結局、二人とも新年の数分前には食べ終えた。やはり刻みすぎた葱が、まだ沢山浮いている麺つゆを、  
今年は全部飲んでやろうかと昌平が思案していると、やおら優奈の手が動いて、テレビの電源を  
バツンと落とした。  
 昌平が目を上げると、彼女は答えた。「折角だし、騒がしいテレビはどうかと思って」  
「これほど静かな正月番組もないぞ」  
「茶々入れないでよ。たまには除夜の鐘の生演奏に聞き入るの」  
 そう言って丼を炬燵の中央に押しやると、座ったまま静かに目を閉じる。  
 
 チリチリとテレビの冷える音が収まると、昌平の部屋は今度こそ鐘の音のみに支配された。彼は暫く、  
優奈の微かに紅い頬骨の辺りを見つめていたが、やがて手持無沙汰に籠の蜜柑を一つ取る。  
 いつになく丁寧なわたを取りなどしてみたが、優奈が再び目を開けたのは、それをすっかり食べ終えて  
からだった。  
 
 彼女も蜜柑籠に手を伸ばしたのを見て、昌平は言う。「そんなに信心深いとは知らなかったな」  
「そうね」蜜柑の臍に親指を差し当て、けれどそのまま力は入れずに、優奈は答えた。「去年のクリス  
マスは、キリストさまに酷い目に合ったしね」  
「趣旨を違えて神罰が下ったんじゃないか?」  
「あはは、まあそうか」  
 そう言って漏らしたくつくつとした笑いに、とりあえず翳りは見られない。  
 
 彼女が自分から話を振ったのは、別に意外でも何でもなかった。実のところ、ここ数日優奈は自分から  
進んで失恋話を冗談にしている。が、それが何ら前進の証で無いことは、先述した通りである。  
 ……でも、本当にそうなのか?  
 
「ん?去年だって?」  
「あれ、気付いてなかったの?」顔を上げて、優奈は言った。「今さっき、明けたよ。おめでとうございます」  
「明けましておめでとうございます。テレビ消されたから気づかんかったよ」  
「真上に時計が乗ってんじゃない」彼女は笑った。「私が年越しでお祈りしている間、一体何を見てたのよ」  
「……仏の音の下、来年の世界の平安を願って静かに瞑想していたと、」  
「しっかり蜜柑剥く音がしてたわよ」  
 
 それにどう返そうかと──例えば、お前の顔を見ていたと正直に白状してみるとか──数瞬、思案した  
結果、碌な言葉が浮かばないので、昌平は後ろに倒れてごまかした。だが、そのままでは曲げた足に  
無理があるので、ほとんど無意識に膝を伸ばす。と、再び二人の脚が絡まった。  
 
「……失礼」  
「……ん、いや、いいよ。この炬燵狭いし」  
「重ねて失礼」  
「えっ……ああ、違う違う……」  
「本来ならば、こんなちっぽけな炬燵で私めが貴女と御一緒するなど以っての他にてございますれど、  
何分今宵は冷えますゆえ、どうか御容赦の程を……」  
「だーー、ごめん、ごめんなさい。……もう、正月早々帰る家もない娘をいじめないでよ」  
 馬鹿言うな、水島昌平が水戸瀬優奈をいじめることなんてあるもんか。ただもう、こっちは齢一桁の  
糞ガキレベルで、ごまかすだけでも精一杯なんだから。  
「ああ、この二十年、清く正しく貞淑に生きてきた哀れな子羊は、年明け早々罪悪感で一杯だ」  
「あーもう、こんにゃろめ」  
 
 だがそんな彼の心情を、仏は煩悩と切って捨てたか、家なき娘は鐘の音とともに反撃してきた。  
「馬鹿。……大体、人が寝てる間は堂々と股座に足突っ込んどいて、よく言うよ」  
   
 いや待て、と飛び起きかけた昌平は、次の瞬間、膝小僧を炬燵へしたたかに打ちつけた。反動で  
飛び跳ねた二つの丼を、優奈の両手が慌てて押さえる。  
 畜生炬燵め。お前唯一の証人のくせに、持ち主の俺を裏切るつもりか。  
「うっわ、何もう。びっくりした」 そう言いつつも、優奈は唇の端を吊り上げた。  
「っ痛ー。くそ、まて、あれはお前が寝ぼけて勝手に……」  
「ええ、ええ、勿論そうでしょうとも。外は今年一番の荒れ模様、哀れな小娘が家主に返す言葉など、  
イエスの他にはありませんとも」  
「今年一番も何も元旦じゃねーか。それにあんだけ寝こけておいて適当なこと言うなよ」  
「そりゃ半分眠ってたけど、人の足がスカートの中に入ってれば大抵は気付くわよ。まあ、もう去年の  
ことだし、子羊に噛まれたと思って忘れてるから気にしないで」  
「……既にジンギスカンにされた気分だ」  
 
 言って逃げるように立ち上がると、昌平は二つの丼を抱えて流しに向かった。ここは優奈も、空気を  
読んだのか手伝いには来ない。  
 しかし、戻ってきた彼が子炬燵の脇で膝を抱えてうずくまると、彼女は流石に気まずそうな声をあげた。  
「いや、ちょっと、そんなやめてよ。本当に気にしてないってば」  
「あー……。」一瞬迷って、昌平は嘘を言った。「いや、タイミング的に嫌味なのは認める。でも、マジで  
ちょっと火照っちゃっただけ。」  
「そんな、」  
「ホントだよ。まあその、何だ、また足先がムラムラしてきたらお邪魔させてもらうから安心してくれ」  
「……さよですかい。でも襲うときは手順を踏んでお願いね。危険日なので」  
「合点承知」  
 
 最後は軽口に戻ったものの、強引に下ネタで纏めたせいか、その後は何となく会話が途切れた。  
その沈黙を、昌平はさほど重いとは思わなかったものの、新たな会話の糸口もみつけられずに、  
あとはじっと鐘の音を数える。  
 
 
 そして何分たったか。少なくとも鐘突きが二十を超えたあたりで、優奈が出し抜けにポツリと言った。  
「あのさ、ものすごく失礼なこと言っていい?」  
「なんなりと」  
「私、あなたが私のことを好きなのかと思ってる」  
 
