クラスメイトたちは、目の前で起こっている信じがたい光景に目を丸くした。  
あの大人しい高原が教室の真ん中で両手を大きく広げ、自分のブラジャーを見せ付けている。  
あまりの状況に、誰もが声を発することができずにいた。  
その沈黙を打ち破ったのは愛だった。  
 
「――きゃあああ!?」  
 
真っ赤な顔で悲鳴を挙げ、胸を押さえる。この状況で驚くなという方が無理な話だろう。  
その隙を突いてリズはブラジャーをひょいと奪い取ってしまう。  
 
「り、リズちゃん、お願い返してっ――!」  
 
両目にうっすらと涙を浮かべながら右手を伸ばして自分の下着を取り戻そうとする。  
そんな愛をからかうようにリズはひらひらとブラジャーを振りながら、落ち着いた笑みを浮かべた。  
 
「ふふ……アイ、予想以上の反応ありがとうゴザイマス。本当に信じてしまいましたか?」  
「え……?」  
 
リズの返答に面食らった愛は、慌てて左手の人差し指でブラウスの胸元を引っ張って中を確認する。  
 
「あっ――あれ?」  
 
そこには、先ほど抜かれたと思ったブラが白い生地を覗かせていた。  
 
「ふふふー。今のは、本場でも余興として非常にポピュラーな奇術ネ。  
ミナサン驚いていただけましたか?」  
 
呆気に取られていた生徒たちもリズの言葉に我に返ったらしく、一瞬遅れて教室中で拍手が沸き起こった。  
 
「ンー。ミナサン喜んでいただけたようで何よりです。アイも、ありがとうございました!  
本番でも、この調子で宜しくお願いしますね?」  
「あ……う、うん……」  
 
愛の右手を取って恭しく頭を下げるリズ。  
あっさりと引っかかってしまった恥ずかしさも相俟ってか、愛は思わずその調子に気圧されるように頷いてしまう。  
 
「それでは、今日はここまでにしておきますね☆  
本番ではもっとミナサンを驚かせて差し上げますので、楽しみにしていてクダサイ!」  
 
笑顔で軽く会釈するリズの様子に、クラスメイトたちは大いに胸を膨らませるのであった……。  
 
 
1週間後。  
煌びやかな雰囲気に飾り付けられた体育館には、生徒たちがひしめき合っていた。  
皆、初めて見るステージ上でのエリザベスの奇術を心待ちにしている様子だ。  
 
そんな観客たちの様子を控え室の小窓から覗き見しながら、愛は一人落ち着かない様子でいた。  
 
「うー……リズ、本当に私なんかでよかったの? もし失敗しちゃったりしたら――」  
 
ちっちっち、と黒のタキシードに身を包んだリズは愛の発言を遮るように指を振る。  
 
「ノープロブレムね、アイ。アイは何も難しいことはしなくていいから心配は無用。  
ただ、一つだけ協力していただけるなら――ステージの上でこちらを着ていただけますか?」  
 
す、と右手を掲げて指を鳴らすと、リズの手の中に一着の衣装が現れる。  
それは、表面に銀色のスパンコールをあしらったセパレートの衣装。  
体にぴったりとフィットしたデザインの上、露出度もかなり高そうだ。  
それを来てステージに立った自分を想像して愛は真っ赤になった。  
 
「そ、それはちょっと恥ずかしいよ……! 制服のままじゃだめなの?」  
 
「ンー……本当は衣装も演出として重要なのですが――アイがどうしてもというなら仕方ありません」  
 
少しさびしそうにかぶりを振りながらもあっさりと引き下がるリズに、愛は少し拍子抜けした。  
とはいえ、恥ずかしがりの愛にとって、この衣装を着て生徒たちの前に立つのはかなりの覚悟が必要であった。  
 
