「ほう、鴨が葱をしょってくるとはこのことか」  
 墜ちた巫女、夕蠱(ゆうこ)は、やってきた人影をみて、あざ笑った。  
彼女たちの使い魔に追われて逃げた獲物が、今、自ら戻ってきたのだ。  
使い魔を四方八方に繰り出す手間が省けたとさえ思った。  
あえていうなら相方の死霊使い、死乃(しの)が席を外しているのが残念だった。彼女は闇姫に次の死体をもらい受けにいったのだった。  
今頃死乃は、やってきたこの少女を動揺させるような死体を吟味しているはずだ。  
「しかしなんとも間が悪い。おぬしを心待ちにしておったものは、席をはずしておってのぉ」  
そう言って夕蠱はにやにやと笑うが、少女が自分に興味を示していないのを見て、気分を害した。  
少女は死体に犯されて続けている姉を見ていた。そのことに気づき、夕蠱は笑いを取り戻す。  
「くははは、おまえの姉はお楽しみの最中よ。なんなら混ざるがよい」  
姉が少女をみて、腐りきった肉棒を口につっこまれながら、なお、うなった。  
逃げなさいとでも言っているのだろうが、あいにく言葉にはならない。  
その必死さ、哀れさが、笑いを催し、夕蠱は哄笑した。  
 だが、それが途中で止まる。少女は夕蠱に対し無防備に背を向け、姉に歩み寄ったのである。  
その唐突さに夕蠱は少し焦ったものの、自分の胸に吸い付いている虫を引きはがし、少女に向けて放り投げた。  
投げられた蛆は狙いを過たず少女の背にとりつき、瞬く間に襟口から中に入り込んだ。  
 少女は何も反応を見せなかった。蛆が入り込んでも声をあげるどころか、緊張一つ見せなかった。  
そのことが夕蠱を軽く失望をさせたいた。泣き喚いて蛆を取り出そうとする姿はいつも夕蠱の嗜虐心を煽ってからだった。  
「くだらぬな。心を壊してしもうたか。……蟲ども、存分になぐさめてやれぃ」  
 だが失望とは別の次元で夕蠱の蟲は特別だった。老女でも生娘でも蟲が這えば、快楽にもだえて足を開いた。  
そして随喜の涙を流しながら子宮に卵を生み付けられ、孵った幼虫に内部からはらわたを食われながらよがり、死ぬその時まで快楽にまみれるさせることが出来たからだ  
「死乃、すまぬが先に楽しませてもらうぞ。死体だけは残しておいてやるがな」  
 そういうと夕蠱は地に腰を下ろし、尻穴でうごめく蛆の動きにしばらく酔った。  
だが、少女には何も変わらないまま、姉にたどり着いた。  
「どうした、蟲ども?」  
どことなく嫌な予感に駆られ夕蠱が腰を上げると同時に、少女が浄化の術を発動させた。  
まぶしくも温かい光が姉を犯していた死人を飲み込み、すべて崩れ落ちていくと、光の粒子になって消えていく。  
そしてにまさにこのとき夕蠱はみた。服の下に潜り込んだはずの蛆が緋袴の裾からこぼれ落ち、ピクリとも動かず転がるところを。  
「な、なんだと! 壊れておったのではないのか!」  
 心を病んでも使える術はあれど、発狂した者が浄化の術を使える事はない。  
「さ、小夜璃、逃げ……」  
 死者が消えても気丈に妹を逃がそうとする姉に妹は答えた。唾液をすすり舌をねぶる接吻で。  
 姉も夕蠱も驚きで固まっている間、小夜璃は姉の口をひたすらむさぼった。  
 
「たわけめがぁぁ!」  
 夕蠱が覚えたのは、たとえようもない怒りだった。浴びせられたのが敵意なら嗤うだろう。畏怖なら軽蔑するだろうし、嫌悪なら思い知らせることができる。  
だが、まるで路傍の石のように扱う態度を、虫使いとなって以降、夕蠱は決して許さなかった。闇姫ですら彼女の力量にはそれなりの敬意を払ったのだ。  
怒りに駆られて夕蠱は複雑に印を結んで大量の蛆を呼び出す。少女がそのときはじめて彼女をみつめた。  
「われが芋虫で遊ぶだけの手合いと思うたか! 体を食われ尽くして後悔するがよいわ!」  
 さらなる印と呪文で一斉に蛆達の背が割れる。  
すぐに不快でうなるような音が鳴り始め、割れた蛆の背から黒いものが飛び上がり、雲のようにあつまった。  
