■■【2】■■  
 
 ぼくの父さんは、2ヶ月前にお母さんのところに逝ってしまった。  
 
 薬品会社の研究員だった父さんは、お母さんが死んでからは、家にほとんど滅多に帰ってこない人で、  
ぼくは毎月振り込まれてくる莫大なお金のため、特に生活に困る事も無く、たった一人で暮らしてきた。  
 お母さんが交通事故でぼく達を置いて逝ってしまったのは、ぼくが小学校5年生の時だ。研究所へ行く  
途中の崖から車ごと海へ転落して、発見された時には、綺麗だった顔も身体も魚に食い散らかされて、すっ  
かりボロボロだったらしい。  
 どんな形であれ、ぼくはお母さんをひと目見ておきたかったけれど、父さんが家に連れ帰ってきたのは  
白い白磁のツボに入った一握りの骨だけで、そのせいか、お母さんの車が崖から落ちてから今までずっと、  
ぼくの中ではいまだに「決着」がつけられずにいる。  
 もう、4年にもなるのに。  
 お母さんが死んでから、ぼくは隣の早川さんに面倒を見てもらっていた。  
 幼馴染みの優華の両親はとてもいい人で、いっそのこと一緒に住むよう言ってくれたけれど、ぼくは父  
さんとお母さんと一緒に住んでいた家を離れるつもりは無かった。  
 
 警察に連れられて事情聴取を受けていたぼくとキョウちゃんは、一時間もしないうちに家に帰る事が出  
来た。  
 キョウちゃんはお母さんが迎えにきてくれて、ぼくは身元引受人の早川のおじさんと一緒に帰った。  
 あの警官が、白い服を着た白髪(本当は銀色なんだけど)の少女が自分から海に飛び込むのを見ていた  
し、ぼくもキョウちゃんもあの女の子の事なんて全く知らなかったから、何も答えようが無かったからだ。  
 ただ、女の子の特徴だけは正直に言うべきだと思ったから、何も隠さず全部話した。  
 
 「ぼくより高くて、キョウちゃんより低い身長」  
 「“なみなみ”で腰まである銀色の髪」  
 「青とも緑とも違う、エメラルドグリーンみたいな色の目」  
 「綺麗な顔」  
 「でっかいおっぱい」  
 「白くて薄くて半袖で裾は足首まである、でもすごく汚れていた服」  
 「それから、魚をナマでバリバリ食べたこと」  
 警察の人はぼくとキョウちゃんの話を「ナニを言ってるんだ?」というような顔で聞いていたけれど、  
近くを通りかかった頭に白いものが混じり始めた年配の刑事さんが「ちいと、絵に描いてくれるか?」と  
言ったのでキョウちゃんが描いてみせた。  
 
 ――あんまり似てなかった。  
 
         §         §         §  
 
 早川のおじさんと別れて、ぼくはセキュリティーコードをパネルに打ち込み、自分の家のドアを開けて  
玄関のスイッチを入れた。  
 釣り竿を玄関脇に立てかけ、なんだかイロイロと疲れた身体を引き摺るようにしてのろのろと靴を脱ぐ。  
 まだたくさんのハゼとかちっちゃいカレイとかが入ったクーラーボックスは、早川のおじさんに渡して  
きたから、きっとたぶん明日の御飯はハゼのテンプラとか刺身かもしれない。ぼくが持って帰っても料理  
なんて出来ないから、全部あげて正解だ。ナマイキな幼馴染みの優華は、ハゼのテンプラが大好きだから、  
おじさんも喜んでくれたし。  
 キッチンに行くと、週に2回来るハウスキーパーさんのメモがテーブルの上に置いてあった。コンロの  
上にはビーフシチューの入った鍋があり、テーブルには食事の用意がしてある。冷蔵庫には明日の朝食用  
のサラダが、冷凍庫には冷凍パックされたシチューとかボイル野菜とかが入っていた。  
 火曜と金曜はハウスキーパーさんが、こうして家の事をしてくれる。それ以外は、早川のおばさんとか  
優華が来てくれて、ぼくは簡単な掃除とか洗濯をするだけでいい。  
 
