風呂から上がり、髪を乾かし始めた途端に携帯が鳴った。
メールだ。他の人とは別の着メロにしてあるから、ヤツからだとわかった。
時計を見ると深夜の1時過ぎ。
メールなら、最悪私が寝ててもオッケーだと考えたんだろう。
ドライヤーを使いながら、携帯を開く。
――ん、何々?
『用件は特になし』
……って、何だ、これ?
まあ、用件がなくてもメールしてくるという行為自体は、ヤツなりの愛情表現だと思えなくもない。
そっけないところが「ヤツらしい」といえばいえるし。
だけど、そこまで好意的に受け取るのってどーよ? ちょっと、寛大すぎるんじゃないか、私。
「もう少し気の効いたメル打たんかボケ」と、文句言ったっていいわけで。
残念なメールを送ってきたのは私のカレシ、ケンジだ。
中学の時の同級生だけど、つきあいだしたのは去年から。
メールからもわかるように、基本的にそっけない。
どうやら特に私に対してそうみたい。自分の女にはクールに決めたいとか、そういう見栄みたいなものかもしれないが。
一緒にどこか行く時も、手とか繋いだことないし。
ま、私も甘ったるいの得意な方じゃないから、いいんだけどね。
ただヤツは、何かの拍子で度を超して粘着質な一面を見せることがある。
だから、クールなのは見栄というより、自分のねちっこさを隠そうとしてるんじゃないか、と私は思っている。
髪を乾かしながら、ブラッシングを終えた。
余談だけど、去年の夏前に前下がりのボブにしてから、髪の手入れが断然楽になった。乾くのも速いし。
部屋の照明を落とし、ベッドへ潜り込む。
手を伸ばして携帯を掴んだ。
メールに返事するか、それとも声聞かせてやるか――。
さっきの無意味なメール本文について、たっぷり説教してやるのも悪くないかもしれない。
でも、明日ガッコもあるし、そろそろ寝ないとマズいのも確かだ。
――ま、ここはメールにしとくか。
メール作成画面に進む。
でも、本文を打っているうちに、また着信があった。
ヤツから2度目のメールだった。
『マリクリ、起きてる? 起きてたら、返事くれ』
一瞬目が点になった。
顔がカーッと熱くなり、それから気が遠くなった。
大声で叫びだしたいような、どこかへ全速力で走りだしたいような、そんな感じ。
恥ずかしさはすぐに怒りに変わった。
これはみっちりと説教する必要がある。
メールじゃ駄目だ。直接怒鳴ってやらなきゃ気が済まない。
私はヤツの番号を選び、通話ボタンに指を乗せた。
でも、ボタンを押す直前に気がついた。
――今返事したら、ヤツの思うツボじゃんか。
そもそも、私はマリクリじゃない。
だから、このメールは私宛ではないのだ。
……っていうか馬鹿ケンジ、いっぺん死ね!
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【マ リ ク リ ・ 2】
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私の名前はマリ、「真理(しんり)」と書いて「マリ」と読む。
年齢は秘密。
っていうか、R指定とか成人指定っていうのが、本当のところ何歳以上なのか、ちょっと気になる年頃だったりするわけで。
顔は、……う〜ん、どうなんだろう?
