そして、家に帰ってきた俺とみー。みーが我先に門開けカギ開け扉開け、先に家に入り、靴を脱いで……  
振り向いた瞬間に俺は言った。  
「次にみーは『おかえりなさいのちゅー』と言う」  
「おかえりなさいのちゅー……あっ!」  
「パターンだな」  
 俺が冷淡に事実を告げると、みーはむくれた。  
「だって……したいもん。好きなんだもん。」  
「悪い悪い。あんまり予想通りなもんだから、つい」  
「ゆーちゃんのばーか」  
 みーは言って、目を閉じた。俺はゆっくりと一歩近付いて、みーの後頭部に右手を回し、口付けた。  
ちょっと湿った唇。ん、という声。呼吸音。なんだか凄く気持ちが昂る。みーがキスが好きな気持ちが少しわかる。  
たっぷり五秒ほど経ってから離す。  
「ゆーちゃんの……ばか」  
「笑いながら言うなよ。説得力ねーぞ」  
「えー、無理だよー。それに、ゆーちゃんも笑ってるよ、顔」  
「な、なにっ! いつの間に!?」  
 思わず両手で顔を挟む。なんたる不覚。いつの間にかみーのペースに乗せられていた!  
「ほーら、まだお昼まで早いから、その荷物冷蔵庫に入れて、あたしの部屋行こうよ。見せたいものがあるの」  
 
 くそっ、これだから幼馴染って奴は。油断もスキもならん。でも、みーが俺に対して「ばか」って言う時の  
笑顔。いつも、その、なんだ……可愛いんだよなぁ――っておい! 俺は何を考えてるんだ!? 俺って  
実はマゾなのか!? いやだ! そんなのいやだぁぁぁ!!! うぎゃー!  
玄関に階段上からみーの急かす声が響くまで俺は悶えていた。  
 
 
 冷蔵庫に買って来た物を入れて、みーの部屋へ。なんだかよくわからないが見せたい物があるらしい。  
「みー、入るぞー」  
 声をかけてノック、入る。一般的な女の子の部屋。それがみーの部屋だ。(といっても、他の女の部屋  
なんて入ったこと無いが)ぬいぐるみがちょっと多いか?とは思うけど。  
「ゆーちゃん、ほらこれ」  
 部屋の中心に座ってるみーが緑の装丁のやたらぶあつい本を見せた。  
「ん、アルバムか」  
「うん、ずーっと、どこ行ったんだろうと思ってたらこの前、掃除した時に見付かったの」  
「どれどれ」  
 みーの横に座って、アルバムを開く。  
「まずは赤ん坊の頃からか……」  
 写真にはサルのような顔をした赤ん坊が二人並んでいる。  
「もうこの頃から一緒だったんだねー」  
 
「この歳まで縁が続くのも凄いよな、良く考えたら」  
「ねー」  
 次をめくると、ビニールプールで遊んでいる俺とみーの写真が目に留まった。2,3歳ってとこか? ただ、みーが……  
「すっぱだかだな」  
「いーやー!」  
「……別にガキの時分なんて二人全裸で風呂入ったりしたろうが。何を今更」  
「忘れて! 今すぐ忘れて!!」  
「わかったわかった。3.2.1ポカン! ほら忘れた」  
「ホントにぃ〜?」  
「ホントホント」  
 今でも結構覚えてるけど、ややこしくなるから言わないでおこう。次のページ。  
「幼稚園の入園式か。もうこの辺から……」  
 多分幼稚園の門の前で、にゅうえんしきと書かれた看板の前に俺とみーが並んでいる。既にみーが俺にキスを  
していた。(頬だが)  
「思い出した。この時くらいからみーが俺にところかまわずキスしまくりやがって、友達とかからすげぇ冷やかされた  
んだった」  
「え、えっと……そうだったかな〜? 覚えてないなー」  
 こいつ、覚えてるな。まぁ、いいや。次。  
 
「幼稚園の年長の……あれ、これなんだっけ」  
「ああ、こりゃお泊り保育とか言って、幼稚園に泊まった時のやつだろ。この時もみーが悶着起こしたんだよな、  
主に俺に」  
「ど、どんな?」  
「確かな、この時、俺とみーは違う組で寝る場所も違うはずだったんだけど、お前が夜になってから『パパとママが  
いない』つって泣き出して、偶然通りかかった俺が必死になだめて、泣き止ましても、俺が自分の組に戻ろうとしたら  
今度は『ゆーちゃんが一緒じゃなきゃやだー!』って泣き出すもんだから仕方なく、俺がみーと一緒の場所で寝――  
ってどした」  
 みーが顔を赤くして俯いてる。  
「うう、すごく恥ずかしいよ……」  
 まぁ、この類の思い出の在庫はまだあるのだが勘弁しといてやろう。みーが早く忘れたいのかページをめくった。  
「小学校の入学式かな?」  
「だろうなぁ」  
 この辺は別に大した思い出があるわけでもないが、ところどころの写真で思いでを語りつつ、みーがぺらぺらと  
ページをめくり、小学四年のところで手が止まった。あー、これなんだっけ。なんか山みたいなとこでって……やばい!  
 慌ててページをめくろうとして、みーにその腕を掴まれた。  
「ゆーちゃん、この時のこと覚えてる?」  
 にっこり、とみーが笑う。ただし目は全然笑ってない。こ、このプレッシャーは……!  
 
