俺には幼馴染がいる。家が隣同士の縁で出会ってからもう十年以上になるので、呼び方もひどく気軽だ。  
 俺があいつのことを『みー』  
 あいつが俺のことを『ゆーちゃん』  
 クラスメイト野朗共の評価ではみーはかなり可愛い部類に入るらしい。  
 ん? 可愛い女の幼馴染がいてうらやましいだって? あのなぁ、結構大変なんだぜ? 幼馴染って奴は。  
幼馴染に面倒な嗜好がある場合は、なおさら特に。  
 
 
 ある日の下校時。俺は唐突に明日がみーの誕生日だったことを思い出した。慌てて財布を除く。中には何かの  
レシートと十円玉が三枚入っていた。  
 これは、非常に、まずい。  
 横目で隣を歩いているみーを見た。  
「なぁ、みー」  
「なに? ゆーちゃん」  
「明日の誕生日のことなんだけど……」  
「うん、どうかしたの?」  
 みーが短めのサラサラの髪を揺らしてにっこりと笑いながら俺を見た。  
「いや、その、なんだ。プレゼントのネタがもういい加減尽きちまってさ。何か欲しい物は無いか聞こうと思って」  
 何を口走ってるんだ、俺は。  
 
「え、うーん……そう言われると何が欲しいかなぁ」  
 みーは右手の人差し指を頬に当てて思案顔だ。  
 おい、どうするんだよ俺。金無いくせに。ばっか、だからといって、あんな笑顔向けられて「今年は誕生日  
プレゼントなくていいよな!毎年なんかプレゼントしてるし!」なんて言えるわけねぇだろうがぁぁぁァッ!   
まぁ、小遣いを前借りすりゃなんとかなるよな。二ヶ月分くらい既に前借してるけどなんとかなるよな。  
……本当になんとかなるのか?  
「あ、そうだ!」  
ぴこーん、という電球の音が聞こえてきそうな嬉しそうな声だった。  
「ね、ね。ゆーちゃん物じゃなくても良い?」  
「おう、勿論良いぞ」  
 俺としては願ったり叶ったり……  
だが、俺は次の言葉を聞いて、ある事を忘れていた事に気付いた。  
 
「じゃあ、ゆーちゃんと一日中ちゅーしてたいっ」  
 
 そうだった、真性のアホだったんだこいつ。  
 ちなみに、俺とみーは付き合っていない。  
 いやいやいや、嘘じゃないんだぜ? ただ、みーが昔からキスすんのがが好きなんだよ。いやマジマジ。本当。  
まぁ、俺以外とはしたことないらしいが。自慢じゃねぇって。いつぐらいからやってたって? ……幼稚園ぐらい  
からしてた記憶はあるなぁ。その頃は意味わからんでやってたけど。なんかツバが付いて汚ねぇなぁ、ぐらいしか  
思ってなかったし、そもそも言い始めたのは俺の方じゃないし。キスは気持ちいいなぁ、とか思ってないぜ。  
いやこれホント。  
 
 待て待て、落ち着け俺。とりあえず真偽を問いただそうじゃないか。  
「えー……っと、みー、何だって? ワンモア」  
「だから、ゆーちゃんとちゅーしてたい」  
「一日中?」  
「うん」  
 頭痛を引き起こすようなことを平然と言いやがるな。  
「別に形ある、こう、何と言うか、ぬいぐるみとかでも良いんだが」  
「ゆーちゃん、今お金ないんじゃないの。さっき財布覗いてたし」  
「う」  
「どうせ、今の今まであたしの誕生日忘れてたんでしょー。ひどいなぁ」  
「ぐ」  
「いっつも、あたしはちゃんとプレゼントあげてるのになー」  
「むむむ……」  
「傷付くなぁー」  
「うぐぐ」  
 幼馴染って奴はデフォで幼馴染の仕草から心を読み取ってくるから非常に厄介だ  
 考え込みながら、横を見た。みーは少し前かがみになって両手を後ろに組んでこっちを見ながらにやにや笑っている。  
 どうやら、俺に拒否権を行使する権利は無い様だった。  
 ……役得なんて思ってねぇぞ! 本当だからな!?  
 
 と、ゆうわけでみーの誕生日――の翌日の早朝。俺はみーの家(といっても俺の家の隣)を訪れていた。  
誕生日の日は友達とかパパとかママとかが邪魔だから、と誰も余計な人がいない次の日ね、と言われたのだ。  
 勝手知ったる人の家。植木の下に隠されている合鍵を取り出し、中に入る。正面の階段を上って二階の  
突き当たりのドア。妙にぬいぐるみが多い部屋に入る。部屋の右にあるベッドでみーは無防備な姿をさらしていた。  
「おーい、みー。起きろー」  
 ぽんぽんと布団の上からみーを叩いた。あーあ、本当にいつもいつも寝相わりいなぁ。  
「ううん……あと五分だけ……」  
 なんというテンプレートな言葉。ったく、こいつは。  
「早く起きないとプレゼントの一日が無駄になっちまうぞー、良いのかー」  
「困る……困るからだっこー」  
「全く、毎度毎度」  
 呟きながら、俺はみーをベッドから持ち上げてやる。相変わらず軽い。そのまま階段を下りてリビングへ。  
「んふー」って幸せそうな吐息を漏らしやがって。  
すると、みーが両手を俺の首に回し  
「ゆーちゃん」  
と言った。俺はやれやれと思いながら、約束の履行を果たした。唇にしっとりとしたみーの頬の感触。フレンチキス。  
ああもう、みー、笑うんじゃねぇよ。俺がこっぱずかしいんだよ!  
 