無作為抽出された男女100人が思い描く究極の美少女の平均、……とかだったらいいんだけど。
残念ながら実際は、どこにでもいるような普通の女子だ。
ケンジの評価はまあまあ悪くないし、女友だちは可愛いといってくれるけど。
まあ、あまり期待しないでくれ、って感じで。
それはさておき、私の名前はマリだ。
マリクリなんてハンドルネームは使ったことないし、そもそもそんな言葉、聞いたこともない。
グーグルとかで検索かければ、固有名詞とかで何か見つかるかもしれない。けど、私とは無関係だ。
少なくとも私の知る限り、その言葉を使うのはケンジ一人。
しかも間違いなく私に対してだけ、そう話しかける。まるで、最愛の人を呼ぶような優しい声で。
だけど、正確には私に話しかけているわけですらない。
マリクリっていうのは私の身体の一部、つまりクリのことで……。
ああ、もう、やめやめやめ――。
とにかく、そういう阿呆なことを平気でする最低男、それがケンジだ。
馬鹿でマヌケで自分勝手でヘンタイで、粘着質なくせにクールなフリしたがる残念な私のカレシ。
って、あんまり悪口いうと、「“それ”とつきあってる私って何?」って話になるわけだけど。
っていうか、久しぶりに再会した去年の夏祭りで、「あ、いいかも」とか思った私は、どうかしてた気がする。
目の錯覚か何か、とにかく大きな勘違いをしたのは確かだ。
でも、それはこの際どうでもいい。
問題なのは、その大きな勘違いが未だに続いてるってことだ。
……あー、私って駄目な女。
先週の土曜日は、長い時間ケンジの家で過ごした。
自然に、エッチすることになった。
なんていうか、私の方もしたかったし。
エッチ自体はもう何度もしてたけど、ケンジの前で初めてイった。
それまでも気持ち良くはなってたし、もうすぐイきそうな感じになることも少なくなかった。
だから、なんとなく予感はあった。
実をいえば期待もしていた。
でも、まさか縛られるなんて思っても見なかったし、ケンジの雰囲気もいつもと違っていた。
普通の、っていうか、これまでしたのとは全然違うエッチだった。
ベッドに縛りつけられ、一番敏感な部分をたっぷり愛撫された。
簡単にイった。
その後、もういいっていったのに、舐められた。
ヤツがクリ・フェチだということは気がついていた。だけど、マジで本領発揮するとどうなるのか、思い知らされた気がする。
そこを執拗に舐められ、焦らされまくった。
私はまた高みに押し上げられ、イかされた。
それでも、まだ終わりじゃなかった。
勝手にそこをマリクリと呼び、話しかけてきた。
メチャクチャ恥ずかしかった。
もちろん返事なんかするわけない。
だけどヤツは、代わりに私が返事をするようにいった。
そして、いつの間にか私は、ヤツにいわれるまま問われるままに恥ずかしい言葉を返していた。
最後には、身体だけでなく頭の中までぐちゃぐちゃになって、またイってしまった。
気持ち良くて、もっと気持ち良くなりたくて、我慢できなかった。
自分自身が本当に、マリクリになってしまったような気さえした。
今でも思い出しただけで、顔が熱くなる。
どうかしていた。
快感に圧倒されて、わけがわからなくなっていたんだと思う。
残念なカレシではあるけれど、ケンジのことが好きだ。
あの日のことだって、別に嫌なことされたとも思っていない。
私もエッチしたかったわけだし、確かに身体の快感は未体験ゾーンだった。
でもなんていうか、あの時は感情が追いついていかなかった。
ああいうことは、そう何度もするもんじゃないって思う。
あんなの毎回してたら、身体も頭もどうかなってしまいそうだし。
とはいえ、終わった後の全身の気怠さを思い出すと、今でも微かにほわんとした気分が蘇る。
それは単純に幸福で、なんかニマッとなってしまう。
でも、その幸福感だけゲットってわけには、やっぱいかないんだろうなと思う。
やっぱ、あそこまで感じまくったから、その後の脱力感すら幸せに感じたんだろうし。
っていうか、あの日ケンジは結局、入れることもせず、気持ち良くならずに終わった。
……いいんだろうか? っていうか、平気だったんだろうか、それで。
男の生理とか、結局はよくわからないけど、出さずに終わるってアリなわけ?
なんか、後から凄く気になった。
私としては、ケンジにも気持ちよくなって欲しい。イって欲しい。
だから、確かにこないだの“あれ”は気持ちよかったけど、またされたいとはあまり思わない。
というより、今度は普通にしようよ、……みたいな。
あの日――。
気がついたら、ぼんやりと天井を見上げていた。
気絶、ってわけじゃないと思うけど、意識が飛んでいたみたいだ。
頭も身体も飽和状態で、ぼうっとしていた。
何か言われた気がした。
ふと疑問が湧いた。
――私、何考えてたんだっけ?
それとも何も考えてなかったんだろうか?