 釣りをしながらお菓子とかを結構食べたから、実を言えばまだあんまりお腹は空いていない。  
 ぼくはとりあえず、海風に半日晒された身体をサッパリしたくて、バスルームに向かった。  
 
 バスルームは、キッチンから出て1階の廊下の突き当たりにある。  
 地元では一応「お金持ち」に入るかもしれないぼくの家は、それなりに広くてそれなりに立派だ。  
 父さんとお母さんが死んでから、家の中のものは処分したり人にあげちゃったりしたから、金目の物な  
んかほとんど無いけど、やっぱり子供が一人で住むには無用心だから…と、警備会社と契約してホームセ  
キュリティーなんてものがオンラインセッティングされていたりする。  
 でも、見た目は立派で「お金持ってるぞ!」と宣言しているような家だけど、実際には僕が20歳にな  
るまで父さんの遺産は凍結されているから、使えるお金は学費と生活費を除けば微々たるものだし、銀行  
には常時10万くらいしか入っていない。使えば使った分だけ補填されるけど、一月に下ろせるお金は2  
0万までと決まってるし、ぼくも別に不自由はしていないから文句も無かった。  
 それでも強盗とかに入られたらお金よりも何よりもたった一つの命が危ない…ということで、毎月ぼく  
の生活費よりも高いお金を払ってホームセキュリティーが稼動していた。  
 もっとも、ハウスキーパーの笹本さんにセキュリティーコードを教えている時点で、なんだかもうセキュ  
リティとか関係無くなってる気がする。あの人を信用していないわけじゃないけれど、あの人はどうにも  
どこか抜けてるから、どこでコードが漏れるかわからないのだ。  
 長い廊下を歩きドアを開けると、脱衣所にも、その奥のバスルームにも電気が点いていた。  
 キッチンの集中コントロールパネルで操作すれば、それだけで家中の電気が点くはずだ。だけど、各部  
屋は個別のスイッチを入れる必要があり、そしてぼくはまだ、バスルームの電気は点けていないはずだっ  
た。  
 
「…ま、いいか」  
 またハウスキーパーさんが消し忘れたか何かだろう。そう思ってさっさと服を脱ぎ、バスルームへ続く  
引き戸を開ける。  
 
 ――そのまま、閉めた。  
 
「……あれ?」  
 閉めた引き戸の前で俯く。ちょっと小さいけど、標準的日本人中学2年生らしいちんちんが目に入った。  
 もう一度、引き戸を開ける。  
 
 閉める。  
 
「ええと…」  
 深呼吸して、もう一度、今度はゆっくりと引き戸を開けた。  
「なんで……」  
 それなりに立派でそれなりに広い家の、それなりに広いバスルームにある、それなりに大きなバスタブ  
の中に、  
 
 あの女の子がいた。  
 
 しかも、すやすやと気持ち良さそうに寝ている。  
 バスタブは西洋タイプで、底の浅いものだ。湯気が出ていないから、たぶんお湯ではなく水を張ったそ  
のバスタブの縁に頭を載せて、女の子は仰向けのまま、ゆったりと全身を伸ばしている。銀色の髪が水藻  
のように水の中で揺らめき、水面から出た肩や首の白い肌に絡みついて、すごくすごく綺麗だった。  
 そして、水面から出ているのは、なにも肩から上ばかりじゃない。  
 たっぷりと大きくてやわらかそうで、「これでもか」と言わんばかりに自己主張しているのは、女の子  
のでっかいおっぱいだった。  
 乳首は唇と同じ濃い赤で、それは身体に流れる血が赤いことを示している。  
『あ…』  
 ―――思った通りだ。  
 
 おっぱいはどんなグラビアアイドルよりすっごくでっかいのに、ウエストは“きゅ”と締まって細かっ  
た。それに、流れるような流線型の下半身はどうだろう。尾びれだけが水面から出てバスタブの端に乗っ  
かり、時々ふるふると揺れるのが可愛い。  
「あれ?」  
 
 ……尾びれ?  
 
