と言う訳で、天窓を目一杯開けて、ポケットの奥底深くから掴み出した
旧い蝋石の欠片で、暗い床一面へと鮮やかに描き出された月の影法師を
囲みつつ、大型AAならぬ73番目の魔方陣を描いてみる。
そのついでに、夢の中で聞き覚えた戯れ歌なんぞを小さく口ずさめば。
「……ひぃゃぁぁ、ぶにっ!!!」
一瞬で辺り一面を覆い尽した銀紫色の、微妙に温泉っぽい香りの煙を
掻き乱しながら、目の前に具現化したソレは、いきなり床に激突していた。
……しかも、顔面から。
「おーい、生きてるかー?」
一応、指に付いた蝋石の粉をズボンで丁寧に拭ってからしゃがみ込み
ぴくぴく痙攣してる後ろ頭を軽〜く突っついてみたものの。
へんじがない、ただのしかばねのようだ。
「……んー、デスマスク取れるかな」
以前、ちんけな賭けに負けて、自分自身のライフマスクを取る羽目に
なった時、結構大変だったので、良い素材が手に入ったら、是非とも
『全身型どり』に挑戦してみたいと密かに思っていたので、正直嬉しい。
で、念の為、癖の無い長めの黒髪が指の隙間を流れ往く感触を楽しみつつ
小さな頭部全体と、不思議な感触の薄物越しにだけれども、華奢な肩口から
尻たぶに至るなだらかな背中の感触を、丁重に撫ぜ廻してみたけれど、幸い
変な突起物の存在は確認出来なかった。
耳の上部が幾分尖り気味な所さえ除けば、ごく普通の人型生物っぽい。
只、仰向けにしてみると、額にこそデッカイ瘤が出来てしまっているのだが
上半身から下腹部に至る造作に、服の上から想像していた以上にメリハリが
無い事も判明してしまい、少しガッカリした。
『型から抜きやすい』という観点から鑑みれば、幼児体型と言うヤツは
大変良い条件なのかもしれないのだけれど、あまりに見栄えが貧相なモノを
例えコレクションの隅っこにでもあろうと態々加えてしまうのも、なんか
いじましい気がする。
それでも確認の為に某所を弄ってみると、ちくちくする感触が全然無い。
コレは益々、型に押し込む直前の『下準備』の手間が省ける逸品だ!!! と
ほくほくしながらより一層詳しく調べる為に、抱き上げてベッドへと運ぶ。
よくよく考えてみれば、成長半ばにある未完成品を自分自身の
全身全霊を傾けて、自分好みに育て上げるのも、粋な趣味人に許された
嗜みの一つだろうし。
ふと、窓から見上げた月が何時の間にか『3つ』に増えているのに
気が付いたが、太陽が3倍の大きさになるより全然、実害は無かろうと
あっさり無視する事にした。
それよりも、俺をうっとりと見つめてる少女の金色の瞳が妖しく輝いて
口元からちらりと覗かせた真珠色の牙を煌かせながら、俺の喉元へと
埋め込む様の方が遥かに美しく……。