「かわいーなー、かわいーなー、かわいーなー、かわいーなー♪」
私は手鏡をみつめて繰りかえす。
小さい頃に雑誌で読んだ、可愛くなれるおまじない。中学生になってもまだ続けてる。
「かわいーなー、かわいーなー、かわいーなー…♪」
パジャマ姿でベッドに寝そべって、ぺたんぺたん、足をびんぼうゆすり。これはおま
じないとは関係なくて、ただのクセ。
「かわいーなー♪(ぺたん) かわいーなー♪(ぺたん)……」
鏡の中で、お風呂あがりの赤い顔が揺れる。濡れた前髪がフワリと踊る。
「かわいーなー、かわいーなー……」
でも、鏡をみるのホントは好きじゃない。きらい。
どんどんブスに見えてくる。
もっとパッチリした目ならいいのに。二重でさ、タレントみたいにくりくりした目が
ほしい。
言い出したらきりがない。鼻だって、もっと高くてさ。唇だって、もっと厚いほうが
絶対いろっぽいのに。あぅぅ、眉のかたちもヘン?
…それだけ取り替えたら、別人だよね。
「かわいーなー、かわいーなー……」
ほっぺたは好き。人差し指でぷにぷに押してみる。ニキビひとつない、自慢のすべす
べな肌。目尻のほくろも好き。泣きぼくろはチャームポイントだよね?
(褒めて伸ばそう! ニョキ☆ニョキ☆)
「かわいーなー、かわいーなー、かわいーなー、かわ…」
「…おまえさぁ、むなしくない?」
思いがけない声に、私はガバッと身を起こす。
いつのまにかドアが開いていて、お兄ちゃんが立っていた。
「バカ―――――!!! なんで勝手に入ってくるのよー!」
心臓が喉もとまで飛びあがった。耳たぶがボッと熱くなる。
「ノックしたって…」
「私、返事してないもん!」
「ガキみたいなこと、言ってんじゃねーよ」
ぶっきらぼうにそう言って、お兄ちゃんは部屋をぐるっと見まわす。
「…英和辞典、貸してくれ」
「知らない! ないもん!」
「…あるじゃん、みっけ」
机の本棚に発見したお兄ちゃんは、すたすたと歩み寄って手を伸ばす。
「ダメ! 貸さないもん。今から使うんだからー!」
私の駄々を無視して「借りてくからな」なんて勝手に持って行っちゃう。
もう、知らないんだから!
「…夏美は、可愛いよ」
去り際にお兄ちゃんはぽつりと言った。
「え、なんて…?」
パタンとドアが閉じる。
「ねー、いま、なんて言ったのー?」
………沈黙………
もう言ってくれない。お兄ちゃんのケチんぼー。
でも、一回きりで充分だよ。
鏡をのぞいてみた。
(お兄ちゃんが、可愛いって言ってくれた…)
恥ずかしいくらい幸せそうな、ニンマリ笑顔の私がいる。