 ぼくは素裸のままバスタブに歩み寄ってしゃがみ込むと、まじまじと女の子の下半身を見た。  
「………イルカ?」  
 腰骨の辺りから色が青白く変わり、表面もつるつるとした感じに変わっているのは、まさしくイルカと  
かの海生哺乳類の下半身だった。  
 「夢ではないだろうか?」と思いながら、同時に、あの時見た尾びれは「夢ではなかったのだ」と思っ  
ている自分がいる。  
 女の子は、すやすやと実に気持ち良さそうに眠っていた。こんなに近くにぼくがいるのに、気付く様子  
が全く無い。  
『人の家のお風呂でリラックスしまくってるよ…この子…』  
 あの、警官が近付いてきた時の素早い動き、そしてキョウちゃんに対する警戒心剥き出しの仕草を、今  
のこの子に重ねるのは難しかった。  
『あ…ヘソ、あるんだ…』  
 こんな異常な事態だというのに、ぼくは妙に冷静だった。バスタブに横たわる女の子の身体を、失礼に  
もじっくり見てしまうような余裕さえある。  
 
 ―――女の子の身体?  
 
『人間じゃないかもしれないのに…』  
 けれど、なめらかなお腹も、水面から小島のように突き出した大きなおっぱいも、お人形さんみたいに  
可愛くて綺麗な顔も、やっぱりどこからどう見ても“女の子の身体”だった。  
 
 ……イルカの下半身を除いて。  
 
 なだらかなラインを描いてお腹から落ち窪むところは、人間で言えば股間に当たるのだろう。そこに陰  
毛は無くツルリとしていて、ひどくあからさまに“穴”が穿たれていた。一見、大きなヘソのようにも見  
える。おしっこの穴もうんちの穴も、それから“オンナノコの穴”も、全部ひとまとめになってるのだろ  
うか?  
『ムチャクチャだなぁ』  
 こぽ…と、その穴から空気の泡が浮かび上がってくる。  
『おなら?』  
 う…と、ちょっと水面から顔を引いた。  
 けれどその泡は、弾けても臭くはなかった。  
『おならじゃないのかな…』  
 ぼくは“オンナノコの穴”から何が出て来るのか知らないし、ひょっとしたら中に入った空気が出てき  
ただけなのかもしれない。  
 そんな事を考えていると、ぼくは自分のちんちんが熱く、硬くなってきたのを感じた。想像してるだけ  
で何もしていないのに、ちんちんはぼくの意志と関係なくびくびくと動く。健康な中学生男子だから女の  
子の裸を見た当然の結果…とはいえ、あまりにも節操が無い気もする。  
 それでもぼくの視線は、自然と初めてナマで見る女の子のおっぱいに吸い寄せられていた。  
『やわらかそう…』  
 
 さわりたい。  
 
 だめだ。  
 
 さわりたい。  
 
 だめだったら。  
 
 相反する心が、胸の中で葛藤する。  
 漫画とかアニメとかで、よく自分の顔をした小さな天使と悪魔に例えられているアレだった。  
 結果は………。  
『うわっ……やーらかい…』  
 悪魔に完敗したぼくは、女の子の右のおっぱいに、右手を乗せて“ふにゅ…”と揉んでみた。  
 
