2月14日。  
世間一般では「バレンタインデー」と呼ばれるこの日、  
日本ではチョコレート業界の卑劣な策略によって、少数派の喜びの声と、それ以外の怨嗟の声が聞こえることになる、らしい 。  
こういうふうに大げさなことを言っている俺も、少数派に入っていないことは間違いない。  
一応何個かアテはあるのだが、それだってカウントに入れるかどうかは微妙……というか、普通は入れない部類の相手からである。  
一つは母親からの分。こんなものをカウントに入れるのはせいぜい小学生までで、高二となった今ではむしろみじめな気分になる。  
そしてもう一つ。こちらは一応、同い年の女の子からもらっているのだが、まさしく義理を果たしているといった感じだ。  
何せ昔から隣に住んでいて、兄妹(姉弟ではないと思う、たぶん)のように育ってきた相手である。  
親からもらうのと大した違いなどない。やはり、ありがたくない。  
そういうわけで、普段はあまり気にしないけれど、この時期になれば俺だって寂しくなるし、世の不条理を嘆きたくなる。  
誰か可愛い娘が俺にチョコをくれないかな、なんて、そんな下らないことを考えてみたりするのだ。  
だがしかし、現実は厳しい。結局、俺は毎年その二個だけを一人寂しく口に入れることになるのだ。  
だが今年は一味ちがった。いや、実は昔からそうだったのかもしれないけれど、それは今だからこそ思うこと。  
とにかく、今年のバレンタインはいつもとちょっとちがったのさ。  
 
寒さも本格的になってきた冬の朝、登校した俺たちはいつものように靴箱を開ける。  
と、見慣れた上履きの上に何やら紙が置いてあるのが目についた。  
「……なんだこれ?」  
手にとって確認する。どうやら便箋のようだ。しっかり封もしてある。  
差出人の名前は……ない。  
「ん、何それ」  
隣から声がかかる。そちらを振り向くと、いつの間にかあいつが俺のそばまで来ていた。  
「さぁ、何だろな。手紙みたいだけど」  
手紙?と訝しげな表情を返してきたこいつの名前は葉山美貴(はやまみき)。俺の幼馴染だ。  
まぁ、幼なじみってより腐れ縁って言ったほうがしっくりくる仲なのかもしれんが。  
「で、誰から?」  
「さぁ、名前がないからわからない」  
しかし、このまま放っておくわけにもいくまい。何かしらの用事があるから手紙を入れたんだろうし。  
美貴の視線を感じつつ、便箋を開封する。中には紙が入っていて、こう書いてあった。  
『相澤悠斗様  
 入学したときからあなたのことをずっと見ていました。  
 あなたを見ているとドキドキして、あなたに声をかけられると胸がキュッとなってしまいます。  
 恥ずかしがり屋の私は、今までずっと遠くで見ることしかできませんでした。  
 でも、それもおしまいにしたい。弱気な私とはさよならをして、ちゃんとあなたに伝えたい。  
 放課後、裏庭の桜の木の下で待っています。』  
……何だろうこれは。女の子の可愛らしい字でたどたどしく書かれているこの文面は、つまり。  
「よかったじゃない、ラブレターでしょ、それ」  
再び美貴の声。ただ、さっきの興味を表に出したのとは少しちがった声音だった。  
「……え、あ、あぁ、そうだな」  
あやふやな返事をしつつ美貴のほうを見る。  
ドキッとした。怒っているわけじゃないようで、むしろ寂しそうな表情をしている。その顔の、何と切ないことか。  
「そうか、あんたもそんな物をもらうようになったのね……」  
何やら感慨深そうに呟く。失礼な。物珍しそうに言うな。確かに初めてだけど。  
「で、どうするの?」  
急に聞いてくる。いつもと同じ表情だけど、少しだけ違和感がある。何故だろうか。  
「どうすると言われても。とりあえず会ってみないことにはなぁ」  
差出人不明とは言え、さすがにすっぽかしては相手に失礼だろう。きちんと返事をするくらいはしないと。  
「そう」  
すると美貴は興味が失せたような声で相槌をうち、それから後ろへ向いて、  
「じゃあ、今日は私、先帰るから。ちゃんと返事するのよ」  
そんなことを言って先に行ってしまった。  
遠ざかるポニーテールを眺めながら、俺の混乱した頭がようやく話に追い付いてきた。  
今日は確かバレンタインだ。日本では男が女からチョコレートをもらう日。  
そしてこの手紙。相手はたぶん、こっちに好意を持っている。  
この二つから導き出される答え、それは。  
……もしかして、俺にもついに春が来たんじゃなかろうか、ということだった。  
今は冬だけど。  
 
