の裏にまで届いたらしい。 
娘が自分一人の力で何事かを成し遂げたというのは、たかが草花のこととはいえやはり嬉しい。 
もらった四葉は樹脂で加工し、私と麻由には携帯電話のストラップ、子らにはキーホルダーにした。 
日中それを目にするたび、これをくれた時の由香の得意気な顔が思い出され、ついつい頬が緩んでしまう。 
自分が親馬鹿になるとは、結婚前には予想もしていなかったというのに。 
いざ子を持つ身になってみると、知らぬうちに彼らのことを考え、幸せであってくれるように願っているのだ。 
こう考えられるようになったのも、子を3人も産んでくれた麻由がいてくれればこそ。 
彼女と出会って結婚できたことに、改めて感謝をした。 
 
 
そして、シロツメ草の咲くようになった頃、庭でピクニックのまねごとをした。 
すっかり元気になり、外に出られるようになった麻由、楽しそうにはしゃぐ薫と由香、そして私。 
キャリーバスケットの中には、おくるみに包まれた護がすやすやと眠っている。 
家族5人で外へ出るのは初めてで、屋敷の敷地内のこととはいえ記念すべきことだ。 
あの夜に約束したとおり、麻由と由香、二人が花の王冠を編んでいる間にカメラの準備をする。 
できた王冠を由香が頭に載せ、護には腹の上に置いてやり、何枚も写真を撮った。 
一人ずつの写真、子供らの写真、三脚を使った家族全員の写真。 
何枚撮っても飽きることがなく、次から次へと構図を変えてシャッターを切った。 
 
 
敷物の上で食事を済ませ、薫と由香は少し離れた所で遊び始めた。 
追いかけっこに毛が生えたくらいの他愛ないものだが、薫がわざと負けてやるので、由香はきゃあきゃあと声を上げて逃げ回る。 
つまづいて転んでも、下はクローバーや芝生なので怪我をすることもない。 
「あなた」 
授乳を終えた麻由が、こちらに向き直った。 
「眠ってくれましたわ」 
「そうか」 
腹が満ち、またすやすやと眠る護をそっと見つめる。 
泣いてばかりだったこの子も、最近は寝つきが良くなって助かっている。 
何より、麻由の負担が少なくなったのがありがたい。 
「隣においで」 
敷物を叩いて促すと、麻由はこちらに寄り添ってきてくれた。 
少しもたれ掛かられた重みが心地良い。 
「薫と由香、楽しそうですね」 
「ああ。食べたばかりなのに、よくあんなに動けるものだ」 
そこが子供らしさといえば、そうなのだが。 
「護が歩けるようになれば、あれに加わって三人で遊ぶんだろうね」 
「ええ。赤ちゃんの成長は早いですから、きっとあっという間ですわ」 
「そうだね」 
「由香も、最近はお姉さんらしくなってくれましたし、きっとあれこれ世話を焼いてくれるでしょうね」 
「違いない。しかし僕は、むしろ世話を焼くというより、子分にしてあちこち引っ張り回しそうに思うのだが」 
「まあ」 
私の言ったのを聞き、麻由がクスクスと笑った。 
「あの子も、あれで女の子らしい所もあるのですよ。あまりおてんば扱いしないでやって下さいませ」 
軽くたしなめられ、すまないと頭をかいた。 
「由香の容姿は全く君に似ているから、性格も似ると思っていたからね」 
「そうなのですか?」 
「ああ。物静かで女性らしい、おしとやかな子に育つと思っていたから」 
もちろん、感情を前面に出す快活なあの子の魅力も分かっているつもりだ。 
由香の年なら、むしろあれくらいの方が好ましいとも思う。 
「天真爛漫に育ててやりたいが、行儀作法も身につけさせなければいけないから難しいね」 
「ええ」 
子供には酷なことなのだが、一通りのしつけは早いうちに済ませてしまわねばならない。 
その方が、結局は本人のためになるのだから。 
「私も見てやるつもりだが、なかなかそうもいかないから。休日ぐらいだね、こうできるのは」 
「ええ。お忙しいのに申し訳ありません」 
麻由が居ずまいを正して、深く頭を下げるのに面食らった。 
私など、自分のできる範囲の関わり方しかしていないのに。 
いや、由香が心を開いてくれる前は、最低限の関わりさえ欠けていたといっても過言ではない。 
「申し訳ないなんて、言わないでおくれ」 
「でも、私が体調を崩しましたせいで、あなたに由香のことを見て頂くことになって…」 
「しょうがないさ。君は本当に大変だったんだから」 
むしろ、今回のことで父親の自覚が芽生えたから、結果的には良かったのだと思う。 
あの子の寂しい気持ちに気付いてやれなかったら、いずれそのつけを払うことになっていただろうから。 
「由香と一緒に過ごすのも、結構楽しかったからね」 
「そうなのですか?」 
「ああ。二人で君の話ばかりしていた。お母様が、麻由が、と」 
また面白いことに、その話がよく合って、時間が過ぎるのを忘れてしまうのだ。 
夜ふかしをさせてしまったことも、正直言って何回かある。 
「由香の外見は君に似ているが、中身は案外、僕にそっくりなのかもしれないよ」 
「どうしてです?」 
「君のことが大好きなところが、僕そのものだからさ」 
「ま、まあ……」 
麻由がポッと頬を染めて俯いた。 
この仕草は、初めて心を通わせ合った二十歳の頃と変わらない。 
「そんな、からかわないで下さいませ」 
「からかってなんかいないさ。僕の気持ちは、最初の頃から全く変わっていない」 
結婚を頑なに拒まれた時は、どうしてそこまでと腹を立てたこともある。 
こんなに拒否されるのなら、いっそ麻由の言うとおりに、どこかの令嬢と結婚した方が良いのだろうかとも考えた。 
しかし、本当に妻にしたい女は誰かと自問した時、浮かんできたのは麻由の顔だけだった。 
他に相手を探すには易い立場にいたが、それでは問題の解決にはならない。 
こんな気持ちのままでは、令嬢を妻にしても、不幸にするのは火を見るより明らかだったから。 
それに、他の女性と結婚してしまえば、麻由を求めることができなくなる。 
隠れて関係を持つことができないではないが、それでは彼女をますます苦しめてしまうことになる。 
「君はどうだい。昔と比べて気持ちは変わった?」 
ふと疑問に思い尋ねてみる。 
はい変わりましたと言われたらどうしようか、心の準備もしないままに。 
 