 なんとまあ。少なくとも、炬燵を出ていたのは正解だった。この角度だと、彼女は昌平を耳の後ろの  
辺りまでしか覗けない。  
「あー、橋爪か」  
「うん、杏ちゃん」件のルームメイトだと、優奈は認めた。「六月頃に。でも、その後、他の人からも何度か  
言われたことはあったかな」  
 
 驚かなかったと言えば嘘になる。しかしそれ自体は、特段不思議なことでも無かった。面と向かった  
告白こそしなかったが(例の幼馴染の事情を知ってそれをする奴は、単なるマゾか修羅場好きだと  
断言できる)、酒の席等で聞かれた際には、昌平は無理に隠したりしなかった。  
 但し、キリマンジャロの方はどうやら無駄金だったらしい。  
 
「でも、所詮人の噂だし、信じたのは結局私の傲慢だと思う。もっとも、あの頃は祐樹のことでいっぱい  
いっぱいだったから、正直あまり深く考えなかった。そんなこともあるのかな、て」  
 間違いが二つある。信じたのは正しい判断であり、幼馴染でいっぱいいっぱいなのは今も全く同じ  
だろう。  
 だが、使えない突っ込み所は分かっても、合いの手の入れ方が解らない。昌平は押し黙ったまま  
だったが、幸い、彼女はそれでも後を続けた。  
 
「それでさ。今朝になって、ぐずぐずしててもしょうがないって決心つけて、まあこれ以上はぐずりようが  
なかったんだけども、とにかく空港へ向かったところで、今度はお天道様にまで振られたでしょ。この  
嵐の中、ホテルの空室を探しまわるのも憂鬱だし、いっそお寺でビバーグしてやろうかと思ってた  
時にね。突然、思い出してさ。」  
 
 なるほど、これは確かに失礼な話だ。しかしちっとも怒る気になれないのは何故だろう。彼女が  
突然話し始めた理由を、未だ量りかねているせいか。或いは、優奈の声が恐ろしいまでに平板な  
せいか。  
 
「少なくとも、断られることはないんじゃないかって。その後、どうなろうが構わないと思った。とにかく、  
あったかそうで、一人じゃない場所なら、後のことはどうでもいいって。本当に、酷い女だよね」  
 
 違う、怒れないのは単に俺が馬鹿すぎるせいだ、と昌平は認める。要するに、それでもこの娘が  
自分を頼って現われてきたことが、自分は堪らなく嬉しいのだ。  
 
「九ヵ月来の友達を、恋心をダシに利用してやろうとか、意地汚いにも程がある。本当に、何だ。  
これじゃ裕ちゃんが振るのも当然だ」  
 
 そしてもう一つ、昌平は認めた。事態がとうとう、のっぴきならない所まで来た事を。  
 
 「本当に、どうしようもない女だよ。多分、貴方がそうやって、気を使ってくれる価値は、ないんじゃ  
ないかなあ。……我慢してるくらいなら、抱いちゃえばいいよ」  
 
 *  
 
 ヤケを起こした女が自分をペシミスティックに安売りし、それを包容力溢れる男が窘め諭す。  
昌平は特別、昼ドラ好きではないが、そんなのが安いメロドラマの定番として、ありふれているのは  
知っている。  
 だが、それは所詮テレビの世界だ。優奈は昼メロ女のように単純ではないし、自分は包容力どころか、  
寝ている娘の股座に足を突っ込む男である。  
 
 そんな彼に何ができる。黙って抱きしめてみせるのか、ふざけんなと怒ってみせるのか。いずれにせよ  
昌平がやるにはオスカー並の演技力が求められるに違いない。  
 或いは、素直に喰ってしまうのか。  
 
 いつまでも固まっているわけにはいかず、昌平は炬燵の方へ振り返った。自分がどんな顔をしている  
のか、酷く気にはなったものの、幸い彼女は俯いて、こちらの方を見ていない。  
 代わりに、こちらからもその表情を窺えない。  
 
 何をするのか、全く決められないままに、昌平の体は勝手に炬燵側へと擦り寄っていった。無音の  
部屋に、衣擦れの音だけが流れていくが、優奈の体はそのままの姿勢で動かない。  
 炬燵を反対側へと回り込んで、彼女の斜め後ろに腰を下ろす。「さてどうする、覚悟を決めろ水島昌平」  
と自分を一喝したところで、叱り飛ばすならわざわざ回り込む必要がないことに気が付いた。  
 役に立たない頭を尻目に、彼の体は独自の判断を開始している。  
 
 まあいい、どうせ叱り飛ばすなんてガラじゃないんだと肯定的に考えて、昌平は優奈にゆっくりと手を  
回した。少しでも身じろぎする素振りを見せたら、そこで撤退するつもりだったが、彼女の体は魂が抜けた  
様に、力なく昌平の胸に収まっていく。  
 
 だぶだぶの半纏で着膨れていたせいか、抱き締めてみると優奈の体は見た目以上に小さかった。  
回した腕が際限なく沈んでしまう気さえして、彼は慌てて抱く力を緩める。  
 胡坐をかいた昌平へ横向きにもたれる形で、優奈は体を預けていた。呼吸に合わせて小さく胸が  
上下する他は、何一つとして身動きしない。全てを任せた娘のささやかな重みと、微かに香る甘い香りが、  
おもむろに昌平の男を刺激する。  
 
 こんな状況下でも反応するとは、全く、我ながらどうしようもないな。そう嘆息してみても、収まらない  
ものは収まらない。未だ鳴り響く除夜の鐘に、煩悩滅却効果を期待して、昌平は俯いた顔へ左手を  
向ける。  
 顎にそっと指を添え、上向きに力を込めていくと、彼女の首はやはり抵抗しなかった。ここで、  
ハラハラと涙でも落としていようものなら、「バ〜カ」と頬っぺたをつねってやる、つもりだったの  
だけれども。  
 
  十数分ぶりに覗き込んだ表情は、いつも通りの柔らかい笑みだった。  
 
 至近距離にて、優に十秒は睨めっこ勝負を続けた後、困惑したまま昌平は言った。  
「えーと。俺、釣られた?」  
「ううん。なんで」  
「いや、……その。なあ」  
「やっぱり、こういう時は目を真っ赤に腫らして泣き崩れてた方がいいのかな」  
「いや、そんなことはないんだけれども」  
「とりあえず、『僕の胸でお泣き』と差し出したこの両手をどうしてくれる、と」  
「うん、まあそうかなぁ」  
 
