あたしには幼馴染がいる。家が隣同士の縁で、気付いた時から一緒にいて、呼び方もその頃からずっと
変えていない。……そう、変えてない。
ゆーちゃん、って呼ぶのが好き。
みー、って呼ばれるのはもっと好き。
ゆーちゃんが、そんな風な呼び方をしてくれるのはあたしだけ……だし。
階段を駆け上がったので、心臓がドキドキ音を立てていた。
それだけじゃないくせに、と思う。
本当に、昔から、数え切れないほど、ゆーちゃんとちゅーをしてるのに、未だに慣れないなぁ……しかも、
今のキスは――うう、顔が熱い。
顔の火照りを実感しながら、パジャマの上着のボタンを外す。下は何も着けていない。お世辞にもボリュームが
あると言えない胸がそこに現れる。タンスから下着を出して付ける。お洒落なブラなどではなく、タンクトップ系のものだ。
やっぱ男の人っておっきいほうが好きなのかなぁ……と幾度となく感じた疑問を抱きながら普段着に着替える。
部屋を出てリビングに行く。
普段通り普段通り……あー、だめだ。顔がにやけちゃう。でも、しょうがないよね。ゆーちゃんと一緒だもん。
リビングに入る。ゆーちゃんはさっきと同じ位置に座りながら、テレビを見ていた。
「あ、おい、みー」
「なーに? ゆーちゃん」
「朝飯食ったばっかりでいうのもなんだけど、冷蔵庫の中身なーんもないぞ。昼飯どうするんだ」
「え、そうなの?」
台所の方に行って冷蔵庫の中身を改める。
「ほんとだ、なんにもないや」
「昨日のみーの誕生パーティで使っちまったんだろ。どうする?」
「外に食べに行く?」
「……みー、どうして俺が今日ここにいるか解ってて言ってるんだろうな」
そうだった。ゆーちゃん懐がさびしいんだった。
「じゃあ、買い物かな。お金はあとでお母さんに払ってもらうから、立て替えとくね」
「よし、んじゃ行くか」
「あ、でも、その前に」
「ん?」
「行ってきますの、ちゅー」
「……は?」
ゆーちゃんがあっけにとられた顔をする。ゆーちゃんをからかうのは私のライフワークなのだ。
「いや、一緒に行くんだよな?」
「うん、行くよー。だからちゅー」
あたしは目を瞑って促した。はぁ、という観念したような響きの音と共にぽわっ、と暖かい感覚が唇に触れる。
さっきと同じく心拍数がまた上がる。とくっ、とくっ、という音が胸から聞こえる。でも、心はふんわりと、何かで
満たされて落ち着く。ふ、と感触が消えた。目を開く。
「ぷはぁっ」
「何で息止めてるんだよ……」
「たまにそうゆうのってない? 集中したいっていうか」
ちょっと照れながら言う。なんかあたし、気持ちが高ぶっちゃってるなぁ……危ない危ないセーブしなきゃ。
「わけがわからん。ま、ほれ、いくぞ」
「うん」
コートを部屋から取って来て着る。玄関、靴を履く、外に出て鍵を閉める。並んで歩き出す。
「確か今日、駅前のスーパーで安売りやってるからそこでいいよな」
「タニイシ?」
「そこそこ。と、そうだ、ほい」
「ん?」
「手」
「え?」
「どうせ繋げってんだろ、いつも通り」
「あ、うん」
右手を差し出す。ゆーちゃんの左手があたしの右手を迎えた。てのひらだけを合わせるのでなく、指を一本一本
交互に、みんなからめる。
「みー、なーに、またにこにこしてんだ」
ゆーちゃんがあたしの顔を覗き込む。あたしは手にちょっと力を込めながら言った。
「内緒だよー」
「手を振り回すな! ガキか!」
「へへー」
そのままスーパーへ。中に入った時に手をどちらともなく離す。……名残おしい。
