「逃げて!」  
 生ける死者の群れに囲まれ、浄化の術を絶え間なく繰り出しながら、姉は叫んだ。  
「封神の祠へ! 早く!」  
 おぞましくもビール瓶ほどもある蛆虫に体をたかられながら、母親は小夜璃(さより)を突き飛ばした。  
小夜璃は、一瞬だけ躊躇したが、すぐに行く手を遮る魔を退魔の技で打ち倒し走りだした。  
 
    妖蛇魔淫伝  
 
N県南部、険しい山々の間に小さな町が点在するこの地に、千巳山(せみやま)という山がある。  
観光名所でもなく、幹線や鉄道からも離れたこの山には、妖魔の伝説がある。  
はるか昔、多数の蛇妖を操る大妖がこの山にいて、時々麓の里の女をさらったという。  
困った里の人々が貧しくも心清い娘を贄として捧げたところ、大妖は以後女をさらうことはなくなり、人々は大妖を千巳の神として崇め、山の中腹に社を建てた。  
その千巳山神社の代々の神主が神守(かんもり)家であった。贄にされた娘と千巳の子の子孫だと神守一族は自称し、そして小夜璃は当代神守家の末娘であった。  
大妖の子孫と言うだけあり、神守家は代々強大な霊力で退魔を行い、千巳山の極めて良質な地脈を狙う魔を撃退してきた。今日までは。  
なのに結界はあっけなく打ち破られた。思わぬところより襲い来る魔の侵攻が奇襲攻撃となり、神守の一族は統率された防戦もままならなくなった。  
魔の襲来を予測されていて、迎撃準備をしていたにも関わらずである。  
そしてついに地脈の結節点であり彼女らの住居でもあり防衛拠点だった神社は、魔に蹂躙され、穢されたのだった。  
慣れ親しみ聖なる気に満ちていた彼女の家は、今では骨まで染みこむような穢れた気をまとうようになっていた。  
だから悲しみと怒りと恐怖が退魔の巫女である小夜璃を突き動かしていた。  
戦うこともかなわないほどの多数の妖魔が追っていたのもある。  
いずれにせよ小夜璃は走ることしかできなかったのだ。  
 
 封神の祠は神社の裏の目立たない一角にある。  
入り口には古い結界が張られていたが、彼女が口伝通りに祝詞を唱えると、結界はほんの一部だけ開き彼女を通した。  
そして天然のものと思われる狭い洞窟を彼女は降りていき、ヒカリゴケの燐光を頼りに長い洞窟を進み続けて、やがて彼女は広間にでた。  
一面に輝くヒカリゴケの広間の中で、奥まったところに小さな社があるのを小夜璃はみつける。  
何かを祭っているようだったが、名は書かれておらず、中に御神体もない。  
だが彼女はここに祭られているものを口伝で聞かされていた。  
「千巳(せみ)」である。  
 女を贄として望みを叶える大妖。だが神守の強大な霊力は大妖が与えてくれたともいう。  
神守の末子であった小夜璃もまた、姉共々退魔巫女として育てられたため、千巳に関する口伝を幼少の頃からたたき込まれてきた。  
場合によっては千巳の贄になるのが神守の巫女。  
だが神守の女達は強く美しく生きてきた。口伝は口伝であり、現実に贄になった女がほとんどいないのもある。  
それに小夜璃は楽天的であった。  
いずれ花開く朝顔のような美しさを秘めるとともに生来の明るくて陽気な性格もあって、家庭でも麓の町でも愛された。  
だからこの幸せがもろくも破られるなどと思っていなかった。  
しかしその屈託のない笑顔が似合う顔も今は絶望の色が濃い  
祠にたどりついても洞窟はそこで行き止まりで、なにより幼い頃悪夢に怯えた、地の底でうごめく大妖の姿が無かったからだった。  
 