 呆気にとられて、昌平は聞かれるままに間抜けな返答を繰り返す。それを聞いた優奈は、  
彼の腕の中でころころと笑った。  
   
「あー、水戸瀬優奈さんよ」腹を括って、昌平は言った。「お前は幼馴染に振られてヤケを起こし、  
あろうことか俺なんぞに自分を安売りしようとしてたんだぞ。分かってんのか?」  
「んー、まあきっと、そういうことなんだよねぇ」半ば、逆切れされるのを期待して言った彼の言葉に、  
しかし優奈は平調で返した。  
「でも正直、ここんとこ考えるのに疲れちゃって、自分でもよく分かんないかも。ただ、この一週間、  
水島が私のために頑張ってくれたことには本当に感謝してる。今日のことも。で、弱った頭だと、  
うまいお礼がこれぐらいしか思いつかないと言いますか……」  
 そこで一旦、誤魔化すように微笑んだ後、  
 
「自分でも、気持ち悪いこと言ってるって解ってる。お前、気味悪いから今すぐ出てけって言われたら、  
すぐにそうするよ。安心して、私にもまだ、コンビニ探して夜明かしする知恵ぐらいは残ってるから。  
明日の朝、凍死体が発見されて、刑事さんがここの戸を叩くような事態にはなりません。  
 冗談はともかく、私としては、ほら、どうせ使い道の無くなった体だし。当て付けとかじゃ無しに、  
貴方が有効活用してくれるんなら、是非ともどうぞって。そんな風に思ってる。」  
 淡々とそう言って、最後に「あはは、これをヤケっていうのかねぇ。当事者じゃ分かんないや」と、  
付け足す様に笑った。  
 
 ここにきてようやく、昌平は悟った。  
 ヤケを起こすどころの問題では無い。こいつは、一週間前のぶっ壊れた状態と、殆ど何も変わって  
いないのだ。トラウマから出来るだけ遠くに逃避するべく、己は全てに達観したのだと自分自身に  
必死に言い聞かせる防衛機制。それが未だに、彼女の心を全面的に支配している。一見、回復した  
ように見えたのは、ただこの一週間で、悲しんだり、凹んだり、自暴自棄になることさえも疲れて  
しまって、結果的に普段のキャラクターが前面に出てきたということに過ぎない。  
 
 こんなものは、とてもじゃないが昌平の手には負い切れない。何しろ、彼と彼女の友人が協力する  
こと一週間、何の成果も上げられなかった代物なのだ。これをどうにか出来るのは、きっともう、  
時間だけなのかもしれない。  
 
 だが、おかげで今後の方針は固まった。慌てず、焦らず、刺激せず。彼女の周りの、穏やかな生活  
を取り戻すのだ。事の是非など一先ず置いて、自分を彼女のいつも通りの場所に置く。そこで彼女が、  
ゆっくり癒えるのを待っていこう。  
 それでも、望みがゼロだった今までに比べれば、実に格段の進歩じゃないか。  
 
 昌平は声に出して言った。「なるほど、分かった」  
「え、そこで水島が分かっちゃうの?」  
「うむ。もう何というか、これ以上の抵抗は無意味だってことが」  
 
 彼女の中の自分の立ち位置──邪気の無いむっつり。そして、下心満々の親身な友人。  
 それを意識して、昌平は内心、苦笑する。結局、自分は今いい思いをしたいがために、この  
結論に持って行ったんじゃなかろうか。  
 
 昌平が腕に抱きなおすと、優奈は楽しげに笑って言った。「あはは、とうとう馬脚を現したな、  
このムッツリめ」  
「うるさい。言っとくけど、さっきの炬燵の件は本当にそっちのせいだからな」  
「はいはい。でも、すぐに足どかさずに、楽しんでたのは事実でしょ」  
「……お前、本当に寝てたのか?」  
 
 凡そ、前進とは言い難い。この事が、後にしこりになるかもしれない。しかし、後退しなければ  
今はいいのだ。壊れた彼女のしたいようにさせてやろう。ここで拒んで優奈が家を飛び出して、  
万が一にもその話が広まって、橋爪達と彼女の間で問題になるような事があってはいけない。  
 昌平が襲いかかったという話であれば、少なくとも問題は別になる。  
 
「水島はね、ほら……えーと、いい意味で単純だから」  
「俺の愚考はすべてお見通しってことですか」  
「そうじゃないよ。でも、そだな。すぐアップアップするまで頑張るから分り易いっていうか……」  
「よく分からんが、馬鹿にされてるのは分かった。ついては、今の俺の考えを当ててもらおうか」  
 
 我ながら、大した尽くしっぷりだと思わなくもない。しかし、それでも今後を思って何故かやる気  
になってしまうのは、今現在、目の前に美味しい餌をぶら下げられているっていう事と、  
 
「いい加減、この馬鹿会話を打ち切って、する事したいぞこの野郎、かな。  
 ……それから多分、何か、私のための事。」  
 
 こいつがやっぱりいい女だってことなんだ、と昌平は思った。  
 
 
 
 いつの間にか、除夜の鐘は止んでいた。  
 さしもの三大宗教も、自分の煩悩には匙を投げたか。膝の上に乗せた優奈から、大きな半纏を  
剥ぎ取りつつ、昌平がそんなことを思っていると、突然彼女が、あっと言った。  
 
「どした?」  
「いや…、その、今更大変申し上げにくいのですが」ポリポリと頭を掻きつつ、半笑いで彼女は言った。  
「結局は、私だけの問題なんて言えないし。最低限、告知するのは女の義務だと思うので一応。  
バリバリ、危険日です」  
「…………あ゛」  
「いやもう、ほんとうに、すんません。つーか、折角のヤケなんだから忘れときゃいいのにねえ。  
ここまで来たら、もう生でやっちゃおうか?」  
「んなわけにいくか」  
 
 畜生、この馬鹿と、彼は自分に毒付いた。避妊を忘れて失敗する奴の気持ちは本気で解らんと、  
常々思っていた昌平だったが、今回は全く、雰囲気に流されて失念していた。大体、危険日安全日  
の問題じゃないのに。これは悲しい童貞の性か、などと言って許される問題では無い。  
 何が俺は尽くすタイプか、だ。やはり自分は、やることしか考えていないんじゃあるまいか。  
 