それは蠅であった。前足をこすりながら二枚羽を羽ばたかせるのは、蠅という昆虫だ。  
そのはずだが、目が赤く血に飢えて輝き、顎は肉をちぎり食わんとしてうごめいているのを見ると、それは決して普通の蠅ではない。  
「ゆけい! 食らいつくせ!」  
 声と共に黒い雪崩のように蠅の群は小夜璃に襲いかかり、二人を覆った。  
やがて蠅が二人を覆い尽くし、黒い人型になった。  
 夕蠱は、それに満足して不愉快さを吐き出すかのように唾を吐く。  
「くだらん。死乃を呼びつけ、相手させれば……おおっ!」  
憤懣を吐き捨てようとした夕蠱の前で、蠅達がまるで果物の皮のように塊のまま、二人からはがれ落ちた。  
そのまま飛び上がる蠅も無く、ピクリとも動かないまま、蠅は死んでいた。  
抱き起こされた姉が驚愕の表情を浮かべている時、小夜璃は夕蠱に笑った。  
 夕蠱の背に、久方ぶりの悪寒が走る。  
闇姫に殺されかけたときでもこれほどまでの悪寒は走らなかった。  
それは殺意の笑いではない。嬲る笑いでもない。犯す笑いではあり得ない。  
全てを侵し、魂まで犯し抜く笑いだった。  
氷のような恐怖に心臓をつかまれながら、夕蠱の術はかつてなく冴えた。  
最高の精度とスピードで印を完成させ、甲虫を召還してマッハのスピードでとばした。  
絨毯のごとく毒虫を呼んで向かわせた。巨大な蜂をうんかのごとく集めてぶつけた。  
サソリを敵の背後にまわし、毒蜘蛛を音もなく相手の頭上からたらし、毒蛾の燐粉で霧ができるほど周りを舞わせた。  
この出来なら闇姫すらしのげる、そう確信し、妖力が尽きかけるほど術を放った。  
しかし、ことごとく術は破れた。  
甲虫は唐竹割りにされた。毒虫は地面ごと切断され、出来た穴に放り込まれた。蜂は糸のようなものに全て絡めとられた。サソリも蜘蛛も毒蛾も全て切りとばされ、地面におちた。  
それを印一つ結ばず、呪文一つ唱えず、全てを侵す笑みを浮かべて、少女はやってのけた。  
散歩をするがごとく、気楽な歩みで近寄りながら。  
 
 気がつくと、少女は夕蠱に触れることが出来る位置まで近づいていた。  
「良かったわね。主様があなたも贄にするんだって」  
肩への鈍い衝撃とともにうつぶせに転倒して、それから少女に突き飛ばされたと夕蠱は理解した。  
起きあがろうとして、手足が動かないのに気付く。  
見ると両手に肌色の蛇のようなものが巻き付いていた。  
本能的な恐怖感で手足を引こうとして、手足から背筋にかけ上るしびれに気がついた。  
太股を愛液が流れ落ち、腰がたくましいものを求めてうごめいた。  
「馬鹿な!」  
夕蠱は必死で首を振り、股間から頭をかけ上る刺激に抗う。  
肉蛇が腕を這いのぼり、脇の下に至る。それに乳房をすりつけようとして思わず体を揺すっているのに気付いた。  
腕にしたたるものを感じ、見てみると水のようなものが垂れ落ちていた。自身が知らぬ間にたらした唾液だった。  
足をのぼる舌よりも心地よい感触に思わず腰を振りかけ、意志の力を振り絞って押さえつけた。  
「くぅ……はは、なかなか……きく……責めでは……ないか……」  
「どう? 芋虫とは全然違うでしょう?」  
 にこやかにのぞき込む小夜璃に、夕蠱は精一杯の虚勢をはった。  
崩れる訳にはいかなかった。退魔の巫女だった彼女は、虫使いに破れてから、彼女はひたすら虫に犯されてきた。  
処女は油虫に奪われた、後は蛆だった。虫を出産したことは数知れない。彼女を破った虫使いは不能だったから、絶頂も虫で覚えた。墜ちるところまで墜ちて闇に忠誠を誓った。  
自分を破り犯した虫使いを師として、体を捧げ、たらし込んだ。師の尻穴を舐め、虫に二穴を掘られながら、彼女は師の技を盗んだ。  
全ての技を盗んだとき、彼女は師の虫で師の全ての穴を犯して、悦ばせながら殺した。  
