「おやめください!」  
名も知らぬ男性ともみ合いになり、私は棚に押し付けられました。  
掴まれた手を振り回し、必死で抵抗します。  
にやりと笑って近付いてきたアルコール臭いその顔に、夢中で爪を立てて引っかきました。  
相手がひるんだその時に、私の手を掴んでいた腕が、背後の金属製の棚にぶつかって外れます。  
手が自由になった瞬間、私はドアに飛びついて開け、廊下へと逃げ出しました。  
 
 
 
 
本日は、お屋敷でまたパーティーが開催されておりました。  
表立って言われてはおりませんでしたが、その目的はやはり武(たける)様の婚約相手を選ぶためのものでした。  
近頃、武様のお父上であられる当屋敷の旦那様のお具合がますます悪くなっております。  
武様の大学ご卒業を来春に控え、旦那様は社長職の早期委譲を考えていらっしゃるらしく。  
しかるべき名家のご令嬢と婚約を決めることで、対外に会社および遠野家の磐石さを示そうとお考えなのでございましょう。  
その思惑によって集まった、本日ご出席の方々のきらびやかなこと。  
肌を彩る絹や宝石に毛皮のケープ、ガラス細工のような美しい靴。  
ご令嬢のお母様たちや男性のご出席者も上質な衣服をお召しになり、グラスを片手に笑いさざめいていらっしゃいます。  
私はその光景を横目に見ながら裏方の仕事に走り回っておりました。  
パーティーの行われているお部屋に入るたび、私は目で武様のお姿を探してしまいます。  
 
 
旦那様の隣に立たれて何人ものお客様に囲まれ、皆様とご歓談なさっている武様。  
その凛々しく紳士然としたお姿に胸をときめかせながらも、私は武様と自分との距離を痛切に感じてしまったのでございます。  
次期社長として輝かしい未来を歩まれる武様と、しがないメイドの自分。  
二人の立場はあまりにも違いすぎる。  
やはり私たちは結ばれる運命にはないのだと宣告を受けた気分でございました。  
 
その時、先に申しましたお客様に呼び止められました。  
武様といくつも違わないほどの背格好の若い男性でした。  
自分の連れが気分を悪くして別室で休んでいるから、水を持ってついて来てほしいと声を掛けられたのです。  
ここから逃げ出せるなら、とそれに従って部屋を出て、ある一室の前で立ち止まられてふと疑問に思った瞬間。  
私はその方に強く腕を引かれ、転げるように部屋の中に入ったのでございます。  
 
 
そこは、使用人のオフシーズンの制服や未使用のリネンを置いている狭い物置部屋でした。  
歩いている間も武様のことばかり考えていたため、私は咄嗟に対応が遅れてまんまと部屋に引きずり込まれてしまったのでございます。  
「相手をしてくれるメイドが欲しくてね。女どもは皆ここのお坊ちゃんに取られたからな。」  
にやりと笑いながら言われたその声に鳥肌が立つほどの恐怖を感じました。  
「おあつらえ向きにシーツもあることだし。」  
上着の前をくつろげ、ネクタイに手を掛けて緩めながら仰るそのさまに私は背の凍る思いがいたしました。  
 
 
部屋をどうにか出て、相手が追いかけてくるかも知れないと慌てて階段を降り、別のフロアの一室に逃げ込みます。  
鍵を掛け、ようやく一息ついてわが身を見下ろしました。  
エプロンとワンピースはくしゃくしゃになり、ストッキングは伝線し、髪も乱れた情けない姿。  
こんな姿のままでは戻れません。  
こみ上げる涙を拭い、私は裾を払って髪を直しました。  
そのままそっと使用人棟の自室に戻り、着替えてまた母屋に戻りました。  
持ち場に戻る気にはとてもなれず、厨房にいた後輩メイドとこっそり交代してもらい、パーティーが終わるまでそちらで仕事をすることにいたしました。  
 
