朝のホームルーム。  
2-Aの教室は、いつもと同じように、ドラマやゲームの話題に花を咲かせる生徒たちで盛り上がっていた。  
チャイムが鳴って担任が教室に入ってきても、依然として大人しくなる気配は無い。  
「ええと、今日は転入生を紹介する」  
教壇に上がった担任の発言に、ざわついていた教室が一瞬にして静まり返る。  
「エリザベスくん、入って」  
教室の扉がガラガラと開き、一人の少女が現れる。  
彼女の風貌に、クラスの全員が目を奪われた。  
金色でウェーブのかかった髪の毛。青くて透き通った瞳。  
制服こそ他の生徒たちと同じものだったが、それでも彼女は教室の中で異彩を放っていた。  
少女は静まり返った教室をよそに教壇に登ると、  
正面を向いてぺこりと頭を下げ、にっこりと笑うと明るい声で挨拶をした。  
「ハロー、みなさん。ワタシ、奇術の国から来たエリザベスいいます。よろしくおねがいします」  
日本人らしくないアクセントだった。  
「えーと、それじゃあ席は…高原の隣が空いてるな。そこでいいか」  
担任はそう言って一人の少女の隣の席を指差した。  
「はい、ティーチャー」  
エリザベスは素直に指示された席に座る。  
高原と呼ばれた少女は、ちょっと恥ずかしそうにエリザベスに挨拶する。  
「えっと…よろしくね。私、高原愛……愛って呼んでね」  
「ハイ、こちらこそー。ワタシのことはリズ呼んでください。よろしくね、アイ。」  
にっこりと笑って愛に向かって白い手を差し出す。  
「あ…うんっ!」  
愛は慣れない挨拶に一瞬戸惑ったが、すぐに差し出された手を握り返す。  
「ンー…」  
そんな愛の様子を眺めていたリズは、唐突に質問を投げかけた。  
「アイは、いじめられるの、スキ?」  
「へぁっ!?」  
いきなり突拍子も無い質問をされた少女は間の抜けた返答しかできなかった。  
「なっ…なんでいきなりそんな事聞くの!?」  
ようやく我に返った愛が真っ赤になって聞き返す。  
「アーハァン? ワタシ、いじめられるのがスキな人を当てるのが得意なのです。やっぱり図星だったか?」  
「ち、違うよ! ノーノー!」  
からかうようにたずねるリズに対して、愛は慌てて両手を振る。  
「リアリィ? それは残念です…失礼なことを聞いてごめんなさい」  
素直に頭を下げて謝罪するリズ。  
だが、その口元にはまるで玩具を前にした子供のような悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。  
 
昼休み。  
エリザベスは、すぐにクラス全員の好奇の的となった。  
「ねえ、奇術の国ってどこ? ラスベガスとか?」  
「違うネ。そもそもラスベガスは国じゃないヨ」  
「じゃあ、一体どこのことなんだ?」  
「ノンノン…それはちょっと企業秘密」  
「日本にはなんで来たの?」  
「いろんな国を渡り歩いてるネ。なんだか面白そうだから日本にも寄ってみただけ」  
「やっぱり奇術とか得意なの?」  
「ウィ。実は、この学校の皆さんと親交を深めるために、既に校長先生に掛け合って体育館でのステージを予定してるネ」  
「そんなに本格的なの!?」  
流石にクラスのあちこちから感嘆の声が上がる。  
ほとんどの生徒が想像していたのは、テーブルマジックなんかの単純なものだったからだ。  
「ウィ、どうせやるなら、ギャラリーの多いところで大掛かりなもののほうがいいと思いました」  
「もう準備はできてるの?」  
「十中八九ってところですネ。ただ一つ問題があります…皆さんの中から、ワタシの奇術に協力してくれるアシスタントが必要なのです」  
「アシスタント? それって私でもいいの?」  
「俺もやってみたい!」  
クラスのうち数人が我先にと名乗り出る。  
それを見てリズは申し訳なさそうに頭を下げた。  
「皆さんの気持ちはありがたいネ…でもソーリー、実はアシスタントはさっき決めちゃいました」  
高らかに宣言しながら、クラスメイトたちの中で遠慮がちに眺めていた一人の少女の腕を掴んで引っ張る。  
その少女は、高原愛だった。  
「へ?……えええっ!?」  
流石にいきなりアシスタントに選ばれて面食らったのだろう。愛は慌てて抗議する。  
「ちょ、ちょっとリズちゃん!? いきなりそんなこと言われても、私奇術とか全然知らないよ!?」  
「オウ、心配しなくてもぜんぜんダイジョブね。アシスタントといっても、ワタシの簡単な指示に従うだけ」  
「で、でも、もし私のせいで失敗しちゃったりしたら…」  
「ノープロブレムね、ワタシの腕前を信用してください。それとも…アイは、ワタシなんかのアシスタントは、嫌?」  
しゅんとして、上目遣いに愛を見つめるリズ。  
「ち、違うよ! えっと…私なんかでよければ、喜んで!」  
愛はその様子に思わずアシスタントを承諾してしまった。  
「ホント? サンキューね、アイ! お礼にステージの上では夢のような時間を約束してあげるよ!」  
リズは満面の笑みを浮かべて愛を思い切り抱きしめた。  
「やっ、リズちゃん、みんなの前で抱きつかないでー!」  
新入生の大胆な行動に思わず愛は顔を赤らめた。  
 