「相澤、何だか機嫌良さそうじゃないか。何かあったか?」  
昼休み。仲のいいクラスメイトに声をかけられた。そんなに浮かれて見えるのだろうか?慌ててごまかす。  
「え、いや、何でもない」  
さすがに「ラブレターをもらいました」なんてばか正直に答えたら、クラス総出でネタにされること間違いないし。  
「ふぅん……。ま、いいけど」  
ニヤニヤしながらそう返される。何だか腹が立つけれど、ここは我慢だ。ムキになったら負け。  
「……お、何の話だ?」  
そこに別の二人が寄ってきて、結局俺たちはいつもの四人で昼飯を食うことになった。  
ちなみにメンバーの名前は佐藤、田原、東。この三人と俺は一緒に行動することが多いのだ。  
四人で各々の昼食(弁当やパン)をぱくつきながら談笑するのが、お昼の俺たちの過ごし方。  
「……で、お前らいくつもらった?」  
 
今日のお題は、やっぱりバレンタインのチョコの話になるようだ。  
「僕は三つ。部活の娘から」佐藤が答える。そういえば吹奏楽部は女子が多いよな。役得、ってやつだろうか。  
「俺は一つ。恵から」田原が答える。彼は四人の中で唯一彼女がいる。ごくたまに惚気るからムカつく。  
「くそ、うらやましいなお前ら……、オレは0だよ」東が悔しそうに言った。こいつは基本的に女の子と無縁なタイプ。一番飢えてもいるのだが。  
さっき声をかけてきたのもこいつだ。  
「で、相澤は?」  
三人がそれぞれ成果を出しあって、必然的に視線はこちらにきてしまう。  
ふと、先ほどの手紙を思い出したが、首を降る。今の成果だけ伝えることにしよう。  
「俺も誰からももらってないよ。たぶん0個になると思う」  
そういうと、佐藤と田原の二人が意外そうにこっちを伺ってきた。  
「0ってことはないでしょ、だって彼女がいるじゃん」  
「あぁ、葉山からはもらわないのか?」  
そう言いつつ、二人の視線は女子のグループ……その中にいる美貴に向く。  
自然、俺と東もそっちを見た。  
 
葉山美貴は、先ほども説明したが、俺の幼なじみである。  
背は女子にしては高めだが、俺と大差はない。スラリとした体型は可愛いというよりカッコいいと表現したほうが似合う。  
長い髪はまとめてポニーテールにしている。  
中学時代は陸上部に所属していて、その時によくしていた髪型を高校に入ってからも続けているとのこと。  
整った目鼻立ちで、大きくて、ちょっとつり目だからか、その顔つきは何となく猫を思わせる。眉は描いたりしているわけじゃないのに細い。  
クラスでは明るくて行動的、責任感も強い委員長として、みんなから慕われている。  
運動ができて成績も良いという、そこはかとなく完璧人間臭がするチートみたいな女だ。  
だがこいつ、ことあるごとに俺に絡んでくるのが玉に瑕だ。  
朝は毎度俺の睡眠を妨害しに来るし(母親は美貴をすぐ家に入れるのが困る)、  
委員長が受け持つ雑用(主に力仕事)を手伝わされたのは一度や二度ではない。副委員長もいるのに、だ。  
オマケに放課後も暇なときはなぜか帰る時間が俺とかち合うし、ひどい時には、俺が自分の部屋で満喫している至福の時間を邪魔して勉強までさせようとしてくる。  
いつも絡んできて、正直うっとうしさ通り越して空気みたいに思えてきてしまった。  
そしてこいつは毎年、当たり前のようにチョコを渡してくる。  
さすがに衆人環視の中でそんなことはやらかさないが、もらうほうとしては気まずいことこの上ない。  
正直勘弁してくれと、もらう度に思ってしまう。義理チョコなんてもらっても嬉しくないし。  
……そういや、まだ今回はチョコもらってないな。さすがに飽きたか?  
 
