「はは〜。ほのあひょほほなりにあほみいってくるねー」
お昼ご飯のホットケーキをぱくつきながらママに言った。
我ながら何言ってるのかわからないけど、春休みに入ってから毎日のことだから、きっとママはわかってる。言わなくてもいいかなと思うけど、ママは心配性だから一応言っておかないと、ね。
「何言ってるかわかんないわよ。食べながらしゃべるなんて行儀悪いんだから、食べてからにしなさい。
まあ、どうせお隣に行くって言ってるんでしょう。そうだ。里菜、まさかお隣でもこんな行儀悪い真似してるんじゃないんでしょうね!
恥ずかしいことしないでよ。普段から槙田さんの奥さんに里菜ちゃんは元気な子ですねって言われてるんだから。
こんなことしてて元気なんて言われてるんだったら、ママもう恥ずかしくてなんて答えたらいいか、わかんないわ」
「わ、わかってるよ! ちゃんとしてるもん。それに涼兄だってわたし行くと嬉しそうにしてくれてるよ」
口の中に残ったのを慌てて飲み込んで、ママを遮った。
このまま続けられたら、いつの間にかお説教に変わるに決まってるもんね。
「あんたねー、あんまり涼平君に迷惑かけちゃだめよ。来年は大学受験なんだから。
まあ、涼平君なら少しぐらい遊んでも平気そうだけどね。
そうそう、あんたも4月から中学生なんだし、涼平君くらいとは言わないけど、もう少し勉強できたらねえ……」
ってやっぱりそう来たか。
そう。わたしは4月から晴れて中学生。なんか大人になった気がして気分がいい。
涼兄ちゃんに少し近づけたようで嬉しかったりするんだけど、勉強のことを言われるとすごく憂鬱になる。
「わたしもう行くから!」
ママのお小言が本格的に始まる前にわたしは逃げ出すことにした。
付き合ってたら涼兄ちゃんのとこに行く前に今日が終わっちゃう。
「あ、制服脱ぎなさいよ! しわになっちゃうでしょ」
「いいの! 涼兄ちゃんに見せてあげるんだもん! 行ってきまーす!」
わたしはそう答えて、家を飛び出した。
お隣だから走らなくてもすぐだけど、早く涼兄ちゃんにセーラー服を見せたくてお隣の玄関先まで走っていった。
ベルを押す前に、息を整える。髪も直して。あ、スカーフも風で曲がってる。
結びなおして、と。でも、もっと歪んじゃった。もう一度解いて結びなおす。
でも歪む。さっきはママにやってもらったからきちんと出来たけど、自分でやるのがこんなに難しいなんて思いもしなかった。
もたもたとスカーフを直していたら、ベルも押してないのにいきなりドアが開いた。
「……里菜、何やってるの?」
涼兄ちゃんだ。
「あ、あのね、スカーフ曲がっちゃったから直してたんだけど、上手く出来ないの。涼兄ちゃんに見せる前にちゃんとしようと思ってたのに……」
そう答えて涼兄ちゃんを見上げると、すごく優しく笑ってて。
こんなふうに笑ってくれるのに里菜にだけって、知ってるんだから。
「初めて着たんだろ? 上手く出来なくても仕方ないさ。ほら、貸してごらん」
涼兄ちゃんが笑いながら、スカーフを解いた。
涼兄ちゃんと自然に体が近づいて、何だかどきどきしてしまう。
小さい頃から涼兄ちゃんと過ごしてきた。
涼兄ちゃんは優しい。
アホで意地悪な浩平とは大違い。
浩平っていうのはわたしより一つ年上で涼兄ちゃんの弟なんだけど、涼兄ちゃんと全然違って野蛮だしガサツで最低なんだ。
わたしのことすぐ怒るし苛めるから大嫌い。
でも涼兄ちゃんは違う。
かっこいいし、優しいし、わたしのいうことちゃんと聞いてくれるし、いつも守ってくれる。
おやつだってわたしの好きなものちゃんと用意してくれるし。
だからわたしは涼兄ちゃんのことが大好き。
いつもは見上げる涼兄ちゃんを、今は見下ろしている。何だかすごく不思議な感じ。
切れ長の目とか、通った鼻筋とか、薄い唇とかが近くにあって、わたしは少し緊張した。
「里菜、いい匂いがするね」
上目遣いで涼兄ちゃんに尋ねられた。
間近で涼兄ちゃんに見つめられて、そんなこと言われたら。
どきどきが止まらない。顔が熱く火照っていくのが自分でもわかる。
「そ、そ、そう? あ、ごはんにホットケーキ、た、食べたから、かな」
しどろもどろになりながら答えを返した。
そうしたら涼兄ちゃんはふわって笑って、もっと顔を近づけてきて。
「そう。どうりで、美味しそうな匂いがすると思った。――はい、出来たよ。里菜」
スカーフを整えて、涼兄ちゃんが何事も無かったように言った。