突然降りだした雨のため、若干早くパーティーはお開きとなりました。  
私達は大量の食器を洗い、水切りをして片付けます。  
ランドリー室では大量のテーブルクロスが集められ、ワインやお料理のソースでできたシミが落とされていることでしょう。  
厨房に立ちながら私はずっと考えておりました。  
武様と二人でお会いするのはもうやめよう。  
これ以上続けても先のないことは分かりきっているのだから。  
自分が惨めになっていくことに耐えられず、そういう結論に至ったのでございます。  
いつも通り、テーブルクロスと食器以外のものは明日片付けることになり、自分の仕事を終えた者から引き上げていきます。  
私は考え事をしていたために少し遅れをとり、ごみを片付けて引き上げようとしたときには最後の一人になってしまいました。  
外に通じるドアを開けると雨は弱まり、小ぬか雨くらいの降りになっておりました。  
ごみを捨てに行き、帰り道にふとお庭の常夜灯を見上げたそのとき。  
お部屋からこちらを見ていらっしゃるガウン姿の武様のお姿が目に入ってまいりました。  
 
 
窓ガラスの向こうから手招きをされ、私はお部屋に呼ばれました。  
鍵を閉め、厨房の明かりを消して、足音を忍ばせてお部屋に向かいました。  
そっとノックをして扉を開けると、武様は正面に立っていらっしゃいました。  
「少し濡れているようだね。」  
私を暖かい場所まで誘ってからタオルを差し出し、微笑まれました。  
タオルを受け取り髪や手を拭う私を武様はじっと見つめておいででした。  
私が拭き終わるのを見届けると、武様は腕を伸ばして私を求められました。  
 
タオルを持ったままそっと後ろに下がった私を武様が訝しげに見つめていらっしゃいます。  
「麻由?」  
名前を呼んで首を傾げられるそのさまが愛しいと思いながらも、私は足を踏み出すことができないでおりました。  
パーティーの終わったあと、武様のお招きでお部屋に伺う。  
私たちの初めての時と全く同じこの状況だというのに。  
たった二年しか経っていないのに、あの日の幸福と今日の心情にはなんと開きがあることかと悲しみで胸が満ちました。  
「どうした?」  
動かない私を見かねたのか、武様のほうから距離を詰められ、私達は互いに手の届く位置に立ちました。  
 
 
私はタオルを一度強く握り締め、覚悟を決めて口を開きました。  
「武様……私は今日をもってこうしてお部屋に来るのをやめさせていただきます。」  
「……何?」  
「二人でお会いするのはもうお仕舞いにいたしましょう?」  
そう言ってお顔を見上げると、武様は呆然とした様子で私を見ていらっしゃいました。  
「来春に大学を卒業なさって、いよいよ旦那様のあとを継がれるのに、醜聞などが立っては御身に関わります。  
私もこのように人目を盗んでこっそり会うようなことは……」  
「麻由!」  
強い力で肩を掴まれ、見開いた目が私を覗き込みました。  
先ほど物置部屋であったことを思い出して悲鳴を上げそうになりますが、すんでのところで堪えました。  
「僕とはもう別れたいというのか?どうしてだ?他に男ができたのか?」  
がくがくと身体をゆさぶられながら問い詰められます。  
「……いいえ。」  
力が入るお手にそっと触れ、宥めるように私は申しました。  
「男の人などおりませんわ。」  
「なら、どうしてだ?どうして急にそんなことを言う?僕のことが嫌いになったのか?」  
 
苦しそうな顔で問われるのに胸が痛みます。  
「いいえ、嫌いになったのではありませんわ。  
ただ分相応というものを考えただけでございます。  
武様?今日のようなパーティーを度々開かれるほど、武様のご将来には旦那様も大変な期待を持っておいでなのです。  
旦那様お一人だけではなく、奥様も屋敷の皆も、会社の方々もきっとそうでございましょう。」  
「………」  
「そのためには今日ご出席されていたような方々と分に合ったお付き合いをなさいませ。  
私のようなメイドとお戯れをなさっている場合ではないのでございます。」  
「戯れ?そんなんじゃない、僕は君を……」  
「私も、今日やっと目が覚めたのでございます。  
パーティーでご令嬢方に囲まれておられる武様と、裏で働く自分を見比べて思い知りました。  
武様、どうかお聞き届けくださいませ。  
二十歳のあの時から今までのことは夢だったのでございます、どうかお忘れになって……」  
「嫌だ!」  
力強い手が私を包み、折れそうなほどギュッと抱き締められました。  
「武様……」  
私の肩口にお顔を埋め、放そうとしてくださらない武様のお姿。  
愛しい方を傷つけてしまった悲しみに、申し訳ない気持ちで一杯になりました。  
 