「あうぅ……ごめん!一先ず今日のところはゴム付きで満足して頂いて、」  
「んなもん常備してるわけ無いだろ。童貞なめんな」  
「えっ……と、あの、男の人の小銭入れの中に、入ってるもんじゃないの?」  
「……橋爪の論説は、話半分に聞こうな」  
 そう言うと、昌平は一度、ギュッと名残惜しげに抱きしめてから、優奈を膝の上から下ろす。  
 
「ちょ、ちょっと。そういうわけにはいかないよ」  
「いや、物理的障害はどうしようもないだろ」  
「ぐ、ぐぬぬ。私、いまから買出しに行ってくる」  
「コンビニへたどり着く前に遭難するぞ、本気で。お寺さんにでも売ってれば別だがな」  
 そして、唸る優奈を尻目にしながら、ごそごそと炬燵へ入り込む。  
 
 ま、正直いい落ちがついたなと、昌平は思った。優奈を拒むこともなく、自然にフラグは回避され、  
その場はいつもの自分達らしい、馬鹿げた空気で満たされた。これで後は、今の限界に近い性欲を  
彼女に隠れて始末できれば万事解決だ。そう思って、昌平はさてどうしたともんかと、炬燵の蜜柑を  
取り上げる。  
 
 だが、次の瞬間、優奈は彼の想像の斜め上を行く行動を取った。  
 
「こんにゃろ、処女だからって馬鹿にすんなよー」  
 そう言ってぱっと立ちあがると、彼女は子犬のような機敏さで、素早く昌平の反対側へと回り込んだ。  
それから、炬燵布団を勢いよく跳ねあげると、その内側へ豪快にダイブする。  
 
「……!!」  
 人は本気でびっくりすると、その瞬間、声は出なくなるものらしい。そして、昌平が「おいっ!」と、  
かなり本気で叫んだ時には、彼女の両手はすでに太股を捕えていた。  
「馬鹿、やめろ、危ないって!」  
 そう言って何とか炬燵から出そうとするものの、本当に危ないので昌平自身は動くことが出来ない。  
策に困って、何とか炬燵を丸ごと上に放り上げられないかと、天板に手をかけた時、彼の股座から  
優奈の顔がひょっこりと現れた。  
 
「ふっふっふ、この妖怪コタツムリから逃げようとは百年早いわ」  
「お前、電熱器に髪でも絡んだらどうすんだ。死ぬぞ」  
「そんなんで死んでたら日本の子供はみんな越冬出来ないわよ。おっと、炬燵を剥ぎ取ろうたって  
そうはいくか!」  
「布団を無理に引っ張るな馬鹿。ボロだから破れる」  
 
 炬燵越し不毛な争いを続けること数十秒、しまいには優奈が昌平の腿に手をついて笑い出して、  
その攻防戦は終了した。  
 ズボン越しとはいえ、自分の股間に顔を埋めて笑いこける娘を前に、彼は特大の溜息をつく。  
 彼女にも。自分にも。  
 
「お前、ほんとにもう。自分の年を考えろよ」  
「あー、可笑しい。こんなに笑ったの久し振りだわ。水島もやってみる?」  
 こうしてお前の股座でいいならな。なんて言うと、今は本気で洒落にならない。  
「俺なら今頃背中をこんがり焼かれてる。つーか、本当に大丈夫なのか?」  
「へーきへーき。余裕あるし、これちゃんと防護柵みたいなのついてるし。あ、でもちょっと暑いな。  
目盛り下げてくるね」  
 そう言って、ぱっと炬燵に潜航すると、優奈は中でコードをごそごそとやって、数秒後にはまた  
ひょいと顔を出す。なんか、昔見た動物番組でこんなのいたな、などとどうてもいいことを昌平は  
思った。確か、プレーリードッグ、だったっけ。  
 
「さてと、それじゃ、そろそろ参りまするよ」  
「はい、お願いしまするよ」  
「あはは、さすが敗者は聞き分けがよろしい」  
 そうとも、もうさすがに限界さ、と昌平は声に出さずに心内で言った。優奈と二人っきりの部屋で、  
思いっきり馬鹿やって、いちゃいちゃして、そういうのがずっと、俺の憧れだったのだ。これが、  
お互いの不幸の積み重ねが生んだ、単なる偶然のイミテーションだったとしても、一体それが  
どうしたというのだ。  
 
 そうだ。人は、時にはヤケだって必要だ。  
 
 
 優奈の細い指先が、ジャージの前開きを探っていく。やがてファスナーにたどり着くと、そこは既に  
内側から力強く押し上げられていた。優奈は一瞬、戸惑うような動きを見せたものの、すぐに指を  
当て直して、それを一息に引き下ろす。  
 拘束が解けると、それはトランクスの布を被ったまま、ポンと外側に飛び出した。これには流石に  
びっくりして、優奈はひゃっ、と両手をよける。  
 
「はい、落ち着いて、ゆっくりね〜」  
「くっそー、余裕こいてられるのは、今のうちだけだかんね」  
 
 昌平の軽口にそう言い返して、優奈は再び男のものと対峙する。が、トランクスの前開きをすべて  
外しても、今度は独りでには出てこない。  
 ん、と気合を入れ直して、優奈は下着の内に手を入れた。しかし、それを優しく引っ張り出そうと  
したところ、先の部分が折り目に引っ掛かって出てこない。  
 
 逡巡することしばし、股間から目を上げて優奈は言った。「えと、あの。出せないんだけど」  
「もうちょっと強く引っ張ってみたら?」  
「え、いいの?」  
「こっから出すくらいには大丈夫」  
 
 そう言われて、彼女は再び指をかけると、今度は少しずつ力を入れていく。引き上げる力に従って、  
幹の部分が僅かにしなると、彼女は再び不安げに目線を上げた。その仕草がなんとも可愛い、と  
昌平は思い、そして思わず緩みかけた口元を引き締める。   
 
 だが、そんな変顔で頷かれた優奈は、それ自体には特に反応することもせず、至って真面目に  
作業へ戻った。そして、再び慎重に荷重を上げていき、十秒ほど後にビョンと下着から取り出した。  
 