リズは、クラスメイトに見られないように俯きながら、その口元に先ほどまでとは明らかに違う微笑を浮かべていた。  
「フフ…夢のような時間を約束してあげる…二度と忘れられないくらいの…ネ」  
リズの口から発せられたそのかすかな囁きを聞いたものはいなかった。  
 
「でも奇術って、一体どんなことをするんだ?」  
クラスメイトからの質問に、リズは愛の体から離れ、人差し指を左右に振る。  
「ちっちっち、それは始まってのお楽しみ…最初に教えちゃったら驚きも半減」  
「えー!いいじゃんケチー!」  
「ちょっとくらい教えてよー」  
クラスからは不満が沸き起こる。逆に言えば、それだけリズの奇術を心待ちにしているということだろう。  
「ンー…仕方ないですネ。本番のネタは教えられませんが、その代わり…  
今日は特別に、皆さんに少しだけワタシの奇術をお見せしちゃいましょう!」  
「マジで!?」「やったー、リズちゃん大好き!」  
リスの一言で不満は一気に歓声へと変わった。  
 
「それじゃあ、アイにアシスタントをお願いしますネ。ちょっとそこの椅子を持ってきて、座ってみてください」  
「え? う、うんっ」  
指示されるがままに愛は近くにあった席から椅子を引き、リズの真正面に置いて座った。  
まさかこの場でいきなりアシスタントをすることになるとは思っていなかったが、いきなり本番で臨むよりも  
あらかじめ慣れておいたほうが緊張せずに済むだろう。そういう意味ではこれはいい機会といえた。  
「オーケイ! では…このピンポン玉を握ってください〜」  
リズはポケットからピンポン玉を取り出すと、愛の右手の中にそれを持たせる。  
「これでいいの?」  
愛は手渡されたピンポン玉を、しっかりと右手で握った。  
「グッド! アイ、確認しておきますが、間違いなく手の中にピンポン玉の感触はありますね?」  
「うん…」  
愛は右手の中の感触を確かめる。指に隠れて見えないが、確かにピンポン玉のすべすべとした感触があった。  
「それでは、ワタシが3つ数えて愛の手を叩いたら、そのピンポン玉は消えてしまいます!  
ワン・ツー・スリー!」  
ぽん、とリズは掛け声とともに愛の右手を軽く叩く。  
「えっ…?」  
愛は驚きの声を上げた。さっきまで確実に手の中にあったはずの感触が突如として消えうせたのだ。  
恐る恐る右手を開いてみる。空っぽだ。白いピンポン玉は影も形もなくなっていた。  
「すげー!」「ねえ、今のどうやったの?」  
リズは得意げに胸を張る。  
「ノンノン、マジシャンは決して種を明かさないのです。そんなことより…ミナサン、ピンポン玉がどこに行ったと思いますか?」  
そして、人差し指で愛のスカートを指差す。  
「ふふ…アイ、ちょっとスカートをたくし上げて、中を確認してみてください♪」  
「うん…」  
いくら奇術師とはいえ、座っている相手のスカートの中にピンポン玉を入れることなんてできるとは到底思えない。  
愛はスカートの裾をつまんで、ゆっくりと持ち上げていった。  
クラスメイトたちも、リズの言葉に誘導されるようにそちらに視線を向けた。  
スカートをたくし上げるにつれて、ふくらはぎ、膝、太腿と徐々に露になっていく。  
そして、その左右の太腿の間に、ピンポン玉は――無かった。  
「――あれ?」  
まさか、失敗…? そう思って、愛は困惑の表情でリズを見上げる。  
ひょっとして自分が何かまずいことをした所為で、リズに恥をかかせてしまったのだろうか?  
しかし、愛の心配は杞憂に終わった。リズは愛を眺めながら満足そうに頷くと、楽しげな表情で言い放ったのだ。  
「ンー…とっても綺麗な脚ですね、いい目の保養になりました♪」  
悪戯っぽい笑顔でリズは右手を差し出す。その手には、先程のピンポン球が乗っていた。  
「ふぇ……あ、きゃぁっ!?」  
リズの言葉で愛は自分の状況を自覚する。  
他ならぬ自分の両手によって、太腿が見えるほどたくし上げているスカート。  
クラスメイトたちの視線は、その露になった太腿に注がれていた。  
ここに至ってようやく愛は自分がからかわれていた事を理解した。  
愛は慌ててスカートを元に戻し、真っ赤になってリズを睨み付ける。  
「もう、リズちゃんっ!」  
「あはは、ソーリーソーリー…ちょっとした冗談ネ。ミナサン、楽しんでいただけましたか?」  
「うん、びっくりしちゃった!」「また見せてくれよ!」  
クラス中から惜しみない賞賛の声が上がる。  
 
