駆け出して、校門を出る直前だったと思う。
屋上に人影があることに気づいたのは。
最初に思ったのはイジメかも、と言うことだった。
鍵が閉められて、屋上に締め出されているとか。
どの道気づいた以上、ほおっておくことはできなかったし、
このまま迷ってても濡れいくだけだし。
で校舎に戻って屋上へ行ってみれば、
鍵は開いていて(本来施錠されているはずだと、以前聞いたことがあるにもかかわらず)
そこにはこの男がずぶ濡れで立っていたのだった。
その後のやり取りはあまり覚えていない。
その更に後のことが印象に残りすぎた所為だ。
同じクラスの男子で、このときは目立ったところも無く、私の印象には残っていなかった。
とにかく「何をやっているのか」とたずね、
「雨が止むのを待ってる」と答えてきたと記憶している。
「すでにずぶ濡れならとっとと帰ればいいのに」とは思ったが口にはしなかった。
その時だ。
突然雨が止み、空が晴れ渡った。
「雨は好きじゃない。でもたまには雨に降られてみるのも悪くないもんさ」
他の建物の邪魔が入らず、切れ目の無い『虹』を見ながら、
そのときはまだ名前もしらなかったコイツはそうとだけ、呟いた。
そう、コイツはただ虹を見るためだけに、学校の屋上でずぶ濡れになっていたのだ。
雨が止むまで屋内で待っていればいいものを、まるで虹が出る瞬間を見逃すのを惜しむように。
当たり前の話だが、昼時の太陽は南にある。そして虹は太陽とは正反対の場所にできる。
つまり、ちょうど学校の北側にある裏山にかかるように虹は出ていた。
その後、(結局濡れたせいで)私の制服(夏服)が透けてるとか、お約束な出来事があったがそれはともかく。
次に会ったのは翌日だった。
虹を見たのがちょうど満月の日で、その夜も私は裏山を駆け回った。
(昼間思いっきり濡れたものの、幸い風邪は引いてなかった)
そしていつものように、
ファーストフード店でハンバーガー山盛りをもくもくと咀嚼してる時にさっきのように向かいの席に座ってきたのだ。
「よ、久しぶり」
そんなことを言っていた気がする。
丸一日を「久しぶり」と言うか疑問に思ったがそこはスルーして、
しかし不思議な感覚を感じていた。
常日頃、私は感情を周囲の雰囲気に合わせていた。
誰かがそばに居る時は常にその誰かの顔色を伺い、誰も居ない時は空虚だった。
でもコートは、彼と一緒に居る時だけは、自然体で居ることができたのだ。
そんな空気は嫌いじゃなくて、気が付けば満月の次の日に彼と会うのが恒例となっていた。
何故その日なのかは私にも分からない。
ただ、彼は学校が終わるとすぐにどこかへ消えてしまうし、家の場所も知らなかったから、
例の日を除くとほとんど会う機会もなかった。
携帯の番号やメルアドを聞いて見た事はあるのだが、
驚いたことに携帯電話を持っていないらしいし。
そういえば一度、彼を同族じゃないかと疑ったことがあった。
なんせ学校以外で会うのが月に一度、それも満月の次の日に限定されているからだ。
判別する方法は簡単。
満月の夜に、抜け毛か切り取った髪の色が変われば同族だ。
自分で試したことがあるのだが、変身するときには抜けた毛も、切り取られた髪もしっかりと色が変わっていた。
しかし結果はノー。
体育の時間にこっそり更衣室に潜入してまで入手した抜け毛は、何の変化も起こさなかった。
(ちなみに制服(名札つき)に付いていた毛なので他人のものとは考えにくい)