 その反動に吃驚して、優奈は言う。「あ、あの、大丈夫?」  
「大丈夫だって。そこまで壊れ物みたいにしなくても平気だよ」  
「うーん。でもさ、ここって急所なんでしょ?」  
「いや、それはどちらかと言えば玉の方っていうか。こっちはほら、なんたって女に突っ込む方だし」  
「ああそっか。初めての子はこれで出血するんだもんね」  
 彼女は納得とばかりに、ポムと一度、昌平の腿を叩くと、今度は両手で幹を支え持つ。、  
 
 眼前十センチにそそり立つそれを、優奈はしばし、マジマジと見詰めた。その表情は、決心が  
付きかねているというよりは、どこか興味本位の色がある。傘の部分で微かに感じる娘の吐息と、  
幹に感じる彼女の指の感覚で、昌平はすでに十分気持ち良くもあるのだが、このまま放置プレイ  
ではさすがに切ない。  
 しかし、焦れたと素直に伝えるのも、それはそれで悔しい気がするのは、やっぱり自分の経験値が  
低すぎるせいなのか。  
 
「あー、何かご感想でもありますか?」  
「そうねぇ。やっぱり、あんまいい匂いとは言えないかな」  
「……畜生、ちょっと傷ついた自分がムカつく」  
 それにころころとした笑いを返してから、真顔に戻って優奈は言った。  
「えーとさ……うん、ぶっちゃけた質問していい?」  
「おう、初心者なんだからドンといけ」  
「うう、同類に言われるとなんか悔しいぞ……えと、これ、最初は舐めるの?銜えるの?」  
「………………俺は銜えてくれた方が嬉しい」  
 たっぷり十秒は詰まった彼に、優奈はやはり小さく笑ってから、「素直な回答、ありがとう」とだけ  
言って、後は思い切りよく頭を落とした。  
 
「はむ…んぐ、れるれるれる……」  
 勢いに任せて、優奈はエラの辺りまで一息に飲み込んだ。そこでしっかり唇を結び、舌先でくるくると  
先端部分を舐め回す。  
 こうして手順だけ書き出すと、一見して手慣れているように思えるものの、その動きは当然ぎこちない  
ものだった。顔の位置は一定して動かず、舌の方も等速円運動を続けるだけで単調だ。歯を当てること  
なく唇を閉じたのはさすがと言えるが、それだけで吸うような動きは見られなかった。この不自然な  
アンバランスさは、例によって橋爪当たりに知識だけ吹き込まれた結果だろう。  
 
 しかし、だからと言って昌平の興奮が小さいかと言えば、現実はその真逆であった。直接的な性感こそ  
小さいものの、初めて感じる口内の熱さ、ざらついた舌の感触、そして股間を埋める愛しい栗色の髪が、  
彼の官能を倍加させていく。  
 
「れむ……んるぅ……っぷは、はあ」  
 暫くして、優奈はやや苦しげに口を離した。特別深く銜えていたわけでは無いので、恐らくは息を止めて  
いたのだろう。両手に剛直をしっかりと握りしめたまま、彼女は二度、大きく深呼吸すると、再び顔を  
上げて言った。  
「えと……どう、かな」  
「あー、気持ちいいぞ」  
「嘘。だって、感じたらもっとピクピクするって、」  
「……橋爪が言ったの?」  
 彼が半眼でそう遮ると、優奈はぐっと言葉に詰まる。  
 
 その隙に、昌平は彼女の頭にポンと手を置いて言った。  
「いいか、奴が振りまく机上の空論は一先ず忘れろ」  
「でも水島よりは、杏ちゃんの方が実践に基づいてると思うけど……」  
「ぐっ……。いや、そもそもこういう事に一般論を持ち出すのがおかしな話であって、」  
「はいはい、貴方色に染まります。じゃあ、次はどうするの?」  
「……とりあえず、もう一度銜えて」  
「ん」  
 
 優奈は再び、傘の部分をすっぽりと唇の中に収めると、そこから上目遣いに彼の方を窺った。その  
淫らな光景に、昌平は生唾を飲みつつも、声だけは平静なふりをして彼女に言う。  
「もう少し、深くいけるか……そう、無理はせんでいいぞ。あー、呼吸はちゃんと鼻からしろよ」  
「ふぇと。はむ……んくっ……。ほう、かな?」  
「ん、そう。後、舌だけじゃなくて、口の他の部分にも当ててくれると……あー、うんいい」  
 いざ行為が始まると、優奈は彼の言葉に素直に従った。その普段と裏腹な従順さが、昌平の口に、  
ついつい正直な欲望を喋らせる。  
 
 ふと悪戯心を起こして、彼は言った。  
「こっちにも当ててみたり、出来るか?」  
「ほっへた?」  
「そう、頬っぺた」  
 すると優奈は、「んぁ」と小さく頷いて、男のもの口から取り出し、ペタリと頬に押し付ける。ゆっくりと  
頬擦りしながら、昌平を見上げて、彼女は言った。  
「あれ、違った?」  
「……そのままそのまま」  
 本当は、頬肉を内から突いてみたい、などと思っていた彼だが、この姿も捨て難い。拭わずに吐き  
出されたままの剛直には、彼女の唾液がねっとりと纏わりついていて、それが白い頬との間で  
微かな水音を立てている。  
 
 酷く淫靡な光景だった。ずっと高嶺の花だった少女が、股蔵で自分のものに顔を寄せる様は、  
現実感が薄くてどこか不思議な感じさえする。だがその視覚刺激は、昌平の興奮を等比級数的に  
増加させていく。  
 
 腰元に軽い疼きを憶えたところで、彼は優奈の頭を軽く持ち上げた。それから軽く身じろぎして、  
彼女との位置を調節すると、今度は自分から彼女の口元に挿し当てる。その動きに、優奈はやはり  
抗うことなく、昌平のモノを飲み込んだが、傘に舌を絡めたところで、あっと小さな声を洩らした。  
 
「どした?」  
「なんか、んぁ…」傘を舐め上げながら、優奈が言った。「さっきと味、変わってきたかも」  
「あー……、それはだな、」  
「ふぁ、いまピクってひた。……んぐ、ね、ね、感じてきた?」  
 そんなことで嬉しそうにはしゃぐな馬鹿、と昌平は心の中で独り言ちる。  
 顔のニヤけを抑えきれんだろうが。  
 