「い、いや、何かわからん。さっぱり忘れちまったなぁ!」  
「そ、じゃー思い出させてあげる。小学四年の時、この林間学習でゆーちゃんは女子のお風呂をのぞこうとして――」  
「アーアー! 聞こえなーい!!」  
「ゆーちゃん、現実と戦わなきゃダメだよー」  
 だって、生涯の痛恨事なんだよー、今まで忘れてたのによー、畜生。昔の俺は坊や過ぎるだろ、いくら他の奴の案に  
のっかったからといって!  
「他の奴が俺をおいてきぼりにしただけで、別に俺の単独犯じゃ……」  
「あたしが庇ってあげたから助かったんだよね〜」  
「うっ、ぐっ。わ、わかった。その時の借りの代償として、俺がなんでもしてやる」  
「……ホント?」  
「う、うむ。でも限度はあるぞ」  
「その借りキープしてもいい?」  
「構わん」  
「そっかー……そっか。何か考えとこー、っと」  
 大丈夫か俺。こんな口約束して。みーなら大丈夫……だよな? 猛烈に悪い予感もするけど……仕方ねぇ。  
「あ、もうこんな時間」  
 みーの声で時計を見た。既に十一時半だった。ノーガードの殴り合いをしていると時間は経つのが早い。  
「じゃあ、昼飯作るかぁ」  
 ようやく安堵を得た俺。階段を下りて二人して台所へ。  
 さて、焼飯か  
「みー、玉葱と人参のみじん切り頼む」  
「うん」  
 とんとんとん、というリズミカルな音が台所に響きだした。その間にさっき冷凍庫から出しておいた一膳ずつ  
ラップに包んであるご飯を、ザルに開けて水で洗って置いておく。ボールに卵を割って、かきまぜておいて、と。  
フライパンを一応洗って、火にかけて水気を飛ばして……  
「みー、切れたか?……ってうわ! 泣いてるし!」  
「うう、玉葱が目にしみるよー…ぐすっ。はい、切れたよ……」  
「あ、ああ。ありがとう」  
 さて、気を取り直して、フライパンに油を引いて玉葱を炒める。色が変わってちょっとホントに軽く焦げ目が出るまで炒める……うむ、玉葱の良い匂いがしてきた。  
「みー、人参」  
「はい」  
 同じとこに人参も入れて、適当に炒める。火が通ったと思ったら皿に戻して……  
「後豚肉とネギも切っておいてくれ」  
「りょうかーい」  
 
 よし、ここからが本番だ。スピードが勝負。木べらを持って、まず一気にとき卵を入れる! で、数秒して  
すぐにご飯! 木べらで切る様に混ぜて混ぜてフライパンを返して、とにかく卵が焦げ付かないように。玉葱と  
人参を入れて皿に炒める。次に豚肉。流石に長年の付き合いだけあってみーとは阿吽の呼吸だ。肉と玉葱と  
ご飯の重く良い匂いが部屋に広がっていく。肉に火が通ったら塩胡椒で味付けして……こんなもんか?   
用意しておいた小さ目のスプーンでちょっとすくって、と。  
「みー、あーん」  
 無言でみーがぱくり。頷く。  
 最後にレタスを適当な大きさにちぎって入れて火を止める。  
「ゆーちゃん、お皿出しといたよー」  
「おう」  
 食卓の上に出ている二枚の大振の皿に1:1.5の割合で盛り付けてネギを散らして完成! 水を二つ分入れて――  
あ、それとこの匂いは。  
「はい、わかめスープ。インスタントだけど」  
「お、いいじゃないか。食おう食おう」  
 二人向かい合って座って、手を合わせて。  
「いただきます」  
「いただきまーす」  
 まず一口。  
「うん、上等上等」  
「おいし」  
 