そんな話はさておき。  
……しかし佐藤に田原、未だにそういう勘違いしてるのかよ。それともからかってるのか?  
「あのな。今一度言っておくが、俺とあいつは単なる腐れ縁で、付き合ってないから」  
「でもたいがい一緒にいるじゃん。行き帰りとか」  
「時間がたまたま合うだけだ。そうじゃないときも多いだろ?」  
「休み時間は」  
「ノート写させろって言ってるだけ。あいつ頭いいし」  
「でもチョコくらいもらうだろ」あぁもう、あぁ言えばこう言う。うっとうしいことこの上ない。  
「あのな、例えば母親からもらったチョコはカウントに入れるのか?俺にとってはそれくらいの意味しかないんだよ」  
そう言い切る。そうだ、美貴からのチョコなんて親からもらうのと大差ない。  
ふぅん、と俺の台詞を流した佐藤と田原、そして何だか恨みがましい東の視線を感じつつ、俺は話題の転換を図る  
「そんなことより、テストの後をしよう。お前ら春休みの予定は決めたか?」  
結局、こいつらには例の手紙の話はしなかった。内容如何によっては明日さんざん自慢してやるつもりだが。  
今年の俺は一味ちがうのだ。いつまでも美貴のことでネタにされたりしないからな。  
 
と、いうわけで放課後。俺は手紙の指示通りに裏庭の桜の木の下にいた。  
春になったら綺麗な花を咲かせ、初夏には多くの毛虫を降らせてくるこの桜。  
何かのおもしろいジンクスがあるかといえば、そんな物は全くない。  
そんな何の変哲もない、今はほとんど丸裸の桜の木の下で、俺はこれから来る相手のことを考えていた。  
いったいどこの誰だろうか。特に部活も委員会にも入ってない俺に、そんなに仲のいい女子とかいないし。美貴は除外だ。  
いや、でも手紙には「ずっと遠くから見ていた」ってあったな。つーことは全く知らないやつの可能性もあるな。  
つまり先輩とか後輩かもしれないわけだ。こうなるとも特定は無理だな。個人的には同い年がいいんだけど。  
……どんなやつが来るんだろう。  
背は俺より高いのか、低いのか。  
あんまり高いと悔しいし、やっぱり低めの人がいいかな。あーでも、同じ目線で話したりしたいかも。  
個人的には細身のほうが好きなんだよな。スラリとした体型ってなんかカッコいいし。  
髪型は長めだといいな。で、後ろでまとめて垂らしてたりすると、なおよろしい。  
顔は……そんなに選り好みするつもりはないけど、やっぱり目は大きめの娘がいいかな。可愛らしい感じがするし。  
性格は明るい人がいいよな。一緒にいて楽しいだろうし。それでたまに俺相手に照れる顔を見せてくれたら最高だな。  
そんな下らないことを考えてたら、何だか寒くなってきた。チラチラと白い物が舞ってるし。  
「……雪、か。どうりで寒いわけだ」  
時計を見る。待ちはじめてからけっこう時間がたっていた。  
「……そういや相手さんはいつ来るんだ?」  
手紙には「放課後」とだけあって、時間の指定は特になかった。だからこそ、授業が終わってからすぐ来たのだけど。  
どうしよう。コートとか教室だし、荷物を取りに一回戻ろうか。  
いやしかし、ここを離れている間に件の人物が来た場合、失礼なんじゃなかろうか。  
こんな寒空の下で待たせるのはかわいそうだ。もうしばらく待ってみるか。  
 
