部屋に入るなり、何かが違うと気がついた。  
 いつも見慣れたものが、見慣れた場所にない。  
 妙にこざっぱりしている。  
 
「あれ? なんか片づいてるし」  
「ああ。掃除した」  
 
 普段は机や床の上に散乱しているディスクやマンガが、今日はきちんと整頓されていた。  
 無造作に積まれていた本は、きちんと本棚に収納されている。  
 鞄もフタを閉じた状態で机の脇にかけられている。  
 いつもなら床の隅でフワフワと遊んでいるホコリの塊も見えない。  
 私が腰を降ろしたベッドも、洗濯済みのカバーに換えられていた。  
 
「青天のへきれき?」  
「オマエが掃除しろっていったんだろ」  
「そうだっけ?」  
「ちょっと、嘘だろー。部屋が汚いってキれてたくせに」  
「キれてないよ」  
「キれてましたぁ。『汚穢部屋』とまでいってたぞ」  
「おー、そんなこといってたか。さすが私、的確な表現だなぁ」  
「って、そこまで酷くはないはないだろ、普段だって」  
「十分酷いっすよ。最初、素で驚いたもん。女連れ込む部屋がこれでいいのか、って。はっきりいって、ガッカリだし」  
「だから、今日は掃除したっつーの。っていうか『連れ込む』とかいうな」  
「ま、キミも少しは成長するってことだね、よしよし」  
 
 ケンジは黙り込み、ふてくされた顔で溜め息をついた。  
 別に私は、意地悪したいわけじゃない。  
 実のところ、それほど残念だったわけでもなかった。  
 男の部屋が多少散らかっていても、そんなもんだろうと思う。  
 少なくとも、三歳下の弟の部屋と比べれば随分マシだったりする。  
 確かに、あちこちに点在するホコリ溜まりや、脱いだまま放置されたTシャツとかは、多少気になったりもした。  
 でもまあ、習うより慣れろだ。――って、違うか。  
 ベッドに入っちゃえば、それどころじゃないわけだし。  
 
 とはいえ、私としてはようやく最近、思ったこと平気で言えるようになったのが嬉しい。  
 こうやってポンポンいいあえるというのは、多分仲のいい証拠だと思う。  
 それに今日は、結構気を使って貰っている気もする。  
 部屋が奇麗になっていたのが私のためだと思うと、くすぐったい感じだ。  
 たぶん、ケンジも私と同じ気分なんじゃないか。  
 二人きりになるのは結構久しぶりだったりして。  
 こっちはそれなりにドキドキしていたりもするわけだ。  
 ただ、私ってヤツはそういうの素直に表現するの、圧倒的に苦手だからなあ……。  
   
 ケンジが黙ったまま、ミニコンポのスイッチを入れた。  
 煩くない程度の音量で、曲が流れる。  
 私がヤツに勧めたUKバンドの、メロウなナンバーだ。  
 見え見えだけど、嬉しがってる私がいる。  
 そのままヤツが隣に座った。  
 そっと肩に手が置かれた。  
 ――あ、すぐにするのね。  
 そう思った次の瞬間、唇が重なっていた。  
 私はヤツに抱かれたまま、ゆっくりとベッドへ仰向けになっていた。  
 
 ケンジの顔が熱を持っていた。  
 私の顔も熱い。  
 唇を舐められた。  
 すぐに舌が入ってきて、舌が絡まりあった。  
 自分の鼻息が荒くなるのが、まだちょっと恥ずかしい。  
 顎から喉元にかけて、何度もキスされた。  
 目を開けていることはできない。  
 顔の熱が、全身に広がっていく。  
 きつく抱きしめられ、身体の力が抜ける。  
 耳元で囁かれた。  
   
「したかった」  
 
 ぞくっとした。  
 小さく「うん」と答えた。  
 そう答えると、妙な安心感に包まれた。  
 逆に、今の今まで、焦りに似た小さな緊張を感じていたことに気がついた。  
 興奮は徐々に大きくなっている。  
 それでも私は、ほわほわとした幸福感とともに、ゆったりとくつろいだ気分で、どこか愉快な感じも味わっている。  
 私だってしたかった。  
 もしかしたら、ケンジ以上に私の方がしたかったかもしれない。  
 とはいえ、どっちがより「したかった」か張りあうつもりはない。  
 大体、そんなことを声高に主張するの、どうよ?  
 