それからまたしばらく、ただぼうっとしたままの時間があった。
どれくらいたったのかはわからない。
身体の違和感に気付いた。
違和感の正体はすぐにわかった。
服をまくり上げられ、裸に近い状態だ。
それに、足と手首を縛られている。
下半身は完全に裸で、いやらしい姿勢に固定されていた。
ケンジが、頭の脇で何やらごそごそやっていた。
私はただじっと黙っていた。
気がつくと、ケンジが顔をのぞきこんでいた。
「大丈夫か?」
「あ、うん……」
私の手に、ケンジの指が触れていた。
手首をベッドのパイプに固定しているロープをほどいている。
それが終わると、手首を縛ったロープが外された。
身体にうまく力が入らなくて、全部お任せだ。
その後、ヤツは私の膝と繋がっているロープをほどき、それから膝を曲げた形で足を縛り上げているロープに取りかかった。
結び目はすぐに見つかったけど、きつく縛られているせいだろう、こちらは時間がかかった。
「しまった、赤くなってる……。擦れて痛かったろ? ごめんな」
「ああ、うん、大丈夫……」
そうやって謝られても、どう答えていいかわからなかった。
逆になんか、その心配そうな声に、ちょっぴり申し訳ない気さえした。
って、私は何も悪くないけど。
でも、ケンジが悪いとも思えなかった。
少なくとも私は、酷いことされたとかまったく思っていなかった。
確かに痛みはある。縛られたところが、ヒリヒリししていた。
でもそれ以上に、怠かった。
痛みがどうでもよくなるほどの気怠さ。
逆にその倦怠感が、痛みを包み込んで優しい記憶に変えるような、深い安らぎに満ちていた。
その後はまた、ケンジに手伝ってもらいながら、シャツを脱いだ。
Tシャツもブラも全部外した。
ちょっと暑いくらいにエアコンが効いていた。
身体の方も余韻のような熱が残り、火照ったままだった。
ベッドを軋ませながらケンジが上がってきた。
添い寝するみたいに私の隣に横たわり、そっと髪を撫でられた。
接吻を交し、抱きしめられながら、気がつくと私は眠っていた。
その時のなんともいえない幸福感は、今でもぼんやりと思い出せる。
激しい快感が、いつまでも甘い余韻となって残っていた気がする。
泥のようになった身体は、だけど確かに満たされていたように思うのだ。
あの日以来、その時の気怠さが何故か突然蘇ることがある。
ふとした瞬間に、身体の奧にふわっと湧いてくる。
体調や気分とは特に関係なさそうだった。
自動販売機でジュースを買う時、自分の部屋で机に向かっている時、何気ない瞬間に何故か突然、あの時の怠さが蘇るのだ。
気分や感情を、身体が勝手に思い出しているみたいな感じだ。
そうなると、どうしたって私は、どぎまぎしてしまう。
怠さの記憶は、すぐにその前に体験した激しい快感を思い出させる。
そして――。
なんともいえぬ恥ずかしさと、それに間違いなく欲求も湧いてくる。
――もうお腹いっぱい。
あの時はそう思っていた。
当分、エッチはしなくていい。
そう考えていたくらいだ。
なのに身体の方は、しっかり記憶していて、時々思い出そうとするみたいなのだ。
――えっと、あれから何日たったんだっけ?
今日が木曜日だから、……5日ってわけか。
まあ、その間はひとりエッチもしたいとか思わなかったけど。
っていうか、これは全部ケンジのせいだ。
変なこと覚えちゃったらどうすんのさ。
ヘンタイのカレシ持つと、苦労するわ。いや、マジで。
これはケンジのせい。
全身がぼうっと熱いのも、布団を頭までかぶってドキドキしてるのも。
確かに、あの日のことを思い出したから、っていうのはある。
でも、私は別にヘンタイじゃない。縛られたのがよかったとか、そんな風には思ってない。
ただ、ケンジの舌があんな風に動いて、なのにそこは開けっ広げで、されるがままで。
それはどうしたって、気持ちよかったわけで。
私としては、胸も結構感じるし、もっとあちこちキスされるのもいいな、なんて思う。
だけどあの時は、クリばかり延々と刺激された。
そして、すぐにイきたくなってしまった。
っていうか、あんまり簡単にイきそうになって不思議なほどだった。
それに、なんていうか、あんなに感じてしまったのも。
特にクリ吸われた時は、ビックリだった。
イった後だから嘘みたいに敏感で、苦しいくらいだった。
なのにそれがよくて。
駄目になるっていうか、2度もイった後だっていうのに、いきなりまたイきそうになって。
さすがにあれは自分じゃできない。
それに、最初にイった時のやり方だって、自分でするのとは全然違う。
似たような触り方をすることは、……ほら、できなくないけど。
あ、ヤベ、濡れてるし。
――あ。
なんか、どくってなった。
指先でわかっただけでなく、その感触は間違いなくお腹の奧にもある。
えっと……。
指で挟んで、ちょっと動かしてみる。
「あぅっ」
うわ、なんか、声でちゃったし。
布団かぶっといて正解だったけど。
クリは、襞の内側に隠れている。
両側から挟むように触ると、中に小さな丸い形があるのがわかる。
ゆっくりと、そのまま指を動かす。
あ、あっ。
気持ち、いい。
でも。
あの、……えっと。
――なんで私、一人でしちゃってるんだろ?
<つづく>