 
「『私も同じ気持ちです』と、ここはお答えすべきなのかもしれませんけれど。 
あなたへの気持ちは、変わりましたわ。昔よりも、ずっと愛していると思います」 
一言一言噛みしめるようにして、彼女が話す。 
「出会った当初は、きっと年頃の女の子にありがちな、素敵な異性への憧れだったと思うのです。 
ですが、お屋敷のメイドになって、二人の時間を過ごすようにもなると、あなたの優しさや男らしさにどんどんと惹かれていきました」 
当時のことを思い出したのか、少し懐かしそうに言葉が続けられる。 
「この方以外に心を寄せる人はいない、他の人ではこんなに好きになれないと思いました。 
そこまで想う方が求婚して下さって、嬉しくて天にも昇る心地だったのですが…」 
「その話はいいさ。もう過ぎたことだ」 
正直、プロポーズをはねつけられた時のことを思い出すと、今でも胸がちくりと痛む。 
「あの時、変わらず私を妻にと望み続けて下さって、本当に有難く思っております。 
もしあなたと結ばれていなければ、私は今頃どこで何をしていたか分かりません」 
「え、屋敷を出て行くつもりだったのかい?」 
「多分そうなっていたと思います。あなたと新しい奥様との生活を、自分が心から祝福できたとは思えませんもの。 
みっともなく泣いて見苦しい真似をする前に、職を辞していたと思います」 
しぼり出すように話す麻由の手を取り、自分の胸に当てる。 
結婚してもう長いが、彼女の胸にも当時の苦しさがまだ消えずに残っているのだろう。 
特に彼女には、私を傷付けたという負い目があるから尚更だ。 
 