 だから、「私もしたかった」と、ただそう伝えるに留めた。  
 ケンジは私と同じように小さな声で「うん」と答えた。  
 ヤツは身体を起こし、私の顔をじっと見つめてくる。  
 何を考えているのか、真面目な顔だ。  
 不思議な静寂が過ぎ、唐突に口が動いた。  
   
「というわけで、今日はいつもよりエロくするから」  
 
 そういって、ヤツは小さく微笑んだ。  
 一瞬、わけがわからなかった。  
 ついさっきまでのゆったりとした気分は、跡形もなく消し飛んでいた。  
 ケンジが早口で言った。  
   
「マリってさ、すぐに『いや』とか『ダメ』とかいうじゃない? でも、本当にNGなのか、イマイチわからないんだよね。だから今日は、『気持ち悪い』といわれない限りやめないから」  
 
 ケンジの顔には変な笑いが浮かんでいる。  
 でも、目だけは笑っていない。  
 どうやらコイツ、本気と書いてマジらしい。  
 なんかちょっと怖いんですけど。  
 大体、アンタが左手に持ってるそれ、何?  
 もしかしてロープ?  
 そんなもの、どっから出した?  
 っていうか、どうする気?  
 ――あ、あの、これってヤバくないっすか?  
 
「ちょ、ちょっ、あ、馬鹿、やめ……」  
 
 うろたえきったセリフを言い終わらないうちに、手首を引っ張られた。  
 気がついた時には、セーターの袖の上からロープが回されている。  
 両手首をXの形に重ねてぐるぐる巻きにされ、縦にも同じようにロープが巻かれた。  
   
「痛くない?」  
 
 そう尋ねる声はいつもとあまり変わらない。  
 何か私にいいたいことがあるとか、怒ってるわけでもなさそうだ。  
 ケンジはこれといった動揺も激しさも見せないまま、私の両手を縛り終えていた。  
   
「痛くはないけど。でも、何か変なことされてるんだけど……?」  
「別にヘンじゃないっしょ。縛ってるだけで」  
 
 手首が引っぱられた。  
 余ったロープでベッドのパイプに固定された。  
 パイプからほどけないことを確認し、ケンジがベッドを降りる。  
 横から、ヤツの顔がアップになった。  
 またキスされた。さっきよりもディープなキスだった。  
 身体の奧で、熱く緩む感触があった。  
 たっぷり舐め回され、絡めた舌を吸われた。  
 ようやく唇が離れた時には、すでに私の息は乱れきっていた。  
   
「これって、その、……SMってヤツですか?」  
「マリがSMだと思うなら、そうなんじゃないの? まあ、ソフトだけど。……で、当然、縛られてるマリがMの役だよな」  
「そんな、別に私はMでは……」  
 
 反論するヒマもなく、再び唇をふさがれた。  
 セーターの上から胸をまさぐられる。  
 やがてヤツの手が下に移動した。  
 セーターをめくり上げようとしている。  
 
 あの、これ、結構お気に入りのニットなんですけど?  
 私は背中を浮かせたり身体を左右に転がしたりした。ヤツがセーターを脱がすのに協力するためだ。  
 というのはもちろん「セーターを守りたい」というのが理由。ただ、それだけだ。  
 セーターをたくしあげ、その下のシャツにケンジの指が伸びる。  
 ゆっくりと、ボタンを外された。  
 シャツが左右に開かれる。  
 ――でもまだその下にTシャツ着てるもんね。  
 セーターは胸の上に押し上げられ、くしゃくしゃになっている。  
 医者に診察受ける時みたいな変な恰好。  
 っていうか、手際が悪すぎだよ、私のカレシ。  
 マジ、SMへの道は遠く険しいみたい。  
   
 私が頭の中で余裕ぶちかましている間にも、ケンジは黙々とSM道を邁進中だ。  
 ジーンズからTシャツの裾を引っ張り出し、セーターと同じように引きずり上げようとする。  
 結論。――手首を縛る時は、服を脱いでからがベター。  
 いやいやいやいや、この次はないぞ、私の予定には。  
 というわけで、仕方なく私はまたもや、背中を浮かせたりしてヤツに協力する。  
 この次はないんだから、今日のところは好きにさせてやるか、みたいな。  
 って、本当にそれでいいのか、私?  
 
 まだ十分、冷静なつもりだった。  
 だけど、ケンジの指がお腹や脇に触れた途端、自信がなくなった。  
 肌に直接触られたら、どうしたってやっぱりビクっとなってしまう。  
 素肌が外気に晒され、一瞬鳥肌が立つ。  
 普段だったら、この状態でケンジに抱きつき、布団の中に潜りこめばそれでいい。  
 だが、今日はそれもできない。  
 手首を縛られただけで、予想以上に行動が制限される。  
 囚われの身って、こういうことかと妙に納得。  
 っていうか、メチャクチャ恥ずかしいんですけど。  
   