「これ、先走りってやつだよね?……ふっふっふ、所詮童貞などお姉さんの手にかかればこんなものよ」  
「……お口が留守ですよお嬢さん」  
「ひゃぼっ……!」  
 剛直をマイクに当然喋り出した優奈の頭を、昌平はやや強引に押し下げる。一瞬、照れ隠しにしては  
やり過ぎたかと思ったものの、彼女はすぐに憎まれ口を返してくれた。  
「……ん゛ー、ほのー、ひちく(鬼畜)ー」  
 
 だがその言葉とは裏腹に、優奈は頭を戻そうとしなかった。そのまま深い位置で、彼女は口の動きを  
再開させる。  
「んぶっ……んちゅ…れる……はん…」  
 剛直で容積が狭まったせいか、彼女の舌が蠢くたびに、昌平のモノが口の内部に接触する。特に、  
彼女が裏筋へ舌の根を当てると、傘が上顎の深い部分で擦られて、強い刺激をもたらした。  
 外音を降りしきる雪に遮られた静かな下宿で、男の吐息が段々と荒くなってる。  
 
 と、こめかみに痛みを感じて、優奈は疑問の声を上げた。  
「んちゅ……じゅちゅ……んー?」  
「ごめん。続けて」  
 腰に溜まり始めた快感で、思わず両手に力が篭っていたのだろう。何か間違えたかと疑問の声を  
上げかけた彼女を、しかし昌平は素早く制す。  
 握力よりもその声の低さに驚いて、優奈は銜えたままそっと目線を持ち上げた。昌平の方もしまった  
とは思ったものの、口から出たものは取り消せない。彼女に下から覗きこまれて、気まずげに口の端を  
引き上げる。  
 しかし、その余裕の無い苦笑いで、彼女もようやく男の状況が分かってきた。  
 
 顔を戻すと、一度口から剛直を外し、やや硬い声で優奈は言った。  
「えと、要望とかあったら、全然言ってくれていいから。私、ホントに聞きかじりの知識しか無いし」  
「うん」  
「あ……あと、その。出したくなったら、いつでもいいよ」  
 それから、返事を待たずに銜え直すと、勢いよく抽送を開始した。  
 
「んぶ……んんっ……んく……あむ……」  
 唇が傘の返しに掛かるまで引き抜き、舌を当てながらつかえるまで下ろす。少し角度が付いている  
せいか、上顎に当たって半分程までしか飲み込めない。が、その分動きには勢いがあって、亀頭が  
口蓋と力強く擦れ合う。  
「ぢゅる……あむ……んが……」  
 しかし、このまま最後までは行けそうにない。数瞬、躊躇った後、彼は一旦優奈の頭を自分の腹側に  
引き寄せた。  
 
「んん・・・・・んぶぅっっ!?……っあぶ……」  
 剛直と口との角度が無くなり、いきなり奥まで入ってくる。結果、直前と同じ勢いで動いていた優奈は、  
喉奥を不意打ちされる形となって、思いっきり目を白黒させた。  
「動きはゆっくりでいいから……ん。…そうだな、もうちょっと強く吸う感じで。解るか?」  
「ぅん。……あむ……っぢゅるるっ……んく……」  
 
 言われるまま、一心不乱に吸い上げている優奈の頭を、昌平はゆっくりと動かした。ギリギリまで  
引き抜いて傘の吸引を楽しみ、またじわじわと挿し入れて舌の歓迎を味わう。そして奥を突かない様に  
気をつけながら、その深さを少しづつ増していく。  
 主導権がこちらに移ったことで、肉体的な快感は何倍にも膨らんだ。これまでも精神的な興奮は  
十分に大きかったが、やはり素人の彼女の奉仕はどこかツボを外したものだったのだ。それが、  
自分の思い通りに動かせるようになって、昌平はいよいよ我慢が効かなくなってきた。  
 
「ちょっと動かずぞ」  
「あぶっ……はん……んぅくうぅぅ……」  
 浅く銜えさせた状態で、優奈の顔を若干傾ける。それから少し斜めに頭を落とすと、剛直の先端が  
内頬を突いた。 柔らかい女の頬肉が、いきり立った男のモノで内側からグっと突き上げられて、  
その整った顔立ちを不自然に歪める。  
「はぶうぅぅっ……んぐっ……」  
横向きにつっかえ棒を入れられた形となって、優奈は自分からは動けない。代わりに、昌平は頭を  
掴む手を下にずらして、突かれた頬肉を押し込むように揉んだ。先端が軟肉と強く擦れて、絶妙な  
性感を送り込む。  
 
「んぐぐぐ……んちゅ、れる……ふぐっっ!」  
突然、優奈の頭がガクンと揺れた。押し寄せる快感に耐えかねて、昌平の腰が殆ど無意識に跳ねた  
のだ。結果、頬奥に当てていた剛直がずれて、再び彼女の喉奥を襲う。  
「すまん」  
そう言って昌平は頭を戻すが、しかし腰の小刻みな動きは止まらない。口の中の一物は、不規則な  
引き攣けを繰り返し、初めての彼女も本能的に終わりが近いことを悟る。  
 浅い抽送を受けながらも、何とか息を整えると、優奈は最後に昌平の方を仰ぎ見た。そして涙で  
潤んだ視界越しに、多分物凄い余裕のない顔をしている男を見据えて、何とか笑みらしい表情を  
浮かべてやる。  
 
「……すまん」  
 もう一度、先と同じ言葉で謝ってから、昌平は彼女の頭を掴み直した。それから、終わりに向けての  
激しい抽送を開始する。  
「あ゛んんっっ……んがっ……ふうぅんっ……!」  
 咽頭を容赦無く襲う膨らんだ亀頭が、優奈の呼吸の自由を奪った。ここに来て、彼女に昌平を愛撫  
する余裕は全く無い。しかし代わりに、反射的にえづく喉奥が、突き込まれた剛直を扱き上げる。  
 その刺激は、経験のない昌平にとって、とても耐えられるものでは無かった。  
 
「んぐう゛うぅ……っ…がっ……はぐうううっ!」  
「……っっ、出すぞ」  
 上がった息の合い間から切り出す様に言うと、昌平はギュッと優奈の頭を抱き締めた。腰を  
折るようにして抱え込んだおかげで、傘の位置がほんの少し、浅い位置で停止する。その隙に  
上がったえづきを飲み込もうと彼女が喉を開いた瞬間、剛直が精を吹き上げた。  
「んくぅ……っひゃぐっ!?……れるぅ」  
 喉奥を叩いた初弾にびっりくして、優奈は舌を鈴口に押し当てる。続けて放たれた第二以降の  
迸りは、のたくる舌に遮られて口の隅々にまで撒き散った。  
 