 朝食は冷蔵庫の中にある物を適当に出してやった。トーストにイチゴのジャムとヨーグルト。以上。  
「ね、ね。ゆーちゃん」  
「うん?」  
 トーストを食べ終わったみーが唐突に口を開いた。  
「ヨーグルト、食べさせてー」  
「……んん? まぁいいけど」  
 俺はみーの手からヨーグルトとスプーンを取り、ヨーグルトをすくってみーに食べさせ――ようとして止められた。  
「そうじゃないよぉ」  
「へ?」  
「口移し」  
 自分、俺、と唇を交互に指差した後、みーは目を瞑った。  
 え、マジでやるの? しばし呆然。てか、口移しってどうやってやるの? 今まで通り軽いキスをするだけと思ってたのに。  
いや待て、なんでこいつこんなに元気いっぱい? よし、とりあえず落ち着け俺。クールになれ、クールになるんだ。  
 俺は考えた。そして名案を思い付いた。そーっと右手を持ち上げて、みーの顔に近付け――思いっっきり額に  
デコピンをかましてやった。  
「あだっ」  
「限度があるだろ、常識的に考えて……」  
 搾り出すように声を出して反論すると、みーは額を押さえながら再反論した。  
「うー…そんなのウソに決まってるじゃない、ゆーちゃんのばかー!」  
 
「わかりやすいウソを付けよ……」  
「あっれー、ゆーちゃん本気にしちゃったの?」  
「っ! バ、バカ言ってないで早く食えよ、ほらっ」  
 畜生、赤くなるなよ、俺の顔! クソ、みーもくすくすくすくす笑うなっての。これは何かの拷問か。畜生家に帰りたい  
帰らせてくれ!  
 
「で、どうするんだよ」  
 朝食を食べおわったみーに紅茶を煎れてやり、俺は皿を洗っている。時刻は午前九時。何かをしようとするなら  
最適の時間だが。  
「って、おい?」  
 返事が無いので不審に思って振り向く。みーは両手で頬杖をついてこっちを向いてにこにこ笑っている。なんか  
今日は笑顔が多いな。  
「みー、どした?」  
「べっつにー、なんでもー」  
「なんだよ、気持ち悪いな……」  
 サクッと皿を洗って、みーの向かいに座る。改めて聞く。  
「どうするんだよ、今日」  
「うん、とりあえず――」  
「とりあえず?」  
「ちゅー」  
 
 ああ、今日はずっとこんなノリなんだな…オーケー、もう諦めた。覚悟完了ってか。  
 目を瞑ったみーにキス。今度は唇に。ふわっとした感触。息の漏れる音を妙に大きく感じながら、口を離す。  
「……えへ」  
「何笑ってんだよ」  
「なんでもなーいよっ、ね、ゆーちゃんもっかいしてよ」  
「はいはい」  
 言われるままにもう一回唇を付ける。さっきと変わらない感触の後――ぺろ、とみーが俺の唇を舐めた。  
「っっ!」  
 びっくりして顔を離した。掌で唇を押さえた。わずかに湿っているということが事実を証明していた。  
 みーを見る。顔を真っ赤にしていた。  
「え、えっと……自分でやっといてなんだけど、恥ずかしいね、コレ」  
「は、恥ずかしいと思うならやんじゃねぇよ」  
 あー、やべぇ、俺も顔赤いだろうなぁ。それにすっごいドキドキしてるし……って、おい、おかしいぞ。みーとのキス  
なんて腐るほどしたことがあるじゃないか。なんでちょっと舐められたくらいでこんなに。  
 横目でみーを見た。かっちり目が合った。何でか、目が逸らせない。そして、その勢いのまま、唇を合わせて――がちっ、という音ともに痛みが走った。  
「あいたっ」  
「うぎっ」  
 二人して口を押さえる。涙目でみーが言った。  
「いったぁ〜…ゆーちゃん、ガツガツしすぎだよぉ。歯ぶつけるなんて」  
 
「う、うっせーよ! 仕方無いだろ!」  
 内心、何が仕方ないんだよ、と自分でツッコんだが何なのかわからない。  
「ほら、とりあえず着替えてこいよ。いつまでもパジャマって訳にはいかないだろ」  
「あー、ごまかしたー」  
「やかましい! 良いから着替えろ!」  
 きゃー、こわーいと声をあげてみーは部屋を出て行き、ぱたぱたという階段を昇る音が聞こえてきた。  
 畜生、なんか今日は雰囲気がなんか浮ついてるな。流されそうになったぜ、あぶねぇ。みーも見たこと無いくらい  
顔が赤かったしな。  
 ふぅ、と溜息を付きながら椅子に座りなおし、思った。  
 いきなりこんなんで今日一日持つのか俺。いや、まぁ、別にちょっと期待で胸が膨らんだりしてないぞ……  
本当ですヨ?  
 
 

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