 ここへきて、ひとつ後悔した。  
 なんとなく予感と期待があったから、今日は“お気に”のブラなわけだけど。  
 ……フロントホックだよ。  
 というわけで、いとも簡単に胸を露出させられた。  
 ケンジは鼻の下伸ばしている。  
 ヤツもそっちの方が楽だろうなんて、変なサービス精神発揮したのは大きな間違いだった。  
   
 部屋はカーテンを引いて暗くしてあった。  
 とはいえ、これまでこんな風にまじまじと見つめられたことはない。  
 さっきもいったが、普段はすぐに布団の中に潜り込む。  
 別に「テンション上がりまくって」というわけじゃない。  
 って、まあ、そういうこともなくはないかもしれないが、一番大きな理由は「恥ずかしいから」だ。  
   
「っつ、ジロジロ見るなよ」  
「奇麗だし」  
「馬鹿、やめれ」  
「いや、やめない」  
 
 なんか、今日のケンジは可愛くない。  
 つか、目が笑ってなくて怖い。  
 マジだよ、こいつ。マジ、ヤバいって。  
 
「ひゃっ」  
 
 変な声が出た。  
 ケンジに、胸をつかまれたからだ。  
 ゆらゆらと揺らすように揉まれた。  
 徐々に息が乱れ出す。  
 左右の膨らみを、指先でつーっとなぞられた。  
 それだけで一瞬息が止まる。  
 なんか、いつもより、感じる。  
 腕を頭の上で縛られているせいか、乳房の表面が張っている感じ。  
 そこを撫でられて、いきなり息が荒くなった。  
 膨らみを辿る指先が、乳首に届いた。  
 その途端、勝手に声が出た。  
 ケンジの指がそこを弾くようにしてくる。  
 気持ちいい。どんどん快感が大きくなる。  
   
「ほら、もう乳首が固くなってる」  
「ば、ばかっ」  
 
 そういうことは頭の中だけでいえっ。  
 っていうかケンジ、クリ・フェチじゃなかったのか。  
 もちろんそんなこと問いただしたりはしないけど。  
   
「マリってホント、感じやすいよな」  
   
 えええ、そうですか? そうなんですか?  
 もしかしたらそうかもしれないけど、そんなこと比較のしようがないわけで。  
 つか、胸触られただけで、頭に靄がかかったみたいになっているし。  
 お腹の奧で、熱が膨らんでいく。  
 身体がびくびくして、声も出てしまう。  
 そんなところを、全部見られているのもたまらなく恥ずかしい。  
 
「いや、もうやめっ」  
「抵抗できないマリって、すげー可愛いんですけど」  
「ばかっ」  
 
 ケンジは横から私に抱きつき、胸に顔をうずめた。  
 すぐに、乳首が吸われた。  
 鋭い快感が走った。  
 
 ――馬鹿、それ、スレ違い。  
 
 意味不明の考えがよぎった。  
 だけど、気持ちよすぎて抵抗できない。  
 頭の中も身体も、激しく興奮している。  
 多分、間違いなく、今日はイっちゃう気がした。  
 というより、イかされる。……そのことがちょっと怖い。  
 期待はしてた。予感もあった。  
 だけど、こんな風にされる予定はまるでなかったわけで。  
 ただ手首を縛られ、上半身を愛撫されただけで、ヤバいくらい感じている。  
 この状態で「あれ」をされたら、私はどうなってしまうんだろう?  
 
 両手で胸を揉まれながら、たっぷりと乳首を舐められた。  
 裸見られるのは今だって恥ずかしいし、縛られて身動き取れないのはちょっと悔しい。  
 でも、私はすでに半ば朦朧となっていた。  
 何もかもどうでもいいくらい興奮してるし、全身が敏感になっている。  
 まだあそこは触られていないけど、もう後戻りできないところまで気分が高まっている。  
 キスされて、後は胸を愛撫されただけだ。  
 なのに、もうイきたくなってる。  
 こんなのは初めてだ。  
 快感が大きくなるのが早い。  
 早くて、それにいつもより大きい。  
 ケンジは再びベッドサイドに立っている。  
 私の足下にまわり、ジーンズを引きずり下ろそうと格闘中だ。  
 ジーンズのボタンが外され、ファスナーが下ろされた。  
 きしきしとベッドが音をたてる。  
 足下にケンジが上がってきていた。  
 ジーンズの腰をつかんで、ずりずりと脱がされる。  
 腰を浮かせなきゃならないのが、やっぱ恥ずい。  
 だけど、今の私はしっかりと協力的だ。  
 中途半端にパンツがずり下がったのはもっと恥ずかしい。  
 でも、どうせすぐに脱がされるわけで。  
 