顔なんかもう真っ赤。今日の涼兄ちゃんはすごく雰囲気が違う気がする。
どう違うかって聞かれても、上手く言えないんだけど。
そして、スカーフから手を離す間際涼兄ちゃんの手が胸に触れた。
「りょ、涼兄ちゃんっ」
思わず声に出してしまう。
「どうした、里菜。ほら、玄関先でもなんだから、中入ったら?」
わざとじゃないと思うけど、どうしても意識してしまって。
気にし過ぎだと言われればそれまでだけど。
そりゃまだブラだって必要ないくらいの胸だし。
実際まだそんなのつけてもいないし。
兄ちゃんがまさかわたしの胸なんか触りたがるとは思えないけど。
涼兄ちゃんに促されて家の中に入ると、そこでも雰囲気の違いに気づいた。
いつになく、しんとしている家の中。
不思議に思って涼兄ちゃんに聞いてみる。
「あれ? バカ平は今日いないの? おばさんは?」
「バカ平……。ああ、浩平ね。浩平は今日から部活の合宿に行ってるんだよ。
母さんは、宮城のじいちゃんがまたぎっくり腰になっちゃったんでそのお見舞いに行ったんだ」
「そうなんだ……」
そっか。そうすると、おばさんのアップルパイは今日は食べられないのか。
そんなことを考えていたら、涼兄ちゃんが指先でわたしのほっぺをつついてきた。
「今、里菜すごくがっかりした顔してた。俺だけじゃ、つまんない? 浩平もいないとだめなの?」
「う、ううん!! 浩平なんかいなくたってっていうか、いないほうがいいんだけど! わたし涼兄ちゃんに遊びにきたんだもん!! 涼兄ちゃんに会いにきたんだもん!! 涼兄ちゃんがいいんだもん!!」
慌てて思いきり否定した。なんで浩平なんかが出てくるの。
浩平なんかいないほうが清々するもんね。
涼兄ちゃんはちょっと驚いた顔をしたあと、また笑った。
「ずいぶん熱烈なご指名なんだな。それならいいんだけど。
そうだ。今日は母さんの代わりに俺が作ったんだ、アップルパイ。
里菜、好きだろう?」
「ほんと!?」
涼兄ちゃんが作るアップルパイも、おばさんに負けず、むしろそれ以上に美味しかったりするのだ。
わたしは嬉しくて涼兄ちゃんに飛びついた。
涼兄ちゃんの背中へ抱きつくように手をまわした。
「涼兄ちゃんありがとー! 大好き!!」
そう言って、ぽふっと、と背中に顔を寄せた。ワイシャツに顔が埋まる。
涼兄ちゃんの匂いがした。
これが男の人の匂いっていうのかな。何だか、新鮮。
「……全く。里菜には、かなわないな」
言いながら涼兄ちゃんはわたしを抱き寄せた。
「こんな可愛い格好して、そんなこと言うんだから。俺の理性を試すつもりなの?」
涼兄ちゃんからそう言われて、今日の目的を思い出した。
「ほんと? ね、わたし可愛い? 似合う?」
「すごく可愛い。似合うよ。どこの女性かと思った。あんなに小さかった里菜も、もうこんなに……大きくなったんだな」
そうして頬を撫でられた。こういうこと真顔で言われると、照れてしまう。
涼兄ちゃん、今日はいつもより、何て言うか……お兄ちゃんらしくない。
こんなこと真顔で言うことなんてないのに。
「涼兄ちゃん…?」
「先に俺の部屋行ってて。里菜はココアでいいな。淹れたら上がるから」
わたしは涼兄ちゃんに聞きかえす言葉も掴めずに、促されたまま涼兄ちゃんの部屋にいくしかなかった。
そういえば最近涼兄ちゃんの部屋に入ることって無かったな。
遊ぶときもバカ平の部屋とかリビングとかばっかりだった。
いつもバカ平が涼兄ちゃんと遊ぼうとすると邪魔してきてたし。
勉強の邪魔しちゃいけないって言われたのもあったかもしれない。
部屋の中をみまわしてみた。……昔と変わってない。よくわからない本の山。
大きな本棚には難しい漢字の本がいっぱい並んでいる。
わたしは立ちあがって本棚の方へ近づいてみた。
下の方には漫画が少し並んでいる。
本の背表紙をざっと見てみたけれど、どれも読んだものばかりだった。
「涼兄ちゃん、最近は漫画も買ってないんだなー」
難しい言葉が並んだ本の中に、何の題名も書いてない本があった。
じっくり見なければ見逃してしまいそうなのに、わたしはその本がやけに気になった。
厚めの本の中で、薄いのも気に入った。
飽きっぽい自分でも読めそうな本に感じられ、わたしはその本を引き出した。
藍色の革の表紙。題名らしきものは何も無かった。
ぺらぺらとページをめくってみる。中に書かれていたのは手書きの文字。
もしかして、これ涼兄ちゃんの日記だったの――?