 ふいに今来た洞窟を何かが転げ落ちる音がして、彼女は入り口を振り返る。  
落ちてきたのは死者だった。手足も首も生者ではあり得ない角度で曲がっていた。にも関わらず、やがて死者は体を揺らしながら起き上がった。  
構えた彼女の視線の先で、生ける死者が落ちてきた入り口から巨大な蛆が、目だけがやたら赤い獰猛な犬のような影が、得体の知れない触手が、そして生ける死者が次々と現れる。  
やってきた妖魔達は半円を作って彼女を追い詰め、その中から一人の死者を吐き出した。  
その死者は片腕が無く、皮膚は青黒く変色していた。なのに青黒く変色した醜い裸の下半身の中心で、男の逸物もまた腐りながら猛っていた。  
「……そんな、叔父様!」  
 死者の面影が小夜璃の記憶と合致した。それは父代わりに彼女に術を仕込んでくれた優しく厳しい叔父だった  
「くくく、この男はおまえをほしがっておった。結界について教えれば、おまえを抱かせてやる約束なのでな」  
死者が口を動かし、明らかに生前の人物のものではない女の声色で言葉が流れ出す。  
猛った逸物から、男の精では決してあり得ない蛆混じりの黄色い膿がしたたり落ち、それを見た彼女の口から小さな悲鳴がもれる。  
よたよたと特徴的な頼りない動きで叔父であったものが彼女に近づき、触手や蛆が彼女を、小さな社に押しつけ縛り上げた。  
犬のような影が、彼女の緋袴も胴衣も噛み破り、伸ばされた生ける死者達の手が彼女の足をつかんで股を割った。  
今度こそ、洞窟に彼女の悲鳴が響き渡った。  
 
 パニックに陥って泣き叫んでから、どれくらいたったのか、唐突に彼女は正気に戻った。  
気がつくと押さえつけられる圧力が無くなっていた。彼女の目前で妖魔達が静止していたのだ。  
正しく言えば、その位置で空しくもがいて、理由は不明ながら一歩も進めず、腕も動かせない状態であった。  
ふと彼女は気配を感じて、顔を横に向けた。  
そこにいたのは、小さな細い蛇。……蛇と言うには目も顎も無く、色も人の肌色みたいな色だったので。肉縄といったほうが正しいのかもしれない。  
目も口もないその肉縄は、しかし無いはずの目で彼女をみていた。  
(助けを乞うか? だが、贄を出さねば、その望み受けられぬ)  
それは音ではなかった。なのに、声として彼女の脳裏に響いた。重々しく力を秘めた存在のものとして。  
「贄……」  
 その言葉で彼女は祠の口伝を思い出した。  
 昔、彼女の祖先に姉妹の巫女がいて、魔の跳梁跋扈に困った人々は、「千巳」の助けを借りるべく姉の巫女に頼み込んだのである。  
姉巫女は直ちに封神の祠に赴き、数日後、祠より還ると、疾く退魔に赴き、瞬く間に魔を討ち滅ぼした。  
ここまでなら良かったが、姉巫女は千巳が見返りとして贄を要求していることを人々に伝えたのである。  
人々は困惑し、やがて一計を講じた。 妹巫女をそそのかして、千巳を封印しようとしたのである。  
人々の思惑通り妹巫女によって千巳は封印され、人々は喜んだが、しかしまもなく魔がふたたび蘇ったのであった。  
里のものは大いに困り、姉巫女にもう一度魔を退けるように頼んだ。だが姉巫女は今度は祠に寄ることなく魔の討伐に向かい、千巳の助力を失って魔に破れた。  
自らの軽率さを悔やんだ妹巫女は、千巳の贄になるとだけ残して姿を消し、妹巫女の失踪と共に蛇妖が地を埋め尽くして、魔を全て切り裂いた後、消え失せたのである。  
姉巫女はかろうじて助け出され、千巳は守り神となった。が、以来守り神は姿を現さなくなった。  
 