 
「あの時、自分の意志を貫いたのは今でも正しかったと思うよ」 
肩を震わせる麻由を落ち着かせたくて、彼女が安心できる言葉を選んで話す。 
「君が僕の立場のことを考えて、求婚を断っていたのは分かっていたからね。 
言葉を額面どおりに受け取って、はいそうですかと別の人を妻に迎えるなんてできるはずもなかった」 
そうしようかと気の迷いを起こしたことはあるが、それは弱い自分の内面を覆い隠すための逃げだった。 
「僕は諦めが悪いからね。麻由が屋敷を出て行くなんて言ったら、それこそ何をしていたか」 
泣いて縋る以上の、きっと途方もなく見苦しい真似をしていたに違いない。 
「ですから、ええ。最初の頃と今とでは、私の気持ちは変わっています」 
苦い顔をした私を心配してくれたのか、麻由が慌てて言葉をつなぐ。 
「最初は憧れ、そして恋心。申し訳ない気持ち、そして変わらず求めて頂いた喜びと感謝。 
他にも色々ありますから、とても一言では言い表すことはできません」 
「そうか」 
「ええ。若い頃と比べて、とても大きくて複雑になっておりますの」 
全て説明するのは難しいですわ、と麻由が首を傾げて苦笑する。 
私が彼女に寄せる気持ちは、多分そこまで入り組んではいないのだと思う。 
麻由が好きだ、嫌われたくない、僕をもっと好きになって欲しい。 
これ一本でここまで走り続けてきたのだと思う、我ながら単純なことだが。 
「そんなに思っていてくれるのなら、これからもずっと僕の妻でいてくれるね?」 
「もちろんですわ。私の方こそ、今後ともよろしくお願い致します」 
麻由がまた姿勢を正して、深々と頭を下げる。 
顔を上げた彼女と視線が絡み、どちらからともなくクスクスと笑い合った。 
私達が結婚した後、前例ができて決心がついたのか、私達と同じような主人とメイドであった者同士の夫婦が何組か生まれた。 
彼らの中には今でも仲睦まじい夫婦もあるが、一方で離婚という選択をした夫婦もある。 
別れの理由が二人の関係だけにあったのか、環境や周囲の人々との軋轢などにあったのかは分からない。 
私と麻由は現在も夫婦を続けられているが、悪くすれば後者の道を歩んでしまっていた可能性もある。 
一歩間違えば、今ここに麻由がいなかったということも、十分ありえることだったのだ。 
彼女は今では押しも押されもせぬ遠野家の女主人になってくれたから、夫婦関係は安泰だと思う。 
しかし、これに慢心せずさらに結びつきを強めていかなければと、笑いながらも頭の片隅で考えた。 
 
 
話が一段落し、久しぶりに膝枕をしてもらいながら、あちらで遊んでいる子らの声を聞く。 
麻由と結婚できていなければ、薫も由香も、今傍らで眠っている護も産まれてはいなかったのだ。 
「今年の夏には、別荘へ行かないか」 
優しく髪を梳いてくれる麻由の手を取り、語りかける。 
「薫には海で泳ぎの稽古をつけてやろう。花火もいいし、ホタル探しは由香が喜びそうだ」 
「そうですね。スイカ割りなども、きっと楽しゅうございましょう」 
私は一人っ子だから、兄弟と連れ立って遊ぶことをしたことがない。 
普段は作法だのしきたりだのと堅苦しい世界にいるあの子達を、環境を変えて想い切り遊ばせてやるのもいいだろう。 
「じゃあ、僕達の思い出のある、あっちの別荘に行こうか」 
「あっち、ですか?」 
「そう。君と初めて二人きりで過ごした、あっちさ」 
大学三年の夏、会社の事業の勉強のため、私は大型の複合商業施設が建設中だった地方都市へ行くことになった。 
期間中は最寄の別荘で寝起きすることになり、世話役のメイドに選ばれた麻由とともに現地へ赴いたのだ。 
将来の勉強が絡んでいたとはいえ、屋敷を離れ恋人と二人で過ごせた開放感は、何物にも勝るものだった。 
「あっちには、色々と忘れられないことが多いからね」 
「ええ。デートをして頂いて、とても嬉しかったのです。あの映画館と水族館、まだあるでしょうか」 
楽しげに麻由が言うが、彼女は肝心なことを忘れている。 
「もう一つ、思い出があったはずだよ」 
「え、他に何かありましたかしら」 
麻由が首を傾げて考える気配がする。 
人は都合の悪いことは忘れるようにできているというが、本当にそのようだ。 
「考えてみなさい。第一ヒント、風呂上り」 
「風呂上り?」 
「第二ヒント、お茶。第三ヒント、エプロン」 
「ああっ!」 
やっと思い出したのか、麻由がすっ頓狂な声を上げて固まってしまう。 
「確か、僕が君の着替えを隠したんだ。それで困った君は、バスタオル姿で風呂場から部屋に戻ろうとしたのを、僕がお茶を申しつけて…」 
「きゃあっ!そこまでで結構ですっ!」 
麻由があたふたして私の言葉をさえぎろうとする。 
「君の裸エプロンは煽情的だった。写真が残っていないのが悔やまれる」 
メイド時代の写真は何枚もあるが、裸エプロン姿の麻由の写真は当然無い。 
「あなたが策を講じて、私を陥れられたのがいけないのです」 
困る姿を楽しんでいたのがばれたのか、麻由の恨めしげな言葉が降ってくる。 
消え入りそうに身を縮ませて恥ずかしがっていた彼女の姿を思い出すと、何やら妙な気分になってきた。 
 