と、そのまま二時間、俺は寒空の下で待ちぼうけを食らうことになる。  
しかし、待ち人は来ず。俺が騙されたことに気付いたのは、学校の門限を知らせるチャイムが鳴ったときだった、と。  
 
日も暮れて、すっかり暗くなってから教室に戻ったら、なぜか美貴がいた。  
何でここに、と思ったのも束の間、美貴は俺にコップを差し出してきた。  
「朝に入れたやつだから、もう冷めてるかもしれないけど」  
中身はウーロン茶だった。湯気が立ち上っていることからまだ温かいことがわかる。  
俺は美貴の気配りに感謝しつつ、中身を一気に飲み干す。冷えきった体が暖まっていくのがわかる気がした。  
「で、どうだったの」  
今それを聞くな。タダでさえ自分の間抜けさ加減に腹が立ってるのに。  
俺は美貴の言葉を無視して机に向かう。鞄の上に何やら紙が置いてある。  
手にとってみると、こうある。  
『だまされてやんの』  
思わず破り捨てる。この筆跡は東の物だろう。あの野郎明日殺す。  
「無視しないでよ、どうだったか聞いてるの」  
再び美貴の言葉。あーもうムカつく。  
「東の野郎のイタズラだったみたいだよ」  
「……イタズラ?」  
微妙な空気が漂う。その間に俺は帰り支度を済ませて教室を出ようとする。  
「ちょ、ちょっと待って」  
呼び止める声。振り返ると、何やら美貴が下を向いて、珍しく気弱な感じで話しかけてきた。  
「え、えーと、その。チョコ……あるんだけど。食べる?」  
……何だそれは。嫌味か。今まで寒空の下、来るはずもない相手を待ち続けていた俺を馬鹿にしているのか。  
「いらねーよ、お前からのチョコなんて、仮に本命だとしてもお断りだ」  
ただでさえイライラしていたから、そんな言葉が口から出てしまう。  
美貴の顔がさっと朱に染まった気もするが、俺はかまわず続ける。  
「大体な、お前が俺にチョコ寄越すのも腐れ縁ゆえの義理だろ?そういうのはな、男のみじめさを増幅させるんだ。  
 そういうのは女同士でやるか、さっさと彼氏見つけるかしやがれこのバカ」  
そうだ、こいつが毎年俺にチョコを渡してくる度に、こいつも俺も周りの連中からからかわれるんだ。本人にその意図はないのに。  
お前だって、俺なんかに構わなかったら男なんかいくらでもできるだろ。顔もいいし、ちょっとおとなしくしてりゃあっちからよってくるだろうしよ。  
「そういうわけだから、お前からの気づかいはいらない。  
 俺は今機嫌が悪いんだ。放っておいてくれ」  
そんな捨て台詞を残して教室を出ようとする。  
「……何よ、私の気持ちなんか知らないくせに」  
美貴が小さく呟いた。その声が震えているような気がして、何事かと振り返ってしまう。  
「私が、私がいったい、どんな気持ちで、毎年アンタに、チョコ渡してると、思ってるのよ……」  
「ちょ、おま」  
何故だか美貴は顔を真っ赤に染めて、下を向いて泣いていた。  
こいつが泣くところを見るのは何年ぶりだろうか。  
俺に対してはいつも強気に振る舞って、こんな弱みなんぞ全く見せなかったというのに。  
「わ、私だって、好きでもない男に、ち、チョコなんて、渡したりしないわよ!」  
……は?  
いきなり顔をあげたと思えばそんなことを叫ぶ。それって、いったい。  
「な、何を」  
「アンタが、私のことなんて、何とも思ってないことなんか知ってる。知ってる、けど!  
 けど、私はそうじゃない。いつも一緒にいて、いるのが当たり前で、だから私も何もできないけど、  
 毎年この日だけは、ちょっとだけでも素直になろうって、いつもドキドキしながらチョコ、渡してるのに。なのに!」  
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、美貴は言葉をぶつけてくる。えー、と。これは、つまり。  
「……あー、美貴?それって」  
とりあえず全部言い切ったのか、肩で息をしている女に話しかける。  
そこでどうやら我に返ったらしい。はっとした表情になると、すぐに袖で涙を拭って、再びこちらをきっとにらむ。  
「もうアンタになんか絶対にあげないんだから!アンタなんか……、アンタなんか大っ嫌い!」  
それだけ言って、美貴は俺を突飛ばし、逃げるように教室を出ていった。  
残されたのは間抜けが一人。しばらく俺は教室で呆然としていた。  
……何というかアレだ。今年のバレンタインは悪い意味で一味ちがったらしい。  
ラブレターは偽物で、毎年もらえていたチョコも逃してしまったようだ。そして、あいつも傷つけて。  
今までの自分に言ってやりたい。自分を思ってくれる人がすぐそばにいるぞ、と。  
いや、いたぞ、か。自分の馬鹿馬鹿しさに怒りを通り越して呆れてきた。  
「……帰ろう」  
ふらふらとした足取りで教室を出る。家までの道のりがこんなに遠く感じたのは初めてだった。  
 
