「起床」  
 
昨日あれほど疲れたにも関わらず、今朝はすっきりと目覚めることができました。  
・・・・私を後ろから抱きしめて眠っていらっしゃる武様のお手が、パジャマの裾から入り込んで胸を包んでおりましたけれども。  
 
 
 
そっと武様のお胸から抜け出し、身支度を整えて階下のキッチンへ向かいます。  
手早くスープとサラダ、ハムソテーを作ります。  
ヨーグルトにフルーツ、3分きっちり茹でた卵をエッグスタンドに立ててスプーンを添えて。  
パンをトースターに入れたところで武様をお起こしいたします。  
「武様、起きてくださいませ。朝でございます。」  
カーテンを開けて、ベッドの脇に屈んでお呼びいたします。  
武様は寝返りをうたれ、私がベッドを抜けた時とは反対、壁際を向いてお眠りになっていらっしゃいました。  
一度で起きていただけることは少ないので、ここからは手を触れてお起こしすることになります。  
「武様、武様?」  
お腕に手を掛けて軽く揺り動かすのですがそれでも駄目。  
さて、ここからは少々荒い手を使わなければなりません。  
「起きてくださいませ。」  
声を高くして、上半身にかかる布団を剥ぎます。  
「武様っ。」  
布団を全てめくり上げ、ベッドから落とします。  
・・・・・・しぶとい。  
いえ、よくお眠りになっていらっしゃいます。  
これが家族なら枕を抜くとか耳に水を入れるとか色々試すのですが。  
ご主人様に対してそれは憚られますので、何か別の手を考えねばなりません。  
「武様・・・・早く起きてくださらないと朝食が冷めてしまいますわ。」  
耳元でそう囁いてもやはり駄目でした。  
やはり、今日も奥の手を使わねば起きていただけないようです。  
覚悟を決めて、私は武様の上に屈み込みます。  
「・・・・・起きてくださらないのですか?」  
 
手を武様のお身体に回し、きゅっと抱きつきます。  
「日中、麻由は一人で武様のお帰りをお待ち申し上げているのでございます。  
朝と夜にしかお顔を見られませんのに、いつまでも眠っておられては一緒にいられる時間が減ってしまいますわ。」  
そう言って、壁を向いて横になられている武様の頬にキスをいたします。  
朝の日差しの中でこのようなことをするのは気が進まないのですが・・・・。  
「武様、起きてお顔を見せて下さいませ。」  
そっと髪に触れ、また囁きます。  
すると狸寝入りを決め込んでいらっしゃった武様は観念されたのか、上になった私の体に腕を回されました。  
そのままお尻を撫でられ、びくっと震えてしましたが何でもない振りで耐えました。  
もう一度キスをし、抱きついて囁きます。  
「お早うございます、武様。」  
するとようやく目をお開けになり、微笑んでこう仰ってくださいます。  
「お早う、麻由。今日もよろしく頼むよ。」  
すんなりと起き上がり歩いていかれるその姿を後ろから恨めしく見つめました。  
全くもう。普通に起こさせてくださいませ。  
 
 
朝食が済んで着替えを始められた武様を手伝い、前に立ってネクタイをお締めします。  
身支度が全て終り、階段を下りられる武様の後ろから鞄を持って付いてゆきます。  
車に乗り込んでエンジンをかけられた武様が、窓を開けてこうおっしゃいました。  
「昨日、寝る前に言った買い物のこと、くれぐれも頼んだよ。」  
にっこり笑って窓を閉め、私がお返事するのを待たずに車を発進させて遠ざかっていかれる武様。  
昨日の頼まれ事、を思い出した瞬間に私は真っ赤になって固まってしまいました。  
・・・・せっかく今まで忘れておりましたのに。  
 
 
─ 終わり ─  
 

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