 
 
 それから十数秒、昌平の一物が完全に動きを止めるまで、二人はそのままの姿勢で静止していた。  
狂ったような恍惚が徐々に昌平の頭から引き始め、ようやく押え込んだ腕の力に気付きかけた頃に、  
優奈が小さく身じろぎする。  
「ほむ……んんんーちゅる」  
 口に昌平のものを溜めたまま、彼女はゆっくりと頭を上げた。零さないように窄めた唇が、剛直の  
汚れもきれいに拭って、傘との間に白いアーチを形作る。そのあまりに淫靡な光景に、思わず  
昌平が固まっていると、優奈は仕方ないなあと言うように目を閉じた。  
「あ、おい」「んく、んっく、……はふ」  
 それが昌平を待っているのだと気付いたのは、少しばかり遅かった。慌ててティッシュを探すも、  
彼の右手がちり紙を引く抜いた時には、優奈は思い切りよく飲んでいた。しかし粘性の高い精液は、  
一息で容易には飲み干せず、その後は少し顔を上げる様にして、二度三度と喉を鳴らしていく。  
それからパチリと目を開けて、少し意地悪そうな笑みで昌平を見た。  
「……これ、ごっくんって一気には飲めないよね」  
 
 涙の残る目でそんなことを言われても、昌平にはおよそ返すべき言葉が見つからない。そんな  
彼の表情を、優奈は暫く頭をもたげたまま楽しそうに見ていたが、やがてぱったりと太ももの上に  
伏せった。  
「はふ。さすがにちょっと疲れたかも」  
「す──、」 すまんと言いかけて、さすがの彼もそれは無いと言葉を飲む。「その、ありがと、う?」  
「あはは、どういたしまして。でも何故に疑問形?」  
 そして再び昌平が押し黙った隙に、優奈は頭を股座に戻す。  
 達したばかりの剛直は、若干柔らかくなっていた。だが、それを彼女が口に含んだ瞬間、全体が  
ビクンと引き攣って、先の残滓が染み出してくる。傘を銜え、幹の部分をゆるく握りながら吸うと、  
中にはまだ結構な量が残っていたようで、彼女はもう一度、それを唾液と一緒に飲みこんだ。  
 
「れむ………んっぐ、んく、ほむ?」  
「水戸瀬、ほんとにありがと。もういいよ」  
 予想外の健気な"お掃除"に、再び反応しそうになって、昌平は彼女の顔を上げさせた。そのまま  
体を少し引いて、娘の頭を自分の股座から引き離す。  
 すると、意外そうに優奈は言った。「え、まだ一回しかしてないよ? いいの?」  
「いいも何も。そんなに無理すんなって」  
「……喉を思いっきり突いた挙句、全部飲ませた奴がそれ言うか」  
「え゛、あ゛、いや」 半眼で言われて、昌平は思わず狼狽する。「その……悪かった。ぶっちゃけ、  
途中から気遣いとかぶっ飛んでた」  
 しかし彼が真顔で謝ると、優奈はそれが本意では無かったようで、逆に気まずげな笑みで茶化そう  
とした。「あーいやいや、まあそこまで楽しんで頂けたなら……なんというか、お粗末さまでした?」  
「いえいえ、こちらこそごちそうさまでした」  
 それに昌平が乗っかる形で、二人は一緒に頭を下げる。それから、一緒に吹き出した。  
 
「全く。俺らは何をやってんだろうな」  
「直前まで情事に耽ってた男女の会話じゃないね」  
 そう言うと、優奈は炬燵の中で器用に体を反転させた。頭を昌平の太股の間に置いて、逆さまに  
こちらを見上げる形で仰向けになる。その頬には、まだ少しだけ涙の痕残っていた。  
 
 それを無意識に指でなぞると、彼女はくすぐったそうに目を閉じた。  
「やっぱ、苦しかったよな?」  
「まあ、正直言うと途中で死ぬかと思ったよ」 ゆるく目を瞑ったまま、優奈は言った。「でも、本当に  
水島は気にしないでいいの。その……どちらかというと、ありがたかったから」  
「有り難かった?」  
 昌平が聞き返すと、彼女は目を閉じたままうん、と頷いた。  
「なんかね、苦しいのが、凄くザマミロって思った」  
「それは、」 一瞬迷ってから、昌平は訊いた。「あいつに? それとも自分に?」  
「ううん、そんなんじゃなくて。ただ、思いっきり、ざまあみろって、頭の中が叫んでた」  
 そこでゆっくりと目を開ける。代わりに、昌平は炬燵の上の蜜柑籠へ視線を移した。  
「ザマーミロって」 優奈は言った。「ざまあ、みろって。久々に、すっとした」  
「……そうか」  
 
 短く返して、彼は目線を戻さないまま、蜜柑を一つ剥き始めた。もしかしたら、優奈はずっと自分に  
怒って欲しかったのかもしれないな。そう思ったが、しかし何も言わずに、昌平はただ蜜柑の皮と  
その白綿を丁寧に剥いた。彼がわざわざ怒って見せなくても、その目的は、多分、もう十分に  
果たされていた。  
 再び開かれた優奈の瞳は、とっくに新しい涙で溢れていた。  
 
「っごめん、ごめんね……!」  
 小さくしゃくり上げながら、彼女はようやく、昌平に対して謝った。お詫びに自分の体を差し出すと  
言っても、そのこと自体には一切の詫びを入れなかった娘が、彼に泣きながら謝罪した。  
「ごめんなさい…私、ホントに酷いことっ……!」  
「ま、それに乗っかって手篭めにする男も大概だけどな」  
「っ、ちがっ……」  
「ところで、口直しいらないか?」  
 そう言って、昌平は丁寧にわた取りした蜜柑を一房、優奈の口に押し込んで黙らせる。  
 
 これで、ようやく先に光が見えてきた、と昌平は思った。彼女が泣いて謝ったのは、要するに彼の  
心情を慮ることが出来た証拠だ。自分の痛みを無視出来る代わりに、人の痛みも鑑みなようとしない  
ハリネズミのような心理状態から、彼女の心は回復してきている。  
 そして普段の彼女は、人一倍、心の機微に敏感な性質なのだ。  
 