「おかえり、これちょっと葉山さんのところに持っていってくれない?」  
帰ってくるなり母さんがそんなことを言ってくる。勘弁してくれ。  
「ごめん、俺疲れてるからパス」  
「って言っても、私は手がふさがってるし。晩ご飯が遅くなってもいいならかまわないけど」  
……確かに、ここで母さんが葉山家に行くと、一時間は帰ってこない気がする。  
美貴のお母さんとうちの母親でそのまま喫茶店とか行きかねない。というか一回あったし。  
ただでさえ色々疲れているのに、晩飯まで遅れたら死んでしまいそうだ。  
「……わかったよ」  
荷物を置いて、母さんが持っていたビニール袋を受け取る。みかんか。  
「じゃ、行ってくる」  
葉山家は相澤家の隣にある。母さんと美貴のお母さんは、よく家の間で長いこと喋っている。よく話題が尽きないものだ。  
チャイムを押してしばらく待つと、美貴のお母さんである薫おばさんが出てきた。  
「こんばんは。あの、これ、母からです。親戚からたくさん送られてきたので……」  
あらあら、ありがとう、とビニール袋を俺から受け取った薫おばさんは、それからちょっと黙り込んで、  
「ね、悠斗くん。もし忙しくなかったら、ちょっと美貴に会ってほしいんだけど」  
なんてことをのたまった。  
思わず固まる。ギクリ、なんて効果音がしたような気がした。  
「あの子、帰ってくるなり部屋にこもって、ご飯もいらないっていうし。私どうしたらいいかわからなくて……」  
まさか原因は俺です、なんて言えるはずがない。俺は無言で話を聞いていた。  
それにしてもあいつ、そんなに傷ついていたのか。俺も、何だかすごく苦しかった。  
「こういうときは悠斗くんに任せたらうまくいくから、お願いできる?」  
あいつが傷ついたのは俺が原因だ。そのことについて、俺はちゃんと謝罪しなければいけない。  
そして、あいつがぶつけてきた想いにも、ちゃんと返事をしないと。  
「……わかりました。じゃあ、おじゃまします」  
そうして、俺は葉山家にあがらせてもらった。  
 