 
「今晩、一緒に眠らないか?」 
私の言葉に、麻由はえっと声をあげ、目をしばたたかせた。 
「久しぶりに、さ。いいだろう?」 
彼女の手を握る自分の手に力を入れ、誘いかける。 
数瞬後、言葉の意味を理解した麻由が、またあたふたと落ち着きをなくしはじめた。 
私に対する気持ちが変わったと言うが、誘いをかけた時に慌てる彼女のこの姿は、昔とちっとも変わらない。 
「ねえ、麻由」 
もう一方の手で彼女の膝を撫で、さらに揺さぶりをかける。 
「久しぶりに『一番大好きな人』である僕と一緒に眠るのも、悪くないだろう?」 
「!」 
私の言葉に、麻由は息を飲んで目を白黒させた。 
「なぜ、それを…」 
「由香が教えてくれたのさ。少し前に、君がそう言ったんだろう?」 
麻由と護のいる部屋に出入りするようになってから、由香は昼間にあったことを話すようになった。 
夜、寝かしつける私に向かい、今日お母様がこんなことを言った、護が日中どうであったかなど。 
楽しそうに笑いながら、あれもこれもと思い出して彼女が語るのを聞くうち、先述の言葉が出てきたのだ。 
ある時、「私も、大人になったら赤ちゃんを産むの?」と由香が尋ねた時のこと。 
麻由は「そうね、一番大好きな人に出会えば、二人の子供が欲しいって思う日が来るわ」と答えたらしい。 
そして「お母様は、お父様が一番大好きな人?」と尚も問う由香に、麻由は「そうよ。初めて出会った時から、お父様は私の一番なの」 
とも言ったそうだ。 
由香からその話を聞いた時、私は娘の手前はしゃぐのを堪えていたが、きっと嬉しさが体中からにじみ出ていたに違いない。 
私にとって麻由がかけがえのない人であるように、麻由も同じように思ってくれている。 
彼女がそれを正直に娘に語ったという事実も、私を有頂天にさせた。 
 
 
「覚えがないのなら、僕の聞き間違いだったのか」 
麻由の言葉を引き出したくて、わざとしょげた声色を使って言う。 
「僕が君の事を『一番大好き』なのと同じかと、由香の話を聞いて嬉しくなったんだが」 
「え……」 
「『私も、お母様と同じなんだよ』と由香に言ってしまった。訂正しなければいけないかな」 
あたふたしているであろう妻の顔色を想像しながら、地面に視線を移して言う。 
「あの、それは……」 
「うん?」 
「確かに、私が言ったことですわ。護の寝顔を見守りながら、由香にそう申しました」 
ようやく認めてくれたのを聞いて、心に花が咲いたような気分になる。 
今も変わらずそう思ってくれていることが、堪らず嬉しかった。 
「じゃあ、構わないね」 
起き上がり、肩を抱き寄せて小さく囁く。 
「今晩そっちの部屋へ行くから」 
「えっ」 
麻由がまた大きく息をつく。 
「あの、でも。それは、その…」 
あたふたと落ち着きがなくなった麻由が、こちらを恐る恐る窺う。 
「由香は今日もあなたと寝るのでしょう?あの子を寝室に一人置いて来られるおつもりですか?」 
「いいや、今日は担当のメイドに言って、子供部屋に寝かせてもらうさ」 
弟に母親を取られたと不安がっていた時と違い、今の由香はしごく落ち着いている。 
「あんなにはしゃいでいるんだから、夜には疲れて、ぐずることもなく眠ってくれるだろう」 
向こうの方で薫と遊ぶ由香の姿を目で追いながら言う。 
「ね。だから、君がそれを心配することはない」 
「うっ……」 
断る口実を失った麻由は、言葉に困って黙りこんだ。 
 