 尚も言葉紡ごうとする娘の口を、次々と蜜柑で封鎖しながら、昌平は言った。  
「大体、ちょっと失恋したくらいで、お前が脛に傷のあるビッチになんかなれるわけないんだよ」  
「あむぐく……ふがっ」  
 軽く咽るほどの量を口に詰められて、優奈もようやく喋るのを諦める。昌平は過食を強いられて  
必死なその顔に手を伸ばして、目尻の涙を拭ってやった。少なくとも、その最後の幾滴かは、  
彼が押し込んだ蜜柑のせいに違いない。それが先の泪を押し流してくれればと、昌平は願った。  
 
 最後の一房を苦労して飲み込んだ優奈に、彼は唇の端を上げて言ってやる。  
「どうだ、人に剥いてもらった蜜柑はうまいだろ?」  
「……アレの味が混ざってて、よくわかんない」  
 昌平は笑った。それで顔のイヤラシイにやつきを誤魔化せたかどうかは、正直なところ自信は  
無かった。  
 
 
 *  
 
 翌朝、昌平は空港の待合席で、優奈の搭乗手続きを待っていた。新年の朝は、日本晴れとは  
いかなかったものの、昨夜の雪はきれいさっぱり収まっていて、飛行機は朝一から飛んでいた。  
優奈を昌平の下宿に閉じ込めてくれた低気圧は、残念ながら年越し叶わなかったようである。  
おかげで、空港は早朝だと言うのに、昨日帰省を阻まれた人々でかなりごった返し気味だった。  
 
 あの後、優奈を炬燵から引っ張り剥がしてから、二人は再度一つの炬燵に入り直した。  
それからは普段通りの馬鹿話をして、或いはお互いにうとうとしたりしながら、新年最初の  
夜を一緒に明かした。朝、顔を洗いに炬燵を出た時には、昌平は体の節々が痛かった。  
 
 結局、二人ともそれ以上体を寄せることはしなかった。昌平の性欲は十五分もすれば戻って  
しまったし、迫れば優奈も断らないのは解っていたが、それでも彼は我慢を通した。もっとも、  
例によって狭い炬燵で絡む足だけは、意地でも自分からは離さなかったのだけれど。  
 
 待つこと十分、売店で買った缶コーヒーがそろそろ温まる頃になって、優奈がようやく  
手荷物カウンターの人垣の向こうから姿を見せた。時計を見ると、飛行機の出発時間まで  
もう二十分を切っている。  
「結構ギリだったな」  
「田舎の空港だからって舐めてたわ。ゲート通過は十五分前だっけ」  
「ああ。行くか」  
 言って、二人は徐に歩き出した。帰省と言っても、冬期休暇は短くて、ほんの一週間足らずである。  
その後はまた大学で毎日のように顔を合わすのだから、特に構えるような別れでは無い。  
 しかし、今まで学友の見送りなど、昌平はせいぜい最寄駅までしかやったことが無い。  
 
 ゲートの傍に立つ厳つい警備員の表情が解るところまでやってきて、優奈がこちらを振り返る。  
「じゃあ、うん……」  
「また一週間後な。二度と変な男の家に転がりこんだりしないように、ゆっくり実家で休んで来い。  
今度は無事に出てこれないかもしれないぞ」  
 昌平がおどけて言ったので、優奈も笑って冗談で返す。  
「あれは無事だったっていうのかなあ……」  
 
 しかし、そこで彼は一歩前へ踏み込んだ。優奈の手首を素早く掴むと、上体を傾けて頭を落とし、  
──渾身の力で捻じ曲げて、彼女の耳元に口を寄せる。  
 
「ああ、次は無事じゃ済まさない。まともな飯を食いに出て、帰ってきたら風呂入れて、その後  
布団の上に押し倒す。キスして裸にひん剥いて、しっかり準備して抱くからな。お前が俺の  
下宿に来るって事は、なし崩しじゃなく完全な合意だと看做すから」  
 
 一息に言って、体を戻す。頬を撫ぜる優奈の髪の誘惑に抗うには、相当な努力が必要だった。  
 
 焦点が合うと、優奈は少し驚いたような表情をしていた。だが、一度瞼を下ろし、そしてもう一度  
開かれた二つの瞳は、もうしっかりと意志の光を湛えていた。  
 
 昌平を正面から見据えて、彼女は言った。  
「ありがとう。本当に、私にはもったいない友達だよ」  
「もったいないから、ぜひその関係を再考してくれ」  
「うん。それをちゃんと、考えてくる」  
 いつの間にか握手になっていた右手は、昌平の方からゆっくりと離した。  
 
 
 一時間後、昌平はお寺の境内を歩いていた。初めは、帰りがけに初詣をと思っていたのだが、  
参拝を待つ長蛇の列と、昨夜、炬燵寝で痛めた体の節々が、昌平に針路変更を決めさせた。  
 それに、この寺には去年、ちょっとばかりの借りがある。  
 
 新年のお寺も人がいないわけでは無かったが、やはり普通の人間は初詣へと流れたようで、  
どこか寂しい印象は拭えなかった。しかし雪の上には、昨夜訪れた人々の足跡が作ったらしき  
道がある。昌平はそれをたどって歩を進め、目的の場所へたどり着いた。  
 
「これ、か……」  
 見事な鐘だった。昌平は仏閣建築のぶの字も知らないが、その威容は一見の価値ありと  
素直に思った。この地に下宿してもうすぐ二年になるが、訪れたのは今日が初めてになる。  
 昨夜、優奈と二人っきりの静かな部屋で、ヤケに大きく響いていた除夜の鐘がこれだった。  
百八の煩悩を払うと言われるそれは、結果を鑑みるに効果があったかどうかは疑問である。が、  
事あるごとに絶妙なタイミング鳴ってくれたその鐘に、昌平は今や、妙な縁を感じていた。  
 それで、ふと、願かけするならこっちだと思ったのである。  
 
 鐘楼の周りには、幸い誰もいなかった。それをいいことに、昌平は石段を登って鐘の下へ行き、  
手袋を外して触れてみる。  
 一月の冷気を纏う厳かな青銅は、昌平の右手に残る火照りを一息に奪った。  
 

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