自分が「人間」ではないことは物心つく前にはすでに気付いていた。  
もっとも自分が狼人間、いわゆる「人狼」であることを明確に知ったのは  
物心ついてしばらく経った後だったみたいだけど。  
 
初めて「血」が高ぶり転化したの時のことはいまでも覚えてる。  
まるで今まで殻の中に閉じ込められていたのが、殻が弾け飛んで世界が一気に広がる感じ。  
 
そうして初めての転化を終えた次の日、父も母も全てを打ち明けてくれた。  
自分達は「幻想種」と呼ばれる、御伽噺や空想の話に出てくる架空だと思われているイキモノなのだと。  
 
 
そして幻想種はほかにもいくつか種族があるらしい。  
今現在私の知っている種族は竜・妖精、そして人狼。  
 
それらの種族は、あるものは同種族で集落を作り、表向きは「閉鎖的な人間の村」を装い、  
あるものは人間社会に溶け込み、ひっそりと暮らしていると言う。  
ここで注訳が入るが、幻想種は「人間になることが出来る」と言う能力を標準装備している。  
 
人狼はもちろんのこと、竜や妖精も日常生活を送るに当たって人間の姿をとっているそうだ。  
 
ただ幻想種、とくに人狼は「月の光」に弱い。  
よくは分かっていないそうだが、  
月の出ている間は、その満ち欠けにもよるが種族としての「本能」が疼くのだ。  
満月の夜にもなると、自制の効かない子供なんかは高ぶる本能そのままに暴れるらしい。  
 
らしいと言うのは私には暴れた記憶がほとんどないからだ。  
2回目の転化をした時、いきなり「本能」を制御しようとしたのは私以外にはほとんど居なかったらしくて、  
それゆえ私には他の人狼よりも、半獣形態が理性の象徴である人間の形態により近づいた。  
そして逆に半獣の状態はもちろん、人間の状態でも身体能力が他の人狼に比べおちたのだろう。  
 
 
などということを、目の前に積まれたハンバーガーの山のうち、三つほどを片付ける間に考えていた。  
 
「にしてもよく食うねぇ」  
 
あんたに言われたくない。  
人狼は変身した次の日、異様におなかがすくのだ。  
その私と同じスピードでハンバーガーの山を崩していく人間のほうがどうかしている。  
 
私と対面の席に座ってハンバーガーを食べ続ける彼の名前は、守久瀬亘人(かみくぜ こうと)。  
彼とはその・・・・・と、友達だ。  
ちなみにクラスメイトでもある。  
なぜ彼が制服を着ているかといえば、今日は土曜日で午前中は授業があったからだ。  
逆に私が私服なのは、その午前の授業をサボタージュしたため。  
 
あんな事があったあと、人に見られないように帰宅して、  
そのまま昼間で熟睡していたのだ。  
そのあとシャワーを浴びて、昨日のことはスッパリ忘れることにした。  
満月とその前後の夜に裏山へ行かなければアイツに出会うこともないだろう。  
もし昼間に会ったとしても、人前で騒ぎなんて起こせないだろうから問題ない。  
 
コート(亘人)から「その話」を聞くまで、私はそう思っていた。  
 
「・・・・・・・は?」  
 
「だから、今日中等部に転校生が来たらしいぞ。帰国子女で赤毛の美少年だそうだ」  
 
中等部、少年、赤毛・・・・・・・・・  
 
まさかとは思いつつ、全身をヤな汗が流れるのを止められない。  
 
ちなみに私たちの学校は私立で、高校までエスカレーター式だ。  
仕切りはあるものの、中等部とは隣り合わせに立っている。  
 
騒ぎを起こすことはないと思えど、アイツと朝夕顔を会わせる事になりかねないと考えると、今から憂鬱な気分になってきた。  
それだけではなく、隙があればどんなことをされるか、考えるだに恐ろしい。  
 
「おいアヤ、どうした?」  
 
すこし難しい顔をしていたようだ。  
コートが心配そうな顔でたずねてきた。(その間もハンバーガー食る手を止めていないが)  
 
アヤとは私のこと。  
そういえば自己紹介が遅れていた。  
私の名前は大上千綾(おおがみ ちあや)。  
式森学園に通う高校2年生。  
あまり顔を出さないようにしているが、一応柔道部に所属。  
成績はまあまあといったところか。  
 
お茶を濁してなんでもなかった風を装い、ハンバーガーを食べるのを再開する。  
ん〜、これだけ食べても夕方まで持たないかも知れない。  
ナゲットか何か、追加してこようか・・・・・・?  
 
その時、視界の影に忘れられるはずもない、『赤』が映った。  
動きの止まった私の視線を追い、コートもアイツを見る。  
 
「お、もしやアレが噂の少年か。・・・・・・・・・・ん?」  
 
今度はコートが難しい顔をした。視線はカウンターに並んでいるアイツに向けたまま。  
・・・・・・・・・・まさか、そっちの「気」は無いわよね・・・・・・・・?  
と、とにかくここから離れた方がいい気がする。それはもう、ひしひしと。  
 
「出るわよ」  
 
「あ、ああ」  
 
ハンバーガーの山の残骸を処分してコートを促し、私たちはカウンターからは見えない出入り口から外へと出た。  
 
「さて、今日はここでお開きかね?」  
 
しばらく歩いた後、コートが言った。  
アイツが追ってくる気配は、ない。  
あそこに居たのは偶然だったのかも知れない、などと思っていたときのことだった。  
・・・・・・・・・・あ。  
 
「待って!」  
 
予想外に大きい声が出て、自分でもびっくりする。  
それはともかく、声が震えていないことを願いつつ、言った。  
 
「アンタのうち、寄ってもいい?」  
 
 

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