悪いと思いながら興味には勝てず、わたしは適当に開いたところに目を走らせた。
○月○日
里菜と浩平を連れて花火大会に行った。
浴衣姿の里菜はとても可愛らしかった。最近の里菜の成長は著しい。
浴衣の襟からのぞくうなじや、めくれた裾からのぞく足や、まくった袖から見える二の腕の白さ。ふくらみかけた胸に目を奪われる。そろそろ自分も限界かもしれない。
里菜に会うたび邪な気持ちを抑えるのが辛い。
○月×日
屈託無く駆け寄ってくる里菜。思わず抱きしめそうになってしまった。
里菜の柔らかそうな唇が動くたびやるせない気持ちになる。
抱きしめたい。里菜の全てを俺のものにしたいのに。信じきっている里菜をみると……。
「これ……って……」
本当に涼兄ちゃんの日記なんだろうか。
この里菜って書かれているのはわたしのこと……?
続けて読み進めた。その先にはもっとあからさまな”里菜”に対する思いが書かれていた。
これを本当に涼兄ちゃんが書いたの……?
そして、日記を読むのに夢中になっていたわたしは、背後の気配に気づくことが出来なかった。
「……何読んでるんだ、里菜?」
突然声を掛けられて、反射的に振り返った。
振り返った先にはアップルパイと飲み物を持った涼兄ちゃんが立っていて。
動揺して声も出せなかった。
わたしが何をしていたか知ってるのに、涼兄ちゃんは笑っていた。
笑っていたけれど、薄ら寒い笑顔だった。上辺だけの微笑み。
涼兄ちゃんはテーブルにトレーごとパイとカップを置いて、わたしに近づいてきた。
涼兄ちゃんは笑っている。
わたしの手から日記を取り上げると、何事もなかったようにもとの位置に戻した。
「里菜」
涼兄ちゃんがわたしの前に立つ。能面のように冷ややかな笑顔だった。
怖い――。
わたしはじりじりと後にさがった。空気の濃度が変わって息苦しい。
走って逃げたいのに、絡め取られたように体が動かなかった。
「里菜。俺のことが好きかい?」
数分前だったら大きく頷けたことに、頷けない。
わたしには涼兄ちゃんのことがわからなくなっていた。
「……そうか。でも、もう里菜の答えはいらないよ」
手を強く引かれた。ベッドに放り投げられて一瞬息が止まる。
「涼、兄ちゃんっ」
投げ出された刹那、涼兄ちゃんがわたしの体に覆い被さり、ベッドに抑えつけた。
「里菜はいけない子だな。人の日記は勝手に読んじゃいけないだろう」
あくまでも優しく言い聞かせるような声音なのに、怖くてたまらない。
涙があふれてくる。
「ご、ごめん、なさい……」
わたしは泣きながら謝った。
でも涼兄ちゃんの力は緩まない。
「いけない子にはお仕置きしないといけないだろう?
人の日記を勝手に見て、セーラー服で俺の前に現れて、無防備に俺と二人だけになって。
誘惑するような態度をとったいけない里菜にはお仕置きが必要だよ。
里菜にもわかるだろう?」
「そんなの、わかんないよ! ごめんなさいっ……涼兄ちゃん、ごめん、なさいっ!