師のはらわたで産まれた虫を彼女は今でも大事に飼っている。  
だから彼女は自分を侮ったり犯したりしたものは、男でも女でも全て虫で犯し食わせ、研究材料にすると決めていた。虫以外は決して許さないと。  
「くはは……この感じ……久しぶりよの……虫以外では……感じぬ……と思うて……おったわ」  
 そして敵が彼女を犯し抜こうと考えている限り、勝機はあった。事実、彼女はそれで幾たびか生を拾ってきたのだ。  
だから彼女は精一杯虚勢をはった。相手の嗜虐心をそそらせ、慢心させる必要があったからだ。そして慢心の絶頂で絶望に突き落とすのが彼女の好みだった。  
 胸を肉蛇が巻いて、その頂をくわえる。  
うめき声が絶叫のように漏れた。かろうじて四つん這いの姿勢を保っているのに、腕の力が抜けてはいつくばりそうになった。  
それでも尻だけを上げる姿勢は降伏の印だから、夕蠱は気力を絞って腕をつっぱった。  
それを知ってか乳房を肉縄が自在にもみしだき、這いずって舐められた。それだけで腰が抜けそうになる。  
おまけに細い触手を出して頂きを縛るかと思えば、顎を開くかのように先端が割れて頂きをくわえ込まれて微妙な堅さで甘噛みされた。  
虫よりも優しく、しかし女の体を知り尽くした知能をもって行われる行為に胸全体が溶けそうな快楽にそまる。  
どうしようもなく肉縄を乳房に埋めてこすりあげたくなった。前も後ろも全ての穴の奥の奥まで入りくねって欲しかった。  
後から際限なく湧いてくるそんな衝動を渾身の気力で押さえつけ、切り札のことに頭を集中した。このまま責められたら長くは保たないことを悟っていたからだ。  
「……どうだ、……われの体……堪能……したか? はあぅ……だが、……もう……時間切れじゃ。……死乃達が……来る。おまえのあるじ様……とやらは女一人……堕とせぬ……くははははは」  
 夕蠱の言葉と共に女陰になめらかな熱いものが当たった。  
その感触に言いようのない震えと快感が走り、目の奥で火花が散って達しそうになる。何より待ち望んでいたものがあてがわれて喜んでいる体と自分の心の一部が恐ろしかった。  
歯を食いしばって、腹に気を込めると、なじんだ感触がぞろりと動いた。  
同時に熱いものが入ってきた。全身が止めどもなく震え、押さえても押さえても腰が動いた。  
自分でも自分の中が肉蛇を奥へ奥へとくわえ込もうとしているのがわかる。頭の制御を外れて体全体が喜んでいた。  
達しなかったのは、腹の中の切り札に必死に呪を掛けていたからだけに過ぎない。  
子宮まで犯されるだろうが、その時こそが逆転の始まりになるはずだった。その思いだけにすがっていた。  
これまでは、すべてそうだったのだ。  
 
 膣の奥を超えて腹に入り込んだ肉縄の動きが止まった。それどころか体の各所で嬲っていた全ての肉縄が蠢きを止めた。少女の顔に驚きの色が広がる。  
「くっくっく、はははははははは! かかったな、おろかものめが!」  
夕蠱は笑った。待ち望んでいた時が訪れたのを知り、屈辱と勝利感の混ざった暗い笑いがどうしようもなく漏れた。  
 蠱術の初歩にて最大の奥義は蠱毒である。複数の虫を瓶に入れ互いに食い合いをさせ、残った虫を蠱(こ)として、術をなす。  
彼女はそれを己の子宮で行っていた。胎蠱という外法中の外法である。  
虫によって植え付けられた卵はおろか、陵辱者によって孕まされた胎児ですら虫として蠱の生成に利用し、外法の虫に外法の技を重ね、月経の血にも呪いをかけて、胎蠱に飲ませた。  
だから自らを犯す男性器などものの数ではなかったのだ。  
そうやって彼女は自らを犯す男も女も獣も魔も、腹の蠱で呪いを掛け、殺してきた。それが虫に犯され続けた彼女の人生への復讐だった。  
「くくく、なかなか良い余興であった。可愛い虫以外でこのように心地よいのは久方ぶりだった。礼として可愛い虫達の卵を産みつけてやろうではないか! はははは……! な、なんだとぉ!」  