「贄になるとして、私は何をあなたにあげればいいんですか?」  
妖魔がそばでうごめき、大妖が至近の距離にいるにも関わらず、なぜか小夜璃は落ち着いていた。  
(全て、体も心も。)  
その言葉に彼女は震える。だが、取り乱しはしなかった。来るべき時が来た、そう思った。  
脳裏に母と姉が浮かぶ。  
うごめく妖魔達を見ながら、意を決して彼女は言った。  
「贄になります。……だから、母と姉を助けてください」  
(よかろう。だが、その女達も贄にする)  
「……はい」  
妖魔達にたかられる母と姉を思い出し、彼女は暗い気持ちで返事をかえした。  
(では足を開け。おまえの破瓜の血をもらう)  
彼女は体をもう一度震わせた。幾たびか逡巡を見せた後に意を決してそろそろと足を開いた。  
その彼女の手に肉縄が滑り込む。  
(その手で我を導き入れ、自らを我に捧げよ。)  
 震える手に涙をこぼしながら彼女は破れた緋袴をめくりあげた。下着はすでにぼろ布と化して落ちている。  
そろそろと肉縄を自らの局所に近づけ、やがてゆっくりと押し当てた。  
「あっ……」  
 局部から伝わってきた意外な熱さとなめらかさを感じた瞬間、  
 ずるり、  
と肉縄は潜り込んだ。  
 恐怖が湧いたのも一瞬、背筋をつらぬいた快感が彼女をのけぞらせた。  
 腰が跳ね上がると共に、だらしなく小水が漏れる。  
「うぅぅはぁぁぁぁううぅぅぅぅう」  
(誓いは成れり)  
 その言葉と共に小夜璃を囲んでいた妖魔達が、ことごとく断ち切られた。  
叔父だった死体は、まずいきり立った逸物が輪切りになり、次の刹那の間に足が切断されて無様に転がった。  
そしてとまどった様子さえ見せた死体の首が抜け落ちるように切りとばされて転がり、一本だけ残った手が、厚切りハムのごとく輪切りになって胴体から落ちた。  
他の死人も全て同様の運命をたどった。  
赤く目を光らせた影は、高周波の悲鳴と黒い血をまき散らして残さず切り伏せられた。触手はところてんのように細切りになり、すぐ粉々に切り裂かれた  
蛆虫に至っては、どれ一つとして、数ミリと動くことなく、黄色い膿を切り口からあふれさせて絶命していた。  
動かなくなった妖魔の体に人の目では見えないほどの細い糸のようなものが走る。  
先ほどまで柔軟な絹糸のごとく妖魔達を縛っていたそれは、いまや血に濡れた刃の鋼線となり、すでに事切れた妖魔達の体を細切れにしていった。  
肉の塊と化した死体の断片がまたたくまに細かな肉の破片になり、それすらさらに切り刻まれて、もはや血と区別がつかない粒にまでいたる。  
先ほどまで洞窟の広場を埋めた妖魔達は、今は赤黒いしみでしかその痕跡をとどめていなかった  
 
 だが彼女はその光景を見ることは無かった。  
二本目の肉縄が右足先から太ももに巻き付いていたからだった。  
「な、なめられてるぅぅぅ」  
自慰で局部を触っても決して得られないような快感が、足先から太ももで湧いていた。  
肉縄から出た細い触手が、足先を丹念になぞり、その肉縄自体もずるずると足を好き放題に這い回った。それだけで彼女の局所から蜜がしたたり、のけぞった彼女は快感に耐えるためにきつく目を閉じ、己の指を噛みしめるしか無かった。  
気が狂っちゃう、快感が絶え間ない小爆発を起こす脳裏で、彼女はそう怯えたが、それももう一方の足に3本目の肉縄がとりついた時にふっとんだ。  
妖魔が消え失せた洞窟で、彼女は耐えきれず、声を放ちながら、いった。  
 
「死人が戻ってこぬ」  
 魔女は男の腰にまたがりながら、そうごちた。裸の上にマントだけを背負った姿だった。  
 裸体は腐りきった空気に似合わぬほど艶やかに張り詰め、女の脂でぬめった光を反射している。  
「せわしない。小娘一人に何をあせるか」  
 答えた女はだらしにない着方をした胴着に袴の格好で、巫女が堕落したような女だった。  
 彼女は胴着の前を大きく開けて自らの豊満な両の胸肉を、それぞれ蛆に与えていた。  
 心地よいのかうっとりと目を細めてさえしている。  
「わしは、あの馬鹿な男に小娘を抱かせてやらねばならん」  
 そういうと魔女は、視線を死人達が群がっている方に転じた。  
 そこには、小夜璃の姉の姿があった。絶望に開ききった目のまま、穴という穴に腐った肉棒が突き入れられている。  
「そこな女、もう少しよろこばんか。その死体どもは、おまえを好いておったものばかりぞ」  
 だが姉の口にはすでに腐臭を放つ肉棒が出入りして、あげた声は言葉にならなかった。  
「くくく、他愛のない。封神の巫女などといっても、そこいらの奴とたいして変わらぬではないか。のう、おまえ」  
 そういうと魔女は自らを貫く男の顔に唇を寄せた。  
 男は端正な顔になんら動きをみせず、筋肉質のたくましい体で機械的に女を貫くばかりだった。……肌は青黒く、目は白い膜が張っており、その姿は生者のものではなかったからだ。  
 あまつさえ、首には醜い縫合痕と、太さの違う首をつなげたための段があった。  
「闇姫様は、すでに気脈を掌握なさった。明日は麓の街で楽しくやれるのだ。なのにあの程度の小娘にどうしてこだわる? 放っておけ」  
 胸に吸い付く蛆を胸ごと持ち上げ、穢れた巫女は蛆の背を舌で愛撫した。  
「ふん、そなたは無粋なのだ。生前の思いを死後にかなえてやるときの凡俗どもの顔は、いつ見ても濡れるものよ」  
「ふふ、薄汚い死人より、蛆となって我に仕える方が幸せというものよ。のぉ?」  
 その言葉に答えるように蛆虫は、はだけられた胸をより激しく吸った。  
 そして穢れた巫女はより背をのけぞらし、よがり声をあげ始める。  
 快感のためか全開となった両ももの付け根で、太い蛆虫が女の尻穴に出入りしていた。  
「くはぁぁぁ、たまらぬ! 同じ女として生まれたのにおまえは蛆になって我の糞を食べるか。くくく、あわれよのぉ。あわれよのぉぉぉおおおおおおおお」  
 蛆虫はただ尻穴に潜り、女の排泄物を一心不乱に食らっていた。   
 