 
「夢なんて言わないでくれ……。確かに、僕と麻由とでは立場が違うのかもしれない。  
でも、僕が君を好きになったのは決して生半可な気持ちからじゃないんだ。」  
「……はい。」  
「情けないが、確かに今の僕には君に将来を誓うことができない。  
まだ僕は無力で、本当に会社を継いでやっていけるのかどうかもあやふやな半人前だ。  
だから君が不安に思って離れようとするのは当然だと僕も理解し……」  
「いいえ!」  
 
涙をこらえて訥々とお話になる武様の声を聞き、私は反射的に否定の声を上げてしまいました。  
「私は武様のお心や将来性を疑って申し上げたのではございません。  
そうではなく…………」  
自分の手が何かに操られたように武様のお背に回り、キュッと抱き締め返すのを感じました。  
腕に感じる温かさに、武様を説得しようと並べていた自分の言葉が急に虚しくなってまいったのが分かりました。  
 
 
必死に取り繕っていたものが、ぽろぽろと剥がれてゆきます。  
長い沈黙のあと、私は心を落ち着けて口を開きました。  
「……申し訳ございません、私は嫉妬していたのかもしれません。」  
醜いこの気持ちを認めたくなくて、分相応などという言葉を使って武様から離れようとした。  
うわべの言葉を並べて武様を説得申し上げることで、情けない自分の本心を覆い隠そうとしたのでございましょう。  
「……嫉妬?」  
武様がお顔を上げ、正面から私をお見つめになりました。  
「ええ。私の身も心も全て武様のものなのに、武様には私のものにはなっていただけない。  
そう思って、武様と添い遂げる資格をお持ちのご令嬢方にも、そして武様ご自身にも嫉妬心を持ってしまったのだと思います。」  
再び強く降りだした雨の音を聞きながら、私は目を伏せて搾り出すように言葉を続けました。  
「武様のご将来を考えて……などと生意気を言って申し訳ございませんでした。  
お許しくださいませ。」  
お背に回した腕を解き、少し距離を取って一礼いたしました。  
「麻由……」  
切なく名を呼んでくださるその声に、また申し訳なさが湧いてまいりました。  
 
私が学校を出てお屋敷で働くようになったのは、こちらで自分を磨き、少しでも武様に近づけるよう精進したいという気持ちからでございましたのに。  
そう遠くない過去にこう決意したのに、私は無様にくじけてしまい、こうして弱音をはいて武様に困ったお顔をさせている。  
情けなく悔しい気持ちで一杯になりました。  
「武様は素晴らしい方でございます。麻由は武様のお力やお人柄に不安を感じたことなどございませんわ。  
私が自分の至らなさを二人の距離にすり替えて、勝手に壁を作っていたのでございます。」  
「……本当なんだね?もう二人で会わないなんて言わないんだね?」  
「ええ。」  
私の返事をお聞きになった瞬間、また武様は私を強く強く抱き締め、唇を重ねられました。  
 
 
 
「んっ……んっ……」  
服を脱ぎ、下着姿になった私は武様の脚の間に顔を埋めておりました。  
いつもは促されてからするその行為を、今日は私のほうから願い出たのです。  
前をくつろげて取り出した武様のものを、そっと手で包みました。  
根元に指を這わせ、擦り上げるとベッドに座っておられる武様の身体がビクッと動きました。  
思わず舌と指を離して見上げると、眉根を寄せて我慢しておられるような武様のお顔が目に入ります。  
「手が冷たかったでしょうか?申し訳ございません。」  
慌てて謝ると、武様は私の頭をゆるりと撫でて固い表情で呟かれました。  
「大丈夫だから、続けてくれ。」  
その指示に従い、私はまた目の前のものに視線を戻します。  
手の冷たさが早くなくなるようにと願いながら、それを握って口に含みました。  
 