笑う彼女の眼前に、彼女の陰部から抜けた触手が、白い糸に絡まった何かを引きずり出す。  
毒々しい色の、それは蠍(さそり)。  
 小夜璃が、幼子の宝物を見つけた大人のようにほほえんだ。  
「こんなものを入れてては駄目。女の子のおなかは主様を迎えるためにあるんだから」  
その言葉と共に、腹にいた蠍は、細切れに切り裂かれ、地に落ちた。  
地面で毒の尾が、悲しげに二、三回ひくついて、動きをとめる。  
「あ、……あああ……あああああああひぃぃぃぃぃぃぃ」  
呪が破れたとき、呪が術者に返るのは、世の必定である。  
必殺の毒は、このときばかりは夕蠱自身を灼いた。  
体をさいなむのは、激痛ではない。苦しみでもない。  
それは胎蠱を破った千巳の意志に従い、身の置き所が無いような、渇きにすら等しい絶頂寸前の快楽となる。だが、夕蠱の手では決して至ることはない。それが呪い。  
夕蠱は無惨にも、転げ回って自ら女陰をかきむしった。己の乳房を責めていた肉縄で胸をこすった。  
尻穴に指をつっこみ、白目を剥いて泡を吹きながら、まだ足りなくて手首まで入れた。だが達することのない快美さは苦痛のように夕蠱を襲った。  
 それはすでに虫使いとして、闇に名をはせた女の姿ではない。麻薬中毒の禁断症状にも等しい廃人の姿であった。  
 
「楽にして欲しい?」  
 狂いそうな、いや狂う寸前の快楽の中で、夕蠱はその言葉だけはっきりと聞こえた。  
一も二もなく彼女は何度も頷いた。その動作はけいれんと見間違えるようなものだった。  
「じゃあ、主様に捧げなさい」  
「ささげる、ささげますからあああああ」  
再び胸の頂きがくわえられた。そう思ったら熱く細く柔軟ななにかが乳首を通して胸の中に入ってきた。  
「この大きくて綺麗な胸は誰のもの?」  
「ああうううう、あ、あるじさまっ、あるじさまのものぉぉぉぉおおおおお」  
 その言葉と共に熱く細いもので「中から」胸が舐められ、夕蠱は悶絶して、二三度続けざまに達した。だが狂おしい愉悦は止まる気配を見せなかった。  
「おしりの穴はどう?」  
「あるじさまにささげますぅ。ささげますぅぅ」  
尻穴を満たした熱いなめらかさは、夕蠱をむしろ落ち着きをもたらした。  
いま、尻を満たした肉縄こそがこの尻穴にもっとも入れたかったものだった、そう夕蠱は思った。  
だからその熱さが上にのぼり、腸をすべて犯すつもりなのを知り、彼女は満たされていった。  
だがまだ全然足りなかった。それで彼女は声がかかる前に足を開いた。  
「そう、そこも捧げるのね?」  
「……あうう、捧げます。おまんこも子宮も……私の全てを……体も心も……全て……主様の……もの」  
言葉と共に唇が重ねられた。痺れるようなでも温かい快楽が湧いて、夕蠱は泣きながら唇をむさぼり、舌を吸い、唾液を飲んだ。  
そして女陰に触れた主が、彼女の中に入り込んだ。それだけで彼女は数知れず達した。  
腹の中に入ったときは意識が断ち切られた。尻と腸でうごめく主の熱さで意識を取り戻した。  
胎蠱で荒れた子宮が主様によって癒されていくのがわかった。その温かい感触でまたいった。  
主が胸を絞ると先端から白いものがあふれた。主に捧げられるものがまた出来て、夕蠱はうれしくて達した。  
気がつくと小夜璃が自分に重なっていた。導いてくれた人だと思うと感謝の念が湧いた。また達した。  
「小夜璃様、小夜璃様、小夜璃様ぁぁぁぁ」  
「ごめんね、あんまり気持ちよさそうだから、私も主様が欲しくなって……」  
彼女の体にからみつく小夜璃の体もまた温かかった。  
口づけを交わしながら、しっかりと抱き合った。だけどそんな必要もなかった。  
彼女と小夜璃の絡み合った手も足も体も、主様が上から巻き付いて、離れなくなっていた。  
彼女たちの体の隙間という隙間全てにも主様が入り込み、穴も全て主様によって繋がれていた。  
「あああ、主様が私たちを……」  