許して。ごめんなさい……!」
必死に謝った。涼兄ちゃんに許してもらえるように必死になって一生懸命謝った。
でも。
涼兄ちゃんは鼻で笑って。
「だめだよ。それに……里菜は早く大人になりたかったって言ってただろう。
俺が里菜を大人の女にしてあげるよ」
「いやっ! こんなの、いやだもん!! お兄ちゃん、やめて、やめて!!」
「やめない」
涼兄ちゃんが顔を近づけてきて、次の瞬間唇を塞がれた。
ぬめぬめとした涼兄ちゃんの舌がわたしの口に入ってくる。
気持ちが悪かった。苦しい。誰か助けて――。
思いっきり噛みついた。
手応えは感じたのに、怯んだ様子も無くさらに口の中を蠢いてくる。
血の味が口の中に広がる。気持ち悪い。息が苦しい。
ほとんど喘ぐように顔を逸らしたところで、やっとお兄ちゃんは口を離した。
抑えつけられた手足はがっちりと縫い付けられて、逃げ出す余裕は全くない。
「涼兄ちゃん、お願い……」
セーラー服を首まで捲り上げられた。
タンクトップの上から胸を揉まれて、思考はもうパニック以外の何ものでもない。
「涼兄ちゃん、涼兄ちゃん……っ」
今の自分にできるのは、ただただ涼兄ちゃんを呼ぶことだけで。
「ごめん。里菜。だけど、もう耐えられなかったんだ」
哀しそうな顔で涼兄ちゃんが言う。こんな涼兄ちゃん見たことがない。
いつでも穏やかで優しくて、里菜のことを考えてくれてた涼兄ちゃん――。
襲われてるのは自分なのに、自分がひどく悪いことをしている気持ちになった。
タンクトップが捲り上げられる。胸とおなかが露になった。
「きゃあっ」
恥ずかしい。怖い。涼兄ちゃん……!
「涼兄ちゃん……」
「もう、黙ってくれ、里菜」
苦いものを飲みこんだような表情で。涼兄ちゃんの肩が震えている。
そう言われても、黙ってなんていられなかった。
「わたし、そんな、に悪い子だった、の?
だから……涼兄ちゃんは、こんな、ことするの?
どうし、たら、涼兄ちゃんに、許してもら、えるの?」
泣きながら、涼兄ちゃんに言った。涙声で言葉が途切れてしまう。
涼兄ちゃんが、大きく顔をしかめた。
そうしておもむろにわたしから離れると、ベッドから降りて背を向けた。
「涼、兄ちゃん……」
「もう、いい。里菜、帰れ。もう、二度と俺のところへは来るな」
「なんでよ、いやだよ」
「俺は! ……もう、お前のいいお兄ちゃんにはなれないんだ。あの日記を見られて、こうして里菜を泣かせて。今ならお前を放してやれるから。俺も、里菜にはもう二度と近づかない。近づいたら何をするかわからない」
くぐもった声で涼兄ちゃんが言った。
別人のようだった涼兄ちゃん。確かに怖かった。殺されそうな感じがしたのも本当。
涼兄ちゃんが、わたしに何を求めて何をしたいのかも理解出来たと思う。
それでも。
「……やだ。やだよ、涼兄ちゃん」
「里菜。いい子だから――」
「わたし、涼兄ちゃんのこと、大好きだもん。二度と会わないなんていやっ」
そう叫んで、わたしは涼兄ちゃんの背中にしがみついた。
「里菜……」
涼兄ちゃんの体が小刻みに揺れている。
さっきの涼兄ちゃんは……怖かった。でも。いや。
涼兄ちゃんに会えないなんて。もう会わないなんて、絶対、いや。
「バカだよ、里菜は……」
小さな吐息と同時に涼兄ちゃんから吐き出された声。優しい響き。
いつもと同じ。わたしの好きな涼兄ちゃんの優しい声。
そっとしがみついた腕を外され、涼兄ちゃんに抱き寄せられる。
「里菜……ごめん。……ありがとう」
囁くように告げられた言葉。涼兄ちゃんの鼓動が聞こえる距離。
ぎゅっと抱きしめられて、胸が苦しい。
それだけじゃなく、胸がとても苦しかった。
ゆっくりと涼兄ちゃんが体を離す。見上げた顔には優しい笑顔が浮かんでいて。
優しい……ううん、違う。
それは何かを諦めた時の涼兄ちゃんが浮かべる淋しそうな笑顔だった。
「……アップルパイは、また今度来た時にしようか。母さんに頼んでおくから。今日はもう帰ったほうがいいね」
立ち上がった涼兄ちゃんが私の手を引く。促されるまま立ち上がった。何時の間にか淋しそうな陰りは涼兄ちゃんの表情から消えていた。いつも通り、ただただ優しい。でも視線はわたしを見ていない。涼兄ちゃんは自分には厳しい。