 
「っ……」  
小さく息を飲まれるのを感じながら、固くなっていく武様のものに吸い付いて頭を動かします。  
口の中に武様のものが深く入るとき、湿った音が漏れて耳に届きます。  
「ん……く、っ……ん……」  
それが恥ずかしく、音が出ぬようにと頭を前後に動かすのをやめ、代わりに舌で舐め上げました。  
「ぁ……麻由……っ…」  
武様が吐息混じりにそうおっしゃるのが聞こえます。  
ガウンの上に置いた、私の左手を握る武様のお手に力が入るのが分かりました。  
気持ちよくなって下さっているのでしょうか。  
 
こういった「ご奉仕」をするようになって少し経ちましたが、私はまだまだ未熟なのだと自負しております。  
いつも私を感じさせようと色々武様が試されるように、私も気持ちよくなっていただくためにあれこれやってみなければ。  
私は思いつくままに、武様のものを深くくわえ込んで上顎で擦ったり、くびれた部分に舌を絡めて撫で上げました。  
自分にはないこの器官に快感をもたらすのにはどうすればよいのかと考えながら。  
「……あ……っ……」  
武様が大きく息を飲み、私の後頭部に腕を回してグッと押し付けられました。  
そのまま前後に動かされ、ますます武様の息が荒くなっていくのが分かりました。  
「はっ………麻由、っ…………!」  
口の中で大きく武様のものが跳ね、温かく苦いものを吐き出したのを感じました。  
武様は身体の力を抜かれ、息を整えながら私の頭を優しく撫でてくださいました。  
 
 
 
「ああぁ………んっ……あんっ!」  
後始末を終えた後、武様は私を抱えてベッドに上がられ、後ろから抱き締められました。  
そのまま脚の間と胸に手が這い、ゆっくりと触り始められました。  
下着越しという弱い刺激でありながら、私の身体は武様のお手に敏感に反応し、熱い吐息を零しました。  
「ひゃぁ……あん……ぅん……あん……」  
指を立て、布の上から胸の先をくりくりと弄られ、身を捩ります。  
武様にお尻を押し付ける格好になり、慌てて身体を戻そうとするのですがお手に阻まれてできないのです。  
背中や肩口を何度も強く吸い上げられ、ピリッとした痛みが走ります。  
「っ……う……あ、はっ………」  
脚の間でうごめく武様のお手が下着のクロッチの部分をなぞります。  
それだけで私のそこは期待にわななくのですが、軽く撫でただけでお手が離れて内股のほうに移動してしまいました。  
「あ、なんで……」  
思わず不満の声を上げてしまい、唇を噛んで俯きました。  
そこじゃなくて、もっと中心を触っていただきたいのに。  
溝をなぞり、敏感な突起に触れて刺激していただきたいのに。  
 
「ん……あっ……んっ……んっ……」  
下にあったお手が移動し、両方の胸を包み込みます。  
手の平全体で揉まれ、下からすくい上げられ、先を捉えられました。  
快感に首がのけぞって、背中を武様のお胸に預けてしまいます。  
「あっ……やっ……ん……」  
胸の先を摘まれ、擦り合わせられ、指を離してからちょんちょんと触れられて。  
私の身体は高まりながらも、もっと強い刺激を欲して震えておりました。  
下着を取って、直接触れてもらいたい。胸のお手を移動させ、脚の間にも触れてもらいたい。  
ただそのことばかりで、私はもう他に何も考えられなくなっておりました。  
 