「……ええ、一つにしてくださった」  
体の外でも中でも主様が愛してくれているのを感じた瞬間、彼女はとても大きく深いものが急にやってくるのを感じた。  
もはや声も出ず、ただおこりのように不規則に体を震わせて、その恐怖すら感じる感覚におののきながら、唇に触れた主様を無我夢中で吸う。  
開けた目の向こうで小夜璃の目も溶けきっているのがわかった。  
体が痛いほど反り返って硬直し、腕も足も付け根までしびれ、せり上がるものが頭の頂点まで達して、彼女は死のような絶頂を迎えた。  
今までの虫使い夕蠱は、今このとき息絶えた。  
 
 神守家長女、涼子は、心底の恐怖に苛まされていた。  
死人に犯されたことではない。敵に捕まっていたことにでもない。  
年数が浅いとはいえ退魔師をやっていれば、一通りの怪異には遭遇するものである。  
死人が動いて自分を陵辱しても、死霊術師がいるのであれば、恐怖はしれていた。  
何が起こっているのか、理解できるからである。  
 けれど、……この妹は、得体が知れなかった。いや、得体の知れないものにすり替わっていた。  
姿形が、声や仕草が、お姉ちゃんと呼ぶその口調が変わらぬだけに、中身の異様さが際だって、恐ろしかった。  
妹が舞い戻ったのは、驚いたがおかしくはない。  
その妹が敵の前で自分にキスをするのはおかしい。それでも何か理由があるかもと信じた。  
「主様が助けてくれるよ。だからお姉ちゃんも主様に捧げてね」  
彼女がささやいた言葉の意味がわからなくて、異様さを感じて、少し怖くなった。でもアルジサマとやらはいい人なのかも、そう思い直した。  
妹が虫使いの技を軽々とはねのけたのは、もっと異様だった。  
「あんな返し、私は知らない」  
 思わず涼子はつぶやいた。得体の知れなさを感じ、恐怖がつのった。  
さらに虫使いを嬲り始めたときは、もっと異様だった。  
小夜璃は明るく優しい子だった。あんなことはしない。そう思うと恐怖が増した。  
それでもその時までは、まだ理解できる範囲内であったから、恐怖を抑えることが出来た。  
その妹が、狂ったようになった虫使いと抱き合い、しかも蛇みたいなものに体中をたかられながら、嬌声をあげるにいたって、事態は涼子の理解の範囲を超えた。  
妹は決して、決して妖物に絡まれながら、しかも同性で、どうしてか敵と、あんな嫌らしいことをする子では無かった。  
涼子は嬌声に耳を塞ぎ、目を閉じた。そうでもしなければ叫んでしまって、あの妹のようなものを呼び寄せてしまいそうだったからだ。  
だけど、妹のようなものはやってきた。なぜか、涼子をお姉ちゃんと懐かしい声で呼んだ。  
だれがなんといおうと、今、目の前にいるのは、妹では、決してない。それは涼子の確信だった。  
「さあ、お姉ちゃん。お姉ちゃんも主様に捧げようね?」  
「来るなぁ、こっちに来るなぁ! 来ないでぇぇぇ」  
陵辱された影響で腰が立たないことに、心底焦りを憶えた。  
まるで悪夢の中のように、ゆっくりとしか逃げられないのに、妹の姿をした化け物はもてあそぶかのように、彼女を追いかけてきた。  
這いずって、でも背中を見せるのが恐ろしくて、それでも彼女は逃げた。  
手に触れた石を狙いも定めず投げつけた。  
何もなくても片手を振り回した。  
何度も来ないでと叫び、声が枯れても絶叫した。  
だが、妹のようなものは、薄気味悪い笑顔を浮かべながら追ってきた。  
悪い夢をみているんだ。涼子は唐突にそう思った。  
死人に犯され、妹の姿をした化け物に追いかけられる。なんて刺激的な悪夢。  
股間が痛いのも夢。口の中が嫌な味でヌルつくのも夢。すれた足が痛いのもきっと夢。  
目が醒めれば、きっと布団の中。つまらない日常がまた始まる。  
「あは、あははは、夢なんだぁ、はははは、すごいリアル、ははははは。でも、もういいよ。早く醒めてよ。私、ホラーはあんまり好きじゃないんだよ、あはははは」  