 玉葱とレタスがしゃきしゃきして、人参も歯ごたえが残り、豚肉は旨みを出し、卵はきっちりご飯を覆ってパラパラだ。  
 やっぱ焼き飯は簡単にできる割には旨いのがいいよな。今回はともかく、冷蔵庫の掃除的な意味でも作れるし……  
 腹が減ってたのもあって俺は結構な勢いで食べる。みーと色々話ながらも、十分もかからず完食。  
「ごちそうさま」  
「ゆーちゃん、もっと味わって食べなよ」  
「腹へってたからな、仕方ないだろ」  
「もう」  
 みーは別に食べるのは遅いほうではない。人並だ。まぁ、女の子だしな。あんまり早すぎるのもアレだが。よし、  
試しにみーの食べる姿を観察してみよう。  
 ふーむ、一度に食べる量が少ないなぁ。口の大きさがそもそも大きくないしな。女の子だしな、うん。  
「ゆーちゃん、じーっと見てなに?」  
「ん、ああ、気にするな。食え食え」  
「気になるよー……」  
 困り顔のみー。ちょっと躊躇してまた食べる。しばらくして、少し残して手が止まった。  
「うー……お腹いっぱい」  
「む、入れすぎたかな? じゃ、その残ったの食べるわ」  
「うん、ごめんね……はい、あーん」  
 
良いって、仕方ないだろ」  
 言いつつ、みーがスプーンで差し出した焼飯を頬張る。繰り返し。  
「ふう、腹いっぱいだ。もう食えない」  
 最後の二口……あれが効いたな。  
「あ、ゆーちゃん変なとこにご飯粒付けてるー」  
「何、どこだ?」  
 顔をまさぐるが、それらしき物に手が当たらない。  
「こーこ」  
 みーの手が俺の顔に伸びて、目元に。そこか。  
 その取った米粒を、ぱくりと食べるみー。  
「全く、そんなん捨てりゃいいのに。ばっちいだろ?」  
「三秒ルールだよー」  
「いや、どう考えても三秒以上経ってるだろ」  
「あたし基準」  
「全然意味がわからん」  
 何が楽しいのかみーが微笑む。……と、いかんいかん、何を和んでるんだ俺は。  
「とりえあず、後片付けしようぜ」  
二人分の皿を重ねて取り、コップを片手に二つ持つ。  
「あたしお皿洗おうか?」  
 
「いや、良い良い。俺が洗っていくから拭いていってくれ。別に大した量もないしな」  
「おっけー」  
 果たして、食器洗いはすぐに終わった。拭いて収納してお終い。ま、ちょっと食休み。のんびりいこう。  
横のソファーに座る。  
 あ〜昼に腹いっぱい食ってだらだらできるなんて俺はなんて幸せ者なんだ…… なーんて思ってるとみーも  
ソファーに座る。ただし、俺の股の間に。ソファーでなく、俺にもたれかかるみー。  
「あー、そこの娘さん何してるのかね」  
「ゆーちゃんいすー」  
「おりろ、問答無用で降りろ」  
「いいじゃーん。さっきの借りでひとつ」  
「ぐぬ……くそ、今回だけだぞ」  
「さっすが、ゆーちゃん。太っ腹」  
 畜生、このアマ何言ってやがる。そのままみーは嬉しそうに体を俺に擦り付ける。気持ちよくなんて無いぞ。くれぐれも  
断っておくが!  
 いや、待てよ。逆に考えるんだ。『今は復讐の機会』と考えるんだ。すばらしいじゃないか。そう考えた途端、  
いたずら心がむくむくと――ふへへ、さて何をしてやろうか。そうだ、思い付いた。  
 とりあえず、逃げれないようにして、っと。そう考えた俺は右腕をひょいと上げて、みーの首に回した。  
気付いたみーが首だけを捻って俺を見ようとする。  
「んっ、ゆーちゃん、何?」  
 
「かかったなアホめ! くらえっ」  
 ぎゅーっと両腕で抱き締めてやった。  
「ひゃぁっ! ゆ、ゆーちゃん!?」  
 更に俺の頬をみーの頬にくっつけてやる。  
「え、え、え……!?」  
 混乱してるみー。頬から熱が伝わってくる。へっへ、みーはこっちから行動を起こすと馬鹿みたいに照れる  
んだよな。更に頬擦りまでしてやる! どうだぁ!  
「やぁ、ゆーちゃん、離して……!」  
 今度は頬と言わず、俺とみーが触れてる部分の全てが熱を持ってきた。ふっ、今日はこれぐらいにしといてやるか。  
いさぎよく両腕も頬も開放してやった。  
「どうだ、思い知ったか。みー、これに懲りたら俺をからかうのは――」  
「ゆーちゃんの……ばかぁっ!」  
「うぼぉっ!」  
 傍にあったクッションで振り向きざまに顔をはたかれた。そのままぼふっぼふっと一方的に殴られる。  
「最低! バカ! 信じらんない! 変態! スケベ!」  
「スケベとか変態なんて思われることはしてねぇ!」  
「物凄くされたぁっ! ゆーちゃんのごーかんま!」  
「うげぇっ!」  
 クッションで頭に横薙ぎ一閃。痛みは全く無いが衝撃は凄い。  
 
「ふんだ、ゆーちゃんのばか!」  
 そのまま勢い良くリビングを去っていくみー。どかどかどか、という足音が上に昇って行った。  
 俺はソファーに寝転びながら思った。  
 あれでスケベとか変態とか……どんなだよ……がくっ。  
 

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