 股間をつらぬいたものは一切動きを止めていた。  
それでも、肉縄が足を這いずるだけで止めどなく小夜璃は達した。  
いつしかもっと上まで欲しいとすら望んでいた。  
だから肉縄が腰を超えて脇腹を快感で染めながら胸へあがってくるのを感じて、小夜璃はうれしいとしか感じなかった。  
肉縄がそっと両乳房を巻いたときは、彼女はお食べ下さいと叫ぶことすらした。  
小夜璃は自分が贄になったことを、心の底から喜んでいた。  
肉縄が絶妙な力で両乳房をもみあげ、絞ったときは、一生仕えたいと願った。  
乳首を吸われると意識が飛んだ。  
意識が戻ったのは、両手や体にもうごめく無数の肉縄が失神を許さないほどの快楽を与えたからだ。快感に放り出されたはずの意識が、さらに遠くに投げ出され、視界が真っ白になった。  
唇に肉縄を感じ、小夜璃は舌を伸ばして一生懸命舐めあげ吸った。  
自らの体を味わっている神が、その行為に喜びを感じていることを知り、小夜璃は愛おしさすら感じた。  
だから股間をつらぬいたものが出て行くのを感じて、見捨てられる不安に駆られ、小夜璃は絶叫して謝罪した。  
小夜璃の主は、ただ宣言しただけだった。  
(子袋をもらう)  
小夜璃は捧げられるものがまだあったことを喜び、号泣した。  
そして股間に主が入ってくるのを感じ、小夜璃は息を止めた。  
脳天に衝撃が激突し、体中が総毛立つ。  
それは小夜璃の女陰の奥を超え、腹に入ってきた。  
体は抵抗など考えもしなかった。ただその喜びを脳に伝えただけだった。  
小夜璃の意識は宙に浮いて、腹に感じる暖かさだけが唯一の感覚となった。  
小夜璃に足らなかったのは主だった。主が腹に入って小夜璃は贄であった事を感謝した。  
 
 気がつくと小夜璃は腕ほどの太さがある太い肉蛇に巻かれて寝ていた。  
股間に主が入っていないのが寂しかった。  
(姉と母を助けるのではないのか)  
主に聞かれて、小夜璃はどうでもいいのですと答えそうになってから、姉や母の魔にたかられた光景を思い出した。  
かわいそうだ。そう小夜璃は思った。  
主様に愛してもらっていない姉や母がひどく哀れに思えた。  
そして捧げるべきだ、そう確信した。  
今度は姉も私も母も、すべて主に捧げなければおかしい、そう思った。  
「主様、姉様と母様を主様に捧げとうございます」  
 目を喜びと確信に光らせ、小夜璃は立ち上がった。  
いつのまにか切り裂かれたはずの胴衣と緋袴が治っているのに気づく。汚れすら取れていた。  
胴衣の中で無数の細い細い肉蛇がゆらめいたのをみて、小夜璃は主が聖なる衣に化して己を包んでいるのを知り、感激した。  
(我が社を汚す虫どもを追い出さねばならぬ)  
「……はい、主様。美しきものは全て犯し、醜きものは切り刻んで撒きましょう」  
 小夜璃が妖しく笑った。それは既に退魔の巫女の顔ではない。  
邪神を宿した巫女は、出口に向かった歩き出す。  
夜は始まったばかりだった。  
 

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