這いずって逃げることを止めないで、涼子は笑った。涙を流して笑った。  
 
 追いかけてきた妹のようなものが突然飛び退いた。   
それを追うかのように小さなナイフのようなものが地に突き立っていく。  
くないと呼ばれる投げナイフの一つであることを涼子は知らない。  
ただ妹の姿をした化け物が遠ざかってくれたことが何よりもうれしかった。  
安堵する彼女の前に、女忍者が音もなく降り立った。ボディーラインがくっきりした忍者の服の上には雌の豹を思わせる精悍で美しい顔があった。  
だが女忍者は彼女の顔と妹を見比べて、無表情は変えないまでも困惑したような気配を漂わせた。  
「た、助けて! お願い、助けてぇぇぇ」  
その忍者が敵だと言うことは涼子も認識していた。  
それでも叫ばずにはいられなかった。  
だが忍者は彼女を無視して、虫使いを呼んだ。  
「夕蠱! 大丈夫か! 返事をしろ! 夕蠱!」  
「駄目なの! その人は駄目なのぉぉぉ!」  
「ええい、うるさい!」  
 すがりつこうとした涼子が蹴られる。力は入ってなかったが、それでも涼子を黙らせるには充分だった。  
「……心配ない」  
 先ほど、妹のようなものと抱き合っていた虫使いがゆらりと体を起こした。顔はうつむいていたため見えない。  
外見は、先ほどまでとまったく変わっていなかった。けれどもその声色に、涼子は戦慄した。  
虫使いが残酷で非道な術者であることは涼子も承知していた。  
しかし虫使いには、彼女なりの歪んだ人間味があった。  
なのに、この声には、なにか大きなものが欠けている。  
「ふん、戦っていたのか? 捕虜が逃げているぞ」  
美貌の女忍者は、その鋭い目を走らせながら、鼻を鳴らした。  
「問題はない。すぐに片がつく」  
「ならいいが、どこか傷でも受けたか? いつものお前らしくない」  
「無傷だ。……それより忍(しのぶ)?」  
 ふと女忍者が怪訝な顔をした。違和感を感じたらしい。  
「なんだ?」  
「手伝って欲しいことがある」  
虫使いの言葉に、女忍者の目がきらりと光る。切れ長の美しい目がすっと細められた。  
「珍しいな。それに無傷なのにか?」  
「とても大切なことでな、一人でも多くの助力が欲しい」  
「そういうことなら闇姫様に言え。私とてやることが残っている。それにその小娘、逃げた生き残りだろう? なぜ、捕まえないのだ?」  
「そちらのほうは問題ない」  
そこで沈黙が流れた。音もなく女忍者が抜刀した。  
「……ほう。……なにかはよくわからんが、夕蠱、おまえ、『やられた』な?」  
 
女忍者の声のトーンが敵意で下がっていた。その僅かな変化を虫使いは、楽しんでいるようだった。  
「……さすが忍。察しが良くて助かる」  
「……馬鹿が。……しくじりやがって」  
それは女忍者なりの訣別の言葉。だが、虫使いにとってはどうでもいいことだった。  
「いや、これこそが正道よ。お主にはもちろんだが、闇姫にも是非とも教えてやらねばな。主様のすばらしさをな」  
 そういうと声を殺して虫使いは笑った。その笑いには悪なりの友誼はもはやない。ただ侵す意志だけしか残っていない。  
「小娘だけならまだしも、夕蠱、おまえとやるには持ち合わせがたりない。……退かせてもらう」  
 不気味な沈黙を保つ小夜璃にちらりと視線を投げかけて、女忍者は僅かに足を引く。  
次の瞬間、涼子の体は抱きかかえられ、宙に浮いていた。  
夜闇の中を抱えられて飛ぶ中で、涼子は心から安堵していた。それが敵の手の中であるということも忘れて。  
「女、何を見たか、全部話してもらうぞ」  
女忍者の言葉は鋭く短いものであったが、涼子にはわかった。  
彼女もまた恐怖に蝕まれていることを。  
 
 

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