「…お、そっちも今出たのか」
「うん、ちょっと服に手間取って」
隣り合う家から出てきた、18歳ほどの少年と少女。
少年はティーシャツにハーフパンツ、少女は水色の浴衣という姿だ。
「よし、それじゃ行くか」
「うん」
時刻は午後4時。もうある程度は人も集まって、賑わいを見せているかもしれない。
そう、今日は年に一度のお祭りなのだ。
二人が一緒に祭りに行くのは今年で13回目となる。
家が隣同士の二人はいわゆる幼馴染というやつで、学校も小中高と一緒だ。
何となく一緒に登校し、何となく一緒に昼食をとり、何となく一緒に下校し、
たまには何となく一緒に夕食を食べたりテスト勉強をしたりと、二人の関係には惰性も見え隠れする。
夏に行われる地元の祭りに行くのもそうで、別に二人の間に約束があるわけではない。
祭りに行こうとするときに、たまたまお互いが暇だから一緒に行っているだけだ。
……別に、お互い友人からの誘いを断っていることなどは断じてない。はずである。
とにかく、今年も二人はいつものように、祭りの中心となる神社に向かった。
「さすがにこの日は人が多いな」
「普段はめったに見かけないのにねぇ」
二人が着いたとき、もう神社には人だかりができていた。
この地域では比較的大きな神社ではあるが、これだけの人が集まるのはこの日と正月くらいである。
元々は土地神を祀る儀式が祭りの発祥らしいが、そんなことより騒ぎたい人間のほうが多いのだ。
二人もそれは例外ではなく、
「よし、じゃあ最初は何しようかね」
「んー…私はりんご飴が食べたいな」
「りんご飴か。お、さっそく見つけたぞ。200円か」
「え、おごってくれるの?」
「……それはオレの財布の中身を知っての発言か?」
いつもと変わらず、楽しげに会話していた。
りんご飴を買った二人は、それから今度はお面を買った。
スーパーボールもすくったし、焼きそばも食べた。
アイスやベビーカステラ、ポテトも買った。
少女はそれこそ出店を全制覇する気かもしれない。少年は彼女の食いっぷりに苦笑しつつ、それに付き合う。
それはいつもの、毎年変わらぬ二人の祭りのすごし方。
ただ、ちょっとだけ違うのは。
「焼きそば、おいしかったね」
「さっきから食べてばっかな気もするけどな」
「いいの、せっかくのお祭りなんだし。じゃあ次は、つ…」
「おっ…ととと」
石畳につまずく少女。その細い腕を、少年が掴んで引き寄せる。
少し勢いが強すぎたのか、少女はそのまま少年に寄りかかる形になった。
「あ……」
「え……」
そのまま固まる二人。その姿は傍から見ると少年が少女を抱き寄せているようにも見える。
「…行くか」
「…うん」
歩き出す二人。でも、少年の手は少女の腕を掴んだままだ。
「ね、腕…」
「…あ、スマン」
「ううん、違うの」
慌てて離した少年の手に、今度は少女の指が絡む。
少女は顔を赤くしつつも照れくさそうにはにかみ、少年は自分の手を見て、それから幼馴染の顔を見て、再び前を向いて彼女を引っ張るように歩き出した。
その顔が彼女に劣らず真っ赤なのは、彼自身もよくわかっていた。
祭りの最後には、花火の打ち上げが行われる。
打ち上げ場所こそ街を流れる川なのだが、比較的山間にあるこの神社からも十分見える。
本来はなかったイベントだったらしいが、華やかな催しを、という意見が集まってできた企画だそうだ。
もちろん二人はそんな事情は気にせず、夜空に開く大小さまざまの光の花に目を向けていた。
「わーっ、今の見た!?」
「見た。すごかったな」
「だよねっ。あっ、今のもきれい…」
「あぁ」
少女は目の前で繰り広げられる情景に見入っている。この花火は彼女が毎年楽しみにしているものだ。
一方少年は、少女の言葉に相槌を打ちつつ、心ここにあらずといった雰囲気を醸していた。
正確には、彼は花火そのものではなく、今、この時間を楽しんでいた。
楽しそうな彼女を見るのが好きだったから。
いつからか、彼にとってこの幼馴染はそれ以上の存在になっていた。
家が隣、学校が同じ、クラスも同じ。幼い頃からずっと一緒だった。
ただそれだけ。彼と彼女は何となく一緒にいた。
今日だって、特に約束していたわけじゃない。たまたまお互いが暇だから一緒に行っているだけだ。
でも、それはもう終わりにしよう。
もう二人は18歳だ。お互いの進む路次第で、今度こそ分かれ道になる可能性はある。
この何となく続いた関係が、唐突な終わりを迎えてしまうかもしれない。
でも、それは嫌だ。彼女とずっと、一緒にいたい。
「…来年も」
「え?」
何か、確かなつながりが欲しい。でもそんなものは少年には思い浮かばず。
だから、せめて今までしなかったことを。
「…来年も、一緒に来ような」
「…え?」
約束を、しよう。
何となくじゃなくて。今までから一歩を踏み出して。
「再来年も、その次の年も、その次の年も…」
彼の声が一瞬詰まって。
「…ずっと、一緒にいたいから。お前と」
そう、口にした。
少女はしばらく呆然としていた。それから顔を真っ赤にして俯く。
「嫌、か?」
少年の声に首を振る。それから、蚊の鳴くような声で、
「…わ、わた…、私も、一緒に…いっしょにいたい、です」
とだけ言った。
祭りの帰り道。
行くときと同じように、二人が歩いている。
違うのは、二つだけ。
彼と彼女は、お互い顔を赤く染めて微妙に視線を逸らしていることと。
それとは対照的に、しっかりと手は握られていることだ。
まるで彼らの今のつながりを示すように。