 体が震えるほど気持ちがいい。おっぱいは、もちもちとした手触りで、それにほんのりとあたたかかっ  
た。生まれてから今まで、ぼくはお母さん以外の人のおっぱいを触ったことなんて無かったから、これは  
ちょっとした感動だった。お母さんのおっぱいだって、赤ちゃんの頃だけだと思うし。  
 でも、この女の子のおっぱいは、すごくきれいだ。  
 水だと思ったバスタブの中身は、ちょっとだけぬるい。その水に浮かぶように水面から出ているためか、  
ブラジャーとかしていないのに大きく盛り上がってて形もまんまるだった。水に濡れてつやつやしてて、  
そこに銀色の髪が絡んで、なんだかものすごく貴重なものを触ってる気がしてくる。  
『きもちいい…』  
 もにゅ…たぷっ…と、女の子のおっぱいは、ぼくの手の動きに合わせて自由に形を変えた。下半身と違っ  
て、上半身は普通の人間の肌と変わらない。産毛があり、それが銀色に光っている。脇からは、もじゃっ  
とした腋毛が生えていた。  
『腋毛……手入れしてない…のかな?』  
 それからもう一度ぼくは、女の子の股のところにある“穴”を見た。  
 まるで呼吸するように“ひくひく”と動くその部分を見ていると、ぼくのちんちんは、まずます硬く、  
お腹にくっつきそうなくらい勃起してしまう。  
 女の子は目覚めない。  
 そのことで、ぼくはいつもよりずっと大胆になっていたんだと思う。  
『両手で両方のおっぱいを…』  
 我慢出来なくなったぼくは、女の子に覆い被さるようにして両手を、  
「くしゅっ!」  
 突然、何の前触れも無くくしゃみが出た。  
 素っ裸で冷えたバスルームにいれば当然の結果だった。  
「あ」  
 その途端、「ぱちり」と女の子の目が開く。  
 まるで機械仕掛けのような、眠りの余韻も感じさせない開き方だった。  
 慌てておっぱいから手を離して身を起こそうとした時、ぼくは彼女のエメラルドグリーンの瞳を真正面  
からまともに見てしまった。  
「きゅ?」  
「え?」  
 女の子はぼくの顔を見ると、ちょっと首を傾げてイルカが啼くような声を出した。  
「きゅ?」  
 
「…あ、ええと……」  
「きゅう?」  
 女の子の視線が、おっぱいを揉んだままのぼくの右手を見た。慌てて手を離すものの、女の子の瞳から  
目をそらす事が出来ず、バスタブの縁に両手をついて体を支えた。  
 なんだかまるで、“襲っている”ような気分だ。  
「…えと、その…ごめん…あの…」  
「きゅ…」  
「その……」  
「きゅぅ……」  
 答えられなくて返答に困ったぼくの顔を、彼女は子供のような無垢な瞳で不思議そうに見ていた。その  
視線がぼくの顔から首、胸、お腹へと下がっていき、そして…  
「きゅっ!」  
 彼女の顔が、まるで花が咲いたように明るく、可愛らしい笑みを浮かべた。  
 ……何を見たのかは、あえて触れずにおくけれど。  
「え?」  
 そして彼女は、突然ぼくの首に両手を差し伸べると、身体ごと飛び込んできた。  
 “バシャ!”と尾びれでバスタブを打った…と気付いたのは、彼女の全体重がぼくに圧し掛かってきて  
からのこと!  
「うわ!ちょっと!」  
 普段からもうちょっと鍛えておけば良かったな。  
 そんな風に思いながらも慌てて彼女を支えようとしたぼくは、不恰好にもタイルで滑り、そのまま後に  
倒れ込んでしまった。  
「うわわわわわわっ!!!………んぎゃっ!」  
 ガツンと後頭部に衝撃を感じて瞼の裏に火花が散り、  
 
 そして暗…転………。  
 
 ぼくは薄れゆく意識の中、裸の胸に押し付けられた彼女のヴォリュームたっぷりなおっぱいを感じながら、  
『ああ…女の子の身体ってやーらかいなぁ…』  
 …などと、ものすごく馬鹿なことを考えていた。  
 

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