美貴の部屋の前。ノックをしてから声をかける。  
「美貴、俺だ」  
「……帰って」  
部屋の中から返事がくる。その声音は普段の美貴の声とは全くちがっていた。  
「その、すまなかった。お前の気持ちなんて考えたこともなかったからさ。  
 いつもずっと一緒で、毎年チョコくれて、それが当たり前なんだ、ってうぬぼれてた」  
そう、いつの間にか、そういう風に思っていた。  
こいつが俺のそばにいるのは当たり前で、チョコをくれるのだって単なる習慣だと考えるようになっていたんだ。  
でも、そんなわけはない。幼馴染だからって、そんなにずっと一緒にいるわけがないんだ。  
「お前にはほんとに感謝してる。  
……その、お前の気持ちにちゃんと応えられるかは、いきなりだから、ちょっとわからないけれど」  
何せ今までずっと一緒だったから、いきなりそんな関係になれるか、なんてこっちだって想像できない。  
それでも。  
「今までよりも、お前のことを大切にする。これからもずっと」  
これが俺の今の気持ちだ。自分勝手な話だとは思うけど。  
しばらく待っても返事はない。そりゃそうだよな、調子よすぎるし。  
「あー、ひどいことしたのはこっちなのに、何だかえらそうだったな。  
悪かった。許してくれなんていわないから。……また、明日な」  
気まずい沈黙が嫌で、その場を離れようとする。つくづくヘタレだな、俺。  
と、部屋の扉が静かに開いた。隙間から美貴が体をのぞかせている。  
「……今の、ホント?」  
そんなことを聞いてくる。さっきとは違って、何だか照れ混じりといった風だ。  
「あぁ、絶対に大切にする」  
そうだ、これだけ俺を思ってくれるやつなんて、こいつ一人くらいだろう。  
その一人を、大切にしないとな。  
しばらくその姿勢のまま黙っていた美貴だったが、やがて扉をいったん閉めた。  
しばらく待っていると、再び出てきた美貴の手に、綺麗に包装された四角い物が握られていた。  
「し、仕方ないから許してあげる。今度いらないとか言ったら瞬殺だからね!」  
そういって、毎年くれていたそれを突き出してくる。  
何だかいつもと違う心地で受け取った「それ」は、何だかとっても暖かく感じられたのだった。  
 
 
余談  
次の日、東の野郎を問い詰めたら、  
「いつも当たり前のようにチョコをもらっているお前にむかついていた。  
 お前の思い上がりを正してやろうと思ってやった。今も反省していない。  
 つーか何でより仲良くなってんだよ、死ね」  
とのこと。散々しばき倒してやった。  
東にはどうやら協力者がいたみたいだが、それが誰だかはわからなかった。  
昼飯は屋上で食べるといったら、佐藤と田原はずっとニヤニヤとこっちを見てきた。  
事情を知らないくせに、その顔はやめろ、むかつく。  
「見てればわかるよ、お幸せに」  
にらんでいたら、佐藤からそんなありがたい言葉をもらった。ほっとけ。  
 
そして、昼、屋上。俺は美貴と一緒に飯を食べていた。  
今日登校するときに、こいつが「お弁当作ってきたから、一緒に食べよう」と言ってきたからだ。  
「なぁ、何か恥ずかしくないか?」  
今までずっと一緒だったが、二人きりで昼飯なんて初めてだ。周りには誰もいないが、何だかとても気恥ずかしい。  
「いいの、私も昨日恥ずかしかったし。」  
そんなことを言っているが、アレはお前の自爆じゃねぇか、という突っ込みは控えた。  
「私はね、もう自分の気持ちに遠慮なんてしないの。だから……」  
俺の隣から目の前に場所を移す美貴。こっちをじっと見つめて、  
「だから、アンタがちゃんと私を『好き』って自覚するように、ずっと一緒にいるんだから!」  
そんな真剣な、でもちょっと赤らんだ表情が何だかとっても可愛くて、思わず顔をそらしてしまう。  
……何というか。  
俺がこいつに陥落するまで、そんなに時間はかからないんだろうな。  
 
余談  
母さんからのチョコは、今年はなかった。  
「だって、一人が本命くれたらそれでいいじゃない」  
とは母の弁。見たのか、見ていたのか!?  
 
 
終われ  
 
 

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