「さて、何を買うか」
安売りの日だけあって、店内は人で賑わっている。
「うーん」
「冷凍庫に冷ごはんが余ってたぞ、そういえば」
「じゃあ……焼き飯とか?」
「ま、昼飯だしその線だろ。具どうすっかなぁ」
「えっと、豚肉、卵、タマネギ、ニンジン……」
「もう一味欲しいとこだな」
「これとかどう?」
あたしは野菜売り場の一角を指差した。
「レタスか。うん、いいんじゃないか」
「じゃ、はい、っと」
4/1玉のレタスをカゴに入れる、ネギとたまねぎ、ニンジンもついでに。
「豚肉と卵の前に――お菓子もっ」
ゆーちゃんの袖を引っ張って強引に行き先変更。
「こら、引っ張んな!」
ゆーちゃんの叫びもなんのその。お菓子コーナーに到達。好きなチョコ系のお菓子を二つにポテトチップに――
「みー、太るぞ」
ゆーちゃんがにやにやしながらあたしに言う。
「う。いいじゃない、あたしそんな太ってないんだし」
「まぁ、増やすとこは増やした方がいいからな、みーは」
「ゆーちゃん……どこの事言ってるの……」
「どこって、そりゃあ胸とか背とか」
「あー! 口に出して言ったー!」
「だっはっは! 怒んな怒んな。残念ながら真実だ」
「もー! ひどーい!」
カゴを持ってるゆーちゃんの胸をぽんぽん叩く。それでもゆーちゃんは笑い続ける。
うー…気にしてるのにぃ。思わず、薄っぺらい自分の胸を見下ろしてしまう。はぁ、現実ってヤダなぁ……
「ほれ、行くぞ」
ゆーちゃんはそう言ってとんとん、とあたしの頭を叩いて先に言ってしまう。
あたしの頭を軽く二回叩くのはゆーちゃんの昔っからのクセで、ごまかしたい時によく使うのだ。ゆーちゃんのばか。
その後、必要だった物も全部買って、袋詰め。カゴを返して外に出る。
「あのなぁ……機嫌直せよ」
「あたしが背低いのとか気にしてるの知ってるくせに」
「だから悪かったってば」
「ごまかそうとしたし」
「いや、その、すまん」
「……本当に悪いと思ってるの?」
「思うって、だからさ……」
「じゃ、ここでちゅー、して」
「……は?」
「早く」
「って、ちょ、おま、ここ人が……」
「しなきゃ許さないもん。ほーら」
目を瞑って、ちょっと爪先立ちになる。手を後ろで組んで、あごをちょっと上げる。
「くぁぁ、マジか……」
あたしは心の中で笑った。ゆーちゃんのとまどいが見えていないのに伝わってくるようだった。ホント、ゆーちゃん
はいっつも面白いほどひっかかるなー。それがいつも嬉しいんだけどね。
「ウソだって。うーそ。また信じちゃって」
あっけに取られた顔のゆーちゃん。思わず、にひひと笑いが漏れる。
ゆーちゃんが頭を抱えてうずくまった。
「また引っ掛かった、欝だ……」
「いんがおーほー、ってね、反省しなよー」
「くそぅ、帰るか……」
「はーい」
「ふう、荷物貰うぜ」
「うん」
買った物が入ってる袋を渡す。こうゆう時、ゆーちゃんは無理してでも荷物を持ってくれる。
「ほら、手、繋ぐだろ」
「……うん」
互いの指を絡ませる。すごく、落ち着く。並んで歩き出す。ゆーちゃんの顔を見上げた。不意にゆーちゃんが
振り向いて目が合った。
「どした、ちょっと俺の足速いか?」
ゆーちゃんは、いつも、いつだってあたしを気にかけてくれてる。何をしても笑って許してくれる。いつだって一緒に
いてくれる。
「ううん、だいじょーぶ。普通だよ」
首を振って答えて、あたしは思った。
やっぱりもうちょっと背丈と胸が大きかったらなぁ……