 肌に直接、ケンジの手が触れていた。  
 おへそのあたり。  
 そこから下へ向かって、指先で撫でられる。  
 ぞくぞくするような感触とともに、興奮がまたひとまわり大きくなる。  
 パンツの上をゆっくりと移動していく。  
 下着越しだから僅かな感触しかない。  
 だけど、逆にそのことで意識が集中してしまう。  
 ケンジはすぐに、そこが湿っていることに気付くだろう。  
 恥ずかしいけどかまわない。  
 早く触って欲しい。  
 だが、私の期待は裏切られた。  
 敏感な場所に到達する前に、ヤツの動きが止まった。  
 またぎしぎしと音をたてて、ベッドが揺れた。  
 薄く目を開けると、ケンジが立ち上がっていた。  
   
「さっきもいったけど、徹底的にやるから」  
 
 私はもう、何も答えられない。  
 ヤツはニヤニヤしている。  
 だけどちょっと緊張した面持ちで、無理やり笑おうとしているようにも見える。  
 どこに隠しておいたのか、右手にはまたロープの束を掴んでいる。  
 さっきのものより長いのだろう。何重にも重ねて輪っかにしてある。  
 縛られるという、そのこと自体は怖くはない。  
 ただ、その怖くないということが不安だ。  
 っていうか、間違いなく私は「何か」を期待してしまっている。  
 今日は多分、エッチすることになるだろうと思っていた。  
 それを楽しみにしている自分がいた。  
 もしかしたら、いつもよりヤらしくなってしまうかもしれないという予感もあった。  
 でも、縛られることになるなんて予想してなかったし、それにケンジがいつもより数段ヤらしい顔になってる。  
 ヤバい。  
 何がヤバいのかはよくわからない。けど、間違いなくヤバい。  
 そう思ったら、それだけで身体の芯がきゅうっと熱くなった。  
 
 下着が下ろされた。  
 底の部分が離れる時の感触で、凄く濡れているのがわかった。  
 小さく、ケンジの喉が鳴るのが聞こえた。  
 やらしい。  
 私まで唾が湧いてきた。  
 思わずごくっと呑み込んでいた。  
 ケンジは私の膝にロープを回してきた。  
 その後すぐに、左の足首を掴まれた。  
 そこに別のロープが回される。  
 足首を、太ももの方にぐっと押される。  
 足首に巻かれたロープが、さらに太ももに回された。  
   
「え……?」  
 
 新しいロープを見たから、足を縛られる予想はしていた。  
 でも、こんな縛られ方するなんて聞いてない。  
 ロープが引かれ、きつく縛られる。  
 完全に膝を曲げた状態で、足首がお尻のすぐそばで完全に固定されていた。  
 右が終わると休むことなく左足だ。  
 同じように膝の間にロープが回され、すぐに足首と太ももが縛り上げられる。  
 多分、足をジタバタさせれば、抵抗できた。  
 少なくともそう簡単に縛られることはなかっただろうし、本気で蹴ればノックアウトできた可能性だってある。  
 でも、優しい私にはカレシの顔を蹴ることなんてできない。  
 っていうか、ほとんど力が入らない、っていうのが本当のところだけど。  
   
 だが、ヤツを蹴らなかったことを、私はすぐに後悔した。  
 ケンジが頭の方に回り、両方の膝に回されたロープを引っ張った。  
 
 「ちょ、ちょっとっ!」  
 
 両足が、びっくりするくらい簡単に持ち上がっていた。  
 ヤツは2本のロープをベッドのパイプに一周させ、ゆっくりと引く。  
 それだけで、ぴったりと折り畳まれた私の脚が、腰から持ち上がっていく。  
 ロープが太ももに食い込む痛みがある。  
 でも、痛みそのものは大したことない。  
 それよりも、この恰好はちょっと酷すぎた。  
 手と同じように、パイプに固定されるだけだと思っていた。  
 脚を開かされたりはするかもだけど、まさかこんな恥ずかしい恰好になるなんて考えてもいなかった。  
 大事なところが完全にさらけ出されている。  
 しかも、ちょっと気を抜くと、左右の脚が開いてしまう。  
 まるで、そこをつきだすみたいな形で――。  
   
「ば、ばかっ。やめろ、ヘンタイ」  
 
 今頃罵ったところで遅すぎる。でも完全にパニックだ。  
 ケンジが小さく笑った。  
   
「はい、準備完了ー」  
「な、何が準備完了だよ、さっさと縄をほどいてよ、ヘンタイ」  
「おお、全身真っ赤だ。可愛いじゃん」  
「う、うるさいっ」  
 
 顔が熱かった。  
 身体が熱かった。  
 あそこも熱くなっていた。  
 そして、つきだされた私の股間をのぞきこむように、ケンジがそこへ座り込んだ。  
 

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