 
「……武、様っ……」  
私は右手を持ち上げて武様のお手を掴み、胸元から下着の中へ滑り込ませました。  
熱いその指が直接胸に触れ、快感に叫びそうになるのを危うく堪えました。  
「ああ……」  
お手が外れないようにと左手も使って押さえ、快感に身を震わせました。  
このまま触って……とねだった積もりだったのに、すぐに武様は無理矢理お手を抜かれてしまいました。  
「いやっ!武様……意地悪しないでくださいませ。」  
胸に感じた体温が急に消えたのに淋しくなり、私は抗議の声を上げておりました。  
もう一度、と離れたお手を掴み胸に近付けます。  
あとちょっとで触れるというところで力を入れられ、手が近付くのを止められた武様との力比べになりました。  
「武様……っ……」  
「さっきはあんなに僕から離れると言っていたのに、こうなったら自分から手を掴んで押し付けるのかい?」  
縮まらない距離にやきもきする私の後ろから聞こえた声に、私ははっと息を飲みました。  
「も、申し訳、ございませ…っ……」  
私は恐縮して力を抜き、掴んでいたお手を離しました。  
「僕はさっき本当に心臓も止まる思いだったんだ。それを分かっているかい?」  
「……はい。」  
「もう二度とあんなことは言わないね?」  
「……はい。二度と申しません。」  
「今後、僕が麻由を求めたら、拒否するのは許さないよ?」  
「……承知いたしました。」  
神妙に頷くと、武様は私の手を握り締められました。  
 
「はぁ……あっ……あ……」  
下着をはぎ取られ、武様のお手が直接私の肌に触れました。  
胸の先を弄られて私はまた切ない声を上げました。  
「んっ!………あ……ふっ……」  
そして、待ちわびていたそこへと武様のお指が伸び、届きました。  
そのまま上下に沿って動かされるのに、堪らない気持ちになります。  
私はもう恥ずかしさも忘れ、そこでうごめく武様のお手に自分の手を重ね、強く押し付けました。  
「武様……んっ……」  
もっと、と言葉ではなく行動でねだります。  
「今日の麻由は大胆だね。」  
嬉しそうに武様が仰り、私の望むように刺激を強くしてくださいました。  
「あっ……ああ……ん……」  
「ほら、ここがヒクヒクしているのが分かるかい?」  
与えられる刺激に反応する私のそこから溢れる蜜を指に絡められ、敏感な突起にそっと触れられました。  
「あっ!……あぁん……あっ……あっ……」  
お手の動きに沿って私の腰はさらなる快感を求めて動きます。  
「んっん……あ…っ……はぁん……ぅん……」  
「麻由……そろそろ、イくかい?」  
いいえ、もっと。焦らされた分だけ、長く感じてからイかせてくださいませ。  
そう申し上げようとした一瞬前、武様は突起を強く擦り上げて、私をあっけなくイかせてしまわれました。  
 
 
達した私は力なくぱたりとベッドの上に倒れてしまいました。  
気持ちよかったけれど何となく物足りず、もどかしい思いでした。  
後ろでごそごそと音をさせ、武様が準備を整えておられるのを背中で聞いておりました。  
「……麻由、こっちを向きなさい。」  
それに従い手を付いて振り向くと、武様はベッドに足を伸ばして座っておられました。  
「ほら、早くおいで。」  
そう仰ると上体を倒され、仰向けに寝転ばれました。  
「え……」  
いつもと違ってただ待っておられるそのさまに戸惑い、私はしばらく動くことができませんでした。  
 
「欲しくないのかい?」  
その言葉に反射的に武様のものに目を遣ってしまった私は真っ赤になって俯きました。  
欲しくないわけがありません。  
あの逞しいものに貫かれて、武様と一つになりたい。  
先ほどの愛撫で満たされず身体に燻る情欲を鎮めて欲しい。  
 
 
私はそろそろと起き上がり、武様の脚を跨いで膝立ちをしました。  
下に手をついて身体を支えながらと思ったのですが、それでは身体が安定せず。  
武様のお腹に一旦手を置き、右手で自分のそこを開いてゆっくりと腰を下ろしました。  
「っ……ああ……」  
自分の中を満たすそれに、安堵の息が零れました。  
そのまま前に倒れこみ、武様とぴったり身体を合わせます。  
両手で頬を包み、そっと口づけをしました。  
「ほら、自分で動いてみなさい。」  
そっと背を撫でられ、そう囁かれました。  
 