「喜んでいただいてワタシも光栄ネ。それじゃあ…好評にお応えして、もう一つ奇術をお見せしちゃいましょう!」  
「まだ見せてくれるの!?」「よっしゃあ!」  
思わぬサービスにクラスから拍手が沸き起こる。  
「コホン…ここに2枚のハンカチがあります。今から奇術を使って、このハンカチを3枚に増やしてみせます!  
よくごらんください、種も仕掛けもありませんネ」  
リズは2枚のハンカチを取り出し、1枚を観客に、そして1枚を愛に手渡す。  
受け取ったハンカチを折り曲げたり光に透かしたりしてみる。確かに、何の変哲も無い普通のハンカチのようだ。  
確認が終わった後、リズはハンカチを二人から再び受け取る。  
「まずは、このようにして端っこを結びまーす」  
2枚のハンカチを、一つの隅で結んでつなげた後、リズは愛の正面に立つ。  
「ちょっとごめんなさい、失礼しますねー。ではアイ、左右の手でそれぞれのハンカチの端っこを握ってくださいー」  
そう言いながら、結び目の部分を愛の制服の胸元に突っ込む。  
「ふぇ? う、うん…」  
命じられるまま、愛は繋がったハンカチの両端をそれぞれの手に握る。  
「それではアイ、ワタシが3つ数えたら、ハンカチの両端を思いっきり左右に引っ張ってください!  
見事ハンカチが増えたら拍手をお願いしますネ!  
それではいきますヨ…ワン・ツー・スリー!」  
リズの合図とともに、愛は両腕を大きく広げ、両手に握っているハンカチを一気に引っ張った。  
お互いにしっかりと結ばれていたはずのハンカチは、驚くことに抵抗も無くするりと引っ張ることができた。  
「あ、あれ…?」  
結び目が解けてしまったのだろうか、と一瞬考えたが、それぞれのハンカチの端はちゃんと別の布に結び付けられている。  
そのまま一気に両手を伸ばして引き抜くと、見事に3枚の布が繋がった状態で愛の目の前に現れた。  
クラスメイト全員の目がその布に釘付けになる。誰もが驚きのあまり拍手すら忘れていた。  
「――え?」  
左右のハンカチに繋がれた真ん中の布は、ハンカチではなかった。  
それは、愛が今朝着けてきたはずの、白のブラジャーだった。  
 
 

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