「う、うん……ごめんね、リズ」  
 
「ネバーマインドね。それではアイ、観客の皆さんも揃っているようなので、そろそろ行きましょう?」  
 
そっと愛の手を取って控え室から連れ出すリズ。  
愛にとっても他の生徒たちにとっても忘れられない思い出となるショーが幕を開けようとしていた。  
 
明かりの落とされた体育館の壇上を、不意にスポットライトが照らす。  
その真ん中には、黒のタキシードスーツとシルクハットに身を包んだリズがたたずんでいた。  
 
「ミナサン、お待たせいたしました! 本日はワタシのショーにお集まりいただき、ありがとうございます!」  
 
リズは高らかに観客の生徒たちに向かって挨拶すると、恭しく一礼した。同時に、体育館内が拍手に包まれる。  
年齢からは想像もつかないほど場馴れしているらしく、リズのたたずまいには緊張など微塵も見られない。  
 
「堅苦しいご挨拶は抜きにして、さっそくミナサンにワタシの奇術をお見せしようと思いますが――その前に、本日のショーにご協力頂く、ワタシのアシスタントをご紹介いたします! タカハラ アイさんです!」  
 
そう宣言しながらリズが手をかざした方向をスポットライトが照らすと、硬い表情で笑顔を引きつらせている愛の姿がステージの端に現れた。  
今までの人生で大勢の前でステージに立つという経験がなかった愛からしてみると、緊張するなというほうが無理なことだろう。  
そんな愛に近寄ったリズは震える手をそっと握って尋ねた。  
 
「アイ、少し緊張していますか?」  
 
「え? う、うん……」  
 
正直に愛が頷くと、リズは優しい微笑とともに言葉をつむいだ。  
 
「そうですか……そういえば、少し汗もかいているようですね。ショーを始める前にすこしそのハンカチで拭いて頂いてよろしいですか?」  
 
リズが愛のスカートのポケットを指差すと、愛はポケットから水色のハンカチが覗いているのに気付いた。  
 
「あれ……? 私、こんなところにハンカチ入れてたっけ――」  
 
慌ててハンカチを右手でつまんで引き抜いていくと、その端はまた別の、赤いハンカチに結わえ付けられていた。  
 
「え? え?」  
 
するすると引き抜いていくにしたがって、緑、黄色と色とりどりのハンカチが繋がってポケットから引き出されていく。  
 
「ふふ――アイは、たくさんハンカチを持ち歩いてるんですね」  
 
「い、いや、これは私じゃ――あれ?」  
 
困惑しながら返答した愛は、ふと引き抜いている白のハンカチに今までとは違う布が結わえられていることに気付いた。  
不思議に思いながら引っ張ってみると、ポケットから現れたのは……黒いレースのショーツであった。  
 
「え……えええっ!?」  
 
愛がステージの上で叫び声を上げ、観客たちからどよめきが上がる。  
 
「ワオ、アイはそんな派手な下着を穿かれていたのですか?」  
 
驚いたようにわざとらしく口に手を当てるリズ。  
 
「ち、違うよ……大体、今日私が穿いてきたのはピンクだし――あっ!?」  
 
思わず返答してしまってから慌てて愛は口を塞いだ。  
恥ずかしがりの愛の口から開かされた意外な言葉に、観客席の生徒たちがざわめく。  
慌てふためく愛を見てリズはからかうように笑った。  
 
「クスクス……今日の下着の色をミナサンに教えてくれるなんて、アイはサービス精神旺盛ですね」  
 
「もう、リズのせいでしょっ!」  
 
恥ずかしそうに頬を膨らませる愛を愛しむようにリズは軽く抱き寄せる。  
 
「ソーリーね、アイ……。ところで――緊張はほぐれましたか?」  
 
「え?」  
 
そういえば今までガチガチに緊張していたはずが、一連のやり取りですっかり普段どおりにほぐれていた。  
ひょっとして、自分の緊張を見越してリズはわざとこんなことをしたんだろうか?  
 
「えっと――リズちゃん、ありがとう――」  
 
「ノープローブね。こちらこそ、観客を暖めてくれてありがとうございます♪」  
 
リズは笑顔でウインクすると、観客席のほうを向き直って高らかに宣言する。  
 
「それでは、良い具合に盛り上がってまいりましたところで――最初の演目、物体浮遊をお見せしようと思います!」  
 
(つづくはず)  
 
 

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