 
「僕と一緒に眠るのは、嫌かい?」 
どうにも乗り気でなさそうな、彼女の態度が気にかかる。 
もしかして、元気そうに見せながらも、まだ体調が万全ではないのだろうか。 
それなら無理をさせるわけにはいかないから、必死で我慢する他はない。 
「……君の体調を考えなくてすまなかった。今日は駄目だというのなら、無理強いはしない」 
未練を残しながら、ようやく言葉をつなぐ。 
本当は、長いこと一人寝に耐えてきた分、その期待は並々ならぬものであったのだが。 
「あの……あなた」 
今度は本気で肩を落とした私の手を、麻由がそっと掴んだ。 
「嫌だなんて思ってはいませんわ。体調も、本当にもういいのですよ?」 
「えっ?」 
手を握る力を微妙に変えながら、麻由がゆっくりと言う。 
「ただ、不安なだけなんです」 
「不安?」 
「ええ。随分長く、その……、あなたとは……」 
消え入りそうに小さな声で言う彼女を見て、言葉の意味を考える。 
確かに、最後に愛し合ったのはもう一年近くも前になる。 
こんなに長く間が開くことなど、彼女と結ばれた時から初めてのことだ。 
「不安なんて、感じる必要はないじゃないか」 
体調は大丈夫だという答えに、ホッとしながら言う。 
「ええ。自分でもおかしいと思うのですけれど」 
「まあ、久しぶりだからね。そういう心配をするのも分からないではない」 
「ええ」 
「今日は僕に全部任せなさい。よきにはからえと、女王様にでもなった気分になって」 
長らくこの日を待ち侘びていたのだ、奉仕するくらい何でもないことだ。 
 
 
「そんなこと、きっと無理ですわ。あなたに抱き締めて頂いたら、その…」 
「えっ?」 
「いつも、途中でわけが分からなくなって、夢中になってしまいますから」 
恥ずかしそうに呟かれた言葉に、ベッドを共にした時のシーンがいくつも脳裏によみがえる。 
最初は大人しくしていても、そういえば最後には大胆に乱れるのだ、麻由は。 
「それでいいさ。終始冷静でいられたら、男がすたるというものだ」 
「はい……」 
「求めてくれるのは嬉しいよ。生きていてよかったという気になれるからね」 
「私も、求めて頂くのはとても嬉しいです」 
俯き、耳を赤くしながら麻由が言う。 
「ああ。君と護の調子が良くなるまではと、自制していたからね」 
麻由を抱きたい、一晩中愛し合いたいと疼く身体を持て余し、眠れぬ夜を何度も過ごした。 
今日は久しぶりに二人の時間が持てるのだ、いやが上にも心がはやる。 
「夜が待ちきれない。早く日が暮れないものだろうか」 
「まあ……」 
肩を抱いて囁くと、麻由がクスクスと笑った。 
「覚悟しておきなさい。君が泣いてしまうくらい、たっぷり可愛がってあげるから」 
「えっ!」 
身体を固くした麻由をさらに引き寄せ、横目で薫と由香の姿を確認する。 
二人があちらを向いている隙に、愛しい妻の唇をそっと奪った。 
 
 
──終── 
 
 
麻由と武のSSは、以上で本当に完結です。 
エロパロ板のスレに投下していた時から読んで下さっていた方も、保管庫からの方も、最後までお付き合いくださって 
本当にありがとうございました。 
 

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