 
「んっ……く…っ……ん……」  
上体を起こした私は、おそるおそる腰を動かし始めました。  
向かい合って身体を重ねたことはありますが、武様が寝ておられる上に私が跨って……というのは初めての経験でした。  
支えのない身体は左右にぶれ、快感をもたらすほどの動きができません。  
それがもどかしくて、唇を噛み締めました。  
「麻由……」  
武様が私の手をお取りになり、開いて指を絡ませてくださいました。  
そのまま少し手をお引きになり、絡んだ手は武様のお胸の辺りまで連れて行かれます。  
「ほら、これで動いてごらん。」  
肘をベッドに付かれ、そう仰るのを聞いてまたそろそろと私は腰を動かし始めました。  
 
少しだけ前方に倒れた体が、手を繋いでいただいたお陰で先程よりも安定するのを感じました。  
思い切って大きく腰を動かすと、快感がそこから背筋を上って息を飲みました。  
「ん……んぁ……あん!…ぁう…ああ……んっ…」  
繋がったそこからくちゅくちゅと音が漏れ、耳に届きます。  
ですがもうそれを恥ずかしいと思うことすらできませんでした。  
 
 
「あん…あぁ…武様…っ……っん…はぁんっ!」  
私を支えていただいていた腕をベッドに押し付け、私は上体を倒しました。  
そのまま武様のお胸に自分の胸を擦りつけ、更なる快感を求めたのでございます。  
「はぅっ……あん!んんっ!あん!あんっ!」  
絶頂を迎えようとするそこがギュッと収縮し、武様のものを強く締め付けました。  
「あ!…ああ…もう………あぁんっ!!」  
お身体にしがみ付き、私はそのまま達してしまいました。  
武様もほぼ同時に絶頂を迎えられ、薄い膜越しに私の中に放たれました。  
 
 
 
ぐったりとした私は、武様が後処理をして布団を掛けてくださるのを夢うつつに感じておりました。  
今日は本当に何と目まぐるしい一日だったことでしょう。  
「麻由……大丈夫かい?」  
武様が優しくお声を掛けてくださいます。  
「……はい。」  
布団をめくり、隣に横たわられた武様にキュッと抱きつきながら私は答えました。  
「先程は本当に……申し訳ございませんでした。」  
お胸に顔を埋め、くぐもった声でそう申し上げました。  
「ああ、それはもういいんだ。」  
私の背を撫でながら武様はそう仰いました。  
「でも……」  
 
「父の勧めだとしても、僕はそう簡単に婚約したりしないよ。  
学校を出たら必死に働いて、少しでも早く自分の意見を通せるように発言力を身につける。  
そして、自分が心から大切に思っている人を妻に迎えるつもりだ。  
……だから、それまで待っていておくれ。」  
武様が仰ったのは、それこそ夢物語としか思えないようなこと。  
ですが、今の私にはそれが耳に心地良く、そうなればいいと心から願いたい気分でございました。  
「はい。私はずっと武様のものでございますから。」  
微笑んでそう申し上げ、私は目を閉じました。  
雨音が止んだのはいつだったのだろう?と思ううち、眠りに落ちていきました。  
 
 
 
翌朝、お部屋を辞した私は仕事が始まる前にメイド長の前に立っておりました。  
昨日パーティーのお客様に襲われかけたことを話すためでした。  
話し終わったあと、メイド長からはすぐ報告しなかったことについてくどくどとお小言がありましたが……。  
私に大事がなかったことを確認すると、労いの言葉がかけられ、それに少し救われました。  
それ以降、パーティーの時には無関係のお部屋には施錠し、具合が悪くなったお客様をお通しする部屋も厳密に決められました。  
対応するときも男女の使用人がペアで当ることになり、以後の危険は回避されたのでございます。  
 
──終わり──  
 

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