こんな風にわたしを扱った自分を許せないのかも。
――涼兄ちゃんは、もうわたしと会わないつもりなのかもしれない。
「涼兄ちゃん、わたし、わたしまた来るよ。涼兄ちゃんに会いに来てもいいんでしょ!? いいんだよね? 来てもいいよね?!」
シャツを掴んだまま訴えるわたしに、涼兄ちゃんは微笑んだ。だだっこをあやすような表情。それだけだった。何も答えてはくれなかった。
このまま帰ったら、涼兄ちゃんは、もうきっとわたしに会わない。
それは絶対と言っていいほどの、予感だった。
「……制服が乱れちゃったな。里菜、玄関先の鏡で直してから帰って……」
部屋から出ようとした涼兄ちゃんの腕を引っ張った。
振り返る涼兄ちゃんに視線をあわせる。ごく自然に、それは逸らされた。
ばかなこと考えてる。こんなことして涼兄ちゃんが喜ぶかわからない。
でも。わたしが涼兄ちゃんのこと好きだから。
このまま涼兄ちゃんが遠くなっちゃうのだけは絶対いや。
それくらいなら――
「涼兄ちゃん……わたし……、」
喉がつかえてうまく言葉が出ない。振り絞った勇気がしぼみそう。
自分のなかの脅えを振り払うように頭を振って。
「……わたしのこと、好きにしていいよ」
わたしは胸元で緩んでいたスカーフを解いた。
心臓が口から飛び出そうなほど暴れていた。
大きく打ち鳴らされる鼓動に息苦しさは限界だった。
酸素を求め唇が小さく泳ぐ。
里菜は一つの機械のように決められた動作を遂行するだけだった。
襟元からスカーフを抜き取った。それはひらひらと揺れながら床に落ちる。
息が苦しい。呼吸は浅く繰り返されていた。
気持ちと身体をを沈めるため、里菜は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
震える指先で胸のボタンに手をかける。あっけなく一番上は外れ、胸元が大きく開いた。じっとりした汗をかいていたことに里菜はそこで気づいたが、やめるという決断はなかった。
二つ目に手をかけたところで、ボタンを外しかけた指を、強い力で握られた。
「やめてくれ」
涼平が静かに言った。
伏せられた目は里菜からそらされたままだった。
「俺が、悪かったから」
ひどく哀しさに満ちた、そして張りつめた厳しさも感じる声だった。
「涼兄ちゃん……」里菜が呆然と答える。
声に混じった厳しさは、里菜ではなく涼平自身に向けられたものだった。
涼平は自分のしたことの過ちを恥じ、責めていた。
里菜を見守っていこうと自分に課した覚悟を破り、抑制も効かずあげく彼女を脅えさせ、身をまかせようとまで思いつめさせた。愚劣極まりない。
里菜に懇願されても、これ以上側にいられないと頑ななほど思っていた。
涼平にはどうしても里菜の顔を見ることが出来なかった。
泣かせてしまった辛さで、いや怖れの方が大きかったのかもしれない。
直視することなど出来ようもなかったのだった。
だからその里菜がどんな気持ちで、どんな表情でいるのか、わからなかった。
それを慮る余裕すらない状態であった。
だが、涼平のとった行動は里菜の危機感をさらに煽りたてるだけのものだった。
「離してっ」
里菜は涼平の手を振り払った。
ボタンなど引きちぎるような乱暴さで前を開き上着を脱ぎ捨てる。
下には白いタンクトップだけで、その薄い生地は、里菜の胸、突起部分をくっきりと浮き上がらせていた。
無意識に涼平の喉は鳴っていた。
まだ中学にあがるばかりだという幼い里菜に、扇情的な興奮を覚えている。
一旦理性で抑えたはずの情動が頭をもたげた。
なんて卑小な、どこまで低俗なのかと唾棄しても、男としての本能はそれを許す。
目に涙を浮かべながら、里菜はタンクトップも脱ぎ去った。
止めるべきだ。
そうわかっているのに、硬直した身体は動かせず涼平は里菜を凝視することしか出来ない。
白い肌にやや小ぶりのふくらみが控えめだった。
ふくらみの突端はうすいピンク色で震えていた。
腰は抱きしめた感触よりもさらに細かった。
抑えこんだ欲望が涼平を嘲笑う。見なければ静まるはずだと、視線を断ち切れと命令するのに、身体は思考を裏切りはじめた。