「ではミナサン、こちらをご覧ください!」  
 
リズが懐から取り出したのは直径10センチほどの緑色のボールだった。  
見た目は特に変わったところの無い、恐らくゴム製と思われるボール。リズはそれをステージの床でバウンドさせたり、指で少し押してみたりする。  
 
「ご覧の通り、タネもシカケもゴザイマセン。アイもよろしかったらお確かめください」  
 
「え? うん――」  
 
リズからボールを差し出され、愛はそれに触れてしげしげと眺める。確かに、見た目も感触も不自然なところは無い。  
 
「納得いただけたでしょうか? それでは、今からワタシの念をこのボールに込めて、宙に浮かせて見せます!」  
 
リズは笑顔で宣言すると再びボールを受け取り、観客に見えるように両手を前に差し出した。そしてゆっくりと両目を閉じ、集中しているかのように深呼吸をする。  
 
「では、いきますよ……ワン……ツー……スリー!」  
 
カウントが終了すると同時に、ふわりとまるでボールがその重量をなくしたかのように数センチだけ浮かび上がる。そして、ゆっくりとリズが両手を引き抜くと――そこには何の支えも無く空中に浮かぶボールが残っていた。ふぅ、と少し疲れたかのようにリズは小さく息を吐く。  
「嘘――」「すごい、魔法みたい」と素直に感心する生徒もいる中で時折、「糸で吊ってるんじゃないの?」と小声で隣と囁きあう声も聞こえてくる。  
そんな観客たちの疑念を見越してか、リズは更なる道具を取り出した。それは、金属製の輪。大きさは、フラフープを少し小さくしたくらいだろうか。  
 
「では、疑いの眼差しで見つめる方のために、これを使って糸で吊っているわけではないことを証明して差し上げましょう!」  
 
すっと金属製の輪をボールの周囲でくぐらせて見せる。まずは水平、次は垂直に。驚くことに、糸が輪に引っかかるような様子はまったくない。観客が「おー」と感心の声を上げる。  
最後にリズがボールの真下に手を差し出すと、ボールは力を失ったように落下し、リズの手に収まる。リズの一礼とともに観客席から拍手が巻き起こる。  
 
「ミナサン、ありがとうございます。では――今度は私のアシスタントにも試していただきましょう!」  
「え――ふえっ!?」  
 
突然ぽんとボールを手渡され、愛は頓狂な声を上げる。何せ、トリックも分からないのにボールを浮かせてみろと言われてもできるはずがない。  
 
「無理だよリズ、私どうやって真似すればいいのか分からないよ!?」  
「大丈夫だよアイ。私を信じて……同じように、ボールを両手で支えて浮かぶように念じれば、きっとうまくいくね」  
「うー……こ、こう、かな……」  
 
軽くウインクされて仕方なく、愛は先ほどのリズの仕草を真似てみる。  
 
(確か、こうやって両手を前に出して、その上にボールを置くんだよね……)  
 
ボールの乗った両掌を上に向け、ぎくしゃくと観客に向けて差し出してみる。そして軽く深呼吸。実際のところ、愛の胸中は浮かばなかったらどうしようという不安でいっぱいだった。  
 
「とってもいい感じデスよアイ。それでは、そのまま『浮かべ』と念じてみてください」  
「う、うかべ〜……」  
 
わざわざ声に出す必要はないのだろうが、愛は少しでも失敗させまいと一生懸命声を絞り出す。  
すると、次の瞬間。掌に感じていたボールの重量が消え――ほんの数ミリながら、宙に浮き始めたではないか。  
 
「うそ……こんなことって……」  
 
信じられないというように目を見開きながらも、愛はさらにボールが浮くように念じ続ける。  
リズのときほどはっきりした変化ではなかったが、徐々にボールは愛の目の前で浮かび上がっていき――やがて、観客たちが驚きの声を上げ始める。  
 
「え、ちょっと、嘘でしょ……?」「うわっ、すげー……」  
 
観客席から発せられる感嘆の言葉は、徐々に会場全体に伝播していく。だが、ボールを浮かせるのに必死な愛は気付いていなかった。  
 
――その反応が、先ほどリズに対して向けられていたものとは異質なものであることに。  
 
「うかべ、うかべー……」  
 
愛が強く念じるたびに、ボールはふわふわと宙に浮かんでいき、それに伴ってギャラリーのざわめきも大きくなる。  
 
「……やった……浮いたよ、みんな!」  
 
やがて10センチほどボールが浮かんだ頃、嬉しそうに愛が観客席に顔を向け――ギャラリーに漂う違和感に気付いた。  
全員が目を丸くしてステージの上の愛を見つめている。それ自体は別に問題ない。だが、彼らの視線はボールに向いていなかった。  
 
「ぇ――?」  
 
不思議に思った愛は観客たちの視線の先を追う。ボールよりも少し下……自分の下半身に目をやったとき、ようやく愛にもギャラリーの視線を釘付けにしているものの正体が理解できた。  
 
それは、愛の制服のスカート。  
 
その正面が風も無いのに大きく浮かび上がり、本来ならばその下に隠しているはずのピンク色のショーツを全校生徒たちの前に晒していた。  
 
(つづくといいな)  
 
 

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